ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第三話

 十時半頃のキングズクロス駅は大変人で込み合っていた。

 時の流れは早いもので、ダイアゴン横丁で魔法界入りを果たしてから一ヶ月が経過していた。

 夏が終わりを告げて季節が初秋に移行するも相変わらずの暑さは顕在だった。

 ダーズリー家の車で送ってもらい、ダドリーには定期的にお菓子を送ると別れ際に約束した今日は、ついにホグワーツへと出発する記念日である。しかしまだ見ぬ夢の地へと期待を膨らませていた時とは裏腹に、十一時の旅立ちを前にして新入生である二人はプラットホームで立ち尽くしていた。

 

「どうするよ?」

「まいったな……本当に無いよ」

 

 カートに座る少年は親友のフクロウにちょっかいを出し、それを黙認する眼鏡の少年は困った風に頭をガシガシ掻く。

 荷物の積んであるカートに寄り掛かり、ハリーは手の中のチケットを隅々まで眺めていた。

 読み零しが無いか。そしてチケットを受け取る時にハグリットは何か言っていなかったか。

 記憶と現状を照らし合わせても解決策は生まれない。

 

「9と3/4番線ねぇ……あ、ハリー。あの人達なら……おぉ!」

「どうしたのアリィ……ああ!」

 

 二人の声には喜色が見えた。

 視線は二人の先を歩く一組の家族に釘付けである。好都合と言わんばかりに声を上げた二人の前を通ったのは母親と見られる女性に、その子供達と思われる少年少女五人。

 その中の二人を見てアリィ達は歓声を上げる。救世主発見。そう二人の目は言っていた。

 

「ヘイ、そこの双子!」

「「ん? ……ああー! あの時の人質!?」」

 

 そこにいたのは盗人事件で出会った双子だった。

 彼等もしばらく頭を捻った後に正解へと辿り着く。双子ならではの阿吽の呼吸を見せられ、家族に近付いた途端、アリィは双子の片割れに手を掴まれて家族の前に引っ張り出された。

 

「ママ、コイツだよコイツ、人質にされてたって子供!」

「って、その荷物、もしかして新入生なのか!?」

 

 アリィの荷物はハリーと比べて大分少ない。それは教科書や着替えなどはダイアゴン横丁で購入したバックに納められているからで、カートに乗っているのは大鍋といったバックに入りきらなかったモノに限られる。

 見た目からは判断し辛いが大鍋を所持していることから、双子は後輩だと当たりを付けた。

 

「そうそう、だけど出発点が俺達分からなくて」

 

 アリィが用件を口にし、ハリーが教えてくださいと頭を下げた。

 

「良し来た!」

「こっちだこっち!」

 

 双子に手を引かれ、アリィも釣られて走ることを余儀無くされる。

 カートは双子の片方が自分のも含めて同時に押すという器用なことをしているため、アリィは手ぶらだ。

 

「あ、ちょっとコラ! フレッドとジョージ、待ちなさい!」

 

 母親の静止もなんのその。三人と三つのカートはハリー達を置き去りにして目的地を目指す。通行人も避けて突き進んだ先にあるのは、一つの柱。

 

「「突撃ー!」」

 

 柱にぶつかる寸前、流石のアリィも衝撃を予測して痛みを堪えるように目を閉じる。

 しかし予想に反して衝撃は訪れなかった。代わりにアリィ達を待ち受けていたのは人の溢れる賑やかなプラットホームと、ホグワーツ行きと書かれた立派な汽車だ。

 得心がいったと、アリィは目を輝かせる。

 

「なーるほど。だからか」

 

 入り口は9番線と10番線の間にある柱。だからこその9と3/4番線。納得するには十分過ぎる理由だ。

 

「早くコンパートメントを探そうぜ」

「ついでにリーもな」

 

 アリィの登場でオマケ扱いされてしまう彼等の悪友リー・ジョーダン。激しく哀れである。

 

「「そういや自己紹介がまだだったな」」

 

