思えば、この世界に来てから何回死ぬ覚悟をしただろうか。
でも、人間をこの手で殺す覚悟をしたことはなかった。
俺はいち特別職国家公務員であり、自衛隊も“護憲の軍隊”として創隊後70年間対人戦争を経験したことがない。
「撃て」と命じられたら撃つ、撃たなければそこから戦線は瓦解して国民や仲間を危険に晒す。
そんなことはわかっている。
でも、どこか絵空事で実感が無かったのかもしれない。
かつて、アメリカ合衆国で旅客機がハイジャックされて世界貿易センタービルや国防総省に体当たり攻撃を仕掛けるという事件が起きた。
その同時多発テロ以降にある議論が湧き上がった。
ハイジャックされた旅客機が人口密集地や重要施設に対して攻撃の意図をもって飛行して、突入する蓋然性が
ハイジャック機撃墜論争は各国の空軍、国防に携わる者の間で行われた。
旅客機の乗客乗員数の命を切り捨てて、多数の国民を救う『数の論理』か。
それとも、『被ハイジャック機の無辜の人命を奪うわけにはいかない』という倫理的な観点から機内に解決を望み、見送らざるを得ないのか。
このトロッコ問題のような論争は、サミットが行われる時に思い出したかのように湧き上がって議論される。
もし、被ハイジャック機がサミット会場や原発などに向かって飛行し始めた時、地対空誘導弾や戦闘機ははたして撃てるだろうか。
5分、10分で大きく変わる事態であるから、シビリアンコントロールの原則でもある「内閣総理大臣の命令」を待っている暇はないのである。
現場の指揮官の判断による命令で実行しなくてはならない。
撃墜命令を下した指揮官は、実行者たる現場の隊員は、罪に問われないのか?
たとえ撃墜が罪に問われなかったとしても、墜ちていく旅客機の姿と失われようとする人命に罪の意識は確実に刻まれる。
原作シンジ君は良心と強い心的抵抗のもとで戦闘を拒絶したわけで、あたりまえである。
旅客機ならば見送って墜落してしまえばそれまでだが、使徒はそういうわけにはいかない。
サードインパクト阻止のために
最近色々と世界の楽しさを知りつつある綾波、戦闘に伴う被害を空母で知って多少成長したアスカ。
二人の女の子に“子供殺し”の罪を背負わせるわけにはいかない。
後遺症で苦しむのは、俺だけでいい。
それが、「大人の兵士」がしてやれることだ。
そもそもの話として、人を殺す覚悟を決める前に原因の除去をしようと考えた。
しかし俺に与えられた権限や、立場で出来ることはそうない。
たとえ、リツコさんやミサトさん相手に泣き喚いたとしても参号機の起動実験を中止させることなどできない。
トウジに「エヴァにだけは乗らんとってくださいよ!」と頼んだところで、トウジが選出されてなかったら何の意味もないし、そもそもクラスの誰がパイロットになるのかもわからない。
機体は直前までアメリカ、マルドゥック機関の選出するパイロット候補も非公開。
原作知識を使って介入できる余地が無いのだ。
やはり、起動して第13使徒としてこれを無力化しかないのか。
三日三晩考えてなお、いい考えは出ない。
「なんやセンセ、くっらい顔して」
「どうしたんだよシンジ、最近ヘンだぞ」
気付けばトウジとケンスケに声を掛けられていた。
目の前にはグラウンドが広がっていて男子は持続走、女子は上のプールで水泳だ。
スク水姿の女子の一部が手を振ってくれるけれども、アスカや綾波はこっちを見ない。
そんないつもの情景だけど、今日は何かが違う。
……そうか、トウジとケンスケが女子の鑑賞をしていないのか。
「最近、疲れてんだよな。いろいろと」
「おいおい、倒れる前に保健室に行けよ」
「なんや日射病かいな。先生ェ! ワシら碇を保健室に連れてきますわ!」
トウジとケンスケに付き添われて無人の保健室へ向かう。
その途中で、ケンスケは何かに気づいたようだ。
まったく、こんな時だけ察しがいいヤツなんだから。
「なあ、シンジ。アメリカの第2支部が爆発したって情報、ホントなのか?」
「おう、ケンスケ、何の話なんや」
「パパのところは大騒ぎさ、それで、エヴァ参号機がこっちに来るんだろ!」
秘密をよくも無警戒にペラペラと……と思ったが、切り出すチャンスか。
「……ああ」
俺の返答にケンスケは目を輝かせ、トウジはケンスケの方を見てから俺の方を見た。
思いつめた表情(だろう)に気づいたトウジがストップをかけようとする。
「ケンスケ、なんかヤバいんちゃうんか」
「そうだろうな、でもお願いがあるんだ、俺を」
「やめろ! それを言うなッ!」
ケンスケがそれを言うのを遮った。
思わず出た叫び声にケンスケとトウジは身をすくませた。
