ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第八話

(何故だ……いったい何がどうなっているッ!?)

 

 彼は今、混乱の極みにあった。

 何十年も機会を待ち、我慢に我慢を重ね、漸くチャンスが巡ってきた。

 これで賤しい穢れた血を排除出来る。ゴースト以下の存在から復活を遂げ、純血の娘を対価に肉体を得る事が出来る。無様に敗北した自分を排し、代わりに覇権を握るつもりでいた。

 しかも現在依り代としている少女から興味深い話を聞いたので、早く目当ての二人と接触したくて仕方がない。

 その壮大な計画のために伝説の部屋を解き放った。

 それなのに、

 

(何故だ、何故バジリスクが何処にもいないッ!?)

 

 それは計画が頓挫しかねない緊急事態だった。あの偉大な先祖が残した怪物がいなくては何もかもが始まらない。

 悪魔のように冷静沈着。自分以上に優れた魔法使いは存在せず、それを証明するように、今まで彼は失敗や挫折というものを知らなかった。

 

 そう、今までは――、

 

(冗談じゃない。こんなことがあってたまるものかッ!)

 

 計画は序盤から狂わされた。しかし、諦める訳にはいかない。まずは早急に消えたバジリスクを探さなくてはならない。

 

(ふざけるなっ、必ず見つけ出してやるッ!)

 

 カビ臭く、汚れてヌメヌメとした床にローファーの靴音が反響する。五十年前の亡霊は憤怒の炎で身を焼かし、秘密の部屋を後にするのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 ドラコの生まれたマルフォイ家は古来より続く純血の一族である。またマグル及びマグル出身の魔法使いを根絶し、世界は魔法族で運営すべきという純血主義を高らかに主張する一族でもあった。

 その純血主義者の中でもリーダー格にあるマルフォイ家の現当主。政財界にも多大な発言力を持つ誇り高い父を、ドラコは幼い頃から尊敬していた。

 多岐に亘る人脈。莫大な資産。また魔法省大臣とも懇意であり、ホグワーツの理事も務めるなど、多くの人からの人望もある。軽く千年以上を遡っても、その身に流れる血は誇り高き魔法族のもの。

 ルシウス・マルフォイは、ドラコにとって正に理想の大人そのものだった。

 将来は父の様に立派な大人になると疑わず、そのための努力も怠った事は無い。その証拠に成績も学年でトップクラスの位置付けにいる。また飛行術にも長けており、高貴な者のたしなみとして常に規則正しい生活を心掛ける。

 文武両道で家柄も良い将来有望な男。それがドラコ・マルフォイという少年である。

 

 だから彼が敬愛する父の邪魔をしないよう努めるのは、おそらく必然だったのだろう。

 

(……そうだ、僕は父上の邪魔をしない。だからアレは仕方のない事なんだ)

 

 これは自己暗示の様に何度も何度も繰り返し言い聞かせてきた言葉だった。そしてその都度ドラコの視線はとある人物に向けられ、視界に収めると同時に、胸がチクリと痛み出す。

 現に今も、隣で一心不乱にテスト用紙へ羽ペンを走らせるアリィを見て、ドラコの心は軋み、悲鳴を上げた。

 

 アルフィー・グリフィンドール。

 去年出来た、ドラコにとっては初めてと言える真の友人。手下みたいな友人はいる。幼い頃から顔見知りだった友人はいる。けれどもそれは何かしらの損得勘定や親の定めたルールに縛れて出来たもので。アリィみたいにごく自然に親しくなり、裏表の無い感情を向けられるのは初めての事だった。

 親しくなったきっかけはルームメイトというただの偶然。そして高貴な者として、無知な少年に教育を施し優秀なスリザリン生に導こうとする義務感。もう殆ど諦めてもいるが、心の奥底では、まだドラコは彼の天災をスリザリン色に染め上げる事を諦めていない。

 彼の家柄とあらゆる分野で発揮される非凡の才、人柄は、友人という観点から見てもマルフォイ家にとっても益に繋がるからだ。

 

(父上はホグワーツに対して何かを企んでいる。それは絶対に間違いない)

 

