金剛(壊)   作:拙作者

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更新が遅れに遅れ、お詫びの言葉もございません。
15話目、投稿させて頂きます。

※独自設定が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※今回、会話文はありません。
 そのため読み難くなってしまっていますので、無理をなさらないでください。


15 ちんじゅふぼうえいせん・おわり(副題:誰かさんの目覚め)

 人間には、反省という行為はとても大事なものだと思う。

 

 生きていく上で、失敗という存在は避けては通れない。

 事の大小の違いこそあれ、人は誰しもミスをする。

 どれほど優秀で偉大な人物であっても、一度も間違わないというのは不可能だ。

 英雄であろうと一般人であろうと、生きていく中で常に向き合わなければならない存在。

 それが、〔失敗〕。

 

 ――だが、それを上手く活用することができれば道を開くこともできる。

 〔失敗は成功の母〕という言葉がある通り、その経験を活かすことができれば新たな糧を得ることも可能なのだ。

 

 そのために欠かせないのが、反省。

 なぜ失敗したのか。そして、それを繰り返さないためにはどうすれば良いのか。

 過程を振り返り、原因を探って。

 そして、自らに非があるのなら素直にそれを認めて戒めとする。

 そうやって、また進んでいく――それが、反省という行為であり、生きていく上でとても大事なことだと思う。

 

 だが、この反省という行為。簡単なようでいて、実はとても難しいもの。

 己の過ちを認める、というのは誰しも気持ちの良いものではない。

 自分が起こした失敗という重さを受け止めきれず、見苦しい言い訳を並べ立てたり、責任を他の所に押し付けたり、他者に八つ当たりしたり……そういった考えが内心で生まれてしまう。

 それを自分の中だけに仕舞っておけるなら何ら問題はないんだけども。

 それを前面に出して周囲に当たり散らすような輩は、年齢や社会的立場を問わず、相当数居る。

 ――だからこそ、己のしたことを受け止めて反省できる人というのは、老若男女問わず立派だし、それを誇っていいと思う。

 

 前述したけしからん輩どもは、そういった人達の爪の垢を煎じて飲んでほしいね。

 ……そう。

 暖かいお言葉を頂くという望外の幸運に恵まれているにも関わらず。

 口先だけいい返事をしておいて、更新速度を上げる気配すら無く。

 それどころかそれに甘えてさらに速度を低下させている、どっかのモノを書いている拙い作者とかにね!

 

 …

 ……などと盛大に無駄話をしてしまいました、「お前が言うな!」の金剛(偽)デース。

 いや、散々偉そうに語ってしまいましたが、俺も人のことをどうこう言えないっす。

 間違いを犯して反省するどころか、開き直るわ不貞腐れるわ。

 挙句の果てが指摘されたことに逆ギレして周囲に当たり散らすわ。

 ……振り返ってみると、我ながら終わっとる。

 最低という言葉をそのまま形にしたような、ダメ人間ですな……

 

 

 

 さて、そんな俺は今、とある部屋に居ります。

 既に時刻は深夜。

 昼間はイケメン提督君や第六駆逐隊、妖精さん達が行き交かっている鎮守府も、この時間帯には静寂に包まれている。

 その奥まった位置にある一室――そこにワタクシは腰を下ろしております。

 一目では視界には収めきれない空間、この鎮守府の部屋の中では最大の面積を持つ場所。

 

 ……だけど、この室内に身を置いていても思ったほどの広さは感じられない。

 その原因となっているのは、眼前に所狭しと配置されている機械群。

 大小様々なモニターと、絡みつくように張り巡らされたケーブルやキーボード。

 それらの間に中継所のようにして配置されている数々の箱型筐体。

 まるでミニチュアの街のように立ち並んでいるこの機械達が、部屋の過半を占領している。

 

 ……多分、機械のことが好きな人達がこの部屋を見たら、涎を垂らすかもしれない。

 俺はコンピュータとかの精密機器に関してはチンプンカンプンだけど、でも、見ただけで何となく解る。

 目の前のこの数々の機械は、市井のものとは一線を画した技術の塊なのだということが。

 こう、雰囲気的に感じ取れるというか……

 ここの小さなモニター1つとっても、諭吉さんが何人飛んでっちゃうんだろう?

 多分、一束じゃきかないんだろうなあ。

 

 とまあ、ある意味でとんでもないこのお部屋の名前は――シミュレーションルーム。

 またの名を、仮想演習室という。

 

 

 艦これの原作ゲームでは、他プレイヤーの艦隊と疑似的に対戦できる〔演習〕というモードがある。

 もちろん疑似的なものであるから正確に相手の強さを反映したものではない。

 それでも、他の提督の艦隊構成や戦術を確認してそれを参考にしたり、自艦隊の仕上がり具合をみたりすることができる、かなり有用性の高いモードだ。

 

 それを再現したのが、この部屋とそこに置かれた機械達というわけである。

 

 艦娘が現実に存在するこの世界では、艦娘達が各々の船体を用いて実戦に近い形で砲火を交える実弾演習を行うことは可能だ。

 ……けど、実際にそのような演習が行われることは多くない。

 その原因は……ぶっちゃけ、金と手間が掛かり過ぎるからです!

