ララはとりあえず地球に住むことになったらしい。それもリトの家に。ララがどう説得したのかは知らないがうまくやったのだろう。
そしてやはりというか当然というべきか、ララは彩南高校へ転校してきた。
突如現れた季節外れの転校生。それも絶世の美少女ともあって学校は大騒ぎになった。特に男子達の盛り上がりようは凄まじく、他のクラスや学年の生徒が教室の前までやってくるほどの注目っぷりだった。
さらにララがリトの家に住んでいることとをバラしてしまったため、リトまでその騒ぎの中心に巻き込まれてしまっていた。一瞬宇宙人であることまでバラすのかとヒヤヒヤしたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
しかし美人は三日で飽きるとはよく言ったもので数日が経った今となっては教室の前の廊下が賑わうことも無く、男子達がリトに嫉妬の視線を送ることもなくまた平凡な日常が帰って来ていた。
「あー、俺も彼女ほっしぃなー」
「なんだよ猿山またその話か。リトとララは付き合ってはいないって言ってたじゃん」
そんな平凡な日常に組み込まれた体育の授業中。白と黒のボールを皆で追い掛け回しているのを、オレと猿山は鉄壁のディフェンスという名目でゴールポストにもたれかかり敵チームが攻めてくるのを今や遅しと待っていた。
女子達はと言うと50m走をしているらしい。バレていないつもりなのか、時折猿山がそちらをチラチラと見ている。揺れる胸を見ているのか露わになった太ももを見ているのか。ちょうどララが走り始めたせいか話題はリトとララの関係についてになった。
「一緒の屋根の下に住んでりゃもうそれ以上だろ。それで付き合ってないとかもうそれ異常だろ。あー、俺のところにも年下で慎ましくて俺を立ててくれてエロイ姉妹とかこねーかなぁ」
「欲求が具体的すぎて怖い。そういうのを表に出しまくるのが猿山の欠点だと思うんだけど」
「仕方ないだろ、彼女欲しいんだから」
「モテるって話ならあの佐清先生みたいな爽やか系のほうが女子的には好評なんだろうなぁ」
言いながら視線を女子達の方へ向ける。決して女子達の体操着のズボンから伸びるつやつやとした太ももを記憶に刻み込む為ではなく、視線の先にいたのは一人の男性教師だ。
彼は佐清(さすが)先生。女子の体育授業の担当でテニス部の顧問もしている。その爽やかさと甘いマスク、テニスによって鍛えられた肉体によって女子達の人気を集めている先生だ。よく男子達から妬まれている。
「やっぱり顔かよ。っかー、ちょっと顔が良くてスポーツ出来りゃバカな女が釣れるんだからいいよなー」
「おい口が悪いぞ。猿山もスポーツとかやってみればいいじゃん。ほらリトみたいに……ってリトどこ行ったんだ」
先ほどまで張り切るサッカー部と互角に渡り合いグラウンドの中心で走り回っていたリトが居なくなっている。
「トイレとかじゃねーの」
「じゃあオレも行ってこよ。先生が来たら言っといて」
「あいよ」
少し気になったのでリトを探すことにした。トイレに行く振りをして体育館へと向かう。体育館の裏は林のようになっていて、ちょっとした密会や隠れるのに適している。ある意味一番校内で怪しい場所と言えるかもしれない。ここに居なければトイレなんだろうしそれなら別にいい。ただここに居た場合また何かに巻き込まれている可能性が高い。
出来るだけ音を立てないように林を歩いていると、人の気配を察知した。するとすぐ後にリトの声も聞こえてくる。もう一人誰かがいる。違う、誰かじゃない、あれはザスティンだ。
嫌な予感が頭をよぎる。
ザスティンとララとリトの間で話は付いたはずだ。あの後ザスティンは報告のために星へ帰ったらしい。そのザスティンがまた地球に来てリトに話すことと言えば……ララの親父の伝言か。
あのバカはオレが居るからララをこの星へ寄こしたんだろう。ララは自分の意思で来たと言うだろうが上手に追いかければ簡単に操作できる。つまり星を出て生活をすることに関しては肯定的ということだ。そしてオレが居て辺境に位置しているこの星なら安全というのも解らなくもない。
リトの存在は予定外だったのだろう。まして結婚を言い出すなんてあいつの驚いた顔を思うと少し気分が良い。ザスティンはリトのことを報告しに帰って、そしてその答えをリトへ……。
ララと結婚するということはあいつの息子になるということ。銀河の支配者であるあいつの息子ということはいずれリトが銀河の支配者になることになる。あいつには娘があと二人いるがどちらもララの妹なので普通にいけば長女の旦那が王になるだろう。
