エヴァ体験系   作:栄光

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ヒトの作りしモノ

 ネルフは自爆し損ねた第3使徒の遺体?いや、遺骸と、第4使徒の遺骸、そしてひときわ大きな第5使徒の遺骸を解体しサンプルを取る作業を行っていた。

 

 アニメでは自爆し、跡形もなくなっていた第3使徒もここじゃただのブロックだ。

 どうして俺が知ってるのかというと、エヴァの損傷が軽微だったから解体作業に“人型重機枠”で参加しているからだ。

 赤木博士の指示書を見ながら、使徒をプログナイフで切り分けていく。

 腐敗臭を辺りに巻き散らかし、グズグズに崩れたような状況だったら悲惨だったが、石化してるような感じであり、内臓らしきものがそんなに生々しくないのが唯一の救いだろう。

 使徒とは用途の分からないような器官が詰まっている、本当に謎の生き物? なのだ。

 

 来る日も来る日も解体作業に勤しむ日々。

 最初は様子を見に来ていたゲンドウ、冬月副指令、ミサトさんも二回目以降になると現場にも来ない。

 反対に現場皆勤賞なのは赤木博士だ、俺が入院していた間も顔を出してあれこれ指図していたらしい。

 今日も赤木博士と俺は現場監督と共に作業プランを練って、労災事故が起こらないように安全な解体作業を行うのである。

 

「本日もF4番6Bから8C部位の解体作業を実施します。各作業は作業主任者の指揮に従って行ってください。今日も一日ご安全に!」

 

 俺はジオフロントに運び込んだ第4使徒の胴体を切り刻み、肉のブロックを両手で保持して作業場に置く。

 そこにサンプルを取る赤木博士率いる分析班と、細かな肉片を酸に漬けて溶かし切る処分班が黄色いNBC防護服を着て肉片に一斉に取り掛かる。

 腐肉に集るウジみたいに見えてあまり気持ちのいいものではない。

 そんな口が裂けても言えないような感想を持ちながらも、作業は進んでいく。

 

 どうしてこうなったかというと、第5使徒戦後に俺は善意から撤収作業を手伝うと言ってしまったからである。

 日本全国の総力を挙げて使徒を撃破したのだが、その後の後始末についてはアニメ、漫画、二次創作でもあまり触れなかったが割とめんどくさい状況になっていた。

 焼け焦げた変電設備、溶けたアスファルトに融着したケーブル類、陽電子通過後に発生したガンマ線による放射能汚染。

 広範囲に散らばった無人攻撃機の残骸、原形留めぬ急造要塞と大量の産業廃棄物。

 重体の綾波を搬送してもらい、少し休んだ俺は夜明けとともに決戦の痕を目の当たりにして、赤木博士に提案しに行ったのだ。

 

 __シンクロ率向上と動作安定の訓練も兼ねて、撤収作業を手伝わせてくれませんか? 

 

 最初は渋っていた赤木博士や司令部の面々だった。

 しかし“エヴァの手先を器用にするため”であるとか、“高線量地域でも運用可能”である点、“大型であるから仮設足場工法よりも効率よく解体できる点”などをアピールしてしまったがゆえに許可が下りてしまったのだ。

 シンジ君ロールプレイを投げ捨てたような俺の様子に怪訝そうだった赤木博士だが、ほぼ毎日顔を突き合わせて作業するうちになんだかんだ受け入れてもらったらしく、ある程度気安い関係になった。

 

 ある日の作業終わり、プラグスーツを脱いだ俺は赤木博士の研究室に呼び出され、コーヒーをごちそうになることになった。

 

「シンジ君、お疲れ様」

「お疲れ様です。赤木博士」

「あら、ミサトは名前なのに、どうしてかしら」

「初対面からグイグイ来られたので、そのままって感じですかね」

「じゃあ、私も名前で呼んでくれていいのよシンジ君」

「リ、リツコさん」

「なあに」

「とりあえず、作戦時以外はこの呼び方で行こうと思います」

 

 悪戯そうな笑みを浮かべる赤木博士改めリツコさん。

 慣れるまではクールなデキる女だけど、一度近づいてみると意外とお茶目な女の子だ。

 普段とのギャップにドキッとしたけれど、よく考えると親父の愛人やってるんだった。

 リツコさんからすりゃ“あの人の一人息子”程度の認識で、そこからドロドロとした情念に巻き込まれるとかないよな? 

