落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「き、い、くん……」
「あぁ、そうだお前の友達の遠山キンジだぜ」
そうやって口端を歪ませるのは他でもない遠山キンジだ。全身に裂傷が刻まれた彼は、しかし確かに理子を背後から抱き留め存在している。今の間際で理子が見た幻覚などでは決してない。背に感じる彼の熱は間違いなく本物だった。
「っ、あ……あぁ……」
零れた涙の意味は理子自身にもよくわからなかった。キンジが来てくれたことに安心したのか、嬉しかったのか、驚いたのか。よくわからないままに涙が流れたが多分それら全部なのだろう。少なくとも、胸にあふれた感情は暖かった。
そんな理子にキンジはらしくない口の歪みを、いつものような苦笑に戻して、
「おいおいそんなに泣くなよ。てっきりどこでなにしてたんだとか怒鳴られるくらい覚悟してたのにさ」
「っ……、どこでなにしてたのさ」
「喧嘩だよ」
短い答えは予想通りといえば予想通りだが、喧嘩と言った以上は相手は男だということだろう。またこの
彼の姿を見ただけで安心してしまうのは色々問題ではないのだろうか。
いいや、こういうものだったはずだ。
遠山キンジという人間は。
「さて、理子――勝つか」
「あ――」
勝てるかとか戦えるかとか大丈夫かとか。そんな言葉を吐くわけでもなく。勝つと。共に勝利を迎えようという言葉をキンジは言ってくれていた。今の理子はあと数分で死ぬ命で、後先ないということをキンジは知らないはずだ。けれど今の状況を見れば理子が圧倒的敗北をし、殺されかけたというのは嫌でも解るだろう。だからこそキンジもまた介入してきたのだろうから。
けれど――勝つか、と彼は言った。
それはつまり、理子が諦めていないと確信しているということだった。
「――」
何を勝手に、とは思わなかった。思えなかった。むしろ嬉しかった。遠山キンジは峰・理子・リュパン・四世が勝利を渇望していることを心から信じてくれているということだった。
思い通りにならなくて、負けて、勝てなくて、馬鹿で、踏まれて、蹴られて、悲しくて、苦しくて、貧しくて、痛くて、辛くて、正しくなくて、卑しくて本当に駄目で、本当に弱い――自分の勝利を。
彼は心から信じ疑っていない。
だから、
「――うん」
ゆっくりと、小さく、か弱く、か細く、恐る恐るに、それでもしっかりと理子は頷いていたのだ。
こんな自分を大好きな、その中でも特別な彼が信じてくれているというなら負けられないのだ。
「……ごふっ!」
ヒルダの口から血の塊が吐き出された。
「……っ、ぐ、ぅ……! よく、も……!」
今にも歯ぎしりの音が聞こえそうになるほどにヒルダは怒りに顔を歪ませていた。彼女の激情により周囲に小さなスパークが発生するが――それだけだ。戦闘に用いられるだけの強度にまではならない。
「無駄だぜヒルダ。さっきお前が理子のスキルの効果を雷撃を自分に掛けて消し飛ばしたように、お前の刺さったその刀がお前の異能を全てぶっ壊してるんだ。それがある限りお前は異能を使えない」
「っ遠山侍……!」
激昂するヒルダだがキンジの言う通り異能の発生ができない。そんなことは彼女が生まれて以来初めてのこと。誕生して以来、純粋な魔の眷属、夜の貴族としてその権能を振るってきた。だがそれが封じられるというのは初めてのこと。
原因は解っている。目の前の緋色の漢であり、
「色金……!」
胸に刺さった緋色の刀に他ならない。
「お前はランスロットと戦っていたはずじゃ……!」
「あぁ戦ったさ。そして残念ながらアリアを懐柔したワトソンと俺を殺したランスロットを眷属に引き込むっていうお前の思惑は思いっきり失敗したってわけさ」
「――!」
目を見開くヒルダから一度キンジは視線を外して、
「アリア! ワトソン起こして理子の解毒剤作らせてくれ! そいつならすぐに一分もあれば作れるはずだ!」
「……いいけど。あとでちゃーんと説明しなさいよ? なんで毒とかワトソンのスキル知ってるとか、何してたとか」
「だからランスロットと喧嘩さ。毒とかワトソンのスキルは本人から聞いた。ヒルダのたくらみもな」