 トランク等は全て駅員に預け、今彼等の手元には最低限の手荷物しか無い。車両中央付近で運良く空いているコンパートメントを発見し、なし崩し的に行動を共にすることとなったアリィに双子が笑いかけた。

 

「俺はフレッド・ウィーズリー」

「で、俺がジョージ。なあなあ、あの時の爆発した奴ってマグルの武器だろ? 他に何か持ってねぇ?」

「俺はアルフィー・グリフィンドール。アリィで――」

「「グリフィンドール!?」」

 

 良いよ、という定番の自己紹介は双子の声に掻き消された。椅子に座るアリィに顔を近付ける双子の顔は驚愕で目が開かれている。

 

「「あのグリフィンドールか!?」」

「多分きっと」

 

 この一ヶ月で教科書や書店で手に入れた魔法界の本を既に読破しているアリィは、もうそれなりの知識を溜め込んでいる。

 だからホグワーツの創設者の一人が自身の先祖であることは既にご存知。同姓の可能性は拭いきれないがハグリットの発言が自信を後押ししている。

 

「とりあえずヨロシク」

 

 興味の無いことにはとことん無頓着で学校の勉強すら碌にしない彼だが、逆のモノに対しては信じられない集中力と脳の働きを見せるのは、皆に自慢できるアリィの長所だ。

 例え学校では『残念神童』やら『天災少年』なる二つ名を与えられようとも、それが長所であることに変わり無い。

 ハリーの存在も忘れ、交友を深めたアリィと双子はしばらく話を続けた。

 それはお互いの知らない世界についての話で、アリィにとってはちょっとした異文化交流であり、見解を広める重要な場。

 例えダイアゴン横丁に通った一週間で魔法界慣れしたとしても、学校の者と話す機会は早々無かったので、これもまた新鮮で有意義な一時と言える。

 すると、そろそろ発車の時間が訪れた。

 

「おっと、そろそろ発車の時間だ」

「アリィも来いよ。ママ達に紹介してやるから」

 

 

 

 という会話がコンパートメントで行われたのが今から十分前。

 

 

 

 妹だという少女に「貴方、本当に私より年上なの?」と真顔で訊かれたり、同年代という背の高いそばかすの少年――後に生涯の友となるロン・ウィーズリー、頼れる先輩のパーシー・ウィーズリーとの会合も果たしてから、ウィーズリー家一番の権力者。彼等の母親であるモリー・ウィーズリーがアリィと向き合った。

 

「貴方のことは二人から聞いているわ。ハグリットと一緒に魔法警察部隊に連絡してくれたのよね?」

 

 そう言って感謝を込めてアリィを抱きしめるモリーだが、彼女は知らない。双子が病院に運ばれる原因となった張本人がここにいることを。

 

「ねえママ。コイツ、名前何て言うと思う?」

「きっと驚くぜ」

 

 自分のことのように胸を張る双子の問いにウィーズリー家の視線が小さな友人に注がれる。

 その意味深な言葉と態度に何か感じることがあったのか、最初に回答したのはこの人物だ。

 

「もしかしてハリー・ポッター!?」

 

 風の噂で件の少年が今年入学と耳にした一人のファンは、自分よりも背の低い少年の前髪を期待を込めて掻き上げる。しかし当然ながらアリィの額に稲妻型の傷は無い。

 

「違う違う。俺はハリーじゃないって」

 

 そして「はしたないし失礼でしょ」と母上様からお叱りを受ける少女に答えを言うべく口を開くが、

 

「なんと! こちらに在らせられるのは偉大な魔法使いである学校創設者の血を引く御方」

「アルフィー・グリフィンドール様であらせられる! お前等は頭が高ーい!」

 

 アリィよりも先に双子が楽しそうに答えを言った。

 それに対する反応は二つ。驚きを表にする者が多数。そしてたった一人だけ、驚きよりも嬉しさが目立つ表情を取る人物がいた。

 

「まあ。貴方がトバイアスとエルヴィラの息子なのね」

 

