まだ夏の残暑が厳しく、九月一日を迎えても太陽は一向に衰えを見せなかった。どこまでも抜ける青い空には雲一つ見当たらず、燦々と太陽が地上を灼熱地獄に変えている。
その暑さは田園地帯を走行するホグワーツ特急の中も変わらず、多くの生徒達が窓を開けて風を取り入れ、上着の袖を捲っていた。もうローブに着替えてしまった者は少し後悔している事だろう。
そして、暑さとは関係無しに冷や汗を垂らしている者達がいた。
「ふむふむ。なーるほど。りょーかい、りょーかい」
「アリィ……ハリーとロンは何て言っているの?」
最後尾に近いコンパートメントの一室で、顔面蒼白のジニーが赤い革表紙の手帳を覗いているアリィに問いかけている。対面に座り、器用に羽ペンをくるくる回してから何かを記帳し始めたアリィの代わりに答えたのは、その彼の左隣で手帳を覗き込んでいたハーマイオニーだ。
「大丈夫よジニー。上手くホグワーツと連絡が着いたみたい」
ホッと胸を撫で下ろしているハーマイオニーに呼応するように、ジニーも深い安堵の息を溢す。小さな手を知らずの内に握りこんでいたらしい。掌に爪の跡が残り肌は白くなっていた。
ジニーはそれほど汽車に乗り遅れたハリーとロンが心配だったのだ。
「な? だから言っただろ、心配しなくても大丈夫だって」
「それで、いったいいつ頃ホグワーツに来れそうなんだ?」
漸く笑顔が戻り始めたジニーに優しい声が掛けられる。彼女の両脇に座る双子は本当に心配していなかったらしく涼しい顔をしていた。フレッドは安心させるために妹の頭を乱暴にこねくり回し、ジョージは先程車内販売で購入した蛙チョコレートを食べさせようとしている。
ついでにアリィも笑い掛け、そしてシナモンクッキーの入った包みをジニーに差し出した。
「ほらジニー、これでも食いなって。――あ、なんか二人ともフルーパウダーで直接ホグワーツに飛んだみたい。もう到着してるってよ」
「でもパーティーの時間までマクゴナガル先生のお部屋で書き取り罰をさせられているみたいなの」
そう付け加えたハーマイオニーも流石に同情を禁じ得なかった。
今から数時間前、キングズ・クロス駅でハリーとロンは汽車に乗り遅れた。原因は不明だがプラットホームへの入り口が二人を――正確にはハリーに対してだが、とにかく急に入り口が閉じて通行止めを食らったため、最後尾を走っていたロン共々取り残されてしまった。その事を彼等はハリーに渡してあった新しいモノマネ本から聞き及んでいる。
そこで二人は冷静にもアリィ達に状況を説明しつつウィーズリー家の改造車の前で待ち続け、二人の存在に驚くウィーズリー夫妻と合流。乗り遅れた事情を説明した途端、アーサーは人目につかない場所に移動してから呪文で銀色に光るイタチを創造し、ホグワーツに飛ばしたそうだ。
その返事が着たのが二時間後、つまり今から三十分前だ。そして二人はもう既に漏れ鍋からホグワーツのグリフィンドール寮――寮監部屋に飛び、マクゴナガルから小言を貰った後、『遅刻はダメ』という単語を何百何千と書かされている。
ちなみに今はお手洗いと偽り、男子トイレでハリーとロンがモノマネ本に書き込んでいた。
『僕達のせいじゃないのに遅刻の罰なんてあんまりだ!』と、見開きページ一杯に書かれた文字が二人の心境を物語っている。文字の荒々しさと筆圧の濃さから判断するに相当頭にきているらしい。
そのことをアリィとハーマイオニーから聞かされ、流石の双子も気の利いた冗談も出てこない。
「……二人は運が無かったな。きっと生徒への見せしめの意味もあるんだぜ」
「そりゃあな。出入口の設定ミスに巻き込まれただけでコレだろ? 本当にただの遅刻なら書き取り罰じゃ済まないぜ、きっと」
双子、そしてアリィとハーマイオニーは、この不可解な現象をドビーの告げた『恐ろしい罠』の一種ではないのかと疑うが、ここには事情を知らない者もいるので迂闊に口に出せない。そのことを話せばジニーを怖がらせてしまうからだ。
そこでわざと設定ミスと言って誤魔化すが、その二人の言葉に頷いたのはパーシーただ一人のみ。
