金剛(壊)   作:拙作者

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メッキが剥がれたな、の3話目投稿。
あとは、もう落ちていくだけです…

※前回よりもさらに長めです。疲れたり、気分を悪くされてしまいましたら無理せずお戻り下さい。

※今回は勘違い文は無しです。

※感想によるご指摘を受け、H26.1.25に一部改訂しました。
 及びH26.2.8に魚雷による攻撃を被弾→被雷に訂正しました。
 ご指導下さった皆様、ありがとうございます。




2 鎮守府海域迎撃戦・前

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

海鳥達が飛び交い、白い雲が浮かんでいる青い空。

それを写し取ったかのように地平線の向こうまで続く大海原。

 

その一角を、縦一列に並び、白い波を立てながら進んでいく軍艦。

船体の甲板上には、艦の分身として顕現している少女達の姿。

 

艦娘の一団。その艦数、5隻。

 

 

 

 

ただ、陣容の艦影は些かアンバランスなもので。

原因は、最後尾に位置する艦にあった。

 

先頭から4番目の艦までは、型も大きさもほぼ一致している小型艦である駆逐艦。

が。その後に続く最後の艦のみが、飛び抜けて大きい。

 

それもそのはず。

この5番目の艦は、他の4艦とは分類が別物であるから。

 

軍艦の中でも花形とされ、海上の覇者とも称される巨大艦--戦艦。

中でも旧式ながらも、かっての大戦では縦横無尽の活躍を見せた艦である金剛型。

その1番艦「金剛」…それが、この列の殿についている艦の名である。

 

ただ。

その艦娘として顕現している【彼女】の佇まいは、明らかに通常という範囲からは外れていて。

 

 

 

 

 

その姿を、前4隻を進む駆逐艦隊--第六駆逐隊の最後尾としてついている電は、時折、振り返っては確認する。

ある意味、【彼女】こそが今回の航海の主役であるから。

 

 

多くの軍事行為が集団で行われるように。

軍艦も行動の際には複数で固まる「艦隊」という単位で動くのが基本だ。

各々が役割を分担し、協力することで性能以上の力を発揮できるように。

 

ただ、その為にはお互いの呼吸を合致させることが必要だ。

息が合わなければ擦れ違いを引き起こし、取り返しのつかないことにも成り得る。

行動がチグハグで、対峙した相手に隙を与えてしまったり。

それ以前に味方艦同士での誤射や衝突という事故も引き起こしかねない。

 

だからこそ、各艦の連携が重要になってくる。

僚艦が次にどのような行動を取るのか、そのために自分はどのような動作を行うのか…

 

これらの要素が十分に出揃って、初めて艦隊は形を成し、戦力として機能するのだ。

 

 

ただ、当然ながらそれは一朝一夕にできるものではない。

積み重ねた訓練と、潜り抜けた実戦によって磨かれていくのである。

 

 

 

その点、青年提督の艦娘である第六駆逐隊は文句なしであった。

原体であるかっての大戦時の時から姉妹艦として製造され。

艦娘として顕現してからも、提督の下で訓練と実戦を乗り越えてきた。

何を言わずとも互いの行動を理解し、助け合う。

 

そんな第六駆逐隊は、艦隊としての1つの理想の姿と言えるだろう。

 

 

 

 

ただ、金剛-【彼女】は違う。

今日ここに配属されたばかりであり、青年提督と第六駆逐隊が培ってきた呼吸や空気など解るはずもない。

こんな状態で軍事行動を行えば、ズレが出てくるのは必至。

 

故にそれを防ぐため、まずは近海の航海訓練という形で協同行動をとってもらい、空気に慣れてもらおう-それが青年提督の決定であり、今回の航海の主旨である。

 

そして、その為に重要な役割を負っているのが電だ。

普段の航海の時から、彼女は艦隊の殿を務めている。

ただ今回は初の航海ということで、【彼女】が第六駆逐隊の艦列の後ろに回され。

第六駆逐隊の最後尾であった電は、その前に位置することになる。

 

つまり、【彼女】の状況を最も近くで見ることができるのである。

 

その位置を活かし、電が行うべきことは【彼女】の観察。

艦隊の機動に付いてこれているかどうか。

船体に無理な負荷を掛け、燃料を余分に消費していないか。

そういった点を注視し。

場合によっては艦隊全体の動きを調整するよう、旗艦である暁や、通信を通してこちらと繋がっている提督に提言する。

 

いわば、艦隊のバランスを取る役割を担っており。

そのためにも電には、【彼女】に注意を払っておく必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

…ただ、それにしては。振り返る回数が些か多く感じられる。

そこにあるのは、役割への責務感だけでなくて。

チラチラと向けられているその視線に込められているのは-

 

 

 

「(やっぱり、怖いのです…)」

 

未知なるモノへの、恐れ。

 

 

 

電は内気さ故の臆病な面もあるが。

艦娘として顕現して以来、青年提督の下で幾多の戦闘を乗り越えてきた強者だ。

 

その電をして、不安が掻き立てられる存在-それが、【彼女】。

 

 