 最近よく一緒に作業していて気安くなったエヴァパイロットってくらいの関係だよな? 

 アニメ本編や旧劇場版で見せた、レイのスペアを全滅させたり、ゲンドウに銃を向けて心中を要求した姿を思い出し背筋が寒くなった。

 メンヘラ入った女性に詰め寄られたりするような方向のドキドキは求めてないよ。

 しかし、今のリツコさんはまだ限界来てないクールな赤木博士だから余計な心配はやめておこう。

 女性に免疫のない中学生が、大人の色気にドギマギしてるように見えてたらそれでいいや。

 そんな俺の動揺をよそに本日のシンクロ率の発表タイムがきた。

 第五使徒戦で40パーセント超えを果たした俺は今回の解体作業支援でジワジワとシンクロ率を伸ばしているのだ。

 

「今日のシンクロ率は54.7パーセント、新記録よ」

「そうなんですか? 崩さないように慎重にナイフ入れてただけなのに」

「おそらくだけど、あなたが手先に集中していたのが良かったみたいね」

「そうですね、あの巨体で一歩間違えたら死亡労災事故なんで」

「あなた、大人顔負けの事を言うのね。まるで()()()()()みたい」

「えっ」

「冗談よ」

 

 カマを掛けられたのだろうか、動揺がバレたか? 

 いや、労災云々は朝のミーティングでも繰り返し言ってることだしな。

 リツコさんはフフフと笑っている。

 こりゃ憑依がバレているかもな、などと思っていると爆弾が投げ込まれた。

 

「碇シンジくん、『内向的で人付き合いが苦手な子』って聞いていたけど、本当のあなたはどっち?」

「ですよね、第三新東京に来る前と後じゃ違い過ぎる」

 

 観念して、“俺はシンジ君に憑依した何者かです”と自白しようかと考えた。

 

「無理に言わなくていいわ、体細胞のデータも本人と一致、初号機とのシンクロも出来ているもの」

「いいんですか?」

「おそらく、憑依型の多重人格障害。聞いても荒唐無稽な話になるでしょう」

 

 そうなるよね、今は“解離性同一性障害”っていうんだっけか。

 小児期のトラウマや虐待・ネグレクトなどの影響で別人格を作ってしまいましたってやつで、シンジ君なんかいつ発症してもおかしくない環境だ。

 まあ異世界の人格が憑依しましたなんて言っても普通は与太話だろう。

 俺ならゼーレあたりがシンジクローンで寄越したスパイを疑うわ。

 待て、うろ覚えだけど人類補完計画にとって必要なのは()()()()()()じゃねえのか? 

 

「私は長野の貴方を知らないから、たとえ多重人格障害だったとしても気にしないわ」

「それが、28歳の男の精神でも? カウンセリングとか受けさせられたりしませんか?」

「ええ、日常生活が送れて、エヴァに乗れるなら。むしろ、今のあなたの方が魅力的よ」

「リツコさん……シンジクローンのスパイとか疑わないんですか?」

「ふふ、スパイならもっと目立たないように行動する物よ。成り替わるにしてもお粗末ね」

「そうですけど、総司令には何といえば」

「心配しなくてもこの事はあの人には言わないわ」

 

 あっという間に憑依していることがバレたわけだが、この日よりリツコさんとの距離が一気に近づいたように感じる。

 

 

 連日の解体作業支援でエヴァの実働データが取れたため、起動実験もしばらく無くなった。

 今日からエヴァに乗らないお休みだ、と行動予定表片手にネルフ本部に寄った。

 重傷を負った綾波のお見舞いと、ミサトさんに保護者面談への参加をお願いするためだ。

 

 病室で見た綾波は熱傷も大分治り、元気そうだった。

 

「差し入れ、苦手だったら言ってくれ」

 

 俺は果物ジュースの詰め合わせを持ってきた。

 お中元フェアでどれ買うか悩んだ結果、和菓子系は好き嫌いが出てくるのではと判断した結果だ。

 