 この夏、ドラコはアリィに一つの嘘を吐いた。アリィの探しているドビーは、マルフォイ家に仕える屋敷しもべ妖精だからだ。

 アリィからドビーが手紙を封鎖し、しかも彼のせいで魔法省から厳重注意の勧告を食らったと聞き、ドラコは怒り狂いながらドビーを詰問した。

 しかしドビーは『ハリー・ポッターを守るため』とは言っても、何から守るのか、今年学校で何が起こるのかについては頑なに口を閉ざした。

 それは、仕える家に忠誠を誓う屋敷しもべとしてはありえない行動だ。しかしドラコの命令に逆らえる方法が一つだけ存在した。つまりそれは、ドラコ以上に偉い人物から口止めをされている事を意味している。

 

(父上はあの屋敷しもべに、僕に一切の情報を渡すなと命じていたに違いない。だから僕の命令にも抗ってみせた)

 

 元々ドビーを計画に組み込ませたのか、それとも偶然知ってしまったのかは定かではない。

 しかしどちらにしろ、ドビーの情報をアリィに渡す訳にはいかなかった。ドビーはハリーに学校に危機が迫っていると伝えてしまっている。ここでドビーがマルフォイ家のしもべと知れたのなら、彼等はマルフォイ家に少なからず疑いを掛けるだろう。それではルシウス・マルフォイの計画を潰す事に成りかねない。

 だからドラコは敬愛する父親のため、ドビーを秘密にする事に決めた。

 

 それが、友人を裏切る行為だと分かっていても。

 

(くそっ、せめてどんな計画なのかが分かれば誤魔化しも効くかもしれないのにっ)

 

 ドラコは、ドビーがハリーとアリィに接触したことをルシウスに話していなかった。

 その計画がどれだけ重要なものなのか分からないからだ。もし知らせたら、その重要度によっては口封じされる恐れがある。

 父親を支援するのなら包み隠さず話さなければならないが、アリィにも危機が及ぶ可能性があると気付いた途端、父親に打ち明けるという選択を当然のように排除してしまった。

 

(……僕は、いったい何をしたいんだ)

 

 子として父親の計画を成就させてあげたい。しかし父親の計画に触りだけでも気付いた恐れのある人物達について報告出来ずにいる。それがアリィの危機に繋がる恐れがあるのだから。

 また彼を父の手から守るためにもドビーの事を教えられずにいる。――いや、そもそも計画次第では元々アリィにも危機が及ぶかもしれないので、友人を大切に思うのならば父の計画を頓挫させなくてはいけない。

 しかしそれだと家族を裏切る事になる――、

 

 彼の頭の中で思考がくるくる回る。出口の無い袋小路に迷い混む。

 ドラコは家族か友人のどちらか一方を選べず、お伽噺のコウモリの様に中途半端だった。

 

「はい、やめ! 後ろから答案用紙を集めてください」

 

 壇上に上がる教師の声で、ドラコは今が闇の魔術に対する防衛術の授業だったことを思い出した。しかもミニテストの最中だ。

 まあ、元々真剣に取り組む気は無かったので焦りはしないが。当然、答案は見事なまでに真っ白だった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 どうやらテストの結果は想定した水準点を下回ったらしい。眉目秀麗なハンサム顔を歪ませ、今年新しく赴任した教師はスリザリン生――正確には男子達を咎めるように見渡した。

 

「うーん、どうもこのクラスは男子の点数がイマイチですね。これはいただけない」

 

 ギルデロイ・ロックハート。

 それが新しい教師の名であり、今魔法界の話題を総なめにする有名作家の名だ。

 ロックハートは『チッチッチ』と呟きながら人差し指を立て、軽く男子をたしなめる。どのくらい自分の著書を読んでいるかを確かめるテストで、女子と違い殆どの男子が全体の五パーセントも回答出来なかったからだ。

 いちいち芝居が掛かった仕草に、頻繁に魅せるウィンク。その度に女子は熱の篭った眼差しを向けてうっとりし、黄色い悲鳴を上げる。それがまた男子の不快指数を上げる事になるのだが、ロックハートは本気でその事に気付いていない。

 

「ダメですよ男子諸君。しっかり私の本を読んで理解して頂かなくては。授業に支障が出ますからね」

 

 ただの自慢話を授業と呼んで良いのか甚だ疑問だ。喜ぶのはドラコに夢中のパンジーと男子以外のクラスメイトやファンのみ。しかし何事にも例外はある訳で。たった一人。男子で唯一、爽やかなイケメンにキラキラと輝く目を向けている者がいた。