異常。

理由はその一言に尽きる。

 

 

 

【彼女】は、本当に金剛という艦娘なのだろうか。

 

 

電の知る金剛の艦娘とは余りに違い過ぎる。

以前、提督間で行われた演習の中で、他鎮守府に所属している金剛を見かける機会があったが。

 

…【彼女】が、その金剛と同じ艦の艦娘とは、とても思えない。

見かけこそ同様だが、他はまるで違う。

暖かみの無い瞳と、温もりの無い表情。

共通しているのは外見だけで、中身は全くの別物。

 

 

どこか別の場所から来た、常識では測れないナニか。

その無機質な在り方は、自分達とは決して相容れないのではないか…

 

 

 

 

「(-っ!駄目なのです!そんなこと考えちゃ…!)」

 

外見だけで他者を判断するなど、あってはならない。

ましてや、【彼女】はこれから共に戦う仲間なのだから。

 

 

 

 

けれど、脳裏に芽生えた疑惑と不信の芽は膨らむばかり。

 

 

 

 

…そもそも、【彼女】は本当に自分達の仲間になるつもりがあるのだろうか。

初対面の時から、一言も口を聞いていない。

挨拶も無く、笑顔も無い。

 

…そんな彼女が、こちらの空気を解ってくれるのだろうか。

よしんば解ったとして、合わせてくれるのだろうか。

 

もしかしたら。

【彼女】が加入したことによって艦隊の空気が悪くなり、そのまま集団としての体を成さなくなっていってしまうのでは…

 

 

 

 

 

 

「(しっかり、するのです!)」

 

こびり付く様にして離れないマイナス思考を、電は頭を振って払おうとする。

 

 

 

1つ、息をついて【彼女】から視線を外す。

 

「(…疲れちゃってる、のかな…)」

 

出撃が重なっていることで疲れが溜まっているのかもしれない。

こうも悪いことばかり考えてしまうとは…

 

もっとも、疲れているのは自分だけでは無い。

青年提督だって連日の指揮や報告書類などの事務仕事、上層部への嘆願等で心労が溜まっているだろうし。

姉達だって絶えることの無い出撃と、それによる疲労で身体が重くなっている。

今、こうして艦隊を後ろから見ていても。若干、姉達の機動がブレているのが解る。

 

ただ、それは自分も同様だろうけれど。

 

 

 

滅入った気を晴らすために、少し海から視線を外し、電は頭上を見る。

広がっている空と、流れている雲。

空の青さと降り注いでくる太陽の光が、目に染みるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

それは余りに迂闊な行動だった。

戦場である海から注意を離すなど…

 

普段の電なら、決して行わないであろう愚行。

彼女自身も自覚していた通り、度重なる出撃による疲労が蓄積され。

注意力が散漫になっていたのだ。

 

 

 

だが。戦場は、如何なる言い訳も通用しない。

隙を与える行動を取ってしまったのなら…容赦なく代償を徴収される。

それが。無慈悲な戦場という場所での、絶対の法則。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

海洋を航海している艦娘達から離れた鎮守府の提督室。

その執務机の椅子に座り、艦隊との通信を介して状況を確認している青年提督は…瞼の重さを、必死に堪えていた。

 

「いかん、いかん」

 

閉じてしまいそうな瞼を、青年提督は指で擦り上げた。

身体に圧し掛かってくるかの倦怠感に、ともすれば屈し、そのまま舟を漕いでしまいそうになる。

 

艦娘達が出撃している最中に眠気に身を任すなど言語道断だ。

 

 

…そう頭で強く念じていても、肉体は欲求に正直で。

意識を溶かすように覆い込んでくる睡魔に抗い続けることは、困難を極めそうである。

 

「まだまだ、だな」

 

肉体欲求に陥落しそうな己を、青年提督は叱責する。

 

 

確かに最近、連日の事務処理や戦闘指示、嘆願等で多忙ではある。

 

だが、それが何ほどのことだろうか。

自分の艦娘である第六駆逐隊は、日々、命を懸けて戦っているのだ。

そんな彼女達に比べれば自分の負担など、ぬるま湯にも劣る。

それにすら耐えられないなど…

 

とは言え、自分への卑下は後でいくらでもできる。

今やるべきなのは、艦隊の帰投までしっかりと見守ること。

 

 

 

…けれど、今の状態では本当に居眠りをしてしまいかねない。

 

幸い、今日は戦闘任務では無く、練習航海。

そのため、深海棲艦の出没する外海では無く、既に航路が確保されている内海を航行しているのだ。

危険性は非常に低い。

通信で断りを入れた上で、顔でも洗ってこようか…

 

 

 

そう思っていた彼の思考は、次の瞬間には跡形も無く吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

『ふあぁぁぁぁ!?』

 

通信機の向こうから聞こえてきた悲鳴によって。

 

眠気など、一瞬で消え去った。

通信機に掴み掛らんばかりになりながら、青年提督は対話を試みる。

 

「電っ!?」

 

悲鳴を挙げたのが誰かなど、確認せずとも解る。

 

