落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
刀語のBahasa Palusとかおすすめ。処刑用というか八つ裂き用(
「そも、王とはなんネ」
キンジが打撃され、壁を粉砕しながら吹き飛ぶ。大して曹操は立ち上がりと共に軽く腕を振っただけだった。昨夜の時と同じだ。ただ腕を振るという行為だけでも常人からすれば十分必殺になりえる。余波で城の畳や壁を滅茶苦茶にしながら、曹操は静かに言葉を紡ぐ。
「無論、形はいくらでもある。けれどそれがなんであるかという問いに関しては私の答えは一つネ。忠誠、隷属、強制、親愛、友情――繋がりの鎖はなんであろうとも、根本は一緒」
自らが開けた風穴を進む。建物を出て、夜風に金色の髪を棚引かせ、眼前にてもうもうと上がる粉塵に目をやる。
「それが何なのか貴様は解るカ?」
「――知るか」
言葉と共に粉塵を貫いて飛来したのは二つの緋色の閃光。昨日、曹操に痛みを与えた光弾に笑みを濃くしながら、
「きひっ」
手の払いで弾き飛ばした。それには構わず土煙の中に視線をやる。晴れてきたそこに、
「それが緋々の力カ」
緋色の染まった髪と瞳、制服の下に半分ほど隠れた右腕の桜模様。両手には二丁拳銃。元々キンジが愛用していたベレッタキンジモデル。そして夏休み中に実家から持ってきた父親のデザートイーグル。通常モードでは扱いきれないが、今のキンジならば余裕。
「『緋裂緋道《スカーレット・アリア》』――お前相手にはこれでも不安なくらいだけどな。蒼一あたりなら男の戦場とか言って瑠璃神使ってないだろうけど、俺は気兼ねなく使わせてもらうぜ」
「寧ろそれが見たかったネ。何でも使うといい、総て迎え撃とう」
「そうかい。んで、お前武器ないのか。必要そうには見えないけど」
「あるにはあるが……ふむ。こういわせてもらうヨ。――使わせて見ロ」
「上等!」
緋色を纏いキンジが前に出た。蹴りつけた石畳や砂利を爆散させながら銃口を曹操に向ける。
かつて原潜内で戦ったときは己の異能を理解していなかったキンジだが、夏休みにおける修行行為で総てとは行かなくても理解している。
色金の気を用いた弾丸もその一つ。
「オオ……!」
弾丸をばらまく。装弾数など気にしなくていいのだから気兼ねなく打ちまくる。今のキンジでは連射できるのは通常の弾丸と変わらない。それでも音速、人間に当たれたば命の危機になってもおかしくない。異能による防御すらむ破壊する緋色。
「それはもう見たネ」
だが曹操には効かない。先刻と同じように手で払う。
「理不尽だなおい!」
つまりそれは曹操の馬鹿げた身体能力が自前のものであることの証明。素でこれであることはふざけているとかし思えないが現実なので仕方ない。
キンジの周りには理不尽ばっかりだ。
筆頭がいつも隣にいるアリアなので諦めているが。
通常弾では効果がない。
ならば次は、
「近接戦だ!」
右手に握っていたベレッタをバタフライナイフと持ち変える。昨年、金一が失踪する前に譲り受けたイロカネ合金のナイフ。メンタル面での影響が大きい色金の性質から含有するイロカネ因子と相まって拳銃よりも強度は高い。
『緋裂緋道』によって向上した身体能力任せで逆手持ちのナイフを曹操へと叩き込む。狙いは肩。昨夜は命中するも傷を与えられなかった箇所だが、行動不能にさせるのは適した箇所だ。
「狙いは悪くないヨ」
けれど、
「相手が悪イ」
かつてキンジ自身がジャンヌに用い、蒼一も行える曲芸染みた体術。一定レベル以上の武芸者なら容易いだろうが、行うほど酔狂な人間を自分たち以外にいるとは思わなかった。
けれどこの程度なら、
「予測済みだ……!」
右腕は動かない。曹操はたった二本の指でキンジの腕一本を封じていたが、逆の腕は無事だ。だから左手に握っていたデザートイーグルで曹操を殴りつけながら、
