エヴァ体験系   作:栄光

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アスカ、来日

 J.Aの暴走事故の数日前、中学校の進路相談にミサトさんはやって来た。

 進路相談があるからと、短縮授業が行われていて昼過ぎの五時間目で終わる。

 俺はコンビニで買った昼飯を食べて、「眠いなあ」なんて思いながら午後の授業を受けていた。

 授業が終わってホームルームを待っているその時、外からエンジン音が響いてきた。

 今どき直管マフラー(ちょっかん)か? いや、単純にスポーツタイプのハイパワーマシン? 

 電気自動車全盛の第三新東京市でやかましいなと思って外を見る。

 真っ赤なフェラーリは学校の前の道路を駆け上がり、来客用駐車場でスピンターン。

 タイヤ痕を残して枠内に止まり、そこから降りてきたのはタイトなスカートにジャケット姿のミサトさんだ。

 急ブレーキのスキール音にクラスメイトどころか結構な数の職員、生徒が窓に集まった。

 

「なんだなんだ」

「カッコいい、誰の保護者?」

「今日は碇だけだから、碇の保護者だろ」

「あれが碇の保護者? かっけえなあ」

 

 隣にいたトウジとケンスケも興味津々だ。

 ハンディカムを向けるケンスケにミサトさんはニコリと手を振る。

 

「噂のミサトさんって綺麗な人やなあ」

「シンジはあんな人に保護されてるんだ」

「ま、まあ、書類の上ではね……」

 

 アニメで見たことあったけど、リアルでやられるとどうしてこんなに恥ずかしいんだろうな。

 ミサトさん、公道はサーキットじゃないし来客駐車場はジムカーナ会場じゃないですよ。

 男子生徒が釘付けになっている様と対照的に女子は冷めた目線で沸き立つ男子を見ていた。

 

「バカみたい」

 

 委員長はトウジ含む男子を見て呟く。綾波はいつも通りボンヤリとしていた。

 俺も綾波のように他人のフリできないかな、いや、手遅れだよな。

 

 ホームルームが終わると進路相談となる。

 高校進学の後に特務機関ネルフではない。エヴァとの関わりを推察されるためだ。

 国連軍所属の“陸上自衛隊”に就職するという「カバーストーリー」をもっともらしく伝え、普段の授業態度や成績についての評価を聞いた。

 成績は中の上、提出物も出すし、規律正しい真面目とされる生活態度を取っているので問題はない。

 

 いっぽう、鮮烈な登場をしたミサトさんはというと、俺の隣で「はしゃぎ過ぎて失敗したわ」と頭を掻いていた。

 面談開始までの間に先生方、特に生活指導のゴリ(43歳・体育教師)にネチネチと小言を言われたようだ。

 一歩間違えれば校内での事故につながるから、そりゃゴリ先生も怒るわ。

 そして面談が終わった俺たちを()()()していたのが、トウジとケンスケだ。

 

「ワシは、鈴原トウジと言います、この間は迷惑かけてもうてスンマヘンでした!」

「相田ケンスケです、あの件ではご迷惑をおかけしましたッ!」

「トウジ、ケンスケ帰ったんじゃなかったのか」

「あっ、もー良いのよ、終わった事なんだし。それよりウチのシンちゃんと仲良くしてくれてありがとね」

 

 いきなり頭を下げたトウジとケンスケに、良いのよと応じるミサトさん。

 保安部からの情報で交友関係なども掌握してるだけに、ミサトさんは作戦部長、俺の上司ではなく気安い友達のお姉さんを演じている。

 

「ハイッ!」

「こちらこそッ!」

「鈴原君、相田君、学校でのシンジ君の事、頼むわね」

「喜んでッ!」

「おう、シンジもよろしくな」

 

 ミサトさんのフレンドリーな対応にトウジとケンスケは舞い上がっている。

 その気持ち、分からんでもないけど……落ち着こうぜ。

 

 この時の出会いがあったため、今回、太平洋艦隊訪問時にトウジとケンスケを随行者として招待することができたわけなんだが。

 

「これがミル55D輸送ヘリ、こんな事でもないと乗れないよな!」

「輸送能力全振りのミル製のヘリコプターか」

「まったく、持つべきものは友達だよな、シンジ」

 

 感動のあまりうるさいぐらいにはしゃぐケンスケ。

 同好の士として巻き込まれるのだが、一緒になって騒ぐ気にはなれない。

 

「センセもこういうの好きなんちゃうんか?」

「おう、だけどあのテンションにはついて行けないや」

「ケンスケのアレはビョーキやからなぁ」

 

 使徒が出てくるのは分かっているが、今だけは頭を空っぽにして楽しみたい。

 ケンスケのように奇声を上げたりはしないが、じっくり観察してみたいものだ。

 だって2020年の俺の世界じゃもう退役したり、影も形もないような装備が現役で勢ぞろいしてるんだぜ。

 

「ミサトさん、今日はありがとうございます」

「いっつも山の中じゃ飽きるでしょ、だから豪華なお船でクルージングよ」

「ところが乗るのはクルーザー(巡洋艦)ではなくエアクラフトキャリア(航空母艦)なんだよね」

「なんやそれ」

「そのうちわかるよ」

 