ここで深呼吸、上手く俺は息を吐けているだろうか。
「センセ、落ち着けや……」
「どうしたんだよ」
「すまん、だけど“アレ”には誰も乗せたらあかんのや……どんな条件でも乗るなよ」
ここ数日の俺の様子と、今の反応で察してくれ。
「わ、わかったよ、シンジがそう言うなら」
「トウジもだぞ、絶対に断ってくれ」
「お、おう!」
ビクビクと俺の様子を窺っている二人を引き連れて、俺は保健室ではなく屋上に上がる。
山からのひんやりした吹き下ろしが頬を撫でて、心地よい。
風の音と空調の室外機の音で盗聴器が機能しないポイントに俺は陣取る。
「俺は、参号機に乗ったヤツを
二人は黙って俺を見つめる。
一分、五分、どれくらい経っただろうか。
ケンスケが言ったことの意味を咀嚼したのか、恐る恐るといった様子で言った。
「殺すって。人を、シンジが?」
そう、俺は人を殺すのだ。
「ああ、“使徒”として」
「使徒って、あのバケモンの事やろ、何でエヴァが」
「もしかして、エヴァが使徒になるのかよ」
「ケンスケ、ネルフの事から手を引いて何も知らないふりをしろ。ここからはヤバい」
俺の真剣な眼差しにケンスケは、「ちぇっ、俺だって……」と言って、この場は納得したようだ。
「センセがずっと悩んどったんは、そないな事か」
「ああ、この事は綾波にもアスカにも言えないんだ」
「シンジがどこでその情報を得たのか分かんないけどさ、必ずしも殺すと決まったわけじゃないんだろ」
トウジ、ケンスケ。
「なら、まだなんとかできるだろ。諦めんなよ、シンジ」
「ワシらにはどうすることもでけへん、でもシンジならまだやりようがあるはずや。その結果ならたとえアカンかってもしゃあないんちゃう?」
思考の袋小路に入り、殺すことばっかりを考えていた。
だけど、殺さないようにベストを尽くすこともできるはずだ、俺は二人の中学生にそんなことを教わるなんてな。
本当に、いい友人を持ったよ俺は。
それからの俺はクラスの動向をつぶさに観察することにした。
リツコさんやネルフ関係者の面談らしい不自然な呼び出しが無いかどうか、あるいは急に付き合いが悪くなったなどの変化が無いか確かめる。
後者はクラスで誰とでも話せるシンジ君といえども難しいので、よく話す相手のみに絞った。
結果は一週間たっても変化なし、二週目に入りエヴァ参号機が松代にやって来るまで残り四日となった。
ネルフでもリツコさんや加持さん、ミサトさんと世間話をしながら情報を集めていた。
アスカは俺の顔色があまり良くないことに気づき、めちゃくちゃ構ってくる。
出前を頼んで一緒に食事をして、洞木さんとトウジの恋模様について一喜一憂したり、寝るまでアスカの愚痴を聞いたりしていた。
一方、綾波はリツコさんと実験終わりによく読書感想会なるものをやっているらしい。
人のこころ、登場人物の行動で納得のいかないところがあると「どうして」と疑問をぶつけるのだという。
想像するだけで微笑ましい光景に俺は癒されるものを感じつつも、リツコさんにそれとなくフォースチルドレンのアテってあるんですかと聞いてみる。
まだ、内定は出ていないらしい。
異動までの経緯からして
内定が出たのが二日前、人事部の通達には“非公表”とあり、リツコさんやミサトさんに誰がなったのか聞くことも出来ないまま二人は松代の実験場へと出発した。
原作シンジ君のようにシンクロ率落ちていたりしないだろ、どうして頑なに伏せるんだ。
“Need to know”の原則
情報漏洩のリスクを不必要に高めることを防止するため、秘密に関する業務を行う者を峻別・限定して必要最小限の指定にとどめる。
どうやら、俺達は“秘密に関する業務を行う者”に指定されていなかったようだ。
結局、参号機の試験当日までフォース・チルドレンの情報はパイロット三人には届かなかった。
松代で参号機の起動実験が行われる日の朝、第三新東京市はよく晴れていた。
今や空席も多い教室に点呼の声が響く。
「今日の欠席は、浅野、坂田、宮下、洞木か」
欠席者の名前から、実験参加者を絞り込もうとしたが複数人欠席者が居た。
__アスカ、洞木さんは?
__ヒカリはコダマちゃんが熱出したから休み
__了解
チャットシステムでアスカに確認を取る。
アスカは洞木さんにエヴァパイロットであることを明かしているから、フォースチルドレンに任命されたら、すぐアスカに話すだろう。
となると浅野君か坂田君、宮下さんになるわけだが、浅野君はちょっとヤンチャな奴でノーマークだ。
ケンカして職員室お呼び出しも珍しくない。
先週もケンカ沙汰があったのか生活指導室に呼び出されていたが、本当はどうだろうか?
