盾斧の騎士   作:リールー

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 時間をかけたのに、自分でも納得いかない出来になってしまった…。





第七話 行く末を見据えて

「――色々考え中ですけど、今のところの一番は、教師ですかね」

 

 カリムからの質問に少し悩んだが、顕正はそう返した。

 

 

 シャッハとの模擬戦を終えた後、そのままシャッハに稽古をつけてもらい、気付けば昼近くまで時間が過ぎていた。

 午後からはカリムと、本来の目的である歴史検証の時間であるため、顕正は慌てて汗を流し、食堂で昼食をとった。

 そしてシャッハと合流してからカリムの執務室へ赴き、専門家によってまとめてあった現在確認の取れているベルカの歴史と、確証はないが恐らくこうであっただろうという空白の歴史を見て、グランツ・リーゼに記録と照合していく作業を始めた。

 

 ちょうど作業に区切りがつき、少し休憩時間にしましょう、というカリムの提案の元、ティータイムと洒落込んだ。

 カリムが、

 

「顕正さんは、将来の夢というものはありますか?」

 

 と質問したのは、そんな時のことである。

 

 

 

「教師、ですか?」

 

「えぇ、実は、亡くなった両親は生前教職についていまして。……まだ自分も幼くて、あんまり覚えているわけではないのですが」

 

 顕正の両親が事故で亡くなったのは、顕正が小学二年生の時だ。その後引き取ってくれた祖父から、よく両親の話を聞かされた。

 

「では、ご両親と同じ職に就きたい、と」

 

 シャッハの言葉に、照れ臭さが出て来て頬を掻きながら、

 

「正確に言うと、両親がどういう風に生きていたか、っていうのが気になるんですよね」

 

 二人の見ていた日常は、どんな景色だったのだろう、と。ふとした時に、顕正は思ったのだ。

 両親との記憶は確かにあるが、それは家族としての日常で、それ以外にも仕事の時の日常があっただろう。

 顕正は、両親がどんな風に仕事をしていたのかを知らない。祖父からの話は主に両親が若い頃の話ばかりであったし、両親の同僚と話したこともほとんどないからだ。

 

「なるほど……」

 

 顕正の言葉を聞いて、思案顔のカリム。その横ではシャッハが、目標のあることは良いことです、と頷いている。

 そしてカリムは少し迷いつつ、顕正に伝えた。

 

 

「このようなことをお聞きしたのは、顕正さんには将来、聖王教会の騎士として生きるという選択肢があることをお伝えしたかったからなのです」

 

 

「……自分が教会騎士に、ですか。」

 

 顕正の確認に、カリムははい、と頷いた。

 

「もちろん、今まで通り、地球で生活することも可能ですし、また、時空管理局で働くことも選択肢の一つです」

 

 顕正さんのようなケースだと、時空管理局に入るという選択肢が一般的ですね、と。

 

「偶然魔法文明に関わってしまった方は、その多くが管理局に入局しますし、何かしらの事情で生まれ育った世界を離れたくない方も管理局に魔導師登録をして、魔法を隠して生活されます」

 

 カリムの言葉を聞いて、顕正ははやてに連れられて一度だけ訪れた時空管理局本局を思い出す。

 街を一つ内包する巨大な次元艦である本局で、顕正が本格的に魔法文明に関わるきっかけとなった誘拐事件の事情聴取を受けたのだ。

 最初は事情聴取と聞いて、数日間に及ぶ長期戦を想像したのだが、実際に受けてみれば事情聴取自体は一時間も掛からない呆気ないものだった。しかしその後には、事情聴取を行った管理局員の熱烈な勧誘が待っていた。

 君も一緒に次元世界の平和を守らないか!?と、熱い正義感を瞳に宿しながらのそれに顕正は、考えておきます、とだけ返した。いきなり言われて困惑したこともあるが、そもそも顕正は特別正義感の強い人間ではない。目に見える範囲の悪事であり、それにより自分に害がなければ動かないだろう。誘拐事件は偶然目にし、尚且つ自分に解決の手段があったから動いたに過ぎない。次元世界の平和を守る意思など、持ち合わせていなかった。

 

「管理局に所属することが悪いことだ、などというつもりはありませんが……」

 

 私自身、教会と管理局どちらにも籍を置いていますし、と前置きをしたカリムに、そういえば自己紹介のときにそんなことを言っていた、と顕正は思い出す。

 

「顕正さんのような古代ベルカ式の使い手であり、また『騎士』の呼び名に相応しい技量をお持ちの方には、是非聖王教会に所属していただきたいのですよ」

 

 ミッドチルダ式魔導師の多い現代で、古代ベルカ式を扱う騎士は数少ない。ベルカ式の使い手はそれなりにいるが、それはベルカの技をミッド式によってエミュレートした近代ベルカ式のものばかりだ。改悪されているわけではないのだが、歴史と伝統を守る聖王教会には古代ベルカ式の騎士を確保したい、という考えがある。