 

 まず場所を確保しなければならないけれど、そこからして楽ではない。

 訓練ができるだけの十分な広さがあること。

 それに訓練中に襲撃など受けては堪らないので、安全性が確保されていることが条件になるわけだけど……

 深海棲艦達の出現により、そういった海域は限られてしまっている。

 そして、その安全海域についても海軍だけで独占できるものではない。

 深海棲艦の出現以来、規模を縮小させながらも何とか食い繋いでいる漁業・海運業にとって、そういった安全な航路は数少ない労働場所であり、生活を支える命綱なのだ。

 軍がなければ国を守れない。けれど、軍だけでは国を営めない。

 海は、艦娘・海軍だけのものではないのだ。

 

 で、そういった諸々の条件をクリアしたとしてもそれで終わりではない。

 この世界の防衛機関である鎮守府の数は膨大であり、そこに所属する艦娘も莫大な数に上る。

 そんな彼女達全員が一度に訓練することができるだけの広さを持つ場所など、あるはずが無い。

 そのため、海域の使用は順繰りであり、演習の申請を行ってから実際に訓練が行えるまでには相応の時間を要する。

 いつでも好きな時に演習を行えるわけではない。

 

 さらに最大の問題となるのが、多大なコスト。

 本番の戦闘を想定した演習訓練では実際に船体を動かすことが必要不可欠であり、そのためには大量の砲弾や燃料が必要になってくる。

 ……それらについても、タダで生み出されるわけではない。

 砲撃訓練でも実際に砲弾を撃ち出さないことにはデータが取れないし、艦隊同士の模擬戦闘ともなれば演習用の砲弾を用意する必要がある。

 演習の際に用いられる演習弾は実弾に比べていくらかコスト削減が試みられているが、それでも相応の費用が掛かることに違いはない。

 そもそも、艦娘の本体である船体の運転には多量の燃料を必要とする。

 まして戦闘用の動きをするとなると、その消費量はさらに跳ね上がってしまう。

 

 こういった砲弾・燃料の費用は手軽に捻出できる額ではなく、大規模攻略戦の前の合同訓練などの重要な演習を除いては、実際に演習が行われることは少ないのが実情である。

 

 ――その代わりに艦娘達の鍛錬の場となっているのが、この仮想演習だ。

 仮想空間の中に疑似的に海域を作り上げ、そこに艦娘達の船体を投影する。

 目を開けば、そこにあるのは現実のものと何ら変わらない海と空。

 無論、虚構なんだけれども……そこに映し出される映像は現実のものと全く差異が無い。

 青い海も白い雲も、元のものそのままだ。

 いってしまえば、バーチャルゲームの究極版といったところか。

 

 ここまで忠実かつ正確に海域環境を再現したこの装置。

 聞くところによると、昔、とある艦娘の集めたデータが元になっているそうな。

 ……けど、これだけ忠実に環境を再現するには大量かつ緻密なデータが要求されるはず。

 それこそ、潮の流れから雲の動きまで見逃さないような観察眼が不可欠。

 再現度データを正確に集めるなんて、並大抵のことじゃできないぞ。

 それこそ、どこかネジが外れていないと…。

 

 

 ――と、なんでそこに俺が居るかというと、最初に話は戻るのだが。

 まあ、反省のためである。

 

 今回の鎮守府防衛線。

 もう終わりだと思っていたところで、第六駆逐隊の皆に救ってもらったわけだが……。

 情景を見た俺の感想を一言。

 …

 ……うわようじょつよい(2回目)。

 軍艦としては最軽量に分類される駆逐艦の身でありながら、軍艦の中でも最重量級の戦艦・正規空母を一方的に撃破するとか…

 

 小型艦がイニシアチブを握りやすい夜戦であったこと。

 奇襲に近い形で先手が取れたこと。

 そして、既に金剛さんボディーによって深海棲艦側が痛めつけられていたこと、といった好条件が重なったということもあるとは思うけれど。

 それでも、あれだけ一方的に撃破するというのは、並外れた技量がなければ不可能だ。

 

 はっきり言ってしまえば。

 例え深海棲艦側が万全な状態であったとしても、この夜戦においては、第六駆逐隊の勝利という結果は変わらなかったと思う。

 

 ――圧倒的ではないか、わが軍は!

 

 

 とまあ、今回の海戦は勝利という形で終わらせることができたんだけれど……

 

 

 ――「――ごめんなさい、なのですっ……!ごめんな、さいっ……!」

 

 ……その時に、泣かれちゃいました。

 

 うひょぉぉぉ!

 電ちゃんが、電ちゃんの体がこんな近くに!

 やわらけえぇぇ!

 仄かに漂ってくる、幼さを含んだ甘やかな香りが、香りがっ……!

 よ、よ~し。

 泣いている電ちゃんを慰めるためにも、ここは1つ肌を脱がねば!

 ヒトの気持ちを癒すのに最適な手段の1つが、スキンシップ。

 ……だから、ちょっとぐらい……手を伸ばしてもイイヨネ?

 これはお触りじゃないから!KENZENだから!

 喋れない金剛さんボディーで、言葉の代わりに人肌の温もりで電ちゃんに御礼を伝えるための手段だから!

 き、緊張で腕が震えちゃうけど……そ~っと手を伸ばしで……

 

 …

 ……

 ………ふう。

 ここが、この感触が、天国か……。

 

 ――という冗談はともかくとして。

 

 ええとですな……きっついです。

 自分の為に泣かれるというのは、怒られるより堪える。

 雀の涙ほどしかない俺の良心にグサグサ来るんですよ……ええ。

 

 今回の鎮守府防衛。

 戦果という面では成功かもしれないけれど、俺的に言えば失敗だ。

 第六駆逐隊や、妖精さん達。

 ……それにまあ、あのイケメン提督も不本意ながら含めて。

 皆を――仲間を、悲しませてしまったのだから。

 

 ヘタレでダメダメな俺だけど、仲間を泣かせたいという腐った性根など持っていない。

 こんな事態の発生は今後ともご勘弁願いたい。

 じゃあ、それを防ぐには…

 というところでない頭を必死に振り絞って考えたのが、この疑似演習だ。

 

 今の俺の肉体の金剛さんボディーならば、大抵のことは切り抜けられると思う。

 ……ただ、その中身の俺がダメすぎる。

 今回の件にしても、俺が変に意地を張ってなければ、また違った形で終わらせることができたと思う。

 ボディーがよくても、ソフトがへっぽこではな……

 例えるなら、最高性能のレーシングカーにオンボロエンジンを載せているようなものだ。

 いくら能力が高くても、それを発揮しきれない。

 