「あの裏切り者が……!」
「アンタと協力関係とは一言も言ってなかったけどな」
アリアがワトソンの服の中を物色して無針注射器のようなものを見つけて首筋にぶっさして身体が痙攣したのを見届けて。
「じゃあ理子。少しだけ俺が一人で頑張るから毒消してベストコンディションになったらまた来てくれ。俺一人じゃ無理そうだから、お前がいないと大変だぜ」
そういいながら理子の胸の傷に手を当てる。とくん、と高鳴る心臓とは別に、傷に宿ったのは揺らめく緋色の炎。いきなり治癒されることはなくなったが痛みや出血が大分抑えられた。白雪の使う巫術にも似ている。こんなことができたのかと驚くが――一々驚いてたらキンジの友達なんてやってられない。
歩くくらいに問題なくなった身体で、背中を押されて理子はアリアたちの下へと歩く。今のでいくらか回復したとはいえ、毒が回っているのは確かだ。ふら付く足取りで足を踏み出し、一度だけ振り返って見たキンジの背に心臓が高鳴ったのは――やっぱりもうどうしようもなくそういうことだろう。
●
「さて」
首を鳴らしながらキンジはヒルダと向き直る。
「く、ぅ……ッ、遠山ァ……!」
視線だけでも殺せるのならば殺したいと言わんばかりに睨み付けるヒルダにもどこ吹く風と受け流していた。忌々しそうに舌打ちしながら、
「っづ、ぐぅ……ッ!」
胸の緋刀を引き抜く。胸の中央に深々と突き刺さった柄を抜いていく。当然ながら尋常ではない痛み。刀に宿された緋色の気は健在であり、それはヒルダのような魔とっては天敵だ。存在そのものが異能である彼女からすれば猛毒ですら霞むほどの癌細胞。引き抜くために柄や刀身振れた手の平が軋んでいく音を聞きながら彼女はそれでも精神力任せで抜いていく。
「――はぁ、はぁ……」
抜けた。
すぐに自分の後ろに放って遠ざける。スカイツリーから落ちろと思いながら投げたが、しかし緋々の破壊の残響がそれを赦さずたった数メートル飛んだだけである。そのことすらもヒルダを苛立たせていた。
確かにヒルダは例え相手が
そして当然とも言える傲慢を抱きながらキンジを見下し、しかし今その見下したキンジに深い手傷を負わされていた。『宣戦会議』で喰らった一太刀など比ではない。あれは少し時間が掛かったが銀製と同じくらいに思えたが、今のこれは治癒が難しいということをヒルダは悟っていた。
それがどうしようもない屈辱だ。
ギリッ、という音が牙から零れる。
「……許さないわ。殺す殺す殺す殺してやる。腕も足も全部切り落として達磨にして死ぬよりもひどい目に合わせて少しづつ苦しませながら命乞いさせてその血を全て私の糧にしてからお前を殺してやる……!」
込められたのは怨嗟と殺意。それは確かに尋常ものではなく、常人ならばその感情に当てられただけで卒倒していただろう。空間が軋みを上げ、砕かれていたヒルダの異能雷撃が急速に組み直される。彼女は吸血鬼である紫電の魔女。ただ雷撃を生み出すだけではなく、己自身が学んだ魔術にて雷撃を式にすることも可能なのだ。
けれどまた、ヒルダの前に立つのは常人ではなく最後の円卓の騎士に認められ、師団を率いる緋色の益荒男。臆することは――ない。
「怖いな。だけど俺は死ぬときは日本家屋の縁側で孫に囲まれながら大往生って決めてるんだ。こんな所じゃあ死ねないんだ」
へらへら。
へらへらと。
キンジの口端の笑みは残っている。それはヒルダにとっては唾棄すべきものだ。例え超人の類であろうとも根本的な強度に勝る魔の眷属に欠片も恐れを抱かずに笑える者など気持ち悪い以外のなにものでもない。
「それにお喋りしてていいのかよ。あと一分で理子が来る。そうしたら俺たちの勝ちだぜ?」
「……えぇいいわよぉ? 今から一分でお前を殺して、その後に理子も殺してあげればいい話だもの」
●
「――世界は夜を中心に回る――」
その言葉と共に天から落雷が降り注いだ。 キンジにでも、理子でもアリアでもワトソンでもなく――ヒルダ自身にだ。夜の闇を切り裂いた雷撃は彼女に直撃し、ゴシックロリータのドレスを消し飛ばすだけで終わる。衣類は全て消し飛び、身に纏う衣類は全て消え去るが全身が白光している、どころか彼女そのものが雷になっているかのように。性的な魅力ではなく――本能的な畏怖だけを発生させる姿だ。
