この話で菫が出てきます。
天童流戦闘術を習い始めて2年が経った。
最初の1年は身体の使い方を中心に習い、筋力の向上や体幹の安定化が主であった。
2年目からは技の修練に入り始めたが、技の反復と見取り稽古が中心であった。
入門して1年が経った頃、助喜与師範から呼び出され、その年頃の子供に似合わない言動や、雰囲気について説明が求められ、自分の境遇や知識の一部を正直に打ち明けることにした。この中で特に「ガストレア」によって世界が崩壊すること、木更が両親を失い、復讐の修羅になることを聞き師範は世界の危機を回避することは難しいながらも、木更が修羅の道を歩むことを良しとしない考えを出され、自分に協力してくれることになった。それによって鍛錬が厳しくなったのは何とも言えないのだが……。
また、鍛錬に並行して風をとらえる訓練をしたり、自分の中の音の時間を感じるなど、エアトレックを扱っていく上での技能の向上も行った。
風をとらえる力はまだそれほど身についておらず、最近になってエアギアで空と一樹の行っていた両手歩きができるようになってきた。ある時、この訓練をしている所を助喜与師範に見られた。それを見た助喜与師範は「ふむ、面白い訓練をしておるの」というと自分も同じことをし始め、今では鍛錬を始める前のウォームアップとして鬼ごっこ形式で行われている。
師範は俺なんかと違って、最初からほとんどバランスを崩すことなく、道場の中を走り回れており、柄にもなくへこんでしまった。
この頃から自分をさす際、「私」ではなく「俺」もしくは「自分」とあまり自身の事を隠さない言動になっていった。
木更が2歳になった。
言葉をしゃべることができるようになり、また一人で歩くことができるようになったためか、世話係りが手を焼くことも多くなった。
最近は道場に来ると必ず世話を見ていたためか、俺が来ると必ずと言っていいほどついて回るようになり、鍛錬の最中も橋のほうで見学していることが多くなった。またやんちゃな部分もあり、追いかけっこが好きなのもそうだが、道場で行っていた鍛錬を再現したかのような動きをしていることもよく見られた。
木更の兄たちはすでに高校生以上であるためか、あまり木更と接することがなく、あまり仲がいいとはいえるような雰囲気ではなかった。
一方で木更の両親は初めての娘ということもあってか木更を溺愛し、仕事の合間にも様子を見に来ることが多く、俺も幾度となく話しをする機会があった。その中で、よかったら中学からこちらに下宿しに来ないかという話もあったが、両親にも聞かなくてはならないことや、助喜与師範や菊之丞にも許可を得なければならないと言って断らせてもらった。
鍛錬に並行してエアトレック(A・T)の研究を8歳ごろから始めだした。
助喜与師範の協力を取り付けることはできたが機材などがあるわけでもないため、A・Tの設計図やA・T開発に必要になるであろう機材についての設計図を起こし、同時に「
その取引先は主に工業・兵器、食料、医療関係を中心として行い、その中には原作開始時に東京エリア有数の大企業であった司馬重工も含まれていた。
この取引によって、手元に小学生では持ち得ない額が入ることになったが、助喜与師範に管理してもらうことで不当な目的での利用が行われないようにしていただいた。
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夏休みに入ったころ、師範から「お前が以前話していた天才中学生と会う機会を作ってやったぞ」と言われ、3日後には東京大学に連れていかれた。以前からニュースによく取り上げられていたが、室戸菫は15才でありながら既に大学卒業認定、修士認定、博士号までを取得し、自身の研究室まで持っていると伝えられ、その研究室を訪れる機会を作ったとのことであった。
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俺はこれまでに書き上げてきたA・Tの設計図と「契」のレガリアの設計図・効果、そして残りの27のレガリアについての基礎スペックについてデータを1つのUSBに収め、そこに自分の連絡先を付け足して持っていくことにした。
