TOLOVEりんぐ   作:ぽつさき

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誰でも隠し事

「……」

 

「おはよう有里さん」

 

 雑誌を捲る音で目が覚めた。何かのトラブルに巻き込まれた次の日の朝というのはだいたいいつもこんな感じだ。知らないベットの上とか診察台の上だとかで目が覚める。

 そして決まって気だるいんだ。頭の中にセメントを流し込まれて固まる寸前でかき回されているような感覚。げっぷをしたら口から出てくるんじゃないかという気にすらさせてくれる。

 

 体を起こそうと力を入れたら腹筋と腿が悲鳴を上げた。何とかそれを隠しながら上半身だけを持ち上げると何かが落ちた。

 額に置いてあった手ぬぐいらしい。それを掛けてくれたのであろう少女にまずは挨拶を返さなくては。

 

「おはよう美柑」

 

「……」

 

 少女は悪かったテストを隠している子どもを見るような目でこちらを見ていた。小学生とは思えないような母性を時々感じさせるこの少女の将来が怖い。旦那や彼氏はきっと苦労するだろう。

 

「ありがとね美柑、看病してくれて。だいぶ良くなったよ」

 

「朝ごはんは?」

 

 ただそう聞かれただけなのにビクッと肩が跳ねてしまった。彼女の声色はいつもと変わらない平坦なものだったが、そこに込められた別の何かにオレはビクビクしてしまっていた。

 

「たえ、食べます」

 

「じゃあ先顔洗わないとね」

 

 そう短く言って美柑は台所へと行ってしまった。とりあえず目の前の危機が去ったので現状の確認。

 オレが寝ていたのはリビングのソファでただいまの時刻は九時ちょっと。十時間弱寝ていたのだろうか。最近切り替えてなったから体がびっくりしたらしい。情けない話だ。

 

 美柑に言われた通り顔と歯を洗い、シャワーを浴びたいところだったがとりあえずリトの服を勝手に拝借して着替える。すっきりして目も覚めてきた。軽くなった足取りでリビングに戻るとテーブルにはすでに朝食が並んでいる。ベーコンエッグにパンとオレンジジュースというなんとも見事な朝食だ。

 

 その前には夜叉が座っていた。オレにはそう見えてしまっていただけで実際は可愛い小学生の女の子が頬杖をつき足を組んで座っているだけである。お酒を飲んで遅く帰ってきた亭主なんかはこういう気持ちなのかなと小さくため息を吐きながら椅子に座る。

 

「いただきます」

 

「どうぞ」

 

 少し薄味に整えられた美味しい朝食をゆっくりと頂く。夜叉からの言葉は無い。時々薬指の爪でコツンとテーブルを叩くのが恐ろしく恐ろしい。広いリビングにフォークの音だけが響いていた。美味しい朝食なのだが味など解らず砂でも噛んでいるかのようだ。

 

「どちそ、ごちそうさまでした」

 

「はいどうも」

 

 美柑が食器を持っていき台所で軽く洗っている。その後ろ姿をじっと見ていた。テキパキという擬音がぴったしなくらいにすぐ食器を洗い終えた美柑は再びオレの目の前へと戻ってきて椅子に座る。

 

(あ、これ終わらないやつだ)

 

 話はまだ終わっていなかった。この針のムシロから脱出するにはどうやらお母さんに自らテスト用紙を差し出さなくてはならないらしい。

 

 考える。

 

 きっと美柑はオレ達が帰ってきて何があったかを聞いただろう。リトに口止めしておいたわけじゃないがきっとリトはオレの秘密というか隠し事を美柑に言ったりしなかったんだと思う。リトはそういう奴じゃない。

 適当にあったことだけを話されてそれで美柑が納得したのか。した筈がない。この状況がその答えだ。

 

 美柑は知りたがっている。オレのテストを。隠し事を。

 

 言うか。誤魔化すか。逃げるか。決めるか。

 

 言うだけは簡単だ。リトには言って美柑に言わないのもおかしい。でも一人目に言うのと二人目に言うのは意味合いが少し違う。一度こうして人に話すことに慣れてしまえば、

 