 ならば。

 俺が少しでも金剛さんボディーに慣れておけば、多少はマシになるかもしれない。

 ……まあ、気休め程度だけど。

 それでも、何もやらないよりかはいいかな、と。

 しかし、生きるか死ぬかの実戦でそんなことを試みているような余裕は無い。

 だから、とりあえずは疑似演習で試してみようかな、と。

 

 

 ただ、それをみんなの前でやるわけにはいかなかった。

 あの戦闘終結後、病室に押し込まれてしまってますから

 重傷者ということで厳重な保護下に置かれてますからね。

 こんな状況で訓練したいとか言っても……

 却下されるだけだし、さらに心配を掛けるだけだ。

 さすがにそれは避けたい。

 だったら、バレないようにやれば良いじゃない!

 というわけで、夜中に皆が寝静まった後にこっそりと、ね。

 第六駆逐隊の皆は練度が凄いから、例え眠っていても、少しでも気配の動きを感知するとそれを読み取って起きてしまう。

 …

 ……そんなスーパーロリっ子達のセンサーも、金剛さんボディーならば擦り抜けることが可能。

 動作を最小限に抑えて、空気の揺れも押し殺して。

 抜き足差し足、忍び足!スニーキングミッションもお手の物!

 まさにジャパニーズニンジャー!

 ……いや、ここまで気配殺せるとか……冗談抜きに、その気になれば暗殺者にもなれちゃうぜ、コレ。

 

 というわけでこの仮想演習室に居るわけです。

 さて、時間も限られてますし、手早く始めちゃいますかね。

 端末をポンポンとな~。

 この仮想演習装置には全鎮守府全艦娘のデータが収録されている。

 大まかな性能や装備情報から、今までの戦闘記録まで。

 いわば、機密情報の宝庫。

 当然そのセキュリティは厳しく、起動の際にはいくつものパスワードや複雑な手順を要求されるんだけど……

 ……この金剛さんボディーにかかればお茶の子さいさいさぁ!

 そ~れ、キーボードをカチャカチャタンタン、とな。

 はいはい、起動確認。

 

 ふっ!

 ジャパニーズニンジャーから、凄腕ハッカーまで!

 この体にできないことなどほとんど無い!

 ふふふ、敗北を知りたいぜ♪

 …

 ……いや、煽りとかは抜きにマジメな話、このボディーでできないことなんて、あるのかなあ?

 無論、物凄い心強い。

 ……けど、ここまで万能無欠だと…逆に、なんか怖いのよね……

 

 と、いかんいかん。

 せっかく装置を起動したんだからぼんやりして時間を潰すわけにはイカン。

 画面に意識を戻す。

 再現された仮想区間のなかで、該当する艦娘のデータから構成されたプログラムデータを相手に演習を行うのが、この演習装置。

 全艦娘のデータが収録されているので、相手に誰を選ぶかは選り取り見取りだし。

 互いの艦数や、遭遇状況などの設定も自由自在。

 

 さて、この中からどんなデータをシミュレータ相手に選ぶか。

 ……ぶっちゃけ、金剛さんモードになれば最高難度でも相手にならない(確信)。

 でも、今は俺自身を鍛えなきゃならんからな……

 どんな相手がいいのかな?

 

 …

 ……解らん!

 え~い、もうこうなったら。

 両目瞑りブラインドタッチ!

 これで適当に相手とか方式を決めてしまえ!

 で。ポチっとな。

 

 接続を行って装置を起動した瞬間、目の前の視界が切り替わって……

 ……

 目に入る一面の青い海。

 おお……これがシミュレーションとかまじ信じられん。

 潮の香りも、湿気を含んだ風も本物そのままじゃん。

 

 っと。今は演習中だった。

 意識を戻した視界の中。霧がかった向こうに、艦影が映る。

 その数、1隻。

 ほほう、方式はタイマン勝負か。

 まあ、俺が金剛さんボディに慣れるためならば一番良いかもしれないな。

 さて、相手は…

 …

 ……あれ?

 なんか、こっちとほとんど同じじゃね?

 艦影がほとんど同じで差異がほぼ無い。

 ……ってことは……同型艦――金剛型か?

 となると……他の鎮守府の金剛か、あるいは他の妹艦のどれか?

 

 

 

 ――って…あれ?

 ……なんだか、視界が、曇ってくぞ……?

 いったい、これは……?

 そんな疑問を抱いたのも束の間。

 ……突然、火花が散って、あっという間に目の前が真っ白になっていく。

 まるで、夢から覚めるような形容し難い覚醒感が意識を塗りつぶしていって――

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ここではない、何処か。

 今では無い、何時か。

 

 戦うことのできない艦娘が居ました。

 勇壮な砲塔から砲弾を放つことも。

 厚い装甲で敵の前に立ち塞がることも。

 それどころか、その巨体で海に漕ぎ出すことすらできず。

 ただ震え、泣くことしかできない――

 そんな艦娘が居ました。

 

 怖い――

 彼女の胸の内にあるのは、恐怖でした。

 化け物との殺し合いに臨むことが、堪らなく恐ろしくて。

 けれど、彼女が何よりも恐ろしかったのは対峙する相手――深海棲艦ではなく。

 己の中に眠る、昔の記録。

 まだ、己が言葉も意思も持たぬ軍艦であったときの記憶。

 

 ――かっての己の、最期の瞬間。

 

 被雷した時の損傷を思い起こしてしまうから。

 冷たい海へと沈みゆく瞬間を思い出してしまうから。

 だから、自身の過去を恐れたのでしょうか?