 

「しかし、この男子生徒は素晴らしい! なんと満点です! ははっ、婦女子の方々だけでなく男子まで虜にしてしまうとは。私も罪作りな男のようだ」

 

 ファンの女子を差し置いての満点。そんなことを出来るのは一人しかいない。名前はまだ明かされていないが、こんな部分でも優秀な天災に皆の視線が集まった。

 

「唯一の満点! ミスター・アルフィー・グリフィンドールはどこにいますか!?」

「はいはいはい! ここにいまーす!」

 

 席を立ち、天井めがけて右手を上げるアリィに、ロックハートは柔らかなスマイルを向けた。

 満点を取ったのはこれで二人目。しかもこの回答は『八ページの五行目に書いてあった』というようにページと行数まで正確に書かれ、最終問題の『バンパイアとバッチリ船旅を読んだ感想を書きなさい』では、なんと表面だけでは足らず裏面にまで感想文が続いている。

 先日満点を取ったハーマイオニーのものとはテスト内容が違うものの、おそらく彼女以上に完璧な回答なのは見て明らかだ。

 その分、他の男子が不甲斐ないのも合わさり、ロックハートの喜びは大きい。まさかここまで自分の本を熟読してくれていようとは夢にも思わない。

 

「満点以上の回答でした! スリザリンは二十点獲得です! そしてミスター・グリフィンドールにはご褒美に私のサイン付きブロマイドを……おや、もしかして君はハリーと一緒に書店に来ていた子供では?」

「あ、やっと思い出したか。先生ってば気付くの遅すぎ!」

 

 アリィは客として、ロックハートは主役として、書店でのサイン会で会合を果たしている。その際ロックハートは壇上にハリーを上げて一緒に写真撮影に興じたり、客として訪れたアーサーとルシウスが喧嘩をしてハグリッドに仲裁されるという事件も目撃した。

 共に印象深い事件であり常にその中心にいた事から、ロックハートはアリィにも見覚えがあったのだ。

 

 ロックハートは生来の目立ちたがり屋であり、周囲から一目置かれチヤホヤされる事を好む。自身の冒険譚を本にしたのも注目を浴びたいからで、ホグワーツの教師を引き受けたのも、あのハリー・ポッターを教え子に持つのは箔が付く。もしくは彼と一緒にいることでより有名になれると考えたからだ。

 そんな彼が、アリィのファミリーネームに反応しない筈がない。

 

「ややっ! しかも君の名はグリフィンドール!?」

「そう! アルフィー・グリフィンドール。アリィで良いよ。得意な教科は薬草と魔法薬学! あと変身術や呪文学も結構得意! よろしく先生!」

 

 いきなり自己紹介を始めたアリィは教科書を購入以来、見事にロックハートのファンと化していた。ナルシス先生というのも彼なりに考えた親しみを持って呼べるあだ名だ。

 彼は愉快で摩訶不思議な事が大好物。おまけに根っからの遊びと悪戯好きで、常に少年の心を忘れない(現在進行形で少年なのだが)。

 その才能――というより存在自体が非常識の塊だが、性格に関しては年頃の元気一杯な好奇心旺盛の子供と変わらない。

 だからだ。アリィはロックハートの体験した冒険の数々に並々ならぬ関心を懐いていた。

 特にお気に入りなのが先程話題に出た『バンパイアとバッチリ船旅』である。

 

「船酔いするバンパイアをワインで酔わせて船酔いを忘れさせるとかナイスなアイデアっ! しかも途中で海蛇竜(シーサーペント)を撃退したとかカッコ良すぎる!」

 

 危険な魔法生物を魔法で撃退するなど少年少女が夢見る英雄譚。憧れ以外のなにものでもない。

 ドラコが直視出来ないほど瞳をキラキラさせているアリィに、ロックハートは鼻を伸ばし、得意気に笑い声を響かせた。

 

「ええ、ええっ! そうですとも! あの海蛇竜は結構な大物でしたが、私の手に掛かればどうってことありません!」

「この前はピクシーの捕獲に失敗したらしいのに土壇場で実力を発揮するなんてっ! よっ、この主人公体質!」

「え……ま、まあ、その通りですね! たまに自分の才能が怖くなります!」

 

