TOLOVEりんぐ   作:ぽつさき

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へいわがまま

 オレ専用の診察室にて、ふかふかの椅子に座っている。先ほど終わった検査データと睨めっこしている御門を、何となく他人事のように見ていた。

 

「良くなってきたわ」

 

 Tシャツを着ながら御門の報告を聞く。療養のために来ているので良くなってくれなくては困る。細かな数値での状態は解らないが、地球に来たときに比べれば実感としてかなり良くなっているとわかる。地球に来た頃は外を出歩くことも中々できず、体調も優れないせいか毎日イライラしていた。

 そんな頃出会ったのがリトだった。

 

 

 

 

 

 

「どーせわがままですよ」

 

 この星に来たのが5年前。時折御門の目を盗んでは町をぶらぶらお散歩。殺すとか殺されるとかそういう世界が嫌になって辺境まで逃げてきた。行きついた先がここ。どうしようもなく平和で何もない毎日が自分を否定するようで心がささくれ立つ。平和を求めておいてそれにイラつくなんておバカすぎる。

 

「僕バカですっておでこに貼って生きていこうかな」

 

 自己嫌悪と倦怠感にもやもやしながら賑わいから逃げるように歩く。駅前の商店街から少し離れると薄暗い路地が目立つようになっていった。

 

 この町にも治安が悪い場所がある。もちろん皆がみんな悪い人では無いが、どこにだって素行の悪いものはいる。

 

「あ゛ぁ゛?」

 

 濁点多めの叫び声に足を止める。もう声からして頭が悪そうだ。意識を向けると少女のような声も聞こえてくる。なるほど、そのタイプのもめ事か。

 

「でもオレの人生に全く関係無いんだよなぁ」

 

 今も路地からは濁点多めの声が聞こえている。行方の知らぬ気まぐれがオレの足をなんとなく止めていた。

 

「っ! ……す、すみません」

 

 するとその路地から右の頬を赤く腫らせた中学生くらいの男の子が走ってきた。なるほど彼が濁点の被疑者だな。

 男の子は一瞬目が合うと怯えをため込んだ瞳をこちらに一瞬向け、慌てたように走り去ってしまった。

 

 なおも濁点多めの叫び声は続く。どうやら頭の悪そうなものは数名いるようだ。

 

 もういいか、そう思い御門の待つ家へ帰ろうとしたところにリトと美柑は現れた。

 

「ねぇ……リト。なんか喧嘩みたいな声しない?」

 

「本当だ。あっちからだな」

 

 おそらく買い物の帰りなのだろう、買い物袋を持つリトと不安そうな美柑がそこにはいた。それが初めて会ったリトの姿だった。

 

「何かあったのかな……ちょっと見てくるよ、美柑は先に帰ってこれ冷蔵庫に入れておいてくれ」

 

「え……うん、わかった。気を付けてね、リト」

 

 美柑を家に帰すとリトは全く迷うこともなく路地へと駆け出していった。その姿に興味をもったオレは帰りかけた足を止め後ろをついていくことにした。

 

 路地を抜けたビルの間の暗い広場にそれらは居た。明らかにやんちゃですと見た目でアピールする3人と一人の少女。そしてそこへ立ち向かう正義の少年の姿。

 

「何やってんだお前ら! そ、その子嫌がってるだろ!」

 

 自分よりも体格も上の男に立ち向かった正義の少年、声と共に足も震えていた。様子を見るに知り合いでもないのだろう。そんな少女のために勇気を振り絞るその姿が眩しかった。ビルの上に登りそれを眺めている自分が情けなく感じるほどに。

 

「は? んだこいつ。は?」

 

「へいへいクソガキ。知らんけど失せろや」

 

「殴られる? 悪いけど年下にもいっちゃうからね、俺」

 

「その人は関係無いじゃない! 気に入らないのは私でしょ!」

 

 少女もまた震えていた。そうか、あの逃げてきた男の子が絡まれていたのを助けたんだな。女の子なのに……。たった一人で。

 

