あれから結局、何の連絡もなければ、何の音沙汰もない。
妖怪寺の面々や八雲一家……目下一番に恐れている守谷神社からも、一つとして連絡が来ない。
……もうそろそろ一週間は経ちそうなんだけどな。
………………いや、守矢神社は、まぁ、来なければ来ないで良いんだけどさ。
とは言え、噂を漏れなく集めてくる文からや、人里に出入りしている彩目からの情報は届いていて、人里から少し離れた所、船を降ろした所から少しだけ人里からより離れた位置に、新しく寺を建立している最中とのことらしい。
……まぁ、恐れていてもどうしようもない。
先んじて様子を直接見に行って、不安が的中しないことを祈ろう……。
うわぁ、フラグ臭い……。
▼▼▼▼▼▼
ということで、噂の建立地に向かっている。
雪解けも進んでいて、山の裏から回ってくる最中も春を感じる風景が広がっている。
あー……フキノトウの天ぷら食いたい。
まだ見ていないけれど、春告げの妖精なんてものも居るらしいから、今年はそれも見れるかもね。
まぁ、だからなんだって話になるんだけど。あー、現実逃避。
のんびりと歩き、ようやく建設現場に到着。
何らかの陣が引かれていて、その上に土台と骨組みを組み立てている。
参道や釣鐘を置くための場所らしき場所も確保されてるし、かなり広大な面積になっている。
建立場所を船が降りた所からズラしたとは聞いていたけれど、ここまで大きな結界を張るってことは、何かしらの別の意味があるのかな?
流石に術式に手を入れて解析しちゃう訳にはいかないけれど、複雑な用途・応用もできる術式らしいのは何となく分かる。
守谷神社が動くとのことで、もしかして建設は山の妖怪達か? と考えていたけれど、こんな術式を張るんだったら、建築は妖怪寺の面々が主流なのかな? 隠してるっぽいけど。
と、地面に埋め込まれた陣の透視から視線を外して、建設現場を見てみる。
意外にも人間達がメインで………………いや、これ変化して化けてる奴が結構混ざってるな。
まぁ、妖怪寺の復興、と考えれば、人間は勿論のこと、妖怪にも扉を開く、ってことなんだろうけど、それにしたってまぁ、化かしながら手伝わせるかね……?
人妖の平等とは言え、建立・開放前から良くない噂されるのは、信仰を集めるためにも今だけは、あるいは、門徒を招くためにも、ってことかしら。『門徒』は違う表現になっちゃうんだろうけど。
と、眺めながら邪魔にならないよう歩いていると、私を見付けた木端天狗の一人が凄い慌て出した。
……彼も確か天魔の曾孫じゃなかったっけかな……。
あ、神力が若干回復してる。信仰してんのか……いや、ありがたいけどさ……。
とか、慌てている理由を考えずに、ボンヤリとしながら歩いているのも悪かった。
「────よぉーくもまぁ顔を見せに来られたもんだねぇ、しぃなぁ?」
「……あぁ……諏訪子」
あコレ終わりましたわ。
気付けば、背中には諏訪子がよじ登っていて、私が彼女を背負っている状態だった。
彼女の吐息が左の頬に当たり、少し冷たい体温が全身に伝わっていく。
怒気よりも、怖気を感じされる威圧。流石は元は祟り神というか何というか。
汗が額から滲み出る。鳩尾の端が痛み出す。肘から先は震え出し、膝に力が入らなくなる。
子供のような姿かたちをした彼女が覆い被さったとしても、妖怪としての力を持つ私にとって重さは無いに等しい────その筈なのに、その重圧は全身に変調を齎してくる。
視界が暗くなる。周囲を見ている余裕なんてない。彼女の声しか聞こえない。
「私の家族になーにをしようとしたのかなぁー?」
「……かなり自棄になってて、後先考えずに、傀儡にしようとしました」
もう完全に分かっているらしい。もう謝り通すしかない。
親である彼女に、アレを隠そうとした時点でも、既に極刑だろうとは思うけれども。
そんな思考が、出来る時点で何処かに余裕がある訳で、
その隙を、見逃してくれる、甘い神様ではなかったのに、
「へえぇ? その言い方、反省してる?」
「……反省してます。本当にごめんなさい」
「ねぇ、幻想郷に来てから、色々と解決して来れたから気が大きくなっちゃった?」
「それは────」
「鬼との確執も何とかなったし、吸血鬼達とも何とかなったし、大丈夫だと思った?」
「……いや────」
「彩目とも仲直り出来たし、別に大丈夫だと思ったかな?」
「……」
「巫山戯んじゃないよ。
……まぁ、それは、そうだ。
もし彩目が早苗の立場になった時、