「ッォオ!」
乱射する。肩や関節狙いの砲火は、
「きひっ」
避けられた。
いつの間にかキンジの背後に曹操がいる。乱射した瞬間には彼女は移動を完了していたのだ。
「スキルか!?」
「そうネ。しかし――不殺というのはいかがなものカ。それでどうにかなると思ってるのカ?」
答えは振り返りながらの螺旋掌底だった。バタフライナイフを逆手に握ったまま、全身を回転させて螺旋運動を行う。左脇に沈み込むように曹操の背中にぶち込んだ。
本来ならば内臓や肉体を壊す振動破砕の一撃であり、衣服や武装の破壊を目的としてキンジやオリジナルの間宮あかりと共に改良した奥義。
「そういう卑猥な技は好まんヨ」
苦笑気味に曹操は動く。右から左への螺旋を生んだキンジとは逆回転に体を回して左足を振り上げる。キンジが行ったような全身を連結駆動させた回転ではない。ただ単に振り返って、足を上げた程度の動きだった。
それで十分というように。
掌底と足がぶつかり――拮抗する。
「――」
眉を潜めるキンジと楽しそうに嗤う曹操。威力が同じになったというわけではなく彼女が合わせたのだろう。
「問いに答えるネ」
そのために。
「――俺は武偵だ」
「だから? 私を殺さずに捕えられると思っているのカ?」
「お前がなんだろうろと関係ない。俺は武偵だから、お前を殺さない。殺さずにその手首に手錠を掛けてやるよ。安心しろ、ムショにぶち込んでも偶には会いに行ってやるさ」
「きひきひ。よくもそれだけ言えるネ。馬鹿か本物か。キンチ、お前はどっちだろうナ?」
「ただの馬鹿に決まってるだろーー!」
前に出る。
曹操の身体を押しのけるように体当たりだ。元々体格差に関しては圧倒的にキンジの方が有利。曹操の方が頭二つ三つは小さい。どれだけ膂力に差があってそのアドバンテージは崩れない。勿論それだけで勝機を見出せるとも思っていない。
けれど進む。
『緋裂緋道』の特性によって行動の選択肢は攻撃に偏っている。というよりも極端に防御力と対異能耐性が強いから必要ないというのが正しい。耐久力に関しては蒼一の『瑠璃神之道理』すら上回るほど。
今のキンジが選ぶのは攻め続けることだ。それに元々曹操相手に防戦回ればどうしようもない。最初の一撃程度ならば防げてもあれは軽く腕を振った程度のもの。本当の意味で
だから攻めの手段の一つとして――背より
「!」
曹操の顔に初めて浮かぶ驚き。
構わない。
大上段から振り下ろした。夜の街に緋色が迸り――、
「!!」
またもや曹操の蹴り足と激突する。先ほどよりも高いハイキック気味の脚にぶつかったのは、
「その刀、シャーロックのカッ!」
「解るか」
夏休み前に原潜での一戦に於いてシャーロック・ホームズから譲り受けたスカラマ・サカス。反りの浅い古刀はとんでもない業物で遣わないわけがなかった。そのままでは使いにくかったから得や鞘などを作り、ついでに白雪や遙歌にも協力してもらい刀身に細工を加えて新生した日本刀。
「名付けて緋刀・錵――」
呟きと共に緋色が翻った。左手で握る緋刀だけではない。右手に逆手持ちのバタフライナイフ。変則的な二刀流にて斬撃を連続して見舞う。斬撃を放つ刀の隙を埋めるように、ナイフでの刺突を見舞う。剣術という分野においてはキンジは二流かそれ以下だ。だからこそ怯まずに自身の異能の特性である攻撃性を全面に押し出して一気呵成に責め立てる。
「二刀に二挺拳銃。それに
「自分の女誇って何が悪い……!」
二刀を叩き込み続けるキンジだが、曹操は全て避ける。足場は良いとはいえない砂利や凹凸のある石。それもキンジが見舞う斬撃で所々亀裂が生じている。けれど彼女の動きは淀みない。緋色の猛攻をいっそ楽しげに、舞うように回避する。