 満開の笑顔を咲かせるモリーだけは違った。その目に宿るのはオリバンダーが見せた過去を懐かしむもの。そしてほんの僅かな憂い。

 

「おばちゃんも父ちゃん達の知り合い?」

「ええ。友人だったわ。結婚式にだって御呼ばれされたもの」

 

 そこからグリフィンドール夫妻との思い出を語り出そうとするモリー。だが時とは有限。時間は決して待ってくれない。

 汽車が発車する前にまだこの場で訊きたかったことがある双子は、話を中断するように大声を出し、先程の会話で引っ掛かった部分を訪ねる。

 

「なあなあ。アリィって、もしかしてハリー・ポッターと知り合いか?」

「そうそう。ハリーって親しげに言ってるし」

 

 双子の言葉に一番反応を示したのは、やはり妹のジニー。ダンスボール並みに目をキラキラさせている。そしてアリィはあっさりと、

 

「だって俺、さっきまでハリーと一緒にいたじゃん。幼馴染だし」

 

 何を今更というニュアンスを含ませ、実にあっさりと衝撃事実を口にした。

 

『………………』

 

 しばらくの間ウィーズリー家の時が止まったのは言うまでも無い。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 ガタゴト、ガタゴトという、汽車ならではの軽快なリズムを刻みながらホグワーツ特急は目的地に向かって突き進む。

 都市部の姿は既に無く、車窓から見える世界は草原や田園が続く田舎。マグル感知不可能の魔法が掛かった汽車は、夜の帳が下りる頃に目的地へ着くことが予測された。

 

「でもアリィ、ハリー達の方に行かなくて良かったのか?」

 

 フレッドは渡された改造手榴弾の品評から顔を外し、車内販売で買い込んだ菓子類のデータを熱心に手帳へ記入するアリィに顔を向ける。

 フレッドが言った通り今アリィはハリーやロンのいるコンパートメントではなく、双子やドレッドヘアーの良く似合う黒人少年リー・ジョーダンが占有するコンパートメントで寛いでいた。

 

「良いんだよ。俺はこっちの方が興味あるし。それに――」

 

 

 

 ――ハリーには自分以外の友人が必要だ。

 

 

 

「だから俺はこっちで良いの」

 

 そういう考えが昔からアリィの中には存在した。

 ダドリー軍団の所為でアリィ以外の友人を作れなかったハリー・ポッターは、自分に頼らない独自のコミュニティを形成しなくてはらない。

 ちなみにアリィには今までの生活で『ハリーを庇っていた』という気持ちは微塵も存在しない。

 ダドリーを諌めたりハリーを苛めないよう言ったのも、皆が仲良しの方が楽しいだろうという自分の気持ちに従ったためで、ハリーの待遇はその結果に過ぎない。

 それでも、ハリーはアリィに恩を感じている。

 そのくらいの自覚はある。

 そしてハリーは少なからずアリィに依存している部分があった。

 

「それじゃダメなんだよね。持ちつ持たれつと依存は違うから」

 

 なまじ人見知りも無くズカズカと人の心に押し入る自分とばかり一緒にいれば、ハリーの積極性やコミュニケーション能力は失われる。

 ダーズリー家では積極的になれず自然と受け身な体勢に成らざるを得なかったが、今後を考えるとそれではダメ。例え無自覚でも人に頼り切りでは人間としての成長が損なわれる。

 世間にはアリィの兄貴分として認知されているハリーだが、アリィの考えていることは違う。実はこの少年、自分の方が誕生日が早いので俺の方が兄貴だという、自称も甚だしい考えを持っているのだ。

 

「いつも楽しいことを提供してくれるお礼に、兄としてしっかりと面倒を見ないと……どしたの?」

「「いや、色々と考えていたのが凄く意外で……」」

「失敬な」

 

 わざとらしく涙を拭うジェスチャーを見せる双子とは違い、意外と涙脆かったリーはハンカチを片手にマジ泣き。その姿に三人は若干引く。

 しばらくして凝視されていることに気づき、どうしようもなく恥ずかしくなったリーは今の空気を消し去るため、右手に持っていたブツを掲げて叫んだ。

 

