目が覚めて、時計を見ると待機命令が下ってから4時間が経っていた。
日光が入らなくて時間感覚がなかったが、もう外は夜だろうか。
どうやら綾波は部屋に居ないらしいので、ひとり、カップうどんを作って食べているとネルフの職員が部屋にやって来た。
「技術局第一課、赤木博士が作戦室に集まるようにとのことです」
「了解、服装指定はありますか?」
「いいえ、ジャージで結構ですよ」
ジャージで出歩くなんてトウジみたいだな、なんて思いながらも俺は作戦室を目指す。
作戦室には赤木博士、葛城一尉ほかいつもの作戦立案メンバーが勢ぞろいで、綾波もそこにいた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、待っていないわ。時間が無いからもう始めるわね」
赤木博士から渡された資料には“部内限り”の朱印がつかれ、よくよく下を見ると小さな文字で“戦自中業支”という文字が見える。
“中央業務支援隊”の印刷物であるという事は、元は戦略自衛隊の
赤木博士の解説を聞きながら黒塗りだらけの“のり弁資料”に目を通す。
「……陽電子は地球の重力、自転、磁場の影響で直進しません」
「次ページの能力諸元表はどうでもいいわ、アンタたちは日本全国の電気で撃つんだから」
「ミサト! 説明が前後するけれども、シンジ君には一億八千万キロワットを用いた超長距離狙撃をしてもらいます」
リツコは話が長いのよね~と冗談めかして言うミサトさんに話の腰を折られた赤木博士はお怒りだ。
とはいっても、わりとガチ目の兵器オタクでもない中学生が聞いてもわからないような話なので要点だけ聞かせてくれてもいいんだぞ。言えないけど。
「ようは電力が大きすぎて、冷却と再充填で時間がかかると」
「そう、だから二発目は考えないで、誤差を修正しつつ
ただでさえ外力の影響を受けやすい陽電子砲でそれをやるのだ。
使徒も反撃してくるのでまず初弾は当たらないだろう、第二射がむしろ本番だ。
敵戦車に対する待ち伏せ攻撃は初弾必中で仕留め、ダメでも12秒以内に撃破が理想とされている。
そうしないと敵は照準・発射まで終えてしまい反撃を受ける事になる。
そのため、陸自戦車の装填手は4秒以内に次弾を装填する訓練をやるわけだ。
しかし、ポジトロンスナイパーライフルのヒューズ再装填から発射可能までは理論上で2分、ダメだ。
敵戦車で12秒、使徒の反応速度を考えると絶対に攻撃を喰らう。
「初弾必中、射撃は戦車の表芸か……」
「シンジ君、何か言った?」
必中させなければならないけど、敵の射撃が干渉して初弾が当たらなくなるなんていう状況、今まで経験したことが無いぞ。
人類史始まって以来、そんなトンデモ経験した戦車兵なんていないに違いない。
これまでの教範通りにいかない敵に、俺は冷や汗を流す。
「赤木博士、もし、射撃中に敵の反撃があったらどうなるんですか」
「磁場の乱れであらぬ方向に逸れるでしょうね」
「アンタ、なに弱気になってんの、そんなんじゃ当たるモンも当たんなくなるわよ」
「葛城一尉、上手くいった時のことより“起こり得る状況からどうリカバリするか”を考えてるんですよ」
原作では赤木博士も『コア一点狙う事だけに集中して』的なことを言って切り捨ててたけど、こっちの博士は……。
感心したような表情で黒い眉をピクリと動かしてこっちを見てきた。
イヤイヤビクビク乗ってる弱気なシンジ君と、ちょっとミリタリオタク入ってるけど前向きな俺シンジ君じゃ説得力が違うか。
「一応、SSTOの底部を改造した急造の耐熱シールドがあるけれど」
「けれど?」
「耐用時間は17秒よ」
「その盾って、何枚ありますか?」
「一枚、それも急造なの」
「て、事は僕が持つか、綾波が持つかなんですけど」
「シンクロ率や機体特性の面からシンジ君が射撃担当、レイに持ってもらうわ」
「はい」
わかってはいた、わかってはいたけれど女の子を死ぬかもしれない盾にして、使い潰すような戦い方をするのはきつい。
ベストは初弾で使徒撃破し反撃あるも盾で防御成功。次点で二発目使徒撃破、盾で防御成功だ。
