「「「……………………」」」
突然現れ、妙な自己紹介をした神父に私たちはただ絶句するしかありませんでした。
それを察したのか、隣にいるシエルさんが彼に話しかけます。
「アンデルセン神父、彼女たちビックリしちゃってますよ」
「ふむ、……教会の子供たちにこれをするとすごく喜ばれるのだが、ダメだったようだ」
「慣れないことはするもんじゃありません、あなた普段はそんなこと言わないじゃないですか」
なるほど、彼なりの場を和ませるジョークだったようですね。
まったく通じていませんが。
「とりあえず、詳しい話は私がしますので、彼の回収をお願いします」
わかった、と彼は銃剣をしまい、倒れている彼を担ぎ上げる。
できればアレは抹殺したいところですが、今ここで荒事起こすのは得策ではありませんか。
「えっと、あなたが月村すずかさんよね、助けに来たわ」
「待って!」
近づこうとした彼女をアリサがすずかの前に立ちふさがります。
「あんたたち、アイツと同じ十字架をつけてるってことはアイツの仲間よね、事情を説明してくれないとすずかに近づけさせないわ!」
力いっぱいシスターを睨むアリサ。
彼女自身何もできないことはわかっているのでしょうけど、友達の危機を前にして何もしないわけにはいかないのですね。
ああ、やっぱり、人間ていいですね。とても美しい。
「あらら、それは失礼しました、確かに信用できませんよね」
頭を掻き、苦笑する彼女。
「そうですね、まずは月村家との協定について話したほうが分かりやすそうですね」
「今から約八十年前、私たちが所属する聖堂教会と所謂魔術師が所属する魔術協会
は月村家の管理するここ、海鳴市に手出しをしない、と言う協定を結びました、この街では私たちは悪魔退治もできませんし、魔術も使えません、その代わりに月村家は金銭的に私たちの援助をしてくださる、といった感じです、ですがここ最近発生した怪異に教会が探している”もの”かもしれない、と調査命令が下されちゃいまして、今日は月村家との会談のために私とアンデルセン、あと貴女たちをさらったあの人の三人でやって来たわけです、本来ならそのまま何事もなく終わるはずだったのですが、…………まさか彼があんな強硬手段にでるとは思いもしませんでした、これはこちらのミスですね、深くお詫び申し上げます」
ぺこり、と頭を下げる彼女。
「え、あ、そうなの…………」
事情は大体飲み込めましたが、魔術やら聖堂教会やら、訳の分からない単語を連発したせいで、流石のアリサさんも若干許容量を超えているようですよ。
まあ、この状況で騒がないだけでも立派です。
………………私なんて半分くらい聞き逃してしまいました。
「ここを突き止めた時も、本来ならすぐに突入して制圧したかったのですが、アンデルセン神父に止められてしまいまして、……まあ、理由はすぐにわかりましたが」
そう言って私を見る彼女。
はて、どこかで会いましたっけ?
「まさか志々雄さんの娘が巻き込まれているとは思いもしませんでしたよ」
「ふぁ!?」
え、嘘、リアリィ!?
いや確かに三人とも人外クラスですけど、いつどこで知り合ったのですか!?
