ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第二話

「なーるほど。そんな逃亡生活してたんだ」

「おじさんがずっとイライラしているし、ダドリーも不満ばっかりで大変だったよ……本当に」

 

 暗いため息を吐くハリーとは対照的に、アリィはダーズリー家の反応が如実に想像出来てクスクス笑う。

 入学に必要なモノを買いにロンドンまで足を運んだ三人だが、電車で移動中に行ったことは情報交換だった。

 それは主にアリィからハリーへの『今まで何をしていたのか』『さっき口に仕掛けた闇の魔法使いとはどういう奴なのか』という一方的なものだったが、ハリーは出来るだけ詳細を細かくアリィに説明していく。

 その間ハグリットは、電車内が珍しいのか周囲を興味深く見渡していた。

 

「でも、ヴォルデモートかぁ」

「アリィ、学校ではわざと口にしちゃダメだよ」

 

 この愉快犯は面白半分に名前を口にして皆を恐怖のどん底に落としかねない。

 予め釘を刺しつつジト目を送るハリーを尻目に、幼い発明家は腰に巻いたポーチから飴を取り出し、どこ吹く風と言わんばかりに口へと放り込んだ。

 ついでに自作の蜂蜜飴を親友や大きな友人にも渡すことも忘れない。

 

「大丈夫。ちゃんと禁句さんって呼ぶから」

「…………」

 

 仮にも名前を呼ぶことすら憚られている史上最凶最悪の魔法使いをそう呼ぶのは如何なものだろうか。

 口内に広がる蜂蜜の甘さを味わう暇も無く、それだけを考えるハリー。

 ダドリーがいない今、この親友のフォローと世話は自分一人で行わなくてはならない。そこまで考え、ハリーの脳は自動的にそれ以上考えることを止めた。

 習慣とは大変恐ろしい。自然と身に付いた精神安定を目的とした悲しい対処法であり、すなわちそれは、アリィのことで考えすぎるのは誰も得しないという経験則だ。

 

「そうだアリィ。アリィの身元保証人は、アリィが魔法使いだって事を知っているの?」

「あ、そっか。やっべー、伝えなくちゃ」

 

 デイモンが死に、沢山名乗り出てくれた身元保証人希望の中から名乗り出てくれた人物を思うアリィ。

 思い出の詰まった家を出たくないという我儘を聞き入れ、月々生活費を送ってくる人物。それだけでなく、彼はアリィの一人旅などの面倒も見てくれていた。

 

「心配するこたぁない。奴さんも魔法使いだ。ちゃんと俺がついでに連れていくと手紙も送っちょる。まあ、どこにいるのか分からず、手紙がポストん中に埋もれている可能性も高いがな」

 

 ああ、だからアリィのホグワーツに対する認識を改めに来なかったのかと納得する二人だった。連絡が取れないのなら知らないのも無理はない。

 

「ところでお前さんら、ちゃんと必要品リストは持ってきとるか?」

 

 駅から出てロンドン市街を歩く。

 片方はくたびれたジーンズのポケットから取り出したリストをハグリットに見せ、もう一人は落ち着き無く周囲をキョロキョロしながら焼却処分したと即答する。

 ハグリットが額を押さえるが、誰がどっちかは言うまでも無い。

 

「さあて、ここだ」

 

 本屋や楽器店、果ては映画館までも素通りし、辿り着いたのは薄汚れたパブだった。

 周囲を真新しい綺麗な店舗に囲まれる中、この築何年かを推測することすら叶わないちっぽけなパブは異彩を放つ。

 まるでここだけが異空間。こんなにも風景にそぐわない店を通行人は何とも思わないのだろうか。

 無邪気に「おお、いかにも何か秘密がありそうな古臭い店!」と感想を述べたアリィとは違い、ハリーはそう考える。

 

「漏れ鍋?」

「応とも、有名なところだ」

 

 ハリーの呟きに律儀に応えながら店内へ入るハグリットに二人も続く。

 店内は外装から思った通りみすぼらしかった。

 暗い店内に黒く汚い壁。有名なのにあまり繁盛はしていないのか。それとも日中という時間帯の問題なのか。バーテンダーを除けば客は数人しかいない。

 

「おお、ハグリットじゃないか。こんな昼から飲みに来たのか?」

「悪いなトム。今は仕事中だ」

 

 パブの主人と笑い合ったハグリットはハリーの頭をポンポン叩く。

 この場合、身長がハグリットの腰以下であり手が届かなかったアリィは幸運だ。おかげでハリーのように力士以上の怪力で身体が沈むことが無かったのだから。

 

