目的の人物がサイド6に来たらしい。
話をする為にソフィアーネを連れて港へと向かう。
「思ったよりずっと早く会える事になったわね」
「色々と渡りに船でしたので」
私の後ろについて来る彼女は楽しそうに言う。
彼女は件の人物を部下にする為に交渉方法も相談に乗ってくれた。
まず相手の立場を明確にし、アクシズでの保護を条件に従うように仕向けるのがベストだとして、会話の流れや状況次第で渡す取引材料まで一緒に考えてくれた。
なんとなくだが相談中に彼女から黒い何かを感じた。
ただの侍女だと思っていたが、そうじゃないのかもしれない。
私に対する敵意はなく、むしろ逆に優しさすら感じたので味方ではあるのだろう。
「それにしてもどうやって呼び寄せたの?」
「サイド6に対する強制臨検の任務と、フラナガン機関への人材の輸送任務を行うようにさせたのですよ」
返事を聞いて彼女がただの侍女ではない確証を得る。
そして内容になるほどと思うと同時に、悪辣な事をと思った。
臨検をして中立コロニーである事を疑うそぶりをすることで、フラナガン機関の存在をより隠すことが出来る。その上、その部隊がフラナガン機関への人材――NT研究の実験体――を輸送してくるとは思うまい。
中立コロニーへの嫌がらせと、おそらくだが年端も行かない子供達の輸送。誰もしたがらない任務でしょう。
「酷い事をするのね」
「酷い任務でないと回されなかったでしょうから」
平然と言う彼女の言葉が、これから会う人物が率いる部隊の現状を表している。
戦争とはいえ嫌な事だ。
緊張している私は黙って無重力ブロックを移動する。
ソフィアーネは身内だったが、これから会う人は違う。
もうすぐ始まる会談こそ、本当の意味で私の『ハマーン・カーン』としてのデビューなのかもしれない。
頭の中で何度もリハーサルをする私の後ろから、ソフィアーネが呆れた口調で話しかけてきた。
「ハマーンお嬢様、下着が見えておいでですよ」
「え? キャァ」
言われてすぐにスカートを抑える。
無重力ブロックを移動していたからか、スカートが捲り上がっていた。
「そんなに短いスカートを穿いて来るからですよ」
「会談の場が無重力ブロックだと分かってたら、スカートを穿いて来なかったわ」
「本当ですか? 私服のほとんどがスカートだったと存じ上げておりますが」
「そうだけど……もうっ」
折角真面目に考えていたのに、緊張とは別の恥ずかしさで頭がいっぱいになってしまった。
少ししてそれが彼女なりに気を使って緊張をほぐしてくれたのだと気づく。
おかげで思ったより落ち着いた気持ちになれた。
「お嬢様、その先の部屋です」
ソフィアーネに言われた部屋の前に立つ。
特に意識する事無く、自然と指が開閉ボタンを押した。
プシュと開く扉の先、部屋の中に居た人物はヘルメットを外したノーマルスーツを着て腕を組んで立っていた。
「アンタかい? あたしに会いたいって言うのは」
皮肉げに眼を細めて私を見る女性。
部屋に入りながら、彼女の名を口にする。
「初めまして、突撃機動軍所属海兵上陸部隊、アサクラ艦隊の代理司令、シーマ・ガラハウ中佐」
腕を組んだまま動かないシーマ中佐。
私を一通り見た後に、後のソフィアーネを見ると忌々しそうに舌打ちをした。
「指令書の中に秘密裏に要人と会うようにとあったが、それがこんなお嬢ちゃんだとはねぇ」
明らかに見下した物言い。
それを聞いた背後のソフィアーネが動く気配がしたけど手で制す。
これは私がやらなければいけないことだから。
「シーマ中佐、私に従う気はない?」
「冗談はよしなさんな。なんであたしがアンタのような小娘に従わなきゃいけないのさ」
言葉も口調も馬鹿にして笑ってるけど、眼が笑っていなかった。
シーマ中佐は先程よりも私をしっかりと捉え値踏みしているかのようだ。
事実値踏みされているのだろう。私の事を小娘といいつつも、正体がわからないから侮らない所には好感を抱く。やはり優秀な人物だ。
「自身の戦後の処遇を考えたことはある?」
「なんだって?」
明らかに不快に顔を歪めた。
睨まれてちょっと怖い。
でもここで怯んではいられない。
部屋で一人で何度も練習した事をここで出す。
シーマ中佐の迫力にも負けない、私のとっておきを。
「ジオンが勝利しても敗北しても、汚れ仕事ばかりをした貴様と麾下艦隊は戦犯として追われる事になる」
「確かにあたしらは公に出来ない任務もしたけどねぇ。何もそれはあたしらだけじゃないだろうさ」
「その通りだな。だがブリティッシュ作戦で使用されたコロニーが問題だ」
練習の成果か、Zの時の自分のように威圧を持って話せている気がする。
私の言葉にシーマ中佐が動揺して組んでいた腕を解いて後ろに一歩下がった。
手応えを感じ、そのまま話を続ける。
「スペースノイドの独立自治を掲げるジオンが、同胞であるコロニー市民を毒ガスで虐さ……」