「おそらくパーティーも不参加。それに数回に亘る罰則が妥当だろうな。少なくとも僕ならそうする」
「おや、パース。いったいいつから教師になったんだ?」
「はっはーん。さてはもう監督生の権力じゃ物足りなくなったな」
「茶化すな、 僕は真面目に考えているんだぞ!」
――そして三人の意見は的を射ていた。
この遅刻騒動を聞き付け、来年はわざと汽車に乗り遅れて学校に早く着きたいと考える輩が出るかもしれない。それを防止する上で、過失の無い二人にも罰が与えられているのだ。
現にマクゴナガルは二人の罰を監督する傍ら、来年以降の始業式の遅刻に関する罰則について書類を製作している最中である。
「でもまあ、二人とも無事に着けて良かったじゃないか……書き取りの罰はあるけど」
そう苦笑したパーシーは席を立つと、知り合いを探してコンパートメントから退室する。二人の経緯が気になり一緒にいたが、もうその必要も無くなったからだ。
その嬉しそうに立つ仕草と微かに弛んだ表情から、知り合い=女子だと見抜いたのがハーマイオニーだけだったのは、彼にとって幸運だったに違いない。
「そんじゃ俺らもリーを探しに行きますか」
「アリィはどうする?」
「ん。後で顔出す」
そして双子も退室する。後には人心地ついたジニーに、モノマネ本の換わりに別の手帳を出すアリィ。そしてギルデロイ・ロックハート著『私はマジックだ』を開きだしたハーマイオニーだけが残される。ダイアゴン横町で行われた彼のサイン会で入手したものだ。そしていざ読み始めようと栞を取った所で、
「ハーさん、今のうちに料理クラブの打ち合わせしちゃわない?」
「…………そうね。折角だし」
ハーマイオニーは名残惜しそうに本を一瞥してからアリィと向き合う。その返答する間に様々な葛藤があったのだろうが、結局は打ち合わせを優先した。
主な内容は今後の部員数と勧誘活動についてだ。
「ジェニファーとメアリーが卒業したから、今は俺達も会わせて十八人。そんで、五年と七年が全部で五人」
「つまり今年は、毎回参加するのは十人前後ってところなのね」
五年と七年はそれぞれ大事な試験が控えているため出席率が悪い。そのため購入した食材を余らせ、ホグワーツの厨房行きになってしまうケースが度々発生していた。それに調理室はそれなりに広いため、どうせならもう少し部員が欲しいと考えてしまうのは、欲張りなのだろうか。
少なくともアリィの指導もだいぶ板に付いてきたので、生徒を増やしてもきちんと指導出来るだろう。そしてそれ以外でも、部員を欲する理由があった。
「どうせなら一回の部活で三十人くらい来てほしいんだよね。だいたい三十人分くらいを一括購入した方が割り引きが利いて丁度良いし、もっと食材を有効活用したい」
「あと寮ごとに連絡係を決めましょう。そっちの方が連絡するのも楽になるし、伝言ゲームみたく変な風に伝わる可能性も低くなるわ」
「それ採用。どうせなら四冊ほどモノマネ本を仕入れるか」
流石は学年成績トップの二人。トントン拍子に話が進んでいく。
このあと二人は後でコンパートメントを回り、ハッフルパフとレイブンクローの部員を一人ずつ見付け、連絡係を作るよう通達することを決める。他にも勧誘方法やポスターのレイアウトなど一通り決めた所で、アリィは蚊帳の外だったジニーの方を振り向いた。
「そうだ! この際だしジニーも料理クラブに入ろう!」
「えっ?」
急に話を振られたジニーは驚いてしまい、思わずカボチャジュースを取り落としそうになってしまう。慌てて掴み直した時、名案だと頬を綻ばせるハーマイオニーが両手をパンっと打ち鳴らした。
「まあ、名案だわアリィ! ねえジニー、どうかしら」
「えーっと……」
ジニーは料理の経験があまり無かった。精々モリーの手伝いを時々していたくらいだ。それに一年生が学校に慣れるまで苦労するという話を兄達から聞いていたため、果たしてクラブ活動をする余裕があるのかと心配してしまう。
ジニーは即答出来ず、反応が芳しくない。
けれども勧誘モードに入った成績トップ二人組に抜かりはなかった。どう誘えば首を縦に振るかなど、二人の頭脳をもってすれば簡単に答えを導き出せる。