 アリィの天然にロックハートは頬を引き攣らせるが、直ぐにその強張りは甘い微笑みに掻き消される。数日前のグリフィンドールでの授業で起きた失態は、彼にとって一刻も早く忘れ去りたい事実だ。

 

 だからロックハートは内心の動揺を上手く隠し、さりげなく話題を逸らすことにした。

 

「ではっ、授業の助手は是非アリィに頼むとしましょう」

「おっしゃ、任せとけ!」

 

 机を跳ね除ける勢いで意気揚々と立ち上がり、女子と男子それぞれから羨望と呆れた視線を向けられるアリィ。このあと彼は残り時間の間、見事に海蛇竜の役を務めきり、ロックハートが退治した時の状況を再現するのに貢献する。

 興味の無い者にとってはとことん無駄な時間だったが、アリィは勿論楽しみつつ、そして授業内容に安心しながら、金曜最後の授業を終えるのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 新学期初めての休日はアリィにとって実に有意義な日となった。ご飯の時以外は部屋に篭り、ハロウィンに向けて必要な本に読み耽り十二時間。なにせ食事中も本を手放さなかったのだから実に勉強熱心だ。

 今も夕食から部屋に戻ってきて尚、新学期の初日にハグリッドの所から戻ってきたグレートポチ太郎にもたれ掛かりながら『ドラゴンになりたかった私』という、一人のドラゴンマニアの著書を読んでいる。

 

 ドラコの姿は無い。彼は十八時頃に食事をしたその足で、パンジーに連れられて夜の散歩デートに付き合わされている。助けを求めても誰も視線を合わせてくれず、それ所か爆発しろの一言と共に糞爆弾を 投げられる始末。着々と苦労人の道を歩みつつあった。

 

 ルームメイトが不在の中、アリィは紅茶を飲みつつページを捲る。ポチ太郎はアリィの背もたれになりながら眠そうに三頭揃って欠伸をし、そして愛犬の寝床であるクッション置場の直ぐ横、完全防音対策の取られた箱の中から、体長八十センチの蛇が顔を覗かせた。

 アリィの新しい家族。バジリスクの伝次郎・ザ・ダークボンバーである。

 

『アリィ、いったい何で朝からそんなに本を読んでいるの?』

 

 舌をチロチロ、シューシューという音を漏らし、伝次郎が問い掛ける。手元まで這ってきた伝次郎の頭を指の腹で撫でながら、アリィは新たにページを捲った。

 視線は本から離れない。

 

「ハロウィンのイベントに向けて勉強中。ちょっと早いかもだけど、去年は出られなかったから気合いを入れようと思って」

『えっ、もしかして悪戯? もうやらないようハーちゃんに言われたって、君自身が僕に教えてくれたじゃないか』

 

 去年にあったイベントや事件の数々は既に教えてもらっている。ちなみに伝次郎は誰かの名前を呼ぶ時は君/ちゃんで呼称するのだが、ハーマイオニーだけは『ハーさんちゃん』だと言い難いので縮めて呼ぶ事にしていた。

 

『あの笑顔が怖いって言っていたのに』

「禁止されたのはお菓子を使った大々的な悪戯。なら食べ物を使わなきゃ良いんだよ」

『そんな屁理屈が通用する相手じゃないだろうに……』

 

 説教地獄を味わう姿が目に浮かぶ。まだ伝次郎はアリィを除けばドラコとしか面識は無いが、彼の苦労っぷりを見るに自分のご主人様は色んな人に苦労を掛けていそうだ、と思うのに一切の迷いが無かった。

 まだ見ぬ苦労人達に黙祷を捧げていると、アリィは千ページにも及ぶ分厚い本を読み終わったのかパタンっと閉じ、大きく伸びをして固まった筋肉をほぐす。

 首をコキコキ鳴らしながら杖を一振り。空になったカップとティーポットは洗浄魔法で清められ、デスクの上にちょこんと移動した。

 

『ハーちゃんに怒られても知らないからね』

「怒られる訳ないって。折角出来た後輩の歓迎も兼ねてるんだからさ。それにジニーも元気になるかもしんないし」

『ジニー?』

 

 その名前には聞き覚えがあった。夏休みの話を聴いていた時に頻繁に出てきた名前だからだ。

 

「なーんか最近元気無いんだよね。ボーッとしてたり顔色悪かったり。……ホームシック?」

 

