「ただいまー」
「あら、おかえり。遅かったのね」
「ん、ちょっとコンビニ寄ってた」
「また買い食い? ほどほどにね」
ここは学校から数十分離れたちょっと大きめの家が立ち並ぶ住宅地。そこの一角、他の家たちから一歩引いたような距離を開けられている一際大きな洋館がある。
そこは成人男性の肩ほどあろうかというほどの柵に囲まれ、二階建てらしい建物の屋根には何匹ものカラスが群がりギャーギャーと怪しげな声を上げている。庭には図鑑を開かなければなんの草か解らないような植物がいくつも生えていて、無骨に引かれた石畳が真っ直ぐに重厚な玄関の扉へと伸びている。夕方をちょっと過ぎた時間だというのにその一帯だけは幾分暗く見えた。小学生くらいなら近寄るのをためらうほどの不気味さだ。
そんな洋風お化け屋敷がオレの自宅である。一見古風な見た目だが、そこに張り巡らされたセキュリティは宇宙レベルでもトップクラスのものが成されていて、もし決められている場所以外を設定されていない人間があるけばどうなるか、オレでさえ解らない。というのもこのセキュリティは同居人の仕業で、設置した後の事後報告しか聞いていないからだ。
そんな同居人にコンビニで買ったレシートを渡しつつ部屋に戻り鞄を降ろす。制服のボタンを緩め無駄に大きいベットに横になると同時くらいに携帯が無骨な電子音をポケットから鳴らしてきた。
「もしもし?」
「なぁ有里ー」
「どうしたの」
「うー、また出来なかったよ」
「告白か。やっぱりなぁ」
「やっぱりって何だよチクショー」
「だっていつも通りだもん。突発的に告白ー! とか言っていざ行こうとすると緊張してオロオロして声掛けられなくてまた次回ってパターン」
「だからこそ、今回は行くぞって思ったんだよ」
「それ前回も言ってたぞ。リトみたいなのをヘタレっていうらしいね。まずは女の子に免疫つけなきゃなぁ」
「ヘタレって言うな。それが出来てれば告白も出来てるよ……」
リトはこうして何度も告白を失敗している。告白の失敗が振られることを言うのならリトは失敗すら出来ていない。大体突発的にテンションを上げて告白するぞと意気込むが大抵呼び出す段階で挫折する。それならと猿山と協力し西連寺をリトの名前で放課後の屋上に呼び出したことがあったが、完璧なシチュエーションの中で明日の予定を確認するという最悪の結果に終わった。
それ以来リトの告白ネタにはオレも猿山も話半分で付き合ってあげているというのが現状だ。こうして失敗ですらない失敗話の電話に付き合うのもその一環となっている。
リトとの電話が終わり、同居人と夕食を食べ終えてから部屋でまったりと休んでいると、充電器に差し込まれていた携帯が再び電子音で鳴き出した。時刻はすでに九時に近く、こんな時間に電話が掛かってくることは珍しい。誰だろうと携帯を開いて液晶画面に目を落としてみると、そこには登録されている”結城リト”の文字。夕食前に電話をしたのにまた掛けてくるとはこれも珍しい。
「もしもし?」
「ちょ……有……たすっ!」
「は? 何、どうしたんだよ」
「わからっ……掛け直す!」
そして切られる電話。意味が解らない。声の調子から何か焦っているというか大変な事態が起きていること解る。
「おっと、その前に」
友人のピンチにすぐに出かけねばと思ったが、まず同居人が何か知っているか聞いてみよう。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「なにかしら?」
「えーっと、ちょっと友達が何か大変そうなんだけど何か知ってる?」
「丁度昨日の話ね。検問を無視してこの星に来た宇宙船が居るわ。いわゆる密航者ね」
「その密航者がこの町のリトのところに居るって?」
「そうらしいわ」
「危ない奴なの?」
「そうでも無いわ。結城君もあなたと一緒で巻き込まれ体質なのね」
「なるほど。とりあえず見に行ってみる。何か解ったらまた連絡お願いね」
「はいはい、気を付けてね」