「でも凄っげぇなマグルの道具って!」

 

 リーが持っている道具のボディが自己主張するかのように黒く光る。それはベレッタM92F――に似せて作られたタバスコエアガン。勿論改造済み。

 コンパートメントの簡易テーブルにはフラッシュバンに改造エアガン、刃の飛び出すギミック付のナイフなど、端から見ればテロリストの集会場と怪しまれかねない、一見してマグル生まれが卒倒しそうな光景が繰り広げられていた。

 もちろん携帯ゲーム機やカードゲームなど、遊び道具もあることをここに明記しておく。ただの物騒な子供ではないのだ。

 

「ホント、ホント。魔法も使わずに良くこんなの作れるよな」

「バートランド・ブリッジスとタメ張れるレベルだぜこりゃ」

 

 リーに便乗して双子もそれぞれマグルの道具を褒めちぎる。曰く、マグルの技術者は例外無く天才だと。

 

「へぇー、ハグリットが言った通り爺ちゃんって有名なのか」

「「そうそう、アリィの爺ちゃんは凄い! …………は?」」

 

 双子やリーの手からカードの束が零れ落ちる。遠い日本が発祥の地である世界的に有名なカードゲーム。そのレアカードの束が床に落ちてムンクの叫びのような表情を取るアリィを尻目に――、

 

『はぁあああああああっ!?』

 

 汽車中に伝わるような大絶叫が巻き起こった。

 

 

 

 大変混乱しています。しばらくお待ちください

 

 

 

 数分後。

 

「おいおいおいおいおい、あのバートランド・ブリッジスが爺ちゃんとかマジかよ!?」

「現存する悪戯グッズの半分以上を設計し、他にも沢山の魔法具を生み出した鬼才がアリィの爺ちゃん!?」

「お前ってグリフィンドールだろ!?」

 

 ――いくら経っても興奮は収まらなかった。

 

「なんかそれ、仕事名なんだって。本名はデイモン・グリフィンドール」

 

 どんだけ神聖視しているんだと珍しくツッコミを入れたくなるのと同時に、こんなにも尊敬されている曾祖父が誇らしい。自分の知らない一面を知れて嬉しいと思う。

 例えバートランド・ブリッジスが魔法界で賛否両論の評価を受けていようとも、アリィにとっては自慢の家族だ。

 

「じゃあ何か。もしかしてアリィの家には師匠――頭に『心の』が付くが――の仕事場があったりなんかして?」

 

 ジョージが恐る恐るという風に緊張と興奮で震える口を動かして、やっとのことで問いかける。その発言に騒いでいた二人もピタリと動くのを止めた。

 

「あるっちゃあるけど魔法関係は特に何も――」

『見てぇ! 超見てぇええええっ!』

 

 この日一番の大絶叫が狭い個室に轟いた。

 それは感覚的には改造フラッシュバンにも引けを取らない音量で、周囲のコンパートメントを陣取っていた学生が何事かと覗き込むほどだった。まあ、発生源が有名な悪戯トリオと判明して直ぐに戻っていったが。

 

「じゃあ来年の夏休みにでも来れば良いよ」

 

 作業場には何度も入ったことがあるし、魔法使いだと判明して直ぐに何か魔法的なナニカが無いかと探索もした。

 しかし期待通りのモノは見付からず仕舞い。そこでアリィは三人に捜索班として白羽の矢を立てる。

 もう何年も、下手をしたら生まれた時から魔法文化に漬かっている彼等なら、自分では見付けられない痕跡に気付けるかもしれないと思ったからだ。

 

「おっしゃ! 約束だぞアリィ!」

「やべぇ、マジやっべぇ!」

「今から滾ってきたぁああっ!」

 

 彼等の感激ボルテージは最高潮に達する。そして三人とアリィは示し合わせたかのように、

 

「「アリィ! 俺達はもう兄弟だ!」

「ヨロシク親友!」

「おお、心の友よ!」

 