「ふむ、剣に関しては六十がそこそこ。勢いはいいが荒いネ。もう少しどうにかならんカ?」
「余計なお世話だ!」
けれど彼女の言う通り。
叫びながらバックステップ。二刀を収納し、腰に戻していた二挺拳銃を取り出し、引き金を引く。普通に打っただけでは容易く弾かれるのはもう解っていたから、
「弾けろ……!」
防御技である
「見事」
それも――避けられる。自分の周囲を跳ねまわる緋色に一切頓着しない。弾丸が曹操の周囲に展開された瞬間にはキンジの正面にいた。
まるで――吸い込まれるように。押し出されるように。
「銃に関しては九十点をやろウ。天賦の才と言っても過言ではないネ。では」
そして初めて彼女は拳を握りしめた。
「――!」
「防御はどうカ。
衝撃が炸裂した。
「があああああああああッッーー!?」
内臓がシェイクされたような衝撃。胸を中心に発生する激痛。体は毬のように容易く吹き飛んで、何かに激突しながら何度もバウンドしてようやく止まる。
「は、ぐ、あぁっ……」
吐血する。あばらの骨が総て砕けなかったのは奇跡に等しい。城の外壁まで飛ばされたのか、薄眼で見渡す限りには彼女の姿はない。勿論、キンジの身体が壊したのであろう穴が開いた壁の奥からは尋常ではない存在感が漂っていたが。
撫でた、と彼女は言った。
「ふざ、けろっ……!」
これで撫でた、なんて馬鹿げている。少し前に聞いた遙歌の話と同じだ。強い弱いなどという話ではなく生物としての根底が違っているのだ。弾けた上着を脱ぎ捨て、緋刀を杖代わりにしながらなんとか立ち上がる。腕や脚はなんとか動くし銃も吹き飛んではない。吐血の量から見て、内臓に深刻なダメージがありそうだが、動けないほどではない。
そうして己の身体の状態を確認し、
「おぉ、立つカ。今ので立ち上がるといのは中々に珍しいヨ。防御、七十五点ネ」
「……そうかい」
「きひっ。総合でいえば七十から八十と言ったところだが……キンチ、最初の問いの答えは出たカ? 王の素質、お前はそれをなんと心得ル?」
「……知るかよ」
そもそもそんなことにキンジは興味ないのだから。王とかこれまで一度も意識したことはない。自分はあくまでただの武偵だ。いろいろ面倒ごとに巻き込まれることは多いが、その根底は変わらない。本当のこと言えば世界の趨勢なんてどうでもいいのだ。キンジはただ、ごく普通に自分の仲間たちと一緒にいられればそれ良くて、
「だから、お前らは邪魔なんだよ」
こちらを見下し――品定めする曹操を睨みつける。
「どいつもこいつも世界が、星が、時代が……そんなもん糞喰らえだ。勝手にやってろ、俺らを巻き込むんじゃねぇよ。『
「ならば、あの人外より受け継いだものはどうなってもいいのカ?」
「いいわけねぇだろ、くそったれ。アリアは絶対に護り継ごうとするんだ。だったら、俺が守らないわけがない。だから、俺が言いたいことは一つなんだよ」
「聞こうカ」
「テメェら俺らに関わるな。世界の版図は好きにやれ、でもシャーロックが遺したものは俺たちのものだ、手を出すな。あとは知らん」
それは――在りえないほどに自分勝手な言葉だった。
つまりはいいとこ取り。その世界の版図を決めるのに知っているだけの人外の遺産が必要不可欠なのにそれだけは寄越せとキンジは言っているのだ。おまけにその後はどうでもいいと。
「きひっ」
そんなふざけた応えに曹操は笑う。
そして、
「狂奔ヨ」
言った。
「王の素質の根源は他者を狂わせることにあるヨ。種類がなんであろうと関係ない。要は伝染、影響力の問題ネ。己というものをどれだけ他者に伝播できるかが、王の如何ダ。それを指して覇道という。……拳士最強のような男は求道と言うのだガ、まぁそれはいい」
曹操はキンジを視て、