 アリィの中のジニーは活発で恥ずかしがり屋な少女。あの双子の妹なだけあり普段は溌剌としているが、ハリーを前にすると途端に赤面して何も手に付かなくなる。

 ハリー関連で悩むことがありその都度相談に乗っていたが、それでもあそこまで元気が無いのを見るのは初めてだ。

 

「これでも相談役で一歳年上。年長者として元気に……そうだっ!」

 

 何かに閃いたアリィは早速準備に取り掛かる。ベッド脇に放りっぱなしのショルダーバッグを襷掛けにし、中身を確認。必要な物が入っている事を確かめてから『留守番よろしく』とポチ太郎の頭をそれぞれ撫でた。

 

『どこかに行くの?』

「気になるならこっちから出向いて訊けば良いんだ。今日は副校長も出張らしいからバレる心配も無い!」

 

 料理クラブの件で相談に行った時、マクゴナガル自身から今日の夜と明日の午前中は不在であることを告げられている。ロックハートに頼む時は彼女も同席したいらしく。そのため土日は止めてくれと懇願されたからだ。

 つまり今日なら堂々と談話室まで降りる事が出来る。

 

『ふーん、なるほど。じゃあ頑張って役に立ってきなね』

「何言ってんだか。伝次郎も行くんだよ」

『はぁっ!?』

 

 伝次郎の何言ってんだコイツという視線は、全く同質の視線で返される。首を傾げるアリィは、さも当然のように言った。

 

「ついでだし伝次郎もハリー達に顔見せしとこう。ハリーも伝次郎を見たがってたし、伝次郎だってハリーに会いたいって言ってたじゃん」

『いや、確かにそうだけどっ!』

 

 一人ならともかく多くの人に見られるのはまずい展開だ。伝次郎はバジリスク。明るみになれば大問題になる種族。

 特にバジリスクの雄は頭の部分に鶏の羽を持つため、生態にちょっとでも詳しい人がいれば直ぐにバレてしまう。

 羽については記す著書があったり無かったりとマイナーな知識なのだが、それでも知っている人は知っている。ハグリッドや魔法生物飼育学の教授は確実に知っている事だろう。

 

 そう急いで指摘すると、アリィは盛大な舌打ちをかまし――そして直ぐ笑顔になる。

 

「よし、じゃあその羽を毟ろう」

『馬鹿じゃないの!?』

「む……あっ、良いこと思い付いた!」

 

 思わず叫んでしまった伝次郎の見る前で、なにやらアリィはベルトの工具セットの中から折り畳み式のナイフを取りだし、それでベッドシーツの端を引き裂いていく。学校の屋敷しもべ妖精が翌日には新品と取り替えてくれるとはいえ、なんと勿体ないことだろう。

 いきなりの奇行に伝次郎が唖然とする中、縦二センチ、横五十センチに裂いたシーツに接着剤を塗りながら蛇がとぐろを巻くように重ねていく。その瞬間接着剤が乾く前に、重ねた下の方の隙間にウェクロマンチュラの極細ロープを挿し込み、反対側に突き出させ、あとは接着剤が乾くのを待てば完成。

 これは誰がどう見ても――、

 

『ターバン?』

「そ、これなら羽を隠せるでしょ」

 

 早速ターバンを伝次郎の頭の上に乗せ、顎の下でロープを結んで固定。途端にアリィは楽しそうにとケラケラ笑う。

 バジリスクの顔がドラゴンと見間違うほど精悍なため、そのターバン姿というのが妙にコミカルでツボに入った。

 

「ほら、これなら大丈夫でしょ。行くよ伝次郎」

『えーっと、どうしても?』

「もち」

『心変わりは?』

「ある訳ない」

『……………………ハァ、しょうがないなぁ』

 

 根負けした伝次郎はスルスルとアリィの足に絡み付き、そのまま足を伝って身体に巻き付く。アリィはローブの中に隠れたのを確認してから部屋を出て、数分後には城の外へと飛び出していた。

 そしてバッグの中から毎度お馴染み双子座を装着。グリフィンドール寮のある背の高い東塔まで一っ飛び。双子座を製作してから使用頻度が激減してしまったワイヤーガンである。

 幸い誰にも見られることなくアリィはハリーの部屋へと辿り着き、窓を開けた。予告無しにアリィが来ても大丈夫なように、ハリーは常に鍵を開けっぱなしにしているのだ。

 

