突如眼前に現れた四人、そして迫る刃。
炎の魔剣はサクラ、そしてサクラに抱えられたロッテをも切り裂こうと空を裂き、唸る。
当たり前のように無警戒。
だが、サクラは幸運にもそのお陰でその場に尻もちを付く。
結果として、炎の魔剣レヴァンテインはサクラの頭上を通過するだけに留まった。
「……サクラは、びっくり」
抱かれているロッテで辛うじて分かる程度に目元を細めたサクラ。
驚いてるなら驚いてるなりに表情を動かして欲しいとロッテは思わざるを得ない。
だが、そんなことよりも問題は目の前の状況だ。
ロッテの視線の先には守護騎士と呼ばれる四人の騎士。
しかし、感じるのは果てしない違和感。瞳からは光が消え失せた騎士たちの姿はどこか無機質な人形を彷彿とさせる。
四人が四人共、インナーの様な黒い着衣を身に纏っている。
しかし、とロッテは一人思案する。
あの攻撃は『蒐集を目的としたものではない』。
下手をすればサクラの命を刈り取りかねない程の斬撃だった。
つまりは蒐集と排除を天秤に掛けた結果、命を刈り取らねばならない程のナニカがサクラにはある。又はあったということだ。
ロッテが思考を巡せている間にも、シグナムによる返す刃が横薙ぎにサクラの首へと放たれようとしていた。
だが、それよりもサクラの口が開くことの方が早い。
「『マジックシールド』」
威力の乗る前の剣の軌道上に突如半透明の騎士盾が現れる。
瞬間、盾と剣が衝突する鈍い音が辺りに響き渡った。
サクラは理解し始めていた。この世界でも自らの魔法の使い勝手、威力共に非常にバラつきがあるということに。
魔法使い、アコライト、プリースト。ベースの魔法使いから派生を繰り替える毎に魔法は威力を、強度を増していく。
『マジックシールド』はベースの魔法使いの段階の魔法。
それ故に貴重な盾に使える魔法でありながらも嘗てアリシアにも易易と砕かれたような、脆い魔法へと成り下がっている。
だからこそ、攻撃自体を潰す。挙動を潰す。
『マジックシールド』の利点は攻撃を受け止めるということではない。
距離に制限はあれど、突如として障害物を出現させるという点だ。
サクラの魔法は未だ扱えないもの、掌握しきれないものはあれど、魔法自体が新たには生まれることはない。
つまりは、限られた手札を有用に活用することが必須になる。
サクラ本人はそこまで深く考えてはないが、だからこそリカバリーフォグのように定形である魔法やスキルの別の用い方を模索しなければならない。
「……サクラは久しぶりに剣を見た。少し前はよく見たけど、やっぱり格好いい、ね」
両腕でロッテを抱え、語りかけながらロッテの頭を人差し指で優しく撫でるサクラ。
あくまで自らのペースを崩すことのないサクラの様子にロッテは諦めたかのように明後日の方向へと目を向けた。
あぁ。やっぱりこの子の手は温い。
というか半年前までは頻繁に剣を見てたのか。この世界って割りかし平和なんじゃなかったっけ。
なんか抱きしめられる腕に力が入って役得。と現実逃避を始めると同時にサクラという存在がロッテの中で一層理解の外へと離れていく。
〈アリア、これからどうしよう〉
〈……ロッテ、今の貴方はただの野良猫って設定だから諦めなさい〉
〈それって普通に死んじゃわないかな?〉
守護騎士四人対ちびっ子。
巻き込まれたら、いや、もう巻き込まれているが野良猫設定だとロッテは生き残れる気がしなかった。
〈……父様にはロッテは勇敢に戦ったと伝えておくわね〉
アリアは無慈悲だった。姉妹の絆とは一体なんだったのか。
〈大丈夫、安心して。きちんと結界くらいは張っておいてあげるから〉
人目に触れることなくひっそりと逝きなさいと言われた気がするが恐らくは気のせいだろう。
これはアリアのブラックジョークの類だと信じている。信じたい。信じないとやっていられない。