「ハリーってもしかして有名人?」

「まあ、魔法界で知らん奴はおらんな」

 

 ハリーの家族名が明るみになった途端、客やトム、果てはホグワーツの教授という人にまで握手を求められた姿を見て、アリィは首を傾げる。

 ここでハリーがもみくちゃにされている間にハリーの過去をハグリットから聞かされるが、それでもアリィの抱いた感想は『ふ~ん』という反応の薄いものだった。

 それは例え魔法界では有名人だとしても、自分にとってはただの面白い親友という事実に変わり無いからだ。

 ハリーはハリー。同じ人物に両親を殺されたという共通点には驚いたものの、アリィの考えは淡白なものだった。

 

「さて、これからやることを覚えておくんだぞ」

 

 漸く解放されたハリーと傍観して楽しんでいたアリィを連れ、ハグリットはパブを通り抜けて中庭に出る。

 三人入ればすし詰め状態になってしまいそうな、壁に囲まれた小さな空間。そこにあるレンガの壁を杖の仕込んである傘で叩くと、直ぐに変化が訪れた。

 レンガが小刻みに震え、見る見る内に左右へと動き、アーチ状の入り口を構成し始める。

 二人が疑問を浮かべる暇も無く、目の前に目的地――謂わば魔法界の商店街『ダイアゴン横丁』への入り口がぽっかりと穴を空けた。

 

「ハリー……夢の国みたい」

「うん……本当に凄い」

 

 微笑むハグリットに促されて入り口を潜り、周囲を見渡して驚嘆の息を零す二人。

 山積みにされた大鍋に、使用方法の分からない沢山の道具が様々な店先に並ぶ。至る所で楽しそうな声が聞こえる楽しい喧騒で賑やかな横丁は、ローブやマントを着た沢山の魔法使いで溢れていた。

 

「まずはグリンゴッツで金を下ろさんとな、買うものも買えん」

 

 魔法界では独自の通貨を使用しているためマグルの通貨は使えない。また、魔法界唯一の銀行にして厳重警備が施されている金庫にハリーとアリィの両親が残した遺産が保管されているため、お金を下ろさなければ買い物が出来なかった。

 グリンゴッツは横丁の中央付近にあるため、銀行に向うまでに寄らなければならい店を素通りする羽目になるが、戻るのが二度手間だとしても魔法界新入りの二人は全く気にしない。この横丁には一日では回れないほどの楽しい不思議で溢れ返っているのだから。

 歩き回るのを苦痛に感じるはずが無かった。

 

「ほらハリー! ペットショップにフクロウが沢山!」

「あっちでは箒を売ってるよアリィ!」

「うわ、魔法薬の材料とか、絶対に後で寄らないと! あっちには何があんだろ!?」

 

 ふくろう専門店では大小様々なフクロウが騒ぎ、ある店のショーウィンドウには豪華絢爛な箒が飾られている。

 二人は田舎から上京してきた村人らしく騒ぎまくった。

 

「……うむ?」

「どうしたのハグリット?」

 

 競技用箒の専門店に目を奪われていたハリーは興奮した面持ちのままハグリットに視線を移す。その、冷や汗を掻いているハグリットへと。

 

「……ハリー、アリィはどこだ?」

 

 気付けば、アルフィー・グリフィンドールが姿を消していた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「おっちゃん、おっちゃん! コレ何? ただのバックじゃないの!?」

「おう、検知不可能拡大呪文が施されている一級品だ!」

「検知不可能拡大呪文?」

 

 二人が慌てふためく頃。

 本通りから外れ『夜の闇横丁』への入り口に近い所に位置する露店に彼の姿があった。

 楽しいこと、面白そうなことに目が無い彼にとって、このダイアゴン横丁は正に宝の山。目移りしながらの移動では人混みの中を真っ直ぐ歩くのは困難であり、気付けばこんな人気の無い所まで足を運んでいた。

 しかもアリィは迷子になっていることに気付いていない。

 

 一方その頃。

 

 《アリィ!? どこにいるの、アリィ!?》

 《ちぃとばかし落ち着かんかハリー!》

 《落ち着いてなんかいられないよハグリット!? こんな時、絶対にアリィはトラブルを起こすんだ! アリィ、アァァァァァリィィィィッ!?》

 《落ち着けハリー! そのツボの中にアリィはおらんっ!?》

 