「もういいよ、お前。ほら泣けや」

 

「ぐっ……!」

 

「や、やめなさい!」

 

 一番いら立っていた男がリトの前まで行きそのままの勢いでリトの顔面を殴った。苦し気な声をあげて地面へと倒れるリト。助けようとした少女はもう一人の男に羽交い絞めされていた。

 

「へいへい、楽しそう。俺も蹴ろーお」

 

「やべーサッカーじゃんこれ。くっそおもろ」

 

「ぐぅ! その、女の子は……逃がしてやって、くれ」

 

「ちょ、こいつかっこつけてるんですけど」

 

「へい、もしかしてこの子が好きなんか? 欲しいんか?」

 

「なにそれめっちゃ笑えるじゃん。いいよ上げようぜ。俺らのお下がりだけどな」

 

 下品な笑い声を上げながら羽交い絞めにした女の子の服を脱がし始める男。二人の男はうずくまるリトの体を執拗に蹴り続けていた。

 

「きゃあああああ!!」

 

「やめ、ろお」

 

 強引にTシャツを破られ白い下着が露になる少女。まだ年相応の膨らみしか無い胸を露出され叫び声をあげながら隠そうとするも両腕を捕まれ抵抗することはできない。

 

「ちょ! これあれしょ。膨らみかけってやつしょ!」

 

「あれやん、動画撮って売れるやつやん」

 

「まじか。へい、そんで脅して性奴隷じゃんまじ興奮すんですけど」

 

 少女の恥ずかしがる姿と下着に興奮したのか沸き立つ男たち。

 

「じゃあお前そこで見てろよ。俺らでまわすから」

 

「その後で君もしたらいいじゃん」

 

「俺らまじで優しくね? 聖人じゃね?」

 

「未成年だけどな! まじ俺ら法律に守られた最強の存在乙!」

 

「いやあああぁ! やめて! 離して!」

 

 少女に覆いかぶさる3人。上からはよく見えないが少女の履いていたスカートが宙に舞った。リトはというと動く気配がない。おそらく気を失ってしまったんだろう。

 どうするべきか。こんなこと珍しいことでじゃない。他の星では人身売買や買春なんてよくあることだし、力づくでなんてそれこそこの星でだってよくあることだ。

 

 嫌なもの見ちゃったな。そのまま帰ってればよかった。と無関心を装って立ち上がろうとしたとき、どこからか声がした気がした。

 

「-----!!」

 

 そのよく聞いた声。涙に濡れた声。金色の瞳がこちらを見ている。

 

「おいお前ら。こっちを見ろ」

 

 気づけばオレは奴らの目の前に立っていた。

 

「んだお前」

 

「別にお前たちと会話しようってんじゃない。お前らだって辛いこともあるんだろう。挫折したりストレスに苦しんだりしてるんだろう」

 

「は? まじはぁ? どっかいけや」

 

「別に年中悪人ってんじゃないんだろう? だから別にお前らとは会話しない。別にお前らが悪い訳じゃない」

 

「きっしょこいつ。なにその唐突な自分語り」

 

「こいつみてーにボコられたくなかったら消えろや」

 

「おかげで少し思い出した。不貞腐れてただけだけど。オレはあいつのためにも、多分ヒーローでいなきゃなんだろうな。だから……お前らが悪いんじゃない。ちょっと運がなかっただけだ」

 

「なんだぁおまっ」

 

 いら立った様子でこちらに向かってくる男の顔面に拳を打ち込む。死なない程度に手加減したが、こちらもイラついていたため、男は2mほど地面を転がってやがて動かなくなった。

 

「へい、んだお前」

 

「なにしてんだこいつ」

 

 仲間がやられたのに動揺したのか2人も立ち上がりこちらに向かってきた。そんな2人の足をローキックでへし折る。ぐしゅっという嫌な音と濁音の悲鳴を上げて地面へ倒れた。そうかあの叫び声はこいつだったんだな。