 四人でがっちりと握手を交わし、ここに悪戯同盟を結成する。生徒にとっては娯楽の配布人。教師にとっては頭痛の種。

 これがホグワーツで長い間語り草になる悪戯同盟誕生の歴史的瞬間だった。正直、碌なもんじゃない。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 同盟結成祝いとして事前に購入しておいたかぼちゃジュースで義兄弟の契りを交わしたアリィは現在、第一車両から末尾に掛けて汽車内を闊歩していた。

 三人からはゴブストーンという空中おはじきの遊びに誘われていたが丁重にお断りし、汽車の探検に時間を割いている。

 それはというのも、あと数時間でこの汽車とはお別れ。クリスマスにプリベット通りに帰るつもりはないので、この汽車に次乗るのは季節が一巡りしてから。なら今の内に心置きなく探検するっきゃない。そう結論を出したからだ。

 そして乗客である生徒達に『子供が何故ここに?』という疑問を抱かせ、探検を終えたアリィが辿り着いた所は、

 

「交流を深めに来たぞ兄弟!」

「……なんだかいつにも増してハイテンションなのが怖いよアリィ」

 

 何かを悟ったかのように心の中で十字を切るハリーと、突然の登場にビクッと驚きを表すロンのいるコンパートメント。

 咎める人がいないにしても、当然のようにハリーの横に座って蛙チョコレートの包みを取るふてぶてしさは流石の一言に尽きる。それでも自然と受け入れられるのはアリィの持つカリスマ性が原因だろう。

 

「いやー、ロン。随分と良い兄弟を持ったね。あんな面白い双子は早々いないよ、うん」

「あー……アリィ、だっけ? 君、フレッドやジョージと話が合ったの?」

「もちろん。お互い実力を認め合った同志(とも)だよ同志(とも)」

 

 既に発明品を見せ合ってお互いの実力は確認済み。実力を知り、コイツなら相棒に相応しいという信頼関係が生まれているからこそ、彼等は手を組んだのだ。

 その時アリィは『……アリィと話が合う、だとッ!?』と要注意人物にカテゴライズされた双子に戦々恐々とし始める親友の心境に気付かない。ロンはロンでアリィのことを『混ぜるな危険』とラベルが貼られている薬品を見るかのような視線を送っているのだが、まだ付き合いの浅い二人が視線の意味に気付くこともなかった。当然と言えば当然だ。

 こうして無邪気に菓子を頬張る子供と苦労人のシンパシーを感じ合って意気投合している少年二人、という図がコンパートメント内に生まれる。

 その構図が破られることになるのは、それから数十分後の日も沈みかけた時間帯だった。

 

「誰かヒキガエルを見なかった? ネビルの――」

「おお、ハーさん久しぶり」

 

 突如現れたのは一人の少女。栗色のフサフサなロングヘアをたっぷりと背中に流す彼女は、アリィを見て目を見開いた。

 

「アリィ!? 貴方、本当に新入生だったのねっ!?」

 

 アリィが彼女――ハーマイオニー・グレンジャーと知り合ったのは漏れ鍋滞在の最終日。その頃には既にダイアゴン横丁で知らない人はいないほどの有名人になっていたアリィが親切心から横丁を案内したマグル出身の少女。それがハーマイオニーだ。

 

「アリィ、彼女と知り合い?」

「ダイアゴン横丁で知り合った。ほら、渡したお土産あったでしょ? アレを買った日に会ったんだよ」

 

 一ヶ月前を思い出して遠い目をするアリィを視界から削除し、ハリーは勝手にロンの隣へ座った彼女と向き合った。

 

「アリィが何か迷惑を掛けなかった?」

「…………………………大丈夫よ」

 

 アリィと知り合ったホグワーツの生徒で彼女はまだ幸運な部類に入る。

 何故なら彼女にはアリィと行動を共にするかの選択肢があったのだから。どこぞのイケメンなハッフルパフ生みたく巻き込まれた結果でないだけマシというもの。

 そして彼女は本来の目的も忘れ、自己紹介を終えてもこの場に留まり続けた。今はハリーのことが沢山の本に載っていたと説明し、あんまし目立ちたくないハリーを真っ白に燃え尽かせたところだ。