 

 それも、原因の一因です。

 しかし、彼女が過去を怖がる本当の理由はそうではありません。

 

 彼女の恐怖の根本にあるのは――乗組員達の、最期。

 

 この時、彼女は作戦行動を終えて内地への帰途の途中でした。

 その際に敵艦からの魚雷を浴びてしまったのです。

 当初は大した損害では無いように思われたのですが……様々な悪条件が、その予測を覆してしまいました。

 損傷は拡大し、機関が停止。

 内地を前にしながら、遂に帰還することは叶わず、沈没。

 船体を海中に没することとなるのですが……ここで、悲劇が起きてしまいます。

 

 彼女に搭乗していた乗組員の多くが、その命を落としたのです。

 退艦命令の遅れと、艦内で発生する爆発。

 さらに、周辺海域は荒天によって牙を剥いて――

 ……この悲惨な状況下、1,000名を超える乗組員が犠牲となってしまいました。

 

 ……彼らの嘆きは、如何ほどだったでしょうか。

 国のため、大切な人のために必死で戦って……けれど、そこにはもう、帰れない。

 

 あともう少しで、帰り着けた。

 あともう少しで、故郷の土を踏めた。

 あともう少しで、大事な人達の元へ帰ることができた。

 

 そんな状況から一転して絶望に叩き落とされた彼らの、無念。

 余りに痛ましく、計り知れない悲痛な叫び。

 

 ――そんな彼らの姿を、忘れることなどできようはずもありません。

 

 艦娘であれば誰であれ、そういった記憶を持っています。

 それと向き合い、同じような悲劇を繰り返さないために艦娘達は海へと降り立つのです。

 

 ……その、艦娘として当たり前のことが、彼女にはできませんでした。

 船体を顕現する度に、乗組員達の最期が脳裏に蘇ってきて……

 眩暈と息苦しさに襲われ、嘔吐し、泣いて……そうして、立つこともできずに蹲る。

 

 ……当然、こんな状況で艦娘としての務めを果たせるはずもありません。

 なにせ、己の本体とも言える船体を操ることすらできないのです。

 戦闘はおろか、演習や輸送任務さえ行えない。

 

 それならば、解体処分として艦娘でなくなればよかったのかもしれません。

 しかし、彼女はそれもできませんでした。

 艤装解体されたのなら、軍属ではなくなります。

 当然、この鎮守府からも出なければならない。

 そうなると、今度は己1人で、「かっての記憶」という恐怖を抱えたまま過ごさねばならないのです。

 そんなことに耐えられるとは思えなくて。

 

 艦娘でなくなれば軍艦としての記憶もなくなるのではないかとの話もありましたが、それとて確証はありません。

 軍隊に関する情報というのは最高峰の機密情報であるということは古今東西同じであり、

 艦娘でなくなった娘のその後の情報など、入ってくるはずもありません。

 

 だからこそ彼女は艦娘のままでいましたが、そんな彼女に外部の者達は辛辣でした。

 冷たい視線を向けられるのは、まだ優しい反応で。

 穀潰し・役立たずと罵られることが当たり前。

 いっそのこと廃棄処分すべきではないか、と言われたことも一度や二度ではありませんでした。

 

 ――そんな意見や糾弾から彼女を守ってくれたのが、内部の人達です。

 3人の妹達を始めとした艦娘の仲間達。そして、主である提督。

 彼らは彼女を邪険に扱うことなく、仲間として扱ってくれました。

 

 彼女が所属する鎮守府は、数ある防衛拠点の中でも有数の強度を誇っていました。

 指揮官である提督は未だに若年ながらも指揮官として極めて優秀であり、既に大器の片鱗を見せていました。

 また、常に他者への配慮や気遣いを忘れない心優しい青年でもありました。

 その上、容姿は申し分ないほど整っており。

 更には、出身はこの国有数の名門とも言える家系。

 容姿端麗、頭脳明晰。その上、家柄も人柄も申し分ない。

 そんな彼は、軍部の新星として期待を掛けられていました。

 

 それほどの人物の下にいる艦娘が無能なはずもありません。

 勇将の下に弱卒なし――この提督が率いる艦娘は、猛者揃いでした。

 どれほどの強敵を前にしても怯まず、どれほどの危地であっても乗り越える。

 そんな確固たる強さを持っていました。

 

 ……そして、こんな言葉があります。

 健全な精神は健全な肉体に宿る、と。

 彼女達は、ただ戦闘が強いだけではなかった。

 提督も、彼に率いられた艦娘達も。

 心も強く、そして優しかったのです。

 

 彼らは、知っていました。

 彼女が、どれだけ自身のことで苦しんでいるのか。

 そんな苦悩に身を置きながらも、どれだけの努力を重ねているのか。

 

 何度も船体を顕現できないか試行し。

 皆の平時の負担を少しでも少なくしようと、事務仕事を懸命にこなし。

 皆の安全性を少しでも高めるために、戦場となる各海域の天候や潮流などの膨大な情報をコンパクトかつ詳細なデータに分析・解析して。

 

 ――そんな彼女の努力は、鎮守府に大きく寄与することとなります。

 彼女が事務仕事をこなしてくれるおかげで、他の艦娘は輸送や演習、そして戦闘などの軍事実務に集中することができ。

 彼女が生み出したデータは、作戦立案や各地の攻防戦において大きな助けになりました。

 

 そして、一番大きな力になったのは――彼女の、笑顔でした。

 深海棲艦との戦闘は、多大な負担が掛かります。

 命を懸けて直接刃を交える艦娘は勿論のこと、その指揮を執る提督にも。

 彼らの根幹である鎮守府という組織に対しても。

 幸い、此処の鎮守府においては青年提督が優れた人物であったこともあり、彼を中心として強固な体制が構築されていましたが……それでも、疲労は溜まります。

 

 ……そんな彼らの疲れを少しでも癒すことができるように、と。

 そして、また勇気を持って戦場に向かい、帰ってくることができるように、と。

 彼女は、常に明るく、暖かな笑顔を浮かべていました。

 雑事は率先して引き受け、愚痴や悩みを聞き、相談に乗り。

 他者の身を、いつも気遣って、思い遣って。

 