-電。

普段から控え目な、姉妹の末っ子。

その彼女がこれほどの声を上げるなど、明らかに尋常ではない。

 

 

そして、通信の向こうからの返答は、それを裏付けるものだった。

 

『し、司令官っ!電がっ…電がっ!』

 

『雷っ!落ち着いて!』

 

 

取り乱した雷の声。

明るい性格でメンバー内のムードメーカーである彼女が。今はひどく取り乱していて。

それを窘めている暁にしても、声に動揺が露わになっている。

 

彼女達は強者であり。今まで数多くの戦場を生き抜いてきた。

何度も襲ってきた危機だって乗り切ってきており。

その精神性の強さは全艦娘の中でも最高峰のものであると、青年提督は確信しているし。

それは他者からも認められている事実である。

 

その彼女達が取り乱すとなると…事態は、どれほど深刻なのか。

 

 

 

 

『司令官。電が、被雷した』

 

それを知らせたのは、響の冷静な声。

…だが、青年提督には。その声の裏に隠しきれない衝撃が押し隠されていることが解った。

普段から冷静な彼女ではあるが、姉妹への思いは人一倍強い。

その彼女にとって、末妹が被害を蒙ったというのはどれほどのショックだろうか。

 

それでも何とか平静を装い、報告してきた。

これ以上、事態を悪化させたくないがために。

下手に手を誤れば、最悪の事態を招きかねないが故に。

 

 

 

「だが、レーダーに敵艦影は…」

 

なかった、と続けようとして青年提督は固まる。

確かにレーダーは海上の艦影を探ることができる。

 

 

…けれど、レーダーでも探知できない場所が、あるではないか。

 

 

 

 

『海上にも敵艦影は確認できず。―敵は…』

 

 

 

レーダーでも探知できない場所…それは、海の中。

 

『敵は、潜水艦と思われる』

 

「っ!」

 

なんで、そんな艦種がこの海域に。

そう毒突きそうになり、しかし、ふと思い出したことがあった。

 

 

そう言えば。

最近、近海洋で輸送船団が幾つも撃沈されているという報告があった。

そして最後に残された通信内容を解析した結果、恐らく敵潜水艦によるものであると思われるため、各鎮守府は要警戒せよ…との通知が出されていた。

 

 

「(恐らく、敵はその下手人か…!)」

 

だが、まさかこんな鎮守府の海域にまで出張ってくるとは…!

 

いや、そもそも。自分がもっと注意しておくべきだったのだ。

いくら敵の精鋭潜水艦隊でも。こんなところまで侵入するはずは無い、と。

高を括っていたのだ。

 

思わず自分を殴り飛ばしたくなる。

だが、そんなことは後回しだ。

今は、艦隊を何としても生還させなくては。

 

 

 

 

「(だが、どうする…!?)」

 

状況は極めて悪い。

 

第六駆逐隊の態勢が万全ならば、いくら精鋭潜水艦が相手であろうと五分以上に戦える。

 

 

 

 

潜水艦という艦種は海中に潜航している性質上、有効な兵器は余り無い。

が…ここ最近の潜水艦への警戒通知を受け。

青年提督は一応、対潜兵器である爆雷を第六駆逐隊に装備させていた。

 

三式爆雷投射機-新型の爆雷投射機であり、その対潜能力は折り紙付きだ。

工廠が無く、兵器の開発ができない青年提督の鎮守府では本来、手にすることのできない武装だが。

以前から親交のあった、とある提督に譲渡してもらったものだ。

これによって爆雷を命中させることができれば屠ることは可能だし。

彼女達ならば、それができる。

 

 

 

しかし。今、彼女達のコンディションは最悪だ。

絶えることの無い連戦による疲労。蓄積されたそれが、彼女達の本来の実力を奪っている。

攻撃可能領域まで接近されてしまったことがその証明だ。

十全な状態の彼女達ならば。位置は特定できずとも、気配ぐらいは感じ取れていたはず。

 

それができないほどに低下した戦闘力で、敵精鋭潜水艦に対抗できるはずもない。

 

「(一体、どうすればっ…!?)」

 

苦悶の表情を浮かべながら、思考を振り絞る青年提督だが…妙案は思いつかなくて。

 

 

 

 

『っ!電、危ないっ!?』

 

冷静さすら保てなくなった響の悲鳴が、通信機から聞こえて。

それは、敵の追撃が。それも恐らく致命傷に成り得るものが放たれた証。

 

「電っ!」

 

青年提督も叫ぶしかできなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-だけれど。

今、この艦隊に居る艦艇は。第六駆逐隊だけでは、無いのだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ああ…終わっちゃうのかな…)」

 

ぼんやりとした視界の中。

電の思考に、そんな諦観めいた感情が浮かぶ。

 

周囲の情景が、スローモーションのようにゆっくりと流れていく。

前に居る姉達が、表情を悲痛と絶望に染めながら、懸命に手を伸ばそうとしている様子も。

大きく見開かれた瞳に浮かんでいる涙も。

見慣れていた筈の、海面の白い波の飛沫の一筋が跳ねる様子も。

 

