ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第一話

「ハーリーくーん! あーそびーましょー!」

 

 未だ僅かに朝靄が漂うプリベット通りに子供の声が響き渡る。

 実に騒がしいことこの上ない状況だが、このプリベット通りで一番の変人アルフィー・グリフィンドールの行動には近隣の住民も耐性が付いているため、特に文句を言われることはなかった。何を言っても無駄だと既に諦めているのだ。

 むしろ爆発音でなくただの大声なので問題ないと、そう考えている住人が大半。見事に毒されている。

 

「うーむ……まだ帰ってきて無い?」

 

 日曜の朝っぱらからダーズリー家は総出でどこかへ向い、今は火曜日の朝。理由も分からずある日を境に一家揃って引き篭もりとなってしまったダーズリー家は、どこに行ったか分からないが未だに戻らない。

 それでも一縷の望みを込め、アリィは声を張り上げる。

 

「ハリー! 本当に帰ってきてないのー!? なんか返事しないとハリーが好きな人を言い触らすぞー!」

 

 それでも返事は返ってこず、仕方が無いかと頭を掻くアリィは玄関を後にした。

 

「とは言っても誰だか知らないし適当にでっち上げるか。……ブレンダでいっか」

 

 そこで女版ダドリーのようなクラスメイトをチョイスするアリィ、正に外道である。

 号外新聞から友人を使った噂の根回しまで計画し、証拠写真まで捏造することを考えながら家に戻るアリィの顔は、腹黒さ具合からは想像も出来ない煌びやかな笑みだった。

 

「よし、早速準備に取り掛かろう」

「アリィは僕を社会的に抹殺するつもり!?」

 

 たった十秒という所要時間で自宅の玄関前に辿り着いたアリィは、ふと聞こえてきた幼馴染の声に満面の笑みで振り向いた。

 

「おかえりハリー。それと誕生日おめでとう。はい、プレゼント」

「あ、ありがとうアリィ……じゃなくて、そんなデマを流さないでよ!?」

 

 しっかりと包装された掌サイズの小包を嬉しそうに受け取ったのも束の間、怒りで顔を真っ赤にしたハリーがアリィに詰め寄る。

 それに対してアリィは混迷の眼差しでハリーを見上げた。

 

「何言ってんだよハリー。これでハリーは話の中心になれるよ。ほら、人気者への近道。チャンス到来」

「なんてありがた迷惑っ!?」

 

 本心から良かれと思っての行動なのだから性質が悪い。頭にクエスチョンマークを浮かべる外見幼子と、額に手を当てて頭を振る眼鏡の少年を眺める男は、色々と思うことはあるが正直な気持ちを口にする。

 

「なんつーか、ハリーや……随分と個性的な友人だな、こりゃあ……」

「そういうおっちゃんも中々個性的だよ」

 

 朝靄の中、ハリーの後ろに立っていたのは大男だった。

 身長が三メートル以上はありそうな体格はアリィにしてみればそり立つ壁のように大きい。長いボサボサの黒髪ともじゃもじゃの髭に覆われた顔からは真っ黒いコガネムシのような目が二つ、アリィを興味深そうに見下ろしている。

 夏なのに分厚い黒コートを着込む姿は、少し場違いで可笑しく見えた。

 

「そうだアリィ、彼はハグリット。ホグワーツの番人なんだ」

「ふーん、俺はアルフィー・グリフィンドール。アリィで良いよ」

 

 動揺したが、その匂いは直ぐに消して柔和な笑みを見せるアリィ。

 ホグワーツという単語には心当たりがあった。ここ数日、何度も何度も手紙で見た単語だからだ。

 

「ああ、よろしくな。……ところでアリィ、ちぃとばかし話したいことがあるんだが。中に上がらせて貰っても構わんか?」

 

 自分と比べて何倍も大きい団扇みたいな手と握手をしてからアリィは頷き、初めての客人と幼馴染を家に招き入れる。

 大柄なハグリットは頭どころか腰を少し折って中に入るが、それでも窮屈そうに身を縮め、頭をゴリゴリと天井に擦りつけながらリビングへ向う。

 

「粗茶ですが」

「おお、わざわざすまんな」

「さも当然のように渡してるけど僕が淹れた紅茶だよね?」

 

 用途不明の発明品でごちゃごちゃし、ただでさえ狭いリビングはハグリットの登場で余計狭く感じる。椅子には座れないのでテーブルを畳みスペースを作ってから、三人はフローリングの床に直接座り、ティーカップとお茶菓子を並べた。