「使徒のコア位置の特定や射撃諸元は機械と私たちがほとんどやるわ、だからテキスト通り、当てることだけを考えて」
「砲手碇シンジ、直掩綾波レイの両名は2130を以って二子山陣地まで前進し各種調整後、作戦開始まで待機」
葛城一尉の命令下達が終わると、赤木博士から渡されたテキストを穴が空くほど読み込む。
__試作自走陽電子砲FX-1は装軌式車台と銃身部、受電部、加速器等からなる陽電子砲システムである。(以下略)
そんな基本コンポーネントにピストルグリップと撃発スイッチ、銃床、センサー部が追加され、エヴァに照準および射撃統制装置を担当させると。
で、俺がやるのは、射撃統制装置の計算に合わせてスイッチを押すだけ。
あとは不確定要素の塊であって神仏に祈るだけ。ああ
作戦開始まであと4時間を切り、俺たちは二子山頂上の射撃陣地でその時を待つ。
使徒の探知能力が分からない以上、エヴァの起動時間を減らす方針がとられエヴァはキャリアに乗って鉄道輸送。
技術局で組み立てられたポジトロンスナイパーライフルを射座に組み付けるときのみエヴァを起動させるのだ。
人員は警備部所管の高機動車で移動する。
その道中、峠道には人の胴体ぐらいありそうなキャブタイヤケーブルが何本も敷設され、大きな冷却ファンがいくつも回り、作業員がどこやかしこで作業している。
エヴァパイロットとミサトさんほか作戦部一行は交通統制を受けながら、う回路を通って射座に入った。
陽電子砲の据え付けが終って待機時間が訪れると、初号機と零号機の搭乗用ブリッジに座って、ふたりで湖を見る。
芦ノ湖に冷やされた夜風が頬を撫でて涼しい。中が蒸れるプラグスーツを脱ぎたい誘惑に駆られるが、我慢だ。
今、蒸し暑さとは違った熱気が俺を包んでいる。
使徒と戦うことに怯えてるし、正直なところ俺も逃げ出したいくらい怖い。
冷や汗が背中から尻を伝って足へと流れるのがわかる。
だってそうだろ、下手すりゃ生きたままプラグ内で釜茹でにされるんだ。俺か綾波は。
でも、俺たちがやらなきゃこの世界は、この国は終わるだろう。
サードインパクトが起こって、みんな赤い海の中。憑依した俺の魂もおそらく。
ゲームみたいにエンディングが流れて夢オチ、俺は自宅で寝てましたなんて都合のいい方向にはいかないと思う。
俺は、シンジ君に憑依したとはいえ自衛官だ。
__ことに臨めば、危険を顧みず身をもって責務を完遂し、国民の負託に応える義務がある。
いま、与えられた使命は「使徒の撃滅」ただ一つ。
自分を奮い立たせて士気を上げることで妙な興奮が恐怖をマヒさせてきたころ、無意識に隣にいる綾波に声を掛けていた。
「綾波ッ」
「なに」
「綾波は、どうしてエヴァに乗るの?」
「……絆だから、そう、絆」
「親父との?」
「……みんなとの」
「そうか」
「私には、ほかに何もないもの。時間よ、行きましょう」
「ああ、勝とうぜ」
「ええ、さよなら」
そう言うと綾波は立って、スタスタとプラグへ向かって歩いて行った。
原作では神秘的なシーンだったのだが、さらりと流れてしまった。
月をバックに“あなたは死なないわ、私が守るもの”というセリフを生で聞いてみたくもあったわけだけど、シンジ君が「死ぬかもしれないね、僕たち」と言ったりしていたからあのセリフが出たのだろう。
そのためだけに弱気なシンジ君ロールプレイをやる気にもなれなかったな。
俺自身、心折れないように変な高揚状態にあったせいでもあるし、それどころじゃない。
エヴァに乗って数分後、午前零時を知らせる時報が鳴った。
「ヤシマ作戦、発動! 狙撃準備開始」
「了解」
「第一次および二次接続開始」
「各地方の全開閉器投入」
葛城一尉の作戦発動の号令と共に、各担当のオペレーターの報告が矢継早に行われる。
それだけで日本全国の発電所が最大出力で動作し、変電所、各ポイントを通じて膨大な電気が二子山射撃陣地に向かって集まってくるのがわかる。
「充填率、76.9パーセント」
「電圧は最高値で安定、第二次接続完了」
「送電系統正常!」
「フライホイール回転開始」
「各冷却システム異常なし、最大出力で稼働中」
「陽電子流入、順調なり」
測距中____
座標評定中__
磁気偏差修正中__
