ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第十一話

 

  季節が十二月下旬に入るとホグワーツは深い雪に包まれた。

 周囲を彩る雪原が太陽の照り返しで海辺のように白く光る。校庭を覆う綿雪はまるで雲のようで、さながらこの洋城は天空に聳え立つ神々の住処のようにも見えた。

 

「かっんせーいっ! よっしゃぁあああああああああっ!」

 

 学校がクリスマス休暇に入り閑散とし始めたクリスマス当日に、誰もいない部屋で歓声が上がる。大枚を叩いて製作に励み一ヶ月強。毎晩夜更かしを続けて漸く完成させた試作品に感動の眼差しを向けるのは、当然のことながらアルフィー・グリフィンドールである。

 

「やったぜポチ太郎!」

 

 歓声を受け、ベッド脇に作られたクッションが敷き詰められた寝床でビクッと目を覚ます三頭犬に突撃をかまし、朝のスキンシップに励んだ後に意気揚々と部屋を出る。

 ドラコが帰省しているのを良いことに、周囲に散乱する木屑や小枝はそのまま放置。夜の内に運ばれた沢山のクリスマスプレゼントも既に開封済みであり、とっくにフル装備を完了している。

 ウィーズリー家から送られてきたクリーム色で大きくAの刺繍が縫い付けられたセーター。

 ロンがご贔屓にしているクィディッチチームのサポーター帽子。

 工具を差し込める作業用ベルトとネジやボルトを入れるポーチを別々に送ってきた太っちょと細身の親友は、こんな時だけ息の合ったコンビネーションを見せてくる。

 ハーマイオニーやハグリット達からはお菓子が沢山。

 そしてマグルの世界で売られている最高級工具セットをドラコが送ってきたのには、流石のアリィも驚かされた。

 

「おーい、皆の衆! メリークリスマース!」

 

 装備出来るプレゼントを全て身に付けたアリィは、右手に自作のパーティーグッズ(朝用)を持って朝食に向う。

 生徒の八割は寄宿しているので人は少ない。蛇寮の主な友人達が軒並み全滅している少年は、知り合い達が集まっている獅子寮グループへ駆け出した。

 

「おはよう皆。とりあえずは景気付けに一発――」

「しなくて良いから自重してっ!」

 

 クラッカーを取り出したアリィを羽交い絞めにするハリー。学校側から配られたクラッカーならまだしも、明らかに魔改造されている特製クラッカーを使わせるのは自殺行為だ。

 慣れた手付きで危険物を没収され、不貞腐れたアリィはヤケクソ混じりに七面鳥に齧り付く。こうしてパーティーグッズの使用は夜の本番までお預けとなった。

 

「それよりも、ありがとなアリィ」

「ああ、高かっただろアレ」

 

 不貞腐れているアリィに笑いかける双子が言ったアレとは、クリスマスプレゼントとして贈られてきたドラゴンの血液の事だ。罠を仕掛ける際に多めに注文したものを彼等のために流用したものだった。

 そして双子に続いてロンやハリーも感謝を述べているる。

 彼等はそれぞれ御贔屓のクィディッチチームの記念ポスターと最高級箒磨き粉を一缶プレゼントされていたのだ。

 他の人達にはお菓子の詰め合わせや自作したシルバーアクセサリーをプレゼントしている。

 ちなみに贈ったプレゼントの数はざっと百人分を超えている。交遊関係が幅広いにも程があった。

 

「元手はそんな掛かってないから気にしない気にしない。それよりもほら、乾杯しようよ乾杯」

 

 徐にかぼちゃジュースのジョッキを掲げて音頭を取るアリィに四人が続く。

 ガシャンっという陽気にジョッキを打ち合う音は、今後の生活を祝福しているかのように楽しい音だった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 魔法界のクラッカーが鳴り響き、それに付属するオマケ商品を自室に運んだアリィが姿を現したのは、お昼を過ぎた学校の校庭。