「大丈夫」

 

 水色の入院着の綾波はりんごの缶ジュースを取って、くぴくぴと飲み始めた。

 ただ缶ジュースを飲むだけなのに儚げな美少女がすると絵になるなあ。

 ぼんやりと見つめていると、物欲しそうに見えたのだろうか綾波はベッド脇のサイドチェストの上に置いた化粧箱からりんごジュースを取った。

 

「碇君も、飲む?」

「お言葉に甘えて」

 

 手から山形県産りんごジュースを受け取り、俺も飲む。

 熱風吹きすさぶコンクリートジャングルを歩いてきた旅人に、りんごジュースは潤いを与えてくれる。

 

「おいしい?」

「最高! 外が暑すぎて喉カラッカラだったんだよな」

「そう」

 

 そっけなく聞こえるが、表情はいつもより明るく見える。

 こんな娯楽のひとつも無いような病室で、見舞客もめったに来ないんじゃなあ。

 

「綾波、いつ退院なの?」

「木曜日には退院だって、赤木博士が」

「あさってか。ところで進路相談って綾波もするの?」

「ええ」

 

 綾波の進路相談にはリツコさんが出るらしい。ダミーの私立高校に進学とでも言うのかね。

 俺の進路相談は我らが作戦部部長、葛城ミサト一尉が担当してくれるわけなんだが……不安しかねえ。

 国際公務員である特務機関ネルフに任官拒否ってあるのかな。

 サードインパクトがもし起こらなかったらエヴァパイロットとして飼い殺しか? 

 本当に進路のことを考えるのは人類補完計画をどうにかして、LCL化を阻止してからだな。

 

「碇君、どうしたの」

「進路を考えるのも大事だけど、その前に使徒を何とかしなくちゃな」

「そうね」

 

 それきり、話題が無くなってしまう。

 気まずい沈黙ではなく、穏やかな沈黙である。

 

 プシュッ

 

 綾波がぶどうジュースのプルタブを開ける音だけが響く。

 

「綾波、お大事に。また学校で」

「ええ、またね」

 

 貰ったりんごジュースを最後まで飲み干した俺は、綾波の病室から出て葛城一尉の執務室へと足を運ぶ。

 

「碇シンジ、入ります!」

「はーい、入って入って!」

 

 ミサトさんの執務室に行くと、ミサトさんのほかにリツコさんがいた。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様、ミサトに用事かしら」

「はい、学校の進路相談に来てもらいたくて」

「良いわよん、ところでリツコ、レイの進路相談ってどうすんの?」

「行くわよ、もちろん」

 

 俺は鞄の中に入れてあった進路相談の日程表を二人に手渡す。

 

「日程はプリントにある通りなんで、よろしくお願いします」

「わかったわ、ところでシンジ君、最近リツコと仲いいじゃない」

「そうですか?」

「シンジ君、じっくり話してみると面白い子よ」

 

 リツコさんはこちらを見ながら言うが、面白いっていうのはどういうことだ? 

 ウィットに富んでいて話し上手ってわけでもないし、多重人格障害の実例とかそういう方向での面白さか? 

 

「リツコの『面白い』っていうのは貴重よん」

「いつもいつも近づいてくるのが、揃いも揃ってつまらない男ばかりなのよ」

「リツコさん美人ですからね」

「シンジ君、あなたそういうことをサラリと言うと軽薄に思われるわよ」

「ホントは嬉しいくせに、素直になんなさいよ」

「ミサトの方こそどうなの?」

 

 声のトーンが少し上がったリツコさん。照れてるのか。

 そういやこういったトークと言えば、加持さんがよくしていたよな。

 素直になるっていうのはミサトさんにも刺さるのではと思ったら案の定、撃ち返されている。

 

「アイツのこと? 知らないわよ。ところでシンちゃん、私には何かないの?」

「ミサトさんも、美人ですけどね……うーん、お部屋の実態を見てしまうと」

「なによぉ!」

「そういえばシンジ君、ミサトの部屋に行ったことあるのね」

「はい、退院の晩です」

「本当に酷かったでしょう」

「酒とつまみとゴミがね……ちゃんとゴミ出ししていますか?」

「してるわよ……時々」

「その様子じゃ、ダメね」

 

 長い付き合いだけあってよく知ってるんだなあ。

 それから、しばらく雑談をしているとリツコさんがある招待状を出した。 

 差出人は日本重化学工業共同体で、『ジェットアローン完成式典』への招待状だ。

 『御多忙中とは存じますが万障お繰り合わせの上ご参加ください』ときた。

 ジェットアローン……あ、原子炉内蔵のアイツか! 