 キャラ崩壊寸前の姿が世間に晒されていた。

 ちなみに彼が訊ねた呪文は『物の外側の大きさを変化させずに内側だけを拡大する』というもので、要するにどんなものでも某猫型ロボットのポケットに早変わりさせてしまうという、数ある呪文の中でも成功が難しいタイプの呪文である。

 

「これってどのくらい入る?」

 

 そんな親友の奇行を知らない彼は暢気に交渉を始めている。数分の世間話をした上でちょっとした物置くらいの量が入ると聞かされ、アリィの心は決まった。

 

「買った! おっちゃん、いくら?」

 

 効果を聞いて即決する。

 ショルダーバックの口の大きさ以上のモノは入れられないという縛りはあるものの、有用さはデメリットを抑えて余りある。

 外出時に様々なものを持ち運んでいるアリィにとって、コレは夢のアイテムと言っても過言ではない代物だった。

 

「25ガリオンと7シックル! ……っていう所だが、サービスだ。24ガリオンで良いぞ坊主」

「……ガリオン?」

「なんだ坊主、もしかしてマグル出身者か?」

「今朝方に魔法界入りしたばっか。両親は魔法使いらしいけど」

 

 荒くれ者や危険な輩が集まる無法地帯に近い場所に店を構えている癖に、この店主はそれなりに優しいのか値引きしてくれるだけでなく、通貨についても優しく教えてくれる。

 魔法界の通貨は銅貨=クヌート、銀貨=シックル、金貨=ガリオンの順に通貨価値が上がり、日本円に換算すると、それぞれが2円、64円、870円となる。

 つまりあのショルダーバッグは日本円で2万円ちょっとの買い物ということだ。効果を考えればかなり破格の親切設定。

 子供などカモなだけだが、この店主は真っ当に稼いでいるようだ。

 

「分かった! 今日中にまた買いに来るから売っちゃダメだよ」

「おう、待ってるぜ――」

「スリだぁああ!」

「誰かその馬鹿を捕まえろー!」

 

 売買交渉を成立させて握手をする寸前、彼等の行為は慌ただしく細道に入ってきた複数の人物によって遮られる。

 ボロボロのローブを着込む男を追いかけるのは、同じ顔をした赤毛の二人組。外見年齢がアリィより五・六歳ほど上の双子は、鬼のような怒りの形相で目の前の不届き者を追いかけていた。

 その先に、見た目が幼い子供が面白そうに顔を歪めていることも知らずに。

 

「ほいっ!」

「ぐわ……っ!?」

 

 突き飛ばされる前に自ら体当たりを食らわすアリィのアクティブ性に露天商が驚くのも束の間、腰に頭突きを食らった盗人はアリィ共々倒れこむ。

 雑貨品が並ぶ露天や驚く店主を巻き込む形で。

 

「「頭突きをかます方向逆だろっ!?」」

 

 双子のツッコミはガシャーンッという金属音が響いたことで彼等の耳に届かなかった。

 錆防止の魔法が掛けられた皿が宙を舞い、籠に纏められていた沢山の『思い出し玉』が地面を転がる。

 もみくちゃの阿鼻叫喚な光景が目の前で繰り広げられ、双子が追いついた時、

 

「お前等動くなぁあ! 動いたらこのガキの命は無いぞっ!」

「……あれ?」

 

 背後から腰を掴まれ、後頭部に杖を突きつけられているアリィの姿があった。

 その卑怯な振る舞いを見て双子が憤る。店主もぶつかった衝撃で気絶していなければ罵倒していただろう。

 

「クソッ!そんな子供を人質にするなんて卑怯だぞ盗人!」

「俺の財布をパクるだけじゃなく子供まで人質にするなんて不貞ェ野郎だ!」

 

 逃走劇は硬直状態に陥った。

 それ以上前に進めず唇を噛み締める双子に意地の悪い笑みを見せ、盗人はゆっくりジリジリと後ずさる。

 これで逃げ切れる。そう信じて已まない醜悪な心が見え隠れする。しかし彼の不運は、人質に最悪な問題児を選んでしまったことに尽きた。

 

「おっちゃん、もしかして今の俺って人質?」

「喋るなクソガキ!」

 

 盗人の過ちは二つ。一つは外見からアリィの年齢を見誤り、このくらいの子供なら人質にされても怯えるだけだと考えたこと。二つ目は――彼の両手を自由にしたままだという、致命的なミス。

 

「そいやっ」

 