「ハリー! 遊びに……ありゃ?」

 

 部屋には誰もいなかった。

 ハリーやロンがいないことは今までにも何度かあったが、他のルームメイトも含めて全員がいないのは初めてのこと。少し面を食らう。しかしこれはある意味アリィにとって好都合な展開である。

 

「いやー、誰もいないのかー、じゃあ探しに行かないとダメだよなー」

 

 アリィは白々しい台詞を吐いていそいそと、そしてワクワクしながら部屋を出て、階段を降り、寄り道せずに談話室を目指す。

 暖かい真紅の部屋に入室すると、そこには多くの獅子寮生が集まって各々楽に過ごしていた。その中の一団。部屋の隅のテーブルを陣取る男女の方に向かう。

 アリィの登場に気付いて皆が騒ぎ出すのと、アリィが彼等に話し掛けたのは全くの同時だった。

 

「よっ、ロン。あとハーさんも」

「アリィっ!?」

「あなたっ、いったいどこから来たの!?」

 

 驚いたのは宿題をしていた二人だけではない。パーバティ・パチルやラベンダー・ブラウンと雑談に興じていたネビル・ロングボトム、シェーマス・フィネガン、ディーン・トーマスの五人。友人らしき人物と課題を見せ合っていたパーシー。アリィを知る二年生以上の生徒全員が驚き、直ぐに詰め寄ってきた。

 驚愕と歓迎の入り雑じった声を全身に浴びてもみくちゃにされるアリィ。しかし寮監の留守を預かる監督生としての誇りか、ある程度落ち着くとパーシーが代表して口を開いた。

 

「それで、君は遊びに来たのかい?」

「まあそんなとこ。ほら、今日は副校長もいないんでしょ」

「……まったく、君って子は……」

 

 パーシーは双子以上に言う事を聞かない頑固者に溜め息を吐いた。

 ホグワーツには他寮に入ることを禁止する校則は存在しない。しかし頻繁に訪れるのを推奨されていないのも事実で、他寮の者に合言葉を教えるのは禁止されている。

 推奨されていないのは、寮の談話室というのはその寮生が何者にも憚れず語らうための場。他寮の者には聞かせられない秘密ごとや、クィディッチの代表選手達等が頻繁にミーティングを行っているからだ。

 故に無闇矢鱈と出入りしないのがエチケット、暗黙の了解と化している。

 合言葉云々は単に寮の防衛問題や私物の盗難防止対策として定められたことだった。容易く窓から侵入出来る時点で甘いとしか言いようが無いのだが。

 

 そして以前アリィが訪れた時は、マクゴナガルにやんわりと小言を貰ってしまった。だから彼はマクゴナガルのいない時を狙い、堂々と談話室に下りてきたのだ。

 彼を一年以上も見てきた人達は、アリィが無闇に人の秘密をバラしたりせず、人との約束はきちんと守ることをなんとなく察しているため、そこまで問題視する者は一人もいない。

 アリィは愉快犯であっても本当の意味で人を傷付ける事は絶対にしないと皆が知っているからだ。

 

「……分かった。僕は何も見なかった。でもアリィ、監督生として忠告する。絶対に馬鹿騒ぎをして出禁になるような事はしないでくれ」

 

 パーシーはそれだけ言うと自室に戻っていく。ただその際、ミス・ストッパーに意味深な視線を送り、彼女がしっかりと頷いたのに、アリィ以外の全員が気付いていた。

 

 一度アリィと挨拶を交わした者は元の場所に戻って雑談を再開させる。この場に残ったのはネビル達五人だけだった。

 

「ねえ、そういやハリーは?」

「クィディッチの練習。……あー、でもスネイプの奴! 本当に腹立つ!」

 

 ロンはそう憤ると机を叩き、その拍子に積み上げていた羊皮紙三巻きがパサパサと落ちる。ハーマイオニーの咎める視線に狼狽しながら即座に謝罪し、事情を知らないネビル達も挙って知りたそうな目を向けていた。

 

 その話を要約すると、ようはまた寮同士の争い事だ。

 グリフィンドールが朝からクィディッチ競技場を予約していたのにスリザリンが乱入。獅子寮は早い者勝ちを主張し、蛇寮は教師からの練習許可証を主張。

 手を出すのも時間の問題と思われるほど口喧嘩が白熱したところで、練習を見にきたスネイプが乱入。問答無用で獅子寮を言いくるめたらしい。

 お陰で彼等はスリザリンが練習を終えた夕方からしか練習が出来ず、もう十九時を回って外も暗いのに、まだ練習を続けているのだ。

 この話には獅子寮生全員が憤った。

 

