ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

19 / 31
エピローグ

 

「――――どうよ? そっちが寝てる間にこんな事があったんだぞ」

『……なんというか、随分と波乱万丈な生活を送ってるんだね』

 

 もう太陽も沈み夜の帳が下りる最中、スリザリンの一室で楽しそうに大事件を語る少年と、呆れるように溜め息を吐く蛇の姿があった。

 ランプに灯った火の作る影がルームメイトの不在を告げ、代わりに人間と二匹の存在を教えてくれる。

 もう直ぐ十九時。

 学年度末パーティーを後に控えた少年――アルフィー・グリフィンドールが家族に語ってみせたのは、あの闇の魔法使いと対峙した夜のこと。その顛末だ。

 

 たった今、長い長い冬眠から目覚めた巨大な大蛇。今は『収縮魔法』により体長を一メートル以内に縮めている毒蛇の王は、カーペットの敷かれた床にとぐろを巻き、一生に一度あるか無いかの大事件を語った己の主人を見上げ、再度溜め息を零す。

 あの夜。アリィはクィレルがデタラメに行使した呪文に当たって気を失った。

 使われたのは『失神呪文』をベースにされたものであり、ただでさえ無言呪文として用いるには難易度が高い術が暴走した魔力を糧に発動された。呪文を制御する思考能力も無く、そのような不安定な術が正常に作用する筈も無い。まるで絡まった糸のように複雑でデタラメな構成をした失神呪文もどきは、アリィの二日間の時間を奪っていた。

 

『怪我の方は?』

「完治。ハリーも昨日目覚めたし、マダム・ポンフリーと、あと俺達を廊下から運んでくれたダンブルドアには感謝感謝」

 

 エアガンの暴発で負った裂傷の影はどこにも無い。優秀な校医の手で快復を果たしたアリィも一時は危険な容態にあったのだが、それでもハリーより一日早く目覚めたのだから回復力が並外れている。

 そして危篤状態に陥りクィレルに殺され掛けたにも関わらず、その時の状況を笑顔で話す姿が、異常なほど強いメンタル面を示していた。

 生きたもん勝ちという心情であの夜を思い出に変えた少年。しかし、その少年の心をも挫けさせ、恐怖と絶望の色に染め上げる天敵のお説教とはいったい何なのか。彼女のソレは対人類最強の精神攻撃かもしれない。

 

『それで、ハリー君の容態は?』

「そっちも大丈夫。メンタルケアもばっちし」

 

 ハリーには『母親の愛』という最大級の対抗呪文の加護がある。遠い夜にハリーを守って『死の呪文』をその身に受けた彼の母。その加護が施されている限り、下手人である禁句さんはハリーの肌に振られない。彼の穢れた邪悪な魂が最大の愛という相容れない思いの結晶であるハリーに拒絶反応を示している所為だ。

 禁句さんはハリーに触れられない。そしてハリーも原因不明だが、禁句さんに触れると額の傷跡が激痛を走らせる。

 その理由を過去のトラウマが原因だと勝手に想像したアリィは、ダンブルドアの状況説明後直ぐに自室から『おしゃべりキノコ』を材料にした蓄音機を持ち出した。

 それはハリーの心を癒すため。

 癒しソングと銘打った自分とポチ太郎の合唱ソングを枕元で流し続けるという行為に走ったが、それで本当にメンタルケアが出来たかどうかは確かめるまでもない。

 激痛と精神疲労で倒れこんだ怪我人に二十四時間耐久マラソンを強いるような外道行為だ。フクロウもばたばた落ちてきそうな音痴とキャンキャン声にしか聴こえない犬声の独創的なハーモニーは、それはもう絶大な追い討ちとなってハリーを更に苦しめた。

 段々と魘されていく彼を見て蓄音機は即刻マダム・ポンフリーの手により焼却処分され、憤慨する少年が天敵さんによる笑顔の耐久説教コース送りになったのは言うまでも無い。

 

 病み上がりにも容赦の無い説教を思い出し、その辛い記憶を忘却の彼方へ追いやるために、わざと彼は明るい声を出した。

 

