ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第四話

 あの前代未聞の組み分けから早くて一週間。

 グリフィンドールの血を引く癖に、かのご先祖とは犬猿の仲で知られるスリザリンに入寮したアルフィー・グリフィンドールは、ハリー・ポッターと同等の興味対象となって生徒達に受け入れられた。

 幼く、可愛らしい外見に、裏表の無い純粋な性格。全身で笑い、全身で喜び、全身で悲しむ、その台風のように騒がしくも、見る者の心を癒す一挙一動までもが受け入れられるのに、そう時間は掛からなかった。

 但し、彼が入寮したスリザリンは少し違う。仲間意識が強い彼等の中で芽生えたのは、ちょっとした嫌悪だった。

 グリフィンドールの寮生を嫌っている彼等にとって、はっきり言えばアリィは異物。数日間、彼はスリザリン内で村八分――とはいかないものの、それに近い待遇を受けることとなる。……まあ、たった数日間。ルームメイトにいたっては、その日の内に仲が良くなった訳だが。

 

 これは、アリィの過ごした怒涛の一週間と、それに伴う被害者達の生活を記録したものである。

 

 

 エピソード1 ルームメイト

 

 スリザリン寮はホグワーツの地下深くに作られ、入り組んだ迷路のような廊下を進み、湿った壁の一部に入り口が存在した。合言葉を言うことで隠された扉がぽっかりと口を開け、地下室型の談話室が現れる。

 シンボルカラーである緑の炎は目に優しく淡い色。天井から釣り下がるランプに灯った灯りは談話室を明るく照らす。

 意匠を凝らされたデザインの椅子やテーブルが乱雑に置かれ、暖炉からパチパチッと薪が爆ぜる音が聞こえる中、新入生達はそれぞれに宛がわれた寮部屋に移動した。

 そこは広さが二十畳近いワンルーム。人数分のベッドにテーブル、そしてクローゼットや共通の本棚などが設置されている。もっと家具が欲しければ自力で揃えろということだろう。

 

「いやー、ルームメイトが知り合いで良かった。これから七年ヨロシクね」

 

 運よく三・四人部屋ではなくツインルームを宛がわれたアリィは、ベッドに勢い良くダイブしてから戸口に突っ立ったままの少年を見る。

 金髪のオールバックに青白い肌が特徴的な、あのドラコ・マルフォイが疑うような目付きでルームメイトを睨みつけている。

 

「…………君は本当にグリフィンドールなのかい?」

 

 疑うのも無理は無い。というより、まともな人でも普通はアリィの出生を疑う。どこの世界にグリフィンドールの血縁が、敵対する相手の寮に入ると言うのだ。

 

「ホント、ホント。とりあえず俺はアリィで良いから。……あっ! ベッドは俺がこっちで良い?」

「フンッ、勝手にしたまえ」

 

 友好性皆無な返答。『こんな奴と同部屋なんて最悪だ』と顔で物語っているドラコはベッドに向った。

 

「ねえねえ、ドラコって純血の家系でしょ?」

「当然だっ! 君はそんなことも知らないのか!?」

 

 極力無視を決め込む気だったドラコも、自家のことを訊かれてつい反応してしまう。今思えば、この時からドラコは、アリィの無自覚な篭絡作戦にまんまと嵌っていたのだ。

 

「本で読んだからそんくらい知ってるよ。それよりもドラコの家のことを教えて。純血の家って興味あるんだ。マルフォイ家は古来から続く由緒正しい純血一族なんでしょ?」

 

 誇りを持っている実家について語ってくれと言われ、嫌だねと断わるドラコではない。

 アリィに対する不信・不快感は一時忘れ、彼は雄弁に語り出す。一時間以上にも及ぶ家族自慢に普通は辟易するだろう。しかしアリィはずっとドラコの話を聴き続けた。

 無理はしていない。本当に興味があったからこそ、アリィは楽しみながら傾聴している。

 茶請けとして出した自家製スコーンとラズベリージャムに、アリィの淹れた至高の紅茶の力もあって、気持ちを良くしたドラコはより饒舌になる。

 話は次第にマルフォイ家から純血主義やマグル排斥思想にまで発展した。

 ここまで、ドラコが語り始めて実に二時間が経過している。

 