「大丈夫よジニー。毎回じゃなくても良いの。それに寮と学年の壁を越えて友達も出来るわ」
ジニーの両手を握り、友人の少ないジニーに甘い誘惑を持ち掛けるハーマイオニー。勧誘に熱が入っていた。彼女はジニーの意志がぐらついたのを目から読み取る。あとはトドメの殺し文句を言うだけ。
「それに友達が出来さえすれば、一人でご飯を食べる時でも教科書に没頭して、無理やり周囲の楽しそうな声を無視する必要も無くなるわ。部屋でだって女の子らしい恋愛話にごく自然に混ざる事が出来るもの」
――室内にも関わらず、木枯らしが吹いた気がした。
「………………あとは、ほら! 菓子作りがメインだからハリーに渡してアピールできるぞ恋する乙女!」
「あたし、入部するわ!」
「よし、じゃあ早速入部届けを書こう! 直ぐ書こう!」
どうやらハーマイオニーの身を削った体験談は無しにしたらしい。思わぬ自虐発言に困惑したアリィの言葉に、ジニーは間髪容れずに飛び付いた。彼女がテンション高めに入部宣言をしたのも、ハーマイオニーの発言を聞かなかった事にしたい現れである。
その二人のハイテンションぶりに首を傾げるハーマイオニーを視界の隅に追いやり、二人はバッグから取り出した入部届けに色々と記入している。
書き終わるのに五分と掛からない。最後に部長として承認のサインをしてから、アリィはそれを大事にバッグへ仕舞いこんだ。
「おっしゃ、これで後は顧問に提出すれ……あ」
幸先の良いスタートにホクホク顔だったアリィの笑みが凍る。太陽みたく明るかった表情に陰が宿り、訝しげな表情で困惑し始めるジニーだが、その疑問は冷や汗を流しているハーマイオニーが払拭した。この副部長も致命的な問題点に気付いたのだ。
「アリィ、あの……そういえば顧問の先生って……」
「そうだよ、いないじゃん」
料理クラブの顧問はクィレルだ。
クィリナス・クィレル。闇の魔術に対する防衛術の教師であり、禁句さんの忠実な部下として賢者の石を狙っていた闇の魔法使い。
当然、彼はもういない。
クラブの計画を立てる以前にこのままだと存亡すら危うい事に、二人は漸く気が付いた。
「うわ、また顧問探しをしなくちゃいけないのか」
「去年は最後の最後にクィレルが同意したのよね? ……それに今考えれば、きっとそれもアリィに取り入るための策の一つだったに違いないわ」
去年、顧問を探しで散々苦労したアリィは今から辟易する。どの先生達も軒並み忙しく引き受けてくれる人は殆どいない。
――実は中には割かし手の空いている教員もいるのだが、彼の天災に関わるのを躊躇いわざと拒否している人も何人か存在した。気持ちは分かるにしても、なんとも悲しい事実である。
よって忙しくなくてもアリィの奇行を熟知している教員は全滅。そうなると、自然と候補に上がる人物も限られていた。
「よし、ここはナルシス先生に頼もう」
「――アリィ、今までの中で一番素晴らしい提案だわ」
ハーマイオニーは見惚れる程の天使の笑顔を携え、アリィの両手を握ることで感動を表す。アリィの言うナルシス先生が、今年から闇の魔術に対する防衛術の先生になったギルデロイ・ロックハートであることを彼女は知っているのだ。何故ならダイアゴン横町へ買い物に言った日、ロックハート本人がそう言っていたのだから。
ハーマイオニーは名案だと輝く笑みを見せながらアリィの肩を叩き、頭を撫で始めて喜びを主張する。そして彼女は喜んでいるが、何も一人のファンとしてロックハートを迎え入れる訳ではないことを、彼女の名誉のために伝えておこう。
例え九割九分以上の私情が絡んでいようともロックハートを招くのに賛成なのは、これで必ず多くの女史部員をゲット出来るからだ。つまりそれは去年に引き続き男子部員が全滅する事を意味しているのだが、生憎と彼女は気付かない。
ともかく、これで万事オーケーと喜んでいる二人に、ジニーがおずおずと控え目に発言したのは、その直ぐあとの事だった。
「でもそれだと沢山の人が集まっちゃうんじゃないの?」