 その軽々しい無邪気な声は一触即発のこの場では変に目立っていた。

 双子と盗人が自分達の目の前に放られた異物に注目する。それはパッと見アルミ缶のようで、それにしては半分以下の大きさしかない小さな筒状の物質。

 素早くポシェットから取り出さられて先端のピンを口で抜かれたソレは綺麗な放物線を描き――、

 

「爆発するぞー」

 

 耳栓を着けて固く目を瞑ったアリィの言葉通り、鮮烈な閃光と爆音が細道を包み込んだ。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 盗人が倒れた拍子に地面へ放り出されたアリィは、着ている空色のサマージャケットや裾を何重にも折り畳んだズボンをポンポン掃う。

 やり遂げた感を前面に押し出す彼は、満足そうな顔で両耳から耳栓を抜いた。

 

「いやー、備えあれば憂い無し。持ってて良かった音響爆弾」

 

 フラッシュバンと呼ばれる手榴弾の一種。それがこの惨状を生んだ原因の名だ。

 外出する際には護身用として常に携帯しているアリィ印の改造爆弾。その圧倒的な光と音は近くにいる者を例外無く昏倒させる。

 改良に改良を重ね、障害は残らないまでも高確率で半径五メートル以内の人物を気絶させる試作品の成果に満足し、大仰に頷いた。

 

「えーっと、これかな?」

 

 白目を剥いている盗人の服から財布を取り出し、それを同じく白目を剥いて倒れている双子の片割れの側に置く。

 良いことをした後は気持ち良い。清々しく汗を拭うその姿を見たら、あの苦労人の少年はどう思うのだろうか。

 きっと溜め息を吐くか引き攣った笑みを浮かべるに違いない。

 そして天の采配か、件の少年が姿を表した。

 

「やっぱり!? 何で毎回毎回アリィってばトラブルを招き寄せるの!?」

「うーむ、まさかハリーの言った通りだとは……」

 

 大きい音がした所に高確率で奴はいる。そう説明されながら探し回り、目撃情報と大きな爆音を元に漸く見つければこの有様。

 疑っていたハグリットも認めざるを得ない。アルフィー・グリフィンドールは正真正銘のトラブルメーカーなのだと。

 

「アリィ、いったいここで何があったんだ? 何でウィーズリー家の悪ガキ共が気絶しちょる?」

「スリ。双子憤慨。盗人の攻撃魔法が不発?」

「……見たところ『姿現し』も出来ん程の力量しか持たんようだし、魔法が失敗する可能性もあるか。……まあ、あの魔法は難易度が高いから一概にそうとは言えんが……」

 

 簡潔過ぎる説明に納得しようとしているハグリットの横で「嘘だ、絶対嘘だ」とブツブツ呟いているハリーを気にかける者はいなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 魔法界の警察的役割を持つ魔法省の魔法警察部隊に盗人を突き出し、気絶している露天商と双子を彼等に預け、三人は予定通り買い物を再開した。

 グリンゴッツからお金を下ろした後にジェットコースター顔負けのトロッコ運行でハグリットがダウン。ハリーの財産の数倍もの金貨を保有し実は大金持ちだったことが発覚したため、水を得た魚のように衝動買いを始めようとしたトラブルメーカーを抑えるハリーの姿があったりしたが、事態は概ね順調に運んだだろう。

 一人の苦労を代償にして。

 

「あー、やっと終わった。あれ、どしたのハリー?」

「大丈夫、何でもないよ」

 

 マダムマルキンの洋装店で制服の寸法を行っていたアリィは、同じく寸法が終わっていたハリーと、漏れ鍋で復活したハグリットの下に戻って来た。

 ハリーよりも時間が掛かったのは彼の身長が百二十センチにも満たない小柄なものであり、見た目通りの幼さからホグワーツ入学を信じ込ませるのに時間を食ってしまったことに起因した。

 

「そういやハリーの隣で寸法してたのもホグワーツ?」

「みたいだよ」

「へぇー、俺も話したかったなー。何で俺だけ離れ離れにされたんだろ」

「君が僕達と一緒にいると落ち着きが無くて寸法出来なかったからだよ」

 

 話しながらも、途中ではハグリットも会話に交えての買い物は続き、羽ペンや羊皮紙といった筆記用具に、大鍋や秤といった魔法薬キット。そして一番重要な教科書も購入していく。こういう時、大鍋とは便利だ。買い物袋の代わりとして用いることが出来る。

 

