エヴァ体験系   作:栄光

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ネルフ最後の日

 エヴァ大決戦ときどきゾンビもののような戦いが終わり、暴走していたはずのトライデント2機にエスコートされながら学校の脇の回収口より本部施設に戻った。

 

 エヴァを降りた俺達の前に黒い装備の戦略自衛隊の隊員が集まって来る。

 その中から“髭の隊長”というあだ名で呼ばれていそうなベレー帽の幹部自衛官が近寄って来た。

 

「ご苦労様、と言いたいところだが、君達には聞きたい話があるんだ。ご同行いただけるかな?」 

 

 抵抗は無意味だろう、小銃手が10人以上いるのだ。

 素直に投降した俺、綾波、アスカの3人のエヴァパイロットは、特に手錠を掛けられたりするわけでも無く、自由な感じである一室に連行される。

 そこで、特務機関ネルフが「人類補完計画」と呼ばれる恐ろしい計画を企てており、使徒殲滅後に人類を滅ぼそうとしていたことを告げられた。

 しかし俺たちはそんな事は百も承知であり、なんなら補完計画を阻止するために戦っていたのだ。

 

「思ったより、驚かないんだな君達」

「山本一佐、現実味が無いんだと思いますよ」

「そうか」

 

 目の前の戦闘服姿の隊長が思ったより高い階級の人だったことに驚きつつ、理由を述べる。

 使徒と呼称された別の起源を持つ種との生存戦争が共存という形で終わったのちに、組織の上位組織であるゼーレが、本来の目的である補完計画を遂行しようとエヴァ量産機の建造を始めたこと。

 そして、その量産機と特別な存在であるエヴァ初号機を用いた補完計画を実行に移したこと。

 

__ゲンドウと冬月副司令の考えていた補完計画については、話さなかった。

 

 綾波が今後生きていくうえで障害となっても嫌だし、なにより、ゲンドウの補完計画はとうに潰えていたのだ。

 

「そうか、それで君たちは戦っていたのか」

「ところで、ネルフはどうなるんですか」

「先ほど、特務機関ネルフはA-801を受諾。法的保護の破棄、すべての武装解除に同意したのだよ」

「そうですか、じゃあ僕たちは銃刀法違反含めて各種法令違反で送検ですか」

「いや、A-801より前だったから、遡及は出来んだろうよ」

 

 隊長はそう言うと、副官が持って来たファイルをパラパラとめくり、過去の情報に目を通す。

 第3使徒以降の戦いと、どこから取って来たのかわからないような極秘情報が記載されていた。

 

「今まで、ご苦労だった。しっかり休んでくれ」

「君たちが居てくれたおかげで、我が国は守られたのだ。悪いようにはしないさ」

 

 隊長と副官はそう言うと部屋を出ていき、俺たちはバラバラにシャワールームに連れていかれた。

 電源の戻った本部施設内はいつもと変わらないように見える、死体も瓦礫も無い。

 左右を固める兵士が戦略自衛隊の隊員じゃなければ、それこそ訓練上がりの情景だ。

 

 除染シャワーを終え、LCL臭い学生服を脱いだ。

 おそらく、もう袖を通すことも無いだろう。

 長いことぬるいLCLに浸かっていた体に、熱いシャワーがとても気持ち良かった。

 

 着替えは戦略自衛隊が用意してくれた。

 衣料量販店で買ったものと思われる新品のシャツと下着類、そして青いジャージだ。

 シャワールームを出ると収容施設に向かうらしい。

 引率の隊員は()()ではなく、ゼーレのシンパによる報復から()()()()()()()だと言った。

 メインゲートに着くと、アスカ、綾波、カヲル君が待っていた。

 

「バカシンジ、いつまでシャワー浴びてんのよ、おかげでカンダガワじゃない!」

「カンダガワ?」

「ちょっとレイ、通じないじゃない!」

「アスカさんはシンジ君を待っていたんだよ、髪が冷えたと言ってるみたいだね」

「ネタが古い、どこで覚えたんだよ綾波」

「漫画で読んだわ、碇くんとアスカは一緒に暮らしているもの」

 