「それがお前の王道カ。それに緋弾や巫女や理子は付いていく。さて、あとどれだけお前に率いられる者がいるのか。お前はどれだけ広がっていくのカ、興味が尽きんヨ」
「……何言ってやがる」
「覇道の担い手がもう数少ないということダ。大陸には私しかいなかタ。孫呉も劉蜀も王の魂は断たれている。他のどの時代の傑物たちも同じヨ。欧州でも騎士王の血が途絶えてから久しく、ドイツは外道に踏み外し過ぎて好かん。アメリカも血眼になって新しい器を作ることに専念していたが、それも既に終わっタ。解るか、キンチ」
お前くらいしかもういないんダ。
「――」
その意味をキンジは理解するのに数瞬を要した。意味を理解して、嚥下し、
「なんだ、それ」
それでも疑問の言葉が生まれる。
「俺がなんだっていうんだ」
「察しが悪いネ。いや、認めてないだけカ。お前には間違いなく王の素質がある。緋弾や瑠璃の巫女、その守護者と並び立ち、卑弥呼や大怪盗、氷結、砂礫の魔女。さらにはあのカナまで同胞とするお前に王でないと言わせない。そしてこれから先お前に魅入られて、共に歩もうとするものはどれだけ現われるのだろうカ。想像するだけで胸が躍る」
言葉通りに彼女は笑っていた。狂気を孕んだ笑みは、純粋であり無垢だ。彼女は本当に楽しみにしているのだ。いつの日か、彼女のいう覇道を完成したキンジと自分のソレがぶつかり合うその時を。
自分というどうしようもない存在が全霊を発揮できるその境地を。
だからこそ、誰よりも早くキンジたちに手を出した。この先、今この戦いを糧に成長できるように。未だ力の足りない未熟な益荒男に自分という見本を見せつけようとしていたのだ。
『
全ては遠山キンジと戦い、いずれ雌雄を決したいが為に。
黄金の覇王はこの極東の京にて戦の火ぶたを切って落としたのだ。
「ふざ、けろ……!」
当然――そんなことを聞いて黙ってられるキンジではない。
「そんなことの為に、お前は……俺たちの修学旅行邪魔して、おまけにそのうち戦えだと……。そんなもん、認めてたまるか……!」
感情は際限なく高ぶっていく。
通常、それは美徳とはされないことだ。感情や精神の抑制は武偵としての必須スキルだろう。感情に振り回されて命を落としたなんて話はよく聞く。
けれどキンジの場合は別だ。
緋色の守護者。激しさを担う破壊者。
感情の猛りはそのままキンジの力になる。
「きひっ。私は王ネ。我が道を往かず、どこに行けと」
「ならその不条理、俺がぶっ壊すッ!!」
●
「『
そして変わらずにキンジは前進する。爆裂する魂、そして目の前の曹操という別格の王に対する怒り、それらが皮肉にもキンジの強度を引き上げていく。
速さはより速さ。力はより強く。護りはより固く。
そしてまず――バタフライナイフを投擲する。
「ぬ」
緋色を宿した刀身は真っ直ぐに曹操へと跳ぶ。
当然曹操には指で弾かれて真上に跳ぶ。その直後にキンジが緋刀の斬撃を片手で飛び込みながらぶち込み、
逆の手で握ったベレッタを天に向けて乱射した。
唐突な動きに曹操は僅かに目を細め、刀を弾き受け流す。
そして、
「む――!」
数度の金属音と共に頭上から緋の刃が降り注いだ。咄嗟に曹操がズレて回避されたがそれは
「弾丸で……!」
「解ってるなら言わなくていい!」
銃弾逸らしと跳弾射撃の合わせ技。真上に弾かれたナイフに跳弾させた弾丸を飛ばして、真上から打撃して刃を落とす。それがどれだけ人間離れした妙技であるかはキンジ自身気づいていないしそんなことどうでもいい。
「……!」
緋刀を大地に突き刺しながら、ナイフを拾い上げながら切り上げる。飛び上がり気味の斬撃だったから足が地面から離れ、隙が生まれる。その隙を拳銃の乱射で埋めた。
「鬱陶しい、ネ……ッ」
例え至近距離からの乱射でも曹操のダメージを与えるのには足りない。それでも飛び上がりの数瞬を埋めるのには十分だった。
