尚、ゲームだとできないけど、チャックスになら出来そう、という動き有り。
それはまさに、人生で最高の日であった。
参列する友人たちの拍手を受けて、自分たちが本当に祝福されていることを改めて思い知る。
神聖なる教会、その中央で、彼は相手を待つ。
父に手を引かれながらヴァージンロードを歩み、自分の元へやってくる最愛の花嫁。
二人で決めた純白のウエディングドレスを着た姿は衣装合わせの時に一度見たはずなのに、その美しさに耳が赤くなるのを感じた。
歩みを進めた花嫁は歩きながら、ヴェールの下から笑顔を向けてくる。
祭壇の前で、正式に自分の義父となった花嫁の父とバトンタッチし、万感の思いを込めて握手を交わす。
花嫁とともに歩き出し、自分たちの神聖なる誓いの証人となってくれる牧師の元へと進んだ。
牧師の問いかけに、誓います、と静かに返せば、花嫁にも同じように問いかけ、花嫁もまた、誓います、と言葉を紡ぐ。
そして、互いに愛を込めた指輪を交換する。牧師が祝福のために重ねた二人の手はどちらも緊張のためか少し冷たかった。
では、誓いのキスを。
牧師の言葉に、花嫁のヴェールを上げた。少し恥ずかしそうな、しかし幸せを噛み締めるかのような花嫁の顔を見て、自分の顔がにやけているのが分かる。
近づいて行く二人の顔。
その途中で、花嫁が小さく呟く。
「――一緒に、幸せな家庭を築こうね、けんちゃん」
朝。
直ぐに目に入った見慣れぬ天井を無視して、ガバッと身を起こした。
周りを見渡し、――ここがベルカ自治領、聖王教会本部の客室であり、自分が歴史検証のためにこの地に滞在していることを思い出す。
枕元に、鈍色に輝く相棒の姿を発見。
『Guten Morgen. 』
「……あぁ、おはようグランツ」
ふぅ、と一つため息をつき、
「――夢で、よかったー!!」
笹原 顕正は、心の底から安堵した。
ベルカ滞在二日目、顕正は昨日のうちに聞いておいた、教会騎士の修練場まで足を運んでいた。
昨日は簡単な顔合わせと自己紹介をし、本格的に歴史検証をするのはまた明日から、という形で話が終わった。
それからシスター・シャッハによる教会本部内の案内が行われ、そうこうしている内に日が沈み、食事、入浴の後、就寝となった。
朝の夢は忘れよう、所詮夢は夢である。
まだ朝早く、他の誰の姿もない修練場で剣を振るいながら、顕正はひたすらにそれだけ考えていた。
割とあり得そうな未来だから余計に恐ろしい。一つ選択肢を間違えただけであの未来に行き着いてしまいそうだ。
アグレッシブな従姉の魔の手にいつの間にか絡め取られ、なし崩しに結婚までいってしまう可能性を考えると、その恐ろしさに身震いする。
ちなみに一つ補足しておくと、別に顕正は従姉のことが嫌いなわけではない。むしろ普段の振る舞いには好感が持てるほうではある。しかし、垣間見える愛の重さが怖いのである。従姉の子供っぽさと同時に独占欲の強さを知る顕正は、アレを受け入れたら人生決まるだろうな……と思っている。
そうして『悪夢』を忘れようと訓練用の木剣を振るう顕正に、声をかける人物がいた。
「――おはようございます。朝から精が出ますね、騎士ケンセイ。勤勉であることは良きことです」
「――おはようございます、シスター・シャッハ。未熟なこの身には、鍛錬が欠かせないだけですよ」
素直に返した顕正に、それを勤勉と呼ぶのですよ、とシャッハは微笑んだ。
本部内の案内を受けているときに、自分にそこまで気を使っていただかなくても結構です、と告げた顕正。それからシャッハは、顕正を来賓としてではなく、研鑽中の若き騎士として扱ってくれていた。
修道服ではなく、動き安そうな運動着を着ていることから、シャッハもまた稽古のために修練場に来たことに気が付く。
「普段であればこの修練場も、教会の若い騎士見習いでいっぱいになっているのですが、教会もちょうど休暇のシーズンですから、このように人がいなくて寂しい限りでして……」
騎士ケンセイの姿があって嬉しいです、と。
微笑むシャッハに、少し恥ずかしさを覚えた顕正。顕正にとってこの時間に修練を行うのは、最早日課といっていいほどであり、称賛されるとは思っていなかったのだ。