 アスカ来日に気を取られ過ぎてそんな奴いたの忘れてたぁ。

 

「ネルフからは私とミサトが行くことになってるんだけど、シンジ君も行く?」

「え、良いんですか?」

「やめといたほうがいいんじゃない、あっちはウチのことよく思ってないみたいだし」

「そうね、でもシンジ君なら大丈夫そうよ」

 

 中学生があんな居心地の悪い会に行ったら、メンタルにも悪影響だと思うんだが。

 リツコさんの中で俺シンジ君(実年齢28歳)は相当タフな印象なのか? 

 それはさておき、たしかゲンドウの裏工作で暴走してJ.A計画は頓挫する。

 J.Aは純粋な人類の技術だけで作った巨大ロボだから、ここで退場してしまうのはもったいないよな。

 ネルフ利権にあぶれた人々の対抗策で生まれた機械なんだろうけど、どうにか活路はないもんかなあ。

 未完の試作機とか、不遇の凡作機に対してこういう事を考えてしまうのが兵器オタクの宿命である。

 せっかく見せてもらえるんだから、行かない手はないよな。

 

「一応、競合? 他社の製品だから見るだけ見てみようと思います」

「じゃあ、参加は三人ね」

 

 

 数日後、予定通り開催されて赤木博士、葛城一尉と俺の三人はVTOL輸送機に乗って旧東京の放置区画までやって来ていた。

 

「ここがかつての花の都、大都会とはね」

「新型爆弾って。何撃ったらこうなるんだろうな」

 

 水没した市街地、コンクリ基礎がわずかに残ったままの広大な更地、東京タワーらしき鉄骨の台座。

 日本史の教科書ではセカンドインパクト直後の2000年9月20日に新型爆弾が投下され50万人が死亡。

 復興をあきらめて今の長野県松本市の第二東京に遷都したらしい。

 それを考えると今からグラウンドゼロの上で運動会やるようなものか。

 走るのは手足の付いた原子炉だけど。

 

「何もこんなところでやらなくても良いじゃない」

「巨大ロボだし動かすと騒音や振動で危ないんじゃないですか、演習場借りたらいいのに」

「さっすがシンジ君、エヴァを用いた解体作業やってるだけあるぅ。ところで、戦自は」

「戦自の関与も認められず、だからこんなところでやっているのよ」

 

 輸送機から降りて受付に行く。

 綺麗な受付嬢のお姉さんが招待客から名刺を受け取って、席へと案内してくれる。

 俺たちの番が来て、ミサトさんとリツコさんそして俺が名刺を出すと急に内線電話をかけ始めた。

 上役と何かしら話したあと、パンフレットなどが入った袋を取り出す。

 

「お待たせしました。特務機関ネルフの葛城様と赤木様、碇様ですね。会場中央の席までお進みください」

 

 他の客の場合、来客のリストと名刺を照らし合わせて確認とるのだが、ネルフだけ悪い意味で“特別枠”らしい。

 会場に入った時、驚きの光景が広がっていた。

 わざわざ会食会場中央のテーブルで、飲み物がだだっ広いテーブルの中央にちょこんと置かれているだけ。

 準備中かと思いきや、他のテーブルには料理がセットされて人数分の食器が置かれている。

 周りの企業の参加者がこっちを見て何か囁いてる。

 スーツ男ばかりの企業マンのなかに、礼服の女と青いワンピースの女、そして学生服の中学生という三人は見た目からして浮いてる上に、“あの”特務機関ネルフの人間ときた。

 開始前から嫌な注目浴びてるなあ。

 

