俺の名前はギ・ブリー。宇宙ではちょっとは名の知れた賞金稼ぎだ。得意の擬態能力を武器にある時は標的の妻に化けたり、ある時は標的自身に化け敵国を煽ったりとあらゆる手段を用いて仕事をしている。
そんな俺を卑怯と罵る奴らもいるがそんなもん褒め言葉でしかない。俺はこの力で銀河を手に入れ世界中の女を囲って暮らすのが夢だ。
そんな俺の元へこの仕事が転がり込んできた。たまたま近くにいただけかもしれないが、だからこそ言える。これは運命であると。
その仕事とは、ユウキリトという人型生物の暗殺だ。
このユウキリトという奴、なんと俺が長年狙っていたララの婚約者になった男らしい。ララとは銀河を支配しているデビルーク星の王女のことだ。つまりララを手に入れれば銀河を支配する椅子も一緒に手に入れることが出来る。
しかもララは人型生物の中でも極上に美味そうで俺好みだ。とは言ってもまだガキだがなに、俺好みに調教できると思えばそれも良しとしよう。
そのララが何故こんな辺境の星に居てただのガキを婚約者にしたのかは解らないが、まさに千載一遇のチャンス。今まではデビルーク星の頑丈に慎重を重ね過剰すぎる警備と防備に守られていたララがこうしてクソみたいな星に来ているのだ。接触し浚い調教し俺に惚れさせれば結婚など容易い。
そのために邪魔な生物を消すなんて仕事でなくたってやるってもんだ。
俺はこの仕事をすぐに引き受けると準備に取り掛かった。
今まで稼いだ金を全てつぎ込んで情報を集めた。そしてララとユウキリトが高校と呼ばれる場所に通っていることを知り周りの人物を調査。一番人気のある教師に当たりをつけた。サスガというらしいが名前なんてどうでもいい。俺には解らないがチキュウジンには整った顔に見えるらしく、特に異性からの人気が高いらしい。これは使える。
次に準備したのは捕獲装置に薬品。最高級の触手マシンを購入した。戦闘から調教まであらゆる仕事をこなすスペシャル触手だ。これさえあればデビルーク星人のバカ力にも対応できる筈だ。
薬も最高級品を用意した。一滴でも皮膚に触れれば一瞬にして発情しどんな刺激も快感に変えてしまうという劇薬だ。これさえあればララもドロドロのほかほかになること間違いない。そしてこの触手さえあれば……おっとよだれが。
準備は万端だ。俺はすぐにチキュウへと降りサスガの家に忍び込み麻酔を打つ。それなりに強い麻酔なので三日は起きないだろう。体の弱い者ならそれだけで死ぬこともあるが俺にはそんなこと関係ない。生き残れるかもしれないだけありがたいと思って欲しい。
さぁ変身だ。我ながら惚れ惚れする精度。俺のすごい所は外見だけでなく中身までもその人物に擬態することができる所だ。どうでもいいだろと思いがちだが、俺はこのスキルでいくつもの精密検査を掻い潜ってきた。
遺伝子レベルで擬態の出来る俺に気付く者など居る筈がない。現に今までバレたことがないからだ。
早速俺は高校へと潜入した。事前に地球の情報をインプットしておいたので日常会話も違和感なく熟せている。誰も俺が擬態した宇宙人だと気付いていないようだ。無理もない、どいつもこいつも小便くさいガキばかりだ。
とはいえ人型タイプのメスは宇宙でも高く売れることが多い。ララの件が済んだら何人か見繕って小遣い稼ぎをするのもいいかもしれない。なんせこの星、もしかしたらこの場所だけなのかもしれないが、防犯意識のようなものが低すぎる。
宇宙文化圏に入っている惑星では定期的にスキャンや身分証明が行われるし、入星審査何かでは宇宙船の隅々まで調べられることも少なくない。
まぁ所詮は発展途上惑星か。仕事が楽な分には助かる。
驚くほど順調に進んだ俺の銀河支配計画の第一歩。現地のメス達への情報収集によってユウキリトと親しい関係にある”ハルナ”というメスがいることを知った。