「おぉ、流石寮監。容赦が無い」

 

 だからハリーだけでなく双子もいないのかと納得し、そしてアリィはシャツの上を這いずり回る感触で伝次郎の事を思い出した。

 さあ、ついに御対面である。

 

「しゃーない。じゃあとりあえず皆にお披露目といきますか」

「お披露目? アリィ、いったい――キャッ!?」

 

 ハーマイオニーの言葉は自身の悲鳴で中断される。直後、アリィの首元から 飛び出た蛇に、ロン達の驚きと悲鳴が迸った。

 

「名前は伝次郎。ポチ太郎ともどもよろしく」

 

 ロン達は最初こそ驚いたものの、今では全身を現してテーブル上でとぐろを巻く伝次郎を興味深そうに観察し、そして女子三人はすぐさまテーブルから距離を取った。魔法薬の材料ならまだしも生きた蛇は苦手らしい。

 ネビルは初めオドオドしていたが、今はもうロン達と一緒に背を撫でるほど慣れている。

 

「アリィ、これが君の言っていた蛇なの?」

「そうだよロン。どうよ、伝次郎の姿は」

「カッケー!」

「ターバンが最高!」

「う、うわぁっ、鱗の手触りが凄い」

 

 称賛するシェーマス達の声が呼び水となり、人はどんどん集まってくる。反対に女子は自室に避難したり壁際に下がる者も出てくるが、伝次郎が大人しくされるがままになっているのを見ると、怖いもの見たさで近寄る者もチラホラ出てきた。ハーマイオニーなんかがそうだ。

 一躍人気者になった伝次郎に満足し、彼の戸惑う声に笑いながら、アリィは周囲を見渡し――暖炉前の椅子に座っているジニーを発見する。

 こちらからでは背後しか見られないが、どうやらアリィの登場にも気付いた様子は無い。とんでもなく重症だ。

 

「ジニー」

「え? ………………きゃっ、アリィっ!?」

 

 急に肩を叩かれたジニーは驚愕した。そして漸く談話室の騒ぎを認識し、どれだけ考え事をしていたのかを察し、羞恥で顔がカアーッと赤く染まる。

 至近距離で見れば直ぐに分かる。ジニーには疲労の色が濃く見れた。

 

「あ、アリィ……いったいどうしたの? あと、その、良いの? 談話室に入ってきちゃって」

「良いんだよそんなの。あと俺が来たのはジニーに会うため」

「……あたしに?」

「そ。ジニーの相談に乗りに来た」

 

 平然と言ってのけたアリィにジニーは吃驚した。

 知られている。しかし、相談したら迷惑では無かろうか。そう思うと言葉が出なくなるジニーに、アリィは気を使っても無駄だと笑いかける。

 

「散々相談に乗ってきたんだから話しなよ、水くさい。俺はジニーの相談役第一号だぞ」

「――そうね、じゃあ第二号にも話してくれる?」

「……ハーマイオニー」

 

 伝次郎を取り巻く一団から離れて来たハーマイオニーを見て、ジニーの瞳が潤んだ。

 家族には相談出来なかった。心配させたくなかったのもあるが、生活環境が変わって直ぐに調子を崩す弱い子供と思われたく無かったからだ。

 よってコレは一人で解決しようと思っていたが、その過ちに漸く気付かされるジニー。

 一人で抱え込んでも良いことなど少ないのだ。

 だからジニーは頼りになる相談役と新しく出来た姉貴分に相談する事を決意した。

 

「あのね……最近、あたしってば変なの。……たまにボーッとすることがあるし、ここのところ体調も良くなくて。それに……記憶が無い時があるの」

「記憶?」

 

 アリィの疑問にジニーは小さく首肯し、震え出す。

 自分が何をしていたのかを思い出せない時が度々あった。それはほんの数分という程度だったが、問題は二日前の早朝だ。

 ベッドで寝ていたはずが気付いた時には身体中が汚水と汚れだらけで、ルームメイトが起きる前にシャワーを浴びて事なきを得た。

 しかしそれ以来、ジニーは自分の身に起きている異常をより真剣に心配し始める。

 話し終え、三人は沈黙した。他が騒がしい分、余計沈黙が目立つ。しばらくした後、真っ先に口を開いたのはアリィだった。

 