同居人は色々な機器や機関を用いて凄まじい情報網を張っている。この町や星に起きていることも勿論だが宇宙で起きていることにも逐一チェックをしている。こうして何かが起こった場合同居人に聞くのが一番早くて正確な手段だ。
事態が解ったら早速行動。友人であり親友であるリトが厄介ごとに巻き込まれたのだから助けなくては。適当に外行きの服を着て外に出る。今日は月の見えない夜らしい。街灯の無い場所は大分暗かった。
これならと少し早めに走りながらオレはリトの家へと向かった。
数分ほどしてリトの家へと付いた。チラっと覗いてみるがリトの部屋は電気が付いている。解決したのかな? とインターホンも鳴らさず家へと入る。もう何度も来ている家なので殆ど自分の家のような感覚だ。
「こんばんはー。リトー?」
そう玄関で大きめの声を掛けながら靴を脱いでいるとすぐに足音が聞こえてきた。
「あれ、有里さんじゃん。こんばんは」
そう言って出てきたのは小学生くらいの少女だった。
彼女の名前は結城美柑。リトの妹で小学生くらいというか小学生だ。の割には考え方とか雰囲気とかかなり大人びているけど。リトと違ってお父さん似らしい黒髪をバスタオルで拭きながらパジャマ姿でお出迎えだ。
「リトから変な電話があったんだけど今居る?」
「わっかんない。何かさっき変な音がしたと思ったら部屋から居なくなってたよ。窓が全開だったから窓から跳びだしたのかな」
「なんだそりゃ。何か言ってなかった?」
「んー、そういえばお風呂の時に裸の女の人を見たとか言ってたよ」
「え、美柑まだリトと一緒に風呂入ってんの」
「ばっ! んなわけないじゃん有里さんばっかじゃないの」
「ごめんごめん。それじゃオレちょっとこの辺探してくるからリトが帰ってきたら携帯に連絡してね」
風呂上りだからか、からかわれたからか顔を真っ赤にしている美柑を尻目に結城家を後にする。
裸の女ってのはどういうことだろう。リトの妄想癖に磨きがかかった線が最も有力だがそれではあまりに友人が不憫なので他の理由で考えてみよう。
思えば引っかかっていたことはあった。同居人に密航者のことを聞いた時不自然な話の逸らし方をしたことだ。同居人は基本的にオレが不利になるようなことはしない、というくらいに信頼はしている。が彼女の性格上多少面白くなるのなら小さな隠し事くらいはしそうに思う。
つまりそのリトが見た裸の女の正体は、オレが知らない方が面白いと思うような人物だということなのだろうか。
なんて考えたところで誰かが現れて答え合わせをしてくれるわけでもなし。下手な考え休むに似たり。リトに会えば話も解るだろう。
とりあえずこういう時は勘だ。自他ともに認める巻き込まれ体質を持つオレならばきっと行き着く筈だ。
「見つけた」
色々と考えるのが面倒だったので河・町・山の三択から頭の中でくじを引いて河を選んだ。八百長っぽくてバカっぽくて笑えるが、それが当たったのだからまた可笑しい。
この町に流れる小さな河。国道から一本外れただけで自転車くらいしか通らないこの場所だが、それでも誰かを向こう側へ渡すために軽トラックでも通れるくらいの橋が架かっている。その下、申し訳程度に立てられた外灯の近くにリトはいた。
電話では随分と切羽詰まったような声を出していたが、何かの犯罪に巻き込まれているのではと頭をよぎった不安が杞憂に終わるくらいには落ち着いているらしい。
なんだ良かった。心配のしすぎだったか。無事も確認できたし帰ろう、と浮いた踵を再び下ろす。
再び有里の頭の中を不安がよぎる。嫌な予感というべきか。宇宙生活の中で何千回と危険な目に合っている有里はそういった危険を察知する能力が恐ろしく高かった。
だからこそそれを敏感に感じ取った。何かが起きていることを。
その危険な何かにリトが巻き込まれていたのであればこうしてはいられない。すぐに彼の元へと近寄った有里はすぐにそれを後悔することになる。
「よっリト。どうしたのこんなところで」
「有里か。お前こそどうしてこんなとこで……じゃなくてちょっと聞いてくれよ! 宇宙人だ!」