 窓の外には見慣れた()()()が広がり、日光を浴びてキラキラと輝いている。

 新劇場版の赤い海とは違う、青黒い深海から使徒はやって来るのだ。

 

「シンジ君もミリタリーオタクなんでしょ?」

「そうなんですけど、こうも当事者になったらね趣味が仕事に直結するというか」

「うーん、最近のシンジ君は中学生っぽくないのよね、やけに物知りだし」

「本屋通いで、ミリタリー書籍を何冊も読んでたらこうなりますって」

 

 ミサトさんの中の碇シンジは「ガチ目のミリタリーオタク少年」だ、リツコさんのような多重人格という解釈ではなかったらしい。

 長野で内向的だった性格も新天地に来て一新、中学校で同好の士を得てオープンにしたという何とも楽天的な認識だ。

 

 事実、監視兼護衛の保安部の職員が見ているところで本屋に通い、いろんなジャンルの書籍を買って帰っているから中学生が知りえない情報を漏らしても“本で読んだ”と言える。

 J.Aの式典などで大人げもなく、リツコさんと共に外見も何も気にせずにハッチャけたわけだが、それもまた「青臭いオタク中学生感」を演出したに違いない。

 思い返せばエヴァを腐されて変なテンションになってたところもあり、時間が経つにつれて布団に顔をうずめたくなった。

 

「空母が5、戦艦が4、大艦隊だ!」

 

 輪形陣を組み航行している空母打撃群……より増強された戦闘群には戦艦、空母のほかにもミサイル駆逐艦、巡洋艦に、補給艦などの補助艦艇も多数いるようだ。

 その中の旗艦にネルフはエヴァのソケットを届けるのだがここで問題に気付く。

 弐号機を輸送する輸送艦オスローから、旗艦であるオーバー・ザ・レインボーまで遠すぎるのだ。

 アニメでは作画の都合上わりと密集していたが、実際に見ると結構な距離が空いている。

 これではさしものエヴァも艦艇を飛び移るなんていう芸当は無理じゃねえか?

 

「これが豪華なお船……?」

「国連軍が誇る正規空母、オーバー・ザ・レインボー」

「よくこんな骨董品が浮いていられるわね」

「セカンドインパクト前のビンテージ物じゃないですか」

 

 ミサトさんとケンスケのやり取りを聞いて飛行甲板を見る。

 ロシア製艦載機がアメリカの空母に整列していたり、艦隊を構成する艦艇の年代・国籍もバラバラだ。

 こうして実際に見ると“世界の艦船”に載っていた一覧を眺めるよりもなお不思議な気分になる。

 俺たちの乗った輸送ヘリは誘導されたスポットに降着し、スロットルを絞り込む。

 ダウンウォッシュがある程度収まると甲板作業員とパイロットが着艦完了の合図を出した。

 

「さあ、降りるわよ」

「下車用意!」

「下車ってバスかいな」

 

 ヘリコプターの騒音の中、ミサトさんの指示に反応してつい、下車用意と叫んでいたのをトウジに突っ込まれる。

 

「べつに輸送機から降りるのも3トン半から降りるのもたいして変わらないと思うけどな」

「了解、シンジ隊長! 下車用意!」

 

 ケンスケはノリノリで敬礼と復唱までしてくる。

 トラックの荷台や車から降りるときに毎回、「下車用意」「下車!」と同乗者に号令をかける為、つい言ってしまう自衛官あるあるだ。

 

「下車! あと甲板は強い風吹いてるから、アゴ紐のない帽子はご法度だぞ」

「帽子だけに?」

「センセ、それは寒いわ」

「やかましいよ」

「シンジ君のジョークセンスって微妙よね」

 

 ミサトさんにまで言われたが、別に帽子とハットを掛けたわけじゃないんだが。

 甲板に降り立った俺たちはアイランド、すなわち艦橋へと向かう。

 アニメでアスカに踏まれたトウジの帽子はすでにバッグの中に入れてあり、飛ぶ心配はない。

 甲板に露天係止(ろてんけいし)された戦闘機や対潜哨戒ヘリを見ながら、ケンスケはフラフラ歩く。

 二重反転ローターにハコフグのような機体が目を引くKa-32ヘリックスDとか、Su-33戦闘機とか旧ソ連系の装備もけっこう多い、インド海軍かよ。

 

「ケンスケ、カメラばっかりに集中してると転ぶぞ」

「だって空母だぜ、すっげー!」

「えらい風強いな、ごうごう言うとるやんけ!」

「結構な速度で走ってるから、甲板の端で転んだらそのまま海にドボンだ」

「ホンマ帽子取っといてよかったわ」

 

 ミサトさんは引き渡し書類を持っているがそれを届けに行くための案内図などはないため、誰かに聞くか自力で行く方法を探すしかないようだ。

 

「どこから中に入るのかしらね……」

「ミサトさん、海軍側から広報官、案内の士官とか来ないんですか?」

「そのはずなんだけど、居ないのよね」

「しかたない、いつまでも甲板上うろうろできないし、艦内に入りますか?」

「そうね」

 

 甲板作業の邪魔にならないようにハッチを探して歩いていると、

 目の前に艦上には似つかわしくない黄色いワンピースの女の子が歩み寄って来た。

 わざわざ前で仁王立ちしようとしていたようだが、一般公開の艦艇なんかと違って結構な速度で航走しているんだから風にあおられる。

 砂混じりでざらりとした滑り止め塗装は、素足で転んだらひどく擦りむくぞ。

 スカートはめくれ上がるどころか太ももに風圧で張り付いてしまって、それが腰回りの輪郭を強調してって……危ない! 