坂田君と宮下さんだが、この二週間呼び出されているふうもなかったし、思いつめたようなところもなく、むしろ俺の方が深刻な顔をしていただろう。
いつも通りの朝、いつも通りの日常、でも俺の中ではすでに戦闘は始まっていた。
昼過ぎ、携帯電話の緊急着信音が鳴り響いた。
非常呼集。
教室を駆け出し、保安部のバンに飛び乗ってネルフ本部に向かう。
作戦室に到着すると日向さんと作戦部員が勢ぞろいしており、現在の状況を教えてくれた。
松代の地下実験場で大規模な爆発事故が起こり、未確認移動物体が現場で確認されたそうだ。
「爆発音がした」「火柱が立った」と警察や消防に通報が相次ぎ、知事より災害派遣要請が出され国連軍陸上自衛隊が展開中とのこと。
A.Tフィールドのパターンはオレンジで使徒とは断定できないらしい。
単なる暴走事故か使徒によるものなのか判別がつかずMAGIは判断を保留したのだ。
松代、千曲、上田、小諸、佐久と、千曲川に沿って南下、甲府および大月、御殿場という経路より第三新東京市に接近するであろうという予想の下、エヴァ三機は八ヶ岳野辺山に前進展開することになった。
国連軍自衛隊側からの情報によると、群馬県
「進路上の住民の避難、現在60パーセントです」
「第二東京の戦車、特科は?」
「間に合いません、いま弾薬の積載が終わったところです。前進、現着まではまだ3時間を要します」
「空自は?」
「百里からスクランブル発進しました、地上目標を視認したとのことです」
作戦部員と国連軍側のやり取りから、今回、第2連隊所属の戦車や特科と言った火砲支援はない。
今現場にいるのは即応性と機動力に優れた第12偵察隊か、山岳レンジャーでおなじみ第13普通科連隊しかいない。
空自の
移動物体が“ただ暴走しているだけのエヴァ”であったならば、爆撃するわけにはいかないからだ。
キャリアーに搭載されて夕日の中、赤く輝く水田地帯に空挺降下した。
その頃になるとレコンの電子偵察小隊や観測ヘリからの情報も提供されており、移動物体が地下実験場に居るはずのエヴァ参号機であることが明白となった。
田畑の間の道路をよろよろと歩く参号機、上半身の揺れ具合が酔っ払いを思わせる。
寄生してコントロールを奪ったまではよかったが、まだ高度な身体制御ができないようでヤツが斜面を登ってショートカット、森を突破してこないのはそのためだろう。
「活動停止信号を発信、エントリープラグを強制射出」
作戦部長不在のために指揮を取る碇司令が命令を発した。
オペレーターは直ちに活動停止信号とプラグ排出コードを送信する。
偵察ヘリの画像から、うなじのプラグが粘菌状の何かに引っかかっているのが見える。
あそこまで抜けたら普通はシンクロしないはずだ。
「ダメです、活動停止信号、プラグ排出コード認識しません!」
マヤちゃんの声。いつものように安全装置は作動しない。
パイロットは意識不明の重体ではあるもののまだ生きているようだ。
「エヴァンゲリオン参号機、現時刻をもって破棄、目標を第13使徒と識別する」
対地上戦闘用意。
「予定通り野辺山で戦線を展開、
司令の命令にアスカと綾波の返事も硬い。
これで任務は“移動目標の調査”のちに“エヴァ参号機の確保”を経て“第13使徒の撃破”に変わったのだ。
「そんな、使徒に乗っ取られるなんて」
「アスカ、目標は近いぞ」
次の瞬間、参号機もとい第13使徒はゾンビ映画もびっくりのスピードで弐号機に飛びかかった。
「キャア!」
地面に引き倒され、弐号機は無反動砲を使う間もなくあっという間に無力化されてしまった。
「弐号機沈黙、パイロット脱出!」
「弐号機パイロット、自衛隊により保護されました」
地面に叩きつけられて弐号機が
操作が一切できなくなり、脱出を決心したのか。
射出されたエントリープラグが木々の間に刺さり、森の中にいた
アスカがやられた、この流れで行けば次は綾波だろう。
「レイ、近接戦闘を避け、目標を足止めしろ。いま初号機を向かわせる」
「了解」
「シンジ、レイと共に奴をやれ」
「了解ッ!」