ユウキリトをおびき出すのならそいつの名前を出す方が有効なようだ。少なくとも頭の悪そうなメス達の言葉からそう察することができる。
しかも幸いなことにハルナが所属しているブカツドウというものを教える立場にサスガはいるらしい。上位の立場にいるのなら呼び出しも容易い。俺はすぐさまハルナを呼びつけた。
が、用事があると断られてしまった。何でも保健室に呼ばれているらしい。何ともめんどうなことだ。ならばと高校の時間が終わった後はどうだと提案するとすぐに了承された。予め確保してあった空き教室を告げて別れた。
これで下準備は完璧だ。
俺は空き教室へと移動し触手マシンの準備をする。入念に動作確認をした後、薬の準備もした。思わず独り言が零れる。
「へへへ、これで銀河の支配者は俺になったも同然だぜ。しかもエロイ嫁付きと来たもんだ」
俺は全てを手に入れた。思わず笑みが声に乗って空気を渡る。これからの生活を考えると頬を汗が垂れた。奥歯が小さく震え、カチカチと音を立てている。
「へっへっへ……ん?」
するといきなり膝の力が抜け、ガクッと座り込んでしまった。一体何だ? と口をついて出た筈の言葉が出ない。そもそも普通に呼吸ができない。
「ヒュ……ヒュ……カヒュッ」
体中から汗が噴き出て地面に落ちていくのに異常に寒い。震えが止まらず視線が合わない。
突然の出来事に混乱する頭の片隅で、冷静な自分が答えに近づいていた。
これは”死の恐怖”だ。
俺は宇宙で生きてきた中で、三度死にそうになったことがある。いわゆる修羅場というものも潜ってきた。
「動くな。何も考えるな。質問にだけ答えろ」
俺の経験した修羅場など子どもの遊びにすぎなかった。向けられていたのは”殺意”だった。いつこの教室に入ってきたのかも解らない。背後にいるそいつが誰なのかもわからない。
ただ解るのは、俺がここで死ぬということだけだ。
「名前は」
「ギ、ギ・ブリー」
「目的は」
「ララを嫁に。支配者に……ユウキが、婚約者になったと」
四つんばいになり床に落ちる水滴を数えながら質問に答える。チラリと横目でスクラップになり黒い煙を吹いている触手マシンを確認した。唯一の希望が断たれた。絶望が心臓を握りつぶす。
「殺さないで」
「喋るな。それを決めるのはオレじゃない。お前の……お前かな」
そう言ってそいつは俺の準備していた媚薬を全て飲み込ませた。
「うごっ!ぐ……ががっ!」
喉が焼けると同時に、大きな空気の塊をぶつけられたような衝撃を感じた。意識が薄れ頭の中が真っ白に染まる。
痙攣を抑えられずその場でのた打ち回った。ぼやけ切った視界の真ん中で最後に見たのは宇宙のように真っ黒に染まった瞳だった。
「満足?」
ベットがこんなにも落ち着くのは自分の匂いが染みついているからだろうか。それともただ単に落ち込んでいるからか。甘目に淹れたコーヒーが美味しいせいかもしれない。
そんなオレの胸中を知ってか、ニヤニヤ笑いの同居人が寝ころびながら指を噛んでくる。
「うるさい」
「佐清先生も無事だったしギ・ブリーは意識不明で正体もバレずにすんだわ。それに結城君達も無事だったでしょう?」
「もう寝る」
片手で読んでいた本を置き布団に潜り込む。何だか心がささくれ立っているような気がして落ち着かなかった。言われた通りリトは無事だし先生も大丈夫だった。正体もバレていないし激しく運動もしていなから体調もいい。
だからこそこんなにざわざわする理由が解らない。もしかしたら解っているから落ち着かないのかもしれないが。
部屋の明かりを消しモコモコの枕に顔を埋める。当然のように一緒の布団に入ってくる同居人。抱きしめられて頭を撫でられた。不思議と落ち着いてしまったのが悔しかった。