 太陽が真上まで昇り、徐々に降下して夕暮れが迫る頃には、彼等の手は荷物で一杯になっていた。

 小さいアリィなど身体全体を使って大鍋を運んでいるようで、端から見てかなりよろけている。

 それを見かねたハグリットが彼の荷物を全て持ち、手持ち無沙汰になったアリィがハリーの買い物品を少し持っていた。

 

「おお、そうだ。一番大事なものを買い忘れとった。杖を買わんとな」

「杖キターーー!」

 

 魔法使いといえば杖。そんなことはマグルだって知っている。

 アリィみたいに大々的に喜びを表していないが、実は内心アリィみたいに叫んでいたのはハリーだけの秘密である。

 三人は早速オリバンダーの杖専門店を訪れた。

 

「遅いよハリー、どんだけ俺を待たせれば気が済むん?」

「文句なら杖に言ってよ」

 

 長時間掛けて杖を選び、禁句さんとの兄弟杖と運命的な出会いを果たしたハリーと違い、アルフィー・グリフィンドールは今から杖を選ぶ。

 ハリーの時を見学していたため今更迷うことは無い。オリバンダー老に言われる前に、彼は利き腕である右手を伸ばした。全てはテンポ重視。

 

「おお、そうだ。そして貴方です、グリフィンドールさん」

 

 今までアリィの存在を忘れたかのようにハリーに付きっ切りだった老人は、何やら懐かしむような眼差しをアリィに向けた。

 

「貴方のご両親がお買い上げになられた杖は、わしにとって最高傑作の一つじゃ」

 

 洋装店でも見た自動巻尺がアリィの右手を測っていく。その間も、オリバンダーの独白は止まらない。

 

「しかし貴方のお爺様の杖はそれすらも凌駕する一品じゃ。あの白い杖はまだお持ちかな?」

「アレだったら――」

「勿論です。ねえ、あるよねアリィ? 僕、君の物置で見た覚えがあるもの! ね、ねっ!?」

 

 まさかそれらしきブツを排水溝の掃除で突っつき棒として使い捨てたとは言えず、必死に誤魔化すハリー。そうしなければ、この天然小僧は素直に捨てたと告げてしまうだろう。ハリー、ナイスフォロー。

 

 ハリーの言葉にオリバンダーは目を見開いた。

 

「なんと勿体無い!? 是非ご自宅に飾られ……いや、もし宜しければわしにお譲りに――」

「あー、爺ちゃんの形見だからダメ」

 

 良いから話を合わせて。というアイコンタクトは長い付き合いなため容易に行える。

 とりあえずアリィは真っ当な理由っぽいことを言って拒否の姿勢を示した。

 形見なら仕方が無いと諦めた老人は早速仕事に取り掛かるが、それはハリーの時のように思い通りとはいかなかった。

 

「ふーむ。貴方もポッターさんと同じで難しい御方のようだ」

 

 通算十七本目の杖を取り上げ、次なる候補に右手を這わせる。

 中々決まらないことに若干の疲れを見せるアリィの瞳は、店の奥に飾られている杖に向けられていた。

 

「ねえ、アレは?」

「……あー、アレは恐らく違うでしょう」

 

 アリィの指差す方向を見て、オリバンダーは即座に可能性を否定する。アレはこの店で一番古い杖の一本。製作者は不明だが、この世に生み出されて数百年。

 ここに来てから一度も持ち主を選んだことの無い気難ししい杖だった。

 だからこそ買い手が付くのを諦め、売り物でありながら守り神のように飾られている。

 オリバンダー曰く変わり者で癖の強い奴。

 そう説明して十八本目の杖を取った時、待ったをかける者がいた。

 

「それだ」

 

 それは、ハリー・ポッター。

 

「ハリー、何か確信でもあるのか?」

 

 何故か自信を持って答えたハリーに訝しげな視線を送るハグリット。

 その眼差しに頷き返して、ハリーはオリバンダーを見た。

 

「多分、アリィの杖はアレです。オリバンダーさん、試すだけ試してみてくれませんか?」

 

 確かに試すのを拒否する必要は無い。オリバンダーの仕事は杖を作り、その持ち主を選ぶことに集約されるのだから。

 杖職人として選ぶ際には最善を尽くす。どうせこの幼い客も選ばれないという固定概念に縛れていたことを老人は恥じた。

 

「紫檀にキメラの鱗、十三センチ。コンパクトかつ強力。さあ、どうぞ」

 