 ヘリコプターが遠くで着艦した時、強い風に転びそうになった彼女を思わず抱きとめる。

 

「きゃあ! エッチ! 変態!」

 

 そのお礼は一発のグーパンチだった。

 避ける暇もなく頬に一発入った。

 痛い。

 

「ヘローミサト! どれが噂のサードチルドレン?」

 

 結構な力で殴りやがって。

 原作アニメの平手打ちがかわいく思えてきた。

 いや、見物料で引っ叩かれるのも十分腹立つか。

 

「あ、紹介するわね。この子は惣流・アスカ・ラングレー。セカンドチルドレンよ」

「まさかこの変態がサードチルドレンなの? それともそっちの二人?」

「サードチルドレンはこっちの碇シンジ君、ふたりとも悪気はなかったんだから許してあげてね」

「どうも、碇シンジです」

「ふん」

 

 なめられたら負けだ、ふてぶてしく笑う俺。

 アスカは俺の顔をまじまじと見る、小娘のガンつけでビビる俺じゃない。

 

「なんちゅー暴力女や」

「ラッキースケベなシンジも悪いだろ」

 

 ケンスケ、後で覚えてろ。

 

 海軍側の案内士官がやって来たのはすぐその後だった。

 どうやら、連絡の行き違いで別の船に降りたと思っていたらしく、慌てて連絡機に乗ってやって来たのだという。

 そのヘリは俺が引っ叩かれる原因になったあの対潜哨戒ヘリだろうか。

 日系人の彼は2か国語が出来て、通訳も出来ることから選ばれたといいミサトさんを先頭に艦橋上部に向かった。

 艦橋にはテレビアニメで見た壮年の艦長、副長がいた。

 彼らの白い制服の胸には略綬(りゃくじゅ)がいくつも着いており、経験を積んだ高級将官であることを示していた。

 旗艦であるオーバー・ザ・レインボーの艦長が空母戦闘群司令を兼任しているようだ

 

「おやおや、どうやらボーイスカウト引率のお姉さんかと思いきや、こちらの勘違いだったようだ」

「艦長、ご理解いただけて幸いですわ」

「こちらがネルフの受け渡し物品、引渡書ねえ」

「はい、艦長がお考えになるよりも、使徒はきわめて強力ですので」

 

 流暢な日本語で話す国連海軍の将官に俺は驚いた。

 葛城一尉はバインダーに挟まれていた非常用電源ソケットの仕様書を艦長に渡す。

 

「あの人形を動かす要請など聞いちゃおらん」

「万一の事態への備えとご理解いただけませんか?」

「その万一の事態に備えて我々太平洋艦隊が結集しているのだ」

「葛城大尉、副長の私が言うのも何だがこの艦隊で勝てない相手がいるとなると、それはもう神だけだ」

 

 副長は窓の外を指す。

 そこに見えるのは僚艦の数々と、ミル55ヘリのコンテナから引き出されたソケットがトーイングカーで移動しているところだった。

 

「大体、いつから国連海軍は宅配屋に転職したのかね」

「某組織が結成されてからだと思いますが」

「まったく、オモチャひとつ運ぶのに大した護衛だよ」

「艦長、こちらにサインを」

「まだ引き渡し書類にサインすることは出来ん、海は我々の管轄だ」

 

 コイツ……と言わんばかりに歯ぎしりをする葛城一尉。

 海軍軍人にもプライドってもんがあるから素直にはもらえないだろうなあ。

 

「ではいつ引き渡してもらえますか」

「新横須賀に陸揚げしてからだ」

「海の上では我々に従ってもらおうか」

「わかりました。それでも有事の際はネルフの指揮が最優先ですのでお忘れなく」

 

 艦長、副長共にネルフにはどうも否定的だ。

 さもありなん、ネルフは新興の組織で、それもよくわからない相手と戦うために創設され、国連という後ろ盾の下で「あれ積め、これ積め、非常時には指揮権寄越せ」と主張するのである。

 ネルフ嫌われ過ぎじゃないかと思ったが、ミサトさんのセリフを聞くにこうした強権的なところが所々で反発を生んでるんだろうな。

 

「あいかわらず凛々しいなあ」

「加持先輩!」

 

 その声にミサトさんは、ひきつった顔になって振り向いた。

 アスカが現れた人物の名前を呼ぶと「よっ」と手を挙げる。

 無精ひげに長い髪を一括りにした男が立っていた。

 

「加持君、君をブリッジに招待した覚えはないぞ」

「これは失礼」

 