 そんな彼の傷に塩を擦り込むかのような追い討ちをかけるのは、やっぱりこの少年である。

 

「ああ、出てた出てた。アレだね、多分ハリーのエッセイ書いたらベストセラーになるよ。……ハリー、頑張ってみるよ俺」

「残念な方に頑張るベクトル向けちゃってるっ!?」

 

 もうハリーのライフポイントはマイナスゲージに突入していた。

 

「それじゃあ三人とも、ホグワーツで会いましょう」

 

 次の話題として上がった学生寮について語ったハーマイオニーはヒキガエル探しに戻っていく。

 急に現れて颯爽と去るなんて台風みたいな少女だったと思うアリィ以外の面々だけれど、話題を提供していったので話す価値はあったのだろう。

 

「僕の一族は皆グリフィンドールなんだ。他だったら何て言われるか……まあ、スリザリンなんかに入らなきゃ大丈夫だと思うけど」

「学生寮か……俺はどこの寮だろ」

 

 ウィーズリー家の男子と生き残った男の子は、何を言ってるんだという視線を発言者に向けた。

 

「何言ってんだよ。君がグリフィンドールじゃなかったら、一体全体僕達は何を基準に予測したら良いんだ?」

 

 四つある学生寮の内どこに入るかは、個人の性格や人柄が基準となる。しかし血筋というのも重要なファクターであるのは事実であり、そのくらいの情報は『ホグワーツの歴史』を流し読みしたアリィも知っていた。

 

「分かんないよ? 血統が全てではないって本にもあったし」

「そんなはずあるもんか! 確かにアリィの言う事も尤もだけど、君は絶対にグリフィンドールだ!」

「おし! じゃあ賭けよう。俺がグリフィンドールじゃ無かったら、俺の命令一つに絶対服従!」

「乗った! 君がグリフィンドールだったら、僕の命令一つに絶対服従だ!」

 

 僅か十秒で成立してしまった勝負事。普通なら九割九分以上の確率でロンに分がある。十人に訊いても全員がロンと同じ方に賭ける。しかし、これが百人を巻き込んだものであり、尚且つその中にアリィの親友がいたのなら、彼等はアリィと同じ方に賭けたに違いない。

 現にハリーはロンに対し哀れみを感じている。

 

(分かってない……アリィを全然分かってないよ、ロン……)

 

 仕方が無いとは言え、ロンは無知ゆえに愚行を犯してしまう。

 このトラブルメーカーがすんなりとテンプレに従うはずがあるだろうか。いや、無い。

 フラグが立ってしまい、一波乱あるだろう数時間後の未来に同情する。

 日本文化のゲームを嗜む親友が近くに居たため、意外と『フラグ』という言葉の意味を正確に理解し、使いこなす技術を持っているハリーは、思考が微妙に『アリィ色』に染まっていることに、まだ気付いていない。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 アリィがトイレで席を外している時に事件は発生した。戻る途中で聞こえてきた怒声と、コンパートメント前でたむろしている集団がいれば、何かあっただろうことは容易に想像出来る。

 どんな事態になっているかは判断付かない。けれど楽しいことなら良いなという自分勝手な理想を抱き、颯爽と現場に近寄った。

 

「――僕達、自分の食べ物は全部食べてしまったんだ。でも、ここにはまだ沢山ある」

「よし、なら君にはこれを授けよう。同じ時に制服を寸法したよしみだ」

 

 近付くにつれ、ハリー達に絡んでいたのが洋装店でハリーと話していた少年だと分かるや否や、アリィはバックの中から自家製クッキーを取り出して色白の少年――ドラコ・マルフォイに手渡す。イギリスでは一般的なショートブレッドではなく、他国でよく食されるようなココアベースのシナモンクッキー。見るだけで完璧な焼き上がりだと断言出来る特性クッキーを前に、純血家系の坊ちゃんはゴクリッと喉を鳴らした。舌の肥えている金持ちに見た目だけで合格点を出させるアリィ。侮りがたし。

