落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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白雪ぱない。
だがインフレは止まらない


第10拳「まだ目はあるけどね」

「星伽候天流、緋火虞鎚!」

 

 抜刀された大太刀。炎の塊を纏って振るわれる刃だ。宿された熱は鉄すらも融解しかねない音頭だが、『イロカネアヤメ』に微量に含まれた色金合金によって白雪の精神と呼応して欠片も損なわない。数倍の幅と長さを得て夏候惇に振り下ろされ、

 

「ぬぐ……ッ!」

 

 実態のない炎刃へと彼は同じように長剣を振るう。白雪の操る炎は規模がとんでもない。容易く一つの街を燃やし尽くす大炎だ。炎を斬ること程度ならば夏候惇でも容易いが、周囲全てが炎であっては斬っても斬ってもキリがない。だから基本的に剣の腹を振るって風を生み出し、対処する。 それが彼の基本戦法。

 生み出す風の障壁が致命に至る熱傷を防ぐ。

 しかし当然全てを防げるわけではない。

 どれだけ炎を風で吹払っても熱自体は防げない。致命傷とまでも行かなくても、確実に彼を蝕んでいる。

 そして白雪は己の攻撃する手を止めない。

 

「星伽候天流、緋蓮華(ヒノレンゲ)ッ」

 

 切先を顔の位置まで上げて夏候惇へと向ける。そして左手で柄を強打し、刀身から緋色の炎の華が生じる。螺旋を描きながら刺突を延び、炎の蓮華が咲き誇る。

 

「……!」

 

 紅蓮の奔流は指向性を持ち熱量は格段に高まっている。触れた地面はあまりの高熱にガラス化が進んでいる。流石にそれは夏候惇でもただの風で防ぐのは不可能だ。

  だから彼は笑みを浮かべる。

 

「形があるなら斬ればいいってだけだしな」

 

 流動的な炎だからこそ斬っても意味がなかったが、刺突という形を持っていたのならば斬る意味が生まれる。

 唐竹割の大斬撃。

 それこそが夏候惇の基本にして奥義。剣を振り下ろすという行為ですら彼からすれば必殺技だ。

 斬った。

 十メートル近くあった螺旋が真っ二つに裂ける。

 そして前へ進んだ。

 体を倒しながら前進する縮地法。

 

「ッまだ!」

 

 刀を握っていない左手を振るう。指運にて炎が夏候惇へと迫る。けれど彼は構わない。

 

「おお……!」

 

 炎が迫るよりも早く駆け抜けた。そしてそのまま大地を蹴って、

 

「ハァッ!」

 

「っ、うう……!」

 

 両手を使い、加速の勢いを載せた大斬撃。それを受け止めるが、白雪の膂力では限界がある。加えて例えどれだけ超能力(ステルス)のグレードが高くても、剣術や身体能力は夏候惇の方が上だ。そして超能力は消耗が早い。

 

「くっ、ぅ……ッ」

 

 斬撃を受け止め、鍔迫り合いの形になるが白雪は腕に走った衝撃に顔を歪める。馬鹿げた威力。戦闘開始時点に数合刀をぶつけ合った時はここまでの力まではなかったはずだ。単に力加減の有無では説明できないレベルの上昇。徐々に大太刀が押し込められていく。

 

「これは……っ」

 

「あぁ、俺の能力(スキル)だよ。別に妙才や文遠と違って隠すまでもない単純なものさ」

 

 言葉と共に徐々に夏候惇の力は増していく。顔を顰める白雪に語り掛ける間にも周囲の炎自体は消えたわけではない。周囲には炎を溢れているし川は干上がったまま。大太刀にも纏われたままで持続的に夏候惇への熱傷ダメージを与えているはずなのに、それにもまるで頓着せず、その力を高めている。

 まるで反比例しているようで――

 

「そう、俺がうける傷の分だけ俺の強度は高まっていく。俺の痛みも傷もなにもかも」

 

「――『盲夏候』!」

 

「まだ目はあるけどね」

 

 史実において彼の英雄は戦の最中で片目を失いながらも戦い続けた。失った目を己で喰らったなどという逸話まであるのだ。

 故にその後継者である彼も相応の能力を持っている。

 損傷の度合いによって己の強度を上げるというのならば納得だった。白雪の炎は確実に夏候惇を犯している。全身の至るに火傷はあるし、能力元の白雪は無事としても、夏候惇の気管は焼け爛れていてもおかしくない。