綾波の返事と共に、行動の許可をもらった俺はダッシュで距離を詰める。
零号機が剣付きパレットガンを構えて狙いを付けているのが見えた。
一瞥克制機! (いちべつよくきをせいし)
次の瞬間、俺は狙いもそこそこに引き金を引いていた。
「初号機、発砲!」
跳躍しようと身をかがめた使徒の顔面に3発が命中した。
戦闘照準でばらまかれた射弾は第13使徒の頭や胴体に命中、特殊装甲板の表面で激しく火花を散らす。
「綾波、撃てッ!」
脇に控えていた零号機に射撃指示を出す。
二機のエヴァに前後から多量の射弾を浴びせられ表面装甲がズタボロになった第13使徒は腕を伸ばしてきた。
右前にジャンプし腕を躱すと俺は銃剣の振動装置を作動させて、奴が伸びきった腕を戻す前に懐に飛び込んだ。
「人質とって腕伸ばしやがって! ムカつくんだよォ!」
何の躊躇もなく、俺は気づけば銃剣を突き出していた。
訓練通り、銃剣の切っ先がエヴァ参号機の首から後頭部を貫いた。
人間であれば喉、延髄を貫きほぼ即死の一撃だ。
火花と共に噴き出す血しぶき、腕がだらりと力なく落ちる。
死んだか?
剣を引き抜き残心、油断をせず敵を捉える。
粘菌によってゾンビじみた動きをする第13使徒にとってはまだ余裕があるらしく、ピクピク動くと、膝蹴りを放ってきた。
「やっぱり!」
とっさに銃で防ぐが、銃が粉砕された。
「くそっ!」
ヤツは伸び切った腕を縮めて俺に掴みかかろうとするが、そうは綾波が許さない。
残った弾を後頭部に叩きこんだのだ。
弾着の衝撃で粘菌が弾け飛び、プラグが露出する。
その一瞬のスキを突いて俺はプログナイフを肩から抜き、深く寄生された参号機のコアを貫いた。
「あああああああ!」
そして、起き上がれなくなるまで何度も何度も“めった刺し”だ。
徒手格闘訓練通りに正中線上、脇や太ももといった動脈等致命部位を的確に狙って。
血液や組織内のカリウム・ナトリウム液を失えば、いかなエヴァの人工筋肉だって動かなくなるのだ。
こいつは俺が絶対ぶち殺す!綾波が見てることも忘れて俺は何度もナイフを振り下ろした。
「パターン青消滅!」
日向さんの声に我を取り戻すと、目の前に血だらけの参号機だったものが横たわっていた。
あたりに飛び散ったエヴァの血液が田畑を、そして川を真っ赤に染め上げていた。
救急車が到着し、引き抜いたプラグの中から出てきたのは……。
なんで、君が居るんだよ。
宮下サトミ……。
救護班が到着すると、黒いプラグスーツ姿の彼女は何かで梱包されて運ばれていく。
おそらく使徒の体液と接触したことから感染防護措置なのだろうが、
俺は
よく通り魔事件や殺人未遂、傷害致死などで犯人が「殺す気はなかった」と供述し、そんなわけがあるかい! とツッコミを入れていた。
彼らも俺もその時に殺意があったかどうかは重要じゃないのだ、やってしまってから心の何処かが認めようとしないのだ。
「命令だからやった」
「カッとなって首を締めたら死んじゃった」
「アイツが悪い」
そういう言い訳と共に、心に掛かる負荷を少しでも軽減しようとするのだろう。
「しかた、なかった。これしか、できなかった」
俺は今日、顔見知りの女の子を自らの意志で殺そうとしたのだ。
22時36分、松代実験場で赤木博士、葛城三佐の生存を確認。
二人とも命に別状の無い軽傷だった。
23時53分、ネルフ中央病院に搬送された宮下サトミは、意識を取り戻した。
俺はフラフラと覚束ない足取りでエントリープラグを降りると、除染シャワーでLCLを吐き散らしてへたり込む。
覚悟していたつもりだった。
でも、実際にやってしまうと後がキツイなぁ。
結局、罪悪感に悩もうが俺の行為が正しかったのか悩もうが時間は経ち、腹は減る。
第13使徒戦から一夜明けて、ネルフの食堂で朝食をとっている頃には、人に見せられるような顔になっていた。
そこに、オペレーターのマヤちゃんと日向さんがやって来た。
リツコさんとミサトさんが病院送りとなってしまい、次席の二人は本部内で徹夜だったんだろう。
「シンジ君、お隣いいかしら」
「ええ、構いませんよ」