 

「フンッ。行くぞ、クラッブ、ゴイル」

 

 しっかりとクッキーの入った包みを受け取り、取り巻きを連れてマルフォイは立ち去る。幼い料理人の『ニヤリ』という不敵な笑みに気付かずに。

 

(また何か企んでるよ)

 

 そんな料理人の親友は、やっぱり鋭かった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 小さなプラットホームに降り立ち、小道を抜け、湖に辿り着く。

 その一連の流れにすら未知への期待から楽しみを見出し、小船で湖の向かいに存在する崖下へ向い、隠された船着場に降り立つ。この崖下から地上に聳え立つ壮大な城が、少年少女に栄光ある未来を与える魔法学校――ホグワーツだ。

 

「ハリー、ちょっとトイレ行って――」

「そう言って探検するつもりでしょ!? 大人しくしててっ!」

 

 自分の欲望に忠実な者ほど行動は予測されるもの。小声なのに怒鳴るという器用な技を見せられてアリィが肩を竦める。

 歓迎会の準備が進められているホールに入る寸前、厳しそうな印象を受ける女教授に小部屋で待機を言い渡され、好奇心旺盛な彼はとても暇なのだ。しかも先程、沢山のゴーストが小部屋を横切ったのを目撃したため、彼の関心はこれから始まる寮の組み分け儀式よりも怪奇現象の体現者達へ向けられている。面白そうな興味対象(ネタ)を前にして、蛇の生殺し状態。

 

「準備が整いました。これより組み分けの儀式を開始します」

 

 これ以上遅れるようなら暴れてやると言わんばかりの形相でウズウズしているアリィの手綱を握っている者は、現れた人物に感謝の眼差しを向ける。ホグワーツの副校長であるミネルバ・マクゴナガルに告げられ、新入生達は列になってホールに入った。

 

 

 

 そこには魔法学校の名に相応しい光景が広がっていた。

 魔法で映し出された星空の天井に、宙に浮く沢山の蝋燭。四つある長テーブルには何十人もの生徒が座り、緊張と興奮で十人十色な顔をしている新入生を一目見ようと首を伸ばす。その新人魔法使いが進む先には一つの椅子と帽子。そして教員達が席に座り、彼等を待ち受けている。

 新入生が並び終えるのを見計らったのか、椅子に置かれた三角帽子が活動を始める。草臥れた組み分け帽子の口から紡がれるのは独特のメロディーで奏でられる不思議な歌。四つの寮と組み分けの方法を示唆された歌を聴き、戦闘やら筆記テストやらで学生寮を決めると教えられていた面々は、漸くそれらがデマ情報であることに気付かされる。

 ただ帽子を被れば良い。それだけで帽子は最適の寮を選んでくれる。

 

(俺はどこになるのかなー)

 

 勇気と騎士道精神に溢れる者はグリフィンドール。

 優しくて忍耐強い努力家はハッフルパフ。

 機知と叡智に優れた学習意欲の高い勤勉家はレイブンクロー。

 目的を遂げるためなら狡猾さすらも利用する自分主義者はスリザリン。

 

 寮の選定理由を要約するならこの通り。グリフィンドールという血筋のこともあり、意外と全ての寮に適正があるアリィ。どこの寮に入るかは帽子のみが知っている。

 

「ロン、約束忘れないでよ」

「アリィには悪いけど僕の勝ちだ」

 

 マクゴナガルに名前を呼ばれ、次々と組み分けが開始される中で火花を散らす。そしてシェーマス・フィネガンの寮が決まり、ついに。

 

「グリフィンドール・アルフィー!」

 

 アリィの名前が高らかに宣言された。

 途端、騒がしかったホールは通夜のように静まり返る。テーブルの端にいる者の息遣いすら聞こえてきそうな、耳が痛くなるような静寂。人混みを分けて椅子まで辿り着いた者を見て、観客達は驚かされた。その有名すぎる家名ではなく、入学年齢に適していなさそうな外見を見て。