「とにかく、これで一件落着! ……クィレルは死んじゃったし、禁句さんは逃げたらしいけど、とりあえずはこれでお終い」

 

 結局クィレルは長時間の接触が原因で死んでしまった。魔法省からの緊急呼び出しがフェイクだと気付いたダンブルドアが廊下の最奥に辿り着いた時、全てはもう終わっていた。

 クィレルの死亡と同時に寄生していた魂は剥がれ、禁句さんは逃亡。もう、これ以上出来る事は何も無い。

 話は終わったと言わんばかりに、アリィは寄りかかっていたポチ太郎から上体を起こし、大きく伸びをする。その表情に、クィレルの死を悲しむ素振りを見せて。いくら悪人でも死んで良いとは思えなかった。

 

『あれ、賢者の石はどうなったの?』

 

 舌を出してシューシュー言いながら見上げてくる第三の家族に、第二の家族の頭を撫でていたアリィは、そういえばという表情を取った。

 

「ダンブルドアがニコラス爺ちゃんと話し合って、破壊する事に決めたんだと。……夏休みになったら一回逢いに行かないと」

 

 第一の家族の古い友人。葬式の手筈を整えてくれた人達の中でも、率先して動いてくれた優しいお爺さん。

 充分な命の水のストックがあるフラメル夫妻は、身辺の整理を行ってから穏やかな死を迎える事になる。そうなる前に、一度会って話がしたい。彼は脳内の夏休み計画表にフラメル宅訪問をしっかりと書き記した。

 

「そうだ、伝次郎は夏休みどうしよっか。ポチ太郎みたいにハグリットに預かってもらう?」

 

 ポチ太郎は世にも珍しい三頭犬。完全無欠な魔法生物をプリベット通りで飼うには定期的な『目くらまし術』と『収縮魔法』の行使が絶対条件。

 しかし未成年の魔法使いは魔術学校に在校中、十七歳の誕生日を迎えなければ校外で魔法を使う事を許されていない。頻繁に魔法使いの方々に魔法の行使を頼むのはアリィとしても気が引け、泣く泣く夏休みは別れを受け入れたという事だ。

 ハグリットは動物好きであり、ポチ太郎を二ヶ月近くも預かる事を喜んで引き受けてくれた。頼めば伝次郎も引き受けてくれる未来は割と容易に想像出来る。

 

『うーん……森にいる。たぶん最初に会った場所にいると思うから、新学期が始まったら迎えにきて。その頃にはもう収縮魔法も解けていると思うから』

 

 そう呟く伝次郎に暗い陰が射す。

 伝次郎は自分の存在に引き目を感じていた。

 目覚めた時でさえ『何でこんな姿なの!?』『何で僕を部屋から出したの!?』と慌て、仕舞には元の場所へ戻せと駄々をこねる始末。

 その行動の裏にはバジリスクを飼うと言い出した優しい主人を常識人達の糾弾から守るという目的がある訳だが、その事にアリィは気付いていない。

 魔法界のバジリスクに対する共通認識は恐怖の怪物というもの。即死の魔眼が任意発動である事も、彼が気性の優しい怠け者の蛇である事も一切知らないのだ。

 

 暴走し、生徒を死なす可能性がある。

 

 そう思われるだけで学校としては伝次郎の存在を受け入れる事が出来ない。バジリスクは、しっかりと訓練された三頭犬とは次元が違う危険生物の一体。

 もし伝次郎の正体が明るみになればアリィの立場は非情に悪いものとなるし、危険生物を長期間校内に放置したという事で教員側にも迷惑が掛かる。

 今回のコレも人の持つ負の面、特に恐怖や嫉妬といった暗い感情に疎い主人に代わり、気を使った結果。ハグリットという人物に自身がバジリスクである事がバレると面倒な事に成りかねないので、世話にならない事に決めたのだ。

 全てはこの、もしバレても皆なら笑ってバジリスク(危険生物)を受けいれてくれると信じてやまない少年の想いを守るため。

 

(本当は僕がアリィと別れれば良いんだけど……)

 

 余程の酔狂か馬鹿でない限り一般人はバジリスクを受け入れない。恐怖の種族=全ての個体も恐怖の象徴となっているため、下手な面倒を掛けないためにもキッパリと別れるのが一番良い。