学年成績トップの二人は、ハイタッチのモーションのままピタッとその場で停止した。
「む……それはそれで困るな……いや、多いのは嬉しいんだけどさ」
「そうね。ならロックハート先生を目当てに集まった人達は抽選で選びましょう」
そこでハーマイオニーの立てた作戦は以下の通りだ。
まず顧問はマクゴナガルであると情報を流し部員を募る。当然、マクゴナガルに話を着けて許可が貰えればの話になるが、彼女もケチでないのでおそらく大丈夫。ダメなら別の人を当たれば良い。
そして一週間ほど募集したら顧問をロックハートに切り替える。
この時、既に部員が目標の三十人に達していたら文句無し。定員に空きがあるならロックハート目当てで集まった人達の中から抽選で選べば良い。
これなら意欲的な人を優遇してあげられるし、そして何だかんだ言ってロックハート目当ての人達も十中八九作った料理は彼に渡すのだから、真面目に取り組む人は多いだろう、という推測もハーマイオニーの頭の中にはある。
(大丈夫。私ならやれるわ。こういった時のアリィは頼りにならないから、私がしっかり目を光らせておかないと)
もし目に余る行為が目立つなら退部させれば良い。自分はその権限を持っている。部長が滅多なことでは人を嫌わない博愛主義者なので自分がしっかりしなければならない。そうハーマイオニーは自身に言い聞かせる。
最初は監視の義務感で入部し、勉強の時間が潰れる事に内心少し不満があったハーマイオニーも、今では進んで副部長をこなしていた。
このクラブは段々と料理の楽しさに目覚めさせてくれた。女友達を作るきっかけを与えてくれた。学校生活を充実させてくれたクラブに対し彼女は少なからず愛着を持っている。
(このクラブは潰させない。必ず存続させなくちゃ)
そして何より料理クラブは、四寮全てが比較的仲の良い唯一無二の場所。寮間で確執のあるホグワーツが目指すべき輝かしい未来の縮図。
この貴重な宝を失うなどあってはならない。
そう意気込むハーマイオニーの心のうちも知らず、アリィはその手でいこうと副部長の案を採用した。
「じゃあその手でいこう。でもナルシス先生に話すのは最後。なんかあの人、口軽そうだし」
「そうね。先生には申し訳ないけど念には念を入れましょう。……それとね、アリィ。ロックハート先生をナルシスって呼ぶのは禁止よ」
「えー、だってロックハートってナルシストだし……ハイ、ワカリマシタ、ハーサンサマ」
錆び付いたロボットの様にぎこちなく動き、獅子に睨まれる兎みたくビクビクしながら片言で喋るアリィに、背後にドラゴンを幻視させるほどの笑顔を見せるハーマイオニー。
そしてその部長と副部長のやり取りを見たジニーが『入るの早まったかしら?』とクラブ活動に不安を抱くが、もちろんそんな事はお構いなしに、汽車はホグワーツを目指して安全運行を続けるのだった。
◇◇
スリザリンの五年生。今年映えある監督生に選ばれたアンドレア・レストンは、嬉しい反面不安の真っ只中にあった。それはというのも、
(俺にアリィの制御なんて出来るかってーのッ! あれはドラコ達の仕事だろ!)
あの天災を御せる自信が全く無かったからだ。
監督生としてアリィの行動に目を光らせておかなければと思うと胃がキリキリしてくる。ただでさえ今年はO・W・L試験があって忙しい年なのに、あの天災の面倒を見るなんて御免だ。友人なら構わない。というよりアンドレアは純血の家系だが蛇寮でも珍しく選民意識を持たない稀有な人物であり、どちらかといえば純血主義のマルフォイ家よりもマグル贔屓のウィーズリー家気質なため、アリィとはかなり話が合った。だから彼がアリィを嫌うというのは万に一つもありえないのだが――やはり時期が悪い。
(……まあ、ドラコやポッター、それに守護神がいるから大丈夫か)
新学期を迎えた宴席で、アンドレアはテーブルの端の方を陣取って食事をしているドラコを一瞥し、心の中で合掌しながら丸投げすることを決める。ついでに対面に座る悩みの種に視線を這わせるが、直後アンドレアは首を傾げることになった。
(なにやってんだアリィは?)