 

「……汽車内を歩いていたあの子か?」

「おい、今グリフィンドールって言ったか?」

「私、見送りの子供が間違えて乗り込んじゃったのかと思ったわ」

「ショタにもほどがあるわ……ごちそうさまです」

 

 囁きは波のように伝播し、中にはトテトテという擬音が聞こえてきそうな走り姿に父・母性本能を刺激される者もいたが、それは全体の二割。

 そして教師陣ですら僅かに腰を浮かせてアリィを見ようとし、半月形の眼鏡をかけた老人は、慈しみの表情で幼い新入生に微笑んでいた。

 

 皆に見守られながら着席するアリィ。そして一言、

 

「マクゴナガル教授! この儀式が終わったらこの帽子を分解させて!」

 

 

 大広間は別の意味で沈黙した。

 

 

「…………ミスター・グリフィンドール。今は組み分けの儀式中です。それに、そんな許可は未来永劫出しません」

「裁縫得意だし、ちゃんと元に――」

「早く被りなさいッ!」

 

 ホール全体に響き渡るように一喝し、無理矢理アリィの頭に帽子を乗っけた女教授は『悪夢だわ』とでも言いたげにフルフルと頭を振る。

 生徒や他の教師陣はいきなりの発言に唖然とした。例外は爆笑するのを堪えている同盟を結んだ三人と、彼の性格を偶然知ることになってしまった知人達に、微笑の表情を崩さない校長先生のみ。……いや、唖然とするよりも親友の奇行に頭を抱える者がいた。誰がとは言わないが。

 

 《ふむ、あの御方の血を引く者にまた出逢えるとは、嬉しいものだ……》

 

 ぶかぶかの帽子を被らされたアリィの頭に声が響く。それは老人のもので、ボロボロの帽子の姿には良く合う枯れ声。

 

 《ある意味勇気に満ち溢れ、純粋且つ心優しく、充分な機知と叡智を併せ持つ。そして自らの欲望を満たすためなら努力を惜しまず、策略を張り巡らす狡猾さ。さて、貴方をどこに入れたら良いのやら……》

 《ねえねえ、それってつまり、俺ならどの寮でも充分やっていけるってこと?》

 《簡潔に言えばそうなる》

 

 頭の中での会話は続く。組み分けをする必要も無い。直ぐに決まるだろうと思っていた観客は、予想以上に長い組み分けにだんだんと騒がしさを取り戻していった。

 

 《じゃあさ、ちょっと行きたいところがあるんだけど? ほら、この学校を創った偉いご先祖様の血を引く俺のお願い、訊いてくれない?》

 《ふーむ……本当に良いのかね?》

 

 言わずとも察し、更に声色から肯定の兆しが見え、帽子に隠れたアリィの口許が面白そうに弧を描く。

 後悔は無い。今までの自分の選択で後悔なんてしたことがない。どんな選択でもそれが最善だと信じ、突き進んでこそのアルフィー・グリフィンドールだ。

 

 《元々貴方には私の製作者とは違う、高貴な御方の血も流れている。素質も充分。なら……貴方の未来を拓くには、こちらの方が良いのかもしれない》

 《サンキュー、グッジョブ帽子! お礼に今度メンテナスしてやるよ! アップリケは何が良い!?》

 《………………謹んで、ご遠慮させてもらおう》

 

 人間だったら冷や汗を掻いている組み分け帽子は、脳内でのコネ要望を認め、高らかに叫ぶ。

 

 

 

 

「――――スリザリンッ!」

 

 

 

 

 

『……………………はぁああああああああああっ!?』

 

 

 

 穴熊寮や鷲寮だけでなく、犬猿の仲である獅子寮と蛇寮までもが心を一つにしたときが、ホグワーツ一千年の歴史の中で今迄何度あっただろうか――いや、きっと無いに違いない。

 予想外過ぎて目玉が飛び出そうなほど驚いている面々の中で、少年と校長のみが満面の笑みを浮かべていた。

 

 


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