傀儡になる、あるいは、道を踏み外した時、私ならどうするか。
正直に言えば、当事者が納得しているのなら、私はある程度は認めるだろうとは思うけれども……それでも、説明を本人からしてもらわない限りは、納得はしないだろうと思う。
だから、決して許されなくとも、私は謝るしかない。
しかない、じゃない。謝らないといけない。
「ゴメン、なさい」
「……はぁ………………ゴメンって、言われてもなぁ……」
この台詞も二回目だねぇ、と。
そうボソッと言って、諏訪子は威圧感を消した。
「……え?」
「いんや、反省してるのは確かなようだし……彩目のあの時から、何にも学んでない訳がないと、一応は信じてたんだけどさ」
「……」
「けどまぁ、許せないのは事実だから、数日は祟ってやるけどね」
喋りながら、諏訪子は私の背中から飛び降りた。
もう背負っていない筈なのに、彼女と触れていた部分だけが、非常に重さと熱を感じる。
さっきまでは恐ろしさで寒く感じていたのに、風邪で魘されているかのように怠く暑い。
それでいて、頭や思考はハッキリとしていて────罰としての祟りを、強く認識してしまう。
罪と罰。どうあっても許されないし、どうあがいても結果は返ってくる。
彼女からの威圧は感じなくなったけれども、背中から降りて歩き出した神様からは、未だに強く睨まれているのを感じる。
蛇に見込まれた蛙は、全くもって私の方だった。
「知らない人間で襲ったのとは訳が違うよ」
「……」
「詩菜は旧知の間柄で、私も君は友人と思ってる。早苗が家族で、それ以上の子だって事も、知っている筈だ。聞けば会話をした後に乗っ取ろうとしたってんだしね」
「……」
事故じゃない。悪意があって、故意に染めようとした。
後先考えずにやったとは言え、少し考えれば、いや、考えなくとも分かる筈だった。
「そんな事すら考えられなくなる位に、どうしようもなかった、ってのなら……ま、彩目の時も確かにそんな感じだったし、早苗から許してあげてほしいとの声もあるし、情状酌量を考えようかとは思う」
自分が操られて堕とされかけたってのに、甘いもんだよ早苗は。
呆れたような口調で、それでいて少し嬉しそうな表情で、その神様は歩いている。
そうして私の前に回って立って、こちらの眼をじっと見つめてくる神様は────いつかの日に発狂していた私に向けていた眼とは違い、恐怖や敵意もなく、理解不能なモノを見る目でもない。
真摯な眼差しで、ずっとこちらを見ていた。
「今回は許す。きちんと謝ったしね。遅れてきたのはまぁ、減点だけど」
「はい……」
「────でも、次はないよ。詩菜」
「……うん」
「私達のことだけじゃない。彩目のような子をもう一人増やすようなら、全力で止めるよ」
「……」
その言葉に────それは絶対にしない、と言い切りたい。言い切ってみたい。
けれど、私は私自身が信じられない。
言い切る私こそ嘘だと、そう言い切ってしまいそうになる。
そう言ってしまって、■してくれれば────なんて、薄っすらと思ってしまう。
でも……それこそ逃げだろう。
「ごめんなさい────そして、許してくれて、ありがとう」
ありがとうは、おかしいとは思うけれども────ああ、だから、二回目か。
本当に……昔からこの神様には頭が上がらない……。
そんな感じで、つくづく目の前に居られる方に感心していたら、
その神様はニヤッと笑って、こうおっしゃられた。
「で、だ……事情は私にも分からないけどさ? そのやたら濁ったどす黒い感情。方向が何となく分かっちゃったから────まぁ、二回目以上なら……君も思いっ切りぶん殴ってやれば?」
────まるで悪神のように、長い舌を動かして魅せ、哂いながら神託を告げた。
▼▼▼▼▼▼
「詩菜さん。来てくださったんです……ね?」
「やぁ、聖。見た感じあんまり手伝えそうな感じはしないけどね」
「……諏訪子様、どうして詩菜さんの上に……?」
「罰だよ罰」
「ああ……いや、えぇ……?」
いつぞやの私と早苗とは逆で、私が諏訪子を背負う形で現場を進んでいく内に、聖と早苗を見付けた。
彼女達が振り向く前に見ていた、恐らく本殿が建つであろう建築現場では、一輪が梁を運ぶ力仕事をしている。
一人で丸々一本を悠々と運んでいる辺り、その他の隠している奴らと違って、妖怪ということを隠すつもりはないらしい。一応は重役として種族を隠さずにして、妖怪としての力・立場を重要視するのかね?