そして、せっかくベルカの地で、現役の教会騎士との朝稽古である。
もしよろしければと、顕正はシャッハに一つ頼んでみることにした。
広い修練場にて、顕正は相棒を起動させる。
「グランツ、騎士甲冑を」
『Jawohl. (了解。)』
群青のベルカ式魔法陣が展開され、顕正は騎士甲冑を纏い、大盾と長剣を装備する。
少し離れた場所でシャッハも騎士甲冑――ノースリーブで腕の自由度の高い、軽装甲を身につける。そして手には、二本一対の双剣型アームドデバイス、ヴィンデルシャフトを展開した。
顕正の頼みとは、戦闘経験の浅い自分と模擬戦を行って欲しい、というものであった。
それをシャッハは快諾。元より、歴戦の騎士であるシグナムと渡り合ったと伝え聞く顕正の腕を確認したかったのである。
幸い、未だ修練場には二人の他に姿はなく、激しく戦闘を行っても迷惑にならない。
すぐに始めよう、と互いに装備を整えた。
「――『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼ」
「――聖王教会所属、修道騎士シャッハ・ヌエラと、『風を起こす者』ヴィンデルシャフト」
互いに名乗り、構える。
顕正、二度目の騎士との戦いが始まった。
初手、攻め込んだのはシャッハである。
双剣といいつつ、形状はトンファーであるヴィンデルシャフトを回転させ、正面から顕正に叩きつけた。
当然顕正は大盾で防ぎ、左手の長剣でカウンターを狙う。
シャッハにとってもそれは予測の範囲内で、剣撃を軽くスウェーで躱し、そのままバク宙の要領で蹴りを放つ。
下からの強襲に、顕正は焦らず身を引き、すぐさま盾を使って殴りつけたが、その時にはシャッハは回転の勢いを使って攻撃範囲から逃れていた。
今度はこちらから、と顕正が盾を構えて突進すれば、シャッハは残像が残りそうな速度で横に移動。大盾のカバーが効きにくい左側から、顕正に迫る。
可動範囲上、盾での防御は諦め、左手の長剣を肩まで引く。僅かなタメの後、
「『燕返し』っ!」
二連の斬撃が飛ぶ。
魔力を伴って伸びたその斬撃がシャッハに直撃する、その瞬間である。
ふっ、とシャッハの姿が掻き消えた。
どこに消えた、と一瞬の思考、そして脳に走るゾクリとした悪寒。
感覚に身を任せて盾を後ろに動かせば、ガキンっと金属音。
視線をそちらに向ける前に背後の気配は消え、今度は上から感じる殺気。
盾でも剣でも間に合わないと判断した顕正は、魔力による左足の強化を瞬間的に増大させ、サイドステップの形をとって大きく右にスライドすることで、ヴィンデルシャフトの振り下ろしを回避した。
「……」
「……」
言葉はなく、お互いに見つめ合う。
顕正はシャッハの高速移動に感覚でしか反応できず、攻め手が見えないでいた。
そしてヒットアンドアウェーの高速戦闘では手数の少ない顕正に分が悪く、また小刻みな剣撃ではグランツ・リーゼに溜まる撃力エネルギーが少ないため、次に繋げにくい。まだカートリッジ一本分しか溜まっていないのだ。大斧に変形させるにはまだ早い。
どう攻めるか、顕正は悩む。
シャッハのほうも同じく、攻め悩んでいた。
戦闘経験が浅いという話だが、顕正の状況判断能力は高い。シャッハの奇襲にも的確に対応し、まだ一撃もクリーンヒットが取れていない。
また、大盾と長剣という重装備であるにもかかわらず、顕正のフットワークが軽いのも想定外だ。
先ほどの上からの一撃は、確実に入ったと思ったのだが、蓋を開けば一瞬で離脱された。
硬い防御に加えて、機動力もある。
攻めるには難しい相手だった。
(騎士シグナムと渡り合ったというのは、やはり本当のようですね……)
顕正の立ち居振る舞いを見て、優秀な騎士であることは見て取れたが、この若さでこれだけの技量。戦乱期のアームドデバイスにしか師事をしていないなど、とても信じられない。生まれ持ったセンスだけではなく、努力を積み重ねたのだろう。
それならば、
(例え模擬戦であっても、全力でお相手するのが騎士の礼儀というものです!)