アイスクリームを半日ほど常温で放置して溶けていない確立くらいにはロッテはアリアのことを信じているのだ。
〈大体本当にこの子なんなの。ここで結界張らなかったら直ぐにでも大事になりかねない上、張っても誰かが結界を張ったことは分かるだろうからどこかしら綻びは生まれるだろうしでもうどうしようもないんだけど〉
ぐちぐちと念話で文句を垂らし続けるアリア。
ぼやきながらも結局はアリアが結界が展開するのを感じてロッテは苦笑いを漏らした。
◇
もはや魔力をおおまかに感じ取ることにしか利用されないサクラのリンカーコアは久方ぶりにその本懐を果たす。
突如展開された結界。守護騎士の誰かが展開したのだろうとサクラは間違った当たりを付けた。
そして、サクラに感じ取れるということは守護騎士四人も例外ではないということ。
面々はそれぞれ僅かな動揺、困惑を浮かべながらも両者は相対を続ける。
しかし、その僅かな困惑によって生まれた隙はサクラにとってチャンス以外の何物でもなかった。
剣を、槌を持つ戦士ジョブが相手ならば近距離戦は避けるべき。
ある意味究極のゲーム脳とも言える思考へとサクラは至る。そして、結界があるならば多少派手に撃ち逃げが繰り返せる。
左手で抱くようにロッテを抱え直し、サクラは尻もちを付いた状態から立ち上がった。
それと同時にサクラの頭上に現れたのは巨大な光の矢。
加減なしの矢はもはや巨大な柱のようなその存在感を以って周囲を圧倒する。
「『ライトアロー』」
人差し指を振りかざしそれと共に放たれた矢と並行して矢を追うようにサクラは走りだす。
流石に危機感を感じたのか、四人の騎士はそれぞれ思い思いの方向へと大きく跳躍して光の矢を避けた。
光の矢は穿つ。壁を、窓ガラスを。それでも止まることはない。そして隣の家屋までを突き破り、轟音を撒き散らし炸裂した。
瓦礫が舞い落ち、風通しの良くなった壁の縁から矢に追いすがるように駆けたサクラは勢い良く飛び降りた。
それを追うようにサクラによってすっぽりと開けられた空洞へとシグナムが視線を向ける。
砕かれた壁の奥から、輝きが満ち、光の羽根が舞った。
羽ばたきの音が聞こえる。
その身は飛ぶための翼を、守護の光の膜を、そして強化魔法を。
臨戦態勢に入ったサクラがロッテを抱えながら大空から四人の騎士を見下ろしていた。
最初に動いたのはヴィータだった。人形めいた表情に陰りは見受けられない。
その手に持つものはサクラの武器種別から言えば槌。
一言で言えば不人気武器。やはり斧、槌等は少年少女の趣味からは外れがちである。
だが、槌にはそれを補って余りある一撃の重さがあることはサクラも身を持って知っていた。
「……思っていたより、速い。『ライトアロー』」
重撃。そう言って差し支えないほどの一撃を与えられる代わりに攻撃速度を引き替えにする。
そんなサクラにとっての常識は魔導師には存在しない。
弾丸のようにサクラに向けて一直線に跳ねてきたヴィータを撃ち落とすべく、新たな矢は放たれた。
だが、ヴィータの冷たい双眸は静かにそれを嘲笑う。
そして、その手はアームドデバイス、グラーフアイゼンを握る手に力を込めた。
「ハッ!」
唸るような声と共にグラーフアイゼンはヴィータの肩越しにサクラではなく、光の矢へと振り下ろされた。
パァンと軽快な音が木霊する。
手加減なしのライトアローはいとも容易く、叩きつけられた槌によって捻じ曲げられ、下方へと弾き飛ばされた。
光の矢は弾ける。
巻き上げられる瓦礫。その欠片が幾度かサクラを打ち据えるがシェルプロテクションの光に遮られる。
しかし、サクラの瞳は驚愕に彩られていた。ライトアローは重単発攻撃。
ノータイムで放て、なのはのディバインバスター程ではないがサクラの中でも単体上位の威力を持つ魔法のハズだった。
想定を大きく超えた相手。サクラは認識を改め、脅威度を上方修正した。