 自身に向けられる、外部からの心無い態度や言葉が解らないはずはありません。

 侮蔑の眼差しを向けられ、罵られ……平気な筈は、ありません。

 ――けれど。

 彼女は、そんなことなどおくびにも出さずに、いつも笑っていました。

 皆に心配を掛けないように。

 皆の力になれるように。

 

 ……そんな彼女の姿を、鎮守府の皆は見ていました。

 直接戦力にはなれなくても、懸命に鎮守府に尽力してくれる――

 彼女のその姿に、どれだけ力付けられたことでしょう。

 

 ――彼女は、極めて厚い信望を集めていたのです。

 

 特に、総指揮官である青年提督。

 そして鎮守府内での艦娘達のリーダーにして、青年提督の生涯の伴侶ともなっていた、彼女の妹艦。

 この2人からの信頼は、絶大なものでした。

 

 彼女の献身性は、この鎮守府にとっての誇りであり、支柱でもあったのです。

 

 ただ、そんな彼女の功績も外部からは認められることはありません。

 艦娘は、兵器。

 それなのに、戦うことができない欠陥品。

 そう嘲笑われ、白い眼で見られ。

 

 けれど、彼女はそれでも耐えれたのです。

 鎮守府の皆の役に、少しでも立てれば。

 そして、これから先も、皆と一緒に進んでいければ――

 

 

 …

 ……

 ――その願いは、叶えられることはありませんでした。

 

 

 怨念と害意を持って襲い来る深海棲艦。

 それに対抗する人類と艦娘。

 止め処なく続く争いは――ある時、1つの転換点を迎えます。

 

 ――鉄底海峡攻略戦。

 通称「アイアンボトムサウンド」。

 深海棲艦との長い闘いの中でも、最大の激戦であり。

 ……他に類を見ない、悲惨な戦闘。

 

 当時、南方海域には深海棲艦が数多く蠢いていました。

 有力な機動部隊を中心とした多くの艦隊を揃え、飛行場を中心とした軍事施設を築き上げたそこは、堅牢な要塞と化した一大勢力圏。

 このまま手をこまねいていれば、多数の航空機によって制空権で劣勢に立たされ、更なる物量に押されてしまう恐れが強い――

 それを防ぐべく、大本営はその攻略と壊滅に着手します。

 全ての鎮守府に動員令が下され、顕現していた艦娘のほぼ全てが参加した総力戦。

 

 ……ですが、この時の深海棲艦陣営の耐久力は、予想を遥かに上回るものでした。

 各局面での戦闘に勝利して損害を与えても、その膨大な物量を活かし、そう時間を掛けずに防衛網を構築し直してしまうのです。

 常識を外れた、恐るべき再生力。

 

 それを打ち破るために採られたのが、犠牲を顧みない力攻めでした。

 大損害を被ってしまう恐れのある夜戦の連続戦闘や、本来なら帰投すべき損傷を受けた艦娘をそのまま続けて戦闘に投入する強攻策。

 

 ……無慈悲な消耗戦の前に、多くの艦娘が力尽き、海の藻屑と消えていきました。

 

 ですが、これでもなお南方海域の深海棲艦勢力の駆逐には至らず。

 そこで更なる手段が考案・実行されます。

 

 ――捨て艦戦法。

 練度の低い艦を主力艦に随伴させる戦術。

 大打撃を与え易い夜戦に乗じ、僅かなりともダメージを敵に与えること。

 主力艦の被弾を抑えるための的となり、盾となること。

 それが出撃させられる彼女達の役割であり、その生存性は一切配慮されませんでした。

 文字通り艦娘を使い捨てにする、非道の戦法。

 

 戦術的に見れば、確かに有効な手段でしょう。

 ですが、艦娘との絆を大事にする者達にとっては到底受け入れられるものではありませんでした。

 

 青年提督も、その1人です。

 人一倍艦娘への信愛を持っていた彼には、受け入れることなどできぬもので。

 

 ……ですが。戦局の流れが、選択の可否を許してはくれませんでした。

 

 このまま南方海域を陥とせなければ、深海棲艦の反攻を許してしまうのは明らかで。

 そうなってしまえば、圧倒的な数量で押し潰され、蹂躙され、後には何も残らない。

 ……それを防ぐには、手を休めることなく攻め続けるしかありません。

 例え今、どれほどの屍を生み出そうとも、です。

 

 ――それしか、なかったのです。

 未来を、残すために。

 ……今生きている艦娘達を犠牲にするしか、ありませんでした。

 

 結局。

 他の者達と同じく、青年提督は最終的に大本営からの作戦を全て受け容れざるを得ませんでした。

 夜戦の連続戦闘も、艦娘に継戦を強いる強攻策も。

 ……そして、捨て艦戦法も。

 

 攻略作戦が進行するに従って、加速度的に犠牲者は増えていきます。

 捨て艦要員である低練度艦は勿論、熟練艦にも未帰還者が続出。

 攻略戦前まで賑わっていた鎮守府には、急速に空席が目立ち始めていました。

 その現実が、青年提督の心身を蝕みます。

 中でも辛かったのが、艦娘の誰一人として文句を言わなかったことです。

 死出への切符を押し付けるも同然の所業を犯している彼を責める艦娘は、1人も居ませんでした。

 

 何故なら、彼女達は彼の優しさを解っていたから。

 

 兵器である自分達に対し、惜しむことなく暖かさを以て接してくれた。

 そんな青年提督が、このような作戦を採って平気であるはずが無いことなど解りきっていたから。

 自分達へこんな扱いをしていることに対して、彼が誰よりも苦しみ、悲しんでいることを知っていたから。

 だから彼女達は恨み言ひとつ言わず、笑顔さえ浮かべて戦いに赴いていきました。

 