 そこではハリーとロン、それに双子が猛烈な雪合戦を繰り広げ、戦争も真っ青な雪玉飛び交う戦場地を生み出している。

 結果はどうやら一年コンビの敗北に終わったらしい。全身を雪塗れにした二人は雪原に大の字で倒れ臥していた。

 

「……アリィ、その手に持っているのは?」

 

 そしてアリィの登場に逸早く気付いたハリーは『ついにこの時が来たか』と覚悟を決めた表情で上体を起こし、雪を払いながら問いかける。

 その隣で目をキョトンとさせているロンも、面白そうに近付いた双子達も、全員が両手に持っている発明品に目を奪われていた。

 それもそのはず。アリィが不眠不休で取り組み開発したコレは、四人だけでなく魔法使い全てが興味を持つような代物なのだから。

 

「ふっふっふ、箒以外に何に見える?」

 

 そう不思議そうに首を傾げながら両手で箒を掲げると、連動して四人の視線も移動する。何も普通の箒なら四人がこれほど注目することはない。アリィが製作した箒は、箒に素人のハリーでも異質だと分かる形状をしていた。

 

「名付けて双子座(ジェミニ)。乗り心地は保障する」

 

 長さは大目に見積もっても四十センチほど。通常よりも太目に削られたマホガニーの柄。後部に束ねて貼り付けられた小枝。ほぼ全く同じ形状をした極小極短の一対箒――双子座。

 跨るのではなく足で乗るために作られた二本の箒は、飛行訓練の経験と穴熊寮の絵からインスピレーションを受けて製作されたものだった。

 

「作るのに苦労したんだ。いやホントに」

 

 そう呟くアリィは疲労に満ちた顔を嬉しそうに輝かせながら、声を弾ませて制作秘話を語り出す。

 

 まずはハリーがマクゴナガル教授から頂いたニンバス2000という箒と同じ物をフクロウ販売で二つ購入し、それを解体して箒の核である『浮遊石』を取り出す。

 素人の手で最高峰の箒が解体される場面を見て悲鳴を上げるルームメイトがいたが完全シカト。

 魔力を吸収して浮遊するコーンウォール地方原産の浮遊石は上質な鉱石であり、その殆どが箒製作者や企業の手に渡るため、箒を購入する方が一般人には手に入り易いのだ。

 そして自作した柄に取り出した浮遊石を埋め込み、感受木(ストマック)と呼ばれる樹木の樹液から精製されるニスを塗る。

 この木は人の思念を受信して活動するという稀有な性質を持ち、魔法使いの命令に自動で動く道具――例えば魔法使いのチェスなどにも使用されている。

 その木から制作されたニスを塗ることで魔法使いの命令を受信し、無意識に放出している魔力を浮遊石が吸収。そうして初めて箒は宙を駆けるのだ。

 

 ここまでの説明で一番驚愕を表したのはロンだった。

 

「アリィ、ニスも自作したの?」

「当たり前じゃん。そうしないと発明なんて言えないよ」

 

 浮遊石の大きさと柄の長さ。それと材料にしている木材。これら三要素の情報に基づいて樹液と各種薬品を組み合わせ、調合比率を割り出し、使用する上で最適なニスを調合する。

 簡単な製造方法は本で調べられるが、企業や職人達が秘匿しているニスと木材の親和性、また最適な調合比率といった独自の情報をアリィが詳しく調べられる筈もなく。それは地道な努力と沢山の失敗を経て制作されたモノであることは想像に難くない。

 その事を知っているロンと双子は、ただただアリィの熱意と根気強さに脱帽している。

 またそれに相応しいほどニス制作は大変であり、ムラが無いよう均等にニスを塗る作業はかつて無いほど神経を使う作業だった。

 コンマ数パーセント単位での精度を要求された調合に、最終段階のニス塗りで何度も何度も失敗した苦労の果てに、こうして双子座は完成したのだ。

 