-その中を、刃を突き立てるべく接近してくる魚雷の航跡も。

 

 

 

 

まるで、時間が止まってしまったかのような感覚。

ひょっとして。

このまま無事でいられるのではないかと、そう期待してしまうかのような。

 

 

 

 

 

けれど。世界はそんなに優しくは、無い。

 

 

あと僅かの後には。襲い掛かってきた魚雷は、狙いを違えずに電の船体に突き刺さる。

既に最初の雷撃で大損害を蒙っている電に、それを耐え得る術は無い。

 

ならば、待っているのは1つ。

 

「(ここまで、なのです…)」

 

瞳から、涙が一筋。

 

普段の自分の臆病さから言って、もし最期の時が来たりするようなことがあれば、ひどく取り乱すのではないかと想像していたが。

驚くほど、精神は落ち着いていて。

 

 

 

「(次に生まれてくる時は、平和な世界だと、いいな…)」

 

ささやかな願いを秘めて。

静かに目を閉じる。

 

 

これで、終わり。

あとは、最期の瞬間を迎えるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-なのに、どうしたことだろう。

 

「っう…」

 

一筋だけだと思っていた涙が、次々と溢れてくる。

 

 

諦めたはずなのに。

受け容れたはずなのに。

 

…でも-

 

「やっぱり、嫌、なのですっ…!」

 

嗚咽と共に漏れた、奥底の本音。

 

兵器としてこんな思考を持つことが失格だということは解っている。

命を持たぬ只のモノとして戦い続け、命令をこなし、壊れるまで使われる。

そこに感傷も感情も必要無い-それが兵器だ。

 

だから、こんな考えを持つべきでは無いと解っている。

 

 

 

 

 

-それでも。

 

 

 

艦娘として現世に甦り。

姉達とも再会し。

優しい提督にも恵まれた。

辛いことも、苦しいこともあったけれど。皆と共に、懸命に乗り越えてきた。

 

 

それを。こんなところで終わらせたくなんて、無い。

 

「こんなところで、終わりたくなんかっ…!」

 

しゃくり上げながら、零れてくる望み。

切実な。心底からの、願い。

 

 

 

 

 

 

 

-それを汲み取ってくれるほど、戦場という死神は優しくない。

ただ有るべき結果を、あるがままに。

 

海中を切り裂いてくる魚雷の軌道は、逸れも、遅れもせず。

電の船体に突き刺さり、その命脈を絶つだろう。

 

 

…轟沈。

己の身に起こるその瞬間を、せめて目の当たりにしたくなくて。

電は、目を改めて強く閉じる。

 

 

 

そうして。

 

 

 

 

耳に響く、魚雷の被雷音。

その衝撃の振動が伝わったことによって、揺れる水面の感触。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

………

 

「…あ、れ…?」

 

 

だけど。

いつまで経っても、痛みが襲ってこない。

もしかして、もう死後の世界に行ってしまったからなのだろうか。

だが、肉体の感触は確かにあって。

 

何が起こったのか。

恐る恐る、目を開けてみて。

 

 

「…え…?」

 

最初に感じたのは、視界全体に掛かる影。

山のように広がったそれは、電の船体全体を覆い隠している。

 

次に目に付いたのは、眼前を塞ぐ大きな壁。

城壁のように聳え立つそれは、盾のように電の前面に陣取っている。

 

 

 

まだ、現状を整理しきれない頭で。

それでも解ったのは-

 

 

 

 

-自分が助かった、という事実。

 

 

突き刺さるはずだった魚雷は、己の前面に屹立している影と壁によって食い止められていて。

 

だけど、電を覆い隠しているそれらは、壁や盾では無く。

巨大な、船体。

 

 

今現在、この海域でそれほどの巨体を持つのは、ただ1隻。

 

その甲板上。

白い衣に包まれた繊細でしなやかな背面。

吹きつける潮風に乗って絹のように流れる、長く真っ直ぐな髪。

 

電は、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

「―金剛、さん…?」

 

 

 

その声に、艦上に悠然と立っていた人影-【彼女】が、振り返った。

 

電の方に向けられた視線は、相も変わらず平坦なままで。

表情にも全く動きが無い。

 

 

 

 

 

-だけど。

電の健在な姿を見て。

【彼女】の視線に。顔に。

ほのかに、温もりが差したように見えたのは。

 

-【彼女】が、安心したように見えたのは。

 

 

 

…都合の良い自己解釈が見せた、幻なのだろうか?