ここで私は思わず言葉を止めた。
予定ではシーマ艦隊が行ったと言われる毒ガス事件の話しをして、勝利の場合もキシリア辺りが喜んでスケープゴートとして処刑するだろうし、敗北しても同胞のジオン及び他のコロニー群からも見捨てられるだろうと言うはずだった。戦後どっちにしろ行き場のない事を自覚させる為だ。
そしてアクシズでの保護を餌に部下に――というのがソフィアーネが提案した方法だ。
会話は順調に進んでいた。
しかし私は続きを言えなかった。
「ち、違うっ。知らなかったっ。あたしは知らなかったんだっ! あんなことになるなんてっ!」
落ち着いて余裕を見せていたシーマ中佐が明らかに狼狽していた。
自分を抱きしめる様に崩れ落ちていくシーマ中佐。
私の中に何かが入ってくる。
戸惑い、恐怖、後悔、悲しみ。
MSのコクピット内で震える中佐。
彼女の感情が流れ込んできて、まるで自分が体験したかのような錯覚を覚える。
他人の感情を感じ取る感覚。
自分がNTで在ると言うことを実感させられた。
シーマ中佐の感情を感じ取り動けなくなった私に、ソフィアーネが小声で「後一押しです」と言ってくる。確かに後一押しで恐怖で縛ることはできるかもしれない。だけど彼女の感情を感じた私はそれをしたくなかった。感じた感情は後悔や悲しみ、罪悪感ばかり。覚悟どころか何をするかさえ知らされずに罪科を背負わされた人を、恐怖で縛るなんてしたくない。
流れ込んできた感情から立ち直った私はシーマ中佐に近づいた。
うわ言の様に何かを呟き震える彼女を優しく抱きしめる。
「ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまいました。貴女を責める気はないの。あれは貴女が望んでやった事じゃないってわかっています。大丈夫。大丈夫だから」
抱きしめて背中をさすっていると、徐々に震えが収まってきた。
私の目標は自分に出来る範囲でのより良い未来を迎える事だ。
それは決して誰かを踏みにじったり不幸にする事ではないはずだ。
もし他人を踏みにじり我を通し続ければ、訪れるのはキュベレイと共に沈む未来だろう。
自分が手段を間違えていた事をはっきりと自覚する。
「貴女と貴女の部下達が望んで汚れ仕事をしているわけじゃないのは知っています。ですが、今の私にそれをやめさせる力はありません」
抱きしめる腕の中から失望の気配が伝わってくる。
悔しいけど今の私には力がない。
「だけどせめて、戦後……今の戦争はおそらく今年中に終わります。その時はアクシズに来て下さい。貴女方が上からの命令で強制的にやらされていたとお父様に伝えれば、きっと分かってくれます。身分や名前を変えることにはなるかもしれませんが、見捨てないと誓います」
私の意志をはっきり伝え離れる。するとシーマ中佐は戸惑った眼で私を見つめた。
「アンタは一体……」
「あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はハマーン・カーン。アクシズ司令、マハラジャ・カーンの娘です」
にっこり笑いながら自己紹介をした。
ソフィアーネから預けていた物を受け取り、まだ戸惑っているシーマ中佐に渡す。
「私がアクシズに居ればいいのですが、居ない場合はそれをお父様に見せてください。貴女達の事をお願いする動画が入ったディスクと私の直筆の手紙です」
本当はシーマ中佐の態度次第で渡すか決めるはずだった。
だけど彼女の感情に触れて、無条件にディスクと手紙の両方を渡す事にした。
「今の私には戦争に干渉する力がありません。しかし今は無理でも、少しでも良い未来を手に入れる為に動いていこうと思います。シーマ・ガラハウ中佐、貴女にはそれに力を貸して欲しいと思っています」
ディスクと手紙を握り戸惑ったままの彼女を残し部屋を後にした。
「来るでしょうか?」
「さぁ? わからないわ」
帰りにソフィアーネが尋ねてきたけど、私にもどうなるかわからない。
もしかしたら海賊になって地球圏に留まるかもしれないし、トラウマを思い出させてしまったから今日の事が切欠で連邦に亡命するかもしれない。
でもなんとなくだけど――
「来てくれるんじゃないかしら。アクシズへ」
読んで頂きありがとうございます。
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何故かシーマ様だとバレバレでしたが、シーマ様登場です。
ソフィアーネさん推薦の脅迫じみた手段で部下にするほうが、Zでのハマーン様っぽいと思うんですが、こうなりました。
このお話のハマーン様は半分くらい優しさで出来ているかもしれません(*´ω`)
ガンダム題材なのにMSが出て無い事に気づきました!
次回、出せるかな……。
その前にスカウトという名の……。