 そして、式典が始まる。

 日重の沿革の後、ジェットアローンのPV映像が流されたあとに開発責任者である時田シロウ氏による機体説明が入る。

 そして、アニメで描写された例の質疑応答タイムが始まった。

 

「これは、高名な赤木リツコ博士。お越しいただき光栄の至りです」

「質問よろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「先の説明によりますと内燃機関を内蔵とありますが」

「ええ、本機の大きな特徴です。150日間の連続作戦行動も保証されております」

「しかし、格闘戦を前提とする陸戦兵器にリアクターを内蔵するのは安全性にリスクが大きすぎるかと思われますが」

「5分も動かない決戦兵器よりは役に立つと思います」

「遠隔操縦では緊急対処に問題を残します」

 

 リツコさん、ムカついてるんだろうなあ。

 ただ、実験機とするならばこんなもんだとは思うけどな。

 

 1950年代のアメリカで原子力ターボジェットエンジンというのがあった。

 常に現場封鎖の空挺部隊が同行して飛ぶ“原子力爆撃機NB-36H”だ。

 結局、乗員保護のための鉛のシールドが重すぎてあんまり搭載容量が無いというのと、取り扱い要注意で手間とコストがかかりすぎるという事で開発破棄になったけどな。

 ジェットアローンはそれに近い立ち位置だと思う。新技術の実証試験機。

 なぜか時田氏は実戦投入する気満々だけど。

 

「パイロットに負荷をかけ、精神汚染をする兵器より人道的だと思います」

 

 時田氏はリークされた資料片手にリツコさんをやり込めたつもりでいるようだが重要なポイントはそこじゃないんだよなあ。

 

「人的制御の問題もあります」

「制御が利かなくなり、暴走を許す危険極まりない兵器よりは安全だと思いますがね」

 

 暴走し、怒りのコアパンチをする初号機の写真がスライドに映される。

 白目剥いて口開いてまあ……。

 情報めちゃくちゃ漏洩してるなオイ、A.Tフィールドの存在も知ってるんだったっけ。

 一方、ミサトさんはスライドを見る事もなくやる気なさそうに机に頬杖ついている。

 

「制御できない兵器など全くのナンセンスです、女性のヒステリーと同じですよ。手に負えません」

 

 会場の所々で笑い声が聞こえる。

 隣を見る、ヤバい、リツコさん頭に血が上ってる。

 ここで追撃されたらせっかくの質疑応答が終わってしまう。

 空気を読まずに割り込むか。

 

「あの……割り込んでしまって申し訳ないんですけど、よろしいですか?」

「シンジ君?」

 

 リツコさんが凄い顔で俺の方を見てくるが、俺は時田氏の方を向く。

 

「ええ、構いませんよ。ええっと君は……」

「先ほどからあなたが例に挙げてくださってる兵器の操縦者、碇シンジです」

「君があの兵器の?」

 

 時田氏はニヤニヤとこちらを品定めするような目で見る。

 リツコさんと違って兵器オタクの目線から質問させてもらうぜ。

 

「ええ、ただ今、制御できない兵器扱いされているあの兵器です」

 

 会場からどっと笑い声が上がる。

 

「エヴァは古代の戦争でいうところの象ですね。ゾウ使いが制御している時は敵を蹂躙しますが、火の付いたブタが投入されたり何らかのことで怯えると自陣で暴走して大変なことになる。そうした超兵器です」

「そんな兵器に乗っていて怖く感じないんですか? 精神に影響が出ると聞きましたが」

「ええ、怖いですよ。でもそれは戦車や普通科、もとい歩兵でも同じです。心的外傷になるものもいます」

「遠隔操縦の無人兵器になれば、そういった恐怖から解放されると思うんだけれど、どうだろう」

 

 時田氏は少年に戦争を強いるネルフが非人道的だという路線で攻めるつもりだな。

 そんな感情論のやり取りなんて時間の無駄だ、知りたいことを突っ込んでいくよ。

 