 艦長は嫌味をいい、副長は露骨に嫌な顔をする。

 そして、言うだけのことを言ったと艦橋を退出して士官食堂へと向かう。

 その道中、いろんな人々と出会ったが女子供の一団は目立つようで皆一様にジロジロと視線を向けてくる。

 それに居心地の悪さを感じつつも、士官食堂へ行くと人はほとんどいなかった。

 

「なんでアンタがここに居るのよ」

「アスカの随伴でね、出張さ」

「うかつだったわ、十分考えられる事態だったのに」

「ところで、今付き合ってる人居るの?」

「アンタには関係ないでしょ」

「つれないなあ」

 

 ミサトさんと加持さんの元カレ・元カノの関係を匂わせるやり取りにトウジ・ケンスケは「大人の関係見ちゃったな」なんて言ってる。

 アスカも「うげっ」とばかりにひきつった表情だ。

 

 食堂の苦い海兵コーヒーを飲みながら、ふと自分のことについて考える。

 ついぞ告白することなく俺は憑依してしまったわけだが、幼馴染の女の子は今、どうしてるんだろうな。

 大学で別れ、自衛隊入隊でそれこそ会わなくなったわけだけど、高校卒業までは一緒に過ごしていたわけで。

 成人してから会ったのもお互いに帰省中の数回だけで、挨拶してちょっと飯に行くだけ。

 最後に会ったのは去年の正月休み。

 お互いに27歳、いい相手いないのかという話になった時に言われた。

 

 __〇〇君ってさ、今付き合ってる人いるの? 

 

 結局、酔ってたこともあって話はうやむやに、酔いがさめる頃にはアイツは名古屋に帰ってた。

 あのときの俺は彼女の事をどう思ってたんだろう。

 恋愛対象だったのか、それともただの女友達だったのか今となってはわからない。

 どうして、エヴァ世界に来て急に彼女に会いたくなったんだろうな。

 

「碇シンジ君」

「はい、なんですか」

 

 加持さんが声を掛けてきたので、意識はこちら側に戻って来た。

 ミサトさんと同居してないから寝相の話なんて分からんぞ。

 

「君が何の訓練も受けずに実戦でエヴァを動かしたサードチルドレンだろう」

「そうですね、でもなぜそれを? エヴァには偶然や運が大きいと思います」

「この業界じゃ君はもう有名人さ。たとえ運や偶然だったとしても、それも君の持った才能なのさ」

 

 社交辞令かもしれないけど、今言う必要あったかそれ。

 隣のアスカが凄い顔で俺を睨みつけてるんだけど。

 そのあと、いったん解散となった。

 

「しっかし、いけすかん艦長やの」

「プライドの高い人だから、皮肉のひとつも言いたくなるんでしょ」

 

 トウジのぼやきにミサトさんが答える。

 皮肉を言いたくなるどころか、“大人の海軍軍人”としての仕事を否定されてるんだから怒りもするだろ。

 

「有事の際にネルフが全指揮権ぶんどりますじゃ、嫌われてもおかしくないですよ」

「そうね、でも浮いてる船の武装ではどうしようもないんだからしょうがないわ」

「でも、第4使徒の事を考えると、積み荷のエヴァでも似たようなものだと思いますよ」

「う、そうね……」

 

 思い出すは第4使徒、イージス駆逐艦の主砲である127㎜速射砲に耐えて航空爆弾の直撃にも耐えきったのだから、第6使徒も速射砲や対潜ロケット、短魚雷くらいは平気で耐え抜くだろう。

 

「まあ、洋上で遭遇しなきゃ、そんな心配する必要ないんじゃない」

「そうですね、B型装備、プログナイフ一本で水中戦なんて展開にならないといいですね」

 

 自分で言っておいてなんだが、とても白々しく感じる。

 どうせ、あと数時間後には加持さんの持ってるアダム目掛けて使徒が突っ込んで来るんだ。

 

「ところで加持さん、明るい人ですね」

「絶対にアイツのいう事、真にうけちゃダメよ」

「話し半分に聞いておきます」

 

 ミサトさんは俺の両肩に手を置いて圧を掛けてくる。

 加持さんに過去の事掘り返されないか心配なんでしょうけど、そうやってムキになるとかえって逆効果だと思うんですが。

 ネルフ本部御一行様の控え室まで向かう最中のエスカレーターでアスカが仁王立ちしていた。

 

「サードチルドレン! ちょっと付き合いなさい」

「ええっ」

 

 アスカが弐号機を俺に見せようと葛城一尉と艦長に許可を取りに行き、なぜか許可が下りた。

 どういう弁舌を振るえば、あの艦長がさらりと許可を出してくれるんだ? 