しかし、決して勝てないという訳ではない。
叩き落としたということは叩き落とさなければいけない程度の威力はあったということなのだから。。
その上、まだ百発でも二百発でも光の矢を放てる程度には余力のあるサクラの表情には焦りはそれほどない。
サクラは幼いながらも最高クラスの資質を持つなのはやフェイトを魔導師の基準値として捉えている。
要するに魔導師とは皆極太ビームを放ち、プリーストとは別のメイジ派生ばりの落雷を起こすような規格外だと思っている節がある。
それに加えてプレシア・テスタロッサである。
幾度か垣間見た愛する娘とのデートの為にジュエルシードをハイテンションで封印していく姿はサクラと同等以上のレベルカンストの壁を破壊したような立派な人外であった。
そんな基礎ステータスから狂っている魔法少女が、愛娘とのデートに燃える大魔導師がサクラの魔導師への認識を狂わせていた。
ぽつりと呟きのように呪文を唱えるとサクラの周囲から十、二十と無数の歯車が空間から滲み出るように出現する。
その内、四つを自衛の為に残し、サクラは残りの全てを騎士各々へと放った。
だが、飛翔する歯車を騎士たちは捌き、斬り裂き、砕き、時に殴り付ける。
いとも容易く、かつ強大な威力を以って破壊されるセイントギア。
騎士シグナムは返礼とばかりにレヴァンテインを虚空に向けて振るう。
剣閃は猛火へと姿を変え、大気全てを焼きつくさんばかりにカーテンのように広がり、その質量を増す。
十数メートルにも及ぶ巨大な猛火。それは点ではなく面による攻撃。
セイントギアを主防御として扱い、シェルプロテクションを保険として張るという二重の守護。
炎は歯車では押さえきれない上に保険である光の膜すら焼き尽くすだろう。
既に目前まで迫る猛火による熱風を感じながらサクラは耐久、かつ離脱することを選択した。
「『テレポート』」
飛行するサクラの足元に広がる魔法陣。炎を背に、同じように膜に覆われたロッテを庇うように抱きしめながらサクラは耐える。
テレポートの致命的な弱点は転移までの所要時間。
サクラは火炎に飲み込まれた。
炎の渦中。ジリジリと光の膜を喰い破らんと襲いかかる炎に気をやられそうになりながら転移の完遂を待つ。
そして、それは成った。
元の位置よりも更に上空。翼が焼き尽くされずに済んだことにサクラは安堵する。
しかし、眼前には拳を振りかぶる守護獣ザフィーラ。
見事なまでの連携。だが、一つだけ誤算があるとしたならばザフィーラが攻撃手段に拳を選んだこと。
サクラの手の、魔法の届く位置に居るということ。
「『マジックシールド』」
ザフィーラの拳から鈍い音が鳴り、鮮血が舞った。
その拳には、半透明の騎士盾の底部、鋭い三角形を描く部位が突き刺さっている。
縦に召喚するのではなく拳と平行に召喚されたマジックシールドはカウンターの役割を果たしたのだ。
「……安心して欲しい。サクラが綺麗に治す」
その慈愛に満ちた声を聞いてロッテは確信した。あぁ、一人終わったと。
ロッテを抱く手から右手を外し、サクラはその小さな掌でザフィーラの砕けた拳を包み込んだ。
サクラのローブへと目と耳を押し付けるロッテ。下心は少ししかない。
ロッテはこれから起こるであろう事態を見ずに済むように身構えただけだ。
「『リカバリーフォグ』」
放出された光の粒は集う。サクラの掌へと集まり、その手は光の御手と化す。
まるで逆再生のビデオを見せられているように、破れた拳の皮は繋がり、砕けた骨は再生する。
だが、問題はそこではない。
再生が終わり、行き場を失った光の粒は一気にザフィーラの中へと流れ込んだ。
「ぉ゛ぉお゛―――わひんっ!?」
筋肉隆々の男の野太い嬌声。
トラウマとして刻み込まれそうなその声から逃れるようにロッテはサクラの腹部へと幾度も顔を摺り寄せて全てを忘れることにした。