化譚   作:吉田シロ

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十一、太刀を呼ぶこと

 襖が開かない。何故か開かない。肩は酷く痛むし、蜘蛛の死体は転がってるし、ニキは目が醒めないし襖が開かない。

 どうやっても開かない襖を開けようとして、手で開けるのは諦めて俺は何度も襖を蹴った。思いっきり回し蹴りを入れたところで開いた襖の向こうには青磁がおり、俺は奴の腹に渾身の蹴りを叩き込んでしまった。きっちり受け止められてしまったわけだが。

 

「わッ! 悪い! わざとじゃ」

「こりゃまた、いい眺めだな。じゃなくて満身創痍だな」

「よし死ね」

 

 脚を撫でられたのでとりあえず蹴った。肩が痛い。泣きそうなぐらい痛い。今は女なのだから、泣く権利があるような気もするが、その権利を使ったらお終いな気もするので、俺はそっと心の中で泣く権利とやらをどこかに仕舞った。

 あれだけ暴れたのに誰もやって来ず、終わったあとでのこのことやってきた青磁に多少思うところもあったのだが、「結界か」という奴の呟きは腑に落ちた。あっ、やっぱりあるんですか、そういうの。ですよねー。あるよねー。

 さて、結界とやらは切れるものなんだろうか?

 

「肩は……ああこりゃ酷いな。毒は」

「すごく痛い、死にそう」

「見りゃわかる、毒にはやられてないようだな。抜くぞ」

「え、ちょ」

 

 肩に深く刺さった蜘蛛の脚を気軽に引っこ抜かれた。前言撤回、泣く権利を行使してしまった。

 

「ぉああああああ……」

「骨までは行ってないようだ、良かったな!」

「うぁあああああ……」」

 

 痛すぎて動けない間に青磁はテキパキと腰帯かなんかを俺の腕に巻きつけ、やっとやってきた宿の人達にニキの世話を頼んでくれた。俺はその間奇声を発するだけの生き物になっていた。いや痛い。本当痛い。気絶したい。この無駄に半端な頑丈さが憎い。いちいち怪我をしないレベルになりたい痛い。

 その間に、昼間見た侍達もやってきて、女郎蜘蛛の死骸を見聞し、運び出そうと動かしていた。この人達もどこに居たんだろうか。

 

「で、その刀は?」

 

 左手に持ったままの太刀を指差され、痛すぎて語彙がなくなっていた俺は涙声で「呼んだ」と答えるしかなかった。

 

「呼んだ? あれ、預けたの昨日だろ。もう直ったのか?」

 

 ちょ、まーてーよ! 俺は一度左手を上げて奴の言葉を遮り、女郎蜘蛛を運び出していた侍の一人が差し出してくれた鼻紙で鼻を噛み、袖で涙を拭った。はー、泣いたらすこしマシになった。痛いのもマシになってきた気がする。

 

「これ、は、昨日預けた奴、じゃなくて、もっと前ので」

「は?」

「えっと、壊れる前の」

「何言ってんだ?」

「白狐の村に居た時の刀」

「すまんが、壱春ちゃんが何を言ってるのかわからん」

「だから、」

 

 イライラしてきたところで、隣の部屋で悲鳴が上がった。俺も青磁も一目散に廊下に駆け出す。

 

「誰か、誰か止めてください!!」

「離して! 離して!!」

 

 部屋に飛び込むと、窓から身を乗り出したニキと、彼女を後ろから引っ張っている宿の女中さん。俺達は慌てて彼女を部屋の中に引きずり下ろした。幸い、女の体に戻っていたニキはそのまま二人がかりで部屋の中まで引きずられ、布団の上で呆然としていた。

 

「何、やってんですか! 危ないでしょ!」

 

 慌てて両腕でニキを引っ張ったものだから止血してもらった右肩がじわじわと痛く、傷口が開いている気がする。というか開いている。おかげでニキの浴衣まで血がついた。

 

「二紀守姫。まずは落ち着いてください。貴方が自分を傷つけるような事があれば、身を呈して戦った壱春殿の傷も無駄になるというもの」

 

 青磁が俺を指し示すと、表情がないままニキの眼からぽたぽたと涙が溢れてきた。

 

「私、は、イチ様に、とんでもない事を……あんな、あんな事を……!!」

「あー、落ち着いて? ね、落ち着こう。えっとすいません、誰か茶でももらえませんか」

 

 俺が声をかけると、オロオロしていた女中さんが「すぐ入れてまいります」と慌てて出ていく。部屋の入口からどうしたものかと顔を覗かせていた侍たちは、青磁の指示で下がる。

 俺はいつぞやのようにニキの頭を撫でながら、「あんなの気にすることないって」「敵の術だったし、クグツの化生っていうんですかね、怖かったよねー」と一生懸命話しかけたが、彼女は首を横に振り、ひたすらに小さな声で「ごめんなさい」と謝るだけだった。

 

「俺は一度下がるが、廊下に人をやる。まさかここまで大胆に仕掛けてくるとは思わなかった。とりあえず壱春ちゃんと姫は出られるようにしてくれ。場所を変える」

「ああ、わかった。ニキさんも、ほらお茶入れてもらったし、一度飲んで落ち着いて」

 

 いやいやと首が振られる。青磁が出た後、俺はなるべく右肩に触らないように部屋の隅で着替えたが、驚くべきことに傷口はもう塞がりかけていた。表面が乾き、ケロイドのように肉が盛り上がっている。いや、痛いですけどね?