「なるほど。まあ、魔女狩りとかの弾圧時代があったし、魔法使いがマグルを敵視もとい危険視するのは仕方が無いか」

「ほう?」

 

 カップを傾けていたドラコの片眉が興味ありげに跳ね上がる。

 純血至上主義やマグル差別に意外と理解を示したアリィに、ドラコはやっと好意的な態度を示した。

 何だかんだ言ってスリザリンに入る素質を見出され、純血家系に興味があり、なおかつマグルを差別することもアリと認める姿勢。一応、尊い血を受け継ぐ由緒正しい血統。……そしてなにより直ぐに専属菓子職人として実家にスカウトしたい程の料理の腕を持つ。

 なるほど、グリフィンドールの血族という点にさえ目を瞑れば、ドラコが態度を改めるきっかけは十分過ぎるほどだ。

 それに話を笑顔で聴いていた姿には好感が持てた。あまりにも無邪気な姿に毒気を抜かれたという理由もあるが。

 とにかく『これからスリザリン生に相応しいよう、僕が教育すれば良いか』と内心で計画し、ちょっとは面倒を見てやろうかと心変わりするくらい、ドラコはアリィを仲間として受け入れる気でいる。

 その点、アリィは、

 

(やっぱり生の声って大事だ。論文や文献だけじゃ人の心まで解らない)

 

 そう、やはり自分の知識欲に従っただけであった。

 アリィが穴熊寮や鷲寮を選ばなかった理由の一つがコレだ。同族意識が高く、また同胞以外への差別主義者が多く集まる傾向にあるこの寮で、魔法使いの抱く負の感情と言うべき排斥思想と純血主義具合を知り尽くし、研究する。

 虎穴に入らずんば虎子を得ずという格言がある通り、実際に彼らの仲間に加わらなければ期待通りの成果を上げるのは難しい。

 スリザリンは他の寮とは敵対気味かつ寮生以外を見下す傾向があるため、友好的な会話をしたいと願うなら、寮生になるのが一番てっとり早いのだ。

 まだ他にも理由があるが、そういった普段は知ることの出来ない負の面を知りたいがために、アリィは自分の寮をスリザリンに決めた。

 

 ちなみにアリィはマグル差別に関して『まあ、辛い過去があるし、仲良くするのは心情的に難しいところがあるよねー』と、理解は示すも、自分がそうしようとは微塵も思っていない。

 純血主義に関しても『他人の考えを否定する資格は無いし』といった感じで、これまた興味があったから訊ねただけ。

 以上のことから、アリィがスリザリン生の模範となる日は一生涯訪れないだろう。教育計画を立てるドラコの企みは、徒労と化すに違いない。

 

 脳内で教育計画を立てていたドラコは、軽く欠伸を溢した。気づけばもう時刻は深夜近かった。

 

「明日も早い。僕はそろそろ寝ることにする。また聴きたかったら明日にしてくれ」

「りょーかい。俺も荷物を整理すんのは明日で良いや。……あっ! 忘れてた」

 

 寝巻きに着替え、ランプの火を消し、布団に潜ったアリィは急に飛び起きる。手を伸ばしたのはトランクではなく、ベッド横に備え付けられた小テーブルに乗っけられたバック。

 その中から取り出したのは、敬愛する偉大な日本会社が生み出した技術の結晶。世界中にユーザーを持つ、画面が二つあってタッチペンも付属するあのゲーム機だ。

 

「やばいやばい。日付が変わる前に今日の分のハートの鱗をお姉さんから貰わないと」

 

 ゲーム機を起動させようとするアリィに――正確に言えばアリィではなく、手に持つ機械に向けて。ドラコは侮蔑の眼差しを送る。

 

