生まれ変わったら世界七大美色のブルー担当でした   作:日本茶

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第五話:奇術師と知り合い?

――この泥棒猫! 何でアンタが生きてて私の夫が死んだのよ!

 

 腹に突き刺さる包丁の痛み。女から飛んでくる涙と罵声。血を流して倒れこむ踊子。路上には水たまり。空には雨雲。景色は薄暗い。私の周囲を行き交う傘の群れから上がる悲鳴。取り押さえられる女。ゆらいでいく意識。

 それが私の持つ前世の記憶の中の、もっとも古い映像だ。

 

 あの女の夫が私のせいで死んだというのが、勘違いか、それともその通りなのかも今となっては分からない。

 あの頃の私にとって捨てた男が自殺するなんてのは日常茶飯事だった。あらかじめ私と付き合うと地獄を見ることになると忠告して、それでも愛する私と一秒でも長く一緒にいることを選んだ男たちだったのだから、死んだとしても奴らの自業自得だ。

 

 私は咲き誇る大輪の薔薇ではない。例えるならば食人花。近寄ってトゲに刺される程度で済むわけがないのに、容易に引き寄せられた男たちが悪い。美しい私を愛でようと近付きすぎれば、私に食われて養分となり、あとは残りカスとして打ち捨てられるだけなのに。それでも君と共にありたいとこの足に縋り付いた男たちの、なんと醜く無様で可愛らしいことか。

 絶対に手に入らないものを手に入れようと足掻いて、もがいて、苦しんで望みが断たれて、それでも私からのひと握りの愛を求め、それすらも手に入れることなく死んでいった男たち。

 そんな彼らのうち誰一人として心の底から愛せはしなかった。

 

 それはきっと、私が心の底から誰かに愛されたことがないからだろう。

 都会のマンションの最上階も、限定発売のジュエリーも、お高いコスメも、高級ブランドのチョコレートも、年代もののワインも。私が欲しいと囁けば何だって買ってくれる男はたくさんいた。けれどもそれは、彼らが私をそうやって女王様のように扱うように、私が仕向けたからだ。

 私が彼らに愛されたのではなく、私が彼らに愛させていた。

 

 そうでもしなければ、私はきっと誰にも愛されないだろうと頭のどこかで感じていたから。

 まだまともな言葉も喋れない頃から見知らぬ誰かの慰み者としてたらい回しにされていた女。そんな女が普通に純粋に男と向かい合ったって愛されるはずもなく、ならば不純な手段を講じるしかなかったのだ。

 

 その結果がこれだ。

 本当に、私は何がしたかったのだろう。誰にも愛されなかった人生なんて生きなかったことと同義じゃないか。

 

 生まれてから一度も自分が不幸だなんて思ったことはなかった。思わないようにしてきた。けれど、いま気付いてしまった。

 不幸じゃなかったとしても私は負け組だ。口紅を武器に、ヒールを武器に、甘い声を武器に、たおやかな肢体を武器にした女の戦い。それら全てに勝ってきたようなつもりでいて、私は一度も勝てたことなんてなかったのだ。

 

 幻覚の中で私の死体を囲むのは、華やかな金銀宝石にたくさんの洋服たち。けれども愛の花束は見当たらない。花に埋もれて幸せに死に絶えた姫君にはなれない。私は最後まで、人の恋を掻き回すことで幸せなふりをしていただけの淫売な女王様のままだった。

 

 愛のない、生きずに死んだ哀れな小娘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 男のものと思しき大きな悲鳴で、私は目覚めた。

 どうやらさきほどから結構な時間が経過したらしい。私の目の前には軽く四百人くらいの人々がひしめき合っていた。

 

 ……なんだか妙な夢を見たような気がするが、内容は忘れてしまった。

 

 

「気を付けようね◇ 人にぶつかったら謝らなくちゃ★」

 

 サーカス団にでもいそうな格好をした青年が、腕から血を吹き出した男に向かって笑いかけていた。決して友好的な雰囲気ではない。どちらかというと牽制や威圧に近い、軽んじるような敵意を含んだ笑みだった。

 あの男、間違いなく強い。体術の面でもそうだが、なにかそれ以外の要因でも勝てる気がしない。オセロットから感じたあの妙な感覚と同じものを、この道化師ルックと、顔面が刺々しいファンキー野郎からも私の第六感は感じ取っていた。

 君子危うきに近寄らず。さっさと離れようと立ち上がったその時、ピエロっぽいそいつとうっかり目が合ってしまった。

 瞬間、男の笑みが深さを増す。

 

「やあ◆ きみ、さっき『舞踏会』と一緒にいた子だよね☆」

 

 話しかけられてしまった。無視をするとさっきの男の二の舞になりかねないので、慎重に口を開く。

 

「……さっき一緒にいた女はオセロット=サンローランって名前だ。『舞踏会』って名前の知り合いはいない」

「なんだ、オセロットならやっぱりそうじゃないか★ 『舞踏会』と『この世の薔薇(ローザ・ムンディ)』のこの二つは彼女の天空闘技場闘士としての通り名さ◇」

 