「『
雷撃が天空の塔を蹂躙する。最早何の迷いもなく致死量の雷撃を放出し、纏めてキンジへと降り注いだ。その速度は正真正銘の雷速だ。反応することすらも危ぶまれる超速度。光の速さには届かずとも恐るべき速度で奔り、
「遅いんだよォ――!」
二挺拳銃から射出した緋色の弾幕が雷撃をぶち抜いた。
確かに雷速は恐るべき速度だ。キンジもその速度を出せと言われれば無理だと応えるだろう。だが速度は出せなくても、しかし反応できるかどうかは別の話だ。なぜならば彼の戦友たる那須蒼一。『拳士最強』たる彼はここ最近光速を基本速度としているのだ。ならばその速度を実現できなくても――対応できるようになるのには当然だ。
勿論未だ光速完全反応もまた難しいが――雷速ならば十分可能だ。
もとよりシャーロック・ホームズの最大の一撃やランスロットの全霊の一撃すらもカウンターを決めるほどに後の先におけるキンジの才覚は突出している。
故に対応した。
弾丸が
「――『
雷のトンネルを抜けた先にキンジが舞っていたのは帯電する紫電の球体だった。超高圧電流の塊。それまでヒルダが使ってきた放出するだけの雷ではなく、収束させた魔導の
「『
それを二挺拳銃による十字閃で叩き伏せた。だが言うまでもなく発生した雷球は一つではない。球体は矢のようにキンジへと留めなく飛来していく。一度に数十迫る雷球を流石にキンジも対応しきれずに身体に喰らうが、『
「ちぃ……!」
相性差が大きすぎた。生来から持つ圧倒的異能とヒルダ自身が研鑽した魔導。それを以てして紫電の魔女と呼ばれ、夜の眷属として猛威を振るってきたが、しかし相手はあらゆる異能を凌駕する色金の益荒男だ。
故に例え全身を雷にしようと、超高圧電流をぶつけようと、落雷を操作しようともヒルダの勝利する確率は零に等しかった。
「……く」
それがキンジが全快状態であったらの話だが。
ランスロット戦で得た傷は決して浅くない。どころか限りなく重体だった。全身に刻まれた斬撃は言うまでもなく流した血が多すぎた。決闘の後にランスロット自身からワトソンやヒルダの企みを聞いて『緋影』を用いて急行し危うい所で介入したがその時点でも入院するべき身体だったのである。ランスロットも止めるには止めたが、しかし言って聞くキンジでもない。
死にかけのまま行って、死にかけのまま介入して、死にかけのままヒルダと戦っているのだ。
如何に死にかけでこそ燃えるという精神であっても、傷ついた体を気力任せで振り絞ったとしても――十全なポテンシャルを継続して発揮できるほどにランスロットという男は甘くなかった。
「――なるほど。あの裏切りの騎士も、そこそこ役に立つようねぇ?」
そしてヒルダもまたそれにすぐに気づき、口端を歪める。色金によって自分の異能が全て封じられているが、しかしそれも無限に続くわけではないはずだ。そしてこの夜の高所においてはヒルダは力尽きるということはない。雷速という速度による飽和攻撃。それこそ一分どころか数秒で終わる雷撃雨。
生み出される『
「光栄に思いなさい? ここまでの量の『
余裕を取り戻したヒルダが三叉槍を振り上げながら嗤う。最早自分の勝利を確信していた。そしてその確信を裏切ることなく、キンジもまた膝をついて息を荒くし、頭上にて発生する星雲に苦笑していた。その身体はもうすでに『
「っ、はぁ……はぁ……っはは。そりゃあ光栄だ。けど、俺にはそんな栄光いらない。柄じゃないしな」
だから。
「栄光は栄光が似合う奴に頼もう。――頼んだ、ランスロット」
●
「――Yes,Your Majesty.宝具開帳――『
●
全ての雷星を衝撃がぶち抜いた。
「――!?」
それはどこからともなく飛来したわけではなかった。飛んできたのではなく、どこからともなく現れたのだ。まるでそれぞれの雷星の直前に転移したように。
『
ランスロットの保有する宝具の一つ。円卓の騎士が一人トリスタン卿が使ったとされる無駄無しの弓。現代の彼が用いるそれは――絶対に外れない対象の直前にまで転移する矢だった。