 釈然としないものを感じたが正規の運航許可証が発行されたのは確かで、それを提示することでタンカー改造の特設輸送艦オスローに降り立った。

 

 連絡用のヘリコプターから降りると、アスカはずんずんと俺の前を行く。

 そして、LCLの中に横たえられた深紅の巨人の上に彼女は立ち、浮き桟橋の上の俺を見下ろす。

 

「所詮零号機と初号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプ、訓練ナシのあなたなんかにいきなりシンクロするのがいい証拠よ」

 

 弐号機を自慢するために零号機と初号機を貶すアスカ。

 いつも乗ってるといつの間にか愛着が沸いてるもので、イラっと来る。

 俺の“相棒”は魂がこもっている、初号機と信頼関係を築くために俺は色々試した。

 エヴァに話しかける様子は完全に可哀想な人のそれだったが、やる前に比べてシンクロ率の伸びがいい。

 だからさも簡単にシンクロ出来ましたという風に言われるのは腹が立つ。

 

「でも弐号機は違うわ、これが実戦用に作られた本物のエヴァンゲリオンなのよ、制式タイプのね!」

「あ、そう」

 

 自分で思ったより冷ややかな声が出ていた。

 アスカを刺激せず、大人らしくおだててもよかったはずだ。

 だが、驚くほど興味の無さそうな、それでいて突き放すような声が出た。

 

「なによ、使徒を三体も倒したエースパイロット様にとっては聞く価値もありませんって?」

「違う、来るぞ」

 

 アスカが突っかかってきた瞬間に、衝撃はやって来た。

 突き上げるような縦方向と横方向の揺れが襲ってきて、俺とアスカは慌てて上甲板に走り出す。

 俺の目の前で、一昔前のフリゲート艦が爆沈する。

 キールをへし折られて二分割、脱出する暇もなく波間に消えていった。

 おそらくあの船に生存者はいないだろう。

 

「使徒だ!」

「あれが、本物の使徒」

「惣流さん、艦長と葛城一尉に連絡できない?」

「指図しないで!」

 

 全艦で「対水中戦闘用意」の警報と艦内放送が流れているようだ。

 何かを探すように遊弋(ゆうよく)する喫水下の敵に対し、国連海軍は各艦自衛戦闘を開始した。

 

 数隻のフリゲート艦のアスロックランチャーが旋回し、発射された。

 ロケットモーターが切り離されて使徒目掛けて短魚雷が航走、命中するが効果はないようだ。

 続いて短魚雷発射管やらボフォース対潜ロケットといった対潜兵装が発射される。

 直撃はしているようだがやはり効果はなさそうで、まるでサメ映画のサメ張りに泳ぎ回っている。

 そうしているうちにも、また2隻体当たり攻撃を受けて爆沈した。

 隣のアスカはというと、何かを決心したような表情で言った。

 

「やっぱり、エヴァに乗るしかないようね……」

「そうだね」

「アンタも、来るのよ!」

 

 アスカに引きずられるように、弐号機の浸かるプールにやって来た。

 そこで渡されたのはアスカの予備のプラグスーツだ。

 

「覗かないでよね!」

「了解」

 

 階段の踊り場でさらりと着替えた俺はアスカを待つ。

 ここで命令系統について考える。

 エヴァ弐号機はまだ国連海軍側の所管であり、群司令たるヒゲ艦長の許可がないと動かせないはずだ。

 アニメでは「命令無視・独断専行・事後承諾」で動かしてたわけだけど、リアルとなったこの世界でそれやらかして大丈夫なんだろうか? 

 まあ、責任は葛城一尉に行くし、そもそも命令待ちで弐号機に乗らなきゃ海の藻屑だよな。

 

「終わったわ! グズグズしないでッ!」

 

 弐号機に乗り込んだ俺たちは早速起動、しなかった。

 思考言語パターンが違うためエラーが出たのだ。

 

「ちゃんとドイツ語で考えて!」

「俺、日本語しかわからないよ」

「バカッ、思考言語を日本語に!」

 

 弐号機は何とか起動し、覆っていたシートをマントのようにして立ち上がる。

 そこに、オーバー・ザ・レインボーから音声通信が入った

 

「何をしている! すぐ元に戻せ」

「アスカ、構わないわ! 出して」

「勝手なことを言うな、まだあれはウチの管轄だ」

 

 マイクの向こうで艦長と葛城一尉が揉めているようだ。

 俺は使徒の泳ぐ波を見ながら叫ぶ。

 

()()、使徒が接近中です、緊急避難のため自衛戦闘に入ります!」

「あんた何勝手なこと言ってんのよ」

「シンジ君も乗ってんのね!」

「船の上だぞ、そんな人形でどうするつもりだ!」

「そんなの、船を飛び移るに決まってるでしょ」

「馬鹿モン、そんな巨体では艦が壊れて死人が出るぞ!」

 

 即断即決のアスカに、俺も艦長と同意見だったがそれでは八方塞がりだ。

 オカルトでも、この世界で有効なご都合主義補正でも何でもいい。

 考えろ、何かいい案はないか。

 その時、何かの二次創作で読んだ手法が頭をよぎった。

 

「惣流さん、A.Tフィールドは張れる?」

「バカにしないで、そんなのあたりまえじゃない」

 

 あたりまえじゃないんだよな、ちなみに俺は張れない。

 ここで使えないとなると、突進してきた使徒に飛び乗るしかなくなるが。

 

「A.Tフィールドを足に張って減速入れて、着地の衝撃と重量軽減できない?」

「そんな事って、出来んの?」

「分からないけど、使徒はエヴァの突進止めてたから出来ないことはないはず」

「分かんないものイキナリ使わせようとしないでよ!」

「いきなり無茶ぶりはネルフ本部の特徴だよ、来たぞ!」

「どうにでもなれぇ!」

 