 そのことが、青年提督をさらに苛みます。

 こんな己に対して変わらぬ信頼を寄せてくれている艦娘への感謝と。

 そんな彼女達のために何もできず、ただ死地に送ることしかできない自分への憤怒と。

 様々な感情が、綯い交ぜになって。

 精神的な苦痛によって、彼は蝕まれていきます。

 

 ――そんな姿を、彼女は見ていました。

 前線に出ずに鎮守府内での業務に徹していた彼女は、青年提督の姿を直に見ることができる立場にあり。

 その憔悴具合については、手に取るように解ったのです。

 

 この鎮守府の他の艦娘同様、彼女にとっても青年提督は大事な存在でした。

 艦娘としての務めを果たすことのできない自分を見捨てず、思い遣りを以て接してくれた大恩人。

 その苦境を、ただ黙って見ていることなどできませんでした。

 彼の生涯の伴侶となっている妹艦が居てくれたのなら、すべて任せることができたのですが……

 この激戦下です。

 全鎮守府全艦娘の中でも指折りの力量を持つ妹艦は常に攻略最前線に出ずっぱりであり、鎮守府に身を置ける時間は殆どありませんでした。

 

 ――ならば、その間は自分が代役を務めよう。

 妹艦の代わりを務められるとは思わないけれど……追い詰められている彼を、少しでも助けたい。

 

 そんな思いから、彼女は出来得る限り青年提督の近くに身を置くようになりました。

 とは言っても、特別なことなどできません。

 ただ事務仕事を一緒に熟し、雑用を引き受け。

 共に報告を受け取り、その結果に一喜一憂し、時には涙を流す。

 

 

 恩人である青年提督を思い遣るが故の行動。

 その心は、確かに青年提督に伝わり、疲弊した彼を癒します。

 …

 ……その行いが悲劇に繋がってしまうことなど、知る由も無く。

 

 誰であっても、窮地に立たされた時には他者の温もりを求めます。

 意識的であれ、無意識的にであれ。

 そして、そんな時に手を差し伸べてくれる相手が居たとしたら――

 

 ……その相手に己の欲求を叶えてほしいと願うことを、誰が責められるでしょうか?

 溺れる者は藁をも掴むという言葉があります。

 ……青年提督は、もう限界だったのです。

 かけがえのない仲間である艦娘を無為に死に追いやっている己への憎悪は高まるばかりで。

 溜め込まれた自己嫌悪が、心身を蝕んで。

 そんな自分の苦悩を受け止めてくれる伴侶は近くには居らず。

 正気と狂気の狭間で、溺死しそうで。

 

 ――そうして。

 極限まで追い詰められていた彼は、身も心も1つになってくれる存在を欲していました。

 ……それを、近くに居てくれた彼女に求めたのです。

 

 

 青年提督の伴侶である艦娘=彼女の妹艦が不在でなかったのなら。

 妹艦が居れば、青年提督の懊悩や苦しみの全てを、その身と心で受け止めることができたでしょう。

 ……そうしたら、何事も起きなかったでしょう。

 

 そして、彼女が臆病でなかったのなら。

 そうしたら、また違った道があったかもしれません。

 ……青年提督の欲求を、彼女は拒絶したのです。

 自らの過去の記憶――いわば、己自身にも打ち克てなかった彼女。

 そんな彼女にとって、自分の身も心も曝け出して全てを相手に委ねるという行為は、恐怖でしかありません。

 ……青年提督が相手でも、それは変えられませんでした。

 優しさに満ち溢れた青年提督が、そこまで追い詰められていたことに思い至らず。

 そんな彼に、自分がどのように想われているかに至らなかった浅慮。

 ……そして。

 そんな彼を受け入れることができない、臆病さ。

 

 だから、拒みました。

 切迫さを以て、縋る様に伸ばされてきた彼の腕を、振り払いました。

 

 けれど、もう思考が焼き切れる寸前であった青年提督は、己の欲求を止めることができず。

 彼女は、そんな彼を拒み続けて――

 

 

 ――あくる日の、夜半。

 

 昼間には、出撃していく戦闘艦隊と、一時的に戦線から引き揚げてきた帰還艦。

 そして運び込まれてくる犠牲艦が入り混じる喧噪に包まれていた鎮守府も、夜には静寂に包まれます。

 戦争という地獄の中で訪れる、ほんの束の間の休息。

 その夜は月も星も分厚い雲に遮られ、それによって齎される闇の中で、警備係を除く艦娘達は皆、泥の様な眠りに落ちていました。

 

 ――そんな静寂の中、突如として鳴り響いた砲声――

 

 いくら深い眠りに就いているとは言っても、軍艦の化身である艦娘がそんな音を聞き逃すはずもありません。

 …

 ……ましてや、それが自分達の主である青年提督の執務室から聞こえてきたのなら尚更のことです。

 

 ――提督の身に、何かが起こった――

 

 彼を案じる艦娘達は、皆飛び起きて行動を起こします。

 艤装を装着して廊下を駆け抜け、合流するのももどかしく、我先にと現場へと向かって――

 ……そうして。

 取る物もとりあえず、駆けつけ。

 執務室の扉を、吹き飛ばすかのように押し開けます。

 

 夜空に広がる雲によって星々の明かりも差さない執務室内は、闇に沈んでいました。

 ……その中で浮かんでいる影が、1つ。

 そこに居たのは――腰を抜かし、力無くへたり込んでいる彼女。

 ……そして。

 部屋の中から漂ってくる、鼻孔を突き刺すような生臭い異臭――血の臭い。

 

 一体、何が起こったのか……その答えは、次の瞬間に明かされました。

 

 分厚い雲が一瞬途切れて微かに差し込んだ月光が、今まで闇が覆い隠していた室内の情景を浮かび上がらせます。

 

 そこに、映し出されたのは…

 

 …

 ……

 ――装束がはだけられ、半裸の姿で震える彼女と。

 家具や床面に夥しく撒き散らされた血と。

 ……そして。元は青年提督であったろう肉片――

 

 

 ……誰も、状況を認識できませんでした。

 これは、現実に起こっていることなのか?