なにやらアリィが腹を押さえている。しかし若干棒読みで『お、お腹がー』と呟いているのを見ると仮病なのだろう。近くにいるパンジー・パーキソンやダフネ・グリーングラスが心配しているが、ドラコやテオドール・ノットといった察しの良い面々は白い目を向けていた。
(お、トイレにでも行くのか?)
アリィは徐に席を立ち、なるべく目立たないよう背を低くしながら歩き出す。――何故か、アンドレアの方へと。
「アンドレア」
「どうしたアリィ……って、お前は相変わらずチビだな」
アンドレアの身長は一八〇を超えている。故に椅子に座っていても背を低くしているアリィを上から見下ろす事になるのだが、何故こうも身長に変化が無いのか思わずツッコミを入れてしまった。仮病だと分かっているので心配はしていない。
「アンドレア、寮の合い言葉を教えて」
そのため俺のところに来たのかと、アンドレアは得心がいった。
監督生はパーティー終了後に一年生を寮に連れて行く仕事があるため、既に寮の合い言葉を汽車内で伝えられている。
素直に教えるかを悩み、何か面倒ごとかと疑っている間にも、アリィは隣の女子に薬が部屋にあるのだと説明している。きっと校医のマダム・ポンフリーとは接触したくない訳があるのだろう。先生を連れて保健室に行こうという誘いを断り、そう言っていた。
(……まあ、俺には関係無いか。何かあっても俺のせいじゃない)
結局アンドレアはそう結論付けた。
「合い言葉は『純血』だ。今なら皆は料理に夢中だし、ポッターの観察に忙しいからそう目立たずに抜け出せるだろ」
大広間の生徒は現在二つに分類される。一つは料理を楽しみつつ友人と談笑するグループ。そしてもう一つが新学期早々噂の絶えないハリー・ポッター――ついでにロンも――を盗み見るグループだ。
汽車に乗り遅れただけでも話題性抜群なのに、何故か今は校庭に植えられている『暴れ柳』に重傷を負わせたという噂まで広まっている。
ハリーの憮然とした表情と『納得いかねー! 』と叫んでいるような不機嫌オーラ。そしてパーティーに遅れて登場した薬草学のスプラウトと魔法薬学のスネイプから判断するに、あながちデマと一蹴するのは早計な気がする。
(けとまあ、俺に被害がなければ何でも良い)
常識人でありながらドライな性格が目立つアンドレア・レストン。そんな内面を知らず、アリィはパアっと顔を輝かせる。仮病なら貫き通せと言いたくなるような笑顔だ。
「サンキュー、アンドレア!」
「おー、薬飲んでさっさと寝とけ」
「そうする!」
肩をバンバン叩いてから颯爽とアリィは大広間を飛び出した。大広間の扉は一つしか無いが今は開けっぱなしであり、アンドレアの予想通り注目したのは蛇寮を除けば微々たる数。けれども激しく気になった者は当然いる訳で。
「…………やっぱ教えなきゃ良かったか?」
教員席で射殺す様な視線を向けてくる寮監と、厳しい顔をしている副校長の説明要求に応えるため、アンドレアは嘆息しながら席を立つのだった。
◇◇
「くっくっく、甘いぞ寮監」
淡い緑のランプが灯る薄暗い談話室内で、見事大広間を抜け出したアリィは、その低身長を活かしてソファーの影に隠れることで様子を見に来たスネイプをやり過ごす。
大広間を抜け出したアリィが自室で準備を終えて直ぐ、彼が談話室に入ったのと同時に寮への扉が開き、スネイプが入室してきた。下から上にせり上がるタイプの扉で無ければ直ぐにご対面して見つかっていただろう。しばらくスネイプの目元が隠れていたからこそ隠れる猶予が生まれたのだ。
「『そっくり人形・改』は自信作。いくら寮監でもそう簡単にバレやしない。精々、寝てるって勘違いするんだね」
夏に製作したそっくり人形の改良版。肌は柔らかく温かい。肺が膨らみ、口許から酸素が吐き出される。つまり人肌と呼吸のプロセスまで再現された人形は、そのままベッドに寝かせれば就寝している者にしか見えない。
