季節は夏。その基準なんだか曖昧で、7月だからとか暑くなったからとかセミが鳴き始めたからとか夏休みだからとか色々ある。
この地球この日本に来てまだ数年しか経っていない有里の夏といえばやはり海だった。
臨海学校。
夏休みに突入するにあたって行われる期末試験の一つ前のイベント。海に行って泳いで泊まって遊んで帰る。
何故行われるかの理念は生徒達はおろか教師達ですら解っていない。実際に海で泳いでみて海の怖さや波の中で泳ぐ技術を身に着けるといった学校側の目的はありそうだが、そんなのは生徒達には関係ない。
海! 水着! 肝試し! 告白!
生徒達の頭はそれでいっぱいだ。
高校一年生で初めての一大イベントに有里やリト達のクラスも例に漏れず盛り上がっていた。
「それではグループを決めます」
教師の一言で教室がざわめく。臨海学校といイベントを楽しく過ごすためにグループのメンバーというのは大きな要素になる。仲の良いグループでいけば楽しいし好きな子がグループに居ればお互い燃える。
ならばそのグループ決めの時間にクラス中が騒いでしまうのは当たり前のことだ。
だからこそ、彼らに衝撃が走る。
定年間近のベテラン教師が教卓の下から取り出したものに全員の視線が集中した。
驚くのも無理はないだろう。そこにあったのは”くじ引き”と書かれたちょっと古い彩色の箱だったからだ。
「!?」
「うそ……だろ……」
「え……」
驚愕・絶句・絶望
土紫色の感情が教室を支配していた。あの西連寺ですら定まらない視線をあちこちに向けてその緊張を露わにしている。
このグループ決めは昨日から通知されていた。その時点でフットワークの軽い男子は女子に声を掛けていたし女子達も自分が所属しているグループで来ていく水着の購入計画を立てていた。
その計画を前提から覆されたのだ。その驚きは計り知れない。
絶望と狂気に支配された教室の中で誰も動きだせない中、誰かが何とかするのを待っていた。
(もしかしてくじ引き!?)
(計画がおじゃんだよ)
(俺くじ運ないわウソだろ)
(誰かなんとかしろよ)
(おじいちゃん先生がくじ引きで決めますって言ったらお終いだぞ)
錯綜する想いの乱反射の中で、一人の勇者が静かに手を挙げた。
「「「!?」」」
居た。勇者が居た。権力と暴力で支配されたこの世界でもなお立ち上がる勇者が居たのだ。
助けを求め救いを願い涙で袖を濡らしていた少年少女は希望を出迎えるように勇者へと視線を注ぐ。
「はい猿山君。なんですか?」
その勇者の名は猿山。女好きと騒がしさと遠慮の無さでクラスの中での地位を確立した男。なるほどこの男ならなんとかしてくれる。そんな安心感がそこにはあった。
「はい」
指名を受けた勇者は静かに立ち上がった。引かれた椅子が渇いた音を立てる。
「先生、一ついいですか?」
勇者から紡がれる言葉に全てが耳を傾ける。その静寂の中で一人、朝コンビニでパンを買った時のレシートで美柑に教わった鶴を折っている者以外は。そんな彼を信じられない言葉が襲う。
「クラス委員長の雪ヶ丘有里君からグループ決めに関して提案があるそうでーす」
そう、立ち上がった勇者は剣を持っていなかったのだ!