 挫折と苦労を味わった分、完成させたアリィの顔は誇らしげだった。

 

「ということでハリー、例に飛んでみて」

「うぐっ」

 

 ハリーの口から変な声が漏れるのも仕方がない。

 一ヶ月以上前にニコラス・フラメルについて訊いた時、アリィの持っていた本の題名が『箒製作と良質な木』だったためオリジナル箒を製作し、それの試運転を任されるだろう未来は容易に想像出来た。

 足を固定する留め金とロープが付属しているので安全性は考慮されているのだろう。それでもハリーの不安は絶えない。

 世界一安全を謳い文句に試運転を任された発明品に、いったい何度騙されたことか。

 

「本当に大丈夫だよね? 爆発や空中分解の心配は?」

「大丈夫だって。去年と同じ失敗はしない」

 

 車椅子にエンジンとプロペラを付けた一人用ヘリコプターが処女飛行十秒後に爆散したのは、ハリーにとっても過去ベスト五に入る恐怖体験だ。

 ここにハーマイオニーが居たのなら何かツッコミを入れるだろうが、生憎ここにいるのはアリィと同レベルの失敗を繰り返す双子と、その被害に遭っていた彼等の弟であるため、今の会話の異常性に気付く者はいない。彼等の感性は一般人と比べてズレていた。

 

「飛行確認はちゃんとした?」

「それも問題無し。脳内シミュレーションはバッチリ」

「安心出来る要素が皆無だよっ!?」

 

 実質、飛行確認を終えていないのと同義。唾を飛ばす勢いで文句を言うハリーに笑い掛けるアリィは、発明家に有るまじき楽観主義者だ。

 コレで最悪の事態を常に免れているのだから、本当に彼は神に愛されているとしか思えない。

 

「心配し過ぎだよ。もし何かあっても箒が飛ばないだけだし、ちゃんと落下防止の魔法も準備しとくから大丈夫。それに試運転は今までハリーの役目だったじゃん」

「ああ、そうだよねっ!? アリィってばいつも僕に試運転を押し付けるんだからっ!」

 

 最初は断固拒否の姿勢を取るものの、最終的には認めざるを得ない状況を生み出されるか、普通に論破されてしまう不幸な少年ハリー・ポッター。

 今までの鬱憤が溜まっていたのか感情のままに怒りをぶちまける彼に肩を竦め、まるで駄々っ子を見る目で口を開く姿に、余計ハリーは憤慨した。

 

「確かに俺は今まで試運転をハリーに任せていた。だって万が一、外から何とかしなくちゃいけない場合は俺以外に対処出来る奴がいないし」

「う……っ、そ、それはそうかもしれないけど――」

「まあ、発明品の中からや装着者自らが修理する必要があった場合はお手上げだったんだけどね。あと何かあったら怖いし」

「ぶっちゃけ過ぎだよアリィ!?」

 

 堂々としたスケープゴート発言には怒りを通り越して呆れが出る。沸点を越え過ぎて脱力し、それでも詰め寄ろうとする親友を手で制し、アリィはなおも持論を続けた。

 

「でも今回のはきちんとした理由がある。飛行術が俺よりも得意なハリーだからこそ、コイツの初陣を任すんだ」

 

 飛行術に必要なのは箒の相性。即ち、自身の魔力をどれだけ効率良く浮遊石に送り、指令を伝達出来るのかだ。この二要素は狙って習得出来るものではない。

 無意識に送る魔力量も、箒を素直に隷属させられるカリスマ性も、全ては天性の才能がモノを言う。

 練習次第で箒の操縦技術を上げられても根っ子の部分は変わらない。

 その点で言えば自分もそれなりに飛行術の才能があると自負しているが、それでも飛行に関してはハリーの方が適正があると確信していた。

 

「ハリーは飛ぶのが好きでしょ? 俺は飛ぶよりも箒を作る方が楽しかった」

 

