ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第六話

 この日、木曜日の晴天を望んだ者は数知れない。

 飛行訓練を待ちわびた獅子寮と蛇寮生の祈りが通じたのか、少し風が吹くも気持ちの良い晴れ模様だった。

 燦々と降り注ぐ太陽からの陽射しが校庭を優しく包み、芝生を活き活きとざわめかせる。

 午後の三時半という日が落ち始める時間に、飛行訓練を受ける生徒達は意気揚々と校庭に出陣していた。

 

「やって来ました飛行訓練!」

「やけにテンションが高いな」

 

 魔法使いで一番人気のスポーツには箒が用いられている。マグルの子供が野球やサッカーを嗜むように、子供の頃から箒に跨る者は多い。

 ドラコのような生まれながらにして魔法族の家庭で育った者には当たり前でも、アリィのようにマグルの家庭で育った者にとって箒で空を飛ぶという行為は一種の憧れだ。

 気持ちが昂るのも無理はない。

 

「だって空を飛ぶんだよ空を!? これでこそ魔法使いっ」

 

 スリザリン生に純粋なマグル出身者は存在しない。

 最低でも血筋の誰かが魔法使いなためアリィやとある人物という例外を除き、幼い頃からそれなりに魔法界に対する知識を持つ彼らは、飛行行為にそこまで感動を見出せない。

 だから見た目通り子供のままにはしゃぐアリィの心境が、ドラコには少し理解出来なかった。

 

「そういえば君はマグルなんかの世界で育てられたんだったな。どうだい、こちらの方が素晴らしい世界だろう?」

「確かに面白いよ魔法界は。でも俺はマグルの方も好き。技術大国日本万歳っ!」

 

 遠い極東の国のある方角を眺め、想いを馳せる。

 いつか聖地(アキバ)を訪れるために日本語もマスターしている彼は用意周到だ。

 その点、今から目を輝かせている彼を見下ろすドラコの目は冷たい。

 

「アリィ、仮にも君は魔法使い、それも偉大なスリザリン生。もっとその自覚を持つんだ。マグルを好きだなんて正気の沙汰じゃない」

「良いよ正気じゃなくたって、面白かったらさ。でもあれだ、そんなことを言うドラコは今後俺の漫画を読むの禁止ね」

「なっ!?」

 

 アリィに進められ、そして貶すつもりで読み始めたがすっかりミイラ取りがミイラになってしまったドラコ・マルフォイ。

 布教用に日本語版だけではなく翻訳版も持ってきていたアリィは本気で魔法界に一大旋風を巻き起こす気満々である。

 

 そしてアリィの発言は、今のドラコにとって死刑宣告に等しかった。

 

「わ、分かったっ、ほんの少しだけ。本当に少しだけ文化の一部に有用点があるのは認めようっ」

 

 ドラコの家は古来より続く純血の家系。マグルを排し、純血主義が深く根付く彼の家に当然マグル関連のモノがあるはずが無く、父や先人達の教えでしかマグルについて知らない。

 洗脳に近い教育を受けた彼のマグル嫌いは、言ってしまえば食わず嫌いのようなもの。

 今まで触れる機会が無かったという理由もあり、改めてマグル文化に触れて気付いたことは沢山ある。その中でも一番重要なのがコレだ。こと娯楽に関し、方法や手段は違えど楽しむという観点から見れば、そこにマグルも魔法使いも関係無い。

 彼もまだ遊び盛りの十一歳。日本で大ブレイクした七つの玉を集める話に魅力を感じてしまうのは致し方ない。

 偉大な先生方のお陰でドラコの視野は広がったのだ。

 

「よろしい」

 

 溜飲が下がった風を見て心の中で安堵の息を零すドラコ。

 そして彼は後ろからゆっくりと近付く人物の存在に気付いていない。ゆっくり、ゆっくり、慎重に彼女は足を進める。充分な距離まで辿り着き、いっきに跳躍。彼の背に衝撃を見舞わせた。

 

「ドーラコっ!」

 

 放さないよう首にしっかりと両腕を回すパンジーは、やっぱりいつものパンジーだった。

 女子はハートマークが宙に踊っているパンジーの姿を微笑ましく、男子はドラコに対して『夜道は後ろに気をつけろ』と言わんばかりの殺気に塗れた視線と、とりあえず蛇寮内で流行し始めたリア充爆発の言葉を送る。