全ての希望は新たな勇者に受け継がれる。新たな勇者はいきなり振られたことに驚き首の無い鶴を落としたまま固まっていた。
まるで空気ごと冷却されたようにピクリとも動かない反面、彼の頭の中は時間を超えるほど回転していた。
(なんだあのサル野郎いきなりオレにふってそもそもクラス委員だって無理矢理オレにやらせたのはお前じゃねーかオレはリトにやらせようと思ったのにそうすれば西連寺と一緒でなんて今は言っても仕方ないこの状況を何とかしなくては相手は教師味方は無しなんとか臨海学校のグループを自由に決められるようにしなくちゃだけど先生が作ってきただろうくじ引きを使わないってなると先生に申し訳がないどちらも立ててうまくまとめる方法は)
瞬きすら許されない時間間隔の中で百戦錬磨の雪ヶ丘有里は一つの答えへとたどり着く。
「昨日先生からグループ決めの件を言われてからみんなとも話し合ったのですが、忙しい先生の時間を取っては申し訳ないのでグループは僕たちで決めようと思うのです。なのでこの余った時間を使って今学期まだしていなかった席替えをしたいのですがよろしいですか?」
「なるほど。西連寺君もそれでいいのだね?」
「は……はい」
「生徒の自主性か……素晴らしい。選び決断することこそ生きる力になる。本当はグループ決めに使おうと思っていましたがこのくじは席替えに使いましょう」
「それはちょうど良かったです。新しい席で新たな友人ができてみんなで仲良く臨海学校へ行けます」
やり切った有里が席に座る。大事なのは勢いだ。クラス中から拍手が沸き起こった。
二人の勇者の頑張りにより臨海学校のグループを自由に決められることになった。
その日の放課後。
「いやー有里ナイス提案だったわー」
「よしお前殺す。泣かせて骨折ったあと殺す」
「しょうがねーじゃんよーあのまま黙ってたら多分くじ引きになってたと思ったし」
「じゃあお前でなんとかしろよ。キラーパスで人死ぬわ」
「まぁまぁいいほうに考えてこうぜ。誰とグループ組む?」
「その話題の転換の早さむかつく」
席替えをした後今日中にグループを決めることを約束した有里達のクラスは放課後残ってグループを決めていた。
何となく責任者っぽくなってしまったクラス委員長の有里が
「じゃあ適当にグループ決めて黒板に貼ってある用紙に書いたら各自下校って感じでお願いします」
と言ったきりみんな教室に散らばって声を掛けあったりもじもじしたりしている。
有里といえば猿山を呼び出し文句を付けていた。散々文句をぶつけたところを見計らってリトが来る。
「有里、一緒に臨海学校行こうぜ」
「ようリト。もちろん」
「あとは女子だなー。西連寺とララちゃんは確定だろ? あと何人か女子欲しいなぁ」
グループは本当に全部任されたので何人でグループを組もうが全員男だろうが女だろうが自由だ。
「んー、とりあえずララを呼ぼう」
「そうだな。ララちゃーん、俺らとグループ組もうぜ」
「いいよ!」
ペケと話していたララがこっちに近寄ってきてすぐに承諾する。リトと一緒にはじめての海に行けるのだから断る理由は無いだろう。
「じゃあ有里、西連寺誘ってきてよ」
「なんでもかんでもオレがやると思うなよ。今回はやるけど」
有里的にもリトと西連寺を近づけることに異論はない。本当はリトが誘うのが一番いいのだが、今西連寺は他の女子と話しているので少し難易度が高い。代わりに行ってあげるくらいしてもいいだろう。
「やぁ西連寺。ちょっといい?」
「あ、雪ヶ丘くん。ごめんね、色々任せちゃって」
「おぉー雪ヶ丘じゃーん。やるねーおかげで楽しくりんかい行けるよ」
「さっすがクラス委員長見直しちゃったよー」
西連寺の傍には二人の女子が居た。
明るめの髪に胸元を開け何だかギャルっぽい子が籾岡。西連寺とは中学からの付き合いらしくカラッとして少し親父っぽくよく他の女子の胸を揉んだり体を触ったりと男子達の妄想に一役買っている。
そしてもう一人の眼鏡を掛けている子が沢田。短いツインテールで童顔。妹的な雰囲気を醸し出している女の子だ。同じく西連寺と中学からの付き合いがあるらしくよく教室で一緒にいるのを見かける。
「西連寺達ってもうグループ決まってる? もし良かったらオレ達と行かないかな」
「俺達って誰たち?」
「えっと今いるのは猿山とリトだけど」
「へー。雪ヶ丘なら私はオッケーだよ」
「私もアリかな」
「えっと、私もいいよ」
「良かった。じゃあよろしくね」
「よろしくー」
見た目通りカラッとしている籾岡の了承もあってグループ決めも済んだ。有里としてはリトと西連寺の距離を近づけたいので、あわよくば告白まで行き着くことを目標に計画を立てるだろう。
男子三人女子四人でバランスがよく見えるが、傍から見ればなかなかに個性的なグループが出来上がった。
臨海学校前日の夜。オレは荷物をもう一度全部広げて最終チェックをしている。
当たり前のような顔をしてオレのベットで寛ぎながら本を読んでいる同居人。オレの好みに合わせたらしく風呂上りに水色の下着をはいて勝手に人のワイシャツを着ている。次の日着るものが無くなるからやめてと言うと自分のワイシャツを渡してくるので言うのをやめた。
「って感じのグループになったから。悪いけどりんかい行ってる間はごはんとかよろしくね」
「あら、私も臨海学校行くわよ」
「そうなの?」
「何かあった時のために養護教諭が付いてくのよ。しかも個室よ個室」
「なにその目」
「もちろん来るんでしょ?」
「もちろん行かねーよ」
「なんでよ」
「オレだってリト達と夜の語らいしながらまったり寝たいわ」
「ふんっ……ホモ」
「ホモって言うな不貞腐れんな!」
「もう寝るわ」
「ちょっと布団取るなって。っていうかまだオレ寝ないよ勝手に電気消すな!」
地球の海。楽しみだ。