「遠隔操縦で気になることがあるんですけれど、よろしいですか?」

「かまわないよ」

「時田さんは“作戦行動”とおっしゃっていますよね、実戦だと電波妨害や損傷などが考えられるんですけど、遠隔操縦の対妨害性や信頼性についてはどうお考えですか?」

「対妨害性ならプロテクトを掛け、指令信号を広い電波の周波に小分けにして流すことによって確保しています、これでいいかね」

 

 プロテクトと広帯域にスペクトラム拡散ね。

 普通の戦術無線機に毛が生えただけみたいなものか。

 元の世界ではWi-FiやらBluetoothとか民生使用も盛んだけど、こっちはどうなってんだろうね。

 ま、高速で周波数を切り替える“周波数ホッピング”で秘匿性確保してるつもりなんだろうけど、ネルフにはホッピングパターン解析しそうなスパコンや赤木博士がいるからなあ。

 

「ありがとうございます、ただ、資料を読ませていただいて思うのは“実験機”としてはいい製品だと思いますよ」

「わざわざ、お褒めの言葉ありがとうございます」

「時田さん、この会場の皆さんが運用しようとして購入したら、アフターサービスってどうなってるんですかね?」

「えー、弊社では今後、整備サポートなど行おうと考えていますよ」

「リアクター動力ということは少なからず高レベルの放射性廃棄物が出てくるわけですが、その処分とか制御棒の交換とか、そういった保守整備や前線運用に日重さんとしては何処まで体制が出来るのかなと思います。高いコストかかって赤字になりませんか?」

「そういった点も今後、詰めていく所存です、まだありますか?」

 

 基地で運用して、基地のあちらこちらに放射性廃棄物や汚染水の入った缶を積んどけってか? 

 原子力空母みたいに定期整備で原子炉整備資格者がいないので呼ばないと整備できませんとか、修理に半年から一年以上かかりますとか、陸戦兵器でそれは厳しい。

 空母や核ミサイルと違って抑止力目的での保有もできない。所詮はいち陸戦兵器だ。

 巨大な歩く原子炉なんて使徒どころか、航空攻撃の前にはいい的でしかない。

 運用地域に放射線物質を撒き散らす「汚い爆弾(ダーティ・ボム)」的自爆運用法しかないから抑止力になるわけがない。

 

 時田さんとしてはネルフが特権持ちで金食い虫って批判したかったんだろうけどなあ……。

 やっぱり、法的にもコスト的にも人型兵器の運用は官民一体とならざるを得ないよなあ。

 だからエヴァみたいに莫大な予算が継続して注がれないJ.Aは実験機止まりで、実用には向かないんだよね。

 

「最後に意見になるんですけどよろしいですか?」

「かまいませんよ」

「現段階では運用体制と機体の性質的に敵性体との実戦には向かないかなと思いまして、建設や復興作業用の人型機械としてスケールダウンした物やジーゼル動力仕様など販売されないんですか?」

「それも検討中です、貴重なご意見ありがとうございます、それでは実演のほうに移らせていただきたいと思います」

 

 アニメでは使徒戦に参入しようとしたからゲンドウに工作されてしまったような描写があったけど、日重さんも対使徒戦用じゃなくて作業用人型機械としてJ.A売り出せばいいのにな。

 作業用ならA.Tフィールドが解析できなくても良いし、ネルフは機械メーカーじゃないから住み分けできると思うんだが。

 この騒ぎが終わったら日重製レイバー、マジで提案してやろうか。

 

 控え室でまだ怒り心頭のリツコさん、そして地団太を踏んでいるミサトさん。

 そしてそんな二人に挟まれている俺。

 ロッカーを蹴ろうとするミサトさんを何とか止めたはいいけどめちゃくちゃ怖い。

 

「シンジ君、あんな奴らとまともに話することなんてないのよ!」

「そうですね」

「ミサト、シンジ君に当たってもしょうがないわ、大人げないわよ」

 

 リツコさんはジェットアローンの資料をライターであぶって燃やしてる。

 もっと怖い。

 

「自分を自慢して褒めてもらいたがってる、大した男じゃないわ」

「中学生に実戦運用のことについて言われてやんの!」

「そうね、よくあんなに言葉が出たものね。連れてきてよかったわ」

 

 アカンベーをするミサトさん。アンタ何歳だよ。

 一方、リツコさんはこっちを意味深に見る。あっ、こういう状況は織り込み済みでしたか? 