 飛ぶのに一番重要なこと。それは才能云々の前に、飛行を楽しむ心と、どれだけ飛行が好きかという気持ち。

 この気持ちの部分で言えば、アリィはハリー所かこの場にいる誰よりも負けている。

 飛ぶことよりも箒自体に魅了された天災は、最初の頃に感じていた飛行の憧れよりも、もっと真摯に取り組める興味対象を見つけたのだ。

 

「ということで試運転をお願い。それに俺の試作品を気兼ねなく託せるのはハリーだけなんだ。ダドリーはバーノンのおっちゃん達が煩かったし」

 

 長年の付き合いである心を許した親友だからこそ、安心して大事な発明品を託すことが出来る。

 意外な過大評価に照れくささを感じつつ、見事に論破されてしまった単純な少年は『仕方が無いな』という態度を取りつつ箒を両足に装着していく。

 ちょろいと思われても仕方がないが、友人の少なかったハリーにとって信頼や一人だけという言葉は殺し文句に等しかったのだ。

 固唾を呑んで初フライトを見守る四人に頷いてから、ハリーは雪原を照らす上空へと飛翔する。

 バランスを取るのが難しいのか安定に欠ける飛翔姿を披露するも、蒼天を駆けるハリーの表情は――、

 

「――凄い、凄いよアリィ」

 

 恐怖で強張った表情は直ぐに笑顔へ変わっていく。

 同じ走る道具でもバイクとローラースケートが別のように、空を駆ける感触が今までと異なる。

 それは空を飛ぶというより、宙を滑るというイメージと方が強い。通常の箒とは違い両足を動かして飛翔する分、その束縛されていない自由な足は、自分自身の力で走り滑っているというイメージをより強く操縦者に植え付けるのだ。

 天性の箒乗りとしての才能と優れたバランス感覚を有するハリーは、直ぐに独特の飛行術を自分のモノにして空を駆ける。その伸び伸びとした飛行を、地上にいる者は羨望の眼差しで見詰めていた。

 

「ハリー! ターンしてみて!」

 

 二十メートル下から親友の声を聞き、自由に空を滑っていたハリーは直ぐに指令を実行する。

 その際に、ついにハリーは我慢しきれずに歓声を上げた。

 長い箒に跨るという姿勢状態と、短い箒を足にしての全く動きを束縛されない直立の姿勢では、その稼動域の広さから自由度が段違いなのだ。

 普通なら大回りに旋回しなくてはいかない時でも、この双子座ならその場で旋回して自由に行動出来る。

 これはトップスピードで目標目掛けて空を飛ぶクィディッチと比べ、方向性の違う別の楽しさを生み出す。

 好きに手足を動かし、更にコンパクトな動きで宙返りや旋回といったアクロバティックな動きを可能にする飛行に、ハリーの心はどんどん惹かれていった。

 クィディッチは凄く楽しいが、コレはコレで全然アリだ。羨ましそうに見上げるウィーズリー兄弟と満足そうな親友の視線を集めながら五分間の単独飛行を終え、ハリーは漸く雪原に足を付けた。

 

 興奮と疲れで汗ばむ黒髪と、溢れんばかりの喜色顔を見せ付けながら。

 

「どうよ?」

 

 訊かなくても大体分かるが製作者として生の声を聞かずにはいられない。この時のアリィのドヤ顔は、お世辞抜きで様になっていた。

 

「最高の気分だった! 素晴らしいよ!」

 

 感動に震える声で紡がれるのは稀代の発明品に対する惜しみない称賛。

 今までの発明品に対する不満をチャラにする勢いで飛行体験を語るハリーの言葉は琴線に触れる部分があったのか。それはクィディッチ好きの飛行魂を焚き付けるのに充分だった。

 

「僕、初めて君の発明品に感動したかも――」

「「おい、ハリー! 俺達にも貸してくれよ!」」

「そうだよハリー! 僕にも乗らせて!」

 