「ハーさん、どう思う?」

「錯乱呪文が一番怪しいと思うけど、ジニーにそんなことをする理由が見当たらないわ」

「だよねー」

 

 他にも二人は悪戯道具や魔法薬の可能性も検討するがどうもしっくりこない。しかしジニーに異常が起きているのは事実であり、そうなると彼女の身の回りのものが原因である可能性が高いという結論に落ち着く。友人も含めてだ。

 

「ジニー、なんか原因っぽいのに心当たり無い? なんかこう、怪しい物とかさ」

「どんなことでも良いの。あと貴女と一番仲が良い人が誰なのかも教えてちょうだい」

「物……仲の良い人……あっ」

 

 思い付くものがあった。奇しくもそれは両方に当てはまる物だった。目の色を変えたジニーを見て、二人の目がキュピーンと光る。

 

「ほほう」

「心当たりがあるのね」

「で、でもッ、アレは違うわっ。だってママが用意してくれた本の中にあったんだものっ」

 

 それは知らずの内に手に入れていた本だった。教科書に混じっていた日記帳。折角なので日記を付けようと文字を書いたら、即座に日記帳自身から返事がきて、とてもとても驚いた事を昨日のように思い出せる。

 それ以来、ジニーと日記帳の密かな交友が始まった。

 

「ジニー、その心当たりを見せてちょうだい」

「そうそう。双子ほどじゃないけどさ、俺もちょっとは道具の解析ぐらい出来るかもよ」

「……………………分かったわ」

 

 結局、ジニーは折れる事にして、直ぐに持ってくるため自室に戻る。

 その日記帳がアリィに会いたがっていたというのもあるが、その日記帳と話すことで彼の優しさと安全性を知ってもらいたかったからだ。

 そして急いでいたのと、心配事を打ち明けた事で心が楽になっていた事からか、ジニーは気が抜けて日記帳に同意を得るのを忘れてしまう。

 

 

 

 ――これが自身の命運を分ける事になるとも知らずに。

 

 

 

「でも何なんだろーなー、ジニーが持ってくる……ん?」

 

 何やら耳に届いたざわめきに背後を振り向くアリィ。ちょうどそこには左右に割れた人壁から出てくる伝次郎の姿が見えた。どうやら流石に疲れ、アリィの元へ避難したいらしい。

 

 そして丁度ジニーが談話室に戻ってきたのと、階段前を伝次郎が横切るのは同時だった。結果、

 

「キャアッ!?」

 

 可愛らしい悲鳴を上げたジニーは蛇に驚き、盛大な尻餅を着いてしまう。その拍子に黒革の古い日記帳が宙を舞い、偶然にも伝次郎の前に落下した。

 

『うわっ、ごめんね。お嬢さん』

 

 驚かしてしまった罪悪感から伝次郎は日記帳を拾い、ジニーに渡そうと背後を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――さて、ここで思い出さなければならないのは、伝次郎が『毒蛇の王』の異名を持つバジリスクだということだ。

 魔眼に埋もれがちだがその牙に宿す猛毒は相当なもの。一種の呪いにも似た強力な猛毒は数多の生物だけでなく、物や魂さえも犯し、殺す。強大な魔力を帯びた呪毒。

 そして腕を持たない伝次郎は必然的に口で噛むしか物を持てず、しかも日記帳は意外と重たかった。

 だからこの小さな身体にまだ慣れておらず力配分を誤り、必要以上に力を加えてしまった彼を誰れが責められようか。

 

 そしてハードカバーを貫通し、鋭利な牙が古ぼけたページに食い込んだ瞬間、

 

 

 

 

 ――――ギャアアアアァアアアァアアアーーーッ!?

 

 

 

 耳をつんざく絶叫が木霊し、噴水の如く逆流したインクが四方八方にバラ撒かれた。

 

 

 




反響が怖くてビクビクしています。ちょっとは皆様の予想を裏切れたでしょうか。
もし今後の展開に不安を懐く方がいらっしゃいましたら、活動報告のあとがきをご覧ください。
少しでも不安を解消出来たら嬉しいです。

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