化譚   作:吉田シロ

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七、四衆の話を聞く事

 和州は四国に近い形をしていて、真ん中に統治機構政府のある中央都、その周辺を地方自治体が取り囲む。地方は中央行政機関に属した上で各地それぞれに独立しており、道州制国家に近い形かもしれない。

 地方自治体には納税の義務があり、各自治体の長は中央への報告義務もある。驚いたことに、白狐族の里は人口500人もいない小さな村だったが、独立した地方自治体の一つでもあった。もっとも白狐族がほぼ皆殺しにされた今となっては、その存在はもはやない。

 中央は地方自治体への保護義務があった。それが久我が白狐族の里にやってきた理由でもあった。

 

「昔から、和州には四衆と呼ばれる組があった。最初は四派のみの武人達の集まりだった。今はどれほどの派がいるのかわからん。流派を越えて、至高の道を目指すべく修行し、技を磨いていた真っ当な集まりだった。だが歪んだ。今も武による高みを求めてはいる。流派を超え、良いところは取り込む、というのも昔からの流れだ。だが、手段と目的を選ばなくなった。

 元々が武人というのは題目を唱えつつも、強さに拘泥する者だ。それ故に歪む。戦乱の世なら兎も角、泰平の今世で大きな居所などない。在野で竜退治などたかが知れている。

 やつばらは和州を引っくり返そうとしている。すでに自分達の正当性を求め、武人が有るべき姿を取り戻すだのなんだのと唱えて蛮勇に走りだした一派が、白狐族の里を焼いたヒノエの化生を送り込んできた奴等よ」

「何で、白狐族の里なんだ。あそこに武人なんていなかったぞ」

「それは、私達白狐族が、中央と関係が深かったからだと思います……」

「左様。里自体は取り立てて特筆すべき事もない一自治体だ。だが、数代前の白狐族の長は中央政府創設の立役者の一人だった。武人としても並外れた人物であったと聞く。象徴として、武人を上げる時に必ず名の上がる御仁よ。銀狐の萩。

 四衆に襲撃を受けた地は白狐族の里を入れて三つ。そのどれもが、名の残る武人を輩出した地だ」

「その四衆ってのは、武人至上主義なんだろ? なんでそれが、偉い武人の地元を襲うんだよ。普通祭り上げるもんじゃ」

「和州は様々な小国で成り立っていた。国々同士の諍いは大小様々だったが常に争いが絶えなかった。中央政府が全土統一してから百年は経っておらん。政府立ち上げに協力した者も居たし、抗った者もいた」

「あー、今襲われてるのは政府側だった人の子孫か……」

「主の話では、二紀守姫は焼かれずにくびり殺されかけていたらしいな。死体を晒そうとしたのだろう。襲われた二つの里では、両とも里長の遺骸が無残に晒されていたが、どちらも損壊が酷かった」

 

 魔王が居ない代わりにキチ集団。今が安定した江戸時代なら、乱世、戦国時代に戻そうってのか。久我から聞いた里壊滅の原因はエグい話だった。白狐族が襲われたのは、思った以上に今の彼等に全く関わりの無い理由だ。お前の祖先が俺達の敵だったから、お前等は見せしめに殺すね、ってか。胸糞悪いことに、それは現実、というか俺のいたであろう世界でも十分有りうる話でもある。確か、武士とか武芸者が無用になっていったのも江戸時代だよなあ。戦争がないなら、戦闘能力は必要ない。

 そいつらが戦闘特化の集団なのだとしたら、余計に平和な世の中では無用の長物だ。それが危険思想に凝り固まって政府に敵対し、村を襲って殺戮を始めたのなら、まるでカルトやテロ集団だ。狂信者、という単語が頭に浮かんだ。

 白狐族の里は、そんな狂信者に焼かれたのか。あの炎人。あいつはそんなくだらない理由で、皆を殺したのか。馬鹿じゃねえのか。争いがしたけりゃ勝手に同士討ちでもなんでもして死んでろ。ムカムカする。そんなくだらない奴にボコられるしかなかった自分の無力さにもムカついた。皆が屋敷の向こう側で焼かれて殺されていた時、いや、奴が屋敷に来る前に里を皆殺しにしている時、俺は呑気に布団の中で寝ていたのだ。

 

「久我。あんた、さっき俺に言ったよな? 姫の命を守って欲しいって。俺も出来る限り守るつもりだ。だけど、獲物はこんなんだし、奴には一方的にやられたし、生きてるのは正直奇跡みたいなもんだ。

 言いたくないが……俺は弱い。次にああいうのが出てきて、倒せるか自信はない」

 