射撃諸元算定中__
ピッ、ピッという規則正しい電子音と共に
ひし形の使徒に三角形のレチクルが合い、逆Y字型の照準ピパーが重なったところで引き金を引くのだ。
レチクルが変なところに飛んでは修正が入り、使徒の像の上で小刻みに震える。
アニメでは描写されなかったけれども、砲側の隊員のほかに
射撃準備が整ってくると、テレビアニメのように撃ち返されるリスクを減らすための陽動射撃が始まる。
「各部隊は陽動開始、観測機は直ちに離脱」
「了解、迎撃要塞群作動、無人攻撃機隊発進」
使徒を監視、気象情報の収集をしていたOP-3多用途機が離脱したところに山肌に開いた垂直発射機から対地誘導弾が撃ち出され、127㎜速射砲群、列車砲が一斉に火を噴く。
さらにMQ-9リーパー無人攻撃機が一斉に四方八方から対戦車ミサイルを抱えて飛び込んでいく。
「目標内部に高エネルギー反応、周縁部で加速しています!」
使徒も攻撃を防ぐだけの知恵があるのか、薙ぎ払うように撃ったり、威力を絞って短いスパンで撃つ。
山をくり抜くようなデタラメ出力は無いけれど十分脅威であり、無人機はことごとく撃墜されて列車砲や一部の要塞は反撃によって消滅した。
迎撃を免れた砲弾が使徒の張るA.Tフィールドで空中爆発をする。
「UAV第2波、全機消滅」
「敵、A.Tフィールドに命中、効果見られず。続いて撃て!」
「敵に悟られるわよ、次!」
「国連軍特科大隊、攻撃開始!」
ケンスケ曰くMLRS多連装ロケット、ATCAMS地対地巡航ミサイルを保有する国連軍特科大隊も攻撃に参加しているが、やはりA.Tフィールドの壁は分厚いようだ。
「特科射撃、効果微弱ッ!」
「撃ったら反撃が来る前に離れてッ!」
特科大隊がいた方の山に加粒子砲が放たれて高く火柱が上がるが手前の山で、そこに発射機は居ない。
新劇場版のような超変形からの大威力攻撃はまだないが、速射もできるという能力が見つかった。
陽動とともに突撃しても、薙ぎ払いか速射にやられるってか……。
まあいい、エヴァパイロット含む砲班、FO班と赤木博士らの指揮通信車含む本部、国連軍、戦自、電力会社、停電に協力してくれる国民の皆さんが一体となって使徒と戦っているんだ。
__やってやる。
「第三次接続問題なし」
「最終安全装置、解除」
交流電力集中も最終段階に入り、日向さんの指示が聞こえた。
「撃鉄起こせ」
「弾込めよし……安全装置! 単発」
「シンジ君、弾じゃないわ」
スライドのハンドルを引くと、ヒューズが実弾銃でいうところの薬室に送られる。
いよいよ通電可能、つまりは発射可能状態になり小窓の“安”が“火:実装”になった。
無意識のうちに射撃手順を口に出し、葛城一尉に突っ込まれる。
「電圧、発射点まで0.2」
夜空に赤い光条が何回も伸び、その度に爆発の花が咲く。
こうしたエネルギーを消費させるための陽動射撃も終盤となり、いよいよ射撃の時が来る。
使徒が撃つたびにピパーとレチクルが激しく振れるのだが、だんだんと安定してきた。
ピッ! ピーッ!
「発射!」
敵を捕捉し、照準完了のサインが出た瞬間に引き金を引いた。
陽電子砲がアーク溶接光のような蒼白い閃光を放ち、銃口から使徒に向かって伸びてゆく。
使徒の中心を捉え、火柱を噴いた。
不思議な光景に見とれている間もなく事態は急変する。
「やったか」
「パターン青、目標、変形ッ!」
キィヤアアアアア!
「うっそだろオイ」
葛城一尉のフラグじみた発言に、日向さんがパターン青が継続中である事を伝える。
その瞬間、コアをわずかに逸れ、瀕死の重傷となった使徒はカシャカシャと変形する。
鳴き声と共にやたらトゲトゲした形状になり、六角形の鏡みたいな形状になってその中央を光らせ始めた。
それはまるで虫眼鏡で焦点を作っているような……。
ここに来て新劇パターンかよ!
「残存火力を集中、撃たせないで!」
葛城一尉の一声に、反撃から生き残っていた速射砲陣地や無人攻撃機群、特科大隊の巡航ミサイルが襲い掛かる。
目視できるほど強力なA.Tフィールドも張らず体表で受け止めているが、効果はなさそうで、光が一点に集まっていく。
照準装置と射統は……計算中!
