ようやっとチートの片鱗が見えて来ました。
いえ、光希の方は前から出ているのですが……
「アドバンテージ? どういうこと?」
私の独り言めいたつぶやきに、光希はすぐさま食いついた。
いやね。そうたいしたことじゃないんだけど。
「私の目の前にね。なにやらメニューらしきものが表示されてるんだけどさ。
私の雇い主と敵対関係にある神と、その代理人の一覧も載ってるんだよ」
「へー……」
なんだか反応が薄い。それで? って感じだ。
まあ、これだけじゃわからんよなぁ……
「さっきも言ったように、神同士が敵対してる人と手を組んだりすると、それだけで減点。
でも逆に、その人に何らかのダメージを与えられたら、ポイントが貰えるらしいんだよね。
そんでもって、ポイントを貯めると何かしらのボーナスがもらえる、とも書いてある」
「……つまり、そこに書いてある人と積極的に敵対すれば、
それだけいいことがある、ってこと?」
光希は、確認するように聞いてくる。
まあ、その通り。理解が早いね。
「そこまで言わなくてもさ、うっかり協力しちゃって減点される、ってことはなくなるよね」
「そっか。それで、アドバンテージね……」
納得したように頷く光希。
でも、まだあるよ?
「もう一個。こんな項目で減点されるんだからさ。
多分私がここにある人を騙したりしたら、相手は減点だよね?」
「ええっと、それって……
……仲間になったふりをする、とかそういうこと?」
ザッツライト。
敵の代理人を仲間にしちゃったんだから、相手は減点だよね?
でも、こちらは騙してるつもりなんだから、少なくともその点での減点は無いはず。
その上、『騙す』ということで相手に被害を与えられたら、こちらに点数が入るかもしれない。
……まあ、『嘘ついたら減点』なんて項目があったら、成り立たないけど。
「単なる案だよ。もしもの話。
別に、こんな手使わなくてもいいんだし?」
……というか、なんで私はあのヒカリアメーバを勝たせるような作戦立ててるんだ。
いや、そんなことしたって別に悪いわけじゃない……というかむしろいいことなんだろうけど。
なんだろう、自分で言っといて釈然としない。
「うん、まあ、確かに悪くはない……けど。
それってさ。僕の所に来た神さまの敵の代理人……って、言いづらいね。
僕の敵性代理人が、真尋ちゃんのとかぶってたら、の話だよね?
もしも僕の友好代理人と、真尋ちゃんの敵性代理人が同じだったら、あんまり意味ないし」
あ、そうか。私は、言われてやっと気付いた。
そうだよね。そういうこともあるか。
「やっぱ、この作戦なし!」
私がそう宣言すると、光希はくすくすと笑って「はいはい」と答えた。
……すごい馬鹿にされた気がする。
「じゃあ、外に行く? 能力を試すんでしょ」
そう言われて、私はようやっと本題を思い出した。
一つの事を考えると、後のことを忘れるという。馬鹿だね。
「わかった」
恥ずかしさにちょっと顔が赤くなったのを、誤魔化すように立ち上がった。
***
登るのは転移で一発だったので、降りるのもそうらしい。
広場にまで降りてきた私は、視界に重なるようにあるウィンドウとにらめっこをしていた。
「さて、どこから手をつけたもんかね?」
できることが多すぎて、ちょっと悩む。
先に、やけに丁寧で詳細で親切な【チート概要】を読んだから、大体のことは分かったんだけど。
うーん……とりあえず、まずは一番気になっているところから?
「えっと、こうだったっけ」
頭の上の、仮想の『仮面』を自分の顔の前に下ろすイメージ。
それと同時に、その姿も頭に強く思い浮かべる。
……正直、人前ではあまりやりたくない仕草かもしれない。ちと厨二っぽい。
指に硬い感触が触れて、実際に仮面が現れたのがわかった。
「……おお」
と、同時に左手に重い感触が現れる。
持ち上げてみれば、その手には刺で構成されたような形状の、大きな弓が握られていた。
うん、とても見覚えのあるデザインだ。名前はたぶん、『雄長弓フェイブルド』だろう。
攻撃速度が特に高いクラス、アロッソンだけが装備できる武器、長弓。
その中でもユニークと呼ばれるレアで強い武器で、確率で眠りの状態異常を与え、
巨人系の敵に対してはダメージが倍になる効果があったはず。
実際には巨人の敵と戦う機会はほとんど無くて、しかもなまじレアな武器だから、なかなか性能が高いものが出ず、
ゲームではお気に入りの装備だったけど、もうちょっと性能があればなぁ……と毎度思ってたやつ。
実際にはちょっと攻撃力が低かったので、別の武器を使ってたんだけど。
頭上に違和感を覚え、手をやってみると、ティアラのように何かが乗せられているのがわかる。
顔に手をやれば、当然硬いものに触れるが、不思議と視界は全く遮られていなかった。
「なんというか……モロ不審者だね」
脇でその様子を眺めていた光希が言った。
「うるさいっ」
私は、噛み付くようにそう返す。
いや、自分でもそう思うけどさ。ちょっとどうかと思う仕様だよね。
「っと、試すんだったっけ」
ちょっとイメージしただけで右手に現れた巨大な矢を弓に番えて、私は遠くの的を真っ直ぐに見据えた。
