どうぞ
「何故…ですか…?」
片膝をつき、血を吐き出すとセイバーは言った。
「…何故、殺さなかったのですか?」
セイバーの呼吸は荒く、傷口からは夥しく血が流れ出している。
「フン…」
一方のキャスターは、黄金の剣を片手にセイバーを見下ろす。
「手を抜いたつもりも、情けをかけたつもりも毛頭ない。…だが」
キャスターはアイリスフィールと、そして間桐雁夜へと視線を写した。
再びセイバーへと目を向けると、キャスターは言う。
「こちらにも事情があってね。なにより…」
キャスターは手にしていた黄金の剣を、片膝をつくセイバーの前へ突き刺す。
「この剣は、彼女のものだ。私には扱いきれん」
キャスターがそういうと、役目を終えたその剣は魔力の粒子となり消滅した。
「そう、ですか…」
「君の方こそ何故だ?なぜあの時剣を止めた?君ほどの腕ならば避けることは愚か、私を殺すことも可能だったと思うんだがね」
それを聞くと、セイバーは力なく笑った。
「ははは…何を言うかと思えば…」
セイバーは己の剣を杖に、ゆっくりと立ち上がった。
「私では王を救えない…それなのに貴方までがいなくなってしまったら…誰が、あの御方を救うのですか…?」
「…」
「感謝、します。この身は、
セイバーはそう言うと、雁夜の方へ向かう。
「フン…」
しばらくして、キャスターもアイリスフィールの方へ向かっていった。
「負けたのか、セイバー」
答えは分かっていたが、雁夜はそうセイバーへ言った。
「申し訳ありません、雁夜…」
「いや、いいんだ」
満身創痍のセイバーを見、雁夜は言った。
「もう、戦えないんだろう?」
「…今は、雁夜からの魔力供給で辛うじて現界を保っている状態です」
「…そう、か…」
雁夜はそういうとはぁ、と一つため息をついた。
「俺にはやっぱり、無理な話だったんだ」
「雁夜…!それは違います!」
セイバーの否定に応じず、雁夜は何か思考する。
そしてしばらくの沈黙の後、雁夜は口を開いた。
「行くぞ、セイバー」
「…雁夜…まさか…!」
「あぁ」
雁夜はそういうと、右手で己の胸のあたりを掴む。
「セイバー、俺の願いを叶えろ」
「すまない、アイリスフィール。時間がかかりすぎた」
キャスターはそう言うと、アイリへと歩み寄る。
「えぇ、大丈夫よキャスター…ただ」
「!!」
キャスターが近くに来たその瞬間、アイリの体がぐらりと傾く。
キャスターがそれを、ギリギリのところで抱き止める。
「アイリスフィール!!」
「ううん、やっぱり、あまり時間がないみたい」
新たにライダーの魂を吸収したアイリは、すでに人間としての昨日の大半が失われつつある。
「っ!」
キャスターはアイリに負担のかからないように素早く抱き抱えると、先を急いだ。
「ねぇ…キャスター?」
キャスターの腕の中で、アイリが消え入るような声を出す。
「…あまり、喋らない方がいい」
キャスターはそう言ったが、アイリは言葉を続ける。
「貴方は、やっぱりアーサー王と関係があるの…?」
「…あぁ、あるさ。隠していてすまなかった」
キャスターがそう言うと、アイリはやっぱり、と言って微笑んだ。
「貴方にとって、大切な人だったのね…?」
今度は、キャスターは何も答えなかった。
それでもアイリは満足したかのように、キャスターに、微笑むのだった。
「─!!」
境内に入り、キャスターが足を止める。
「キャスター…?」
「すまない、アイリスフィール」
キャスターは言った。
「もう少しだけ、私に時間をくれないか」
「こ、これは一体…!?」
薄暗い洞窟を進んだ先、そこにあるべきのものは無色の万能の願望器。しかしそこにあったのは、人間にすぎない切嗣達でさえ、その気配だけで異常性を理解できるほどの邪悪の塊。
あらゆる不の感情が渦巻き、気を抜けば意識を持っていかれそうになる。
「これが…大聖杯だというのか…!?」
あまりの光景に、時臣の頬を大量の汗が伝う。
「っ!」