 しかし当然のことながら、新しく見つかる古代ベルカ式の騎士という存在はそうそう居ない。古代ベルカはとうの昔に崩壊した文明だ。

 そんな時代の人物が生存していることなどありえないし、古代より代々受け継がれてきた数少ない名家の人間は、すでに管理局か教会に所属している。

 グランツ・リーゼのような古代ベルカ時代のデバイスと、その指導のもと鍛えた、無所属の顕正は、極めてレアな存在と言える。

 

「もちろん、すぐに返事をして頂く必要はありません。顕正さんはまだ学生ですし、魔法文明に関わって日が浅いこともあって判断のための情報も少ないでしょう。ただ……」

 

 将来の選択肢の一つとして、考えて見てくださいね、と。

 カリム・グラシアは微笑みとともに言うのだった。

 

 

 

 

 

 歴史検証を終え、顕正が執務室を出た後のこと。

 

「――些か、早急すぎたのではありませんか?」

 

 シャッハは仕事を終えて紅茶を飲みカリムに問いかけた。

 顕正を聖王教会に勧誘することは、その存在を知ってからすぐに決定した計画だ。なんとしても引き入れるように、と教会の上層部から指示もされており、少なくとも管理局に渡すな、と言われている。

 計画では一ヶ月以上の時間をかけて、じっくりと顕正の思考を誘導するはずであった。会話の合間に聖王教会に所属した際のメリットと、管理局に入局した際のデメリット、地球での生活を続けた時に発生する制限などを顕正に伝え、今回の来訪が終わる頃には次回の長期休暇の際にまた教会本部へ訪れるという約束を取り付ける、といった流れである。

 今日のカリムのような、教会が古代ベルカ式の騎士を欲しているので所属して頂きたい、という下手に出た交渉ではなく、顕正自身が進んで聖王教会に所属したい、と思わせる計画だったのだが、カリムはその計画を無視して勧誘を行ったのだ。

 

「そうね、確かに早すぎるかもしれないけれど……。シャッハ、貴方は顕正さんと模擬戦をしてみて、どう思った?」

 

 いきなりの話題転換にシャッハも不思議に思いつつ、午前中の模擬戦とその後の稽古を思い出す。

 

「……勝ちを急ぐ傾向があり、まだまだ若いと言わざるを得ません。しかし、とてもではありませんが、アレで魔法に関わってから三年間しか経っていないなんて、信じられません」

 

 古代ベルカの記録を元に鍛え続けたというが、顕正の対応力には目を見張るものがある。

 模擬戦中、シャッハの攻撃をほぼ防ぎ切っていたことが何よりの証だ。

 

 シャッハが得意とする高速戦闘は、ただ単にスピードがあるだけではない。

 普通の高速移動も得意な内に入るが、その真髄はシャッハの手持ちの魔法の中で最も多用される、『転移魔法』にある。

 シャッハの転移魔法適性は聖王教会でも随一で、本人の修練の成果もあり、戦闘中の『超短距離転移魔法』をデバイス無しで行えるほど。

 高速移動にあるような、方向性の見えてしまう『入り』や『抜き』もなく、瞬間的に相手の死角から攻撃を可能とするその戦闘スタイルは、分かっていても防ぎ切れるものではない。

 それを顕正は、感覚的な行動ではあるが防御出来る。

 莫大な時間を修練や戦争に注ぎ込んだ、シグナムたちヴォルケンリッターのような存在であれば納得出来るが、顕正は経験も浅い若手の騎士だ。

 一級品の戦闘感を持った、努力を怠らない有望な騎士。

 それがシャッハから見た顕正である。

 そう伝えると、カリムは頷く。

 

「そう、私も覗き見させてもらったけれど、あれだけの動きのできる騎士は、そういないでしょうね。そして事前のはやてから聞いた情報もあって、てっきり彼は、生粋の『騎士』なのだと思っていたのだけれど……」

 

 笹原 顕正という少年は、意外にも『普通の少年』だったわ。

 カリムのその言葉に、首を傾げたシャッハ。

 あれのどこが普通の少年なのか。

 戦闘能力は教会所属の騎士に引けを取らず、二人以外の教会の人間に対しても丁寧で、礼儀作法もしっかりしている。正直、今すぐ教会騎士として働き始めても問題ないぐらいの紛れもない『騎士』だ。シャッハにはそうとしか思えないが、

 

「いえ、言い方が悪かったわね。私が言いたいのは、彼は平常時の『ただの学生』と、戦闘時の『盾斧の騎士』とで、思考回路が完全に分かれている、ということなの」

 

「……思考が、分かれている……?」

 

「切り替えている、と言ってもいいわね。ベルカの誇り高き『盾斧の騎士』と、地球の日本という平和な世界の学生とで」

 