 こんなやり取りに、護送の隊員たちが笑う。

 「オイオイ、オヤジの世代だぜそれは」なんて声が上がる。

 綾波が昭和の文化にどっぷりはまってる、『あ~る』とか貸したの早まったかな。

 俺達も戦自の隊員たちも緊張感がとれたのか、和やかな雰囲気で収容施設に向かうことになった。

 

「乗車定位に付け!」

「乗車!」

 

 乗車用の中帽(なかぼう)……樹脂ヘルメットを被ると、3トン半トラックの荷台に乗ってネルフ本部を出る。

 俺は慣れているけど、アスカ、綾波、カヲル君はトラックの荷台初体験だ。

 向かい合うように展開された木製のベンチシートに座るのだが、路面の振動を拾って体に伝えてくる。

 

「お尻痛い」

「すいません、クッションか外被(がいひ)とか持ってる方いませんか」

「冬がないから外被は持って無いな、おーい、入り組みで着替えがあっただろ、出してくれ!」

 

 背嚢入組み品の中に着替えやタオル類を詰めているのだが、それをクッション代わりに使うのだ。

 

「班長、俺のやつ使ってください、バスタオルとか入ってるんで柔らかいっすよ!」

「尾崎は美少女の尻に敷かれたがってるので却下! 猪原のやつ使おう」

「ちょっと、使いづらいじゃない!」

「アスカ、ここはご厚意に甘えて使おうよ」

「レイは……寝てる。よくこの振動で寝れるわね」

 

 カヲル君と綾波は真っ暗な車内という事もあって眠っていた、疲れたんだな。

 寝れるときに眠るのは大事だ。

 

 俺は隣に座るアスカの吐息を感じながら、幌の外をボンヤリと見る。

 車列は箱根山の峠道に入り第三新東京市から離れていく。

 気安くなった隊員から車内で聞いた話によると葛城三佐、赤木博士を初めとしたネルフの幹部は別の収容施設に行くらしい。

 富士山のふもとの廃校を転用した廠舎(しょうしゃ)が俺達の仮の宿になった。

 

 

 それからの生活は平穏そのものだった。

 

 朝、起床ラッパで起きて、点呼をやって、2着貸与された迷彩服に着替える。

 訓練中の少年自衛官というナリで、パジェロに乗って駐屯地まで行って隊員食堂で喫食。

 平日はそのまま隊舎で聴取され、1200から1時間の昼休みには売店で自由に買い物もできる。

 午後の聴取が終われば夕食と入浴を済ませて演習場内の廠舎に帰る。

 晩の点呼終えたら、2300の消灯ラッパまでは自由時間。

 俺とカヲル君が同室、アスカと綾波は隣の部屋で寝起きしている。

 

 

 入れ替わり立ち代わり尋問される日々だ、同じような話を何回したやら。

 けれども、やってきた様々な立場の人たちから“独り言”という形で得た情報もある。

 

 複数の諜報機関から上がってくる情報をもとにネルフに対する強制捜査の準備がされていたが、ゼーレがそれより前に動き出したため、内閣は“警護出動”を掛けたという。

 そして戦略自衛隊も、組織内部に潜伏しているゼーレ工作員が出した“偽の命令”に乗じて第三新東京市に展開したのだ。

 おかげで、誰が()()()だったのかを炙り出すことができた上、さらに『A-801』受諾後速やかに施設引き渡しが行われ証拠保全にも成功したらしい。

 

「アイツが追っていたヤマは近くで見ると、こんなにも大きかったんだなあ……」

 

 加持さんの上司であるという、内調の“彼”はそう言うと窓の外の富士山を見た。

 

 陸上巡洋艦トライデント暴走の件については新型のOSの不具合と言った発表がされたけれども、実際は内務省の指示で意図的に起こされた“暴走”だという。

 内務省内の親ネルフ派閥である何某のシンパが技実団にもおり、不審な偽の命令を受信したとき極秘作戦に「GO」をかけたとか。

 

__命令違反という泥を被ってでも出撃させてほしいですっ!

__僕らが今行かずして、誰が日本の平和を守るんですか。

 