 しかし、そちらの方が双方にとって都合が良いのを重々理解している伝次郎だが、その選択を取る事が出来なかった。

 

 

 

 《うっさいなぁ。良いじゃん! ご先祖様のペットって事もあるし、なにより俺が一緒に暮らしたいの! 何で遠慮すんのか分からないけど、そんな気遣いは無し無し!》

 

 

 彼はアリィの温かさに触れてしまった。

 

 

 《それにさ、一人って寂しいじゃん。誰かと一緒にいるのって良いものでしょ?》

 

 

 彼は一人でない喜びを知ってしまった。

 

 

 《そういう事だから、これからヨロシク伝次郎》

 

 

 彼は一度掴んだ幸福を手放す決断など出来なかった。

 

 

 

 

 せめて少しだけでも。問題になった時はキッパリと出て行く。だから、少しでもこの幸せを甘受したい。

 一度優しさを知ったバジリスクは、アリィを拒むことが出来なかった。

 

「オーケー。……それにしても、あーあ、久しぶりに話せたのに、またしばらくお別れか」

 

 アリィが浮かべるのは別れを惜しんだ苦笑。その声を聞いた伝次郎は思考の海から浮上する。数秒にも満たない長く感じた思考時間が、思いのほか思い悩んでいた証拠だ。

 そしてアリィの立場を危ぶんでいる伝次郎は気付かなかったし失念していた。ベッドが二つあること。そしてまだ、自分がバジリスクだという事は黙っていた方が身のためだと進言することを。

 

 部屋の扉が勢い良く開き、男子生徒が姿を現した。

 

「アリィ、そろそろって、またか駄犬! ……ふっ、悪いがもうその攻撃には遭わないぞ。人は学習する生き物だからだ!」

 

 もう三頭犬による飛び掛り&舐め回し攻撃に晒されて数ヶ月。この時の為に密かに練習していた『盾の呪文』でポチ太郎の突撃を防ぐドラコは、とても残念な理由から魔法の腕を上げていた。

 かなり必死に練習したのだろう。大の魔法使いでも下手くそが多くいる魔法を発動させ、ドラコはかなりご満悦だった。

 

「どうだ駄犬! これでもう……っ!?」

 

 しかし、盾の呪文は一方向にしか展開出来ず、無言呪文を習得していないドラコでは再度の行使でタイムラグが発生する。つまり、防げるのはファーストアタックのみ。

 

「ぐわっ、おい、ぶっは、……この駄犬がぁああああああっ!」

 

 二撃目でいつも通りの被害に遭う彼の戦いはまだ始まったばかり。アリィの入院中に仕方が無く餌等の面倒を見ていたのが更に懐かれる原因となっていた事に気付くのは、だいぶ時間が経ってからだ。

 身内に優しいドラコの悲しくも優しい性である。

 

「……そいつが例の蛇なのか?」

「おうよ。伝次郎、ドラコに挨拶して」

 

 談話室でパンジーとのお話――またお泊りしに行って良い?――から帰ってきた早々に涎塗れになり、これまた腕前が上がってしまった洗浄魔法で身を清めるドラコは、漸く蛇の存在に気付いて目を丸くする。

 暗い緑色の鱗にドラゴンを連想させる凶悪かつ精悍な造形。後頭部には赤い小さな羽が数本生えているが、それがバジリスクの雄最大の特徴である事をドラコが知らないのは幸いだった。

 バジリスクは御伽噺にも登場するポピュラーな怪物。それでも目撃例の少なさから身体的な特徴があまり知られていないのと、最後に目撃されたのが写真技術の生まれる前だったため、現存する資料が数枚の絵画のみという現状も味方した。

 魔眼が有名過ぎるため、赤い羽根という部分がマイナー知識化しているのだ。

 

『よろしくドラコ君。あとアリィ、僕がバジリスクだって事は教えないで』

「え、なんでよ?」

『えっと……ほら、僕って個体数が少ないじゃない? 珍しいからってジロジロ見られるのは嫌なんだ』

「ああ、なるほど」

 

