化譚   作:吉田シロ

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八、なまくらで人を斬る事

「藁の束で鉄を刈れる筈も無し、威嚇にしてもお粗末だ」

 

 雑談のように話しかける青い羽織の青年、青慈は緊張感のない口調で言いながら、突っ込んできた首なしの女性を容赦なく袈裟切りにした。肩口から腹まで割かれた女性は駒のように回って倒れ、地面に水溜りを作った。ゾンビのようにギクシャクとしたおかしな動きで起き上がったところを縦に割られて今度こそ動かなくなる。

 硝子のような剣が死人をバラバラに捌いていく。『ミズノエのなりそこない』は斬っても斬っても傷口から水しか流さない。それどころか、あきらかに斬られた傷口から流れ出す水が青慈の剣に引き寄せられ、吸い込まれていく。水属性同士の戦い、なんだろうなあ……。

 俺は手渡された脇差を手に取りはしたが、ひたすら逃げに回り、青慈が戦うのを見守っていた。いやサボってるわけじゃないんですよ? 試しに一体、斬りかかってみたんだが、ヒノエの化生のように弾かれたのだ。多分、こいつらは普通の武器で普通の人間だとダメージが通らないんじゃないかと思う。

 

「楽すんなよ、剣貸してやっただろ働けよ!」

「刃が通らないんだっつーの!」

 

 死人に囲まれながら叫んできた奴に言い返すと、「その刀は通る、斬るんじゃなくて目や口を突け」と返ってきた。マジか。

 後ろから飛び掛ってきた男に、多少の同情と申し訳なさを込めて、目の中に切っ先を突き入れた。ずぶりと入った。まるで豆腐に差した時のように、柔らかすぎる手ごたえだった。そのまま横に振りぬくと、顔半分が飛んだ。ひぃ、スプラッタ。

 

「おおおおお」

「慣れたら斬れるようにもなるぞ、まあ頑張んな」

 

 目や口を狙って突くのが少々難だったが、繰り返すうちに他のところに突きを入れても通るようになる。切っ先を引っ掛けるようにして試しに斬ると、先ほど弾かれていたのが嘘のようにざくりと斬れた。流石に豆腐とまでは行かないが、斬った手ごたえが残る。

 

「これいい刀だな! くれ」

「えっ」

 

 俺が言うと、青慈が微妙な顔で俺を見た。高い刀だったかな。ですよねー、通常武器で通るんですもんねー。マジックアイテム的な武器なのかも。しかしいいなこれ。経費出してくれるんなら、こういうの現物支給でいいんだけどな。死人は面白いように斬れた。ゾンビ相手に無双してる気分になる。

 ボロボロになったゾンビ達は多分普通の人なんじゃないかと思う。さっき青慈がなれの果てと言っていたが、その通り、申し訳ないが雑魚だろう。動きはギクシャクしてるし、炎人のように自分の意思で動いている感じもない。ただ滅茶苦茶に襲い掛かってくる。

 突っ込んできた子供の腹を蹴り飛ばすと、俺はその頭を踏んで上に飛んだ。親らしき男が二段構えで後ろから飛び掛ってきたのだ。空中で回転すると親子の頭を仲良く斬り飛ばす。藁みたいに頭が二つ飛んだ。まだ動く身体を斬り上げ、返す刀でもう一撃。

 この人たちが襲われた被害者で無辜の民だったとしても、俺の脳みそは彼等をゲームの敵キャラのように処理してしまったらしい。躊躇も罪悪感もなしに俺はひたすら彼等を切った。竜と戦ったときのように、狩りで獣と相対したときのように、自分がモニター越しにゲームをしているような現実味のなさだけがある。

 目の前を青慈の剣がすれすれに横切った。奴は俺と数メートル以上離れているくせに、刃を自在に伸ばすという漫画みたいな芸当をやってのけ、その切っ先は俺の鼻先を掠めかねなかったのだが、そちらを睨むとウインクしてきた。キモイ。

 バラバラに切り刻まれた最後の一体が青慈の前に転がり、その身体から大量の水が溢れ出して、透明な剣の中に吸い込まれていった。

 

「まあ、こんなもんかね」

 

 死屍累々、ふやけたような青い死体がごろごろと転がって、酷い有様だった。通りを歩いていた通行人達はとっくに逃げていて、その中に混ざって襲い掛かってきた連中は全て青慈と俺に斬り倒されていた。五体満足の身体はない。身体のパーツが無造作に切り刻まれて落ちている。頭が、腕が、胴体が、脚が、野菜炒めのパーツみたいに転がっている。俺は、この絵面に何も感じなかった。

 これは人殺しなんだろうか。駄目だ、現実味がない。このままだと、本気で殺人を犯しても、その自覚が持てない。もしかして、武人の頭がおかしいってのは、これなのか? 倫理観とか道徳観の欠如というか。多分今の状態だと、子供だって平気で斬れるぞ俺。っていうか、さっき斬っちゃったぞ。悩む俺の横で青慈が手を振り、水の太刀を消した。