 

 制御室には招待客が集められ、小さな窓に密集して双眼鏡でジェットアローンの実機を観覧することになる。

 そんな集まりから距離を置いて佇んでいるリツコさんとミサトさん。

 ネルフの裏工作で今から暴走するんだよなこれ。

 俺まで離れて立っているのも不自然だろうから、機体の方でも見ておこうか。

 

「これよりJ.Aの起動テストを始めます、何ら危険はございません、安心してそちらの窓からご覧ください」

 

「起動準備よろし」

「全動力、解放」

「冷却ポンプ異常なし」

「動力、臨界点を突破。制御棒解放」

 

 ハンガーが開き、ジェットアローンの背中から三対六本の制御棒が飛び出す。

 

「歩行開始」

「歩行開始、右脚前へ、前進微速」

「前進微速ヨーソロー」

「バランス正常、動力異常なし、引き続き左足前へ」

「左足前へ、ヨーソロー」

 

 始めて巨大兵器が歩いている様を見た招待客が歓声を上げる。

 それを見ているネルフの二人は、「自慢するだけあって、ちゃんと歩いてるじゃない」と冷めた目線で見ている。

 ここでいきなり使徒登場、腕掴まれて折られるっていう展開が第三使徒戦なんだよな。

 敵前で有人起動テストやったミサトさんはもっと反省して。

 前進微速とかヨーソローとか艦艇みたいだな。曲がる時は取舵、面舵なんだろうか。

 右にも左にもいかず直進してくるJ.Aに思わず制御室を見ると、トラブルが起こっているようだった。

 

 ピーッ、ピーッ、ピピーッ

 

「あれ、変だな」

「どうした」

「リアクター内部の圧力上昇中」

「一次冷却水の温度も上昇中です」

「バルブ解放、冷却材を注入しろ」

「だめです、冷却ポンプの出力上がりません」

「いかん、動力閉鎖! 緊急停止」

「信号発信を確認……受信されず!」

「無線回路も不通です!」

「制御不能ッ!」

「そんな馬鹿な」

 

 日重の社員たちの動揺と近づいてくるJ.Aに異常事態を感じとった招待客は我先に逃げようとし、それを見た他の客もパニックを起こそうとしていた。

 リツコさんの立ち位置に向かおうとしたその時。

 

 轟音

 

 コンクリートの粉が舞い、踏み抜かれた天井が目の前のテーブルを押しつぶしていた。

 セーフ! あと5m前に居たら圧死していたな。

 そこにミサトさんが駆け寄って来た。

 

「シンジ君!」

「ゲホッ、無事です!」

「作った人に似て、礼儀知らずなロボットねェ」

 

 呆然としている時田氏。

 

「加圧機に異常発生、制御棒作動しません」

「このままでは、炉心融解の危険があります」

「信じられん、J.Aにはあらゆる事態を想定したプログラムを組んだはずだ、ありえない」

「でも今は現実に炉心融解の危機を迎えてるのよ」

「このまま自然に停止するのを待つしか……」

 

 想定外、炉心融解、憑依前の福島第一原発を思い出させるワードに、俺は何が出来るのかを考える。

 所詮中学生で、権力があるわけでもないし原発の専門家でも何でもないから出来ることはほぼないよな。

 一方、ミサトさんはどうにかしようと考えたらしく、停止確率を職員に聞く。

 小数点以下零何個の確率に、「奇跡を待つより捨て身の努力」といった。

 あの日、地震によって外部電源が壊れて冷却ポンプが止まり、圧力容器内に発生した多量の水素ガスが溜まって爆発した。

 その時も命を懸けて消防車や輸送ヘリで外部注水をした人々がいる。

 

「プログラムのリセットコードを教えなさい」

「それは最高機密で私の権限じゃ無理だ」

「だったら命令を貰いなさい、今すぐ!」

 

 内務省やら通商産業省、防衛庁などの担当者に電話を掛けているがたらい回しにされている。

 こっちには“原子力災害対策特別措置法”とかないのかよ! 