 伝次郎の言葉で脳裏を過ぎったのは親友の姿だ。生き残った男の子は未だに周囲の関心を集めている事を思い出し、伝次郎の本心を隠した理由に納得する。

 馬鹿正直に話せば『そんなことない!』という反論の下、直ぐにこのルームメイトに喋ってしまいそうで、人の噂を完璧に止める事は誰にも出来ない。仮に話さなくても、何かの不注意から秘密を漏らしてしまう可能性もある。アリィと長く居たいためにも、リスクはなるべく減らすべきだった。

 

「ドラコ、伝次郎がよろしくってよ」

「………………」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔とは、まさに今のドラコを指す言葉だ。先程とは比べ物にならない程の驚きを表すルームメイトに首を傾げるアリィ。目は限界まで開かれ、口から零れるのは、驚愕に満たされた震え声。

 

「……アリィ。まさかとは思うが、君はパーセルマウスなのか?」

 

 パーセルマウス。つまり蛇語使い。闇の魔法使いの証とも呼ばれるパーセルマウスの術者は早々いない。

 近年でも蛇語使いで有名なのは禁句さんのみであり、サラザール・スリザリンの血筋は発現する事が多いので、蛇語については魔法界で知らぬ者はいない。

 驚き、そして納得したように、ドラコは何度も頷いていた。

 

「なるほど。君がスリザリンに入れる訳だ」

 

 一瞬、アリィがスリザリンの血筋かとも疑うが、流石にそれはありえないと一蹴するドラコ。彼はグリフィンドール。天敵同士だった両者の血を引くなど、どこのサラブレッドだ。

 幼い頃から純血の魔法使いとして施された教育と知識の数々が、そんなありえない思考を強引に遮断した。

 

「どうよドラコ、伝次郎って中々カッコイイでしょ?」

「ああ。それに僕としてもヒュドラやラミアの子供ではなくて本当に一安心だ」

 

 パーセルマウスの登場に驚き、ヒュドラやラミアで無かった事に安堵してしまったから、彼は伝次郎の種族について訊ねる事を忘れてしまう。些細な疑問は他の重大ニュースに埋もれてしまった。

 後頭部の羽以外、別段変わった特徴が無いのも要因の一つだ。

 禁じられた森に危険な蛇が生息するなど聞いた例が無いこと。彼自身、あまり動物に詳しくなかった事も現状の手助けをしていた。

 

「アリィ、もう直ぐパーティーが始まるぞ」

「りょーかい。そんじゃ伝次郎。お土産持ってくるからポチ太郎と留守番ヨロシク」

 

 ワンワンとシューシュー。それぞれに思いの篭った送り出しの言葉に笑い、アリィはドラコと共に大広間へと向った。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「また一年が過ぎた。さて、大変お腹を空かしている事と思うが、先に寮対抗杯の表彰から行う決まりになっているのじゃ。皆、少し待ってくれるかのう」

 

 ダンブルドアの鶴の一声で、お祭りムード一色のパーティー会場は静寂に包まれる。テーブルに所狭しと並べられた豪華な料理達は、空腹に侵された生徒達の食欲をそそる。

 それでもこのパーティーを心の底から楽しんでいるのはスリザリンの生徒のみであった。

 何故なら、

 

「おめでとう、スリザリンの諸君」

 

 パーティー会場の飾り付けは緑一色。

 それはスリザリンのシンボルマークであり、寮対抗杯をスリザリンが制した事を意味していた。

 スリザリンの最終点数は五百十二点。二位のレイブンクローに約九十点の差を付け、四位のグリフィンドールにすれば二百点もの差を付けた大勝だった。

 問題を起こす反面、どれだけアリィの影響が大きいかを物語っている圧倒的な点数。

 ここ数年連続で対抗杯を獲得しているスリザリンを一位の座から引き摺り下ろしたいと考えていた他寮の者は、望み通りに行かなくて悔しそうに表情を歪ませている。

 特に獅子寮はハリー達のドラゴン騒ぎが無く、最後のクィディッチ戦にシーカーである彼が出ていれば逆転の目も出ていたので、敗北した寮の中でも一番落胆が激しい。しかし、そんな者達に福音が届けられるのは直ぐのこと。

