化譚   作:吉田シロ

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九、暗闇に惑う事

 一瞬で沈静化したとはいえ、政府直轄地のど真ん中でテロ。警備体制どうなってるんだコラ、と言いたいところだが、テロは防ぐのが難しいと言うし、素人の俺に何が言えるわけでもなく、青慈を引きずる勢いで、気だけ焦りつつ屋敷に戻る。

 警備物々しい屋敷の門を潜ると、そこに、いちゃいけない人が居て飛びついてきた。

 

「イチ様!!!」

「ちょ! 屋敷から出ないって言われてたじゃないですかニキさん! 庭も駄目!!」

「申し訳ありません……。また、刺客が出たと聞いて、居てもたってもいられず……」

 

 しょぼんと落ちた耳が可愛い。頭を思わず撫でてしまった。猫耳みたいに薄い狐の耳は柔らかくて温かい。っていうとちょっと卑猥な気がしますね。卑猥は一切ない。青少年のなんかも安心。

 

「すごいのは来なかったですよ。こちらにも来なかったでしょ? 俺なんかより強い人が何人もいるし、こっちに来てもだいじょ」

「大丈夫じゃないです! イチ様に何かあったら、全然大丈夫なんかじゃないです!!」

 

 俺の言葉を遮ってしがみ付いてきた身体をそうっと抱きしめると、ニキは小さく震えていた。前は、こんな、声を荒げるような子じゃなかったし、子供じみた言動を言うような子でもなかった。

 竜から助けた直後、取り乱しはしていたけども、自分で立ち直り、大人としての立ち振る舞いで俺に礼を言った。もうちょっとしっかりして、リーダーたらんとしていた。実際に責任者でもあった。立場があった。多分、今はもうそういうものがないんだろう。彼女を姫様と呼んでいた狐の人達はもう誰もいなくて、一緒に居るのはどこの馬の骨ともわからない俺だけ。

 彼女は多分、俺なんかでも、放しがたいのだろう。手を離したら、何もかも失うんじゃないかと、恐れているのだ。なんとなく、気持ちはわかる。俺も近い気持ちだから、彼女の傍にいるんだと思う。ニキがいなかったら、この世界に俺の居場所はないのだ。

 青慈が、俺達の姿を見てにやっと笑った。睨みつけると、へらへらと屋敷の中に入っていく。俺は、ニキの頭を撫で、肩を軽く抱いて、一緒に中に入った。

 

 

 

 中では、俺の代わりに警備に来ていた人達がちょうど出るところだった。警備の人達は、どんなマッチョが来るのかと思いきや、普通の兄ちゃんや、人生に疲れたっぽい中年の男性で、この人達が凄腕の剣士なんですよといわれてもまず信じない。

 修行したらムキムキマッチョにならなくても、引き締まった身体になるもんじゃないんですか。おっさんなんて腹出た中年体系ですよ。兄ちゃんなんて便所サンダルぽいつっかけはいてる。それで立ち回りする気なのか……。すげえな。俺にはわかんない世界だな。

 彼等は青慈と話していたが、青慈が俺の方を指して何か言うと、二人ともこちらに顔を向けてきた。

 

「壱春殿、挨拶が遅れまして。私は道木(どうぼく)、こちらが貫田(ぬきた)と申します、お見知りおきを」

 

 腹の出たおっさんに丁寧に挨拶されて、慌てて頭を下げる。おっさんが道木さんで、つっかけの兄ちゃんが貫田さんか。

 

「ああええと、壱春です、どうもよろしくお願いします」

 

 とても大人ではない挨拶を返してしまったが、おっさんはあまりそういうことを気にしなさそうだった。代わりにジロジロと無遠慮にこちらを見回してくる。普通の人っぽいのに、眼力だけはものすごく鋭かった。ちなみに貫田さんは黙ってとっとといなくなった。自由人か。

 

「壱春殿は、無形だとか」

「そう言われてるけど、どうも記憶がなくて」

「無形か……。あいにく今こちらには無形の人間がいなくてね」

「あ、聞いてます聞いてます、出てるんですよね」

「壱春ちゃん、なんで道木のおっさんには敬語なんだよ」

 

 うしろから青磁がぶつくさと文句を言っているが、聞こえなかった事にした。胸ばっかり見てる野郎に敬意を払いたくねえなあ。

 話し込んでいたら、後ろから袖を引かれた。後ろにいるニキの狐耳がへたりと下がっている。

 

「あ、すいません、ちょっと」

「これは申し訳ない、姫もお疲れのようだし、では我々はこれで」

「それじゃ、壱春ちゃんまた明日な」

 

 ドヤドヤと男共が帰っていく。振り返り、袖を引いていたニキを撫でると、泣きそうな眼がこちらをまっすぐ見上げている。

 

「少し休もうか、ニキさん」

「あの」

 

 小さな声で、ニキが呟いた。

 

「今夜、同衾させていただけないでしょうか……」

「同衾? ……あ、ああ。うん、警備するにも一緒のほうがいいですよね、えっと、同じ部屋に、布団敷きます?」

 

 一緒に寝るって、と思ったけど、女同士、別に一緒の部屋で寝ても何もないですよね、うん、知ってた知ってた。ないもんね! 間違い起こすかもしれない悪い棒はないもんね! 泣いてなんかないしね!!