 けれど戦うだけの機能は残っている。

 ならば彼は戦う。

 将として王に勝利を捧げるために。

 

「――『総テ我ガ糧トナリ』」

 

 それこそ夏候惇元譲の存在意義。

 だから、

 

「君も、倒す」

 

 言葉と共に長剣へと込める力を強め、

 

「それでも!」

 

 白雪は諦めない。

 夏候惇が曹操の将として負けられないように、白雪にも負けられない理由がある。

 つまり、

 

「キンちゃんをNTRしかえすために……!」

 

「君シリアス向いてないねー」

 

 これが今の白雪の戦う理由なのだから仕方ない。大体恋の為の戦いというのは常に勝利が決まっているのだし。今アリアに一度出番を取られているのはその先にある素晴らしい桃色の未来を迎えるための前段階というか準備段階なので問題はなく、いやまぁキンちゃん様が戻ってくるというなら明日から桃色世界に言ってもいいんだけど、とりあえず、

 

「ポイント稼ぎッー!」

 

 そのために白雪は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前、叩き切ろうとした巫女が動くのを夏候惇は見た。

 全身の損傷率は五割を超えている。それも彼にとってはこれくらいが一番丁度いい。張遼張遼や蒼一とは違ってボロボロになればなるほど燃えるという性質でもない。あんなキチガイ連中とは違う。

 そして白雪は体を沈めた。

 夏候惇の叩き切りに逆らわぬように膝を落とす。瞬間的に脱力したことによって一瞬だけ空白が生まれた。そして大太刀を回転させる。峰を上に、切先を下に。防御を捨てた態勢は一瞬行動が遅れれば夏候惇に両断されかねない。けれど白雪はそれを恐れずに剣先を地面に突き刺し、

 

「星伽候天流緋篝火(ヒノカガリビ)ィッ!」

 

 白雪を中心に夏候惇ごと巻き込んだ火柱が生じた。

 

「ッ!?」

 

 吹き飛び――一瞬で両腕が焦げ付いた。左腕は一瞬で炭化するほどであり、右腕も重度火傷。長剣も軽く刃が解けている。けれどこれで夏候惇の損傷は七割を超える。つまりその分だけ夏候惇は強化されている。いいや、この領域までくれば狂化に等しい。

 故に、

 

「ここで、押し切ります!」

 

 突き刺した大太刀を捻った。刹那、白雪を中心を炎の線が八条走った。五メートル近い炎閃。

 立ち上がり、突き立てた大太刀の柄頭に両手を置く。

 

「星伽候天流奥義――『緋々玖屠龍陣(ヒヒクズリュウジン)』」

 

 八陣の炎が立ち上がり、白雪の周囲に集う。そして直前に上がっていた炎柱共々形を得る。

 龍だ。

 周囲の小龍八匹に、大竜である白雪自身。一匹自体でもこれまで以上の熱量を宿し、白雪の纏う炎は夜の都を明るく照らす。京都中から見ることの可能な強大な光源。

 世界を燃やし尽くそうとしかねない焦熱の九竜。

 星伽白雪の広範囲殲滅奥義。

 そしてそれを前にして、

 

「あーくそ、マジはずれだなぁ」

 

 腕をだらりと垂らしながらも夏候惇は苦笑していた。両腕は死んでいる。剣は半ば融けている。炭化した手が固まっているから取りこぼすことがないだけマシなのか。常人ならば発狂しかねない損傷に彼は頓着しない。

 

「くはっ」

 

 嗤う。

 

「くははは、くひい、きくははは……ッ」

 

 引きつったような嗤い声。炭化していた両腕が休息に修復していく。回復や治癒ではなく剣を振るう動作だけに特化して肉体の構成を変えていく。苦痛は消えていない。彼はそれで燃えるわけではないがテンションは変な風に上がる。彼的には深夜的なテンションに近い。一周回ってハイテンションという奴。

 眼前にて炎竜となった星伽白雪を見る。

 夏候惇としてこれまで何度も戦場を駆け抜けてきたがここまで卒がない相手は初めてだ。炎という単純故に強力、遠近中総てに対応するその応用性は白兵戦や狙撃戦に特化した那須蒼一やレキよりの場合によっては脅威だ。

 だがまぁ文句言ってられる場合ではない。

 

「あァ……んジャ、いっちょヤルか」

 

「えぇ、殺ります」

 