「大丈夫、無理してない?」
「昨日は落ち込んでたけど、もう大丈夫ですよ」
隣に座るマヤちゃんが俺の顔を覗き込む。
俺も酷い顔だったかもしれないけど、マヤちゃんも疲労の色が濃くて俺も心配になるよ。
「シンジ君、すまない。僕らは見ていることしかできなかったんだ」
「日向さん、僕は戦闘職種の人間ですよ。戦って、ナンボなんです」
「でも、子供に任せて大人が見ているだけなんて、悔しくなるんだ」
向かい側に座る日向さんが急に頭を下げる。
でも、俺はこんなナリをしているけど実年齢は28歳で、大人の自衛官だ。
その言葉を受け取る資格はない。
「シンジ君は大人びてるけど、まだ14歳なんだから」
「お二人とも大人、子供関係ありませんよ。ヒトとの実戦になれば大人でもPTSDになるんです」
「どういう事なんだい」
「死ぬ思いをするより、人を殺すかもという現実の方が精神には来るものだなって」
「……人を、殺す」
マヤちゃんは見た目14歳の少年が、人を殺すことについて考えていることにショックを受けているようで手元のうどんが伸びていってる。
旧劇の「鉄砲なんて撃てません」と言ってた彼女は、潔癖症という鎧でこの血生臭い世界から目を背けていたのかもな。
日向さんは「なるほど」と言ってるけれども実感がわかないのかもしれない。
そりゃそうだ、実際に経験してみないかぎりわからないよ。
オペレーター二人と別れた俺は、本部内の売店で缶コーヒーと見舞いの品を買って中央病院へと足を運ぶ。
もう見慣れた白い病室に入ると、ひとりの少女がベッドに横たわっていた。
普段明るく話しかけてきて笑顔の眩しい彼女は今、点滴と心電図の電極を付けて眠っている。
日焼けして小麦色の健康的な肌も、短く切りそろえた艶やかな黒髪もこの病室じゃくすんで見えた。
プラグを潰さなかったから四肢や内臓は無事だ、だが、一度使徒によって神経系を犯されてしまったのだ。
医官の話によると、完全に回復するかどうかはわからないらしい。
神経痛、運動障害といった後遺症が出たり、精神的な障害が発生するかもしれないという。
そうなれば陸上競技なんかできるわけもなく、二度とトラックには戻れない。
俺は、彼女にどういう言葉を掛けたらいいんだ。
「いかり、くん、なんで……」
宮下さんは焦点の定まらない瞳で俺を見る。
「ここ、どこ」
「ここはネルフの中央病院だよ、無理に起き上がらなくていい」
上体を起こそうとする彼女を手で制して、現状を説明する。
エヴァンゲリオンという兵器のパイロットに選ばれたこと、そしてその兵器が敵に乗っ取られ暴走したこと。
「ああ、だから、修学旅行、いけなかったんだね碇くん」
「そうだよ、それで……」
俺が実はエヴァのパイロットだという事を知った宮下さんは笑った。
班行動のお誘いを受けた時に、嘘をついたことを謝る。
この先、もっと謝らないといけないことがあるんだ。
「碇くんが、たすけてくれたんでしょ」
何の疑いもない目で俺を見る彼女。
俺は、君を助けたわけじゃない。
たとえ、パイロットがショック死したとしても、使徒を撃破することを考えていたんだ。
その為に覚悟を決めていた。
「違う、僕は……」
「途中で変なことになってこわかったけど、私はここにいるんだから違わないよ」
あのときの俺は、犠牲を許容していた。
何重にも言い訳を作って。
知り合い以外ならと、命を選別して。
守るべき子供を切り捨てて、勝利を掴もうとしていた。
俺はそんな自衛官になりたかったのか?
「ありがとう」
どうしてだろう、涙がとまらない、言葉が出ない。
その感謝は今の俺には眩しすぎた。
用語解説
一瞥克制機(いちべつよくきをせいし):『機甲斯くあるべし』の一節。遅疑逡巡は誤判断に劣る。機甲兵は一瞬で状況を判断し断固決意せよ。
第12旅団:空中機動旅団。ヘリコプター団による空中機動を中心とした旅団編成。普通科連隊に対戦車隊を組み込み、ヘリに乗らない戦車部隊を全廃した。エヴァ世界では陸自の空中機動旅団と異なり戦車大隊を有し、栃木、長野、群馬、新潟、第二東京を主たる担任警備地区とする。