 アスカが跳躍した直後、オスローが爆沈した。

 想像していたよりかなり高く飛び、両肩の拘束具が風を切る。

 

「今だ、足の裏に張って!」

「張ってるっちゅーの!」

 

 向かい風で身体が押されるような感覚と共に着地先が見える。

 すみません! 主砲、弁償しますから! (ネルフが)

 アーレイバーク級イージス艦の艦首に着地し2秒後、沈み込む前に向きを変えて飛ぶ。

 次に着地先に選んだのがヘリ搭載駆逐艦の後甲板、巡洋艦とフリゲート艦を踏み台にした。

 最終目標地点である旗艦では、着艦準備がなされていた。

 

「エヴァ弐号機、着艦しまーす!」

「着地と同時に手を着いて! 転覆するよ」

「わかってるわよ!」

 

 アングルドデッキのど真ん中、艦橋のすぐわきに“着地”した弐号機は展開されていたクラッシュバリアやアレスティングワイヤを握りつぶして止まり、船が大きくロールする。

 さすがは大型艦というだけあって復元性が高く、なんとか転覆はしない。

 

「飛行甲板がめちゃくちゃじゃないか!」

 

 さらに露天係止のSu-33戦闘機がドボドボと海に落ちる。

 ああっ本当に申し訳ない! 

 

「アスカ、ソケットを挿して!」

「了解、エヴァ弐号機、外部電源に切り替え」

 

 使徒はいったん艦隊の外まで泳いでいくと旋回して速度を付けてきた。

 アスカはそれを見てプログレッシブナイフを肩から出した。

 口を開いて甲板上の弐号機に飛びかかり、喰らい付こうとする使徒。

 

「口ィ!」

「奥にコアがあるっ!」

「くっそお!」

 

 さも一瞬で見つけたかのように言う俺に、アスカはナイフ一本で使徒を押しとどめた。

 弐号機はじりじりと押されていく。

 このままではアニメ同様、舷側エレベーター踏み抜いて落ちる! 

 

「なんでもいいから目つぶしお願いします!」

 

 使徒の注意を逸らしてもらうために、叫ぶ。

 

「シンジ君、アスカ、待ってて!」

 

 ミサトさんの声が聞こえて数分後、艦長の声が響いた。

 

「どうせ弾は抜けん。“Kongo”、甲板上の奴を撃て」

 

 オーバー・ザ・レインボーの左舷270度に位置するイージス艦から速射砲が発射された。

 音の感じからして海自の護衛艦だろうか、艦首の127㎜砲が数十発ヒレに命中する。

 やっぱり硬く貫通しない、そのおかげで艦橋を誤射することもなく衝撃を全部体内に伝えることができたようだ。

 

 キィイイイイイ! 

 

 原作アニメでは聞いたことのないような咆哮。

 その隙にナイフを突き入れるがコアまで遠く、届かない。

 半身喰われてなお遠かったのだから、届くわけがない。

 しかし、7分が過ぎた頃エラのような器官がパカパカと開いたり閉じたりしはじめた。

 牙と牙の間にプログナイフを刺しているが、ジタバタと藻掻かれキツイ。

 

「奴はどうやら放熱しているようだ、熱くてたまらん!」

 

 水棲タイプだから温度上昇に弱いのか……。

 シン・ゴジラの蒲田君ことゴジラ第二形態もこんな感じだったような。

 

「艦長、対艦ミサイルの使用許可を求めています」

「構わんが、この艦に当てたら後でぶち殺すと伝えておけ」

 

 速射砲攻撃が効いてると判断したのか僚艦より対艦誘導弾の使用申請があったようだ。

 副長と艦長のやり取りからどうやら対艦ミサイルが発射される。

 

「アスカ、シンジ君、聞いた? だから何としてでも使徒を逃がさないで!」

 

 ちょっと離れた所にいる複数の艦から、長い発射炎が見えた。

 ハープーン対艦ミサイルやソ連製対艦ミサイルの高性能炸薬が胴体に直撃して爆発した。

 ダメージこそほぼないけど体内に衝撃はあるようだ、口が少し開いた。

 とくに、放熱してるエラ状の所がよく効くポイントらしい。

 すかさず殴るアスカ。

 

「このっ、このっ」

「どうすれば口の奥のコアを狙えるんだ」

 

 俺の呟きに、葛城一尉のそばで使徒戦を観戦していたケンスケが反応した。

 

「戦艦の40.6センチ3連装砲で撃ったら良いんじゃね」

「お前が見たいだけやろ」

「それだ!」

 

 葛城一尉が何かを思いついたようだ。

 おそらく戦艦を自沈させるアレみたいな何かを。

 

「残存艦艇による零距離射撃だと?」

「そうです、当艦を中心にした輪形陣の輪を縮め、戦艦の艦砲および対艦ミサイルで袋叩きにします」

「バカな、爆発の余波でここが吹き飛ぶぞ」

「弾着位置は使徒の上部とします、エヴァ弐号機はA.Tフィールドを最大出力で展開」

「ミサト、軽々しく言っちゃってくれて!」

 

 かれこれ数十分間右手のプログナイフで歯茎を抉り、左手でグーパンチを喰らわせ、食われるか海に落ちるかの攻防を繰り広げてる弐号機によく言うよ! 