 どうして、こんなことになってしまっているのか?

 余りに思考の埒外の出来事に、頭はただ混乱するばかりで。

 誰も、何も考えられませんでした。

 

 ただ1つ、確かなのは――

 

 ――青年提督は、既にこの世界に亡く。

 そして、その凶行を成したのが、彼女であるということ。

 

 血の気が全く感じられないほどに青褪めた貌。

 凍えているかのように震え続けている体。

 そして、身に纏った艤装から漂っている硝煙。

 尋常ではないその様相が、どんな言葉よりも雄弁に現状況を物語っています。

 

 ――彼女が、青年提督を殺めたということを――

 

 

 …

 ……そこから後のことについては……不思議なことに、誰一人としてはっきりとは思い出せません。

 大本営に今回の事態を通報し、説明したのが誰であったのかも。

 それを受け、直ちに派遣されてきた治安艦隊と憲兵隊が到着した時のことも。

 彼らによって、もはや人としての形を保っていない青年提督の亡骸が運び出されてゆく様も。

 彼女が罪人として捕縛され、連行されてゆく様子も。

 まるで、白昼夢のように現実感がなくて。

 ……誰も、覚えていたくなどなかったのか。

 あるいは、この事態に絶望した思考が、無意識のうちに記憶に蓋をしたのか。

 

 

 ――それは、事件の張本人である彼女も同じでした。

 自らの両手に枷が嵌められた時のことも。

 そのまま大本営へと連行され、独房へと拘禁されたことも。

 自分の身に起こっている出来事が、まるで他人事のようにしか思えなくて。

 

 そして。

 ――青年提督を、己の手で殺めた時のことも。

 青年提督に縋られて、肉体を求められて。

 けれど、そんなことは怖くて、できる訳がなくて。

 それでも彼は止まってくれなくて。

 そして――……

 

 ……あの出来事全てが夢であったのではないかと。

 そうとしか思えなくて。

 

 ――そんな都合の良い逃避を粉々にしたのは。

 罪人として完全に世間から隔離されていた彼女に、面会に来た妹艦。

 

 投獄されてから今まで、独房の中の彼女に会いに来る者は居ませんでした。

 元々、彼女を白い眼で見ていた外部の者は勿論のことですが……

 仲間として彼女を扱ってくれた鎮守府の艦娘達も、誰一人。

 

 ……けれど、それは彼女が見捨てられたということではありません。

 

 彼女達は、知っていました。

 今まで、彼女がどれだけ皆のために力を尽くしてきてくれたのかを。

 そんな彼女が、好き好んで今回のような凶行に及ぶ筈もないことも。

 その凶行にしても、彼女にばかり非があるわけではないことも、解っていました。

 

 ――だからこそ。彼女達は、彼女に会いに行かなかったのです。

 彼女に非の全てがあるわけではないにしても。

 むしろ、彼女も被害者であるとしても。

 

 ――彼女が、青年提督を殺めた――

 この点に関してだけは、どうしても許すことはできなくて。

 

 ……そんな状態で、彼女と顔を合わせてしまったら……

 どんな罵詈雑言を吐いてしまうか。

 或は、それだけでは収まらず、直接的な暴力行為に及んでしまうか……

 

 青年提督を殺めたことについては絶対に許すことはできないけれど。

 ……彼女を、これ以上傷付けたくはなかったから。

 

 それは、未だに彼女を仲間と思っていることの証明で。

 ――だからこそ、彼女達は誰一人として、彼女に会いに行かなかったのです。

 

 …

 ……

 ――ただ1人。

 青年提督の生涯の伴侶であった、彼女の妹艦を除いては。

 

 面会しに来た妹艦は――悪魔と化していました。

 彼女へと向けられた視線は――底無しの、瞳。

 光を一片も灯していない、深淵の眼球。

『目は口程に物を言う』とは言いますが、この時に向けられた眼は、その言葉を具現化したような存在でした。

 渦巻いているのは、狂気と暴虐。

 そこにかっての面影など見る由もなく。

 妹として姉に向けられていた敬慕の念など、毛の先ほどもありません。

 向けられているのは、煮え滾る負の感情のみ。

 言葉にせずとも、業火の様に燃え盛る殺意と、憎悪と、憤怒を宿した眼窩が。

 その心意を、語っていました。

 

 ……今の妹艦にとって、彼女はもう姉ではなく。

 自らの半身とも言うべき愛しい人を奪った、八つ裂きにしても足りない仇でしかないのだと。

 

 その瞳を前にして彼女ができたのは、声にも成らない悲鳴を、掠れた息のようにして吐き出すことだけ。

 極寒の中にいるかのような怖気に、鳥肌が立った皮膚は硬直しきって。

 嚙み合わぬ歯はカチカチと音を鳴らし続ける。

 臀部に冷たい床の感触を感じたことで、初めて自分が腰を抜かしていることに気付き。

 そして。

 下半身の股間部から、生暖かい湿り気が広がっていく――

 

 …

 ……罪人として檻に囚われていたことが、彼女にとっては最大の幸運でした。

 自身の身を捕えている牢獄。

 その柵で、外界と隔絶されていなければ……

 

 ――妹艦によって、文字通り身も心も引き千切られていたでしょう。

 

 とは言っても、妹艦にとってみれば柵を引き千切ることなど容易かったでしょう。

 なのに、何故それをしなかったのか。

 

 ここで、彼女を葬るのは容易い。

 ……ですが、今の彼女は軍法によって捕らえられ、その下での裁きを待っている状態。

 そんな状態で彼女を殺めたら、今度は妹艦自身が咎人として捕らえられてしまう。

 ……そして、そんなことになってしまっては。

 自らの主であった提督の面目に泥を塗ることになってしまう。

 

 ――今なお衰えない、愛しい人への想い。

 それが、妹艦の激情が爆発するのを紙一重で押さえていたのです。

 

 そして、そのことが彼女にも解りました。

 ――そして。

 そこで初めて、自分がどれだけのことをしでかしてしまったのかを実感したのです。

 

 けれど、それが何になるというのでしょう?

