「……えっと、無いと思うけど」
「やっぱりね」
素直に答えると、やれやれとでも言いたげに頭を振られた。
「よし、じゃあ、特訓しようか」
「は?」
唐突にそんな事を言い出した光希は、立ち上がると、おもむろにクローゼットを開ける。
「え、ちょ、なにやってんのさ?」
「ああ、ちょっと待っててね。確かこの辺に……」
そして、探るように虚空に手を伸ばすと、すとん、と軽い音がして、
その手に収まったのは、空中に浮かぶ島と、そこに立ち並ぶ尖塔が閉じ込められたガラス玉。
「ダイオラマ魔法球?」
「正解。言っておくけど、エヴァンジェリンの持ってるものよりよっぽど性能いいんだからね?
さて、積もる話はあるけど、とりあえず続きはこの中でしようか」
そのまま、意外と広いクローゼットの床に魔法球を置く。
ブン、という音がして、人一人立てるぐらいの、赤く光る魔法陣が現れた。
「じゃあ、さっさと来てね」
呆然とする私の前で、光希は魔法陣に乗って、姿を消した。
「……え、あ。ちょっと!」
慌てて私が魔法陣に飛び込み……
「遅いよ、真尋ちゃん」
気がつくと、私は見知らぬ広場に立ち尽くしていた。
辺りを見回す私に、光希は笑みを含んだ声でそう声をかける。
「遅い……って、10秒も経ってなかったと思うんだけど」
「性能いいって言ったよね? この魔法球の倍率は48倍。原作で出てきたのの2倍なんだ。
つまり、外での30分が中での丸一日なんだよ。
外での10秒は、ここでは480秒……つまり8分になるってわけ」
「へー……」
それはすごいね。原作ネギパーティーの倍の特訓が出来るってわけか。
……って。
「え、なに? これから特訓すんの?」
「そうだよ、さっき言ったでしょ」
まあ、確かに言ってたけど……
「私、そもそも能力使ったこともないんだけど……」
「尚更ちょうどいいよ。ついでに使い勝手とかも確認できるし。
これから組んでやっていくんだから、お互いの手の内は知ってた方がいいしね」
……それもそうか。私も、こいつのこと全然知らないし。
それに、いざって時にぶっつけ本番で戦うのはさすがにキツイ。
「じゃあ、ここで話すのもなんだし。中に行こうか」
「中?」
私が首を傾げると、光希は広場の奥の建物を指さした。
「あれだよ。一応この尖塔群の中でも、メインタワーに当たる建物なんだ。
高さもダントツで高くて、確か600mぐらいだったかな?
真ん中が吹き抜けになってて、全部で120階層から出来てるよ」
「たっか……」
見上げると、青い空に吸い込まれるようにレンガ造りの塔が伸びていた。
高さもそうだけど、幅も相当ある。パッと見、そんなに細長そうには見えないし。
「塔の内部には転移陣も敷いてあるし、移動にはそんなに困らないけどね。
さ、こっちこっち」
そして、光希は私の手を引いて、若干駆け足で塔の中に誘うのであった。
って、速い速い?!
***
「ちょ……っと。待てっての。早過ぎるわ」
「あ、ごめん……」
ただっ広いロビー(というかもはや大広間)を抜けて、奥にあった大きな転移陣に乗り。
西洋風の客間っぽい、いかにも豪華な部屋に来てから、光希はようやっと足を止めた。
もう、足が速いのなんのって。私も、年の割には結構自身があったのにさ。
おまけに最初のロビーが広い。外の広場よりも広いぐらいだよ。
しかも600mの吹き抜けになってるから、建物の中なのにスゴい開放感だったし。
「座って座って。今お茶持ってこさせるから」
「ああ……って、え?」
サラッと何か言われて、ちょっと追求しそこねた。
ガチャリ、と扉の開く音がして、現れたのは……
「マスター、紅茶とお茶請けをお持ちしました」
「ナイスタイミング。いつもありがとう、アルジー」
なんと、栗色の髪に淡褐色(ヘーゼル)の瞳をした、いかにも執事然とした青年。
って、はあっ?!