 元ネタが東海村臨界事故以前のアニメで、こっちの世界はセカンドインパクト以降の混乱で法整備どころじゃなかったのか。

 ミサトさんと時田氏の必死な様子を少し離れた所で見ていた俺はポツリと漏らす。

 

「メルトダウンより先に圧力容器が水素ガスで吹っ飛ぶんじゃ」

「シンジ君、あなた面白いことを言うのね」

「リツコさん」

「それも“誰か”の知識かしら」

「ええ、テレビで見ただけですけどね」

 

 その時、女性職員のアナウンスが入った。

 

「ジェットアローンは厚木方面に向かって進行中」

 

 人口密集地にわざわざ向かっていくタチの悪いプログラム組んだのは誰だよ。

 おそらくネルフの裏工作担当の誰かなんだよなあ。

 ……あっ。

 

「あっ?」

「あ、歩く原発事故ですね」

「そうね」

 

 消去法で暴走プログラムを組んだ人物に辿り着いてしまった俺は、隣のリツコさんに聞かれてしまい、焦った。

 

 こうして冷めた俺たちをよそに、葛城一尉は国連軍新厚木基地に電話し、それから本部に電話を掛ける。

 俺と葛城一尉はジェット輸送機で新厚木基地に向かい、そこからエヴァンゲリオン初号機による空挺降下でJ.Aに接触し移乗するという作戦が行われようとしていた。

 

「無駄よ、葛城一尉。おやめなさい。第一どうやって止めるつもりなの?」

「人間の手で、直接」

「葛城一尉、デリケートなNBC防護衣一枚で安全帯も無しに動く奴の中に行くのは無茶ですよ」

「無茶は承知よ、でもベターな方法がないの」

「本気ですか、内部は汚染物質が充満している、危険すぎる」

「ですが、上手くいけばみんな助かります」

 

 葛城一尉の作戦に時田氏、俺、そしてシナリオを描いたと思われる赤木博士も反対だ。

 しかし、それを聞いていた管制室の日重技術スタッフが遠隔操作信号を切って非常ハッチ解放操作を行った。

 

「これで信号が切れましたので、背面のバックパック中央のハッチより内部に入れます」

「よろしい、じゃあシンジ君、厚木に向かいましょうか」

 

 会場を出ようとしたとき、時田氏は呟く。

 

「希望、それがプログラムの消去コードだ」

「ありがとう」

 

 こうして俺たちは機上の人となり、ぶっつけ本番の空挺降下をやることになった。

 

「葛城一尉、無茶ですよ(2回目)」

「わかってるわよ、でも何もやらないで後悔するよりはマシでしょ」

「そうじゃなくて、僕、降下訓練もしてないし、生身の人掴んだまま飛び降りとか怖すぎます」

 

 原作シンジ君、よくこの作戦出来たな……着地の衝撃でプチッと潰したり、手からすっぽ抜けて落下死の可能性が高すぎる。

 

「そっち? エヴァの姿勢制御を信じて。私はシンジ君の事信じてるから」

 

 安全帯もない高所作業、しかも振動のある現場とかどうしようもねえよ。

 前席の日向さんも心配そうにこっちを見ている。

 

「葛城さん……」

「日向君、エヴァを切り離したら安全高度まで離脱、良いわね」

 

 その時、輸送機の機長が言った。

 

「目標を視認、停止しています」

 

 マジで? 

 

「地上より連絡、ただ今ジェットアローン停止、正常に機能回復したそうです」

「ミッションアボート、降下中止、降下中止!」

 

 そのまま輸送機は厚木基地へと戻って行った。

 余りにもあっけない幕切れだった。

 狙ったかのような機能回復に葛城一尉は、虚脱感と共に用意された奇跡の存在を実感しているようだった。

 一方俺は恐怖のヒモなしバンジーをやらなくて良かったことに安堵のため息をついた。

 

 その後だが俺の知りうる範囲では、原子力災害寸前までいった重大インシデントとされJ.A計画は白紙となり、日本重化学工業共同体の株が暴落した。

 こうして政治的要素をふんだんに含んだ原子力動力人型兵器計画は、他のお蔵入り兵器同様ひっそりと消えていったのだった。

 


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