 

「ただ、駆け込みの点数も加えてあげなくては、あまりにも気の毒じゃ」

 

 騒がしかった大広間は再び沈黙した。

 

「まずはロナルド・ウィーズリー君」

 

 まさか名指しされるとは思わなかったのか。テーブル上のローストチキンを眺めていたロンはビクッと身体を緊張させ、直ぐに顔を赤くする。その姿を見てダンブルドアの瞳は更に穏やかなモノへと変わり、優しく微笑む。

 

「常に良識人として友達を支え、ここ最近見る事の出来なかったチェスの名試合を見せてくれた。これを称え、グリフィンドールに五十点を与える」

 

 告げた瞬間に獅子寮のテーブルで歓声爆撃が巻き起こった。迷路での発言に、マクゴナガルのチェスゲーム。そして、アリィやハリーに対する度々のツッコミ。

 彼は周囲の個性的な友人達に比べると一番平凡で一般人だ。しかし、だからこそ気付ける事があり、だからこそ皆を――特に一人の天災に常識的な対応と反応を示す事が出来る。

 そのツッコミが天災達の中に少しでも蓄積され、記憶される事があれば、それは充分に価値があるものとなるだろう。これからも彼等の隣に立ち、一般人の立場から皆を支えて欲しい。

 そう期待も含めての高得点だった。

 

「次にハーマイオニー・グレンジャー嬢」

 

 大広間中の視線がハーマイオニーへと集まる。

 彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染め、そっとテーブルに上体を隠そうと丸まった。それでもダンブルドアの発言が気になるのか、顔だけはちょこんとテーブルから出していたが。

 

「学校の秩序と平和を守る守護神として尽力を惜しまず、様々な罠に対して冷静に行動した事を称え、彼女に七十点を与えたい」

 

 ロンよりも大きな歓声が木霊した。転倒薬の一件以来アリィは大きな悪戯を行っていない。関係の無い大勢を巻き込む悪戯は禁止され、精々、発明品の効果確認を兼ねた友人達への軽度の悪戯に収まっている。

 その程度で済んでいるのも彼女が睨みを効かしているため。だからお菓子を上げたり宿題を見たり、モノの修理を請け負う事で面倒事と貢献度の帳尻が合っているのだ。

 正直、ハーマイオニーというストッパーに彼の『隣人を皆愛せ』精神が無ければ、アリィは校内一の嫌われ者になっていた可能性も出てくる。それを阻止した意味合いでも彼女の行動は褒められたものだった。

 ちなみに生徒職員は度々起こる彼の無自覚な面倒事――ワックスやシャンデリア事件など――は、文字通りの天災だと割り切って諦めている節がある。

 

 

 閑話休題。

 

 

「そしてハリー・ポッター君」

 

 再び、もう何度目かの静寂が訪れた。期待と興奮、そして少しばかりの敵意。様々な意図を含んだ視線がハリーとダンブルドアを行き来する。

 

「その鋼のような不屈の精神力と並外れた勇気、そして悪しき魔法使いから賢者の石を守り通した事を称え、彼に八十点を与えたい。そして――」

 

 首位のスリザリンと点数が並んだ事で爆発的な歓声が生まれ、静まった所で次なる者の名を告げる。

 誰かが呟いた『スリザリンに並んだ』という発言は大広間中に聞こえ、期待と興奮を積もらせた。

 眼鏡の奥の双眸が、あの夜に友人達の前へと立ちはだかった一人の少年を捉えた。

 

「友達や寮のためなら例え仲間からも敵だと判断され、嫌われる事も覚悟して精一杯の気持ちをぶつけようとしたその勇気を、ワシは称えようと思う」

 

 ダンブルドアは言葉を区切る。そして、その理知と優しさに満ちた声が告げた者の名は――、

 

「――ネビル・ロングボトム君に十点を与えたい」

 

 名を告げた瞬間に巻き起こった歓声は、今度こそ大広間が爆発したと錯覚する程の凄まじいものだった。

 まさかの逆転激に大多数の者が喜びの歓声を上げ、残りの生徒は落胆と怒りが入り混じった表情で呆然としている。連続優勝をストップさせられた喜びを、三寮全員が感じていた。