 背中にしがみ付く彼女と周囲の視線に悪戦苦闘する姿を見たアリィは心配するような目を向けた。

 

「ドラコ。そんな暴れて疲れない? もっと余裕を持って行動しなよ」

「元はと言えば君の所為だろうっ!?」

 

 思わずアリィの頭を叩く彼を誰が責められよう。

 しかし、その選択が悪手だったのは周囲のブーイング――女子率高め。やっぱり菓子の力は強大――が証明している。

 衝撃を受けた表情を取る幼い悪戯仕掛け人は、動揺する素振りを見せて一歩だけ後退した。

 

「ひ、酷いよ父ちゃん! ……母ちゃん、父ちゃんが苛める!」

「まあ、でも大丈夫よアリィ。あの人も本当は彼方のことを愛しているから。もちろん、私も」

「あぁ、母上!」

「息子よ!」

 

 涙を浮かべながらガシッと抱擁を交わすアリィとパンジーに拍手が巻き起こる。

 某禁句さんが見たら『どうしたスリザリンっ!?』とツッコミを入れるほどの平和な寸劇が校庭で披露された。

 それに憤りを感じて爆発するのは一人だけ。

 

「なんだこの三文芝居はっ!? というより君達、息が合いすぎだっ!?」

 

 一喝するも、この場のほのぼのとした雰囲気は増すばかり。そんな彼に止めを刺すのは、やはり彼の仕事。

 

「ドラコ、パンジーと以心伝心な俺に嫉妬?」

「ドラコ……本当なの?」

「ちがーうっ!?」

 

 今日もドラコをネタにして、スリザリン生に笑いの旋風が巻き起こった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「アリィって何者? あのマルフォイを手玉に取るなんて……」

 

 飛行訓練は二つの寮が合同して行うため、当然ながらグリフィンドールの一年生も全員集まる。一足遅れて校庭を訪れた獅子寮生全員が、今の茶番を呆然としながら、そして若干の畏怖を込めながら見学していた。

 

「ロン、あれがアリィなんだよ」

 

 彼はいつもこうだった。アリィの『天災』という二つ名は伊達でない。

 彼が呼ぶのは極大の台風。それは場を荒らすだけ荒らし、人の心に尋常じゃない程の驚愕と徒労を刻み付ける。

 そして、それと同時に同じくらい吹き荒らすのが笑いの風だ。憎しみや主義思想の壁を容易に取っ払い、全てを巻き込む幸せの暴風。

 

 スリザリンを監察する目を、ロンは少しだけ細め、ついでにたっぷりと溜め息を溢した。

 

「なんだか僕、今のアイツ等ならちょっとくらい、ほんのフクロウの爪の垢分くらいなら、仲良く出来る気がする」

「同感だね」

 

 アリィはどこに行ってもアリィ。我が道を突き進み、全てを巻き込む天災。アルフィー・グリフィンドールに他ならない。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「皆、箒の側に立ちなさい。さあ、早く! もたもたしない!」

 

 参加者全員が集合して直ぐに飛行術の講師、マダム・フーチが到着した。短い白髪と鷹を彷彿させる鋭い切れ目が特徴の講師は、軍隊染みたキビキビとした行動を生徒に要求する。

 確かにトータルの授業時間は他の教科と比べて短いので、効率を考えれば素早いことに越したことは無いが、これはどちらかと言えば彼女の性格故だろう。

 

「全員右腕を突き出して、そして『上がれ』と命じなさい!」

 

 全員が芝生に並べられた箒の横に立ち、右腕を突き出して一斉に叫ぶ。一発で箒が宙に浮き右手へ飛び込ませることが出来た者は極僅か。ハリーやドラコはその数少ない優秀な乗り手に分類される。

 そして我等が幼い天災の場合は、

 

「上が…………ったなー、本当に、うん」

『………………』

 

 まるで打ち上げミサイルのように勢い良く宙へと飛び出し、雲海に消えた箒を全員が見上げる。

 この珍事態に逸早く復活を果たしたのは、人生経験の差と事前情報、そして心構えのお陰だろうか。

 

「では、次に箒の乗り方についてですが――」

『スルー!?』

 

 他の教員から――特に疲れたような表情を見せる副校長と、珍しく話しかけてきたスリザリンの寮監から何があっても不思議じゃないと説明されていなければ、彼女も生徒と同じようにいつまでも雲海を眺めていた自信がある。事前情報の有難さをこれほど感じたことは無い。

