「シンジ君、アスカ準備はいい?」
「バッチリよ」
「いつでもどうぞ」
二機のエヴァは国道1号線沿いの役場、箱根出張所近くで待機している。
遊覧船の元箱根港付近には第1即応機動連隊第1中隊の機動戦闘車が展開しており、住民避難のための時間を稼ぐ。
エヴァ弐号機は専用拳銃を構え、暗い水面を眺めていた。
遠くからトライデントのジェットエンジンの唸り声が聞こえてくる。
「こちらライデン、目標を捕捉」
「ライデン、恩賜公園の方へ追い込んで!」
「わーってる! 撃っていいのか?」
「射撃は許可できない、繰り返す、射撃は許可できない」
「あんた、流れ弾が市街地に飛んだら危ないでしょーが!」
「俺らも箱根神社方向に撃てないから、頼むぞっ」
ライデンのパイロットはスロットルを絞って、湖面にいる目標を追い立てる。
だが、脚を畳んでエンジン推力で水面を滑るように突撃する水上強襲モードのトライデントと長い尾で泳ぐ怪生物では速力が違い過ぎる、
失速寸前まで出力を絞り、機体を左右に振って蛇行することで何とか後ろに張り付いている状態だ。
「このウスノロがっ! 遅すぎて追い抜いちまうぜっ!」
「シンジ君、アスカ、今よっ!」
「A.Tフィールド全開!」
キャァアアアアア!
A.Tフィールドに何かを感じ取った目標は、咆哮し岸にいるエヴァ目掛けて飛びかかって来た。
時間を遡ること、1か月前。
早朝、箱根海賊船元箱根港の駐車場で車が大破しているという通報があった。
元箱根交番の警察官が駆け付けてみると、そこにはドアとエンジンフードが大きくひしゃげておびただしい血痕が残った車が転がっていたのだ。
車の様子から夜のうちに自損事故を起こし、運転手はケガをするも飲酒や薬物といった何らかの事情から現場を逃走したという線ではないかと思われた。
奇妙な事故車に交番の巡査が交通課の鑑識を呼ぼうとしたとき、またもや通報が入った。
貸しボート屋の店員からで、人の腕のようなものが流れ着いているというものだった。
奇妙な事故車からそんなにも離れていない所だったので、交番の警察官は小田原警察署に応援を要請した。
もしも腕が本物ならば死体遺棄事件であり、県警本部に捜査本部が立ち上げられる案件だ。
交番に配備されている原付バイクに乗った巡査部長が現場に到着すると通報者の男性店員が駆け寄って来た。
「お巡りさん! こっちです!」
二の腕の中央ぐらいからバッサリと千切れて筋と骨が見えている生々しいもので、湖面を漂っているうちに血が抜けきってしまったのか青白くブヨッとふやけていた。
__これは作り物なんかじゃない、本当のホトケさんだ。
巡査部長は大事になって来たぞと、無線で県警本部を呼ぶ。
その時、またもや110番通報があったのか注意喚起音が鳴った。
奇妙な事故車と人の腕に続き、歩いている人がよく分からない怪生物に襲われたという通報だ。
「何だ、何が起こってるんだ」
連続して入って来る通報に巡査部長は芦ノ湖の水面を眺める。
いつもは蒼く美しい湖面も、今日ばかりは不気味で底知れぬものを感じた。
『元箱根交番より入電、元箱根港にて死体遺棄事件発生……付近のPCは直ちに急行せよ』
『110番整理番号237に関連し、動物のようなものに襲われたという入電あり、各員は受傷事故に留意されたい、どうぞ』
『小田原4より本部、聴取した動物のようなものの形状等から生物兵器によるG事案と思料される、どうぞ』
警察官が非常線を張っている頃、シンジとアスカは日曜日の朝という事もあってコタツの中でゆったりしていた。
パリッときつね色に焼き上がったトーストに目玉焼き、サラダに牛乳といった朝食をとりながら今日の予定について話し合う。
「今晩はクリスマスパーティーだから、今日中に片付けるわよ」