新たな王の命により、違うことなく忠義の騎士はその力を発揮していたのだ。
「――ぁ」
そして忠義の弓は吸血姫の胸にも。純白の、しかしほんの僅か、微かとも言えるだけの緋色がまじった光の弓。本来ならば魔臓を四つ同時に破壊しなければ致命傷を与えられない吸血鬼であるが、今のヒルダは概念存在だ。故に転移矢は外れはしなかったが明確な傷を与えることはできず、しかし確かな隙を作った。
雷撃は砕かれ、動きを止め、身に纏う雷ですらも鳴りを潜め、
「――くふっ」
その隙を逃す峰理子ではなかった。
「りこ……!?」
一分は経っていたわけではない。ワトソンが起き上がってからはまだ三十秒ほどしか経っていなかった。それはつまりアリアが今すぐ作れと意識が朦朧としたワトソンに色金の気で作った刃を全身に押し当てて、ついでに先ほど服を物色した際に気付いたワトソンの秘密まで脅迫したが故の時間短縮であり、その後ワトソンはアリアに対して酷いトラウマを得ることになるのだがそれが今はウルトラCだった。
「これで終わりだぜ」
そして理子が握っていたのは他でもない先ほどヒルダが命からがら背後に投げ捨てた緋刀・錵。毒を消し、ついでに体の傷もある程度修復させた理子は『
「私はお前の心は盗まない」
背後から首を斬り落とした。
「――!」
無論、それで吸血姫は死なない。概念と化したヒルダを消滅しきるには威力が足りなかった。けれど確かに意識を遺す頭部とただの力の塊になった胴体が分離した。
それこそが理子の狙いだった。
「お前を殺すわけにはいかなかった。お前を殺せばアリアの母親の裁判に参加させられないからな。だからこそ、私はこのシステムを編み出しんだ」
緋刀から手を離し両手でヒルダの頭部を持つ。歪んだ笑みで正面から視線を交え合い――唇を重ねた。
「……!?」
『りこりんシステム』。
少ない結果を大きな結果に変える
髪を自在に操り、可能ならば二桁もの武装を装備できるであろう
相手の五感ならず固有感覚や六感すらも奪う過負荷『
そして自分の発言をただの弄言にして現実を弄ぶ
相手を翻弄し、確実に干渉し、何かを奪い、成果を増幅させる。
つまりそれは、
「――封印術。お前の心は奪わないが、それ以外の全てを奪う」
話しながらの言葉にヒルダは言葉も出なかった。もう遅い。なにもかも。
身体は離れ、頭部一つではなにもできない。全てを奪われ、その結果が増幅され続ける。どうしようもない。
「お前なんかに――」
「私? 違うな――
その声を最後に、最後の吸血姫ヒルダは封印される。
頭部は表情を失い、理子の影に投げ捨てられてそのまま沈んでいく。残された身体もまた薄れて消え、淡い靄となって理子の影へと消えていった。
後にはなにも残らない。
吸血鬼に相応しいだろう。
「理子!」
「きゃっ!」
呼ばれた。というか抱き付かれた。あまり勢いに変な声が出てそのまま尻餅を付く。結構痛くて声を上げそうになったけど、
「理子……っ」
自分の名前を呼びながら涙ながらに抱きしめてくる親友兼ライバルに何も言えなかった。
何も言わずに抱き返した。
そして自分を呼ぶのは彼女だけではなく、
「理子」
「ん」
この場にいる誰よりもフラフラな少年に。
多分、理子が好きな男の子。
ヒルダの心は要らないけど、彼の心は欲しいと思う。その前に自分の心が彼に奪われているのだろう。
まあそれは悪くない。
そんな自分の想いなんか全然気づかないだろう彼は、
「勝ったな」
そして理子も
「勝ったね!」
ちなみnランスロットさんはスカイツリーの入り口あたりからフェイルノート打っていた。
キンジにヒルダのたくらみを伝え、キンジを引き留めつつ、バイクのって消えたキンジを走って追いかけて、救急車とか呼んで、スカイツリーにたどり着いてお呼びがかかるのをステイして、忠義のパワーでキンジの声に応えた。
忠義すごい。
ココ数話感想こなくてしょんぼりというかバトルってあんま感想書きにくいのかなとか思った。
ここ最近一番感想来てたのが風魔ちゃんの媚薬発言で正直笑ってしまった。
感想お願いしますね!
というわけで次回エピローグ