 製造から数百年経っているにも関わらず、その杖に傷や埃は見られない。紫壇の滑らかな手触りを感じると共に、アリィは確信を持った。これなら大丈夫。きっと、だからこそ自分はコレに一目惚れしたのだ。

 

「なんと……っ!? 今まで誰も選ぶことの無かったコイツが、自らの主人を選ぶとは……不思議じゃ。全く持って不思議じゃ」

 

 杖から迸る淡い光がアリィを穏やかに包み込む。その幻想的な光景と大喜びする子供と老人を暫し眺め、ハグリットは隣を見た。

 

「しかしハリー、何でアレがアリィを選ぶと分かっとった?」

「ハグリット、こんな諺があるんでしょ」

 

 その諺とはすなわち『類は友を呼ぶ』。

 まさか無機物にまで適用されるとは思わず、予感めいたものがあったハリーだが、それでも本当にそうなるとは半信半疑だったことを否めない。

 

「……言い得て妙だな」

 

 そしてハグリットもハリーの推測を否定することは無かった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「え、それじゃあ本当にアリィは漏れ鍋に泊まるの?」

「うん。一週間くらいしたら帰るから、ダドリーにもそう言っといて」

 

 買い物も全て終え、今アリィは夕日をバックに漏れ鍋の入り口で二人をお見送りしている最中。

 一緒に帰らない証として、大量にあった荷物は宛がわれた部屋に全て置いてきていた。現在手元にあるのはズボンのベルトに差し込まれている紫壇の杖と、

 

「ハグリットもありがとね、このお守り」

「なーに。今までやれなかったんだ。誕生日プレゼントくらいやらんとな」

 

 この、アリィの右手首に括られている赤いミサンガのような腕飾りの二つのみだ。

 

 本当はハリーのようにフクロウをプレゼントされるはずだったのを断わり、アリィは単独行動の際に目を付けていたお守りを所望していた。

 このお守りは必要以上に動物を寄せ付けない、はっきり言えば嫌われる魔法が込められている。動物好きと言えど、その『好き』が一般人の範疇を超えないアリィにとって、過度な愛情表現は拷問に近い。

 過去に何度か酷い目にあった経験のあるアリィはこの体質をどうにか出来ないかと考え、そして今日、お目当てのモノを見つけたのだ。

 

「しかしまあ、まさかアリィが『動物好かれ(アニメーリス)』だったとはなあ。羨ましいこった」

 

 動物達に異常なまでに好かれる人物のことを魔法界ではそう呼称する。何故そうなるのか具体的な理由は未だ不明のままで、年々その好かれ具合が強くなる傾向が多く、また訓練次第でコントロールが可能となる、魔法生物調教師の中では重宝される才能。

 話を聞いたときにアリィが最初に思い付いたことはフェロモンだった。

 アリィはまだ魔法のこと詳しく知らないため素人考えになるが、個人が持つ魔力に人間が気付かない匂いというか周囲への影響・干渉力があり、それが動物を引き寄せるのではないか、という考えだ。買い物や書店巡りだけでなく新たな興味対象を見つけ、思いを馳せるだけで心が弾んだ。

 

「そんじゃハリーは一週間後に、ハグリットはホグワーツでね」

「おう、待っとるぞ」

「アリィ、絶対に無茶なことはしないで。夜は出歩いちゃダメだよ。衝動買いしたら駄目だからね。怪我するのも無しだよ」

 

 必死な形相で懇願するハリー(世話好きな兄貴分)にアリィ(手間の掛かる弟分)は笑いかける。

 

「分かってるって。それにトラブルなんて早々起きないよ」

(……無い、それは絶対に無い)

(まあ……今日一日見取ったが無理だろうな)

 

 正直とてつもなく不安な訳だがハグリットは明日からホグワーツで仕事。ハリーは夏休みが明けるまでダーズリー家で過ごすようダンブルドアからお達しが着ているため漏れ鍋に残れない。正直、過保護というか心配性なのは自覚しているが、単独行動するなという気持ちが強かった。

 

「じゃあハリー、お土産期待してなよ!」

 

 しかしあんな笑顔を見せられれば『一人で泊まるな』なんて口が裂けても言えやしない。

 

「うん。期待してるよアリィ」

 

 だからハリーは笑顔で別れる。表では再会を楽しみにしている笑顔を貼り付け、裏では冷や汗ダラダラの不安顔を晒しながら。

 空模様はハリーの気持ちとは裏腹に綺麗な夕焼けを映し出していた。

 

 

 

 


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