どうぞ
__もちろん、それは流星などではない。
はるか数km離れたビルの屋上から放たれたキャスターの無数の矢は、無慈悲にも武器を失ったセイバーへと降り注ぐ。
__だが
「む…仕留め損ねたか。…いや、元よりこのようなもので殺せるような敵だと思ってはいなかったが…。」
その矢は全て、当たることなくセイバーが"素手"で掴み取っていた。
「少しばかり、武人にしては芸達者過ぎやしないかね?」
「困ったものだ。武器を失ったと思えばこの様だ。それに、ようやく武器を手に入れたと思えば、これは矢か。私には扱えない。」
セイバーは掴み取っていた矢を捨てた。"騎士は徒手にて死せず"は武器と認識できる物全てを疑似宝具とすることができるが、それは彼が手にしている間のみである。矢はもちろん武器であるが、矢とは放つものだ。放ち手から離れた瞬間、それは宝具の神秘を失う。
「おのれ…アーチャーか!我らの一騎討ちに水を差した のは!」
ランサーは怒りを現にし、槍を握る手に力を込めた。
「セイバーの首級はこのランサーが頂く!邪魔をするというならば貴様を見つけ、即刻切り捨ててくれようぞ!」
『なにを言っているランサー。今こそセイバーを倒すチャンスではないか。直ちにセイバーを倒せ。』
どこからともなく、あのランサーのマスターの冷淡
な声が響き渡る。
「主よ、そこなセイバーは必ずや私が討ち取って見せます。故にどうか、セイバーとの決着は尋常に…」
『令呪をもって命ずる。あのサーヴァントの援護をしろ。』
瞬間、ランサーの槍がセイバーへと噛みつかんばかりに襲いかかる。
セイバーはそれを難なく後ろへ下がることで避ける。ランサーの槍はアルファルトを粉砕した。
「すまない、セイバー…!」
ランサーの顔は苦渋に満ちていた。
「なに、元来これは戦争だ。君のマスターの判断は最もだ。だがねランサー、どうやら君にとっても敵は一人ではないらしい。」
「赤原を往け、緋の猟犬_"赤原猟犬"!!」
咄嗟にそれをランサーは避けたが、それはランサーの左腕へと食らいついた。
「クッ…!」
「どうやら我ら二人は、奴にとっての絶好の的らしい…!」
「なんなのだ一体…アーチャー以外のサーヴァントが、弓を使うだなんて…。」
時臣が驚くのも無理はない。彼のサーヴァントはアーチャーである。故に今セイバーとランサーと戦っているのはアーチャーではないサーヴァントとなる。
ふと、時臣は先程の綺礼の話を思い出す。
(まさか…イレギュラーとはこいつのことか?)
「綺礼、このサーヴァントは見つかっているか?」
『申し訳ありません。先程からアサシンをもって全力で捜索しているのですが、おそらくかなりこの地から離れたとこから攻撃をしているようで…。まだ見つかっておりません。』
「そうか、いやすまない綺礼。君は本当によくやってくれている。」
『ありがとうございます。引き続き、アサシンに捜索させてみます。』
「チッ、一体なんなのだこれは!」
ランサーは困惑していた。先程放たれた矢は、確かにランサーの左腕を抉りとった。通常ならこれで矢は勢いを失い、地面にでも落ちるはずだ。だがどうだろうか、矢は今もなおランサーとセイバーへと襲いかかる。例え避けても矢は軌道を変え、さながら獲物を追い続ける猟犬かの如く、再び的を狙い続ける。
「これでは埒があかないな。」
ふと、セイバーが矢の方向を見、足を止める。セイバーも先程からランサー同様にあの矢に狙われていた。避けることに徹していたのだが、どういうわけか突然立ち止まったのだ。
「セイバー…?」
矢は通常では考えられない軌道を描き、セイバーへと襲いかかろうとする。その速度は正に神速。サーヴァントである彼らでさえもようやく避けることができるほどの速さ、ましてや普通の人間には目で追うことすら叶わないだろう。
それを、セイバーは掴み取った。