 

「で、話って何よハグリット?」

 

 一先ずダージリンで喉を潤し、そのあとビスケットをかじってから本題に入るアリィ。

 お代わりをハリーから受け取っていたハグリットは、神妙な面持ちで、カップを置いた。

 

「お前さん、ホグワーツからの手紙は読んだか?」

 

 無駄なことは訊かずに本題を言う。

 ハグリットがアリィの家を訪れたのは、ホグワーツ魔法魔術学校からの入学許可書が着たにも関わらず、未だに入学を希望するかの返事を返信していないアリィの返事を聞きたかったからだ。

 だからハグリットはとある事情でダーズリー家と共に逃亡していたハリーと接触した後、こうして次の目的地ではなくアリィの家を訪れた。

 

「そうだよアリィ! 僕達、魔法使いだったんだ!」

 

 ボグワーツは全寮制の学校であり、自身が夢物語にしか存在しない魔法使いだと知ったハリーは、ダーズリー家から出られると分かって浮かれている。

 まだ見ぬ魔法界に対する期待と今までの辛かった生活から抜け出せる喜びで、ハリーの笑顔は今までで一番生き生きとしていた。

 そんな親友を眺めるアリィは……もの凄く可哀想なモノを見る目だった。

 

「……あのさ、ハリー。少し休んだ方が良いんじゃないの? あの家にいるから疲れてるんだよ、きっと。ほら、紅茶のお代わりはいる?」

「君の哀れんだ目なんて初めて見たよっ!?」

 

 魔法なんて存在しない。これは子供でも分かる世界の常識。いくらハリーを通じて不思議な体験をし、蛇とも話が出来る通常ではありえない体験をしても、今まで培ってきた常識が魔法認知の邪魔をした。

 

「魔法なんてある訳無いじゃん。そこまで夢は見てな……え……えぇ?」

 

 しかし、それもハグリットがアリィの目の前で物体浮遊の魔法を使うまで。種も仕掛けも無い本物の魔法を見せられ、先程とは意見を変更。

 アリィの瞳はキラキラと輝き出した。

 

「……凄っげぇ! マジかよハリー! これってドッキリじゃないよね!?」

「そもそも僕は、アリィがそこまで疑っていたことにビックリだよ」

 

 普段からハチャメチャな行動を取って面白いことや不思議を探している癖に、妙な所で常識に縛られるリアリスト。それがアルフィー・グリフィンドールという人物だ。

 

「新手の宗教勧誘とか、頭がお花畑の人達を狙った詐欺集団かと思ってた。あんな手紙、直ぐに信じる方がどうかしてるよ」

「……あれ? アリィがまともなことを言ってる……」

 

 全く持って正論なのにどこか納得がいかないのは付き合いが長い故。

 ドヤ顔を見せる親友にハリーが首を捻っていると、ハグリットは疲労たっぷりの溜め息を溢した。

 

「ハァ……お前さんが魔法界を知らない可能性をダンブルドア先生が危惧しとったが。まさかあのデイモン爺さんの孫が、トバイアスとエルヴィラの息子が、本当に魔法界を知らんとはな……爺さんも徹底したもんだ」

「何でハグリットは爺ちゃん達を知ってんの?」

 

 二人のやり取りを見ながら紅茶を啜り、コートのポケットに入っていたビスケットをお茶請けにするハグリット。

 頭を捻るハリーの横でビスケットを齧っていたアリィは、不意に聞こえてきた曾祖父と両親の名前に反応する。

 紅茶を飲み干して徐に口を開くハグリットの目からは、何らかしらの決意と責任が見て取れた。

 

「良いか、アリィ。お前さんの両親と爺さんは魔法使いだ。それもトバイアスとデイモン爺さんは偉大な魔法使いの血を受け継ぐ由緒正しい一族だぞ」

 

 衝撃の事実に困惑し、反応したのは、

 

「待ってよハグリット。じゃあ何でアリィは魔法界の事を知らなかったの?」

 

 一番驚いて見せたのはハリーだった。

 

 その点、話の中心人物といえば、質問を全てハリーに任すつもりなのかビスケットを頬張りながらハグリットに視線を向けていた。

 

「あぁ、そりゃ……すまんが、俺の口からは言えん。アリィのプライベートに関することだからな」

 