 そして冷静沈着な姿に多くの生徒が敬意を表した。

 

「せんせーい。俺の箒がどっか行っちゃった!」

「しばらくすれば戻って来るかもしれません。少し待ちなさい。来ない場合は私のを貸しましょう」

「アイサー!」

 

 こうしてアリィは隅で体育座りをしながら訓練風景を眺めることになった。

 箒から落ちないよう基本的な乗り方や柄の掴み方を学び、次はいよいよ飛翔するという段階。

 それまでアリィを放置していた彼女を冷たいとか、非情と判断する者もいるかもしれない。それでも彼女は個人よりも全体に軒並みを合わせなくてはならない立場にある。説明のためにも箒は必要であり、欠かしてはならないもの。彼に回す余裕は無い。

 それにしばらく放っておいたのも、彼の天才性なら直ぐに上達する可能性が高いと見越してだ。言わば信頼しているからこその処置である。モノは言い様だ。

 

「さあ、次は合図したら二メートルほど浮かび上がり、直ぐに降下しなさい」

 

 その時、事件は起きた。

 

「あ、あぁ……うわぁあああっ!?」

「ミスター・ロングボトム、落ち着きなさい! 大丈夫ですからっ!」

 

 緊張と力みの所為で力強く踏み込み、指定された高さよりも数倍高い位置まで飛翔してしまう。コントロール制御下に無いのは箒が乱雑に上下する様から容易に察せられる。

 混乱するネビルにマダム・フーチの言葉が届くこともなく、箒の熾烈さは増した。

 

「ハーさん! ゴーゴー!」

「ちょ、ちょっと待ってアリィ! 二人乗りなんて無理よっ!?」

 

 流石に体育座りが寂しくなったのでマダム・フーチと同じように生徒間を歩き回っていたアリィは、丁度近くに居た彼女の箒に飛び乗る。

 彼女の両手の間にすっぽりと収まるように身体を潜り込ませたアリィは、ネビルを救うために古ぼけた箒の柄を掴んだ。

 

「じゃあ俺が操縦する!」

「それは不要なトラブルを生みそうだからダメ!」

 

 中々正確にアリィのトラブルメーカー振りを理解し、予知に近い未来予想を行うハーマイオニーだった。

 

 そしてドタバタと箒の主導権を争う彼等を尻目に、ついにネビルにも限界が訪れる。

 十メートル近い位置からネビルは箒から振り落とされた。

 悲鳴が轟き、マダム・フーチが杖を走らせる。彼女の魔法の効果もあり右手首を折るだけに留まったのは不幸中の幸いだった。このくらいの傷、校医のマダム・ポンフリーなら直ぐに完治させてしまうのだから。

 

「私が彼を医務室に連れて行きます。その間、箒に乗ってはいけません。これを破った者は……どうなるか分かりますね? それと、絶っ対に今持っている箒を誰かに譲渡しないように!」

 

 最後の言葉が何を意味し、ネビルを連れて立ち去る彼女が何を考えたか。その絶対厳守の命令の意味を察した皆は揃って首肯した。

 この時ばかりは不倶戴天の敵同士でもピタリと意見が合う。

 先生がいない時、ある人物に箒が渡って惨事が起きたら目も当てられない。

 

「まあ、手首を折った程度で良かった……おおっ!?」

 

 唯一最後の言葉の意味を理解出来なかった天災は、思ったより軽傷だった友人の安否を喜んだところで歓声を上げる。

 見上げる空から彗星のように流れてくるのは、空中遊泳を終えて戻って来た彼の相棒だった。

 

「おーい! こっちこっち!」

 

 その軌道が少し見当違いの方向なので彼は走る。

 ここで皆から遠ざかったため、彼はある人物達の口論の勃発を目撃することが無かった。

 

「良ーし良し良し良し! よくぞ戻って来た! 可愛い奴め」

 

 尻尾を振る犬のように腕の中で暴れまわる箒に頬ずりをしながら皆の下に戻る。その際に小さく聞こえてきたのは、好戦的な親友の声だ。

 

「マルフォイ、それをこっちに渡すんだ」

 

 ネビルの『思い出し玉』を持つドラコにハリーが右手を突き出す。今朝もまた『思い出し玉』を巡っていざこざがあったが、都合の良いことに彼はその時フクロウ小屋に行ってもう一人の親友にお菓子を送る手配をしていたため、生憎その事件を知らない。