「え!? オレは宇宙人じゃねえよ!」
「お前じゃねーよ。うちに宇宙人が来たんだって」
「オレが宇宙人なわけないじゃん。そしたら嘘ついてたことになるじゃん。オレじゃないって!」
「だからお前じゃねーって!」
有里はリトに嘘をついていた。隠し事というカテゴリーの中に嘘をぶっこんでしまうのであれば有里は嘘つきになるのだろう。
有里は宇宙人だった。彼からすればリト達も宇宙人になるのだが、有里は宇宙人だった。
有里のよく行く温泉だらけの星で自分は宇宙人だ! と言えばきっと何を当たり前のことを言っているんだろう。もしかしてこの人はちょっと頭が可哀そうなのかなと思われるだろう。
しかしこの地球で同じことを言えばどうだろう。可哀そうと思われるのは同じかもしれないが少し違う筈だ。この星の宇宙人に対する常識からすると少なくとも好意に結びつくことは無さそうだ。むしろ嫌われることの方が多いだろう。
有里はそれを恐れていた。嫌われることと真実を話せないでいることを。
「いやいきなり宇宙人とか言うからさ。焦ったわ。何でいきなり宇宙人とか言うのやめてよ」
「落ち着けよ。えっと風呂入ってたらいきなり女が現れてさ。そしたら家出らしくて思わず連れて逃げてきたってわけ」
「全然何言ってるか解らないけど。その一緒に逃げた人が宇宙人ってこと?」
「解ってるじゃんか。そうらしいんだよ。俺も信じられないから有里はもっと信じられないだろうな。だってほら、有里は宇宙の話とかって嫌いだったじゃん」
「そう。オレ宇宙の話は嫌いなんだわ。宇宙の話だけは嫌いだわー宇宙だけはNGだわ。ほらオレってあれでしょ。宇宙の話するだけで具合悪くなって学校休んじゃう体質の持ち主だし。そもそも宇宙のこととか地球外生命体のこととかそんな非科学的な話がもうナンセンスだよなーそんなこと話すよりもっと建設的なことってもっとあると思うんだよね」
「ちょ、ちょっと待って。すげー喋るな有里」
「いやだっていきなりリトが宇宙とか言うからさ」
「あれー? もしかしてフリティじゃない?」
有里がここに来てリトに話掛けた時から、彼には一つ気になっていることがあった。気になっているというと少し違う。それはすでに確信へと到達していたからだ。
ここにリトは一人でいなかった。橋の陰に隠れて解りづらかったがそこには一人少女の姿があった。
その少女は綺麗な長い桃色の髪を風に遊ばせながら、独特の雰囲気を纏わせて立っていた。
彼女がこんなところに居るはずがない。そう思い視界から存在を消してみても無視を決め込んでみても彼女がここにいることは変えようのない真実で。
そして何より有里が感じていたよく当たる嫌な予感が、彼女の存在が本物であることを証明していた。
本当のところを言えばすぐにでもこの場から逃げ出したかった有里だったが、こうしてすでにリトに話しかけてしまっているだけにそうするわけにもいかず。
まして逃げたところでリトが厄介事に巻き込まれている現状は変わらず、困っている友人を見捨てて逃げるようなマネは有里には出来そうになかったようだ。
という風に迷っていれば彼女も有里の存在に気付く。
何故か。
それは彼女ことララ・サタリン・デビルークことララと雪ヶ丘有里は知り合いだったからだ。
「え、何が?」
「だからフリティでしょ。ほら私ララだよ? 忘れちゃったの」
「ちょっと何言ってるかわからないです。人違いかな?」
「どう見てもフリティだよー。みんな探してたよ。こんな遠い星にいるなんてびっくりした」
「うん、そっか。えーっと……ちょっと待ってね」
「うん」
「リト待って。うん、その顔やめよ。違うから。色々今考えてると思うんだけどそれは違うから」
「話が見えないんだけど、ララは宇宙人で。そのララと知り合いってことは有里も」
「違うから。それはちょっと結論を急ぎすぎだわ」
「宇宙人なんだ?」
「やめてーっ!」
彼には多くの弱点があった。牛乳が嫌いとか新しい場所に行こうとすると道に迷うとか色々あるが、最大の弱点は間の悪さだった。