「な、おま、まさか世話係を願いに入れたんじゃないだろうな?!」
思わず詰め寄ると、光希はちょっと焦った様子で、
「ま、まさか! アルジーは僕の造った魔道人形だよ。
僕のチートも、主に魔道具作成とか関係で……って、まあ、そこから話せばいいのか」
手で座るように促され、私はしぶしぶソファーに腰掛ける。
って、わ、すごいふわふわ。
「えっと、じゃあ、まずは僕のもらったチートから話そうか。
一つは当然、王の財宝。効果は知っての通りだよね。
と言っても、原作に出てきた物だけが入ってるわけじゃないんだけど。
というかむしろ、四次元ポケット並になんでもありになってる気がするけど……」
まあ、それは当然か。外せないよな。
なんでか強化されてるのには気になるけど、願い方によってはそういう事もあるんだろう。
「二つ目はここ、ダイオラマ魔法球。倍率と中の設備まで込みで一つの願いだね。
原作や二次創作での用途、特訓・休憩・研究・倉庫の役割を十分に果たせるようにしたんだ。
ここ、メインタワーで生活して、広場が訓練場、周辺の尖塔が研究所と倉庫かな。
あと、一個だけ中にカジノとかプールとか仕込んだ気もするけど……
……まあ、息抜きにでも使ったらいいんじゃないかな」
ふむふむ。周りの塔はほとんど倉庫と研究所なんだ。
……何の研究所?
「三つ目は、武術とか戦闘とか魔法とかの才能。身体能力上昇も込みだったはず。
まあ、だいたいの武術は3ヶ月も練習すればモノになったかな。
魔法も、練習次第では古代語上位を無詠唱とか出来るようになるし」
あ、やっぱ光希もそれ選んでたんだ。
まあこの世界じゃ、戦えなけりゃ何もやってらんない気がするしな。
……特に、転生者が溢れかえっている今の状況じゃ。
「四つ目は、魔道具作成の知識と才能。……チートさで言えば、これがダントツだ思う。
アルジー達を作れたのも、このおかげが大きいし。
王の財宝と組み合わせれば、かなり戦法が広がると思うよ」
つまり、作った物を王の財宝に入れておけば、好きなときに好きな魔道具を使えるってことか。
それはたしかにすごい……って、『達』?
「最後は、魔力と気の強化。これはまあ、そのまんまだね。
他に比べる人が居なかったから、どの程度多いのか、あんまり実感は無いんだけど……
……まあ、大量の魔力が必要な魔道具を作るときでも、今のところ困ったことはないかな」
で、最後にやっぱり定番のもの、と。
こうして聞いてみると、他の人でも選んでそうなものが多いな。
なんというか、ありきたりというか……?
「何か聞きたいこととかある?」
にっこりと尋ねられ、私は慌てて考える。
「ええっと、そうだな……
……広場が訓練場になってるって言ってたけど、あそこってただ頑丈なだけ?」
「まさか! 戦闘訓練用のゴーレムが出てきたり、障害物出したり、色々できるよ。
それに、あそこはあくまで『第一訓練場』。ここの地下にはもっと大きな訓練場も作ったし」
ほうほう、なるほど。充実の設備だね。
「へー……あ、じゃあもう光希はいくらか訓練してる感じ?」
「うん、まあね。この中の時間で、だいたい……24年ぐらいかな。
といっても、いくらかは魔道具の開発にも使ってるから、実際にはもっと少ないんだけど」
ほー、24年……って、は?!