 

「あ、これ返すわ。さすがいい剣持ってるな」

 

 借りた脇差を返そうとすると、実に微妙な顔のまま彼は俺を見た。

 

「特にいい剣でもないんだが」

「え、だって刃が通ったし、斬れたけど。ああいう相手って、普通の刀じゃ刃が通らないんだろ」

「まあ普通の刀じゃ通らないわ。これは普通の刀だけど」

「じゃあ何で斬れたんだよ」

「壱春ちゃんが、斬れると思ったからだな」

「は?」

「これを渡したとき、「この刀は通る」って言ったよな?」

 

 俺から脇差を受け取ると、彼はそれを抜いて目の前にかざした。

 

「よく見ろ、刃を」

「ああ?!」

 

 その刀には、刃が、ついていなかった。正確には刃先がなかった。模造刀みたいに潰れていた。そりゃ最初斬れないわけだよ! っていうかなまくら渡してきたのかよお前!!

 

「これじゃ斬りようがないだろ? だが壱春ちゃんは俺が「通る」と言ったので、斬れる刀だと思って使った。だから斬れた」

「プラシーボ効果かよ!」

「ぷら……? 何だって?」

 

 まてまてまて。そんなんでいいのか。思い込みで斬れるもんなのか、無形って。そんなんありか? 本当にそれで何でも斬れるんなら……記憶をなくす前の俺がそういう剣を取得していたのなら……俺の呼ぶ太刀が量産品クオリティでも、いや、粗悪品でも関係ない訳だ。刀の形をしてたらなんでもいいんだし。話は通る。

 いやバランスが無茶苦茶すぎるな。これじゃ五右衛門の斬鉄剣だ。第一、そこまで万能なら、皆流派など選ばずに無形になるはずだ。多分何でも切れるわけじゃないだろう。

 

「お、来たな」

 

 俺が頭を抱えている間に、笛を吹きながら男達がバラバラと走ってきた。たすきがけをし、揃いの鉢がねを巻いた侍達は青慈の顔を見ると礼をした。

 

「青慈殿!」

「遅ぇよ。ここは殲滅した。他にも出たんだろ?」

「は、局の方にも一体、ミズノエの化生が」

「なり損ないではなく、化生か」

「幸い、秋世殿と伊ノ絵殿がいらして、お二方にお願い致しました。他は今情報を集めているところです」

「二紀守姫の屋敷の方は」

「襲撃はなかったようです」

「中途半端な襲撃だな。威嚇にしても」

 

 護衛に来てたのは数人は全員武人だったし、今回の敵は数の割には大したこと無かったので、俺達がいなくても大丈夫だっただろうが、ニキが無事と聞いてほっとする。

 

「良し、とりあえずは姫のところに戻るか」

「なあ! 斬れると思ったらそれで斬れるのが、無形なのか?」

「いや? そんな思い込みで斬れたら剣も修行もいらんだろ」

 

 侍達に場を任せて歩き出した青慈の背に声をかけた。だが返ってきた答えは先ほどの考え全否定発言だった。

 

「無形ってのは、それを使う者の数だけ流派があると言ってもいい、変則の存在だ。

 俺は壱春ちゃんの師匠でもなんでもないし、あんたの剣は知らん。だが、わざわざ呼ぶ武具をあんな太刀にしたってこた、あやかしも化生も武人も斬る気で選んだんだろうよ、あれで。これが、どういう意味かわかるか?」

「記憶をなくす前の俺が自意識過剰」

「いや。その太刀で間違いなく斬れると知っていたはずだ。自分の力量ってな、ちょっと腕の立つのと切りあえば、嫌でもわかっちまうもんでね。嫌でも斬れる剣に変えようとしたはずだ」

「え、剣って変えられるの?!」

「派は無理だが、形と質ぐらいはな。人にもよるが。で、だ。斬れると確信を持ってその太刀なんだから、斬る手段を持っていたはずだ。刃を通せなければ意味が無いからな」

「あの、何も考えずに普通に斬っちゃったんですが……」

「どう斬ったかは、壱春ちゃんが一番わかってるはずだ。あとで手合わせしてやるからせいぜい思い出してくれよ。そうでないなら、二紀守姫の身を守るどころか自分の身も守れんからな」

 

 どうやら、五右衛門の斬鉄剣は出来ないようだった。そして青慈は確かにいい教師のようだった。

 記憶をなくす前の俺が『周囲が自分より弱い相手ばかりなので自分の腕を過信しすぎた天狗野郎だった』という可能性は心の中に仕舞っておく事にした。

 どうか、それが当たっていませんように。俺は大通りを歩く男の後姿を追いかけた。


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