「わかってる……で、誰が来るんだっけ」
「レイ、ヒカリ、鈴原と相田、渚、マナだから7人分よ」
「そっか、じゃあパーティー料理の買い出しもしないとアカンな」
クリスマス・イブという事もあってアスカはクリスマスパーティーを企画していた。
メインディッシュの七面鳥にポテトやアップルパイといった料理を準備して、プレゼント交換会をやるつもりだ。
シンジはコタツまわりの片づけをして、昼前からアスカと二人で買い出しに出かけようと予定を組んでゆく。
アスカは一応、隣に住む加持とミサトにも声をかけたが“第三東京プリンスホテル”のディナーに行くらしく二人は不参加だ。
中々予約の取れない
レイは一緒に住んでいるリツコを誘ったが、マヤや青葉、日向といった旧ネルフオペレーターと飲み会があるから参加できないと断られてしまった。
リツコとしては高校生の子供たちに混ざるのも無粋だと思ったし、アスカやシンジといった社会人、中身28歳という大人もいるから、羽目を外さないようにと監督の必要もないと感じたのだ。
一方、マヤは酒が入ると誰彼構わずに絡んでいくのでこうした飲み会ではリツコがブレーキ役になるのである。
「せんぱーい」と上機嫌で言ってる間はまだ良いのだが、酒が進むにつれ「これだから男ってのは」とか据わった目で言い出す。
日向や青葉が苦笑いで乗り切ろうとして、愚痴とウザ絡みの連射を浴びることになるからリツコが止めに入るのだ。
その話を聞いたレイは不思議な気分になった。
普段優しく話しかけてくるお姉さんと、酒癖が悪くて面倒くさい女のイメージがどうも一致しないのである。
リツコから同じ話を聞いたシンジは“新劇場版Qのキツいマヤちゃん”の片鱗を見た気がした。
日曜日という事もあって、クリスマス・パーティーに飲み会、デートにカウチポテト、特殊災害研究機構の面々は思い思いのクリスマス・イブを過ごそうとしていた。
そんな休日の一コマを一変させてしまう知らせはテレビのニュースから飛び込んできた。
コタツを出たシンジはOD色のセーターと防寒パンツの上に迷彩作業服を着る“冬作業スタイル”で掃除機をかける。
一方、アスカは部屋の隅に積んだ雑誌や温めるためにコタツの中に突っ込んでいた服を自分の部屋へと持って入る。
そんなとき、点けっぱなしのテレビから速報のアラームが聞こえてきたのでふたりは何の気なしにテレビ画面を見た。
“神奈川県芦ノ湖で怪生物出没、人が襲われる被害も”
シンジは急いでチャンネルを回す、討論番組の途中で急遽ニュースに切り替わった。
そして社章の入ったヘルメットにジャケット姿の報道陣が規制線に近づき、「危ないから下がって」と必死に叫んでいる警察官に押し出されている映像が飛び込んでくる。
当直の職員から非常呼集の電話がかかって来たのはおよそ10分後だ。
非常勤務(甲号)であって二人が部屋を飛び出すと、私服姿の加持とミサトが部屋から出てきた。
「シンジ君、アスカ、本部に行くわよ!」
「ミサトっ!」
「シンジ君、俺も行くことになった」
「加持さん、入れるんですか?」
「許可なら取った。ゼーレの置き土産なんだ、おそらくウチも関わる案件だ」
蒼いアルピーヌA310改に4人乗って特災研本部に向かうのだが、緊急車両ではないので信号待ちがもどかしく感じる。
青に変わった瞬間、急加速して加持とシンジは背中にメインモーターの高音を感じる。
4人が第一発令所まで到着したとき、カヲル、日向がすでに到着しており当直の職員と共に状況の把握に努めていた。
神奈川県警から提供された情報によると怪物は芦ノ湖から箱根神社近辺に上陸して人を捕食したり、長い尾のようなものを振り回してひとしきり暴れまわった後、水中へと逃げ込んだという。