そうなれば当然銀河の支配者になろうとララの婚約者の座を狙っている者達からリトが狙われることになる。単純にララと結婚をしたい者達からだって疎まれるだろう。そんなことになればオレだって黙ってはいられない。リトの命が危なくなれば隠居だなんだと言ってられない。そしていずれは正体と居場所がバレ、オレを狙うものとリトやララを狙うものが群れを成してこの星へ集まってきて……。
つまりこれはあいつが仕掛けた壮大な嫌がらせということだ。
そんな間にザスティンの持った通信機であいつとリトが話していたらしい。内容はやっぱり思ったとおりだった。
リトの存在は銀河中に知れ渡っており、リトやララを狙うものが来るかもしれないということ。そしてそれから守れなければ地球をぶっ潰すということ。
オレはそれを黙って聞いているしかなかった。もし出て行けばそれこそギドの思い通りになってしまう。最後に奴は言い放った。
「それじゃあ、ララを……た・の・ん・だ・ぜ」
その言葉はリトに言ったものであると同時にオレにも向けたものだった。なんとかぶちギレるのを抑えた自分を褒めてあげたい。
今更この状況をひっくり返すことはできない。当分は様子を見ることしか出来ないだろう。とりあえずは同居人に監視を強めてもらうしかない。
また会った時、あいつをぶっ■す。オレはそう決めた。
―――――。
―――。
なんて思った翌日。それは起きた。
始めは小さな違和感でしかなかった。昨日に続き運動場で体育の授業を行っているときのことだった。男子は昨日と同じサッカー。女子は100m走をしている。
オレと猿山といえば鉄壁のディフェンスの名のもとゴールポストに寄りかかって談笑を決め込んでいた。話題はこれまた昨日と同じ、どうすれば可愛くて大人しくて気が利いて巨乳で従順で夜になるとエロくなる年下の弓道部の彼女が出来るのかという猿山の願望を現実に近づけるためのものだ。
答えの無い不毛な会話の傍ら。初めに気付いたのは小さな違和感だった。
向けた視線の先に居るのは体育の授業に励む女子達の姿。ではなくその中で唯一の男性である、体育教師佐清先生が居た。
「ん?」
「どうしたんだよ、有里」
思わず出てしまった声に猿山が聞き返してくるが、とりあえず無視。意識は佐清先生へと注がれていた。
何か、何かがおかしい。歩き方、喋り方、雰囲気。挨拶程度しか先生のことは知らないが、何かがおかしいことは解る。
もしかしたら体調が悪いのかもしれない。と思う逆側で最悪のケースを考える。そして恐らく可能性としてはそちらの方が高い。だからこそ違和感が目に付いた。
宇宙人には人型以外にも昆虫型や多足型、大きさは様々だし寄生型や変体型なんてのもいる。人が想像できる形状の生物はほぼ全ていると言っていいぐらいの種類が存在している。
宇宙の殺し屋や賞金稼ぎなんてのは当然そういった特徴を武器にする。もし佐清先生に寄生しているとしたら。
ララとリトの関係はすでに銀河に知れ渡っていて、それを狙う者が地球へと来るかもしれない状況。昨日の今日とはいえ、地球からそんなに離れていない場所からなら宇宙船を使いすぐにやってこれるだろう。手の早い者ならすでに潜入しているかもしれない。
宇宙人の中には寄生型、擬態型といった潜入に長けている生物達も多い。そしてその特性は犯罪などに悪用されている。もし、佐清先生が宇宙人と摩り替わっていたのなら……。
まずは確認のために同居人に連絡、と思ったらズボンに隠していた携帯がブルブルと震えた。本当は授業中は教室に置いておかないといけないのだが実際に守っている生徒は少ない。
「ごめん猿山。ちょっとトイレ」
「どうでもいいけど授業中にトイレ行くのって何か主人公っぽくていいよな」
「ちょっと何言ってるか解らない」
猿山の意味不明さは宇宙の中でも珍しいと思う。
「もしもし」
「授業中ごめんなさい。急な用件があったから」
電話の相手は同居人だ。
「用は解ってる。この学校の佐清先生のスキャンって出来るかな」
「早いわね。すぐに……出たわ。擬態タイプね、宇宙人よ」
「勘が鈍ってないのを喜ぶべきか悲しむべきか」
「乗ってきた宇宙船を不審船舶としてマークしているわ。どうするの?」
「んー、とりあえず逃げなければいいよ。ザスティンにでも連絡して何なら落としちゃってもいいと思うよ」
「手配しておくわ。他にやることは?」
「本当の佐清先生の無事と仲間の有無かな」
「バイタルデータは送る?」
「いいよ。擬態タイプってことは多分そんなに強くないだろうし」
「了解。好きよ」
「学校でそういうのやめてください」
相手は解った。退路も断った。後はいかにバレずにヤるかだ。そうと決まればこうしちゃいられない。早速行動だ。