 謝罪の言葉を向ける相手は既に亡く。

 また、その手を下した張本人である彼女に、そんな資格はありません。

 ……もし、少しでもその言葉を口にしたならば。

 目の前の妹艦は、今度こそ殺意の枷を外すでしょう。

 

 ……だから、彼女にできたのは、ただ泣き震えるだけ。

 柵を隔てて殺意の一瞥を向け続ける妹艦への恐怖と。

 自分がしでかしてしまった、取り返しのつかない罪と。

 その重さと恐怖に耐えきれずに、彼女は、ただ泣き震えるだけ。

 

 そんな彼女を、妹艦はただ見据えていました。

 憎悪で凝り固まった底冷えのする眼で。

 彼女の目を射殺すかのように睨みつけながら。

 

 そうして、口を開きます。

 呟くように囁かれたのは、あらん限りの憎悪と嫌悪を凝縮した一言。

 

【――提督殺し】

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ――っ!

 弾かれたような感触と共に、視界が開けた。

 そこに広がっているのは、さきほど仮想演習装置で起動した疑似空間。

 紛い物の、青い空と白い雲。

 

 

 ……ここは?

 そうだ、さっきまで装置で起動してた疑似演習空間。

 ここで、演習を行おうとして……それで、それで意識がいきなり飛んじゃって。

 一体、何が起こったんだ?

 

 疑問に思って記憶を辿ろうとしても、意識を失ってからのことが何も思い出せない。

 まだ肉体に先日の鎮守府防衛戦のときの消耗が残っていて、それが原因で気絶しちゃった……

 

 …

 ……などという訳がない。

 過呼吸を起こしたかのように間断なく吐き出される荒い息。

 身に纏った巫女服にまで染み込むほどの、べっとりとした脂汗。

 

 ――これがただの疲労であるはずが無い。

 ……何より。目を覚ますときに感じた、肌が粟立つかのような感覚。

 まるで、飛び切りの殺意と憎悪で塗り固められた刃で刺し貫かれたのような……

 

 

 頭が、痛い。

 寒気が、止まらない。

 

 ……やめよう。考えても何かが解るわけじゃない。

 ただ、これは尋常じゃない。

 とりあえず、演習モードを中止して…?

 

 

 ……そこで、やっと違和感に気付いた。

 

 ――誰も、いない。

 目の前に広がっている、装置によって再現された海域にいるのは――俺だけ、だ。

 …

 ……え?

 意識を失う前に居た、演習相手の艦影はどこに行った?

 このボディーと同型の、おそらくは金剛型の艦娘データは?

 見間違い?

 いや、そんな筈は無い。

 確かにこの目で見た。

 霧の向こうに居た、あの艦影は……っ!?

 

 

 思考をしている最中、突如として左手に感じた鋭い感触。

 穿つような痛みに、思わず目を向けると……

 今までは何一つ汚れの無かった左手の薬指に浮き上がった、赤黒い痣のような傷。

 薬指全体を囲むかのような円状のそれは、まるで指輪を思わせて――

 

 

 …

 ……この世界で目を覚まして以来、様々な局面に身を投じてきた。

 精神ごと肉体を削り取るかのような剥き出しの殺意に晒されて。

 命を失いかねないような絶体絶命の危機にも遭遇した。

 

 なのに、不思議と正気は保っていられた。

 俺の軟弱な精神では耐えられるはずも無い極限の状況の中でも、不思議と発狂することは無かった。

 

 現実感に乏しく、自分の置かれた状況から無意識に逃避していたからということも原因だとは思う。

 ――けれど、最大の要因となっていたのは依り代となっているこの肉体のお蔭だ。

 

 単艦無双、完全無欠、破格の戦闘能力。

 どんな状況になっても、この肉体であれば何とかなるはず。

 そんな思いが、精神の安定に繋がっていたから。

 

 

 ――その絶対的な安心感が、この時、初めて揺らいだ。

 盤石であったはずの足場が、足元から崩れ去るような感触。

 ナニカが知らぬうちに忍び寄っているかのような、例えようも無い〔恐怖〕。

 

 この感覚に、どう対処すれば良いのか。

 これから先、本当に安全なのか。

 

 ――何も、解らなかった。

 突如として暗闇の中に放り込まれたように。

 何も、解らなかった。

 




ここまで読んでいただいた方、誠にありがとうございます!

さて、まずは一言。

――申し訳ありませんでした!
更新が滞っているにも関わらず目を通してくださる皆様の御厚意に甘え。
更新します更新しますと言っておきながらいつまでも更新せず。
挙句の果てに投下予定すら守れない…

もうセップクとかハラキリとかいう次元ではないですね……
本当にお詫びのお言葉もございません。
しつこいですが、改めてお詫びさせていただきます。

本当に申し訳ありませんでした。

さて、今回の出来については……
正直、読んで下さる方への配慮が欠如してしまいました。
会話文等が全くありませんし……
ここについても反省し、次回以降に改善していけるように励みます!

また、前回の投稿以降から見苦しい醜態を晒しているにも関わらず、
暖かなお言葉を下さった方々には感謝の言葉もございません!
本当にありがとうございます!

4月という季節の中で新しい環境に身を置かれる方も多いと思いますが、
御自分の御体を大事に、無理せずにお過ごし下さい。

今回も本当に申し訳ありませんでした。
次も頑張ります!

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