 正直なところ、少し浮かれてたりもしたんだよ。知らない世界で、記憶喪失もマダラで、自分ではない身体で、人間離れした運動能力で、でかいモンスターと戦って、女の子助けて。こんな異常なシチュエーションだったから、自分は何かすごい役回りが有るんじゃないかって。主人公なんじゃないかって。

 うすうす、これはそんな都合いい話ではないって気がついてはいたんだが、まだ何かあるんじゃないかと思ってたんだ。現実逃避はやめよう、俺は現時点、雑魚だ。ならば、雑魚の自覚を持って何とかするべきだ。

 

「違います! イチ様は弱くありません! 私を二度も助けてくださいました!」

 

 ニキがじわっと涙を浮かべて、抱きついてきた。俺は彼女の頭を撫で、ぺたりと伏したままのケモミミもついでに撫でた。手の下で、さらさらと銀の髪の毛が流れ落ちる。

 

「勿論、犬死するつもりはない。だが、今のままじゃ無理だ。手伝ってくれ。何でもいい、今よりマシになるなら、何でもする。姫も俺もあんなわけわからん奴等に殺される謂れは無い。俺は姫を守りたい」

 

 ニキは何も言わずに俺の胸に顔を埋めていた。俺は自分のでかい乳が嫌いだったが、この姿には意味があるのではないかと少し思う。

 姉とか母親代わりにはなれないし、するつもりもなかったが、女同士だからこそ、ニキは俺に縋っているんじゃないか。彼女を安心させるために、この胸はこんなにでかいんじゃないかって。

 まあフラグ的なものはバキバキだがな! 男のままでも良かっただろ! とは今でも思う。ナイト的存在にもなれたんじゃないですかね。どうなんですかね。

 

「是非も無い。寧ろ記憶も無く、剣の使い方も知らないような状態で、奴を倒したのは大したものだ。そこまで卑下するようなものでもあるまいよ。

 姫の身柄はここ中央都で匿うが、奴等がまた銀狐を狙ってくる可能性は高い。人をつけてやる。武人だ。奴は無形ではないが、主の剣の参考にはなるはずだ」

「無形って少ないのか?」

「少ない。またそれぞれに使い方が違う。直で無形の戦い方を見た方が参考になるだろうが、生憎と全員出払っていてな」

「わかった。あと、これ何とかなんねえかな」

「太刀か。手配する。明日、刀鍛冶に見せてみろ。通常は、破壊されても自己再生出来るはずなのだがな」

「マジか……。あ、あと、既製品の普通の刀でいい、一本買えるかな。無一文なんで、申し訳ないが代金も借りたい」

「有り物でよければこちらで用意するが」

「じゃあそれでいいや、頼む」

 

 そこらへんに投げた太刀はそのまま転がっている。召喚武器の癖になんて使えないのか。普通マジックアイテム扱いだろう、こういうのって。刀は武士の魂って言うが、俺の魂ジャンクすぎるだろう。

 半眼でにらんでみたが、どうにもならなかった。ただそこに在るだけだった。手元にあるのがジャンクならジャンクで、なんとかするしかない。そういうことなんだろうな。

 

 

 

 

 街は本当に時代劇のオープンセットみたいだった。次の日案内された鍛冶屋で、見るからに頑固な職人タイプの親父は、差し出したマイソウルを見て絶句していた。

 多分久我が紹介してくるのだから、武人の武器を用立てるとこなんだろうが、そういえば皆が武器召喚できるなら、この親父さんの武器はどう使うんだろう。複数武器を使い分けるタイプが多かったりするんだろうか。

 

「こりゃヒデェな。姐さん、あんた一体何切った」

「炭の塊」

「炭ねえ……もう新しいのに変えちまったほうがいいぜこりゃ」

「そうもいかないので、刃はとっかえて、柄直して、あと鞘作ってくれ。あとこの溶けた金属使って作って欲しいもんがあるんだ。これを削り出しでいいんで、飾りかなんかで一部組み込んでくれりゃいいから」

「ったく、武人てのはどいつもこいつも」

 

 修繕費は中央持ちだというので、俺は遠慮なく頼んだ。俺の横で、案内人に寄越された男が「どうやったらあんなに壊せるんだ」と少し呆れ顔で言った。

 青慈と名乗ったそいつは俺とあまり年の変わらない青年で、こいつが久我の言っていた武人なんだろうけど、とてもじゃないが強そうには見えなかった。

 青い羽織は侍っぽさを醸し出してたが、いかんせんチャラいのだ。初対面で俺とニキの胸ばかり見ていた。今も案内してくれる途中こちらの胸ばかり見ている。サラシを巻いてきっちり着込んでるし、そこまでじろじろとあけすけに見られるのは少々不愉快だ。っていうか俺はいい、ニキを見るな。初対面で俺もニキの胸を見ていた事を少し反省するが、それはそれ、棚に上げつつ俺は隣の長身をチロリと見上げた。