 

 

 

 

電がそれを確かめる前に、【彼女】は再び海面へと視線を翻す。

 

ほんの僅かに船体をずらして、その先の情景を見た電は。

即座に、現実へと引き戻された。

 

 

「危ない、です!」

 

青く広がっている海原。

そこに浮かび上がってくる、白い気泡によって形作られた直線状の航跡。

今も伸び続けながら猛進してくるそれらの正体は-最初に電が被雷したものと同じ、魚雷。

しかも、今度は複数。

 

先程よりも遥かに勢いを増した雷撃攻撃。

より鋭く。より多く。

それでいて正確さは全く衰えないままに、新たな標的に襲い掛かる。

 

その標的が誰であるかなど、言うまでもない。

-先程の魚雷の前に立ちはだかった【彼女】だ。

 

海上の覇者とも称される戦艦だが。

雷撃能力は備えておらず、海中に攻撃する手段は有していない。

そんな戦艦にとっては、潜水艦という艦種は天敵とも言える。

 

加えて。

今の【彼女】は、電の防壁と化して鎮座している。

 

反撃する術を持たず。しかも大きく。おまけに動かない。

そんな【彼女】は-現在対峙している深海棲艦潜水艦隊からすれば、格好の的でしかなかった。

 

 

正確性と緻密さを併せ持った一連の攻撃。

寸分違わぬ命中精度の元で放たれた魚雷群、計3発。

その何れもが、ターゲットに正確に牙を突き立てて-

 

 

爆音と共に、海面を裂いて立ち昇る3つの水柱。

巨艦の側部。魚雷が艦前部・中部・後部に命中し、その船体を抉る。

黒煙を噴き上げ、襲いくる衝撃に船体が揺れて。

 

 

 

 

 

 

だが。

【彼女】は屹立したまま、微動だにしない。

船体のダメージを反映し、衣が破けて肌が傷付いた身体は満身創痍。

 

 

 

-それでも。

梃子でも動かぬ、と。

微塵も動じぬ瞳で、海面に視線を据えたまま。

 

 

「金剛さん、ダメ、なのです!もう…!」

 

そんな【彼女】の姿に、電は堪らず声を張り上げる。

 

自分を庇い、【彼女】は傷付き、しかも動けない。

そんな状況は、心優しい電にとっては耐え難いもので。

自らの状況も顧みず、悲鳴のように口を開いた。

 

「もう、電は大丈夫だからっ-!」

 

だから、せめて貴女だけは逃げて-

そう言おうとした電の言葉は、最後までは綴られない。

 

 

 

 

 

【彼女】が。電に向かって、振り返り。

ゆっくりと、首を横に振ったから。

 

 

 

ここを退いたら、貴女がやられてしまう、と。

そう電に言わんばかりで。

 

 

 

 

言葉も無い。表情も動かない。

だが、そこから伝わるのは断固たる意志。

決して退かぬという精神の顕れ。

 

彼女1人だけ助かろうとするのなら、直ぐにでも離脱すればいい話だ。

…なのに、そんな素振りを一向に見せず。

【彼女】は、電の前に陣取り、その身を敵の刃に晒している。

 

-それは、きっと。

【彼女】が、こちらを仲間として思ってくれているから。

 

 

 

 

 

-大丈夫だから。貴女は、自分が守るから-

 

動かない瞳、温かみのない表情の中で。

【彼女】に、そう言ってもらった気がして。

 

 

「金剛、さん…」

 

電は、視線を俯ける。

【彼女】の顔を、まともに見れない。

 

身を挺してまでも自分を守ってくれている【彼女】に対し。

自分は先程まで何を考えていた?

勝手な先入観を抱いて、怖がり、忌避していて-

恥ずかしくて、情けなくて。

 

-そして、悔しかった。

【彼女】の足枷になるばかりで、何もできない自分が。

 

先程の雷撃で重要機関を損傷したらしく。

反撃はおろか、まともに動くことすらままならない。

文字通りの、足手纏いだ。

 

何も、できない。

その無力感が、自らを苛んで。

 

 

「(っ!自分への叱責なんて、後でいくらでもできるのです…!)」

 

負の連鎖に入り込みそうになった思考を繋ぎ止め、電は再度顔を上げる。

せめて、何かできることをすべきために。

 

 

-自分では、何もできない。

 

だったら。仲間に頼れば良い。

 

自分には居るではないか。

顕現して当初から共に戦ってきた中で。常に優しく見守り続けてきてくれた-

-自慢の、姉達が。

 

「みんな…!」

 

泣き出さんばかりの表情で、電は視線を艦列前方へと向ける。

 

姉達が、この窮地をなんとかしてくれるのを信じて。

新しい「仲間」を、失いたくないがために。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「(解ってるさ、電)」

 

末妹からの、真摯で切実な、言葉無き願い。

声には成らぬ、心底からの懸命の懇願。

 

その叫びは、艦列前方に居る響にも痛いほどに伝わっていて。

 

 

正直、【彼女】と最初に対面した後は…不安で仕方なかった。

艦数が増えるのは喜ばしい。しかも戦艦ともなればなおさら。

 

…なのに喜べなかった。

【彼女】の、異質さによって。

 

感情の片鱗も見せず、人形のような佇まい。

そんな【彼女】と上手くやっていくのは、困難極まりないように思え。

この先、艦隊として纏まらなくなるのではないか…そんな恐れを抱き。

自然と、距離を置こうとしていた。

 

【彼女】に、こちらと距離を詰めようとする気はないのだから、と。

 

 

そんな判断をした自分達は、余りにも愚かだった。

目の前の状況が、それを証明している。

 