その際、警察官のけん銃射撃を受けたわけだが全くと言っていいほど効果がなく、水中探査機という殻のない関節部や露出している生体部分でさえ弾が通らなかった。
この事から神奈川県知事は国連軍自衛隊に災害派遣要請をし、内務省に対しても協力要請を行ったのだ。
第一報の後、情報収集のためにスクランブル発進した航空自衛隊のF-15J戦闘機と、陸自、戦自の重戦闘機が撮影した映像には長い尾を持っていて牙と触手を持った怪生物の姿があった。
自治体、関係各省ともつい1年ほど前まで使徒との戦闘を経験していただけあって、怪生物に対するフットワークはとても軽い。
“芦ノ湖怪生物対策本部”が旧ネルフ元箱根光学観測所の建物の中に急遽セッティングされた。
警察、国連軍、戦自、特災研といった実力組織と県や自治体、省庁などの役人だけでなく、かき集められたファックス付き電話とノートパソコン、複合機が狭い部屋に集結しその熱で冬とは思えない暑さだ。
対策本部から芦ノ湖を挟んで対岸の第三新東京市、特災研本部ではMAGIや生化学技術の技官などを活用し解析作業を行っていた。
「あれ、何に見える?」
怪生物の画像数点を表示したスライドをミサトは指してチルドレンの三人に感想を聞く。
現場に臨場した県警本部の警察官が撮影したもので、陸に上がり人や車を襲っている最中だった。
「量産機とエイリアンの合いの子みたいな雰囲気ですよね」
「海で倒したアイツに足生えたようなの」
「マグロ食べてるようなゴジラ」
上から順にシンジ、アスカ、レイである。
長い尾にカミツキガメのような頭、鋭い牙を持った大きな口、鱗や毛のようなものがないのっぺりとした黒っぽい表皮が特徴だ。
そこに薄汚れたクリーム色の探査機のパネルがまるで馬の
「3か月くらいでこんなにデカくなるんだから、さぞかし美味しいもんでも喰ってたんでしょうねぇ、芦ノ湖の魚とか」
「
「70センチ越えのワカサギがポンポンと出てきた時期ですねえ」
ミサトとリツコのやり取りに釣り好きの運用課職員がそう言った。
事実、お化けニジマスどころかワカサギが70センチを超える大きさになっていたのだ。
実験体はそうした
その過程で湖底の探査実験をやっていた探査機も餌として襲われ、食べられなかったものの巨体を支える外骨格として纏われることになったのだろう。
「日重の探査機アシュラを着込んでいることから、侵食能力を有してる可能性があるわ」
侵食能力でアスカが思い出したのが第16使徒戦でエヴァ初号機が腕を侵され切除したことだ。
殴り合った瞬間に侵食、同化されるような相手なら接触の無い中距離戦しかできない。
「リツコ、それじゃ接近戦はダメって事?」
「そうじゃなくて、細胞片をうかつに飛散させると危険という事よ」
「培養されてた使徒モドキだから、真っ二つにしたけど細胞片から復活! もありえるよな」
「そうなったら、アンタとアタシでもう一度ユニゾンやってみる?」
「……槍を抜いた瞬間に、脚が生えたわ」
「レイ、あなた、サラリとそういうこと言わないで」
「シンジ君の言う通り、第1使徒がベースだからそういった可能性もあるわけね」
シンジとアスカの脳裏には第7使徒がよぎった。
ソニックグレイヴで頭から真っ二つにして、死んだだろうと思った矢先に
そして、ターミナルドグマの白い巨人リリスを思い出したであろうレイの一言にリツコは冷や汗をかく。
こればかりはネルフ無き今も秘密物件なのだ。
もっとも、この場でネタがわかるのは現物を見たことがあるリツコ、ミサト、そしてアニメで見たことのあるシンジだけなのだが。
「で、赤木博士の事だから何か策、あるんでしょ」
「細胞の進化増殖を早めているのだから寿命は短いでしょうね……」
そこに、MAGIが出力した回答を印刷した資料を持ったマヤが入室してきた。