 ちなみにニキは申し訳ないが、留守番だ。彼女に護衛を何人か用意してもらえたので、それで俺が外に出れた。暗殺者がうろついているかもしれない現段階でニキが外に出るのは危険だろうというのが大方の判断。俺自身は単独じゃ狙われる理由も無いただの護衛ですしおすし。

 

「そっちはなんか無いのか」

「ん? 何?」

「助言。武器の直し方とか運用方法とか。そういうの教えてくれる人を寄越してくれるって聞いたんだが」

「呼んだ武具があんなになってる奴、初めて見たもんでなあ……。普通は勝手に治るもんだし」

「使えねえ」

「口悪いな壱春ちゃん」

「ちゃん付けで呼ぶな。ついでにニキにもそんな口きくなよ」

「武人の女ってのはどうしてこう口悪いんだか」

「乳しか見てない男に言われたくない」

「そんだけでかいおっぱい揺らされてたらつい見るだろう」

「俺のせいかよ!」

 

 やだもう、こいつ。多分俺一生女のままだったとしても、男とどうこうってないね! 男ってフケツね! 実は男なんだって言っても通じねえだろうしなあ。女に興味ない人にチェンジしてくれねえかなあ。この際ホモの方が平和な気ィするわ。

 

「えーとセイジさん? マジメな話、俺の状態聞いてんだろ。もう手一杯なのよ、あれ見てもらえればわかると思うけど!」

「青慈でいい、さんはいらない。壱春ちゃんの場合、特殊すぎてなー」

「ちゃんはつけんな」

 

 鍛冶屋に直しには日数がかかると言われ、泊まっている屋敷に戻る途中に聞いてみたが、暖簾に腕押し、ぬかに釘。見てくれが女だから舐められているのか、それとも本当に特殊すぎて触りようがないのか、一向に要領を得ない奴の言い回しに俺はイラついた。

 

「武具をそんだけ壊せるってのもある種才能だとは思うんだけどねえ。普通はそんなにはっきりと顕現しないもんだしね。すごいと思うぜ、あんだけ『普通』の太刀を呼び出せるって」

「普通の武具ってどんなん?」

「俺のは」

 

 大通りを歩いていた。周囲には人がいっぱいいた。時代劇のオープンセットみたいな背景だった。目の前に水飛沫が飛んだかと思うと、それは一瞬で巨大な剣となった。ガラスのように透明な剣だった。柄も刃も鞘も何もかも薄い水色がかった透明な水の刀。それを掴んだ青慈は、こともあろうに前を薙ぎ払った。

 目の前を歩いていた町人の男二人の首が飛んだ。隣を歩いていた女の子の顔半分が切り飛ばされた。向こうから歩いてきた商人姿の男の肩から上がずれて落ちていった。

 

「こんな感じだな」

 

 奴は振り向くと、俺の顔に真っ直ぐ刃を突き上げた。耳元で風が鳴った。俺の後ろに居た瓦版屋が、藁半紙を撒き散らしながら倒れた。悲鳴が上がった。周囲を歩いていた人達が俺と青慈から逃れようと、バラバラと逃げ出す。青慈は俺に笑いかけた。

 俺は黙って見ていた。今斬られて絶命したはずの人達が、口から、目から、鼻から、耳から、斬られたそこから、血の代わりにガボガボと大量の水を流しながら立ち上がりかけていた。血など全く流れない。犠牲者達の目はなく黒い虚になっており、肌は青く、口は開きっぱなしでそこからおびただしい水が流れ続けている。斬られる前までは、普通の人間に見えた。

 ああやっぱり。なんとなく思う。

 

「つまらん、壱春ちゃんはもうちょっと驚いてくれよ」

「驚いたつーの! まわりに変な気配があるとは思ったけど、街中でいきなり刃物振り出すあんたの方が怖い!」

「ま、こういうのが今後の俺らのお仕事だ。これはミズノエの化生のなりそこない」

 

 突然こういうことやるの止めて欲しい。声とかかけてくれないかな。武人って歪んでるって言うけど、ただの頭おかしい人だろ、これ。青慈が、腰に差していた脇差を俺に投げてくる。

 

「習うよりも慣れろだ」

 

 悪い笑顔で奴が笑う。俺は答えず刀を鞘から引き抜いた。チリ、と抜いた刃が鳴った。


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