「父を、ご存知なのですか?」
「ええ、傭兵ようなことをしている貴女のお父さんとは仕事で何度も協力し、殺しあった仲です」
お父さん、もう少し仕事は選んでください。
「毎年、お母さんから年賀状が届くので、貴女のことも知っていますよ、いくら住所を変えても何故か届くのでもう諦めました」
えっと、その、…………うちの両親がすいません。
心の中でそっと謝ります。
ですが、そうなると些か厄介なことになりますね。
私のことを知っているという事は、
「ただ、その目については書かれていませんでしたが」
やはり、そこを聞いてきますか。
生まれてからずっと盲目、ということになっていますから、今私が目を開けているのが不思議なんでしょうね。しかも魔眼。
「これは生まれつきです、危険なので制御できるまでずっと目が見えないふりをしていただけです」
ちらり、すずかさんとバニングスさんを見ます。
あまりお二人にはお伝えしたくないことなので、これで察してくれるといいのですが。
「へえ、そうですか」
同じように二人を見るシエルさん。
よかった、とりあえず通じたようです。
「ところで、彼はどうなるのですか? また襲われたら今度は手加減できませんよ」
「それについてはご安心を、彼はこの先ずっと日本に立ち入ることはありません、そう永遠に」
それだけ聞くと野放しのように感じますが、良くて国外追放、悪くて死刑とも取れますね。おお怖い。
「そうですか、ならいいです」
―――万象天引
六道仙人の術で、離れたところの落ちていた私の杖を取り寄せます。
あ、これ結構便利ですね。
インターバルが五秒というのは戦闘では些か心許無いですが、ベッドの上から動かずともいろんなものを取ってこれそうです。
「まあ、そんなこともできるのですか」
「ええ、これくらいなら」
そう言って私は目を閉じます。
さて、些か長く居すぎましたね。
もうそろそろ帰らないとお母さんが心配してしまいます。
「さて、もう遅いので私は先に帰らせていただきます」
「あ、なら「私が送っていこう」、あら? 彼の拘束は終わったのですか?」
私がそう言って部屋から出ようとした時、神父さんが私の前に立ちふさがりました。
「ああ、これであ奴も抜け出せすことはできまい」
一体どういうふうに縛り付けたのか気になりますが、まあいいでしょう。
「いえ、私は一人でも「幼い少女を一人、山道に送り出すなどあってはなりません、ここは子供らしく大人に甘えても罰はあたりませんよ」、…………それではお願いします」
ダメです。この神父、話が通じません。
諦めて送ってもらいましょう。
「お嬢さん」
「はい?」
私がそちらを向くと、すっと右手を差し出してくる神父さん。
「芝居とは言え盲目の身、手を繋いだ方が転びにくいですよ」
この神父、少し無防備じゃありません?
いくら子供とは言え、私は軽く人間やめちゃってる身ですよ。
先ほどの剣を見るに、彼は双剣使いでしょうか、片手を塞ぐのは良いとは言えないのですが。
「……ええ、お願いします」
少し迷って、私はその手を取ります。
正直、誰かに引っ張ってもらった方が早いんですよね。
それは仕方ありません。
「では、また明日」
私は神父さんに手を引かれ、この山小屋をあとにしたのでした。
二人に口止めするのを忘れて。
七海ちゃんと神父さんがこの小屋を出て行って少しして、
「はぁ~、やっと行った!」
急にお姉さんがへなへなと床に尻餅をついて座り込んじゃった。
「もう、なんであんなのがいるんですか、正直生きた心地がしませんでしたよ」
彼女の顔には大量の汗をかいており、まさに緊張が解けたような感じだった。
「え、何があったのよ?」
その様子を見て、アリサちゃんが話しかける。
うん、私も何があったかさっぱり分からないの。
「ああ、お二人がわからないのも無理ないですね、あれは修羅場をくぐり抜けた人間にしかわかりませんから」
そう一言おいて、お姉さんは話し始める。
「なんて言いましょうか、彼女自身は絶対に人間なんでしょうけど、彼女の中、いえ瞳の奥底といった方がいいでしょうね、そこから明らかにありえない気配が滲み出てるんですよ」
お姉さんは一度体をブルっと震わせる。
「ありえない気配?」
「ええ、なんと言いましょうか、…………ひとつの箱に多くのおもちゃを無理やり詰め込んで圧縮した、といった方が分かり易いですね、明らかに人間の許容量を超えてますよ」
