少年は先ほどコンビニで買った焼きそばパンを頬張りながら歩いていた。6パターンほどある通学路、今日は家を出るのがかなり早かったので二番目に遠回りのルートを歩いている。このルートだと30分ほど掛かるだろうか。学校に着くまでに3つのコンビニの前を通るこのルートを少年は結構気に入っていた。
最近新発売されたBIG焼きそばパンをペロリと平らげると、右肩に背負った鞄に手を突っ込み2つ目を取り出した。
少年の名前は雪ヶ丘有里。彩南高校に通う二年生だ。
「おーっす有里。また買い食いか?」
「おはよう猿山。だって新発売って書いてあったし、焼きそばパンだしな」
「だってって言うけどそれ新発売になったの先月の話だし、ここんとこずっと朝はそれ食べてんだろ」
「いやぁこの大きさと味でこの値段なんだから企業努力ってすげーよなぁ」
そんな有里の肩を後ろからポンと叩きながら声を掛けてきたのは、有里と同じクラスの少年猿山だ。一年生の時同じクラスになり席が隣になったことをきっかけに友人になった。お互い軽い感じの性格が合っていたらしく二年生になってもクラスが変わらなかったこともあって仲良くさせてもらっている。冗談を言い合いながら登下校を共にしたり休日に一緒に遊びに行くような間柄だ。
「そういえば今日の数学ってなにするんだっけ?」
「先週の話だと小テストとノート提出らしいよ」
「嘘だろ。教科書もノートも持ってきてねーよ」
「せめて教科書は持って来いよ。何しに学校行ってるんだよ」
「そりゃ俺のファンである可愛い子猫ちゃんたちとの甘い放課後のためにだねぇ」
「彼女できるといいな」
「うっせ。彼女と言えば……おっリトだ」
「ほんとだ。リトおはよう」
「ん? おーおはよう有里。猿山」
猿山とのくだらない話を楽しみながら通学路を歩いていると前方に見知ったクラスメイトがいるのに気が付いた。挨拶を交わしながら自然と三人で並ぶ。こうして通学中に偶々会って一緒に登校するのは今までに何度もしている。が、三人で一緒に登校するのは随分久しぶりになる。普段は有里も猿山もこんなに早く登校してこないからだ。
リト、というのは少年の名前で結城梨斗という。猿山と一緒で一年生の時に同じクラスに仲良くなりそれからは家に遊びに行ったり家に泊まったりと一番仲良くしている友人だ。有里は彼を親友と思っている。勿論猿山のこともだ。
「そういえばリト、ここで立ち止まってなにしてたの?」
リトの姿を見つけたとき、彼は曲がり角の隅に立って挙動不審に先の道を覗き込んでいた。親友の奇行に思わず質問してみるが、実は有里も猿山もその原因には当たりを付けている。
「あの、その。は……春菜ちゃんがいて」
「なるほど。それでいつものように告白しようと思って様子を窺ってたってわけね」
「そうなんだよ! 俺も朝起きた時には絶対告白しようって決めてたんだけどさ。なんていうか……春菜ちゃんが昨日よりも……その」
「はいはい。昨日よりも可愛くって眩しいってんだろ?」
「はぁー、こんなんじゃいつ告白できるのか……俺どうすればいいんだろ」
春菜ちゃん。というのは西連寺春菜のことで有里達と同じクラスの女の子だ。リトと猿山は中学校からの知り合いらしく、リトはその頃から彼女に片想いをしていた。西連寺はクラスでは大人しめの女の子だが確かによく見ればスレンダーながらも出るところは出て締まるところは締まっている。顔も可愛いし性格もいい。陰ながら彼女のことを想っている男子も多い。普段特に話題には出ないが、修学旅行などで
「クラスで可愛い女子って誰よ」
「俺西連寺が隠れ美少女だと思うんだよね」
「わかるわー」
「それわっかる」
「わかるわかる」
と男子達の支持を集めるタイプの女の子だ。
リトが見ていた先を覗くとその西連寺が歩いている。ほんの少し斜め下に視線を落としながら歩いているのが引っ込み思案な彼女の性格を表しているようで、何だか保護欲を擽られる。
「ま、中学からでこれなんだから今更告るなんてリトには無理だわな。気長に行こうやへタレリト」
「へタレって言うな!」
「ヘタレってどういう意味?」
「なんだ有里知らねーのか。ヘタレっていうのはな」
「説明すんな!」
後日ヘタレの意味を調べてみた有里は、あぁリトにぴったりの言葉だなと納得してしまった。
そんな甘ったるい日常をオレは生きている。この星にも歴史を辿れば血で血を洗う戦争だってあったし、今も紛争地帯では銃声が鳴りやまない夜があるらしい。
それでもこの日本という国は平和だ。一人の女の子に想いを打ち明けるのにここまで悩んだりだなんてこんな素敵な悩みは平和な世界でなくてはできない。
そんなこの町が好きだ。
田舎というには栄えているし都会というには人が少ない。不良と呼ばれる少年少女達が多かったりショッピングに行くのにバスに乗らなきゃだったり映画を見るには電車で二駅行かなきゃだったり不自由なところは沢山ある。
始めは適当に決めただけの療養地のつもりだったが、この町には人情と優しさが息づいている。この町で生きていきたい、そう思わせるだけの温かさがこの町にはある。
そしてここならオレのことなんて皆知らない筈だ。移民の人や観光の人が居たりもするけどまさかこんな辺境の星にお尋ね者がいるなんて思いもしないだろう。これでやっとゆっくりできると思うとこんなに嬉しいことはない。
「ほんと、地球を選んでよかったよな」
「どうしたのいきなり」
独り言のしっぽがつい口から零れてしまった。隣でグラスに入れたワインを揺らしながら同居人が聞き返す。誰にでもなく呟いた言葉に会話が続くと独特の恥ずかしさがある。
「今日も学校でさ、リト達と喋って授業を受けてさ。なんかこういうのを自分でできる日が来るって思ってなくてすごい嬉しいなぁって思って」
「そうね。今となってはこの仕事を選んでよかったと思ってるわ。この星もそうね」
クイッとグラスを傾ける姿に悔しながらちょっと見惚れてしまった。宇宙に居た頃には見たことの無い表情だ。彼女にとってもこの星に来たことが大きなプラスになっているというのが嬉しい。
なんてことを考えていると同居人が抱きついてきた。独特の赤ワインの香りが鼻を衝く。彼女が酔うほどの量は飲んでいない筈だけど。
顔を見てみると少し赤く染まった頬にワインが揺れるグラスを当てながらニヤニヤとこちらを見ている。
「なに」
「別に何でもないわ。ちょっと寒くなってきたから温まろうと思って」
そう言いながら残ったワインを流し込む。柄にもなく足をバタバタさせてはしゃいでいるのは思っていたより酔いがまわっているからだろうか。
同居人は時々こうして猫のような行動をとることがある。それは決まって嬉しい出来事が合った時らしいが生憎心当たりは無い。そして聞くと大体こうして抱きつかれて満足気な顔をされるので聞く気も起きない。
一しきり頭を撫でてからベッドに横になる。風呂に入ってからとも思ったが今更めんどくさい。
「消すよ」
いつの間にか横で寝ていた同居人に一応声を掛けてから部屋の電気を消す。最早聞き慣れた同居人の寝息を聞きながら明日は一番早いルートだな、なんて思いながら眠りについた。