身を挺して電を庇い続け、自らの身をも顧みない。

それは、【彼女】が、自分達を仲間と認めていることに他ならず。

そして。

その仲間のためならば、自身を犠牲にすることも厭わない-そんな強さと優しさを持っている証。

 

-そんな【彼女】を。自分達はよく知ろうともせずに遠ざけていた。

それがどれほど傲慢であり、残酷なことだったのか…考えずとも解る。

 

だから。【彼女】に、謝りたい。

そして、その上で改めて仲間として迎え入れたい。

…【彼女】が許してくれるならば、だが。

 

 

その為にも、ここでこのまま座している訳にはいかない。

末妹を救ってくれた恩人が、今なお危機に陥っているのだ。

少しでも早く、なんとかしたい。

 

 

 

 

「響、いつでも行けるわ!」

 

「こっちも!早く動きましょ!」

 

そしてそれは、他の2人-暁と雷にしても同様。

電が轟沈しかけていた時点では我を失っていた彼女達も。

最悪の事態が防がれたことで、本来の覇気が戻っている。

 

だからこそ、直ぐにでも駆けつけんばかりの様子を見せている。

あくまで「最悪」が防げた…いや、一時的に棚上げにできているだけ。

未だ危機の渦中にあることは間違いなく。一刻も早く対応を取らねば、今以上に状態が悪化しかねない。

 

その事実を理解しているから。

 

 

 

 

何より。

末妹を守ってくれた恩人が嬲られる様を、大人しく見ていることなどできるはずもない。

戦意に満ち溢れた眼からは、そんな意志がありありと伝わってくる。

 

響にしても2人に全面的に同意だ。

 

 

 

 

しかし…

 

「(今の私達で、太刀打ちできるか?)」

 

日頃から沈着性を持ち合わせる響は、今の状況も正確に把握している。

 

 

敵は深海棲艦潜水艦隊。

魚雷の発射数と航跡から判断して、艦数は恐らく3隻。

こちらと同様、ほぼ同位置に固まって艦列を組んでいるのだろう。

襲撃のタイミング・魚雷の命中精度等から見て、相当な練度の部隊であることが窺える。

エリート級…いや、最初の雷撃からすると…下手をすれば、フラグシップ級。

 

対し、今の自分達は疲労が溜まり、能力を完全には発揮できない状態。

万全なコンディションなら、例えフラグシップ級であろうと撃破してみせる。

 

だが、今の状態では…

 

「(厳しい、な…)」

 

そう予測せざるをえない。

問題なのは、敵潜水艦が潜航している場所が絞り込めないこと。

見当は付いているが…正確に此処、と指し示せる訳ではない。

近付けば間違いなく先に相手に捕捉され。

爆雷で反撃しようにも、曖昧にしか場所が解らないのであれば無駄弾にしかならない上に。

発射位置からこちらの詳細位置情報を相手に割り出されかねない。

 

幸いなことに今は敵潜水艦は【彼女】の撃沈に全力を注いでおり、こちらへの注意力は然程でもない。

 

相手潜水艦からは、先に大きな相手-【彼女】を沈めた後で処理すればいい、と。

脅威としては低いと見積もられているのだろう。

 

悔しいが…それは、事実だった。

今の自分達では、深海棲艦の精鋭艦隊と真っ向からぶつかることは、できない。

 

 

 

 

しかし、だからと言ってここで座しているつもりなど毛頭無い。

仲間が傷付けられているのを黙って見ているなど、できない。

 

理屈では、ないのだ。

 

「-()るか」

 

決意の言葉と共に、2人に同意し、向きを反転させていた船体を前進させるべく、視線を前に向けた時-。

 

 

 

まるで、そのタイミングを見計らったかのように【彼女】が此方を向いて。

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと、首を横に振った。

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

-来るな-

 

まるで、そう言っているかのような。

馳せ参じようとしていた自分達を制する意図が込められた動作。

 

それを読み取ったのか、傍らの暁と雷も動きを止める。

 

「一体、どうして…?」

 

暁が口にした疑問は、場の意見を代弁したもの。

このまま動かないでいても、状況は悪くなるばかりだ。

【彼女】とて、それが解っていない筈は無い。

なのに、何故-?

 

 

その疑問に対する答えを、【彼女】は動作で示して見せた。

 

ゆっくりと腕を振り、海面を指し示す。

魚雷が放たれたであろう海域の辺りを。

 

 

そこには-

 

「っ潜望鏡!?」

 

小さく、けれど驚きを含んだ声で、押し殺すように雷が口にする。

 

青と白によって彩られた波間。

そこで跳ねる微小な飛沫に隠れるようにして覗いている光。

 

一見すると、波によって照り返された陽の光にしか見えないが。

目を凝らして見れば、明らかにそれが自然のモノではなく人工物であることが解るだろう。

やや細長い棒状の外装を纏ったソレは-潜水艦の、潜望鏡。

 

波間に精巧に紛らわせている為に、よく目を凝らさねば見逃してしまいそうな。

極めて高度な偽装技術。

事実、自分達は疲労のせいもあるだろうが気付けなかった。

 