ギリギリギリ、と音を立てて、弓が引き絞られていく。
「く、結構きついな」
私はその感触を確かめて、少し眉をひそめた。
そもそも、弓もでかけりゃ矢もでかい。それを支えているだけでも、思った以上に力が要る。
それでも、チート補正のおかげか、なんとか弓を引ききった私は、しっかり狙いを定めてから、矢を放った。
ヒュォンッ
風を切る音とともに、矢は真っ直ぐに的に向かって飛んでいく。
その勢いのまま中心に深々と突き刺さり、的は衝撃で粉々に砕け散った。
「「…………」」
思った以上の精度と破壊力に、私と光希は揃って沈黙する。
「えっ……と。真尋ちゃんって、弓道か何かやってたの?」
戸惑うように、尤もな疑問を投げかける光希。
だけど、当然ながら、その答えはNOだ。こんなの触ったことあるか。
私が首を横に振ると、光希はますます微妙な顔をする。
「じゃあ、チート補正ってことかなぁ……それにしたって、初めてとは思えない出来だけど」
自分でもそう思う。
というか、アレだね。もし他のクラスも同様に、最初から熟練度MAXみたいな状況なんだとしたら、
ヘタしたら、ドラクエの魔法とかはそもそも使わないってこともあり得るよね。
「まあ、結論を出すのは全部試してからでいいでしょ」
クラスチェンジ、ヤリーダ。
軽く念じれば、すぐにデザインを変えた仮面の位置を整え、弓と入れ替わるように右手に現れた槍を軽く振るう。
そばに浮かぶパネルを操作して、光希が再び出してくれた的に狙いを定めながら、私はまた意識を集中させた。
***
「「…………」」
およそ3時間後。
私がほとんどのクラスを試し終えた頃には、広場は瓦礫で埋め尽くされていた。
結論、どのクラスも大差ない。というかむしろ悪化している。
アロッソン――というか、長弓の時は若干弓を引くのに苦労したけど、同じ弓系のユミヤッチャではそんなことなかったし。
ヤリーダやパイケロンとかの槍を投げるクラスでも、弓と変わらない精度だったし。一発の威力はとんでもだったけど。
というか、ゲームでも高火力だったクラスの破壊力が半端ない。最初に的を砕いたのが可愛く思えてくるぐらいだよ。
広場に大穴を開けて、そのたびに光希が泡食って『高速修復』のコマンドを入力してたのが可笑しかった。
……まあ、それすら間に合わなかったから、今の惨状なんだけど。
「真尋ちゃん……ちょっとは手加減してよ。ペース緩めるとかさぁ……」
「ごめんごめん」
ついさっき、障害物ごと地面を叩き割った大剣を、クルクルと手の中で弄びながら私は上の空で答える。
クラスを切り替え切り替え、一つにつき10分程度で切り上げてきたけど、やっぱり時間かかるな。
だけど、やり方はだいぶつかめてきた気がする。というか、この短い期間で実際に私の能力が向上してるっぽい?
これなんて明らかにフェイブルドよりも重いのに、全く苦もなく扱えるから不思議だ。
クラスごとで違う分野に補正がかかってる、ってのもあるだろうけどさ。
戯れ程度に大剣を振り回してみたり、曲芸よろしく投げ上げてみたりする。
くるくるくる、と複雑に縦回転しながら落ちてくる大剣の柄を、私はあっさりキャッチした。
ふむ。やっぱり反射神経や動体視力含め、身体能力は恐ろしいほど上がってるね。6歳児の所業じゃないわこれ。
3時間ぶっ続けで動いてたはずなのに、汗1つかいてないしなぁ……
「ただ問題は、これを解除した後に反動が来たりしないか、ってことなんだよね」
硬い仮面の額の辺りを撫でながら、私はそう呟いた。
こういった能力にありがちなのは、解除した途端に今までの疲労が全て跳ね返ってくる、ということだ。
もし仮に仮面の効果で疲労が抑えられてたとして、ここで解除したら、どうなってしまうかは想像に難くない。
でも、かといって解除しないわけには当然いかないだろう。
休んだら蓄積された(かもしれない)疲労も治るかもしれないし、ちょっと休憩するってのも1つの手だけど……
というか、どうせいつかは試さなきゃいけないんだよね、うん。
ここでぶっ倒れても光希がなんとかしてくれるだろうし、いったん解除してみよっと。
「光希。ちょっと一旦これ解除してみるけど、もし私がどうにかなったら、あんたなんとかしてね」
「え? ちょ、どういうこと?!」
念のため声をかけてから、私は仮面に手をかける。
そのまま頭上にまで見えない仮面を上げると、崩れるように光の粒子が手から零れていくのが見えた。
これで解除できただろう。来るかもしれない反動に身構え、息を詰める。
10秒……20秒…………1分……
いくら待っても、何も来ない。
「反動は無し、と。ますます
「な、なにやってんのさ?! びっくりさせないでよ?!」
素っ頓狂な声を上げる光希。
何って、単なる検証でしょ? 結局何も起きなかったし、そんなに驚く程のことじゃないと思うんだが。
そう、思った通りの言葉を告げると、光希は深い深い溜息をついた。
「……もう、もういいや。真尋ちゃん、君ってかなりいい性格してるよね……」
疲れ果てたような声を出す光希に、私は可愛らしく首をかしげた。