「先輩、7号分室時代の研究にネクローシスをさせる薬剤があったようです」
「それね、作成者は?」
「峰生チグサで、3年前に設備の不調で試作品は破棄、研究は中止されてます」
「リツコ、ちょっち気になったんだけど、どうしてそんなもん研究してたのよ」
「ミサト、あなたエヴァ量産機が自己修復している時、どうして手足の形になったのか疑問に思わなかったの?」
そう言われてシンジやアスカ、ミサトも初めてその疑問に行きついた。
カヲルあたりだと、「A.Tフィールドが強固な自我を作っているからヒトの形を保てているんだ」などと言いそうだし、シンジもエヴァ世界ならそうなんだろうなとそうボンヤリと考えていた。
実際の所、切り落とされた腕が生えて、五指のある人のような手が毎回できるのはそういった
S2機関による自己修復作用によって大体の性質が既定された腕のようなものが伸び、
「エヴァの生体部品って……」
「そうよ、こうした技術のひとつの完成形だったの」
ターミナルドグマのエヴァ素体失敗作の山はメカニカルな問題の洗い出しに作られたもののほか、こうした生体部品の研究で出来た“奇形児”だったりするのだ。
そう、エヴァ零号機はこうした広い分野の技術研究と多くの失敗、使徒よりもたらされたものからようやく出来上がった成功例なのである。
「それで、その薬はいつ出来んの?」
アスカは赤木博士のE計画苦労記を聞くつもりがなかったので、先に進める。
「作り方はそのまま流用するとして……早くて2カ月ね」
「2カ月もあんなの泳がせてらんないわよ!」
「仕方ないよアスカ、年末年始あるし、1週間2週間で出来るようなものでもないしな」
培養槽はネルフ時代に使っていたものがあり、かつて作られた試作品と研究資料
「それまで、人食い怪獣の相手はお巡りさんがするの?」
レイは蹂躙されるパトカーの映像を見ながら問い、ミサトは所長に確認を取りに行った。
そして得られた回答は自衛隊の普通科部隊と戦自の即応機動連隊が初動対応に回り、手に負えなくなった段階で“特マル部隊”が投入されるらしい。
特マルとは、戦自の
「初動は県警、陸自の34普連と戦自の即機連がするようよ」
「板妻や富士から山越えか、警察が粘れるかなあ……」
「お巡りさんを見殺しにするみたいでヤダなぁ」
「アンタたち、ウチはもう特務機関じゃないんだから国内法には勝てないのよ」
ミサトの言うように、国連直轄の特務機関であったならば怪生物出現の報に押っ取り刀で駆け付けてエヴァでタコ殴りにして解決である。
「アスカ、近くに擬装機関砲があったわ」
「そうね、それか駒ヶ岳防衛線に引きずり込んでもらったら、ってミサト?」
「こっちに来られても兵装ビルはもう使えないわ」
「なんでよ?」
「火薬類取締法不適合で先月撤去されちゃったのよ」
「観光地や人口密集地の近くに弾薬庫を置くわけにはいかないもんな」
チルドレンが頭の片隅に置いていた支援設備も特災研移行後、多くは解体撤去あるいは運用終了となってしまっていた。
超法規的措置で運用されていた迎撃要塞都市は対使徒戦という役目を終えて、日本のいち地方都市へと姿を変えつつあったのだ。
結局、15時過ぎに捜索も一時中断となって非常線が解除され、一同は解散したがクリスマスムードはとうに吹き飛んでしまっていた。
シンジとアスカがマンションに戻ってテレビをつけるとそこから流れてきたのは、クリスマスソングではなく報道番組だった。
一方、自衛隊でも怪生物出現のニュースの衝撃は大きく、ある陸曹は大阪の実家で休んでいたところを非常呼集の携帯電話に叩き起こされ、高速バスで急いで駐屯地に帰って来た。
22日に仕事納めと“部隊年末年始行事”を終えて、いよいよ冬期休暇だという最中に起こった事件に隊員たちは駐屯地に呼び戻されている。