「言っておくが、マグルの使う低俗な道具はホグワーツ内で使えないぞ」

「………………なん……だとッ!?」

 

 脳がドラコの発言を理解するまでに掛かった時間。およそ十秒。

 

「事実だ」

「嘘だッ!」

「事実だと言っているだろうっ!?」

 

『ホグワーツの歴史』を読んだには読んだが、他にも読みたい本が膨大にあったため、大した興味の持てなかった学校の歴史は大雑把にしか内容を把握しておらず、隅々まで読破していなかったアリィ。

 そんな彼はベッドの上で両手両膝を着いて落ち込んでいる。

 しかし、ただで敗北を認めるような軟い心は持っていない。ゲーム好きにとっての最大の壁をぶち壊すために、アルフィー・グリフィンドールは思考の海にどっぷりと潜っていった。

 

 

 

 エピソード2 双子と朝食

 

 学校生活最初の夜が明けた。

 高貴な一族の身として規則正しい生活リズムを心掛けるドラコの朝は早い。ということはつまり同室のアリィも起きることを余儀無くされるという訳で。

 早速スリザリン教育の一貫として叩き起こされたアリィは、文句タラタラに子分二人と合流する。食堂へ向ったアリィを待ち受けていたのは、沢山の好奇な眼差しだ。

 それは珍獣を見る目。それは本性を暴こうとする目。そしてマスコットを愛でるような目。5:3:2の割合――3はスリザリン生のみだが、とにかく無数の視線が注がれる。

 あの生き残った男の子がいないため、より多くの視線を彼は集めた。

 まあ、当の本人は全く持って気にしていないが。というより気付いてすらいない。

 

「えーっと……あ、いたいた。ドラコ、俺ちょっと双子のとこに行ってくる」

「ちょっと待つんだ。その双子はグリフィンドールじゃないだろうな?」

 

 双子で当てはまるのはパチル姉妹とウィーズリー兄弟。うち三人はグリフィンドールなためドラコはアリィの肩を掴む。

 何故誇り高きスリザリン生が、わざわざグリフィンドールを訊ねなくてはならないのか。教育係(自称)として、そこだけは容認することが出来ない。

 

 子分二人に肩をホールドされたアリィは、柔らかそうな頬を膨らませて不満を露にする。

 

「じゃあドラコ、厨房の位置って知ってる?」

「厨房?」

 

 予想外な発言にドラコだけでなく、彼の取り巻きである巨漢二人、クラッブとゴイルも揃って首を傾げた。

 

「厨房に行けなきゃ菓子が作れないよ。それに俺、フレッド達と作りたいものが沢山あるから打ち合わせしないといけないし」

『なッ!?』

 

 その顔はまるで雷を浴びたかのような表情だった。

 あの菓子を食べられないのは今後の寮生活でかなりの痛手。特に汽車内でドラコのお零れに与った二人はこの世の終わりだと嘆いている。

 厨房の位置ならわざわざ双子に問うことも無いが、アリィの『彼等と作りたいもの』発言を料理関係と勘違いしたドラコに、もう接触を止めることは出来ない。

 

「な、なら仕方が無いなっ、今回ばかりは目を瞑ってやろう」

 

 基本的に料理は食べ放題のバイキング形式。食べる場所は各寮のテーブルが暗黙の了解となっている。しかし、あくまで暗黙。暗黙ということは別に守る義務は無い。

 例え校則で決まっていたとしても別寮のテーブルへ遊びに行くだろうアリィの行動は、凄く自然体で違和感が無い。組み分け帽子解体発言で『突拍子も無い行動と発言をとる奴』と全員に認知された所為で、違和感が仕事をしないのかもしれないが。

 

「そこの双子っ! オッス!」

「「お、来たな注目の的。おはよーさん」」

 