元々はパーティーから戻ってきたドラコを誤魔化す予定で仕掛けた人形だが、今回は予定よりも早く、本当に腹痛を起こしているのかを確かめに来たスネイプにも効果を発揮してくれた。これでドラコだけでなくスネイプもアリィのアリバイを立証することになる。
そしてここまで大掛かりなアリバイ工作をしたのも全て、
「さあ、待ってろよ伝次郎!」
そう、全ては新しい家族を迎えに行くためだ。皆がパーティーに出席している今なら、禁じられた森に入っても見付かる可能性は低い。アリィは夏休み突入前からこの計画を立てていたのだ。
素早く寮を抜け出したアリィはショルダーバッグを盛大に揺らしながら廊下を駆け、校庭に飛び出す。そして直ぐにバッグから、昨日ニンバス社から返還された『双子座』を取り出して足に装着した。
ちなみに双子座のプレゼンはニンバス社でも大成功を収め、来年の春には発売予定だ。ここまで発売が早いのもアリィが渡した全データのお陰である。
「タイムリミットは一時間。それまでに戻んないと」
自慢の発明品をしっかり装着。頼りにしていると言う意味を込めてポンっと木材ボディーを叩いてから月明かりの射す静かな校庭で飛翔。目的地を目指す。そしてそのまま校庭を突っ切り森に入ろうとした所で、とある一ヶ所に目が止まった。
「うわー、こりゃ派手にやったなー」
アリィが眼下に見下ろすのは、枝という枝が折れて無惨な姿に成り果てた暴れ柳だ。生物の接近に比例して暴れる貴重な柳も、今や元気が無く哀愁の漂う痛々しい姿になっている。
そしてアリィは、こうなった経緯をハリー達からモノマネ本を介し説明されていた。
「まさか噂のドビーがここまで侵入してくるとは……『姿現し』は魔法使いのみに適用?」
事件はハリーとロンがトイレで 状況説明を行って直ぐに発生した。トイレを出たところ、ハリーが廊下の曲がり角でドビーらしき人影を発見。その姿を追って校庭を出た直後、なんと暴れ柳の至る所で小規模の爆発が巻き起こったのだ。
騒ぎを聞き付けた教員達が走り寄って来た時には、もう既にドビーの姿は無く、あとには立ち呆けているハリーとロンが残される。
幸い証拠不十分で咎められる事は無かったが、何人かの教員が話を信じず疑いの目を向けていたため、パーティー中でも二人の虫の居所は悪い。
「何でまたドビーは現れたんだか……ついでだし治療しとくか、一応」
ドビーの事を考えながらバッグを漁り、中から取り出したのは夏休み中に製造した『生育促進剤』だ。 香水瓶サイズの小さなガラス瓶には緑色の液体がたっぷりと詰まっている。本来なら一般サイズの苗一つに対し水で百倍希釈したものを数滴垂らすのが適量なのだが、生憎とここには水がない。
よって暴れ柳の大きさから使用量を目算し、目分量で原液をそのまま使おうとしているアリィは、
「ふぁっ……ふぇーくしょっんッ!」
夜空の寒さに堪えきれず盛大な嚔をかまし、生育促進剤を瓶ごと下に落っことした。コルク栓の抜かれた瓶は二十メートル下に落下。ごつごつとした堅い木皮にぶち当たり、呆気なくパリンっと清んだ音を響かせる。
ダラダラと冷や汗を流すアリィの沈黙が痛かった。
「…………まずい、栄養過多で枯れたらどうしよう」
この栄養剤は徐々に植物に吸収されるタイプだ。故にまだ変化は見られないが、次第に暴れ柳は良くなっていく筈だ。
――ここまできたら枯れた方が学校のためかもしれない。
そうツッコミを入れる者がいないまま、目的を思い出したアリィは直ぐに森へと急行し、夜の闇に溶けていった。
少し駆け足気味ですがホグワーツ到着です。
車は飛ばしていません。飛ばそうと思いましたが、どう考えてもこの作品のハリーは原作よりも冷静なので、飛ばすと不自然と判断しました。
今回登場したオリキャラは、もう出番がありません。
次話から本格的な二巻の原作崩壊が始まります。今までが平和過ぎました。
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