 それがはっきり分かったのは、顕正の将来の夢を聞いた時だ。

 カリムとしては、顕正の行く末は当然、戦場で活躍する騎士――聖王教会か、時空管理局かは不明だったが――を目指しているものだとばかり思っていた。

 それが蓋を開けてみれば、帰ってきた答えは『教師』である。

 教職者を目指すことが悪いとは言わないが、アレだけの戦闘能力を持っていて、教師になりたいなど、信じられない話だ。

 しかしそれは、カリムやシャッハのような、生まれた時からベルカの思想に触れていた者から見た話でしかない。

 力を持つ者ではあるが、顕正にとってそれは三年前から突然始まった、言わば『イレギュラー』な状態。

 争いのない平和な世界で、実際に力を振るう機会もなく、ただひたすら研鑽に努めていたが、あくまで日常の外での出来事だ。

 力があるからと、常日頃から騎士としての思考を保っていては、すぐに周囲から排斥されてしまう。平和な場所に、騎士の居場所はないのだ。

 

「――なるほど、騎士ケンセイの思考が分かれていることは分かりました。しかし、それと早期の勧誘と、どう繋がるのです?」

 

「ふふ、察しが悪いわねシャッハ。今回の顕正さんの訪問を、彼の側から考えて見なさい。そして彼が今、聖王教会に対してどんな考えでいるのかも」

 

 そう言われ、考えてみる。

 シャッハたち聖王教会側から見ると、彼は来賓だ。

 わざわざ管理外世界から、古代ベルカの記録を持つアームドデバイスを持ち込み、歴史検証をさせてくれる貴重な人物であり、また自身も高い技量を持つ騎士でもある。

 

 では、顕正の立場から見れば、どうだ。

 

 魔法知識が少なく、古代ベルカの記録の重要性を余り理解出来て居らず、比べる相手が居なかったために自身の技量がどれだけのものであるかも正確に把握出来ない顕正という少年。

 それを踏まえて考えれば……。

 

「……彼はすでに、聖王教会に対して恩義を、少なくとも好意的な印象を持っていると……?」

 

 その答えに、カリムは笑顔で正解と返した。

 

「彼が普通の少年の思考をしているとすれば、今回の歴史検証は『働かせてもらっている』という認識のはずよ。しかも、その合間に、現役の教会騎士に『稽古をつけてもらえる』」

 

 ありがたいことだ、と。

 そう思っているはずだ。

 

「そんな、いや、でも確かに……」

 

 思い返せば、昨日のこと。

 来賓として対応したシャッハに、そこまで気を使っていただかなくても、と顕正は言っている。

 その時は、謙虚な少年だな、としか思わなかったが、その発言が、普通の少年のものだと考えれば、どうか。

 『働きにきた場所』で、年上の相手が謙った対応ばかりしてくることに焦り、自分はそんな大層な人間ではありませんよ、そう考えたのではないかと。

 午前中の模擬戦と、その後の『訓練』もそうだ。

 確かにまだ経験不足ではあるが、技量自体は現役の騎士となんら遜色のない顕正。

 しかし模擬戦を始まる前、顕正はシャッハに頼む時に言ったのだ。

 

 自分に『稽古』をつけてくれないか、と。

 

 それらが、顕正が考える自分の立場を、こちらの扱いよりも低く見ていたからだと考えれば、なるほどしっくりくるものがある。

 

「そんな状態の時に、こちら側から下手に出て『教会に所属して頂きたい』と言われたら、普通の少年はこう思うんじゃないかしら?」

 

 恩義のある聖王教会に頼まれたら、断れないな、と。

 

「まぁ、憶測ばかりで穴は多いでしょうけど、でも彼の思考が一般人と同じ状態であるなら、仮に教会に所属しなくても思うはずよ。――聖王教会の『頼み』を断ってしまったのだから、別の形で恩義を返そう、って」

 

 そうなってしまえば、もう大丈夫だ。

 教会所属を断った『負い目』から、管理局に入ったとしても教会から何らかの要請があれば動いてくれる。地球に残ることになっても、同じくだ。

 

「だから、このタイミングで良かったのよ。きっとしばらくすれば、顕正さんも色々なことに気付いて、完全に自分の思考だけで判断してしまうわ。そうなる前に、植え付けておいたのよ」

 

 聖王教会との、楔を。

 

「……。」

 

「あら、何か言いたそうね?」

 

 ふふふ、と微笑むカリムに、シャッハはため息を一つ。

 

 

「――いえ、別に。……ただ、『大人気ない』とは思わなかったのですか?」

 

 

 

 

呆れたような眼差しを向けられて、カリムの微笑みはほんの少しだけ強張ったという。

 

 

 




カリムさん動かし辛い…。
腹黒さを出したかったのだけど、うまく表現的なかったなぁ。



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