 

「いぎゃああああ!!」

 

「いってえぇ! くっそ!」

 

 うずくまりのたうち回る2人。そこへ近づき暴れまわる腕を取り、へし折る。

 

「「ぎゃああああああああああ!!」」

 

 より大きな悲鳴が響き渡る。

 

「2人合わせて蹴った数だけ骨を折るよ。大丈夫、死にはしないから。ただ治るまでの痛みを、どうか忘れないで欲しいな」

 

「っひ……!!」

 

 手の指の足の指、腕と歯。リトを殴った分だけ折った。途中で気を失ってしまったのが残念だったけど、おかけで少しすっきりした。

 

「……」

 

 下半身の下着だけを付けた少女は腕で体を隠しながらこちらを怯えた目で見ていた。無理もない。彼ら3人よりもよほどオレのほうが化け物だ。

 まぁいい。別に女の子のために助けたわけじゃない。八つ当たりがほとんどだ。そして嫌われるのにも慣れている。

 

「……」

 

「……」

 

「あ、あの」

 

「この上着着て帰りな」

 

 破かれたTシャツが目に入った。さすがにこれで帰ることはできないだろう。来ていた紺色のシャツを脱いで女の子に渡してあげる。

 

「君はきっと正しいんだろうね。でもそれだけで生きていけるほど、簡単じゃないよ」

 

「っ……!」

 

 なぜかお説教みたいなことをしてしまった。リトと彼女の眩しさで自分が惨めに思えたからだろうか。久しぶりの血の匂いに心が昂ったのだろうか。すごい申し訳ない。

 

「気を付けて帰ってね。オレはこの男の子を家まで送ってくるから」

 

 居づらくなってしまったので、リトを担いで家まで帰ろうとする。とりあえず御門に見てもらえば傷も治るだろうし家にも帰してくれるだろう。色々あって疲れてしまった。もう今日は寝よう。そう思って少女に背中を向ける。

 

「あ、あの」

 

「ん?」

 

 渡した紺のシャツを着た女の子が立っていた。すらっと伸びた足がなんとも言えない。男たちが気絶しているせいかもう震えてはいなかった。先ほどまで怯えを含んでいた目が気丈さを伴ってこちらを射抜いている。

 

「あなたのしたことは……彼らのしたことと変わらないわ」

 

「なっ」

 

「強さを相手に押し付けて傷つけることを、私は悪だと思う」

 

「……」

 

 助けた相手になじられるのも珍しくない。ただ、この子も同じなんだなと落胆は大きかった。

 

「そうだね。その通りだと思うよ」

 

 もういい。やっぱり見て見ぬふりをすればよかった。

 

「あなたが誰かは知らないけど……ありがとう。あなたのこと、忘れないわ」

 

「変な子」

 

 よくわからないが感謝してくれたし、忘れないでいてくれるらしい。多分オレの方は忘れてしまうけど。何か思うところがあったのだろうか。

 

「じゃあね」

 

 あまり見つめていてもあれなのでその場を後にする。リトを御門に診てもらってから家に帰してもらった。リトからすればいきなりベッドで起きてなんんじゃこりゃ、となるだろうがまぁそこは仕方ない。

 

「ねぇ、御門」

 

「どうしたの」

 

「面白い子がいたんだ。すごい勇気のある主人公みたいな男の子でさ。オレ多分ああいうヒーローになりたいんだよね。なりたいのかなぁ?」

 

「なりたいのかなぁって聞かれても。有里は私のヒーローよ。体調に気を付けるヒーローにも欲しいけどね」

 

「それはすみません。気を付けます」

 

 一方的なリトとの出会い。でもきっと真っすぐで青臭い正義みたいなのが多分自分に足りてないものだって気づいたんだ。でも別に憧れているだけ。そんなリトのそばで平和な日常を遊べていればいい。ただそれだけ。

 

 

 

 

 


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