「年末行事の餅つきもやったし、越年歩哨、クリスマス当直当たっちゃったヤツはご苦労さん……」と他人事だった者も第3種非常勤務態勢で我が事となってしまった。
そう、東部方面隊第一師団隷下の各部隊の隊員たちは年末を営内で過ごすことになってしまったのである。
そんな人間たちの事情など知らぬ存ぜぬと、沿岸の監視網に掛からぬように怪生物は芦ノ湖の中を泳ぎまわっていた。
怪生物は闇に紛れてひっそりと捕食して、通報を受けた警察官が到着するころには忽然と姿を消すのだ。
あっという間に大晦日がやって来て、シンジとアスカはリツコの家で年越しを迎える。
家主であるリツコとレイに年越しソバを振る舞うのはシンジの仕事であり、レイとアスカはニャアニャアとコタツに潜り込もうとするシロと戯れ、リツコは在宅で出来る仕事をしていた。
台所からの醤油とみりんの甘い匂いに三人の期待は高まっていき、腹が鳴る。
ほどなくして関西風の薄口しょうゆとみりん、ダシを使ったかけつゆに具の乗ったソバがやって来た。
具はスーパーで買った乾燥エビ天ぷら玉といなりだけというシンプルなものだ。
「リツコさんの作ってくれたものより、色が薄い」
「シンジ君は関西風なのね」
「やっぱり、色が薄くてダシが効いてる感じが好きなんですよね」
その頃、某県の収監施設では二人の収監者が談話室でテレビを見ながら呟く。
提供された年越しソバは色の黒い醤油味のつゆで、もう10年以上食べた味だ。
「碇、ときどきダシの効いたソバが食べたくなるな」
「ああ、冬月先生は京都の出身でしたね」
ゲンドウはソバの湯気でメガネを曇らせながら、ソバを啜る。
そんなゲンドウの様子に、冬月はすこし意地悪な問いかけをしてみたくなった。
「お前はどうなんだ、ユイ君は作ってくれなかったのか?」
「この歳になると涙もろくなるもので」
「ダシの味で思い出して泣く、と。今ならもういいだろう」
「ふっ……お互い歳を取ったものだ」
思い出すは新婚の年の大晦日、仕事納めをして昼過ぎに家に帰ると妻が大掃除をしていた。
脚立がなかったからとキャスター付きの椅子に立って高所の埃をはたき、整理した資料の山に転んで散らかし、それを二人で笑いながら片付けた。
手際が良かったとは言えないがなんとか掃除を終えて、食べる年越しそばは幸せの味であった。
ゲンドウは薄い関西風の汁を見るとユイの料理と幸せだった頃の記憶があふれ出してくる。
その度にメガネを曇らせてこれは結露だと言っていた、もっとも冬月にはバレていたようだが。
__あの人、本当は可愛い人なんですよ。
__これが「可愛い所」かねユイ君。
冬月はこんなに長い付き合いになるなんて思ってもみなかったなとゲンドウを見る。
テレビからはセカンドインパクト前の名曲に合わせて17年ぶりの雪景色が流れていた。
『アイムハングリー』
『バームクーヘン!』
『この中に一人、宇宙人に餌付けした奴がおる』
『ホウジョウ、マイフレンド』
『お前か~!』
『裏切ったな! ……お前も父さんと同じで裏切ったんだ!』
『父さんって誰やねんな!』
「絶対に笑ってはいけない特務機関……だってさ」
「この隊長、あの人に似せてるのね、どこから漏れたのかしら」
「……フフッ」
「碇君、ビンタ」
「シンジ、他のチャンネルにして」
リツコの一言に司令役のプロレスラーとゲンドウを対比させて吹いたシンジにレイが突っ込む。
テレビでは年末のバラエティー特番か怪生物騒ぎに関する番組、そして年末恒例の“第九”合唱だ。
第九の合唱を見るとシンジは原作カヲルのセントラルドグマ降下戦の映像とゲームにおける“握り潰す”というコマンドを思い出す。
わずか一話で多くの視聴者にインパクトを与えた不思議な雰囲気の彼も、ここでは人の文化に染まりきってしまった。