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研究室に入るとそこは混沌としていた。様々な研究のデータが乗っているであろう紙や論文、自身の研究に必要なのであろう機材、そして何より紫色に変色し、元が何であったのかわからないスープ状の物体が無造作に置かれ、異臭を放っていた。
そんな部屋のお気にある机の前で、まだ背の低い女の子がもくもくとパソコンに打ち込みをやっている光景は「シュール」の一言でしか言い表せないであろう。
俺はそんな中、原作の蓮太郎はこんなものを勧められていたのかと戦々恐々としながら彼女へと近づいて行った。
彼女はまだ原作の挿絵のような廃退とした雰囲気を纏ってはおらず、世の中の不思議について解明しようという好奇心しか感じられなかった。
地下図いてくる気配に気づいたのか彼女は打ち込みの手を止め、こちらに向かい直ると一瞬目を見開いて驚きをあらわにした。
「今日はあの『天童』から人が訪ねてくると聞いてどのような奴が来るかと楽しみにしていたが、まさか君のような少年が来るとはねぇ……」
口の端を吊り上げながらおかしげに笑う菫。
俺はそんな菫を見ながら笑顔で挨拶をする。
「初めまして、天才と名高い室戸菫さん。本日伺うことになっていた里見蓮太郎といいます。天童家からどのように聞いていたかは存じ上げませんが、私があなたに用があって機会を作ってもらいました」
「ふむ、どのような要件かね?」
「それにはこちらをご覧になっていただいたほうが早いと思います」
そういって俺は持ってきたUSBを彼女に渡した。
彼女はそれを見つめながらもかぶりを振るとパソコンに差し込み中のデータを閲覧し始める。
しばらくの間二人の間には沈黙しかなく、研究室の中にはパソコンやエアコンのファンの音のみが響いていた。
そろそろ20分が経つと考えていたころ、突然菫は背中を丸めて笑い始めた。
「くくくくくく、なんだこれは‼こんなことを考え付いたやつがいるのか‼この情報は下手をすると今現在の世界の問題に大半を解決してしまうものだぞ」
と興奮のあまり椅子で回り始める菫、それを見ながら俺は彼女の疑問に答えることにした。
「その設計図を書いたのは自分です」
それを聞いた途端、菫はこちらに目を向け、何か考えるそぶりをした後質問をしてきた。
「これを君が書いたというのか?その言葉がどれほどの意味を持っているのかわかっているのか?君は見たところまだ10かそこらだろう、そのようなとして考えつくようなものではない!!」
「確かに、俺が書いたと信じるには無理があるでしょう。では、これからあなたの見ているこの場でそこに記していないA・Tの設計図を一つ書き上げますがいかがでしょう」
俺が自信満々に答えると菫は少しの間思案し、パソコンの前の正規を譲ってくれた。
俺は高速で打ち込みをするために指を解しながら、これから書き記していくA・Tについての説明を始めた。
「さて、先ほど渡した設計図のA・Tは基本形のインラインスケートと同系統の形をした車輪を持つウィール型でしたが、これから書いていくものはボゥローラー型、いわゆる靴底にボール型のホイールが一体になっているタイプのものです。これは隠密性に優れていますが、非常にフレキシビリティなボールの回転を制御することが難しいため上級者向けのA・Tになります」
と細かな説明をしながら設計図を打ち込んでいく。
菫はその様子を後ろから見ながら、説明にどんどんのめりこんでいった。
「……とまぁこれで設計図は完成ですが、これで私が書いたと信じていただけたでしょうか?」
「…………これだけの設計図を書きながら、詳細な構造の説明ができるとなると君が書いたと考えていいだろう」
「しかし、これだけの発想、いったいどこから生まれてきたんだい?」
「…………それに関しては今は話せません。時が来たら確実にお伝えしますよ」
そういう俺の回答に菫は渋い顔をしながらも納得したように頷いた。
「わかった……。今は触れないでおこう。ところで、なぜこのデータを私の所に持ってこようと思ったんだね?天童からの紹介できたぐらいなのだから、このデータは天童傘下の研究施設か何かで形にすればいいものを……」