 奪う様に双子座を取り合い、兄弟は順に空へと飛び立つ。その新しい感覚に対する感動と興奮はハリーの時と比べて大差無く、以前より箒に慣れ親しんでいた彼らを驚愕させるには充分な衝撃だった。

 しかし、ハリーの時には露呈しなかった問題が三人の飛行を終えた所で浮上する。

 それは今までとは比べものにならない操縦の難しさだ。元々一つでさえ難しい箒の操縦。それが二つに増えるということは、左右の手で別々の文字を書けと言っているのに等しい難易度を誇る。

 二つに増えた分、指示通りに動けという命令の純度――つまり意思が薄まり、分散され、魔力と命令を受信し難くなるのだ。

 豊富な練習時間があるならまだしも直ぐに実用レベルで操るのなら、少なくともハリー並の技術と才能が必要であることが証明された。

 その事実に口惜しさを感じながらも、ロンの表情は喜色で溢れている。ハリーや双子がこの箒を操り試合に出ている様を想像し、興奮が抑えきれなかったのだ。

 

「今度のクィディッチはコレで出なよ。ハリーなら間違い無く勝てる! なんだったらフレッドとジョージのどっちかでも構わない!」

 

 小回りの効く敏捷性と稼動性能に優れる双子座は素早いスニッチを掴む必要があるシーカーに最適であり、両手が空くという特性も棍棒を振り回して暴れ玉を打ち放つビーターに適していた。

 

 そう熱弁するロンに首を振るのは、彼の兄弟だ。

 

「それがダメなんだな弟よ」

「ああ、お前はクィディッチを全く分かっていない」

 

 馬鹿にするような発言をする反面、双子の口調にはもしそうだったら良いなという願望が込められていることにハリーは気付いている。

 憤慨するロンと同じようにハリーもその理由が分からなかった。

 その説明を受け継ぐのは、この双子座の製作者だ。

 

「公式試合は無理。だってコレ、競技用の公式箒じゃないし」

 

 クィディッチに使用出来るのはクィディッチ協会が認めた公式の競技用箒のみ。それは箒作りのライセンスを持つ個人か企業にしか認められていないことだ。

 いくら最低限の実用可能レベルで仕上げたとしても、ぶっちゃけて言えばアリィはただのモグリ職人。

 それにこの箒にはまだまだ課題が多い。

 その操縦方法の難しさは仕方が無いにしても、最高時速が八十キロ未満というのはクィディッチにおいて致命的な遅さだ。

 荒く削られた柄と適当に束ねられた小枝が原因で、カーブの際に双子座の売りである滑らかな動きとスピードを殺していたことにもアリィは気付いている。

 

 綺麗に切断、研磨する技術と、スピードを殺さないよう計算し尽くされた小枝の束ね方。どれもまだアリィには欠けている技術だ。

 

「じゃあ売り込みに行こうぜアリィ!」

「フレッドの言う通りだ。コレにはそれ程の価値がある。大ブレイク間違い無しだ!」

 

 必要な技術は他で補えば良い。それに専門職の人達が見れば、今以上に感受性を高められるニスを作製するのも夢ではないと双子は力説する。

 更にハリーとロンの勧めもあり、またアリィの夏の予定が一つ埋まることになった。

 

「じゃあ夏休みにどっかのメーカーに売り込みに行こう」

 

 

 

 後にこの双子座を基本モデルにした一対箒が爆発的に流行し、それに伴い箒を用いた空中フィギュアスケート『ラクニス』が誕生。

 魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部の手により公式試合化してクィディッチと二分する程の人気競技となるが、当然この数年後の未来を予測出来た者は一人もいなかった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 昨夜のクリスマスパーティーの熱が冷め切らないお調子者達も漸く静かになり、まだ朝日の昇らない時間に廊下を徘徊する影があった。