 だからアリィは何故ハリーやその友人達が過剰に反応するのか分からなかった。

 

「何言ってんのハリー? ドラコは拾っただけなんだから返すに決まってんじゃん」

 

 それは、ドラコのことを信じている目だ。

 

「例えばそれを屋根に置いて隠したり、奪って叩き割ろうとしたりなんかしないって。ドラコは俺が悪戯は好きでも意地悪は好きくないってこと知ってるし。ねえ?」

「――――」

 

 この時、ドラコの脳内では様々な人物が円卓に座り、会議を行ったという。

 もしここで意地悪をし、この幼いルームメイトのご機嫌を損ねたらどうなるか。おそらく待っているのは漫画閲覧の禁止と菓子供給のストップ。

 そうなるとドラコは他のスリザリン生からも誹謗中傷を浴びせられることになるだろう。

 あの宴会騒ぎで寮生の殆どがお菓子の虜になっている。それが途絶えたとなると暴動が起こり、原因である自分は血祭りにされかねない。

 

 様々なシミュレーションを経てドラコが選んだ道は、

 

「もちろんだ」

 

 これまでの思考時間、約一秒。

 

「今度は落とさないように精々言い聞かせておくんだな、ポッター」

 

『思い出し玉』をハリーの方へ放り投げ、彼がキャッチするのも見ずに踵を返す。その後はマダム・フーチが戻って来るのを皆で待ち、しばらくして授業は再開した。

 推測通りアリィは箒でも非凡な才能を見せて直ぐに皆に追い付き、授業を問題無く消化する。

 こうして全員がある程度の飛行を可能とする頃には、もう太陽はかなり傾いていた。

 

「これで全員が空を飛べるようになりましたね」

 

 地上に降り立ち、まだ興奮が収まらない生徒達を見てから、マダム・フーチは腕時計に目を向けた。

 

「残りはあと十分弱……これからは自由時間にします。但し、危険な行為は絶対にしないように。怪我には充分気を付けなさい」

 

 言うや否や気の早い者は一斉に空へと飛び立つ。その様を見てから、アリィは一言。

 

「……ただ飛んでも芸が無いんだよなー」

 

 もしストッパー役の人が聞いていれば拘束されていただろう不穏な呟きを漏らす。どうしようか少し考え、右に視線を移せば、

 

「ドラコ、私に飛び方を教えてくれる?」

「……ああ。分かったよパンジー」

 

 嬉しそうに近寄るパンジーと、どこか悟りを開いたかのような目をしているドラコの姿がそこにはあった。

 子分二人は砂糖を吐き出すような顔をしながらも側から離れないのを見ると、どうやら一緒に行動するらしい。

 二人のお邪魔虫になりたくないアリィは直ぐにドラコ達と共に行動する案を破棄する。対して左側を見れば、

「ハリー! シェーマス達を誘って鬼ごっこをやろう!」

 

 ロンと共にハリーが空へと飛び立つ所だった。

 そして、その後ろに佇む一人の少女が目に入る。皆が思い思いの人と行動し、飛び立つ中、一人で突っ立って空を見上げる少女。

 まだ皆に馴染めていない彼女の目は、悲しみと寂しさを帯びていた。アリィのやることが決まる。

 

「ハーさん!」

「……アリィ?」

 

 箒に跨るのではなく柄の上に立ち、常備している紐で両足を箒に固定。スケートボードのように立ち、空を飛ぶ一団とはかなり離れた場所――地上からニ十五メートル地点まで上昇したアリィは、笑顔を振り撒きながら高らかに叫んだ。

 

「面白いのやるから見てて! ――『アグアメンティ 水よ』」

 

 

 

 

 ――そして、一つの芸術が産声を上げた。

 

 

 

 少年は水を噴出しながら縦横無尽に空を駆る。

 最初はゆっくりと。徐々に徐々にスピードを上げ、その場で好きに回り始める。

 身体を横に倒して風車のように回転し、箒を小刻みに上下させ、急上昇して弧を描く。

 ネビルの時とは訳が違う、緻密に計算され、制御された不規則な動き。

 少年は水の尾を引きながらフィギュアスケーターのように動き回り、観客に己が軌跡を魅せ付けた。

 

「……凄い」

 