 基本的にスリザリンとグリフィンドールの間には創設者達のように見えない亀裂がある。二つの寮生は敵対関係にあった。

 しかし、そんなことを微塵も気にしていないのは彼等の会話から察せられる。悪戯同盟に寮の違いは関係無い。

 それでも双子が同じ寮に入れなかったことを残念がっているのは会話の節々から感じられた。

 

「ねえ、厨房ってどこにあるか知らない? あと『反転草』ってどこで手に入る?」

 

 双子に挟まれて朝食を摂るアリィの前は沢山の料理で埋め尽くされている。それはというのも周囲のグリフィンドール生がオカズのお裾分けをしていった結果、こうして食べきれるかどうか分からない量になった訳だ。

 双子の友人とだけあって、憎むべきスリザリン生ではなく珍獣のように観察して愛でる相手、というのが大体の生徒の共通認識となっていた。

 

「地下廊下に絵画があって、そこの梨を擽ると厨房に入れるぜ」

「そしてアリィご所望のブツなら少しだけストックがあるぞ」

 

 希望通り以上の返答が返り、アリィも溢れんばかりの笑顔を振り撒く。見る者を魅了し、ほのぼのとした気持ちにさせるアリィの笑顔。

 一部では天使のようだと呼ばれ始めているアリィが、実は悪戯好きの小悪魔で愉快主義者の化身だと判明。愛すべきマスコットからトラブルを引き起こす天災少年にジョブチェンジを果たすのは、もうしばらく先のことである。

 その時に何人の生徒の幻想が崩れ、厳しい現実を直視することになるのやら。

 

「サンキュー! じゃあ今度そっちの寮まで差し入れに行くから、さっきの薬草はそん時に少し譲ってね!」

 

 ドラコ達が食べ終わるタイミングを見計らって席を立つ。ちなみに先程の朝食は全て完食。料理人として、料理を残す食への冒涜は犯さない。

 

「「……俺達の寮に差し入れ?」」

 

 別の寮生がどうやって……。そうは思うも、何だかアリィならいつの間にか自室に侵入していても可笑しくないと思えてしまうのがアリィクオリティだ。

 

 

 

 エピソード3 変身術での出来事

 

 アリィの実力が明るみに成り、徐々に頭角を現し始めたのはこの時からだろう。これまでの授業は全て座学だったため実技はコレが初めてであり、だから教師陣やスリザリン生は知らなかった。

 アリィの特異性と、その我が道を行く性分を。

 

「……ミスター・グリフィンドール。それは何なのですか?」

「え? ちゃんとマッチ棒を針に変身させたけど?」

 

 担当教師であるマクゴナガルの頬が痙攣している。

 変身術の今日の課題はマッチ棒を針に変えること。授業が始まって大分経つが未だに成功者はゼロだった。

 隣のドラコはマッチ棒を銀色に変化させることしか出来ず、真後ろの取り巻きコンビに至っては対象が変化してすらいない。

 その点、アリィの前には沢山の針が並んでいた。

 

「これは遠い異国でジャパニーズニンジャが使っていた『千本』っていう針で、戦闘や医療にも使える便利なやつ。こっちはアレ、暗殺一家の長男が変身用に使う針。こっちは――」

 

 串のように長く、太い針。ビー玉に針が付いたかのような独特の形をした針。大小異形の様々な針がアリィの前で鋭く光る。

 支給されたマッチ棒一箱分を全て針に変えたのに、通常の針が一本も見られないのは如何なものか。

 厳しい先生として知られるマクゴナガル教授の前で堂々と趣味に走るとは、流石は日本漫画贔屓。ファンの鏡だ。

 伊達に寮部屋の本棚を日本漫画で埋め尽くしていない。ちなみにマグル界の本を並べる際にドラコと一悶着あったのだが、それは別の話である。

 

 漫画文化の布教活動の一環として嬉々としながら針の説明を始めるアリィに、マクゴナガルの精神はガリガリ削れていった。

 

「…………動機や経緯は何であれ、きちんと針に変身させていますね」

 