 プレゼントのセーターと制服だけでは暖が足りず、その小さな影は四速歩行で行進を続ける一匹の背中にピタリと張り付き、その黒い毛並みに頬を埋めて暖る。

 銅像の影に隠れながらゆっくりと歩く三頭犬の身体を、アリィはポンッと弱めに叩いた。

 

「ポチ太郎、誰かいたら直ぐに教えて」

 

 声のトーンを落とした囁き声に軽く鳴き、幸いにも誰にも見付からず、一人と一匹は寒い風が吹く校庭へと進み出る。

 空の彼方からは僅かに太陽が昇り始め、優しい朝日は校庭を、そしてアリィたちが目指す禁じられた森を明るく照らす。

 アリィがクリスマス休暇を利用して帰省しない理由も、ドラコ達友人のホームパーティーを丁重にお断りしたのも、全てはこの時のため。

 平日では監視の厳しさと時間的理由から断念していたホグワーツ周囲の探索をするために、アリィは今まで準備を進めてきたのだ。

 

「おし! そんじゃ周囲の探検に行きますか!」

 

 最初の数週間は『動物好かれ』の力を利用して三頭犬を従えていたアリィも、元々優れていたハグリットの教育と愛犬に注ぐ愛情の力からか、お守りを身に付けていてもポチ太郎を忠犬化させる事に成功している。

 当然今も身に付けている訳だが、まだこのお守りを外す必要は無いと判断して森を歩く。

 禁じられた森には危険な動物が満ちている。下手に外すとその危険な動物を招き寄せる結果に成り兼ねないため、遭遇するまで外す気は無かった。

 

「それにポチ太郎もいるし多分大丈夫」

 

 いざとなれば収縮魔法を解除して対処するなり、バッグに入っている双子座で逃げれば良い。外気の寒さに白い息を吐きながらもピクニック感覚で自由気ままに森を歩き、風が吹く度に鳴る木々の旋律を楽しむ。

 途中で木に引っ掛かっていたユニコーンの鬣も回収してしばらく歩いた一人と一匹を待ち受けていたのは、

 

「うわ! 凄い洞窟……底が見えない」

 

 絶壁に近い急傾斜で地面に大口を開けている洞窟の大きさは半径数十メートル。地獄への入り口と思わしき洞窟――どちらかと言えば鍾乳洞に近い大穴の底を覗き、興味本位から側にあった大石を浮遊魔法で落とす。

 数十秒掛けて破砕音を響かせた大穴を見るアリィの目は、いつものようにキラキラと輝いていた。

 

「洞窟探検に出発!」

 

 早速双子座を装着したアリィが三頭犬を浮遊魔法で浮かべながらゆっくりと降下する。

 底から吹き抜ける冷たい風が暗闇に包まれる洞窟内で吹き荒れる。風と自身の息遣いしか聞こえない静寂の暗闇は恐怖心を掻き立てた。

 ――まあ、それはあくまで普通の人にとってであり、興奮から脳内麻薬が凄まじい事になっている今のアリィには恐怖を感じる余裕が無い訳だが。

 

「うわっと……ここが地面か。『ルーモス 光を』」

 

 不恰好な着地をしつつ三頭犬を地面に下ろしてから杖先に光を灯す。

 しかし双子座を外すことはせずに地上から数十センチ浮いた状態で探索を開始するアリィだが、直ぐに不可解なことに気付いて首を傾げることになった。

 

「なにコレ?」

 

 ジメジメとした洞窟に横たわっていたのは、細長い透明な何か。それは実に六メートルもの長さがあり、何かを感じ取ったのか三頭犬も低く唸る。

 その巨大な蛇の抜け殻を目撃しても退散する選択をせず、それ所か巨大な姿を一目みたいために愛犬を宥めて行進を再開するアリィは、本当に肝が据わっていた。

 

「今度は扉?」

 