「ににに、24年?! そんだけやってて、なんで老けてないのさ?!」
あっぶねー、危うくスルーするところだった。
さすがにそれはおかしい。目の前のこいつは、どう見ても年相応の小3男子だし。
……ま、まさか。
「あれか? 二次創作では定番の『老化を魔法球外と同じにする魔道具』ってやつか?!」
「そうだよ。あれ? 言ってなかったっけ?」
そう言って首を傾げる光希に、すっとぼけている様子はない。
どうやら、素で言い忘れていたようで……あんたなあ。
「……もう、いいよ。なんか疲れたし……」
「そう? ならいいんだけど。あ、そうだ。真尋ちゃんにもあげるつもりだったっけ」
ふと思い出したように、ぽんと手を打ち合わせる光希。
「マスター、どうぞ」
そして、見計らったように執事……ええっと、アルジーが細い金色の腕輪を差し出す。
というか、いたのか。存在をすっかり忘れていた。
そのあまりのタイミングの良さに、私はなんだか呆れてくる。
「ありがとう。はい、真尋ちゃん」
「あ、どうも」
何事も無かったかのようにそれを受け取り、光希は私に差し出してきた。
思わず受け取ってから、私はそれをしげしげと眺める。
それは、ずいぶんと豪奢で繊細な雰囲気の腕輪だった。ブレスレットじゃなく、腕輪。
細い蔦が絡まったような意匠に、小さく花が咲いている。いかにも高価そうな、見事な金細工。
……というか、これは、高くないのだろうか。それとも元から魔法球に付属?
「魔法球に入って、最初にしたのがそれを作成することだったんだ。結構大変だったよ?
材料の純金は、王の財宝に最高級の物が腐るほどあったから良かったんだけど。
時間の同期を装備してる人に限定して、感覚なんかには影響を出しちゃいけないし、
新陳代謝とかも中で揃えなきゃいけなくて、それで老化だけを外に揃えるって。
しかも、訓練するとき壊れちゃうといけないから、ある程度の丈夫さがないといけないし、
それだけ色々組み込みながら、デザインはやっぱりごてごてしてちゃ嫌だし、
重いと邪魔だから、出来る限り軽くして……とかやってたら、2週間もかかっちゃった。
と言っても、外では寝てる時間フルに使って、7時間程度なんだけどね」
作ったんかい! しかも外では一日かけずに!
金は、そりゃまあ王の財宝にはそれぐらい入ってそうだけど。
でも、これだけのものを2週間で作り上げるって……
……魔道具作成チート、恐るべし。
「でも、おかげでかなりの物ができたと思うよ。
それに、実は元々の予定では20日かけるつもりだったんだけど、
思ったより早く終わったから、その分色々便利機能つけてあるし」
「……便利機能?」
私が思わず首を傾げると、光希は得意そうに言った。
「そう! 真尋ちゃんも絶対に満足してくれると思うよ。
とりあえず、付けてみて?」
言われるままに、腕に通す。
すると、大分ぶかぶかだったのが、ヒュッと縮んで、幼女な腕にぴったりのサイズになった。
うわー、また地味に高度な小技を……
「持ち主が望まない限り、絶対に外れないようになってるんだ。
もちろん、成長しても合わせて大きさが変わるから大丈夫だよ。
水に濡れても錆びたりしないから、お風呂でも外さなくて平気だし」
いかにも嬉しそうに、楽しそうに解説をする光希。
ああ、自慢したかったんだな。自分の作品を……
……だけど、そのドヤ顔はウザい。
『それと、こんな機能もあるよ』
「うわっ?!」
と、不意にすぐそばで光希の声がして、私は飛び上がった。
何、なに?! びっくりして光希の顔を見るけど、その口は動いていない。
……これはつまり。
『こういうことか?』
『正解。やっぱりさすがだね』
腕輪を意識しながら、頭の中で問いかけると、しっかり返事が帰って来た。
つまりこれには、念話機能もついてるってことか。
それだけで考えれば、パクティオーカードよりも便利なんじゃないか?
呪文も、カードを額に当てる必要もないし。誰にもバレずに連絡が取れる。
『誰かに傍受されないように、色々対策もしてあるしね。
他には、一級品の魔法発動体でもあるよ。まあ、君が使うかどうかはわからないけど』
最後におまけのように、そう付け足した。
しかし、絶対に今言った機能だけじゃないだろうな……勘だけど。
「他に作った魔道具とかについては、また今度かな。
次は、真尋ちゃんの番だよ」
今度はちゃんと声に出して言った光希に、私は頷いた。