 気付けば全ての者が動くのを止め、夕焼け空のキャンパスにアートを刻む少年を見ている。

 回転し、逆さまになり、螺旋を描く。

 複雑な動きに連動した飛沫は夕日を浴びて黄金に輝き、少年を照らしながら様々なものを形作る。

 少年を包む水のカーテン。周囲にばら撒かれる虹のシャワー。大小無数の水輪と水球。

 彼等はその身を散らして無数の水滴と化して尚、ダイヤモンドダストの如き輝きを宙に残す。

 光の余韻の漂う中、少年は一心不乱に夕日の舞台を駆け抜けた。そして、

 

「アリィ!?」

 

 ハーマイオニーの叫びは沢山の悲鳴に掻き消される。複雑な動きに付いてこれず、足を結んでいた紐が解け、少年が宙に放り出されたのだ。

 

「ハリー!?」

 

 今まで箒に乗ったまま観客の一人となっていたハリー・ポッターは弾かれたように動き出し、ロンの言葉も無視して急降下を開始する。

 未だ落下を続ける親友を救うため、速く、より速く、一陣の風になることを望み、ただ間に合うことだけを神に願う。地上まではもう二十メートルも残されていない。

 

(私としたことが何て失態を……ッ!)

 

 いつ惨事が起きても対処出来るよう杖を準備しているだけでは不十分。講師として、観客に回ってはならなかった。いくら芸術的な光景だろうと、その行為は否定しなくてはならない。危険行為を止める立場に自分は身を置くのだから。

 

「『アレスト・モメン―― 動きよ、止ま――』」

 

 遅れたがマダム・フーチは落下対策の魔法を唱え、ハリーは親友を助けるために箒で駆ける。地上まで残り十メートルを切り、その時。

 

「『アクシオ 箒よ来い』」

 

 

 

 ――その二人よりも早く、以前から習得していた呼び寄せ呪文で箒を足元に招き寄せる。

 

 

 

 落下スピードを殺さぬまま箒上に着地し、独楽のように身体をスピンさせながら降下を続ける。

 その際に水を出すことも忘れず、少年は水のベールに包まれながら見事演技を終了させた。

 全ては彼の計算通り。

 

「どうだった!? 箒版フィギュアスケート&ウォーターショー!」

 

 芝生に危なげ無く着地を終える。演技を魅せられた興奮から一気に肝を冷やした生徒達の間を抜け、ハーマイオニーの所まで辿り着いた所で。

 

 

 

 

 

 

 彼女の怒りが爆発した。

 

 

 

 

 

「どうだった、じゃないわ!? あんな高い所から落っこちて! 心臓が止まるかと思ったわよ!? もしかしてアレも演出!?」

「えー、でも成功する自信あったし。仮に失敗しても、あの高さなら地面に激突する前に先生が魔法でなんとか出来たよ、これ絶対」

 

 いつでも対処出来るようマダム・フーチが杖を用意していることを知り、かつネビルの件で落下してから魔法が発動しても助かる高さを学び、段取りを計画する。事前に計算してからあんな高所で演技を行ったのだ。

 紐の締め具合も、激しい動きで解けるタイミングもほぼ計算通り。そう素直に答えた少年の頭に拳骨が振り下ろされる。

 

「口答えしない! もうあんな危険行為は絶対にダメよ!? 分かった!?」

「えー……」

「お・へ・ん・じ・は?」

「……ふぁい」

 

 最後にもちもちスベスベのお餅みたいな頬を引っ張り、バチンッと弾いて罰を下す。真っ赤に腫らした頬と頭を擦る涙目の少年に怒りの眼差しを向けていた彼女は――深い溜め息を吐いてから、悪戯好きの弟を見る目で苦笑する。優しげな、そして感謝するような色を瞳に宿しながら。

 

「でも、凄く綺麗だったわ。ありがとう、アリィ」

 

 その後アリィは危険行為を行った罰としてかなりの減点を食らうも、それを咎めるスリザリン生は皆無だった。アレは減点分の代償を負っても見る価値があったと判断したのだ。

 それにアリィなら、この程度の点数くらい授業で直ぐに取り戻せると皆が思っている。

 この共通認識と信頼関係のお陰で、アリィの罪は問われることが無かった。

 

 

 

 

 そして一連の騒動を――具体的には親友を助けようと急降下を行い、地面スレスレで急ブレーキを成功させた卓越した技能の持ち主に目を向ける副校長がいたことに、終始誰も気付くことが無かった。

 

 

 




本日、18~20時くらいにもう一話更新します。
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