 

「その間に可能であれば口を開口、ダメでも近距離砲撃で砲弾を叩き込みコアを露出させます」

「牙ごとへし折るってことですか?」

「そうよ、アンタたちがいるおかげで使徒の体に攻撃が通りやすくなってんのよ!」

 

 口を開けたところに、突入してくる戦艦の艦砲と艦載機の航空爆弾を投入する。

 無茶苦茶な作戦だが、武装が歯茎に刺さっているナイフ一本のエヴァには打撃力が無い。

 一か八か、やるしかない。

 プログナイフから手を離すと、両手で使徒の上あごに手を掛けた。

 

 艦隊の陣形が変わる、今までは対水中戦闘と回避運動のため各艦の間に一定の距離があったが、どんどん接近してきている。

 なかでも大型の戦艦2隻は鈍い動きながらも旗艦目指して向きを変えた。

 方位167°と215°つまりは右舷後方と左舷後方より挟み込むように突入し、空母に衝突するいっぱいまで接近するのだ。

 低速の戦艦に合わせ、オーバー・ザ・レインボーの速力が落ちた。

 残り時間は僅かだ。

 

「アスカ、こじ開けてッ!」

「当艦に衝突まであと15分ッ!」

 

 葛城一尉と副長の叫ぶような報告がプラグ内に響き渡る。

 開け、開けっ! 

 

「アンタも、手伝うのよ!」

「分かったっ!」

 

 コントロールレバーを引いているアスカの手の上に俺も手を重ねる。

 

「開けっ、開けっ! 開きなさいよぉ!」

 

 強く念じる。弐号機が使徒の口をこじ開けるシーンを、強く。

 ジワジワと上あごが持ち上がっていく、そこに命中する速射砲。

 振動と共にフッと一瞬上がるがまた閉じようと力が入る。

 

「砲撃開始地点まであと5分」

「まだ口が開かんのか!」

 

 使徒上部の顔のようなところに、キエフ級重航空巡洋艦から発進したVSTOL艦載機、ハリアーⅡが機銃掃射を掛ける。

 さらに、追い打ちをかけるように対艦ミサイルの雨が使徒に降り注いだ。

 

「開け、開けよぉ!」

 

 その時、弐号機の雰囲気が急に変わった。

 音が遠くなったような、それでいて手先の感覚が鋭くなったような。

 ギギギという音と共に、使徒の口が開いていく。

 

「てぇ!」

 

 口が開いた瞬間、凄まじい音が背中越しにやって来た。

 

「ATフィールド全開ッ!」

 

 口の中に左右からエヴァをかすめるように撃たれた16インチ砲弾12発が飛び込み、爆発した。

 大威力の16インチ砲弾にコアを抉られた使徒はそのまま、動きを止めた。

 追うようにA-6イントルーダー攻撃機が遅延信管の付いた爆弾をばらまいて行き、落ちてきた爆弾は大きく開いた口の中に飛び込んだ。

 密閉して破壊力を高めるためにすかさず口を閉めて、海中に蹴り落とす。

 撃ち終わった2隻の戦艦は波を蹴立てて大きく旋回する。

 その操舵の妙もあり空母への衝突は免れ、その戦艦の航跡に蹴り落とされた白い使徒は消えていく。

 

 遅延信管が作動しドン、ドンと海面に水柱が立ったきり、使徒が浮上してくることは二度となかった。

 第六使徒の最期を見届けて余韻に浸っていると、コントロールレバーの上の手が振り払われた。

 

「いつまで乗ってんのよ! このエッチ!」

「いてっ! いてっ! 分かった、わかったから叩かないでよ」

 

 俺の脇の下から腕を引き抜いたアスカはポカポカと背中や後頭部を叩く。

 上半身を乗り出し膝の上に覆いかぶさるような形で今まで操縦していたのだ。

 

「アスカ、シンジ君、お疲れ様!」

 

 長時間の戦闘とダブル・エントリーによる疲労から集中が切れた弐号機は、そのまま甲板上にベタッと倒れ伏した。

 

 

 至る所が波打って、来た時とは様変わりしてしまった生臭い甲板をアスカと二人で行く。

 ふたりとも距離を取って、体内のLCLをゲボゲボ吐き散らして排出したあと医務官の指示に従って救護所として利用されている食堂へ行くと、至る所に重軽症者が並んでいた。

 

 使徒撃滅を称える歓呼の声はなく、あるのは呻き声と伝令の叫び声だけだ。

 

 叩きつけられたり破片や飛来物でのケガが多く、巻いている包帯には血が滲んでいた。

 着艦のショックや艦上戦闘で出た負傷者という事もあって、アスカはショックを受けていた。

 俺も安堵と達成感が一気に吹き飛び、現実に連れ戻されたような感じがした。

 この負傷者たち、そして足場にした艦の負傷者は俺たちの戦いで出てしまったのだ。

 

「サードチルドレン、行くわよ」

「どこに?」

「ミサトの所よ、報告に行かなくっちゃ」

「ああ」

 