僅か滞空して――突き刺した刀の峰と柄を蹴ってさらに跳んだ。
「!」
行先は言うまでもなく曹操の真上。ナイフを投擲しつつ構えたのは逆落とし態勢の二挺拳銃。デザートイーグルで曹操を狙いつつベレッタのほうが投擲していたナイフの柄を再び打撃して加速させた。
「同じ手が通じると――」
「思ってるわけあるかぁー!」
落下中のナイフにもう一度弾丸が掠めた。それにより刃の軌道が変わる。行先は曹操の胸の中心部。
「不殺はどうした?」
「その程度で死ぬかよ!」
「違いないッ」
上がる笑みと共に曹操の指が跳ねる。胸の中心部へ突き刺さろうとする緋色を二本の指で挟んで止めた。キンジの銃刃術も人間離れしているが彼女の反応速度もまたふざけている。弾丸ではじかれて軌道を変えた刃を、軌道が変わってから反応して防いでいた。
そんなことに今更キンジは驚かない。
そんなことをする暇があれば前に出る。
出た。
ナイフは曹操の手の中、緋刀は彼女の背後。だから用いるのは二挺拳銃であり、それと組み合わせた体術だ。
「ガン=カタカ。どれ、少し遊ぼう」
サバイバルナイフを曹操が構えた。いや、構えというにはおざなりな手の中で遊んでいるだけ。けれど、その遊びだけでも十分にキンジを圧倒できるというのは明白。
「それでも……!」
いいやだからこそ。キンジは攻める手を休めない。緋色を宿した銃身で殴りつけながら銃弾を発砲する。避けられ、ナイフで斬られ、曹操には届かなくても止まらない。寧ろ加速していく。数秒間の間に交わした打撃斬撃銃弾は合わせれば百も超えるだろう。
それでも一方的に傷を増やしていくのはキンジのほうだ。
「っづ、ぐ……!」
未だに曹操は無傷。服一つ傷を付けずにキンジの猛攻を鼻歌交じりで捌いていく。彼女自身、本来の得物がナイフというわけではない。けれど、そんなことは関係なかった。なんであろうと十全十割に扱うのが曹操という少女なのだから。
「関係ねぇ……ッ」
キンジは知っている。
何もできない、けれど大切なものを護るために命を燃やしながら戦う戦友のことを。
彼と背中を預けるのに、相手が何でもできるくらいで諦めてはならない。
自分が不利という理由は負ける理由ではないし、ましてや戦うことを諦める原因にはなりようもないのだ。
激情は留まる事を知らない。
「もっと――」
燃えろ。
「もっと……ッ」
猛ろ。
「もっとォ……!」
震えろ――魂よ。
●
「――」
眼前にて突如跳ね上がった緋色に曹操は目を細めた。
それはほんの小さな、大海に垂らされた一滴の色に過ぎないほどか弱いもの。けれど確かにその兆しを彼女は感じていた。
「来るカ?」
来た。
二挺拳銃が纏っていた緋光が形を得た。
刃だ。
数十センチという短刀のような実体を持たない刃。それでもただの鋼を遥かに超えた強度があることを曹操は感じ取っていた。
バツの字を描くように曹操へと叩き込まれた双閃。揺らめく陽炎のような十時の緋刃。数刻前に放たれた蒼一の『蒼ノ逆鱗』と酷似した一撃。
「
他の相対場所での決殺技にも引けを取らぬ奥義。当たれば夏候兄妹、張遼、さらには仲間内である蒼一や白雪、レキですらも沈められたであろう緋閃は、
「――よくやったネ」
「……!」
曹操の声と共に受け取られていた。十字の刃の交叉点を刃で止まっていた。
ナイフが纏うのは緋色ではなく――金色だった。
「些か馬が合わんネこれは。出力不足だが、イロカネ合金であることを考えれば納得カ。所有権も移らないとは大したものネ。だが」
曹操の開いていた手が動いた。ゆっくりとした、速くもない動きだったにも関わらず、キンジは止めることができなかった。
添えられて、
「この場はこれで終いヨ」
「――ッ!」