「そういえばカヲル君、富士山の近くでソロキャンプだってさ」
「ご来光でも見るのかしらね、あの子」
テレビを見ていたシンジがそういうと、リツコは銀髪の使徒の少年を思い浮かべる。
常夏だった昨年までならともかく、雪降って冬らしくなった今年に登山してご来光を見るなんて物好きもいい所ねと思った。
現にアスカとレイは「今年の冬はコタツから出たくない宣言」をしている。
「今年って冬が寒いのによくやるわ……」
「あの人、風よけと断熱にA.Tフィールドを使っているもの」
「それが使徒的キャンプ法なんだからなあ、テントいらず」
ヒトがウェアやテント、シュラフと言った重装備でかためている時に、使徒の少年はA.Tフィールドで温室を作り出してどこでも快適さを保てるのねと感心する。
そこでリツコは何かに気づいたような表情になった。
「……シンジ君、渚君が芦ノ湖の湖畔に行ったのはいつ?」
「ちょうどクリスマス前くらいですよね」
「最初のご遺体が上がったのがちょうど……」
「クリスマスの朝」
「使徒は第一使徒を目指して進攻する特性があったわね」
「それじゃアイツが陸に上って来たのって、渚のせい?」
「まだ、確証がないわ」
リツコはキャンプをしていた渚カヲルのA.Tフィールドに反応して実験体が誘引されたのではないかという仮説を立てた。
とはいっても冬期休暇に入ったいま大規模な作戦が出来るわけもなく、仮説をもとに3が日明けから実験体の撃破作戦が組み立てられていくこととなった。
「あけましておめでとうございます」
途中、レイが年越しまでに寝落ちしそうになったり、リツコとシンジが前世紀の曲をデュエットしてアスカがソレ知らないわと言って拗ねたりという事があったものの、大晦日の晩は特に何事も起こらずに過ぎ去って行った。
いよいよ年末で忙しくなってきました。
エヴァで廃棄物13号をやる……という流れですが、その後の第三新東京市やら、エヴァの自己修復の様子やら、年末ムードの人々というのを書いてると中々決戦に辿り付けませんね。
次回、芦ノ湖決戦。
ご感想・ご意見お待ちしております。
用語解説
年末年始行事:各部隊で年末に実施される行事。餅つきや隊員家族を呼んでのビンゴゲーム大会などが行われる。ゲームの景品の一例としてはテレビとかスノースクレーパー、隊員クラブのビール券などがあって白熱する。
なお餅つきのモチはその場で喫食、持って帰る分と、部隊の事務所に鏡餅として飾る分に分けるのだが、野外炊具で蒸されて熱々のモチを千切って分けるときに火傷しそうになる(実話)
火薬類取締法:火薬・爆薬・火工品に関する法律であり、火薬や爆薬の技術基準のほか火薬庫などの技術基準や保安距離なども示されている。
越年歩哨:大晦日と元日の間に行う警衛勤務のこと。世間が新年あけましておめでとうというムードの中、警衛所かあるいは弾薬庫で闇の中を見つめるお仕事。
航空自衛隊や海上自衛隊などでも同種の勤務があり、またレーダーサイトなどの監視勤務者がこれにあたるのではないだろうか?
クリスマス当直:年末行事以降、当直は半週から日替わりになり、人の少なくなった営内で時間を過ごす。もちろん、中隊事務所でただボーっとして時間が過ぎるのの待っておけばよいわけでなく掃除やら休日出勤の幹部の手伝いやら電話番、発熱・インフルエンザ等の隊員家族の健康情報収集とやることはある。
なかでも“クリスマス当直”はデートの相手がいる隊員が24日・25日に当直陸士・当直陸曹に当たってしまった時に言われる。
外出者で差し入れにケーキを買って帰ってくるものも多く、3人以上が1ホール買って帰ってくると食べ切れず冷蔵庫はいっぱいになってしまいケーキで胸焼けすることも……。