TOLOVEりんぐ   作:ぽつさき

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きもだめ!

 ビーチバレーをし、ひたすら泳ぎ、たらふく遊んで海を満喫した一行は旅館へと案内された。

 事前に徴収された行事費ではとても宿泊なんてできそうにない立派な旅館に一同不安を覚えるが、女将に蹴られる校長を見てほっと胸をなで下ろす。

 どうやら校長の知り合いが女将をしているらしく高校生の勉学のためならばと格安で利用させてもらっているらしい。しかし勉学のため、と言ってはいるが今日有里達がしたことといえば貝殻を拾って海で泳いでビーチバレーでリトが鼻血を吹いたくらいだ。誰かが泳ぎ方などを教えてくれたわけじゃない。

 一応昼食がカレー作りになっていて飯ごう炊飯や具材の調理などをしたが高校生が今更習うようなことでもない。ある班は水の入れすぎで薄いカレーに、ある班は火を強くしすぎて飯ごうを焦がし、ある班は辛口にするの甘口にするので大いに揉めたりした。これも勉強といえば勉強になるかもしれないが宿泊代が半分になるほど有意義な勉学かと聞かれると頷きずらい。

 

 そんな誰も気にしないようなことを夕食後の自室で有里は一人考えていた。

 

「いくらなんでも話がうますぎない?」

 

「まーだ言ってんのか。いいじゃねーかこっちの財布は傷まないんだから」

 

「いやいやタダより高いものは無いって言うだろ。旅館側にメリットが無さ過ぎる。これは何かあるぞ」

 

「それだけ校長と女将が仲がいいってことだろ。仲がいいっていうか何だかアダルトな感じだったけどな」

 

「猿山はすぐそういう話にしたがるな。そーいえば風呂の覗きはどうだったの」

 

「それがよー、お前は隅っこで温泉にずーっと浸かってたからわかんねーだろうけど大変だったんだぜ。もうちょっとのところで校長が邪魔してさー」

 

「よく校長やめさせられないな。愛嬌かな」

 

 有里の解決しない疑問に付き合ってくれた猿山だったがすぐに興味を失ったらしい。彼にとってはこの旅館がいくらだろうがこの後なにが待っていようがそれが楽しければなんの問題もないようだ。仮に楽しくないとしても彼ならどうにかして楽しくするだろう。

 有里もその姿勢を見習って考えるのをやめた。事実答えなんてここでは出ないし、知りたければ帰ったあとで学校関係者である同居人に聞けばいい。

 その一時間後、彼は後悔することになる。

 

 

 

 

 

 突如部屋に入ってきた教師により集合が掛けられた。自室にてまったりトークしていた彼らはブーブーと文句を言いながらも指定された駐車場へと集まる。

 そこでは頬を真っ赤に腫らせているくせに嬉しそうな校長と女将がいた。

 

 ニコニコと笑う女将が告げる。

 

「それでは毎年恒例、きもだめし大会をはじめまーす」

 

 おぉーと盛り上がるものとえぇーと困った声を出すもの。半々の声が入り混じる中、絶望に声を無くしているものがいた。

 

「嘘だろ……」

 

 後悔するもの、有里だ。

 

「ん? どうしたの有里っち。すごい顔してるけど」

 

「そういえば有里って一緒にホラー見よって誘っても居ないことがあったような」

 

「むしろ一緒に見た覚えがないぞ」

 

「えー、もしかして有里っち怖いのー?」

 

 これから起こる未知の肝試しと奇しくも当たってしまった嫌な予感に頭を抱える有里に気付いたララとリトと猿山。今までひた隠しにしていた秘密がバレかかってることに有里は冷や汗をかく。

 

「いや怖くないよ」

 

「怖がってるじゃん」

 

「全然怖くないよ。オレが怖いのは己の才能さ」

 

「足震えてるじゃん」

 

「さすがに夜は冷え込むね。もしかしたら湯冷めしたかもしれない」

 

「さっき暑いなぁって言ってたじゃん。タオルで汗拭いてたじゃん」

 

「もうこの話やめよ。そうだ、思いついた。オレ携帯部屋に忘れてきた。ほら、夜道で迷子になって連絡取れないと危ないじゃん」

 

「お前携帯ポケットに入ってるじゃん。もうそういうのやめよ」

 

「いやだから怖いとか楽しみとかの話じゃなくてさ、なんかもう吐きそうになってきたわ」

 

「もう胃にきてんじゃん。相当だな」

 