それを、【彼女】の腕は正確に指し示していて。

その能力の高さが解る。

 

そして、その狙いも。

 

 

 

 

「(あの辺りに向けて爆雷で奴等を攻撃しろ、ということかな)」

 

響はそう判断し。

そして、小さく首を振った。

 

「(無理だ)」

 

臆したわけでは無い。

ただ、そう判断せざるを得なかった。

 

潜望鏡によって、大よその敵潜水艦の位置は掴めた。

 

だが-

 

「(あと、一押し…足りない)」

 

通常の爆雷攻撃で良いのなら、今の手持ちの情報だけでも十分。

 

しかし、今求められているのは通常攻撃ではなく。

相手を一撃で沈める、速攻攻撃。

一発で決めねば、反撃に出てきた相手によって自分達が沈められかねない。

 

ただ命中させるだけではなく、瞬時に撃沈させねばならない。

その為には、潜航深度や艦の向き等の、より詳細な位置の特定が必要だ。

 

ただし。こちらからそれを割り出す手段は-無い。

 

奴等が潜んでいる海中まではレーダーの探知は届かず。

海中の索敵が可能なソナー・探知器系統の装備は所持していない。

 

 

八方塞がりだ。

 

 

いっそのこと、奴等がもう一度魚雷を発射さえすれば。

その航跡からさらに詳細な発射位置・大まかな深度を探り当てることができるが-

そんなことなど…

 

 

 

 

 

 

「(-待て)」

 

響の脳裏に、閃めくものがあった。

 

 

 

「(…まさか、貴女は…)」

 

-その想像は。

当たっていてほしくないもので。

 

 

 

額から汗を一筋流しながら、響は【彼女】を見やる。

自分の考えが間違っていることを願って。

先程と同じように、首を横に振ってほしい、と。

 

 

そうして。

響の視線を受け止め。

【彼女】は、首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

…縦に。

 

 

「っ!」

 

その動作は。

響が、瞳に込めた疑問の肯定で。

 

思わず、唇を強く噛み締める。

 

「(確かに現状を打破するのに最適な手段には違いない…だけどっ!)」

 

【彼女】は、こう言いたいのだ。

 

 

 

-自分が囮になるから、その間に敵潜水艦に攻撃しろ、と。

 

無防備な艦の横っ腹を晒したまま動かない最大の理由は、電を守るためだが。

もう1つの理由が、これ。

敵潜水艦に、自分を攻撃させるためだ。

 

奴等が攻撃すれば、発射魚雷の航跡から位置を特定できるから。

 

 

…そのためには、【彼女】が甘んじて攻撃を受け止めねばならない。

奴等が間違いなく牙を向けてくるよう、獲物という立場でいなければならない。

既に4発もの魚雷を被弾している【彼女】が、果たして耐えられるのか。

 

だが、それでも-

 

 

「…ねぇ、まさか-」

 

響と同じく、汗を流しながら声を絞り出す雷。

2人も勘付いたのだろう。【彼女】の狙いに。

【彼女】が何故、無防備なままでいるのか。

何故、駆けつけようとした自分達を留めたのか。

その、理由を。

 

 

 

 

それを証明するかのように、【彼女】が、行動に出た。

その巨体に備え付けられた、巨大な主武装である主砲-35.6cm連装砲。

傾きかけた船体の上で、大口径を誇る砲塔が旋回し-

 

 

場を震わせるような大爆音。

咆哮のような発射音が響き渡る。

 

 

それは一度では終わらない。

続けて、2発目・3発目。

 

撃ち出された砲弾が、海面に着弾して夥しい量の海水を巻き上げる。

破壊というものを具現化した大火力砲撃-その姿は、海上の覇者と称されるのに相応しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが-それは、今の局面を直接打開するには役に立たない。

凄まじい火力も、海水という分厚い壁に阻まれ。

海中に潜む深海棲艦潜水艦隊には、届かない。

 

 

 

 

 

それでも、【彼女】は砲撃を止めない。

次々と放たれる砲弾が、海面を揺らし続ける。

 

けれど…届かない。

放たれた攻撃は、空しく水柱を立たせるだけで。

 

むしろ、自分の窮地をさらに晒してしまっているようなもの。

あれほど派手に攻撃を仕掛けていては、相手の耳目をさらに【彼女】自身に集中させ、

自らの状況を曝け出し、より苛烈で正確な反撃を喰らってしまう。

 

 

 

 

 

そんなことは、【彼女】とて承知している筈なのに。

無駄な足掻きとしか取れない艦砲射撃を続ける。

 

 

 

 

 

 

-何故なら、【彼女】は無駄などとは思っていないから。

 

砲弾の着弾点は、何れも潜望鏡からは離れた位置で。

放たれた砲撃は、暁・響・雷の3隻が佇んでいる場と敵潜水艦隊の視界とを分断するかのよう。

海面に幾つも噴き上がった水柱は、3人の姿を上手く潜望鏡から逸らさせ。

それでいて、3人が潜望鏡へと近付く進路を遮ってはいない。

 

 