寺なのにとは思いつつ、妖怪だらけで弱者が寄り付かなくなったら本末転倒だし、僧侶の格好をする一輪が真面目に仕事をしているのなら寧ろ適役なのかな、とも思い直す。
というか、そろそろ諏訪子も背中から降りて欲しい。
私の罰だから、自分からは言うつもりはないんだけど、そろそろ変化した山の妖怪からの視線もうるさいんだよなぁ……。
事情を理解している早苗が申し訳無さそうな、それでいてどうしてこうなったというような面白おかしい顔をしているけれど、まぁ、無視だ無視。
「一応訊くけど、何か手伝えることはある? 私個人で出来る範囲になっちゃうけど」
「そうですね。場所はここに決めましたし、力仕事はある程度必要な人員が居ますから……」
仮に手伝うとして、私が出来ることは衝撃を使った杭の打ち込みとか、爪での柱・梁の形成ぐらいだ。
博麗神社の時のようなスキマは使う気になれないし……ああ、そういえば。
「ちなみに、この地面の術式はあまり訊かない方が良い感じ?」
「! ……良く分かりますね。これでもかなり慎重に展開したつもりなのですが」
「私も得意分野だから。隠してるっぽいし、あまり深く突っ込まない方が良いな────
「おい詩菜。いきなり聴覚を封じるんじゃないよ。びっくりするじゃないか」
「……あれ?」
諏訪子と早苗が、何処まで知っているのかも分からないので、とりあえず聴覚、
「ふふ、それではすみません、やっぱり秘密で」
「ん、りょーかい」
突然喋り始めた諏訪子達の様子を見て、聖は一瞬驚いたようだったけれど、少し笑って人差し指を自分の口の前に立てた。
それならそれでということで、密着している諏訪子はそのまま能力を停止。早苗を覆う空気の停滞を止めて、聴覚封印を解除する。
「はい、これで大丈夫?」
「秘密話するなら早めに言ってよ、全く」
「言ったら秘密話じゃないじゃん」
「ああ、そういうことでしたか……」
……早苗には、あの雲山一輪ペアとの弾幕ごっこで魅せてくれた、あの成長力・完全無欠さは何処に行った、と言いたくなりかねる反応の遅さだけど……戦闘中じゃないし、仕方ないかもしれない。
まぁ、今後に期待だね。ボテンシャルは、もしかしなくともまだまだ秘められている。
「それじゃあ、あんまり私に手伝えそうな事はない感じかなぁ」
「今は、そうですね。建立した後でしたら手伝って貰えることがあるかもしれません」
「宣伝とか? 人々に衝撃使って潜在的に埋め込んじゃう?」
「詩菜さん……相も変わらず、変な所で乱暴ですね。そういうのは求めてません」
「まぁ、冗談だよ。昔から変わっていないと言っていただきたいなぁ」
「────ほぉう? 変わっていない?」
「いやすんません諏訪子様首に手を掛けないで拘束や絞め技は私対応できなうぐぐぐぐぐ」
「諏訪子様!?」
「ふふ、本当、変わっていませんね」