盾斧の騎士   作:リールー

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 これから何話かは日常回。
 誰得なのかわからない話が続きますがご了承下さい。



第十二話 来襲

 ある日の放課後、顕正は一人で喫茶『翠屋』を訪れた。

 ドアベルの音で来店に気づいたのは、少ない男性従業員の一人で、喫茶店のマスター高町士郎だ。

 

「やぁ、いらっしゃい、顕正くん。今日はコーヒー豆かな?」

 

「こんにちわ、士郎さん。それもあるんですが、それと一緒に、テイクアウトでショートケーキを二つ。あと、店内で翠屋ブレンドのホットとシュークリームを一つお願いします」

 

 お互いに笑顔。

 久々の来店から数週間、その間に顕正は度々翠屋を訪れている。

 甘いものが好きだが周りには伝えていない顕正が、知り合いがいて気軽に立ち寄れる店であると同時に、マスターである士郎オリジナルのブレンドコーヒーにも魅了されていたのだ。士郎の方も、幼い頃に良く来ていた顕正が自身のコーヒーを好んで来店していることを感じており、最初は妻の桃子と関わりがある少年、程度にしか考えていなかったが、今では桃子よりも士郎の方が顕正と話すことが多い。

 

 ちょうどティータイムのラッシュが終わり、店内に残る客が少なかったため、士郎が手ずからコーヒーとシュークリームを運んで行くと、顕正は少し浮かない表情で椅子に座っていた。

 

「おまたせしました。……なんだか、浮かない様子だけど、どうしたんだい?」

 

「あぁ、すみません。実はちょっと、今日の夜から親戚がウチに泊まりに来るんですけど……」

 

 士郎の問いかけに、思わずこぼしてしまった、といった様子の顕正だったが、相手は同性であり、顕正にとって頼れる大人、という立ち位置にいる士郎。この際だし、と今まで誰にも言っていなかった悩みを相談することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほど、ねぇ。従姉のお姉さんが……」

 

 なんとはなしに相談に乗った士郎だったが、これはまた難儀な問題だ、と思った。

 幼い頃から仲良くしている従姉が、自分に対して掛けてくる猛アタックにどう対処すべきか。

 士郎の長い人生経験の中でも、これに類似する相談を受けたことそれほど多くない。

 

「従姉のことが、嫌いっていうわけではないんです。でも、俺にとっては姉のような存在であって、恋愛対象じゃなくて……」

 

 なまじ近しい存在である分、対応し辛い。

 いっそのこと告白でもして来てくれれば、真っ正面からお断りすればいいだけなのだが、従姉も打ち明けてはこない。顕正も、薄々勘付いていたものの、確信したのは従姉の部屋から艶っぽい、自分の名前を呼ぶ声を聞いた時だ。

 

 頭を悩ませる顕正を見て、士郎は申し訳ないと思いつつも微笑ましく感じた。

 娘を通じて、顕正もまた『魔法』に関わる者だと士郎は知っている。

 魔法文明において成人とされる年齢が低いからか、魔法に携わる人物は精神が早熟している面が見受けられる。士郎の娘、なのはもそうであり、その友人のフェイトやはやてもそうだ。

 なのはから伝え聞いた人物像、そして士郎自身が接していて、顕正もそこに含まれている。

 立ち居振る舞いから見て取れる『武人』としての技量、悪行を見た際の行動力、普段の会話での聡明さ、それは皆、まだ高校生でしかない顕正には年不相応なものだ。

 魔法関係者としては相応しいかもしれないそれを垣間見るたび、士郎は若干不安を覚える。

 なのはは顕正と同じ年で既に社会に出てしまっているが、士郎からすればまだまだ『子供』と言っていい。娘の意思を尊重する、として管理局入りを許したものの、納得し切れていない部分もある。

 子供は子供らしくあるべきだ、と思い続けている士郎には、普段の超然とした(とは言い過ぎだと思うが)顕正にも、年相応の『青い』悩み事があるということが少し嬉しかった。

 

「そうだねぇ……顕正くんは、今のところ、お姉さんとの関係を変えるつもりはないんだろう?」

 

「えぇ、今まで通り、仲のいい『姉弟』でいたいと思ってます」

 

「じゃあ、それでいいんじゃないかな」

 

「え?」

 

 士郎のシンプルな言葉に、面食らう顕正。

 

「無理に対応を考える必要はないんだよ。焦って結論を急ぐよりも、自然な、ありのままの状態が一番いいのさ」

 

「……そういう、ものですかねぇ……」

 

「一概に、全てがそうであるとは限らないけどね。でも、たまにはゆっくりのんびり、っていうのも良いものだよ」

 