 そう、この雪ヶ丘有里という男、お化けもののけ怪異の類に滅法弱いのだ。地球の日本に来る過程でそういったものの知識も勉強している。その中でお化けとは死者の怨念が形となって表れたものだということを知りたまらなく怖くなったのだ。なんせ殺した相手がとり憑いてくるというのだ。

 長い宇宙生活の中、銀河の中でも無類の強さを誇る有里はその戦いの中でいくつもの命を手にかけたことがある。それを後悔することは無かったが幽霊となってとり憑くとあっては話が別だ。物理で対処できる相手ならば例え恐竜だろうが戦車だろうが何とかしてやる気概はあるが拳が効かないのでは対処のしようがない。まして壁や天井を突き抜けて侵入し夢にまで表れ精神を攻撃する奴らにどう太刀打ちできるのか。

 そんな彼の恐怖を同居人が面白がり、からかっている内に立派な幽霊恐怖症になってしまった。

 

 「あ、ほら、説明してるよ。何かクジを引いてペアを決めるんだって。リト! ペアになれるといいね!」

 

「……」

 

(リトのやつ西連寺とペアになりたいなーって顔だな)

 

「俺は可愛い子となら誰とペアでもいいなぁ。有里は誰とがいい?」

 

「霊媒師」

 

「いねーよ!」

 

「怖いのは解るけどさ、有里。せっかくの思い出作りなんだからちょっとくらい付き合おうぜ」

 

 なんてリトに言われてしまえば付き合わざるを得ないのが雪ヶ丘有里という男で。渋々といった様子で列へと並びボックスがらクジを引く。

 

「18番か」

 

「あ、私18番。ペアだね、雪ヶ丘君」

 

 有里とペアになったのは別のクラスの女子生徒Mちゃんだった。猿山から話は聞いており、なんでもそのクラスでは一番人気の女子生徒だという。誰とでも気立てなく話し気配りもできクラス委員も任されている。ペアが決まったのを見て悔し涙を浮かべる男子生徒もいた。かなりの競争率だったようだ。

 その子のことはよく知らなかったが、なるほど確かに人気が出るのもわかる。年相応の可愛らしい顔立ちに親しみやすい雰囲気が溢れ出ている。全くやる気のなかった有里だが、ほんの少しだけやる気が出た。

 

「ルール説明は簡単です。提灯の明かりをたよりに一番奥にあるお寺へとたどり着けばゴールです」

 

「それではいってらっしゃーい」

 

 すぐに有里達の番になり女将さんから提灯を受け取った。さすがに危険なためか提灯はLEDランプのもので小さいながらも明るかった。しかしこれから歩こうという山道には当然電灯などあるはずもなく、漆黒の闇を木々が抱きこんでいる。一応道は軽く草を刈ってありここを歩いてくださいという意思が汲み取れる。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「はーい」

 

 正直なところ腰から砕けんくらいの恐怖を感じていた有里だが、可愛い女の子の手前、また一番人気の女子だけにスタート地点でかなり注目されいたこともあり、平気なフリを精一杯装いながら肝試しの道を歩き出す。

 しばし歩いたところで女子生徒Mちゃんはこう切り出した。

 

「ごめんね、雪ヶ丘君。雪ヶ丘君もかっこいいとは思うんだけど、私彼氏と一緒にまわろって約束しちゃってるの。待ち合わせ中だから行くね」

 

 衝撃の告白。別にこの子とどうこうなろうなんて思ってはいないがこれはきつい。女の子がいれば気を張って多少強気な姿を見せることもできるが一人ではどうしようもない。まして肝試しを一人で行こうなんてそんな悲しすぎることはない。

 しかし彼氏と待ち合わせしている女の子を引き止めることなんてできない。これから一人ぼっちにされる恐怖に体の芯が震えるのを感じながら、有里にできることは、

 

「危ないから提灯持ってきなよ」

 

「ありがとう、優しいね! それじゃ行ってきます!」

 

 なけなしの勇気でカッコつけることだけだった。明るさと温もりを失った有里の背中に出処の解らない敗北感と漆黒の闇が重くのしかかった。

 

「……」

 

 木々の囀りが耳を刺す。

 

「戻ろう」

 

 誰にでもなくそう呟き来た道を戻る。

 

「……?!」

 

 遠くから悲鳴が聞こえる度にビクンと肩を揺らしていた。その悲鳴がお化けのものか生徒のものか、確かめる術は有里にはない。

 数分歩いたところで有里はあることに気付いた。

 

「おかしい、スタート地点にまだつかない」

 

 そう、来た道を帰っているつもりでも、有里は無意識の内に怖そうな道を避けて歩いてしまっていたのだ。正規のルートを早々に外れ、いま有里は歩いているのはただの獣道だ。

 