 こいつ字ちげぇとか思ったが思考が戦闘へと特化していって難しいことが考えられない。普段ならば夏侯淵や頭脳労働担当のメンツの言うことを聞くのだが、今ここには誰もいない。

 だから前進した。

 同時に竜が動いた。白雪の周囲の八竜が同時にだ。順番になどと彼女は考えない。八竜が同時に動き、

 

「――」

 

 振りぬいた斬撃で二匹潰した。余波で大地が抉れる。ここまで狂化すると細かい操作ができないのが難点だが、そこまで思考は働かない。だから次の一閃を。生じる大斬撃は今度は三匹の首を同時に断った。これで残り三匹。

 そして白雪も動いた。

 纏った炎の推進力は爆発的な加速を生む。

 

「ッヅア!!」

 

「ハァァーーッ!」

 

 斬撃が激突した。純粋な衝撃波と炎撃。激突し合い、余波で竜が一匹消し飛ぶ。夏候惇の損傷は増え続け、白雪もまた無害のはずの己の炎に焼かれ始める。巫女服の裾などが消え、肌が露出する。普段の夏候惇ならば死んだ目も輝かすだろうが、狂化した状態では関係ない。

 構わずに剣を振るう。

 

「……!」

 

 共に限界は近い。

 ほぼ死に体の夏候惇は言うまでもなく、超能力で戦う白雪も消耗が激しい。当然夏候惇の攻撃で傷が負う。けれど彼女も手を緩めない。

 

「ガアアアアアア!!」

 

「白雪ちゃん大勝利の為にも……!」

 

 そして決殺へ。

 

「緋緋――」

 

「コレ、デ……!」

 

 白雪は腰溜めに大太刀を納刀し構える。九竜を消え去ったが、しかし白雪は未だその瞳に力を失っていない。炎は消え去っても、全身にうっすらと緋色のオーラを纏っている。

 そしてそれは夏候惇も。金色の、白雪よりもよりはっきりとした波動。放たれるのは変わらず唐竹割の大斬撃。狂化しようとも、狂化したからこそ肉体に染みついた奥義はなくならない。

 刀身に収束された緋色の逆袈裟抜刀斬撃。

 重く早く強い、ある意味で斬撃の最高峰(ハイエンド)

 

「――星伽神ッッ!!」

 

「ブッツブレロォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 そして一人は倒れ、一人はなんとか立っていた。

 

「っ、はぁ……はぁ……」

 

 立っていたのは――星伽白雪だった。

 巫女服は燃えていて、服としての機能を保っていない。袈裟にはバッサリとした斬撃痕。けれども彼女は確かに立っていた。彼女の背後では夏候惇が仰向けに倒れていた。それを振り返りって、彼が動かないのを確認し、

 

「ふ、ふふふ……」

 

 笑って、

 

「白雪ちゃん大勝利ぃーー!」

 

 叫んで、

 

「……きゅう」

 

 ぶっ倒れた。

 

「……」

 

 そして動かない。

 息はしているが、死んだわけではない。超能力にガス欠と出血、と傷の痛みと疲労。至極真っ当な理由で彼女は意識を失っていた。

 そして代わりに、

 

「あー」

 

 声を上げたのは倒れていた夏候惇だ。

 死んだ目のまんまで、何度か動こうと体を揺らすが――動かない。指先がぴくぴくと痙攣するだけでしかない。全身は重度の火傷だし、逆袈裟には白雪と同じような斬撃痕。意識は辛うじて保っていた。

 

「ふむ……」

 

 視線を泳がして、

 

「これは……どっちが勝ったのかなぁ。勝ったわけじゃないけど……負けたわけでも……」

 

 ため息をついて、

 

「……引き分けかねぇ」

 

 そして意識を失った。

 『宣戦会議《バンディーレ》』京都前哨戦。

 星伽白雪VS夏候惇元譲。

 勝者――なし。

 

 

 

 

 

 

 豪風を纏った一撃が叩き込まれる。

 必殺の一閃。大気を割り、対象の胸部へ激突する。

 

「……!」

 

 口から血の塊が勢いよく吐き出される。激突の衝撃波だけで周囲の寺の木が粉砕されるほど。そして大威力に打撃された少年の肉体は清水の寺を粉砕し、木の瓦礫に突っ込む。

 

「……」

 

 そして一撃を叩き込んだ青年――張遼は彼を睥睨し、

 

「――」

 

 穿たれた那須蒼一は動きを止めていた。




曹操VSキンジは最後なので三人先にやりますよー。

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