やれば、できる!
季節は冬に向かっている。
海鳴市も既に肌寒い時期に入っており、街を歩く人々は少し足早に家路につく。
そんな夜の街の上空。
限られた空間を世界から切り離す、ベルカ式の魔法、『封鎖領域』という結界魔法の中に、二人の騎士の姿があった。
片方は、軽装のメタルプレートに、髪の色と同色の濃い桃色を基調とした、ファッション性の高いバリアジャケットを身に纏う女性――シグナム。
そしてもう片方は、利便性、合理性に重きを置く、鋼色の甲冑を装備した少年、顕正だ。
空に立ちながら鋭い瞳を向けてくるシグナムを見ると、顕正はどうしても『あの日の夜』を思い出す。
夏休みの前、自身が本当の意味で騎士として戦った、初めての夜だ。
チンピラを一蹴したあと、勘違いから始まった激闘。
鍛え上げた年月が無駄ではなかったと、心の底から認識出来た日。
あの日、確かに決着は着いていなかった。顕正が渾身の一撃を放つ直前で止めが入り、それでおしまいになってしまった。
あのまま続けていれば、まず間違いなく顕正は倒れていただろう。強力過ぎる『必殺』は、自らの体に多大な負担を掛ける。実戦経験の少なかった顕正では、その負荷に耐えられなかった。
(――でも、それだけじゃない)
レヴァンティンを抜くシグナムを見据える。
もしあの夜、はやての制止が間に合っていなかったら。
先ほどの想像の通り、顕正は倒れていた。
しかし、それが直撃したシグナムが倒れないというイメージが湧かないのだ。
『盾斧の騎士』必殺の一撃は、歴戦の騎士であるヴォルケンリッターのリーダー、烈火の将であろうと粉砕しうる。
その自負が、心の奥底でずっと燻っていた。
あの日の続きを、今から始められる。
戦いへの高揚が、顕正の全身に熱い血液を巡らせる。
あれから顕正は、更に強さを得た。今の自分が、烈火の将にどれだけ通用するのか。
「――さぁ、始めるぞ笹原」
「――はい!」
共に準備は出来ている。
あとは、
「ヴォルケンリッターが将、『剣の騎士』八神 シグナムと、『炎の魔剣』レヴァンティン!」
「『盾斧の騎士』笹原 顕正と、『光輝の巨星』グランツ・リーゼ!」
いざ、
「「参る!」」
夜の空で激突する二人の『魔法使い』。その光景を、サユリは少し離れたビルの屋上から見ていた。目の前には、細部を見られるようにと、何もない空間に投影された半透明のディスプレイがある。
昼に突然訪ねてきた、顕正の知り合いのシグナムという女性。
話の途中から、自分には理解の出来ない内容になってきていた。
そして彼女が発した、『決闘』という単語。
この現代日本で、何を時代錯誤な、と思ったのは、あの場でサユリだけだった。
その後、急な話だが担当者に申請を通してくる、とシグナムが一旦笹原家を去り、話の意図が掴めないサユリと、神妙な面持ちの顕正が残された。
いつか話そうとは、思っていた。
そう切り出した顕正の話は、到底信じられるようなものではなかった。
魔導士、次元世界、時空管理局、そういった、フィクションにしか思えない『世界のこと』を話す顕正。
それについては、未だに全て信じたわけではない。顕正がそんな嘘をつくとは思わないが、誰かにそう教え込まれて信じ切っているだけかもしれない。
しかし、ではなぜ顕正がそんな世界に関わるようになったのか、と問うた時、彼は胸元から一つのネックレスを取り出した。
何故、笹原家の人間の瞳が、普通の日本人のダークブラウンではなく、明るい鳶色なのか、その理由を語ったのは、顕正ではなくそのネックレスだった。
祖父の遺品整理の時から、顕正と共にあるグランツ・リーゼと名乗った喋るネックレス、そしてサユリの目の前で『変身』して見せた顕正を目の当たりにしても全て嘘だと断じるほど、サユリの頭は硬くない。
そして『そんなこと』よりも、サユリには理解出来ないことがある。
「……それで、なんでけんちゃんが戦うことになるの……?」
何故顕正とシグナムが今戦っているのか、サユリが分からないのはそこだ。
一応、夏に二人が戦ったことがあり、その決着が着いていなかったことは聞いた。しかしどうしてシグナムが唐突に再戦を申し込んだのか、その意味を、顕正は語らなかった。
終わってから話すよ、そう言った彼の顔が、目に焼き付いて離れない。
いつだって顕正は、サユリに大事なことを話してくれない。
高校から海鳴市で一人暮らしをするつもりだったことも、サユリの両親に許可を得て、試験以外の問題がなくなってから聞かされた。
魔法のこともそうだ。
祖父が亡くなった後で、一緒に暮らしていた顕正だって悲しかっただろうに、そんな時期に唐突に『魔法』に関わって、秘密にして。
言われたからといって、力にはなれなかっただろう。
それでも、せめて一度でいいから。
「――悩みくらい、打ち明けてくれたっていいじゃない」
顕正の『姉』でありながら、何の力にもなれない。
今のサユリに出来るのは、二人の決闘が大きな怪我なく終わることを祈るだけだった。
戦いが始まってしまえば、それだけに集中することができると思っていた。
だが、長剣を振るいながらも、顕正の頭の中には昼間のシグナムの言葉が残り続けている。
『迷っているのか?』
(……っ!?)