 形状や変身術に対する心掛けには頭を悩ませる要素が満載。けれども非の打ち所の無い完璧な変身術に、マクゴナガルは凄く無理矢理お褒めの言葉を絞り出す。

 先程の先生の言葉は人に聞かせるというより、自分に言い聞かせ、納得させるかの様で。

 苦渋に満ちた表情には、スリザリン生全員が一種の同情と哀れみを感じたという。

 

「…………スリザリンには十点を与えます」

 

 ホグワーツで教鞭を振るって数十年。こんな複雑な心境で相手を褒めることは初めての経験に違いない。

 

 余談だが、続くグリフィンドールの授業ではハーマイオニーが見本通りにマッチ棒を変身させ、先生が心の中で安堵のあまり感涙しそうになったとかならなかったとか。

 教師陣営の初めての犠牲者は、この副校長先生だったのかもしれない。

 

 

 

 エピソード4 垣間見る天才性

 

 アルフィー・グリフィンドールがどういう人物なのか。それを正しく生徒達が理解したのは金曜日の授業。スリザリンとグリフィンドールの生徒が合同で行う魔法薬学だろう。

 記念すべき初授業。

 さながら理科室を思わせる地下牢で行われていたのは講義ではなく、ただの生徒いびり。槍玉に挙げられたのはグリフィンドールの生徒である、ハリー・ポッターだった。

 

「どうやら有名というだけで何も知らないようだ。教えてやろう、ポッター」

 

 質問に答えられなかった無知さを、担当教授であるセブルス・スネイプがなじる。ある諸事情からハリーを憎んでいるスネイプにとって、彼は好都合なほどターゲットにしやすい。

 

「アスフォデル――」

 

 正解を言おうと席を立ち、手を高く上げるハーマイオニーを無視してスネイプが語り始める――が、唐突に話すのを止め、あることに気付いた彼はゆっくりと顔をそちらに向ける。錆付いたロボットのようにギギギッという効果音が聞こえてきそうな、ゆっくりとした動作だった。

 先生の不可解な行動に生徒も釣られて視線を移せば、そこにいたのは座席の真ん中ら辺に座るスリザリン生。あの小さな身体は彼以外に存在しない。

 

「ミスター・グリフィンドール。君はいったい何をしているのかね?」

 

 こめかみをピクピク引き攣りながら、凄く自制した声をスネイプは捻り出す。その静かな怒りに生徒達の時が止まり、寮の違いも関係無く生徒達は恐怖で震え出す。

 それでも気付かない彼は大物過ぎた。

 

「えーっと、呪文はエンゴージオ? 杖の振り方は――」

 

 熱心にノートを取っているかと思えば、アリィはいつも持ち歩いている秘蔵のネタ帳に付属のシャーペンで何かをメモしていた。

 しかも開いている教科書は魔法薬学で使うものではなく、図書館で借りてきたらしい『呪文全集 下級~中級編まで』という分厚い本だった。

 

「おい、アリィっ!」

 

 いつもより顔を青くし、死人以下の顔色をしているドラコが肘で打つ。脇腹に強烈なものをくらい、漸くアリィは顔を上げた。

 涙目と射殺す程の冷たい視線が交錯する。

 

「どうやら君は、我輩の授業がお気に召さないようだ」

 

 口調は落ち着いている。落ち着き過ぎている。そしてスネイプの眼光は憤怒の炎で赤く燃え盛っているようだ。

 その眼光に晒されて隣のドラコは恐怖で竦み上がっているのに、それでもアリィは笑顔を崩さない。

 

「うん。つまんない。だってそれ、『魔法薬調合法』に載ってる調合例にあった上級魔法薬と、解毒の章にあった内容。それに『薬草ときのこ1000種』の薬草一覧に載ってた内容でしょ?」

 