「そういう訳にはいかなかったんですよ」
椅子にもたれかかり、菫と面と向かい合いながら蓮太郎は答えた。
「自分はまだ9歳の子供ですよ?そんな子供がこんな物を提案しても研究に参加できるはずもないですし、この技術は悪用されれば世界の軍事・エネルギーなど、様々なバランスを大きく崩しかねないものです」
「だからこそ自分の目の届かないところで扱われることを防がなければならないと考えたんです」
そういう蓮太郎の目にはどこか悲壮感が漂うとともに深い諦観が込められていた。
「ではなぜ私に教えた?」
菫は純粋な疑問から問いかける。
「1つ目はまだ企業と密接な関係を築いていないということです。先ほども言いましたが、この技術は世界を変えられます。だからこそ扱いに気を付けなければならない。2つ目はあなたが天才だからですかね……。今見てもらった通り、こんなものを作り出せてしまう私と同様の才を持っていると思ったという共感からです。3つ目は年が近いからです。あなたは若くして博士号を取り、研究室を持っているとはいえまだ15歳の女の子でしかありません。そんな年の近いあなただからこそ、友達になれるのではないかと考えました」
蓮太郎は顔をうっすらと赤く染め、目をそらしながら答えた。
「ははははは、まだ私を子供扱いしてくれる人(子供)がいたか、いてくれたか。そうだね、私はまだまだ実績もあるわけではないからどこかしらの企業などと密接にかかわっているわけではない。それに天才だからこそか……。こんな人生を歩んでしまったせいかまともな学生生活を送っていないからうまくわからんが、私もこれまで友達と呼べるようなものはいなかったからな。天才が孤独とは言わないが、自分の考えが理解されないほど悲しいことはないからな…………」
この時、菫は呆れるような、嬉しいような気持ちを抱いていた。
これまで無意識のうちに考えようとしておなかったことを指摘されたようで、そして同じ悩みを持つ人が目の前に現れたことで菫は胸がはちきれんばかりに嬉しそうであった。
「そうか、なら私と君は今この時から友達だな」
「はい、そうですね」
互いに相手の顔を見ながらの握手。
そこには確かに何か大きな思いが込められていた。
それから二人は連絡先の交換や他愛のない日常、菫が今扱っている研究について話をし、時間が過ぎていった。
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「友達といえば、あだ名などを付けるのではなかったか?」
「そういわれるとそういったことはよくありますね」
「菫さんは年上ということもありますから、俺が呼ぶときはやはり『菫さん』と呼ぶのがいいんじゃないかと思いますが……」
と蓮太郎が控えめに言うと、菫はそれに不満を持ったのか少しニヤつきながら
「なら私は君をこれから『蓮くん』とでも呼ぼうかね」
と言ってきた。
蓮太郎はその呼び方は恥ずかしいと抗議するが、受け入れられず、以降『蓮くん』と呼ばれることとなった。
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「――――そういえば、この技術を君はどうしたいんだ?」
「A・Tを開発するつもりはありますよ。ただ、今すぐ公表するのではなく現状は試作機と俺専用のA・Tを作って改良と技能の向上を行いたいんです。A・Tを使いこなすのには多くの技を反復して練習する必要があるので一先ず自分と武術を教えてくださっている師範、それとあなたの分ができれば問題はありません。そしてある程度の改良がおこなえたら、時機を見て私が出資している会社に技術提供という形で一部データを公表していければと思っています」
自分の分もあると聞き、運動神経に自信がないのか首をかしげていた菫は、技術提供をするという言葉に疑問を持った。
「それでは先ほど言っていたことに反するのではないのか?」
「それについては今はまだ何も言えません。ただ、提供することになる前になぜそうするのかは必ずお話しします」
蓮太郎はそれだけ言い切ると口を閉ざした。