 このままズルズルと色んな人に話すようになるかもしれない。その人たちが受け入れてくれればいい。だが拒絶された時には? 自慢じゃないがオレは心が弱い寂しがり屋だ。死にたくなっちゃうかもしれない。

 

 そしてもし打ち明けて美柑に拒絶れたら? うーん、口からセメント吐けそうだ。

 

 自分のために隠していたテストを今更どんな顔で見せたらいいんだ。リトだから受け入れてくれたんだ。普通の人なら宇宙人が目の前に出てきたら気持ち悪がるに違いない。まして自分を騙していた人だ。好意的に受け取るのは難しい。

 

 でも美柑なら……リトみたいに受け入れてくれるのかもしれない。隠し事をしていたことを怒りながらも許してくれるのかもしれない。

 

 どうする。言うべきか言わざるべきか。

 

 チラリと美柑のほうを見る。相変わらず真っ直ぐな瞳がこちらを向いていた。何だか悲しくなって時計へ視線を逸らす。悲しいことに朝食が食べ終わってまだ三分も経っていなかった。

 

 七度目の薬指の音が鳴る。もう限界だった。

 

「美柑オレ……宇宙人なんだ」

 

 パンッ

 

 返ってきたのは平手打ちだった。少し遅れて左の頬がピリピリと痛み出す。これがきっと普通の反応だよな。もうきっと結城家には来れない。

 

「これはずっと黙ってた分。リトはきっとすぐ受け入れただろうから私はこれだけ。いいよ、別に有里さんが宇宙人でも何人でも。今までのことは変わらないしね」

 

 美柑の言葉に目尻が潤む。ただ許されるよりも心に来た。下を向いて必死で涙を堪えているといつの間にか横へ来ていた美柑に頭を抱きしめられた。

 

「ごめんね有里さん。つらかったね。私たち二人で追い詰めちゃったかな」

 

「そんなことない。オレが弱くて情けないから」

 

「たとえ有里さんがどんなことしても、私は……きっとリトも信じてるよ。ビンタしちゃってごめんね。誰にでも隠し事くらいあるよ。私もあるしリトだって」

 

「相手を想っての隠し事ならいい。でもオレがしたのは自分のためだけだから」

 

「ううん。有里さんはちゃんと私たちのことも考えていてくれてたよ。だから私たちもすぐ許せたんだもん」

 

「あ、待って。これ泣く。帰るわ」

 

「有里さんって真面目な話弱いよねー。今度宇宙の話聞かせてね」

 

「んじゃまたね」

 

「うん」

 

 実を言えば既に泣いてたし、多分美柑にも気付かれてた。でも別にいいんだ。きっとこういう日も必要なことで、明日からはすっきりと気持ちを切り替えていけそうだ。なんだか肩の荷が下りた。

 

 

 

 

「ってなことがあったんだけど、どの辺までがお前の企みなの?」

 

 結城家から走って帰る。ちょっと足がふらついたけど美柑の看病のおかげか無事自宅へとたどり着いた。その勢いのままリビングのソファでテレビを見ていた同居人へとタックルをかまして押し倒す。

 

 おかしなことはいくつもあった。密航者とだけ言って他の情報をくれなかったし、こんな広い宇宙でララがこの星に来るなんて出来すぎている。

 同居人はララの親父とコンタクトを取っているらしいしその線が怪しいと思っている。なんにせよこの状況を作っているのは彼女以外にありえない。

 

「ごめんなさい」

 

「謝られても」

 

「あなたの為にと思ってしたの。でも親衛隊長とやりあうことになるなんて思っていなくて……体調悪くなったんでしょ?」

 

「泣くなよ。別に怒ってないんだから」

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

「まぁいいか」

 

 彼女なりに思うところがあったのだろう。美柑が言っていたが誰にも隠し事はあるものだ。オレだってまだ隠していることはある。

 

 何だか疲れてしまった。同居人はいけないとこに入ったのかボロ泣きしているし健康診断もまた明日かな。今日はこのまま昼まで寝てしまおう。

 

 震える同居人の体を抱きしめる。何だかつられて泣きそうになってきたのでオレも目をゆっくりと閉じた。

 


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