「…やっと止まったか。やれやれ、なんて恐ろしい矢だ。」
「…馬鹿な。あれすらも捕らえたか、あの男は。参ったな。これでは矢による攻撃は効かないか。」
キャスターは遠く離れたビルの屋上から再び様子を伺うことにした。
「見事だセイバー。俺にとっては先の矢などより、お前の腕が恐ろしい。」
キャスターが攻撃の手を止めたためか、ランサーへの令呪は効力を失っていた。
「だがセイバー、お前の窮地という状況は何一つ変わってはいない。いつまでも丸腰のままでいるわけではあるまい?お前の真の宝具を出してはどうだ?さもなくば打ち合うことなく死ぬぞ、セイバー。」
ランサーの左腕は既にマスターからの治癒により治っている。
「…」
「ならば、力づくでいかせてもらうまで!」
__しかし、ランサーがいざセイバーへと構えようとしたその瞬間、雷光と共にそれは訪れた。
「AAAALaLaLaLaLaie!!」
眩い閃光、雷鳴すらも圧するほどの猛々しい咆哮。落雷の如く現れた戦車は、その緊張を粉砕した。
「双方剣を収めよ。王の御前である!我が名は征服王イスカンダル!此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスをもって現界した!」
そしてその御者台の主は、高らかにこの聖杯戦争において最重要に秘匿すべきことを言い放った。
「なにを言ってやがりますかお前は!」
ウェイバーは頭を抱えて怒鳴った。
「セイバー、それにランサーよ。先の戦い実に見事であった。そこでだ、我が軍門に是非貴様らを迎え入れたい。聖杯を余に譲り、ともに世界を征服しようではないか。」
これには、セイバーもランサーも呆れた。
「私には、私の望みがある。その誘いには乗れない。」
「我が忠誠を誓うべき主断じて貴様ではない。断る。」
「…待遇は応相談だが?」
「「くどい!」」
参ったなぁとライダーは頭をかく。
「なにを言ってるんだよお前は!そんなの無理に決まってるだろ!」
「物は試しだろう。」
「試しで真名をばらすな!」
『そうか、よりによって君か。』
ウェイバーの怒りをライダーが諌めていると、どことなく怒りの籠った声が響き渡る。
「ッ!!」
『どこぞ誰が血迷って私の聖遺物を盗んだかと思えば、君だったのかねウェイバー君。君は凡才なりに平凡な人生がお似合いだと思っていたが、よりにもよって聖杯戦争に参加するとはねぇ。そうだ、君には私が特別授業をしてあげよう。魔術師同士の戦いというものを、身をもって知るといい。』
ウェイバーは戦慄した。魔術師からの死の宣告がこれほどにまで殺意的とは_
そんな怯えるウェイバーを擁護するかのように、征服王が声をあげる。
「聞けば魔術師よ、貴様はどうやら本来余のマスターとなるはずだったようだが…。いかんなぁ、こそこそ隠れていることしかできないような臆病者に余のマスターは務まらぬ。余のマスターとは、共に戦場を駆け抜けることのできる戦士でなくてはならん!」
さらにライダーは声を荒くした。
「それに、まだいるであろうが。闇に紛れてこそこそしている輩が。あれほど胸を熱くさせる戦いをしておきながら、よもや惹かれて来たのが余だけとはあるまいて。情けないのぅ。腰抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわい。」
「聖杯戦争に招かれし英雄どもよ!今ここに集うがいい!それでもなお姿を現さぬような臆病者は、征服王の怒りを逃れられぬものと知れ!」
『まずいですね。』
「あぁ、まずい。」
時臣にも綺礼にも、この挑発を見逃すことのできないだろう英雄に心当たりがあった。
今回は前編と後編に分けるつもりで書いたため、少し長めです。
後編もよろしくお願いいたします。
黒セイバーですか?
後編ですよ、後編(汗)