切嗣も、大聖杯のその姿を目の当たりにし、声を失う。
「どういうことだ…!?何故、大聖杯がこのような!?」
「…大聖杯は、あらゆる悪に汚染されている」
「…!?」
「"
「なんだと…」
切嗣はそう言うと、時臣へ振り返った。
「君たちがアインツベルンを恨もうが憎もうが構わない。僕には関係ない話だからね…だが、今この状況で最優先すべきことはそんなことじゃない」
切嗣はもう一度大聖杯へと目を向けた。
「…遠坂時臣。ご覧の通り、聖杯の正体はこんな邪悪なものだ。君がどんな願いを持っていたか知らないが、僕はこいつを破壊する」
「待て…何故、そこまでこの聖杯について知っている…?」
「そんなことは今はどうだっていい!」
切嗣が怒号をあげる。
「選べ、遠坂時臣!僕に協力してこいつを破壊するか、"
「…っく!」
その時、綺礼が口を開いた。
「師よ…!入り口のアサシンの反応が途絶えました…!」
「「!!」」
すなわちそれは、何者かがこちらへ迫って来ているということ。
──否、既に目前にまで来ていた。
「…探したぞ、時臣」
切嗣たちの目の前で、その黄金のサーヴァントが姿を現す。
「王であるこの我に何の断りもなしに、何をしている?」
「カカカッ!雁夜、また随分派手にやられたようだのう?」
間桐の地下の蟲蔵。間桐臓硯は現れた雁夜に向け言った。
「情けないのう!まだ桜のほうが役に立つかもしれんのう!」
臓硯の横には、気を失いぐったりとしている間桐桜の姿が。おそらく、今日も魔術の修行という名の臓硯による拷問を受けたのだろう。
「…」
雁夜は何も言わずに、ただ臓硯を睨み付ける。
「ふん、つまらんやつよ…なぁ雁夜よ、儂にそのセイバーを寄越さんか?何やら不穏な空気がしてのう、儂直々に出向いてやらんといかんようでな。心配するな。儂ならまだセイバーをどうにか扱える。
なに、ただとは言わん。儂が聖杯をとったら、桜を解放してやるぞ?ん?どうだ?」
「…黙れ、爺」
ここでようやく、雁夜が口を開いた。
「…セイバー」
雁夜の呼び掛けに応じ、セイバーが姿を現す。
「フン、頭の固いやつめ。サーヴァントで儂を殺す気か?おぉ、怖いのう!」
カカカッ、と雁夜を嘲るように臓硯が笑う。
「爺、間桐はもう終わりだ」
そう言うと、雁夜は令呪の刻まれた手をかざした。
「…?」
「令呪をもって、間桐雁夜がセイバーに命ずる」
令呪が、光を放つ。
「俺の心臓ごと、間桐臓硯を殺せ」
──刹那、鈍い音を響かせて、セイバーの剣が雁夜の体を貫いた。
「…おぉ、おぉおおぉぉぉぉお!!」
臓硯が叫び声をあげる。
「雁夜あぁぁぁぁぁ貴様ぁぁぁぁ!!」
「は…気付いて…ないとでも…思ったのかよ…?」
雁夜が心臓を貫かれた状態で、目前で苦しむ臓硯を見る。
「大方…死んだ後…お…れの…体を使うつもりだった…んだろな」
臓硯が雁夜に与えた桜の純潔を奪ったという刻印蟲。あれこそが、雁夜の肉体を奪うために臓硯が仕込んだ、臓硯の本体だったのだ。
「上手く…隠れ、ても……腐った、臭いまでは…隠せて…なかったみたい…だな…」
息を荒くして、雁夜は言った。
「おぉぉぉぉおぉおおお!!」
ボロボロと、臓硯の体を形成していた蟲たちが崩れてゆく。
「雁夜ぁぁぁぁ!!」
手を伸ばす臓硯。しかし、その手は雁夜に届くことはなく。
「あぁ…あぁ…あぁ…」
蟲たちが完全に崩壊し、その500年に及ぶ人生の幕を閉じた。
「がはっ…!」
がくりと膝をつき、そしてそのまま倒れる雁夜。それと同時に、雁夜の胸を貫いていた剣も消滅する。
「雁夜…!」
駆け寄るセイバー。雁夜の体からは血液が溢れ出す。
「ありが…とうな…セイ、バー…俺は…間桐…勝ったんだ…」
「えぇ…えぇ…!貴方は勝ったのです…!」
「はは…そう、か…」
雁夜がそう言うと、腕にあった最後の令呪が光を放つ。
「…」
雁夜は何か言おうとしたが、言葉にはならず、しかし令呪はセイバーに魔力を与えた。
「…雁夜!」
