落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「いやぁ、今回はレキに救われたなぁ」
「いえ、私は良いとこ取りも良い所でした」
何言ってるかわかんねえよ。俺は病室のベッドの上で上体を起こし、その横でイスに座るレキ。バスジャック事件の翌日。俺、那須蒼一は絶賛入院中だった。 なにせ指は五本とも複雑骨折、腕から肩にかけての裂傷。右腕は包帯とギプスに覆われている。キンジは軽傷。神崎は頭に被弾したが問題なし。一応、念の為に同じ病院で入院中だ。彼女はVIP用の個室らしいが。俺は普通の個室。扱いの差が、ひどい。
「それで、蒼一さん。怪我の具合はどうですか?」
「医者が言うには、普通なら2、3ヶ月はかかるとよ」
「……気を使える蒼一さんなら?」
「2週間」
「そうですか」
レキは一つ頷いて。そして、何かに気づいたように。
「ああ、蒼一さん。少し待っててください」
そう言いつつレキは据え置きの机にあった果物の盛り合わせ──くーちゃんから貰ったらしい──から林檎を手に取り、フルーツナイフも握り、
「…………」
林檎を剥き出した。
「な……に……!」
レキが林檎を剥くだと……!?
あのレキが!
食べ物関連はカロリーメイトのような栄養食品しか知らないレキが!
ここ最近ようやく普通の食事をするようになったレキが!
それでも、やっぱりカロリーメイトばっかり食ってるあのレキが!
「れ、レキ……? 林檎なんて剥けるのか……?」
「ええ、この前白雪さんに教えてもらいました」
手の動きを止めずにいった。
「……な……ん……だ……と……!」
星伽から教えてもらっただと!?
あのレキが!
少し前まで風が風が言っていたレキが!
そのせいで友達がほとんどいないレキが!
くーちゃんや平賀くらいしか女友達がいないレキが!
「……何か失礼な事考えてませんか?」
「いえ全く考えてないですよ」
「……ならいいですが」
そうしてしばらくして。
「出来ました」
小皿に切った林檎を乗せて差し出した。正直に言えばきれいとは言い難い。余分な果肉も皮と一緒に剥いたのか、大部サイズが小さい。が、しかしだ。
「はい、あーんです」
レキが上目遣いでほんちょっぴり頬を赤く染めて差し出した林檎が!
おいしくないわけない!
レキが上目遣いでほんちょっぴり頬を赤く染めて差し出した林檎が!
大事な事だから二回言った!
「あーん」
一口で行った。
「おいしいですか?」
「今まで食べた林檎の中で一番うまい」
「それはよかったです。……幸せですか?」
「ああ。俺は今世界で一番幸せだ」
「ならいいです。────幸せタイムはこれで終わりですので」
「え?」
「正座してください」
「え? え? レキ、さん?」
「正座しなさいと言ってるんです」
「あ、はい」
正座した。
……なんで?
なんで俺は怪我で入院して恋人に正座させられてるんだ?
「いいですか、蒼一さん。私は怒ってます」
「はぁ……」
「4ヶ月前の約束を覚えてますか?」
4ヶ月前といえば。そう、俺がレキに惚れて、彼女を自らの主と定めた頃だ。
そして、その時。
それは。
「あのレキがやってみたいとか言って強制的にやらされた約束か」
「それはどうでもいいです」
「あ、はい」
「覚えてますね?」
「そりゃあなぁ」
一つ、レキを守れ。
二つ、相手すらも守れ。
三つ、自分を守れ。
四つ、自分を守れ。
「主を守るのは当然、武偵であるがゆえに相手を殺さない。それに拳士最強であるために負けるな。そして、俺が俺であるために戦え、だろ」
「はい、私はそう言いましたね」
「そして俺は極めて諒解、と答えたな……ああ」
そうか。レキが怒っている理由が分かった。
「ライフル弾くらい無傷で叩き落とせってことか?」
「違います」
違った。
あるぇ?
「そんな無茶は言いません。ですが──」
区切って、
「──ですが、拳が使えなくなるかもしれない怪我は止めてください」
拳が握れなくなったらどうするんですか、とレキは言う。あなたは拳士最強なんですからと。
「私はそんなあなたを見たくありません」
そう、言って目を伏せるレキ。それを見て、俺の心は暖かくなる。正座を崩し、
「大丈夫だ。拳がだめなら脚で、脚がだめなら体で、体がだめなら口で。
俺はレキと一緒に居続けるよ」
「蒼一さん……だれが正座を崩していいって言いました?」
「あ、スイマセン」
正座し直す。レキは呆れたように首を振り、
「反省してますか?」
「はい」
「……証拠は?」
「何をすればいいでしょう?」
そうですね。
「とりあえず----私が心配した分だけ優しく抱きしめて、キスしてください」
「-----よろこんで」