 申し訳無さそうに口ごもる姿を見せられ、なおかつ内容が重いものだと諭されたハリーも口を閉じる。

 しかし生憎とアリィはそんなことを気にするほど神経質ではない 。

 

「別に良いよ、話しても」

 

 どうでも良いよと言いたげに――実際そう思っているが、とにかくアリィは許可を出す。

 もちろん今からハグリットが話す内容がどう自分に関わっているのかアリィは知らない。それでも彼は許可を出した。

 その理由は、ここにいるのがハリーだからだ。

 どんな内容だとしても幼馴染の親友なら聞かせても構わないと勝手に納得して、続きを促した。

 それでもハグリットは、一応大人として慎重に言葉を選ぶ。

 

「じゃあ訊くが、お前さんはご両親の死について、デイモン爺さんから何て聞かされた?」

「旅先の事故で死んだって聞いたけど?」

 

 アリィの父トバイアス・グリフィンドールと、母エルヴィラが亡くなったのは今から十年前。一歳の誕生日を迎える数ヶ月前の不幸だったと祖父から聞かされていた。

 そう、不幸という点は事実だった。亡くなった真相は別として。

 

「違う……トバイアスとエルヴィラの二人はな……殺されたんだ。ある、魔法使いにな」

 

 長い思考の末、ハグリットは両目に涙を溜めながら重々しい声を出す。それは無理をしていることが丸分かりの沈痛な姿であり、言葉から滲み出てくる無念さと悲嘆さが胸中を物語っていた。

 

「ハグリット、それってもしかして、ヴォル――」

「その名を口にするな!」

 

 両親が殺されたという嫌な共通点を見つけたハリーの声を怒声が遮る。続いて、ドンッという床を叩く音。幸いなことに三人の紅茶は飲み干されていたためカップは倒れても被害は無かったが。

 雷音を連想させる盛大な鼻をかむ音に少年二人が耳を塞ぐのにも気付かず、大きなハンカチをコートに仕舞ってから、ハグリットは涙の乾かぬ目でアリィを見る。

 すまんと、一言謝罪を述べてから。

 

「まあ……そうだ、ハリーの言おうとした闇の魔法使いが、お前さんのご両親を殺した。そんで魔法の怖さや危険さを改めて理解したデイモン爺さんは、お前さんだけは安全な世界で暮らして欲しいと願い、まだ赤ん坊だったお前さんを連れてマグルの世界に隠居することを決めたんだ」

 

 両親の死の背景と曾祖父の思いを知り、普段は楽観的なアリィも少し言葉を失う。

 ある程度の説明を受けたハリーとは違い『マグル』という非魔法族を示す単語すら知らないアリィだが、聞かされた内容が衝撃的だったため思考がいまいち追い付かない。

 いつもは見られない神妙な面持ちをする幼馴染の姿にハリーも言葉を失った。

 

「それで、お前さんはどうする?」

「どうって?」

 

 胡坐をかき、口許に手を当てて考えことをしていたアリィは声の主を見上げる。ハグリットの視線に宿るのは、生半可な返答は許さないという明確な意思。

 優しげな雰囲気が一転。空気が張り詰めて当事者でないハリーが背筋を正す。

 

「魔法を受け入れて魔法界に足を踏み入れるか、それともこのままマグル社会で平和に暮らすかだ」

 

 魔法界には危険が付き纏う。

 科学技術が発達せず、超常現象が支配する世界。曾祖父が確保してくれた安全を捨ててまで、異法則が乱立する世界に入るかどうかをハグリットは問い質す。

 このまま今の生活を続けるも良し。しかし、もし魔法に関わるならそれ相応の覚悟をしろ。祖父への感謝と謝罪を忘れるな。

 これらの意味が言葉に込められ、ジッと返答を待つハグリットに――、

 

「なーに言ってんのさハグリット。答えなんて決まってるよ」

 

 

 

 

 

 アルフィー・グリフィンドールは太陽のように明るい笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

「行くに決まってんじゃん!だってさ、魔法だよ魔法! もう楽しみ過ぎてワクワクが抑えられないよ俺は」

 

 後先を考えずの無鉄砲な決意ではなくちゃんと曾祖父の考えを考慮し、訪れる危険を覚悟して、アリィは魔法使いの道を選ぶ。

 非現実的な展開を望み、常に色々な楽しみを求めるアリィの答えなど最初から決まっていた。危険があれど、それが足を止める理由には決してならないのだから。

 

「ふぅ……良かった。断わられたら、お前さんから魔法界の記憶を奪わなきゃならんかった」

 