 洞窟内を進んだ先に見えるのは岩壁に嵌められた巨大な扉。まるでマンホールの蓋を貼り付けたかのような人工物は、紛れも無い人の手で造られた証。

 それも二匹の絡み合った大蛇の彫り物がされているという意匠を凝らしたデザイン。鱗の一つ一つまで再現され、瞳の代わりに巨大なエメラルドが嵌めこまれた蛇は、杖先の光に照らされて本物のような光沢を放っていた。

 

「アバカム……って言っても開かない。なら――」

 

 一般的な開錠の魔法も、ゲーム上の扉を開く呪文もダメ。なら、次に唱えるのは決まっている。

 世界的に有名な開錠の魔法。

 本物と錯覚するほどの蛇のデザインを見ながら祈り、アリィは願いを込めて高らかに叫んだ。

 

「――『開け』ゴマ!」

 

 一部にシューシューという蛇の声のような音を混じらせ、叫ぶ。

 知らずの内に開錠の条件である蛇語を話して扉を開けたアリィは、喝采を上げながら喜々としてその空間へ――秘密の部屋へと足を踏み入れた。

 そしてアリィは直ぐに目撃することになる。洞窟とは毛色の違う開けた空間の中央でとぐろを巻く、その十数メートルは有にある巨体を見せ付ける巨大な蛇の姿を。

 

「でっけえぇぇぇぇっ!」

 

 本来なら恐怖を増長する醜悪な外見も、今のアリィにはカッコイイと移ってしまう。

 危険を感じて飛び掛ろうとする三頭犬を羽交い絞めにして、アリィは凄い凄いを連呼してはしゃぎ出した。

 

『……この部屋に入れるってことは、君はスリザリン家の者?』

 

 その閉じていた眼が開き、頭上から芯に響くような深い声がアリィの下へ伝わる。外見と声色からは想像出来ない、どこか弱気な印象を受ける言葉を聞き、アリィは盛大に首を傾げた。

 とても意外なことを訊かれたからだ。

 

「スリザリン? 俺はグリフィンドールの末裔だけど」

 

 しかし言ってからアリィは思い出す。あのボロボロの帽子は言っていた。私の製作者とは違う高貴な御方の血も引いている、と。

 

『確かに君からはゴドリックさんと同じような雰囲気を感じる。でも君は僕の主人であるサラザール様の幼い頃にそっくりだ』

 

 

 

 そう、アリィにはゴドリック・グリフィンドールの血だけでなくサラザール・スリザリンの血も流れている。

 アリィがスリザリンに適正があった一番の要因はコレだったのだ。

 

『それに君は僕と話をしている。蛇語を扱えるのはスリザリンの血を引く者だけだよ』

「……あー、そういや蛇語ってサラザール・スリザリンの十八番だっけ」

 

 考えれば直ぐに気付くような、逆に何故今まで気付かなかったのかと疑問を感じてしまう。あまりにも簡単で納得がいくことだった。

 しかし、これはこれで疑問が残る。

 アリィの曾祖父であるデイモンと父のトバイアス。

 この二人がグリフィンドールの血筋というのはハグリットに聞かされた。そして敵対関係にある両家の者が交わったという記録は残されていない。記録が残されていないだけで本当は両家出身の中で繋がりがあったと仮定も出来るが、もっと単純で一番可能性がありそうな回答に辿り着く。

 

(ってことは、母ちゃんってもしかしてスリザリン家の血筋? 戻ったらハグリットに母ちゃんがどこの所属だったか訊いてみよう)

 

 あまりにも衝撃的な事実にアリィは自分の親友も蛇語使いであることを忘れてしまう。

 そのことで一悶着起きるのは来年になってからのことだ。

 

『……それで、君の名前は?』

「俺はアルフィー・グリフィンドール。アリィで良いよ。そっちは?」

『僕に名前は無いよ。皆はただバジリスクって呼んでる』

 