 俺の言葉にコクコクと小さい頭を振るニキはもう完全に子供みたいで、人はストレスを抱えるとこんな風になってしまうんだなあと思った。俺がしっかりしないと、とは思うんだけど、どうしたらいいんだ。

 

 

 

 夜。女同士でパジャマパーティとかそんな事はもちろんないわけですけども、布団二枚敷いて、灯りを消したところで、ニキが「イチ様、起きてらっしゃいますか」って言ってきて、おっとーガールズトークかこれは、と「起きてるよ」って返事したら、何故か無言で俺の布団の中にニキが入ってきた。ド、ドキドキなんかしないんだからねっ。いや、これってかなりまずいんじゃないのかなー、でも女同士なら普通なのかなー、よくわからん。俺達ってなんなんだろう。友達なの? 女の子って友達同士なら一緒の布団で寝るの?

 

「寝れないですか?」

「寝れないです」

 

 小さい声でそう言って、俺の横にぴったりとくっつくニキは、静かだった。

 

「怖い夢、見るとか?」

 

 ニキがうなずいたのがわかった。

 

「あの夜の夢を、見ます」

「……」

「皆もう、いないのが、信じられない」

「……そう、ですね」

「寝て、起きたら、夢を見ていたんじゃないかって、何もかも元通りになっているんじゃないかって期待して、でも、そんな事はなくて」

「……」

「今日、また賊が出たと聞いて、イチ様にまで何かあったら、どうしようって。ごめんなさい、私、ずっと、自分のことばかりで」

「大丈夫、危なかったらとっとと逃げますって。ニキさん1人にしてられないでしょ」

「でも! でも、もし、イチ様の記憶が戻って、ご家族の元に戻られたり、だ、誰か好きな殿方ができたら、きっと、イチ様はどこかに行ってしまうかもしれないじゃないですか!!」

 

 涙声で怒鳴られた。いや、男はない。男だけはない。多分女になりきれない。いや、この子ずっと思いつめてたんだなあ、と思ったら、すんごいニヤニヤしてしまった。いやごめん、そういう場面じゃないのわかってるけど、なんかすごく可愛い。俺が男だったらなあ。

 

「俺が男だったらなあ」

「え」

「あ、いや、俺が男だったら、攫って逃げるとこだなって思って」

「わ、私は、冗談などではなくて、」

「嬉しいです。多分嫁に行くってのはないから、安心してください。ほら、俺ガサツだし、中身おっさんみたいなもんだし。記憶戻ったら、わからないけど。それまではずっと、俺にできる事があったら、ニキさんの傍にいるから」

「でもでも、イチ様は綺麗だし、青磁さんはずっとイチ様の事見てたし、イチ様にその気がなくても」

 

 青磁が俺の事見てたのは、絶対おっぱいだけだ。賭けてもいい。そう言おうとしたら、ニキがガバっと起き上がり、俺の上に圧し掛かった。っていうか腹の上に乗っかられた。布団がふっとんだ。いや、ダジャレじゃなくて、ニキの勢いで足元にとんだのだ。

 

「ニ、ニキさん?」

「ごめんなさい」

 

 何をされたのか、一瞬わからなかった。ニキの可愛らしい顔が近づいてきて、唇に何かが押し当てられた。ふんわり、とかじゃなくて、口の横にガチンと何か硬いものが当たって、正直痛かった。向こうも痛かったのだろう、ニキが暗い中、顔を抑えてぶるぶるしてる。

 ナニコレ。いや、キスしようとして勢い余って歯が当たったんだよな、わかるけど、そこに至った流れがわからん。ニキにキスされた、んだよ、な? 女同士だけど?

 

「あ、あの、私、経験というものはありませんが!」

「いやあのニキさん? え、ちょ、待って、落ち着いて」

「不肖の身ではありますが、イチ様を全身全霊かけてお慕いいたしております、ど、どうか、私と夫婦になってくださいませ!」

「はぁあああああああああ?!」

 

 慌てて起き上がり、腹の上のニキをどかそうとしたが、逆に腕を取られて、押さえつけられた。暗闇で猫の目みたいに虹彩の細い獣の目が俺を見た。綺麗に整った小さな顔、こぼれそうに大きな目、サラサラとした銀の髪。パーツは同じなのに、まるで別な人になってしまったような、違和感。この子、俺より、背が高かったっけ? 髪の毛、そんなに短かったっけ? 手、こんなに大きかったっけ?

 

「あ、あれ、ニキさん、なんか、体格よくなってません? てか、ね、まず落ち着きましょ? 俺達女同士だよね?」

「お忘れですか、イチ様。狐は化けれるんですよ?」

 

 ニキは、金色の目を細めて、俺を見た。思わず、首がすくむ。え、何これ、本当ナニコレ。暗闇の中で、ニキの顔をした知らない青年が、低く囁く。

 

「私、これからずっと、男になりますから。だから、どうか、私の妻になってください」


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