「彼女が力を使うまで気がつけないとは、私もまだまだですね」とお姉さんは付け加える。
「許容量を超えてるって、それじゃああの子はどうなるの?」
アリサちゃんがそう言うと、お姉さんは少し悩んだあとに言った。
「わかりません、正直なところ、あんな人初めて見ましたから」
よいしょ、とお姉さんは声をあげ立ち上がりました。
それからさっきとは打って変わって、真剣な面持ちで私たちを見つめる。
それはどこか悲しげで、けれど何か割り切っているような表情だった。
「月村さんに、……確かバニングスさんでしたよね、貴女たちはこれから私が責任をもって家までお送りします、明日からはきっといつも通りの生活が貴女たちを迎えてくれるでしょう」
それを聞いて、私たちは心の底から安心した。
やっと帰れる。
まだ一・二時間も経っていないのだけれど、私にはこの時が何倍にも感じていた。
「ただし」
けれど、それだけじゃなかった。
「あの子、八坂七海さんには出来るだけ近づいてはいけません、これは私からの警告です」
「あの、それはどういう「どうしてよ!!」」
私が先に尋ねる前に、アリサちゃんが大声で怒鳴りつける。
私も納得できない。
確かに、私は七海ちゃんの目を見て何も言うことができなかった。
一瞬だけ、怖いとも思った。
けど、学校で見た七海ちゃんはみんなと変わらない、ちょっと目が不自由なだけな普通の子だった。
そんな子がどうしてそんなふうに言われなきゃいけないのか、私は納得できない。
「彼女は貴女たちと違って完全に”こちら側”の存在です、正直なところ人間であることが信じられないほどの化物で、望む望まないに関係なく周囲の運命をかき乱すでしょう、それでも関わるというのなら、きっと、いえ確実にもう二度と普通の人生に戻れなくなりますよ」
「……………………」
二度と普通の人生を送れなくなる。
ということは、あの学校の日々も、私の胸に芽生え始めたこの恋も、全てなくなってしまうかもしれないということ。
「うう…………」
怖い。
全てを失ってしまうのが、彼を失ってしまうのが、また一人ぼっちになるのが、怖い。
俯き、両手で体を抱きしめるけれど、震えは止まらない。
むしろさっきよりもひどく震え始める。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこ―――
「すずか」
誰かの腕が、私の体に触れる。
その腕は暖かくて、触っているだけで元気が流れ込んでくるような。
「アリサ、ちゃん……」
顔を上げると、そこにはアリサちゃんがいた。
いつもと変わらないキリッとした顔つきで、私を見つめていた。
「大丈夫よ、あんたには私がついてるから」
そう言って私を抱きしめる。
「あ、りさ、ちゃん…………」
嬉しくて、涙が溢れる。
気づけば先ほど私が抱いていた恐怖もどこかに消えていた。
「シエルさん、だったわよね」
そのままの体勢で、アリサちゃんはお姉さんに話しかける。
「確かに、あの子は私が関わっていい存在じゃないかもしれない、けどそれが何? 私、アリサ・バニングスは、その程度で友達を見捨てることはしないわよ! 甘く見ないでちょうだい!!」
ああ、やっぱりアリサちゃんはすごい。
私の正体を知った時もそうだった。
彼女はずっと真っ直ぐで、眩しい。
まさに太陽のような存在。
「私も」
だからこそ、
「私も、七海ちゃんを見捨てたりはしません」
私も勇気が湧いてくる。
「すずか…………」
私はお姉さんに向き直り、彼女の目を見つめる。
すると、
「ああもう、これじゃあ私が悪役じゃありませんか」
ため息をつきながらそう言うお姉さんは諦めたような顔をした後、私たちに十字架を手渡しました。
「これは?」
「一回だけ、あなたの周りの不浄を退ける効果を持った魔術礼装です、正直心もとないですが、ないよりはマシでしょう」
それを聞いてアリサちゃんが嬉しそうにそれを見つめる。
私は………………うん、吸血鬼が十字架持ちっていうのも結構不思議な気分。
「では、送っていきますよ、さあさあ車に乗ってください」
そう言って手を引かれ、私たちを小屋を出る。
お姉さんの運転で私たちはそれぞれの家に帰ることになるのだけど、助手席ににグルグル巻きのミイラのような物があってアリサちゃんが驚いていたのはまた別の話。
すこし、更新速度がキツくなってきたので
これからは週一か二に変更します
すみません