海に来た。
「海だ―――っ!」
雲一つ無い晴天に透き通るような碧色の波。寄せては返す潮の香りとどこか遠くを飛ぶカモメの鳴き声。
そして燦々と輝く太陽に負けんばかりに鮮やかに光る少女達の水着姿。
海である。
「海なんだ―――っ!!」
臨海学校です。
女子生徒のスカートの短さに微笑むこととブリーフの新作のチェックに余念のないユニーク校長の元行われているこの臨海学校。すごくとても雑である。
到着してすぐバスから荷物を下ろすと海辺にある更衣室へと連れて行かれた生徒達。有無を言わせず着替えさせられるとブーメランパンツが似合う校長から注意事項がなんとなく伝えられた。
「準備体操は各自してね。海で泳ぐときは常にだれかと一緒に泳ぐように。あとサンオイルを塗る時は校長に了承をとってから塗ってもらごぼっ」
「養護教諭から。救護テントが更衣室近くに設置してあるので何かあったらここへ。本部としても使うから落し物とかもこちらへ来てもらっていいわ。自由時間の終了はこちらで放送するわ。以上、上手に羽目を外してね」
「「「うぉー!」」」
血迷った発言をした校長が有里の同居人兼養護教諭に蹴り飛ばされた。引き継いで連絡事項がなされ終わるや否や生徒達は颯爽と海へ走り出した。
イルカやシャチの浮き輪が踊り、ビーチボールが空を舞う。彼らの夏は今始まった。
「有里って水着何派?」
「んー、胸の小さい子がビキニでパレオってありだと思う」
「変態だなぁ」
「マニアックと言って欲しいね。猿山は何派?」
「俺ヌーディスト派」
「クソ馬鹿野郎じゃねーか」
我らが主人公雪ヶ丘有里とその悪友猿山は二人で大きなクジラの浮き輪に空気を入れていた。猿山が張り切りすぎて五人乗りの大きすぎるものを持ってきてしまい足踏み式の空気入れで二人がかりで取り掛かっているがまだ半分も入っていない。他の人達といえばすでに思い思いに遊んでいる。完全に二人は出遅れていた。
ちなみに二人の格好は有里は紫と黒のトランクスタイプに白のジャージ。猿山は男らしく黒のブーメランパンツだ。
「はー、久々に泳ぐと結構疲れるな」
そこへ海水を滴らせたリトが満足気な顔で戻ってくる。リトもトランクスタイプの水着だ。意外と鍛えられた体がそそる。
「疲れるなーじゃないよ。西連寺達誘ってこいって言ったんだろ!」
「いやだって……他の女子達とビーチバレーしてたし」
「じゃあそこに入れば良かったのに」
「簡単に言うなよぉ」
「おい有里、足止めんなよ。これ空気入れるころにはがっこ帰っちまうぞ」
「めんどくせぇなぁ。ちょっとリト、ララ呼んでくれる?」
「? いいけど。ララーちょっと来てくれる」
「はいはーい。なぁにリト? うわっでっかいおさかな」
「これさ、ララの発明品で空気入れられる?」
「いいよーえっとね、これこれ。てれってれー”おさかなくん”」
お気楽な効果音と共にどこからか取り出したのは魔法少女のようなステッキ。違いといえば先端がさかなの形ということと色が青色だということくらいか。空気を入れるような形には見えない。
「これを使えばねー。んー、えいっ!」
これまたお気楽な掛け声とともにおさかなくんから放たれた光がくじらを包み込んだ。シババババと強烈な音を響かせたのち、猿山自慢のくじらは
『ばおおぉおぉ』
立派な鯨に変身した。
「な、なんだこれ……ってうぉ!」
突如目の前で行われたメタモルフォーゼに唖然としていた猿山を口にくわえ、くじらが海へと飛び込む。そのまま猛スピードでどこかへと泳いで行ってしまった。
「てへへ、また失敗しちゃった」
「まぁいいんじゃない。それよりリト、ララの水着どうなの」
「どうなのって」
美柑に選んでもらったと話していたララの水着は桃色のビキニタイプ。そこに白い桜の花が付けられていて何とも清楚な雰囲気で愛らしさを醸し出している。
ララの髪の色と合っていてまさに美柑ナイスチョイスといったところだろうか。これもリトに見せるために頑張った成果だろう。
「えっと、あの。いいんじゃないかな」
女性が苦手と言う名のむっつりスケベのリトは顔を背けながらララのことを褒める。エロ本の表紙だけで鼻血を出す程のピュアピュアボーイだったことを考えると成長なのかもしれない。ララが相手だからかもしれないが。
「いやーララ。せっかくの海なんだからみんなで遊びたいよね」
「そうそう! 私もそう思う。じゃあ春菜たち誘ってくるから何かしようよ」
「いいねそれ! リトもいいだろ」
「お、おおう」