「まずい……これはまずいぞ」

 

 遭難することは慣れっこだし問題はない。しかし精神の方はすでに限界に来ていた。もしいまお化けが来たら、妖怪が、幽霊が、とありもしない幻想を繰り返し、一人だったのが逆に幸いだったがちょっと泣いていた。

 

「くそ! もう無理だ、全然無理だ……ちくしょっ!?」

 

 パニックを起こす寸前だった有里を追い詰めるように草むらからガサッと音が鳴った。

 

(脅かし役?偽物?本物だった場合どうなる。死ぬ?呪われる?痛い、苦しい、辛い、悲しい?逃げる?どこへ?落ち着け、偽物。誰が?ここへ?何故?本物?万が一?)

 

 凝縮した時間の中で思考がフルスロットルでまわる。最悪の展開と自分を落ち着かせるための嘘が入り乱れ、ガチガチと音を立てる歯を食いしばる。悲鳴を嘔吐感を唾を一緒に何とか飲み込むが、体は動かない。視点は音のした草むらへと固定されている。

 そんな間もガサガサと音を立てた何かは次第に音を大きくさせながらこちらに近づいてくる。

 

(お化けだこれ絶対お化けだだってこんなとこに人がいるわけないもん無理だしかも二人? いるよこれもう無理だシンジャウトリツカレチャウ助けて!)

 

 緊張と恐怖が限界に達し吹き出した汗を拭う余裕もない。凍りつく静寂を切り裂くようにその時を迎えた。

 

「ぎゃああああああああああああああああ」

「きゃああああああああああああああああ」

「きゃああああああああああああああああ」

 

 月夜を切り裂くような三つの悲鳴が木々を震わせた。

 

 一方その頃。

 

 

 

「ゆ、結城くん……わたし怖い」

 

「だ、大丈夫だって。こんなの旅館の人がお化けの格好してるだけだから」

 

「でもあそこの白いの浮いてる……そっちの鬼みたいなのも」

 

 肝試しの王道を行くリトと西連寺。猿山とペアになっていたララがつまらないの一言で勝手にホログラムを構築・投影。それを山中にばら撒いてしまったおかげで肝試しは混乱を通り越して大パニックになっている。

 逆に緊張感が高まりこの二人にとってはちょうど良かった。ビビりでヘタレのリトが西連寺をかばうように暗い道をじりじり歩く。提灯の小さな明かりだけが頼りなので自然と二人の体はピッタリとくっついていた。

 

 こうして二人は参加者の中で唯一、ゴールしたペアとなる。

 

 

 

 波乱の肝試しから一夜が経ち。

 

「いやぁ楽しかったなー」

 

「やっぱり学校って楽しいね、リト!」

 

「お前反省しろよな。また勝手に発明使いやがって」

 

 帰りのバスの車中では臨海学校の思い出話しに花を咲かせていた。一晩過ぎれば昨日の騒動もいい思い出に出来たようで、何だかんだ楽しかったねといった雰囲気になっている。そんな和やかな空気の中、ピリピリと張り詰めたオーラを纏う一角があった。

 

「……」

 

 窓側に沢田、挟まれて補助席に籾岡。挟まれる形になり体を小さくしている男子生徒、有里だ。

 

「昨日の事、絶対秘密にしてよね有里っち」

 

「昨日の……と申しますと」

 

「わたしが、その……ごにゅごにょしたことだよ」

 

「沢田が下着を替えなきゃいけなくなったこと?」

 

「それを言うなっての!」

 

「言ってないじゃん!」

 

「そんなこと言ったら有里っちが実は運動バリバリできることとか言っちゃうからね!」

 

「そーでしたすみません、秘密で打ち消しあったんでしたね」

 

 肝試しの最中、有里が出会ったのははぐれた籾岡と沢田だった。ペアになっていた男子を振り切り二人で脅かし役になるつもりだったらしい。しかしララのホログラムに驚き逃げ回っている内に迷子になったのだ。そこへ迷子になった有里がばったり。

 そしてあまりにばったりだったので双方驚きに驚き、沢田が下着を替えなくてはいけない事になってしまった。籾岡も腰を抜かして立つことができない。そこで有里が二人を抱え旅館へと走ったということだ。

 自分が宇宙人であること、療養中で激しい運動ができないことを理由に病弱&運動音痴を校内では通していた有里にとって運動ができるということは隠したかったが二人が困っていたので仕方がない。幸い乙女最大の屈辱の場面を見られた沢田からお互い秘密にしようと提案があったので有里はそれを承諾した形となった。

 

 この出会いは有里の学校生活を大きく変えることになる。

 

 

 


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