 居心地の悪さを感じたのか、急に歩きだしたアスカについて行く。

 狭い艦内を歩いていると防火衣や個人用酸素吸入缶を付けた水兵が走り回っているのが見えた。

 ダメージコントロール班、いわゆるダメコン班が歪んでしまった水密ハッチをこじ開けようとしていたり、反対に角材で通路を補強しようとして居たり応急工作活動を必死に行っている。

 いくつか通路を迂回し、戦闘の衝撃で外れかかっているラッタルを上った先に艦長や葛城一尉がいた。

 

「碇シンジほか、一名の者入ります」

「ようやく戻って来たか、化け物退治、ご苦労さん」

 

 髭の艦長は俺たちの方を見て一言いうと、弐号機と甲板の方を向いてしまった。

 自分たちの住処である艦をめちゃくちゃにされてしまい、言葉も見つからないという感じか。

 傍では副長が船務科や機関科の各分隊に指示を出していた。

 ネルフ側代表の葛城一尉は本部からの回収班の手配やら国連海軍との打ち合わせなどをしていた。

 

「ミサト!」

「アスカ! それにシンジ君もよくやったわ」

「あれ、トウジとケンスケは?」

「あの二人なら、戦闘終了後控え室に行ってもらったわ」

 

 まあ、忙しい中、部外者の子供にウロチョロされても困るという事だろう。

 

「あと二時間で新横須賀だから、それまで休んどきなさい」

「わかりました、ところで加持さんは?」

「あのバカなら戦闘中に、すたこらさっさと逃げたわよ」

 

 それだけ言うと葛城一尉は仕事に戻って行った。

 テレビアニメのイメージだと「どう? 私のデビュー戦、加持さんは見てくれたかな?」とか言いそうなアスカが妙に静かだった。

 やっぱり、エリートパイロットとして育てられた子でも、ナマの戦場と犠牲を見るとショックを受けるんだろうな。

 

 遠くの方で哨戒ヘリコプターが生存者や遺留品を求めて海面をグルグルと回っている光景が見えた。

 燃料の染みが虹色に輝き、いくつかの浮遊物が波間に見え隠れしている。

 あっという間に沈んだフリゲートの乗員、弐号機を輸送していたオスローの乗員は艦もろとも海の底だろう。

 

 ……俺はどうすることもできないまま、勝利を掴んだんだ。

 ショックを受けているのはアスカだけでなく、俺も同じだったようだ。

 苦いデビュー戦を経験したアスカと、同乗して口だけ出してた俺、控え室までの間でこんなやり取りがあった。

 前をずんずんと歩くアスカが突然声を掛けてきた。

 

「ねえ」

「なにかな、惣流さん」

「いつも、アンタはこんな思いしてんの?」

「ああ、自己判断には責任が伴う。その度にどうすればよかったんだろうって」

「そう……」

 

 アスカは何かを考えたようだが、踏ん切りをつけたのかこっちに振り返る。

 

「あんた、特別にアスカって呼ばせてあげる。だから名前、教えなさいよ」

「シンジ、碇シンジ」

「じゃあ、シンジ、いつまでもウジウジしてないで、行くわよ」

「アスカ、突然なんだよ」

 

 こうして共犯意識をもった二人のチルドレンは、少しずつ打ち解けていきました。

 おしまい……とはいかず、控え室でトウジとケンスケにからかわれることになった。

 

 控え室に入った時、女子用のカップの入った赤いプラグスーツに身を包んだシンジ君の姿に指さして一言。

 

「ぺ、ペアルック」

「いやーんな感じ」

 

 トウジのニヤニヤ顔と、ケンスケのカメラがウザく感じた。

 普段なら気にもならないけれど今のタイミングで言われると、どっと疲れる。

 

「服が船ごと海の藻屑になったんだから仕方ないやろ!」

「アタシたちはそれどころじゃなかったのよ、ジャージ、メガネ」

 

 疲れてるときにからかわれてキレたのか、それともボディラインがハッキリわかるプラグスーツ姿を注視されて恥ずかしくなったのか、アスカは拳を固めて二人ににじり寄る。

 

「や、やめぇ! センセもコイツに何か言うたれ!」

「暴力反対! シンジ助けてくれ!」

「……逃げればいいと思うよ」

 

 後に、“旧伊東沖遭遇戦”と呼称される戦いはこうして幕を下ろした。

 

 

 

 その数日後、第壱中学校の教室にて。

 

「ホンマにけったいな女やったなあ」

「そうそう、見た目は可愛いのになあ」

「ワシらはもう会わんけど、センセはネルフで会うんやから大変やなあ」

「そうだな、応援してるぜ、シンジ」

 

 トウジとケンスケは好き勝手なことを言っていたが、俺はこの流れを知っている。

 あえて何も言わず、流す。

 ホームルームが始まり、転校生を紹介するという担任に沸き立つ2年A組。

 そこに惚れ惚れするような笑顔で現れ、黒板にすらすら筆記体で名前を書いた。

 

「惣流・アスカ・ラングレーです、よろしく!」

 

 猫を被ったアスカの登場に、トウジとケンスケは固まっていた。

 


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