【彼女】は、自らの行為を無駄だとは思っていない。

砲撃を放つことで、自身の姿を目立たせてしまうのも。

それによって、深海棲艦潜水艦隊に、より正確に狙われるのも承知の上。

 

 

 

全ては-暁・響・雷の道を切り開くために。

反撃の機会を齎すために。

 

 

3人ならばやってくれる、と。揺らがぬ信頼があるが故に。

 

 

 

 

 

 

雷にも、【彼女】の思いは伝わって。

 

でも、承服できない。

余りに、【彼女】が危険すぎる。

 

 

「そんなの-!」

 

「…待機よ」

 

否定の意を上げようとした雷の言葉を、暁の押し殺したような声が遮った。

 

「っ!」

 

長姉の言葉に、雷は吊り上げた眼差しを向ける。

原体の物言わぬ艦艇であった頃に敵兵を救助した逸話を持つ雷は。

電と同じく、暖かな優しさを持っている。

そんな彼女にとっては、味方艦を敵の餌にするような策は到底受け入れ難いに違いない。

感情のままに声を上げようとして-

 

「…ぁ」

 

だが、糾弾の声が雷の口から放たれることは無かった。

 

 

-制止をかけた暁が、視線を下に向け、肩を震わせているのを見てしまったから。

悔しいのは。納得できないのは。暁とて同じなのだ。

それでも。長姉として、艦隊旗艦として適切な対応を取らねばならない。

その無念さは如何ほどのものだろうか…

それを推し量ることができるから。雷は口を噤む。

 

「…暁」

 

震えている暁の背を、そっと押すように、響が静かに声を掛けた。

 

暁は、その呼び掛けに顔を上げる。

自己嫌悪に塗れた、怒っているかのような、泣いているかのような表情で。

それでも、しっかりと号令を発する。

 

「各艦、爆雷用意」

 

今にも泣きそうな声。

見ている側がつらくなりそうな-

 

その時だった。

 

 

 

『―暁』

 

通信機から、ずっと黙ったままであった青年提督の声が聞こえてきたのは。

 

「し、司令官?」

 

いざ戦闘行動に入った場合、青年提督は状況の把握には努めるが。

それ以外では、ほとんど口を開かない。

戦場においては現場の判断こそが絶対であるという考えと。

全て艦娘達に任せておけばいい、という絶対の信頼があるから。

だから今回も、電の轟沈が防がれたのを確認した後は何も言ってこなかった。

 

その彼が、声を発してくるとは…

戸惑う暁に向かって、青年提督はいつもと変わらぬ穏やかな声をかけた。

 

『-すまない。そして、ありがとう』

 

辛い決断をさせてしまってすまない、と。

そして。この重圧の中でそんな嫌な決断を下す役を果たしてくれて、ありがとう、と。

 

「司令官…」

 

その言葉に、暁は込み上げてくるもので胸が一杯になって。

けれど、今は責を果たすために堪える。

 

 

その様子を直接目で見ていないにも関わらず、暁の様子が解ったのか。

青年提督は、優しげな吐息を1つ吐いて。

 

声の調子が、変わった。

 

『みんな…』

 

切羽詰まったかのような、感情剥き出しの声。

いや、或いは。

彼も、精神を保つのが限界だったのか。

 

今にも泣き出しそうな、懇願。

 

『電と…金剛を、頼む…!』

 

兵器である艦娘が失われそうな時に動揺するのは、艦隊の司令官としては不適切かもしれない。

軍人としては失格かもしれない。

 

だが、それが何だと言うのか。

この青年提督だからこそ、自分達は付いてきたのであり。

彼が提督であるということが、誇らしい。

 

-だから。

そんな彼に応えるために。

 

そして。末妹と、新たな仲間を救うために。

 

【彼女】は、自分達に反撃の機会を与えるために自らを囮にした。

轟沈の危険の瀬戸際にいるにも関わらず、少しも躊躇わず。

自らの命運を、自分達に託して来たのだ。

曇り無き、絶対の信頼。

 

それに応えなくて、どうするのか。

 

 

 

言葉は、要らない。

3人は静かに海面を見据え、前を見据える。

全員で、無事に生還するために-

 

 

 

第六駆逐隊の3人による、反撃の狼煙が上がろうとしていた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。

また長くなってしまいました…
最初は分けるつもりは無く、1話で完結させて上げようと思っていたのですが…
作成中に20,000字を超えてしまい、前後で分けて投稿させていただくことにしました。
もっと短く、かつ面白くさせたいのですが…まるで精進が足りていません。

また、期間を空けてしまい、すみませんでした。
前回まではノリのままに書いていたのですが、そこから詰まりました。
身の程知らずの偉そうな言い方になってしまいますが…ものを書くということの重さを思い知らされました。
他の作者の皆様(特に定期的に作品を上げられている方や戦闘場面を取り扱われている方)の凄さが身に染みて解りましたね…

愚痴や弱音ばかり述べてしまい、申し訳ありません。
次回は後編と勘違い文を纏めて上げさせていただく予定です。
今回ほど間を空けないように励みます!



ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
皆様のお時間の足しに少しでもなりましたら幸いです。



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