 微笑みながら、しかし心からの言葉を口にする士郎を見て顕正は、人生経験の厚さが、この人の柔和でありながら芯の通った雰囲気を作っているのだろうと思い、いつか自分もこんな『大人』になれる日がくるのだろうか、と未だ決め兼ねている自身の将来を夢想するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も少し士郎と世間話をしてから、顕正帰宅。

 従姉の到来の前に、自宅の最終確認を行う。

 ゴミ箱、よし。

 洗濯物、よし。

 パソコン、よし。

 ついでに携帯電話、よし。

 箪笥の隠しスペース、よし。

 

 

「……完璧だ」

 

『……Ja. 』

 

 

 健全なる男子高校生の一人暮らしともなれば、隠し事の一つや二つ当然持っている。

 自身の秘蔵コレクションであったり、緊急避難先として気楽な一人暮らしの顕正を頼ったクラスメイトの『お宝』であったり。

 普段は箪笥の隠しスペースに保管してあるそれらは、更に秘匿性の高い場所へ移動してある。

 それは、現在の顕正の全力を尽くした保管方法で、流石の従姉であろうと見つけることは不可能だ。

 

「――『盾斧』の堅牢さ、舐めてもらっては困る」

 

 ふはははは、と、謎の達成感から学校での顕正しか知らないクラスメイトであれば目を疑うようなテンションで高笑いまで始まった。

 この光景を誰かに(特に、交流の深まったアリサやすずからに)見られようものなら、憤死レベルの行動だったが、この場には顕正と相棒のグランツ・リーゼしかおらず、しかもグランツ・リーゼは基本的に、主の武器として稼働することしか考えていない。それ以外の僅かながらの知能は、主が楽しそうにしているなら問題なしと判断している。

 

 

 

 

 

 最終確認から30分ほど経ち、平常通りのテンションに戻った顕正は、ピンポーンと鳴り響いたインターホンの音で玄関へと向かった。

 そう、あくまで終わったのは準備である。本番は、これからだ。

 返事をしながら扉を開けると、そこには約半年振りに目にする、しかし見慣れた少女の姿。

 

 黒曜石のような艶をもつ長い黒髪に、顕正と同じ血が流れていることが分かる少し明るい鳶色の瞳。中学入学頃には追い抜いてしまった小柄な体格と、それに見合わぬ豊満な胸元は、白いセーターを大きく押し上げている。

 

「いらっしゃい、――ユリ姉さん」

 

 笹原 白百合(さゆり)。

 今日から三連休を利用して顕正宅へ泊りに来た従姉である。

 しかし、声を掛けても返事がない。

 サユリは小柄な身体を震わせ、手にしていた旅行鞄を取り落とす。

 

 その瞳は徐々に潤んでゆき、ついにはポロポロと、涙を流した。

 

「……は?」

 

 突然の涙に呆然とする顕正。

 なんだこの状況、理解が追いつかない。泣いている。しかも割とガチ泣きで。

 

「ユ、ユリ姉さん、どうした?け、怪我でもした?」

 

 戸惑いながらの問いかけは、首を横に降ることで返答された。

 どうすればいいのかと顕正が悩んでいると、サユリに動きがあった。

 ふら、ふらっと、体が揺れたかと思うとピタッと止まり、一瞬の後、駆けた。

 

 

 

「――けんちゃあああああぁぁん!!」

 

 

 

 涙を散らし、叫びながら顕正の胸に飛び込んだサユリ。

 正直な話、瞬間的に戦闘用の思考回路が回避と騎士甲冑、デバイスの展開から『燕返し』のモーションに入るまでをシミュレートしたが、慌ててキャンセルし、サユリを抱きとめることに成功した。

 

「あ、あいたかったよぅ、けんちゃあああん!!」

 

 泣きじゃくり、強烈なハグをし掛けてくるサユリ。見た目とは裏腹な強い腕力に、普通の人間なら悲鳴を上げるところだ。もはやハグというより鯖折りに近い。

 締め付けと、体に当たる柔らかさをぐっと堪え、状況を思考する。

 

 

 

(……は、半年会わなかっただけで感極まってガチ泣きするとか予想外だ……)

 

 

 

 とりあえず泣き続けるサユリを落ち着かせなければ、と対処法を考えるのだが、聖王教会でもその名を馳せる『盾斧の騎士』といえど、その戦闘力は現状なんの役にも立たないことを思い知るには、数分もかからなかった。

 

 

 

 

 




 従姉、襲来。
 なんて動かしやすいんだ……。もともと存在しなかったキャラだなんて思えないぜ……。

 前半は誰も得をしないであろう士郎さんとの雑談。
 エースオブエースのお父さんって、内心結構複雑に思ってるんじゃないかなぁ。

 あ、あと従姉の名前で「白百合」で「さゆり」とは読まないんじゃないかというのは、仕様です。



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