 

「さて、そして最後の人物は――アルフィー・グリフィンドール君」

 

 ここで告げられた名は騒ぎ立つ声を沈静化させ、大広間にいる者全員の関心を集める事に成功する。憤慨しているルームメイトを慰めていたアリィは、急に出てきた自分の名に目をパチパチさせた。

 

「ワシとの約束を破って禁じられた廊下の最奥へと向ったのは、罰さなくてはならん。それが決まりじゃからな」

 

 ダンブルドアは一度、アリィの禁じられた廊下への侵入を見逃している。二度目は無い。規則破りではハリー達も同罪だが、約束を破ったという点が問題だった。

 そもそも、アリィが侵入しようと思わなかったのなら、クィレル達は最初の罠を突破出来なかったに違いない。ハリーもアリィの反応と発言を見聞きしていなかったのなら、アリィの忠告を受け入れて廊下への侵入を決意しなかったのかもしれない。

 予想が含まれるが全てはアリィの行動が起因となっている。以上の点から彼の罪は重く、その件に関してはハーマイオニーや話を聞き付けたマクゴナガルから盛大な叱責を食らった。

 

「ただ、この一年間。校内を楽しく大いに賑わせ、寮生の仲を改善するきっかけを作り、賢者の石を守る優れた罠を仕掛けてくれた」

 

 厳正さを示し、そして強張っていた表情が徐々に柔らかくなっていく。への字に引き締められた老人の口許は、もう既に微笑みへと変化していた。

 

「全てを差し引き――彼に合計で十点を与えたい」

 

 当初、ダンブルドアの発言を理解出来た者はいなかった。彼の言葉はゆっくりと、まるで紙に浸透する水のように、徐々に生徒達の頭に広まっていく。

 減点だと思っていたらまさかの加点。理解が追いついた時、生徒達は一斉に歓声と叫び声を上げた。もはや一緒くたに成りすぎてただの騒音。場は混沌と化している。

 その騒音に負けない声でダンブルドアは宣言する。

 

「前代未聞!今年はグリフィンドールとスリザリンの同時優勝とする!」

 

 同時に両手を叩いた瞬間、パーティーの飾り付けが変貌を遂げた。

 緑一色だった部屋の装飾には真紅と黄金が入り混じる。二寮のシンボルカラーを交えた装飾が、同時優勝が現実だという事を未だに信じられずにいた一部の者を正気にさせた。

 

「……そうだ、そうだよ、僕達の優勝だ!」

「アタシ達が勝ったのよ!」

「くっそ! 正義馬鹿達と同着なんて……っ!」

「そりゃあこっちの台詞だ!」

 

 中にはアリィの点数が低すぎると憤る蛇寮生も居たが、最低週に一・二回は問題行動を起こしていた天災の事を考えれば強気に出られる筈も無い。むしろあれだけ獅子寮に得点が加算されても同時優勝が出来たのはアリィの点数があっての事だったので、ここで憤りを感じるのもお門違いというものだ。

 そして点数をワザと同じになるよう調節したダンブルドアは、互いに喜び、そして同じ順位に登り詰めた敵寮に視線を向ける獅子と蛇を見て顔を綻ばせる。

 早くも火花を散らし合っている彼等は、来年こそは自分達が完全に首位に立つと思う筈。勝つために切磋琢磨を繰り広げ、今度こそ完全無欠な一位を取るという共通心理は更なる寮の結束を生む。

 そして一位達に負けないために他二寮も奮闘するに違いない。

 

 生徒達の更なる成長を期待して、彼は同時優勝などという判定を下したのだ。

 

 仲間意識というものは、巨万の富を投げ打っても買う事も叶わない。とても素晴らしくて価値のある力なのだから。

 

(さて、来年もまた、大いに盛り上げてほしいものじゃ)

 