 堂々と『つまらない』発言をしたアリィにも驚かされるが、ちゃんと聴いていたことにも驚かされる。

 親友の一大事に完全無視を決め込むほどアリィは鬼ではないのだ。そして、珍しく彼は怒ってもいる。

 スネイプの意図はしっかりと理解しているけど何もこんなやり方をする必要性は無いじゃないか、という文句があるからこそ、自然と突っ張った対応をしてしまったのだ。

 

「寮監は『長い時間をかけてこんなことを勉強するぞ』、『こういうのが魔法薬なんだぞ』って皆に教えたいんだろうけど、俺はもう知ってるし。実習ならやったことが無いから面白そうだけど、座学で知ってることを説明されるくらいなら、もっと別のことをやった方が有意義でしょ?」

 

 随分とスネイプの思惑を美化しているアリィに皆は心の中でツッコミを入れた。違う、これはただの生徒イジメなんだぞ、と。どこまでも純粋なアリィだ。

 

 そして蛇寮生とはいえ悪びれた素振りを見せない生徒に、スネイプは勝負を挑む。

 

「では訊ねるとしよう。アスフォデルの球根にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」

「『生ける屍の水薬』って異名を持つ眠り薬。記述されているのは十八ページの十三行目から十五行目」

 

 まさかページと行数まで答えられるとは思わず、流石のスネイプも言葉を失う。手を上げていたハーマイオニーも素直に着席した。アリィの勤勉さに対抗意欲を滾らせているのは、おそらく見間違いではないのだろう。

 

「…………ベゾアール石を見つけるにはどこを探す?」

「山羊の胃。結構万能な解毒剤。解毒剤の章第五項その他の解毒剤の欄、二〇三ページの図一」

 

 今まで黙って二人のやり取りを静観していた生徒達が一斉に教科書を掴む。ページの捲る音が拡がる中、誰かの漏らした『……あってる』、『嘘でしょ?』という呟きは、生徒達の気持ちを代弁したものだった。

 

「………………モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」

「両方とも同じ植物で、別名をアコナイトって言うトリカブトのこと。名前が複数あるのは地方によって呼び方が変わるから。これは『薬草ときのこ1000種』十五ページの一行目」

 

 ざわめきは驚愕と共に地下牢を満たす。

 ただの変わった学生が信じられないほどの天才だと知り、皆は動揺を隠せなかった。

 そして、それはスネイプも同じだ。

 だから彼は、アリィの知識を確かめる上で、ついついこんな質問もしてしまう。

 

「……………………ラクミルマを主材料とし、そこにハルツナとメノ――」

「あー! それってO・W・Lに出てくる『栄養補給薬』の調合法でしょ!? この教科書以外から出題するなんて先生ずっこいっ!」

 

 五学年で行われる普通魔法レベル試験――通称O・W・L(ふくろう)。

 まだ一年生、しかも今年の夏に魔法界入りを果たした一年生が網羅していて良い範囲ではない。

 これにはスネイプも認めざるを得ない。素行は最悪でも、それが許されるくらいの鬼才なのだと。

 

 しかし、だからといってこの授業態度を認めるつもりは毛頭無いのだが。

 

「…………深い知識があるのは認めるが、だからといって授業以外のことをして良い理由にはならない。スリザリンは五十点減点」

 

 あの身内贔屓で有名なスネイプ教授が自寮の点数を減点した。しかも一年生では体験したことが無いくらいの大量失点。生徒達に戦慄が走る。

 そしてスネイプは、悔しそうに唇を噛み締める。

 

「しかし、我輩の授業目的をただ一人正確に理解し、非凡な記憶力と魔法薬への知的好奇心の高さは……称賛に値するだろう」

 

 認めたくない。しかし、認めなくてはならない。教師側から見れば、アリィはただの問題児。だがホグワーツ始まって以来の神童かもしれないことを。

 

「スリザリンには五十一点を与える」

 

 超絶問題児の癖に最終的には点数を+にするのだから性質が悪い。

 この出来事を境に、アルフィー・グリフィンドールの名は天才の位置付けを不動のものとしたのだ。

 

 

 


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