冷却・送電系……フル稼働、準備中!
スライドを引き、次弾用ヒューズ装填!
あと3分もかかるのか。
まずい!
死にかけ使徒のとっておきビームが先に発射された。
轟音。
ダメージのせいで照準が上手くいかないのか、隣の山が消し飛んだ。
この世の物とは思えないような轟音と衝撃が二子山陣地にも襲い掛かり、車両や冷却設備が余波で転がっている。
「葛城一尉、シキツウ! 応答願います!」
「何とか生きてるわよ、気遣い無用、次弾の準備急いで!」
転がったと思われる車内の映像はなく、サウンドオンリーの表示だ。
「目標、再びレンズ面にエネルギー集束開始!」
使徒も再装填を始めているようで、青葉さんの声が聞こえる。
「さっきので冷却系能力低下? リセット掛かってる!」
発射可能まであと2分。
早く、早くしろっ!
俺の焦る気持ちがそのまま反映されたかのように照準ピパーは揺れる。
レチクルの向こうの使徒はすでに赤い光を放っていた。
「綾波っ!」
照準する初号機の前に黒い影が急に飛び込んできたかと思うと、逸れた爆風が周囲の木々を消し飛ばしていく。
逆光の中にSSTOシールドを持った零号機の姿が見える。
__あと60秒っ
盾は17秒しかもたない!
ドンドンとシワが出来て崩れていくシールド、そして、盾が溶け落ちた瞬間に零号機は手を広げて立ちはだかる。
__あと40秒
零号機に加粒子砲が当たり、閃光が奔る。
__あと10秒
零号機が膝をついた。
__準備完了
「くっそおおおお!」
ピパーが使徒の真ん中に来た瞬間、スイッチ。
俺が放った陽電子の光は零号機の脇を抜け、寸分たがわず使徒の中心のコアを穿った。
「パターン青、消滅!」
「使徒の穿孔、止まりましたっ」
光が止んで初号機の精密射撃モードが解除されると、俺はこんがりと焦げた零号機のプラグの強制排出に向かう。
陽電子砲を撃った直後はガンマ線が出ているので、少し離した場所に零号機を横たえた。
溶けついたうなじにナイフを突き立ててプラグを引っ張り出して地面に置くと、じゅうという音がして、土の中の水が蒸気に変わり湯気を立てた。
熱いのはわかる、プラグスーツは断熱素材とはいえ薄っぺらい、意を決してレスキューハンドルに手を掛けた。
「あつっ!」
予想はついていた、覚悟はしていた。
でも手が反射で弾けるほどの熱さに、ハンドルを握り込めなかった。
ここで逃げたら綾波の挺身に応えられなくなる!
二回目、歯を食いしばりながらハンドルを引き上げ、回すことに成功した。
焼けた手の表面は見たくない、めちゃくちゃ痛い。
「綾波、生きてるか!」
ハッチから身を入れると、ぐったりとした様子の綾波がいた。
熱で死んでしまったんじゃないのかと不安になった俺はエントリープラグの奥に這っていく。
俺の接近に綾波はまぶたを開き、ぼんやりとこっちを見つめる。
「勝ったぞ、俺達と一緒に帰ろう」
「どうして、泣いてるの」
「綾波、さよならなんて悲しいことを言うなよ」
汗とLCLの蒸気で顔はベッタベタで泣いてるかどうかなんてわからねえ。
這ってる最中に高温のLCLが掛かってひりひりする頬。
綾波はこの鋼鉄の筒の中で煮られたのだ、俺はもうダメかと思った。
「……生きていてくれて、ありがとう」
「ごめんなさい、こういうとき、どんな顔をすればいいかわからないの」
「ああ、笑ってくれ」
綾波の顔に微笑みが見える。
原作のセリフをなぞるような展開だったけれど、俺はそれどころじゃなかったのだ。
目の前で女の子が光線で焼かれるのを見て平然としていられたら、怖いわ。
とにもかくにも必死過ぎて、原作再現とか吹っ飛んでいたのだった。
綾波の手を取って、プラグの外へと這い出す。
熱とショックで脱水症状を起こしかかっている彼女を木陰に座らせ、夜風に当てる。
防護服に線量計を付けたネルフの救助隊が到着するまで、ぼんやりした意識の中でとりとめもない会話をする。
大決戦の後の夜風は、オゾンの匂いがした。