 魔法界のことは一部を除いてマグルには秘匿されている。もしアリィが魔法に関わらない道を選ぶなら、魔法省の忘却術士を呼んで魔法に関する記憶を全て消すという処置が取られていただろう。

 旧友の息子の記憶を消去するのは忍びない。そう思っていたハグリットは、心の底から安堵の息を零した。

 その処置を聞いて疑問の声を上げるのはハリーだ。

 

「でもハグリット、アリィを魔法に関わらせないことなんて出来るの?」

 

 成人していない幼い魔法使いは魔力をコントロール出来ずに暴走させてしまうので、その制御法と魔法の正しい運用法を学ぶのは魔法使いの誰もが通る道だ。

 だから魔法使いは当然として、魔力を持って生まれてきたマグル生まれの突然変異を、魔法界は漏れなく学校にスカウトする。

 ハリーの周囲で度々不可解なことが起きていたのも衝動的な魔力の暴走が原因。

 そう説明されていたハリーは、その暴走が原因で魔法が世間に明るみになった場合に対処する労力を考えて、選択の自由意思など無いと考えていた。

 

「ふむ。じゃあハリーや、お前さんはアリィが何か変なことを起こした所を見たことがあるか?」

「え?」

 

 変なことなら日茶飯事。それこそ何も起こらなかったことの方が珍しいくらいの頻度で起きているが、それが全て人為的なものであり、ハリーのように髪を切っても直ぐ元通りになるような、超常現象ではないことに気付かされる。

 あくまでアレは発明品の暴走や悪戯の結果に過ぎない。つまり、それが意味することは、

 

「アリィは魔力を暴走させていないってこと?」

「珍しいことにな。まあ、ダンブルドアが言うにそういう奴は極稀にだが存在しとるらしい」

 

 だからこその、選択肢が与えられるという異例の処置だ。今後もそうでないと断言出来ないものの、仮に魔法を拒んだ場合、アリィは魔力を持ったマグルというレアな存在として人生を終えていた可能性が高い。

 

「だってさハリー。これで晴れて俺達は魔法使いの仲間入り……どしたの?」

「……アリィはそれで良いの? 折角お爺さんがアリィのためを思って、今まで魔法と関わらせていなかったのに……」

 

 親友が自分と同じ魔法使いだった。これは大変喜ぶべきこと。しかしアリィの過去を知ってしまっただけに諸手を挙げて喜べない。

 自分の事しか考えず、そのことを恥じている親友の肩をアリィはバシバシと叩き始める。気にするなという意味を込めて。

 

「良いんだよ。だって俺の人生だよ? それに『好きに楽しく生きろ』が爺ちゃんの遺言だし。忘れた?」

「――いや、忘れてないよ。うん、確かにそう言ってた」

 

 ハリーもデイモンを看取った者の一人だ。

 血の繋がりの無い自分を孫同然に可愛がり、厳しく教育してくれたお爺さん。彼は病床の折り、ハリーにも遺言を告げていた。

 

「デイモンお爺さんなら、アリィの意思を尊重するよね。ついでに、どうせなら徹底的に悔いの残らないよう全速前進!とか言いそう」

 

 アリィが魔法界に入る決め手になったのは曽祖父が遺したこの言葉。ずっと魔法について秘匿してきたデイモンも、じきにホグワーツから手紙が来るのは分かっていたに違いない。

 それに魔法や超能力という異能は信じておらずとも、そういう類の話が大好きだった孫の性格は育ての親であるデイモン・グリフィンドールが一番良く知っている。

 だからこそデイモンは最後に孫を後押しして逝ったのだ。

 

「ありゃ、そういやハグリットって爺ちゃんと知り合い?」

「そりゃあ、デイモン爺さんはホグワーツで教鞭を取っていたことがあるからな、爺さんのことは良く知っちょる。それに爺さんの仕事名であるバートランド・ブリッジスと言えば凄腕の魔法具製作者として魔法界でも有名だぞ」

 

 ああ、だから自称発明家を名乗っており、家内はこの有様なのかと納得するハリーだった。

 

「よし、そんじゃあそろそろ出発するぞ。今日中に買い物を終えなきゃならん」

 

 善は急げとビスケットの空き缶を仕舞うハグリットに、魔法使いの卵は揃って首を傾げた。

 

「「買い物?」」

「お前さんらの入学出需品を買いに行くに決まっとろうが」

 

 


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