 彼が次に視線を向けたのは、上級生に肩車をされてテーブルの周囲を凱旋している件の天災。

 もしかしたら来年はライバル意識を持ちすぎて、優勝寮の二つは更に敵対の道を進んでしまうかもしれない。しかし、そうなっても彼が――天災がいるのだから、きっと大丈夫。

 誰にでも平等に接し、誰に対しても全力で向き合う少年の『楽しみ』は、きっと敵意に満ちる殺伐とした空気を浄化し、この学校を賑やかで明るい『楽しみ』で包み込んでくれるに違いない。

 来年は更に喧しく、そのぶん生徒を笑顔にさせてくれるに決まっている。そう信じさせてしまう不思議な何かが、あの笑顔には秘められているのだ。

 

「さあ、それでは、楽しいパーティーの始まりじゃ」

 

 順位を発表してから晩餐という関係上、これまでの食事では寮によって温度差があった。それがどうだ。今年はどのテーブルでも皆が笑顔で、それでいて喜びや楽しみで満たされている。

 

 騒がしく、そして最高潮の楽しみに満たされたパーティーは、満天の星空の夜の下、だいぶ長いこと続けられた。

 

 そして、

 

 

「じゃあ早速夏休みの計画を立てようぜ。俺やフレッド達はいつでもオーケーだ」

「いつ箒を売り込みに行くかもな」

「そうだアリィ、ついでにお前も俺達の家に遊びに来いよ。ハリーと一緒にな」

「おうよ!」

 

 

 

「あ、そうだ。はい、ハーさん。成績トップのお祝い」

「……何だか素直に喜べないわ。アリィが天文学のテストも真面目に勉強していれば、トップは貴方のものだったんですもの」

「……ハァ、二人とも六教科の合計点数が六百点オーバーなんだろう? それで喜べないんだったら、僕やハリーの点数なんて自殺ものだぜ」

「僕達も結構いい点数だって思ったけど、二人と比べちゃったらね……」

 

 

「セド! 君には最後に自家製クッキーをプレゼン――」

「流石にもう勘弁してくれっ!?」

 

 

「アリィ、君も僕の家へ招待してあげよう。……ただ、お願いだから父上達の前では発言や行動に気をつけてくれ」

「マジ!? よっしゃ、任せろ! じゃあ大丈夫な日を今度手紙で教えて。俺もスケジュールを見直すから! ……でも数世代上の人達に俺の持つ漫画がウケるか心配だ」

「君は本当に僕の発言を理解したのかっ!?」

 

 

 

 

 ――こうして彼は列車がキングズ・クロス駅に着くまでに様々なコンパートメントを行き来し、数ヶ月会えなくなる友人達との最後の交流を深めていく。

 

 双子とリーの家宅訪問。双子座の売り込み。ルーマニアへのドラゴン見学。ウィーズリー家のお泊り会。そして、知り合いとの永久の別れ。

 楽しみもあれば悲しみもある。それでも予定が盛り沢山の今年の夏は、長い目で見れば更なる楽しみを提供してくれるに違いない。

 

 

 

 やはり、去年の選択は間違っていなかった。

 

 

 

 危険はあったし、大変な事もあった。それでも天災は思う。魔法界に踏み込んで本当に良かったと。

 

「アリィ、どうかしたの?」

 

 ドラコ達、そしてウィーズリー家やハーマイオニーとも別れ、約一年ぶりにキングズ・クロス駅を歩くアリィの笑顔に気付き、隣を歩くハリーが顔を覗き込んでくる。

 ガラガラと押すカートの重さも、ドカドカと人混みを掻き分けて前を歩くダーズリー夫妻の不機嫌そうな面も、きっと気にならない――いや、それすらも楽しみに変えてしまう一人の天災は、

 

「いや、たださ――」

 

 この一年は文句無しに楽しかった。そして、きっと来年は更に楽しい事が待ち受けているに決まっている。その来年も。その次の年も。ずっとずっと興味深くて面白い不思議が溢れている。魔法がもたらす奇跡と未来は、無限の可能性を秘めているのだから。

 

「ただ――魔法って本当に面白いなって思っただけだよ、ハリー」

 

 

 

 

 ――未来を想い、最大級の笑顔と楽しみを振り撒き、アルフィー・グリフィンドールは心から楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 




やはり長い後書きの時だけ活動報告を使います。

次回から秘密の部屋?編に入ります。
原作崩壊の嵐です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。