セイバーは雁夜の名を呼んだ。しかし雁夜は既に息絶えていた。
「貴方は…強かった…」
開いていた雁夜の目を閉じ、セイバーは立ち上がる。
「この手で主を殺めたなんて…私はつくづく騎士として失格ですね…」
雁夜から令呪によって与えられた僅かな魔力。
「私の望みは…もうありません。ならば…」
『──、──────。』
誰かの声がする。
『───、────────。』
その声に、覚えがある。絶望に染まった今の私でも、忘れることはなかった。
『───。』
立ち去る気配。それと同時に、私の中で眠っていた意識が目を覚まそうとする。
「し、ろう……?」
目を覚ますと、そこには誰もいなかった。
「ぐっ…!」
体が動かない。回復はしつつあるものも、英雄王から受けた一撃は騎士王の体をズタズタに引き裂いたのだ。
「私は…何を…」
聞こえてきた声。それがこの時代にはいるはずのない、かつてのマスターの声に思えたのだ。
「……」
まだ、体は動けそうにない。しかし、騎士王は体の感覚に妙な違和感を覚える。
「…これは、どういうことだ」
「王よ…これは!」
「聖杯が何であれ、これは我のものだ。勝手な真似は許さん…!」
ギルガメッシュがそう言うと、ギルガメッシュの周りの空間が歪み宝具の原典が顔を覗かした。
「時臣…貴様は目障りだ」
そしてそれらは、時臣へと襲いかかった。
「…アサシン!」
しかし、突如として現れたアサシンが剣群から時臣を庇った。
「…」
綺礼の令呪によって呼び出された最後のアサシンは、そうして消滅した。
「ふん…綺礼か。余計なことを…」
ギルガメッシュが、綺礼へと視線を写す。
「綺礼…お前はいつまでそいつらの肩を持つ?」
「なに…?」
「口元が歪んでいるぞ…?」
「…!!」
ギルガメッシュはそう言って不敵な笑みを浮かべると、再び時臣へと殺気を移した。
「悪いな、時臣。貴様の態度は嫌いではなかったんだがな」
新たな宝具の原典たちが出現し、時臣たちへ向けられた。
「お待ちください、王よ!」
「黙れ」
時臣の必死の懇願も虚しく、ギルガメッシュが剣群を放とうとした。
──その時
「がっ…!」
時臣の腕に、何かが突き刺さる。
「"
「──!?」
その言葉と同時に、剣とも矢とも言い難いそれは消滅した。
「令呪が…!?」
時臣は、自分から令呪の感覚が無くなったことに気付く。
「なぜ…!?」
「──令呪は無くなった。君を縛る者は無くなったんだ。それでも、その男を殺す必要はもう無いのではないかね?」
その声と同時に、アイリを腕に抱き抱えたキャスターが姿を現した。
「はい、ただいま」
呼びベルの音が鳴り、遠坂葵は玄関の扉を開いた。
「どちらさま……え…」
そこにいたのは、間桐雁夜だった。
「雁夜君…?どうして……!!」
そしてその腕に抱かれていたのは、髪が変色し、やつれきった桜だった。
「桜っ!!」
時臣から、桜に関わらないようにと言われそれを守ってきた。しかし、変わり果てた娘の姿を見て、葵は耐えられなくなった。
「桜…!桜…!」
雁夜から桜を受けとると、葵は涙を流しながら桜を抱き締めた。
「お母…さま…?」
眠っていた桜は目を覚まし、自分が抱き締められていることに気が付く。
「ごめんなさい…!ごめんなさい…!」
「お母さま…!」
状況を飲み込めないまま、しかし母の温もりを感じ、桜も涙を流した。
「もう、離さないから…!」
葵はそう言うと、再び強く桜を抱き締めた。
しばらくしてふと、顔を上げた。
「雁夜君…?」
そこにいたはずの雁夜の姿は無かった。
「雁夜君…!」
──名前を呼んでも、反応はない。
──ただ、魔力の粒子の輝きが、風に漂い流されていくだけだった。
おひさしぶりです。
やっと一段落ついたので更新ということです。
臓硯にハッピーエンドは訪れませんでした。期待していた人がいたら申し訳ないです。
アニメFate全然が3週間分くらい見れていないので、今日こそ見ます。
それでは、また