先ほどのように吹き飛んだわけではなかった。ただ、莫大な衝撃波がキンジの体内を突き抜ける。奇跡的に残っていたあばらが残らず粉砕された。死ななかったのは彼女がそういう風に寸勁を放ったからだろう。指先一つ動けなくなるが、絶対に死なないというギリギリのラインを見切って一撃を見舞っていた。
「今の一撃で満足した。期待通りヨ。来るべき戦場を楽しみにしていヨウ。その時まで精進するといイ。私以外にも狙ってくるのはいくらでもいるだろうが、キンチならば大丈夫だろう。まぁがんばるといい――」
「――」
掌を与えたまま曹操がキンジへと語り掛けている最中だった。
キンジが動いた。
「だから、お前の、価値観で……ッ」
その手がゆっくりと、先の曹操よりもはるかに遅く、無造作に動いた。それに対して曹操は動かなかった。
驚いて、動けなかった。
先の一撃は指先一つ動けなくなるが、絶対に死なないというギリギリのラインを見切って一撃を見舞っていたのだ。故に曹操はキンジが動くということは絶対にないと思っていたから、反応が遅れた。
「俺を、図ってるんじゃねぇ――!」
「!?」
叫びと共に放たれたのは――頭突きだった。
銃は動かず、二刀は手元になる、動かした腕は限界であり、他の四肢も動かなかった。だから頭突き。遠山家秘伝の一撃だ。
「ぐっ……!?」
それは確かに曹操に命中した。
「――――」
そして曹操は呆然と己の額を押さえていた。何があったのか理解できぬというように。
そして――一筋額から垂れていた血を認識して、
「きひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひきひっ!!」
哄笑を上げていた。先ほどキンジの言葉を聞いた時の比ではない。おもしろそうなものを見つけた子供のようなものではなく、心から彼女は喝采するかのように笑っていたのだ。
楽しくて愉しくて嬉しくてたまらないかのように――
「素晴らしい」
「!!」
そして発生したのは莫大な覇気だった。
「っ、づぁ……ッ?」
言葉にならない。それまでもふざけていた彼女の存在感をさらに数十、数百倍にまで高めた圧倒的な存在感。去年、握拳裂という男に無謀にも立ち向かった時でさえ感じなかったほどの威圧。指一本ですら動かせば殺されてしまうのではないかという戦慄がキンジを駆け巡る。
「私に傷を付けるなど一体どれくらいのことか。素晴らしい、認めよう
「――!」
そこに様式美などと言っていた遊びの口調はない。
これが本当。曹操孟徳という覇王は自身の予測を乗り越えた益荒男に対して明確な認識を得る。
敵。
つまりそれは、
「お前は私が斃すべき相手だと認識する。そしてより確信は強くなった。お前は絶対に強くなる。これから先なにが待ち受けようとも絶対に全て乗り越えて臣下を率い、私の前に立ち塞がるだろう」
だから、
「強くなれ。緋色の守護者。私が全霊に至れる相手はもうお前しかいないのだから」
曹操はキンジに背を向けて歩き出す。
離れていっても、視界に入れているだけでキンジの魂が押し潰されそうになる。それだけの密度。それだけの覇気。一体どうすればこんな存在が生まれるというのだろう。
今のキンジでは絶対に届かない頂に彼女はいた。
「再見《サイツェン》、次は遊びではなく戦うのを楽しみにしている」
『
遠山キンジ対曹操孟徳。
勝者――曹操孟徳。
対戦結果。
バスカービル対曹魏、二勝一負一分け。
少なくとも数字上は――バスカービルの勝利である。
オリ主;5000
原作主:10000
というこの違いはどこから……
これにて京都編終了ですねー。
エピローグ書いたら宣戦会議&ワトソン、ヒルダ編の第七章。
少し間があるかもしれないし、開かないかもというのは感想の数次第だ!(殴
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