「はるなー! 一緒にビーチバレーしよー!」
「ララさん。私はいいけど」
持ち前のオーバーリアクションで西連寺を呼ぶと少し遠くに居た女子三人が近寄ってきた。
西連寺と話していたのは同じグループの籾岡・沢田だ。
「おービーチバレーだって。やるやる」
「いいねぇチームどうする?」
「じゃあリトじゃんけんね」
「ん、ほい」
「オレ勝ったから籾岡と沢田とチームね。勝負だリト」
多少強引だったが仕方がない。海にいられる時間は限られているのだ。チーム分けに時間を取られるわけにはいかない。
「いいじゃんそれで」
「負けた方が罰ゲームってどう?」
「それ面白そう!」
ビーチに設置されていたバレー用のネットへ移動した。カジュアル仕様なのだろう少し低めのネットは初心者にも優しくお遊び感覚でできるらしい。
「かっつぞー!」
「……」
「……」
初めてのバレーということで張り切っているララとは対照的に静かな二人。互いをチラチラ見ては黙り込んでいる。
それも仕方ないのかもしれない。西連寺の格好は意外にも大胆で白のビキニタイプだ。パレオを巻くことで純朴さを出しているが控えめな胸にすらっとした手脚、スレンダーな体系と相まって何だかマニアックなエロさがある。
きっと籾岡・沢田と一緒に買いに行って言い包められて購入したのだろう、ずっと恥ずかしそうにしている。それでも着ているのは誰かに見てもらうためだろうか。
籾岡と沢田も同じブランドの水着を着ている。籾岡はなるほど際どい赤色のビキニ。沢田は水色のワンピースタイプだ。有里がリトへの手本のつもりで率直な意見を交えながら感想を述べたら
「まっあねー。結構奮発したし」
「時間かけて選んだもんねー。髪結ってないとなんか調子狂うなぁ」
とさっぱりとした反応だった。本来高校生なんてこんなものだろう。リトと西連寺が特別意識しすぎなのだ。有里も特に意識せず言ったが、内心少しの動揺があった。
海に入って来たであろう二人は海水で濡れていた。そのせいかいつもゆるふわかわモテヘアーの籾岡の髪はしっとりと下がっており、泳ぐためか髪留めを外している沢田の髪は普段の雰囲気と何か違った。その違う何かに有里はトキめいてしまっていた。
「よーしやるかー。そーれ」
「はーい」
「よいしょ!」
「さっせるかー!」
「あわわ」
「てりゃ! っておわわ」
「「きゃ――っ!」」
リトのスパイクが砂浜へと突き刺さる。さすがの運動神経だが、高くジャンプしたせいか着地をしくじり西連寺・ララのほうへと倒れこんでしまう。
くんずほぐれつになって倒れる三人。奇跡的なことにリトの顔はララの胸に、腕は西連寺の尻に不時着していた。リトの固有スキル”ラッキースケベ”の発動だ。世界に愛されているとしか言いようがない。
「うっひゃ大胆」
「エロエロだね」
「よくやったリト」
照れ隠しの西連寺の平手が渇いた音を立て、リトの頬に紅葉を咲かせた。遠くで猿山の悲鳴がこだました。
『えー、連絡します。雪ヶ丘有里、雪ヶ丘有里いたら救護テントまで至急来るように、以上』
その後もまったりとビーチバレーに興じていたところ放送が入った。女子の中一人残されたリトが助けを求めるような顔をしていたがあえて見捨てる形で救護テントへと向かう。
ビーチに堂々と設置された救護と書かれたテント。そこでシートを敷き横たわりワインを傾けている者が一人。有里を呼び出した養護教諭だ。黒いブランド物のサングラスと黒くてエロイ水着が眩しいが養護教諭だ。
「何いきなり呼び出して」
「海に来たのよ」
「そうだよ。地球の海ってのも結構綺麗なんだなぁ」
「そのみんなに私が入ってないじゃない」
「え、なに拗ねてんの」
「拗ねてないわ。いいから日焼け止めを塗りなさいよ」
「塗りなさいって……」
「あ……ごめんなさい。私こんな命令みたいな言い方、そんなつもりじゃ」
「いや別に怒ってないって。そのすぐにシュンとするのやめろって言ってるだろ。やってあげるから」
「だ、だって……ってここでするの?」
「は? 他のどこでするんだよ。っていうかするとか言うな」
「せめてカーテンか何かで……きゃーっ」
誘い受けというかヘタレ攻めというか。これで案外この二人は噛み合っているので多分いいのだろう。
オイルシーン割愛。
「……シャワー浴びてくる」
「だからしねーから。それよりほら、一緒に泳ぎに行こうぜ」
「はい」
「だからその従順キャラやめろい!」
養護教諭が救護テントから離れて遊んでいてもいいのだろうか。少しくらいなら多分いいのだろう。