思考に気を取られ、シグナムの剣撃に若干反応が遅れた。
「どうした笹原!?聖王教会で揉まれて更に力を付けたのだろう!?」
その通りだ。むしろ、以前よりも力を付けたからこそ、反応が遅れても咄嗟に盾を構えられた。
決闘が始まってから、シグナムはほぼ攻め続けている。直剣を巧みに操り、顕正に攻撃するタイミングを与えていないのだ。
魔力斬撃による撃力充填は魔力弾を受けた際よりも効率が悪いが、もうすぐカートリッジが満タンになる。
(ここで、一気に攻めに転じる!)
顕正は長剣をシグナムに向け、群青色のベルカ式魔法陣を展開した。
変形のタイミングを作るための、瞬間砲撃。
「『刹那無常』!」
煌めく群青が、シグナムの顔を目掛けて発射される。
威力はないが、速度があり、尚且つ近距離戦闘中での顔面への強襲だ。
ある程度の技量を持つ魔導士、騎士であれば、一瞬で察知して回避行動をとる。
その僅かな隙を使って大火力のアクストゥフォルムへの変形を――。
「甘い!」
「――なっ!?」
しかしシグナムは、避ける事すらせずにそのまま斬りかかって来た。刹那無常の光に飛び込んでも、一切の怯みがない。
運良く変形中の盾に当たったためダメージはないが、衝撃で変形が中断される。そしてその斬撃が魔力を伴っていたため、グランツ・リーゼが無情な通知を示す。
『Überschuss nachladen.(超過装填。)』
マズイ。
いつもと変わらぬ無機質な通知と共に、長剣に溜まり続けた撃力エネルギーがバチバチと『漏れ出す』。
最大限までのチャージ。普通の武器ならばそれは攻撃のチャンスが来ただけなのだが、顕正が扱う盾斧にとってはそれだけではない。
一刻も早い変形を、そう焦るが、シグナムの攻撃は止まらなかった。
「はぁぁぁぁ!!」
裂帛の気合いを込めた、大振りな一撃が繰り出される。
横薙ぎのそれは、防御からのステップでは避けきれない範囲を攻めている。
これを諸に受けるわけにはいかない。
顕正は覚悟を決めて、赤い光が漏れ出す長剣で受け止めた。
『Überschuss nachladen.(超過装填。)』
バチッ!
受けた瞬間に、攻撃の衝撃だけではなく剣からの超過エネルギーが顕正を襲う。
「――がぁぁっ!!」
身を刺す痛みに、獣の様な咆哮が漏れた。
声を上げたのは、痛みを誤魔化すために。このダメージは、物理的なものではない。過剰圧縮され、グランツ・リーゼの制御を離れた魔力によるものだ。
痛みはあるが、怪我をしたわけではない。気力で堪えなければならない。まだ勝負は終わっていない。
容赦無く襲って来たシグナムの追撃をバックステップで回避し、攻撃後の隙をついて長剣を盾の上部から突き刺す。
本来ならばこのまま大斧への変形に持っていきたいが、このタイミングで大きな隙は作れない。
変形機構は起動せず、溜まっていた撃力エネルギーを空気中に放出し、超過装填状態を解除するに留まった。
なんとか耐え凌いだ。
しかしその後想定していたシグナムからの攻撃はなかった。
空中で数メートルほどの距離にいるシグナムはレヴァンティンを構えてはいるが、その場から動く気配はない。
「……『盾斧』は、非常に扱いの難しい武器だ」
そして攻撃の代わりに彼女から飛んで来たのは、『言葉』だ。
だがそれには、顕正が唖然とさせる威力があった。
何故、シグナムがそんなことを語るのか。それが分からなかった。
「き、騎士シグナム……?」
「長剣形態での『撃力充填』という機能は、衝撃により魔力を圧縮し、爆発的なエネルギーにすることが出来るが、過剰圧縮による自身へのダメージの危険性を伴う。防御していても自らにダメージが入る」
顕正の呼び掛けにも反応せず、シグナムは言葉を紡ぎ続けた。
「撃力カートリッジを使用する大斧形態は、一撃当てるだけで防御の硬いベルカの騎士を行動不能に陥れる威力を持つものの、変形の隙は大きく、また、搭載されたAIは魔力制御能力が高いわけではないため、最大でも5発分しかエネルギーを貯められない」
その通りだ。盾斧は、強力な武器であるものの、欠点が多い。
そのため『盾斧の騎士』は、一般的な騎士道にはハマらない戦い方をする必要がある。威力と射程を犠牲にした『刹那無常』などで、相手の隙を作らなければならない。