 布団の上でまだ座り込んでいるニキに、「出られる格好に着替えないと」と声をかけると、絞り出したような声が小さく聞こえた。

 

「本心、なんです……」

「え?」

「イチ様と、一緒に居られたらって……いつまでも、一緒にいられたら、って……。も、もし、私が男子であれば、イチ様は、一緒に居てくれるだろうかって……そう、考えてしまったのは、本当なんです……」

 

 だからって、君はそれを実行に移す気はなかっただろう。無理矢理に抱いて妻にしようなんて気もなかっただろう。二ヶ月程度の付き合いだが、断言できる。

 頭の中で妄想するだけなら、人は自由であって、責められる謂れもない。俺だって、もし男のままだったらこの子と結婚して入婿になっていたかもぐらいは考えてたし、最初はケモミミ美少女ラッキー!って下心満載だったし、どう考えても俺のほうが重罪です、本当にありがとうございました。

 

「あんな、酷いこと、無理矢理に、イチ様に……わたし、わ、わたしは、消えてしまいたいです……イチ様に、何度も助けていただいたのに、そんな、酷い怪我をされて、また助けてくれたのに……」

 

 ぼろぼろとひたすらに泣く彼女をまた撫でた。俺はこの子を泣かせてばかりだ。

 

「ねえ、ニキさん。俺、思ったんですけどね。あんな人を操るようなのまでいるんだから、もしかしたら、女を男にする術ぐらいあるんじゃないですかね」

「……え?」

「もし、ですよ。もしも、そういうのが、あったら。いや、あるんじゃないかな。俺、どうしても自分が女だって気持ちがしなくてですね。だから多分俺って本当は男だったんだと思うんですけど」

「……」

「もし、それでニキさんが、嫌じゃなければ。その時は俺と一緒にいてくれませんか」

「……………………」

「あの」

「……………………」

「ニキさん?」

「……………………」

 

 痛いほど沈黙が続いた。おおおおおお、滑った……、だと……。好感度100%ヤンデレルートまで入ってエンドまで一直線だと思ったのに、まさかの。

 あまりに沈黙が長すぎて、俺は固まった。いや、もう頭の中で茶化してなければやってられないほど、心臓がバクンバクンと騒いで、爆発しそうだった。どうしよう。勘違いしすぎか。今はゲームじゃない。わかってます、痛いほどわかってます。

 本気じゃないと取られたのか、それとも。

 ……あ。まず、言う順番を間違えていたのでは。

 

「ニキさん」

 

 返事はない。

 

「俺、きっと、ニキさんが、好」

 

 ニキが飛びついてきて、俺達はまた布団の上に転がった。先程のような無理やり押し倒されたんじゃなくて、腹にタックルを喰らった形である。その頭を撫でながら、「返事は?」と聞いてみた。

 涙で濡れた顔が、真っ赤になった眼が、俺を見て、また泣いた。

 

「返事、そのうち聞かせてください」

 

 俺がそういうと、また何度も頷いて、ニキは俺の腹の上で、泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 ニキが落ち着くと、俺は彼女が着替えるので外に出た。廊下には、長物を持った警備の人達と青磁が居た。

 

「姫は?」

「落ち着いた。今着替えてるから、終わったらすぐ動けると思う」

「じゃあその前に、さっきの話だけ聞こうか?」

「ああ、刀? これは、過去の刀だ。60日ぐらい前の」

 

 青磁の顔が奇妙に歪んだ。

 

「過去の刀を、呼び出した?」

「そう。今、俺の刀って直してもらっているだろ? あれ呼んだら壊れたのがくるよな? 完全な状態のものがないと意味ないし」

「……どうやって呼んだ」

「俺が白狐の村に流れついた辺りの刀来い!ってやったら来た」

「…………」

 

 またしても沈黙。呆れられたのだろうか。いや、俺もさすがにどうだろうと思ったんだが、ひとつ思いついたのだ。俺の太刀があまりに『普通』な理由。

 俺が、最初に武器があれば!と思って出てきたのがこれだったのだが、これ、狩りゲームで使ってた奴にかなり近かったのだ。太刀使いでした。ええ。つまり、ぱっと思いついたのがこれで、深い意味はなかったってことだよ! 俺の流派も特殊能力も関係なく、一番最初に出てきたのがこれで、そのゲームの武器は物理攻撃用の普通の武器であり、モンスターを切りまくったら刃も欠けるし、ダメージ蓄積で壊れもする、本当に「普通の」武器だったのだ。

 クエストを始めるにあたって、武器はダメージ初期化されたものが来る。つまり、欠けたり壊れたりした武器はリセットされて出てくる。

 だから、一番最初の状態で来い。でも直されてる途中のが来ると鍛冶屋も困るから、最初に出てきた地点のものが来い。

 ぶっつけ本番で出てきました。出てこないと死ぬところだったのを考えると、背筋がちょっぴりソワソワする。思いついた時は、俺天才では、と思ったのだが。ちゃんと出てきたし。

 そういえば、もし使っていたのが属性武器の派手なやつで、何でも切れるすごいのとかなら、その剣が出てきたんだろうか。

 

「て訳で、過去の状態で呼び出すのが可能だったわ」

 

 ドヤ!と胸を張ると、青磁が険しい顔で、「聞いたこともない」と言い切った。まあね、普通は武器修復するもんな、それらのダメージは手元でリセットされるんでしょう。わざわざ過去から呼び出す意味もない。

 

「普通の武器ならやる意味もないしな、俺もちょっと自分で意味わからんとは思うけど。だがちょっと仕組みがわかったから、鍛冶屋から戻ってきたら自動で直るようになるかもーってはい聞いてない」

 

 青磁は何か考えていて、途中から俺の言葉も聞いてないようだった。眉間にシワを寄せて、険しい顔のまま、腕組みをしている。

 

「あの、青磁さん?」

「お、おまたせしました」

 

 青磁に声をかけたところで、ニキが出てきて、話はそこで途切れた。


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