シャッハ・ヌエラの攻撃は、速さと手数だけのものではない。
速いだけでは、避けられる。手数だけでも防がれる。
だというのなら、更に『重さ』を重ねよう。
「ヴィンデルシャフト!」
ガシャリと、非人格型アームドデバイスはカートリッジを炸裂することで答えた。
今までの、速さに重きを置いた連打ではなく、魔力カートリッジにより底上げされた、重連撃。
「ぐっ!――かはっ!?」
顕正は盾で防ぐものの、重い連打に怯み、直後に後ろに回り込んだシャッハの鋭い打撃を受けてしまう。
喰らいつつも剣で反撃するが、その時にはシャッハはもう攻撃範囲を離れていた。
そこからシャッハの猛ラッシュが始まった。
四方八方から強襲する打撃に、防御もカウンターも間に合わない。
大部分は盾と剣での防御に成功しているが、その隙間を縫って蹴りも入る。
形勢は少しずつ、シャッハに傾いていた。
この分なら、削り切れる。
そう感じたシャッハだったが、まだ油断はしていない。
(さぁ、いつ『出す』のですか、騎士ケンセイ?)
シャッハはシグナムが危機感を抱いたという、グランツ・リーゼの『変形』を警戒していた。
防御を抜いて浸透する炸裂打撃。
歴戦の騎士であるシグナムをもってしても、直撃したら行動不能を覚悟するその一撃。
もっとも、
(……この状況では変形する暇もないですかね!?)
未だラッシュは続いている。非才の身であると自負しているシャッハは日々の鍛錬を欠かさず、継続戦闘に耐えうるスタミナを身につけている。
顕正が息切れを待っているとしたら、それはしばらく先の話だ。
動きのない顕正に襲いかかりながら、観察を続ける。
そして、ようやく、顕正が動いた。
「グランツ!」
『Jawohl. (了解。)』
まだラッシュ中である。そんな中の、防御を捨てた形態への変形か。
無謀な賭けだ、とシャッハが判断したが、それは間違いである。
グランツ・リーゼは変形を行ったわけではない。
構えた盾はそのままに、顕正はシャッハに剣を向けただけだ。
剣の切っ先には、群青色のベルカ式魔法陣が展開されている。
まさか、と。
思った瞬間には、放たれる。
「――『刹那無常』!」
煌めく群青。
まさしく、刹那限りの一撃。
存在したのは一瞬だけで、その光はもう確認出来ない。
その光が、『砲撃魔法』であることにシャッハは気がついていた。
一瞬しか存在は保たれなかったが、その砲撃は本能で回避に移ったシャッハの髪を掠めている。
そしてその隙をついて、顕正は愛機に呼びかけた。
「――グランツ!アックス!」
「Axtform. (アクストゥフォルム)」
剣をそのままに、盾を動かす。
盾の中心に内蔵された鞘に突き刺せば、回転移動した盾が開く。
完成した大斧を手に、顕正は反撃を始めた。
(……変形の隙を作るまでは素晴らしいですね。しかし、この状況でそれは悪手ですよ!)
大斧を振りかぶって迫る顕正だったが、シャッハはそれでも余裕があった。
大斧の火力は驚異的である。
しかし、それは当たればの話だ。
盾と剣を一体化させた大斧は、顕正の鍛えた膂力と、豊富な魔力にものを言わせた身体強化を合わせても、まだ重いのである。
重さがあるので振り下ろしの速さはあるが、それを避けられればリカバリーが効かない。
機動力のある長剣形態のときでさえシャッハに速度で劣り、当てることが出来なかったのに、更に遅くなった大斧でシャッハを捉えることはできないだろう。
しかも防御も捨てたこの形態、シャッハにとっては攻めやすくなっただけである。
顕正の振り下ろしを余裕を持って躱し、回り込みつつ背後から勝負を決める一撃を放つために、右のヴィンデルシャフトを引いた、そのときである。
『Freilassung. (解放)』
轟音。
衝撃。
それが辺りに響いた時には、グランツ・リーゼが横からシャッハに迫っていた。
(っ!?衝撃の反動で無理やり反転させたのですか!?)
慌てて攻撃しかけていた右も合わせ、両方のヴィンデルシャフトで受け止めるが、それこそ顕正の狙い通りである。
「グランツ!」
『Freilassung. (解放)』
再びの轟音。
「くっ!!」
その衝撃のあまりの重さに、受け止めた双剣が手を離れて宙に放り出された。
(もらったっ!)
その隙を見逃さず、顕正は大斧を振りかぶる。
ヴィンデルシャフトを弾き飛ばした以上、もうシャッハは防御を行えない。
そんな衝動に身を任せた顕正は、
「――まだまだ、ですね」
無手のまま足元に沈み込んだシャッハの動きに反応できず、足払いを受けて転倒させられた。
ハッとするが、もう遅い。
宙を舞っていた双剣はシャッハの手元に戻り、無防備な顕正の喉元に突きつけられていたのだった。
「……参りました」
『……Verloren.(敗北。)』
シスター・シャッハのどこら辺が『非才の身』なのかと問いたい。
あと、シスターの蹴り技が目立つのは当然トンファーキックから。