 天空闘技場――聞いたことはある。たしかそこで勝ち続ければ富と名誉が得られるだとかいう、格闘者の聖地みたいな場所だ。

 たしかにオセロットはかなり強かったし、掃き溜めに鶴というか、雑草の中に一輪だけ咲く満開の花のように派手な女だ。とうぜんその目立ちっぷりも凄まじいことだろう。その手のあだ名の一つや二つはついていても不思議ではない。

 ということはこの怪しい男はオセロットと知り合いなのだろうか。

 

「彼女、美味しそうだよねえ◇ 青い果実じゃないけど熟れきってもいない★ 今も食べ頃だけどもう少し待てばきっとさらに美味しくなる◆」

「…………」

「ああ、もちろんきみも美味しそうだよ☆ まだ青いけどね◆」

 

 前言撤回。こいつは断じて知り合いなんかじゃねえ。変態かストーカーか、あるいは双方を兼ね備えた変質者界のサラブレッドだ。

 全身をいやらしい眼差しで舐め回されて視姦されているみたいな嫌な気分に陥る。ここまで人に拒否感を催させる視線ができる奴は風俗店の客にもいなかったぞ。こいつは色々な意味で恐ろしい男だ。できるだけ近寄らないようにしよう。

 

「そうか。じゃあ私、ちょっとここら辺をぐるっと見回してくるぜ。失礼するよ」

 

 にっこりとあざといくらいに可愛い子ぶった笑みを浮かべてくるりと裾を翻す。そのままそそくさ足早に相手から逃げようとしたが、がしりと肩を掴まれた。

 振り向く。相変わらずおぞましい笑顔で立つ男。私も冷や汗をかきながらスマイルを維持。

 

「……まだ何か?」

「くっくっく◇ そう怖がらなくったっていいじゃないか☆ もっとお喋りしようよ◆」

 

 怖い。前世で会社が倒産して頭のおかしくなった元社長に心中を迫られた時よりも怖い。

 くそ、こんな危険人物といたいけな少年を二人きりにするなよオセロット。そもそもここは何処なんだ! こいつとの出会いの衝撃で忘れていたけど、そういえばここが何処でこれから何が始まるのかまだ聞いていない!

 こうなりゃヤケクソだとばかりに、私は再び男に向き直った。

 

「あの、ちなみにここって何処だか分かるか?」

「……◆ それは本気で言っているのかい?」

「ああ。連れて来られてもう少し待っていろと言われただけで、ここが一体どんな場所なのかは微塵も知らねーんだ」

 

 そう言った途端、男が「くっくっく★」ととても愉快そうに体を曲げて笑い出した。ああもう、見てるだけでぞわぞわする。一体この男の空気感はなんなんだ!

 

「ここはハンター試験会場だよ☆」

 

 ハンター試験。

 この世に生まれ落ちてはや十四年。ほとんどを両親との修行に費やし友人の一人もできたことがない世間知らずな私にも、さすがにそれがなんなのかは理解できた。

 

「オセロットのやつ、なんて場所に私を連れ込みやがったんだ……」

 

 額を手のひらで覆う。思わず唸る私に男が食いついた。

 

「あの一度踊った相手とは二度と踊らない人見知りな舞踏会が、そこまで執着して熱を上げる坊やか◆ 興味深いね◇」

「……オリヴィエだ。あんたは?」

「ボクはヒソカ☆ しがない奇術師さ◆」

 

 オセロットのことをあれだけ知っているのなら、どうせそれ経由で私の名前なんて後で漏れるだろう。そう思って名前を言うと相手も返してくれた。意外と礼儀正しい奴なのだろうか。ヒソカというこの男は。

 

 ジリリリリリリリリ!!

 と、けたましくベルの音が鳴り響く。突如として現れたヒゲの紳士の説明によると、どうやら二次試験会場まで行くことが一次試験の内容らしい。

 雑談はここまで。片手を上げて無言で別れを告げる私に、ヒソカから最後の質問が飛んできた。

 

「それできみは、けっきょく彼女とどういう関係なんだい? 弟子なら将来が楽しみだ◆」

「……愛人だよ」

 

 嫌がらせに事実無根の答えを返してストレス発散。ヒソカも驚いているし、周りで聞いていた奴らも驚いている。

 これでオセロットはショタコン疑惑にしばらくのあいだ悩まされることになるだろう。ざまあみろ。ハンター試験に黙って連れてこられたことはこれでチャラにしてやる。

 

 固まっているうちにヒソカから離れようと蹴り出す足に力を込める。

 一気に走る集団の中程まで躍り出た私は、抜く時に軽くぶつかってしまった三兄弟に小さく頭を下げながら心の中で嘆いた。

 

 こんなことになるなら、マンションから逃げる時に武器の一つでも持ってくれば良かった。

 

 

 

 


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