「まぁ、まだ納得できない部分もあるが今は良しとしておくか……」
「ところで、その試作型A・Tはどこで製作する予定なんだ?」
菫は蓮太郎の言い分に不満を感じながらも一応の納得をすると、A・T開発について質問を投げかけてくる。
しかし、それに対する蓮太郎の反応は苦笑いであった。
「いや、まだ何も決めていないんですよね……。技術的な問題もあるので私個人で作るには厳しいですし、だからと言って天童も頼れないのでどうしたものかと考えていたところなんですよ……」
と頬をかきながら答える蓮太郎。
「ふむ、ならこの研究室で作るか」
「ええ!!??」
「コアの部分はブラックボックスにして私たちが直接作るとして、それ以外の部品はそれぞれ複数の会社に分業という形で作らせ、研究室で完成させれば外に技術が漏れることもないだろうと考えるがどうかな?」
「…………その方法しか厳しいですかね……。わかりました、その方法でお願いします。ただ、材料費や加工費はこちらで負担しますので、菫さんは制作用機械、機材の用意をお願いします」
菫の意外な発言に驚きを隠せない蓮太郎。しかし、菫の説明を聞いてそうするしかないのではと考えその案に乗ることにする。
「任されよう。それで試作型はいつまでにできるといいんだい?」
「できれば一年以内でお願いします」
「了解した。研究者としての意地を見せようかね」
と言って二人は笑みを浮かべながら今後の打ち合わせをしていくのであった。
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菫side
今日は日本の政財界の一翼を担っている「天童」から面会のアポがあった。
正直、いつもの勧誘と同じものだと興味のかけらもなかったのだが、私の研究室を訪れたのはまだ幼いと言ってもいい子供であったのだから正直驚きを覚えていた。
しかもこの子供の持ってきたデータは何だ?高効率のエネルギー変換機構の設計図と、それを応用したインラインスケート型の移動用器具だと?しかもここに記されているレガリアと分類されるものの性能が確かなら、現行の兵器は大半が無力化できてしまうぞ。
そんな私の思いとは別にこの設計図を書いたのは目の前にいる子供だというのではないか。
さすがに信じられなかった。しかし、私がそれを証明するよう彼にいうと彼は何とでもないかのように別パターンのシューズの設計図を書き起し始めたではないか。
少年は打ち込みをしながら、合間に私が質問した構造についての疑問や原理に対して逐一解説を行えるほどの理解を伴っていた。ことここに至って私は彼が私と同類の天才であることを理解した。
その後は、なぜ私のもとに持ってきたのかの疑問の解消や今後について話をした。
私も履くことになるという点に少々不安がつのったが、彼が一から教えるということだし、その時になって改めて考えることとしよう。そして、試作機の製造に関してはこの室戸菫の名に懸けてでも1年以内、いや10か月以内に完成させるとしよう。これを履くことでどのような世界が見えるのかまだまだ興味が尽きないな。
その中でも私の印象に残ったのは「私と友達になろう」という一言だろう。
これまで、私のIQが原因なのか周囲の同年代は私の事を避け、これまで友達と呼べるような人物は一人もいなかった。こうして大学に行き研究をしていても多くの大人は嫉妬、妬みあるいは期待を向けるだけで誰一人として私と対等に接しようとする人はおらず、気が付くと研究に没頭するだけの毎日を過ごしていた。
そんな世界に興味を失いかけてきたころに彼は現れ、私が無意識に望んでいた人とのつながりを意識させるとは……。彼と手をつないだとき危うく涙が出そうになるほどだったが、意地でそのようなそぶりを見せてやらなかった。
しかし、これからは彼もいっしょだ。仲間がいる。
もう君のことを手放すことはないだろう。
なぁ、『蓮くん』。
なぜだろう、原作のような世捨て人にはならないように書いていたはずなのに気が付いたら別の方向に性格が変化しかけている……。
読んでいただきありがとうございました。
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