「……お前がグランツ・リーゼを使いこなせていないと言っているわけではない。むしろお前の鍛錬の年数を考えれば、驚嘆に値するほど、お前は『盾斧の騎士』としての技量を持ち合わせている。不断の努力を続け、信念を持って鍛え上げてきた証拠だ」
笹原、と。
シグナムは燃える瞳で顕正を見つめた。
「――お前は何故、『騎士』であろうとする?」
問いかけは鋭く、突き刺さる。
魔法に関わり、ベルカの騎士としてあろうと努力し続けていた。
目標としていたものはある。そのためにこそ、『盾斧の騎士』は存在する。
しかしそれは、今までの平穏な生活を捨ててまで達成するべきものなのか。
それこそが、顕正の迷い。
地球での生活を続けるのか。
騎士として『夢』を追い続けるのか。
決めかねていたのだ。
それを、シグナムは見抜いた。
迷いに揺れる、鳶色の瞳を見て。
「お、俺は……」
顕正が『騎士』を夢見た理由。
今まで、誰にも話したことはない。
聖王教会にも、なのはやフェイト、はやてにも、それどころか、ずっと共にあったグランツ・リーゼにすら口にしたことはなかった。
それは、まさしく『夢物語』なのだ。
口にして、笑われたくなかった。
だがシグナムは、それを許さない。
「『言葉にしなければ、伝わらない』!」
「っ!?」
烈火。
シグナムの威勢は、まさにそれだ。
「夢も、想いも、自分の中に留めるだけでは、何も変わらないのだ」
吐き捨てる様に言ったその言葉には、深い後悔の色がある。
「まだ、……まだお前は踏み出せる『道』があるだろう、ならば!」
進め。
求めろ。
言葉が熱を持つ。
そしてその熱は、伝播する。胸の内で燻っていた顕正の想いに火を付けた。
「俺が、『騎士』である理由は……」
言葉を紡ぐ。それは、夢物語を本当の目標に変えるために。
グランツ・リーゼと出会い、『彼』の姿に憧れたあの時の激情が心を揺さぶる。
「……『盾斧の騎士』の、本懐を遂げるために……」
瞳が交差し、シグナムの持っていた燃える瞳も、顕正へと燃え移る。
「――『白き龍』をこの手で打ち倒し、人に希望をもたらすために!」
高らかに、掲げた。
口に出しても、まだ夢物語にしか思えない『目標』を。
それを聞いて、シグナムは笑った。
もちろん嘲笑ではなく、その夢を認めるための笑顔だ。
「それでこそ……『盾斧の騎士』だ」
魔法にかかわらなければ目指すことのなかった、人生を変える一歩を踏み出す。
顕正は、覚悟を決めた。
瞳は、燃え盛っていた火が落ち着き、しかし確かな輝きを持っている。
(……あぁ、その『眼』だ)
シグナムはようやく、今日の目的の一つが果たされたことを確信した。
もちろん、あの夜の戦いに決着をつけるのも目的だったが、更にもう一つ、誰にも伝えていない――否、誰にも『伝えられない』目的を持っていた。
プログラム体であるシグナムだが、夢を見ることがある。
闇の書の守護騎士として活動していた際の、血塗られた過去を垣間見る悪夢。
記憶の彼方に追いやった罪が、夢となってシグナムを責めるのだ。
しかし、あの夜の戦いの後。
顕正と戦ってから時折見る夢は、夢でありながら非常に鮮明であり、その上時期が違っていた。
所有者に改悪され、災厄をもたらす闇の書として忌み嫌われていた時代よりも、遥かに昔。
600年ほど前の、シグナムたちがまだ『夜天の書』の守護騎士として戦場を駆け抜けていた頃の夢だ。
今の顕正の、確かな信念を持つ『騎士』の鳶色の瞳を見て、その頃の記憶が頭を巡る。
体格も、年も、髪の色も顔付きも違うのというのに、瞳の色だけは変わらない。
他者を敬い、礼節を重んじ、真面目そのものの顕正だが、盾斧の騎士として夢を追う信念を掲げたことで、軽薄で、だらしのなく、無作法な『あの男』と重なるように思えた。
(……お前の遺志は、きちんと受け継がれたぞ、――ヴェント・ジェッタ)
それと同時に、シグナムの中で一つの『ケジメ』が付いたのだった。
あとがきでまとめる、今回の内容↓
おっぱい魔人が火照っている。
以上。
そして前回女装主人公物のエロゲーが好きですと言ったらみんなして反応してくるっていう。
恋楯はやってないんですけど、初代のおとボク、るいとも、花と乙女に祝福を、はプレイ済みです。特に花と乙女、というか、ensembleの作品は大体好きです。安心して楽しめるので。
あと、前話でサユリさんいるのに魔法関係の話し始めてね?っていう指摘もありましたが、仕様でございます。
さぁ、次はおっぱいさんの過去話(捏造)だ!