 操縦課程の少年兵からそう“熱望”する者2名を選別して“暴走事故”を起こしたという。

 あの時に乗っていた少年兵2人は書類上は“暴走事故で負傷し、再起不能”という形で除隊して一般社会へと帰って行ったそうだ。

 極秘作戦に参加した搭乗員がムサシ・リー・ストラスバーグと浅利ケイタかどうかまでは教えてもらえなかったけれども、とにかく二人は自由を得ることができたのだ。

 エヴァンゲリオンの構造を聞いた“彼”は、「ああ、これは再現できないな」と笑っていた。

 

 別の施設に収容された指揮官クラス以上は根掘り葉掘り聴取され、ネルフの全容を明らかにしていくのだそうだ。

 碇司令と冬月副司令は拘束後、まるで燃え尽きたかのようになって聴取は遅々として進まないらしい。

 重要機密を知る事のないネルフの下級職員であるが、大量の失業者が出るという事もあって、しばらくは施設の維持整備や戦後処理に従事することになるとか。

 

 食堂のテレビではこの1カ月、特務機関ネルフの解散と、不審船事件のことばっかり繰り返されている。

 エヴァ量産機が空自機の警告射撃を無視して飛び去ったことも、国連海軍の立入検査隊が不審タンカーに突入しエヴァを発見したことも一切報じられていない。

 事件調書とはかけ離れた内容のニュースが流れ、拿捕された不審船の船長を釈放した政府の弱腰姿勢を批判する内容一色だ。

 

 そんな世の中から切り離されたチルドレンは割と好き勝手にしている。

 カヲル君は厚生センターでVHSビデオデッキとテープを借りて、暇があれば眺めている。

 綾波はというと、知り合った隊員から娯楽室の漫画本を借りて読みふけっている。

 退屈な営内生活の友を満喫している使徒と元ミステリアスなクローン少女、着実にオタク路線を歩みつつある。

 

 俺とアスカは時々体力錬成として廠舎の外周を監視付きで走ったり、ジュースやアイスを賭けてのじゃんけん、いわゆる「ジュージャン」「アイジャン」に興じたりしていた。

 カヲル君と綾波も呼んで4人でジャンケンをするんだけど、俺、アスカには勝てた試しがないんだよな。 

 

 いつものようにアスカが掛け声を掛ける。

 

 「ジュースじゃんけん、じゃんけんポン!」

 

 グー、パー、パー、パー。

 

 「うっそだろオイ……四連敗」

 「シンジってばほんとジャンケン弱いんだから、アタシはコーラね」

 「私、ドクターペッパー」

 「じゃあ、僕はカフェオレにするよ」

 

 ジャージの上に戦自の新迷彩服を着る“ジャー戦スタイル”で自販機まで向かう。

 共済会の格安自販機で400円を入れてジュースを買う。

 完全に営内陸士の生活だ。

 

 それも飽きてくると彼女は俺の部屋に襲来して、何か面白い話は無いのとせがむ。

 マンガ本も第三新東京市のマンションだし、使徒戦のことなんてアスカも知ってる。

 そういえば「Air/まごころを、君に」の凄惨な結末を見ずに、ようやくここまで来たけど、一向に現実に戻らないよな。

 元の世界がどうなってるのか考えると怖いものもあるけれど、この世界にはこの世界の人生もあるわけで……。

 そうだ、この世界で誰も知らない、俺だけが知ってる物語の話をしようか。

 

 人類滅亡の危機に超法規的特務機関、怪しげな組織に巨大ロボ、クローン少女、果ては天才美少女パイロットなんていうアニメや漫画の世界さながらの異世界にやって来た『碇シンジ』じゃない、エヴァ世界を体験した男の話を。

 

 

 『エヴァ体験系 完』

 

 

 

 

 

「ところでシンジ、海に行く約束、覚えてる?」

「ここから出られたら、みんなで行こうか」

「その前に下見、連れてってね!二人っきりで!」

 

 

__2016年の夏はもうすぐだ。

 




これにて本編(テレビ版・旧劇時間)は完結です。
憑依シンジくん視点なので、ネルフに関する動きはみな伝聞です。

この裏で日本政府、国連加盟国によるゼーレとの戦いが始まってたりもします。
エヴァを失い大金を失った上に、日本における拠点が摘発されたゼーレは活動も沈静化していきました。

その後の話は学園エヴァになります。

皆さま、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
沢山の感想、評価、ご意見等頂戴しましたが、とても嬉しかったです。


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