 バジリスク。

 それは魔法界であまりにも有名で、その危険度と凶悪さからトップクラスの危険生物に認定されている怪物の名前だ。

 当然、魔法生物図鑑を読んだことがあるアリィはバジリスクの名を知っている。何故、この蛇が危険なのか。その強力な力のこと全てを。

 

「バジリスク!?」

 

 バジリスクで尤も恐るべき点は、その蛇の目を見た相手を瞬時に即死させるという恐るべき能力が上げられる。しかもバジリスクは毒蛇の王という名もある通り、その牙には治療法が一つしかない強力な毒が内包されている。

 先程から視線を合わせて会話をしているアリィは、通常なら有に百回は死んでいた。

 顔を青ざめて心配しているアリィを安心させるため、バジリスクは静かに頭を振った。

 

『僕が瞳に魔力を込めなければ害は無いよ。元々荒事は嫌いなんだ。それに新しい主人を死なせる訳にはいかないでしょ?』

 

 バジリスクは大変長命であり、その特殊な出生条件と目撃例の少なさから、まだ魔法界でも知られざる事実は多い。

 問答無用で殺害する凶悪な力ではなく、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「……って、新しい主人?」

『僕の力が必要だから扉を開いたんでしょ? それで、君は僕に何をさせたいのかな。以前起きた時みたいに、また僕を無理やり操るつもり?』

 

 悲しそうな声色からは諦観が見えてくる。

 過去に何があったのかアリィは知らない。どんな扱いを受けてきたのかも想像出来ない。それでもこれだけは確信が持てた。

 無理やり何かをさせることは決して無いだろう、と。

 

「良いよ寝てて。特に頼みたいことも無いし。冬眠の邪魔してゴメン」

『そう? なら、何かあったら起こして。……おやすみ、アリィ』

 

 こうして巨大な毒蛇は深い眠りに落ちる。

 その大人しい姿に頬を弛ませたアリィは周囲を見渡し、そして不愉快と言わんばかりに眉間に皺を寄せた。

 カビ臭く、それでいて汚さが目立つ大きな部屋。いったい何年もの長い間ここに住んでいるのか想像すら出来ない。

 その寂しい光景にポツリと呟く。

 

「……独りは嫌だ。誰だって」

 

 孤独でいることの辛さ。友人が沢山いても、唯一の肉親を無くした寂しさを時折感じるのだ。正真正銘の独りであるこの蛇の恐怖と苦悩は、きっと想像以上にキツイものだろう。

 独り残される辛さを知るアリィの決断は早かった。

 

「よし。『レデュシオ 縮め』」

 

 寝ている蛇に杖を向け、愛犬にも掛けている収縮呪文を毒蛇の王に処置を施す。

 強力で膨大な魔力を対価に発揮される奇跡は、強力な魔法耐性を持つバジリスクを見る見る小さくさせていった。そしてあっという間に十数メートルの巨体は八十センチ台に縮んでしまう。

 小さな両手で毒蛇を抱えるアリィは、新たな出会いで歓喜に震えていた。

 

「ご先祖様のペットってことは、俺にはコイツの面倒を見る義務がある。帰ったら冬眠し易い寝床を作ってやるぞ伝次郎」

 

 こうしてスリザリン寮には人知れず新たなペットが加わることになる。

 住処は天災のベッドの下。開けるべからずと書かれた木箱にクッションを敷き詰めた冬眠用ベッドで、幼い主人に伝次郎と名付けられた毒蛇の王は眠り続けた。

 三頭犬にバジリスク。魔法界でも屈指の凶悪生物と同居する未来も知らず、その頃のドラコは無理やり家に付いて来てしまった女友達を交えて両親と朝食を摂っている。

 パンジーの『将来を近いあった仲』発言を撤回している場合ではない。

 地獄の番犬と毒蛇の王が住まう部屋など歴史を紐解いても無いのだから。

 

 

 




今後、あとがきは活動報告で行うことにします。

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