薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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一宿先は

 

 ライダーとの痛み分けに終わった戦闘から離脱したアストラは疲労困憊と言った様子で街を彷徨いながら、休息できる場所を探していた。

 

 報告も兼ねて切嗣のホテルに向かう事も考えた彼だったが、もし拠点が発見されれば奇襲される恐れもあるためにそれを躊躇わせた。見えない体や霧の指輪の使用も考えたのだが、それによる気配や姿の隠蔽も決して完全とは言い切れない。

 そのため、一時的な休息に使えるであろう教会などの宗教施設を見つける必要があった。

 

 肌に突き刺さる冷たい風に顔をしかめつつ、アストラはダークスーツから放浪の装備へと着替えた。そして、両側に並ぶ光の漏れる住宅の列を眺めると、この中は暖かいのだろうかと溜め息を吐く。

 

 しかし、これらの装備は旅のために作られた物がソウルと楔石である程度強化されているということもあって、そんじゃそこらの風は物ともしない完璧な耐風装備となっている。

 まあ、着たばかりの革製の装備なので、かなりの冷たさがキルトで保護されていない肌に伝わるが。

 

 しかし、風を完全に防げているのを実感している彼は、強化しておいてよかったとつくづく思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十分ほど歩き続けると、住宅街の奥へ来てしまったのかアストラの正面には、規格で作られたような同じようなデザインの物とは一風変わった住居が鎮座していた。

 豪邸というよりは大きな家と言った方がしっくりくる和風造りの家だ。二軒並んでいるようだが、一件だけでも横幅は通常の家の二倍は確実にあるだろう。

 もっとも、片方は屋根の付いた塀の上まで蔦が伸びており、誰も住んでいないことがうかがい知れた。

 

 ここならば誰も近寄らないだろうと思ったアストラは塀を飛び越えると、庭を覆い尽くす膝の高さまで伸びた雑草を見て本当に放置されているのだと安心した。

 雑草を踏みしめながら歩き、やっとたどり着いた玄関の鍵を万能鍵で開けた時、アストラは眉をひそめた。

 

 ドアノブが無い。あるのは削れたような細長い窪みだけで、押したり引いたりするのは不可能だろう。様式建築のみで育ったアストラは、引手を横に引けば開くというのが分からない。

 一応引手を掴んで動かないかと試したが、立てつけが悪くなっているようで引っ掛かり、アストラはこれでは開かないと判断したのだ。

 

 ここは出入り口ではないのかと思ったアストラだが、入口にあった門の直線状にあることからここしかないと確信できた。

 蹴破る事も考慮したが、隣の家の窓からは光が漏れているのを飛び上がった際に確認できたため、こんな真夜中にそんな音を出せばすぐに飛んでくるだろう。

 

 しかし、このままではどうしようも無いアストラだが、軽率な行動は控えるべきだと足元にあるメッセージを見るべく視線を集中させる。

 

 現れたのは、『この先、安全地帯』『俺はやった!!』などの、具体的な指示の無い物ばかりだった。具体的な指示があったのは『攻撃しろ』という、明らかに罠に思える物が一つ。

 よほど意地の悪い不死の英雄が書いたのだろうか。

 

 しかし、手詰まりと言っていいアストラは溜息を吐くと、暗いのがいけないのだと太陽虫を被る。

 

 未だに生きているというのが気持ち悪い兜だが、自由に消せる灯りを手放しで使えるという逸品だ。

 

 取りあえずこの家をぐるっと回って見てみようとアストラは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨戸の閉まった家の細かいところまで確認しながら回ったアストラは、一周した後に濡れ縁の前で立ち止まった。

 中に入れないのは仕方がないので、窮屈でも屋根があればそれでいいと。

 

 アストラは濡れ縁の下とその周辺の雑草を焼き払おうと、呪術の火を手に出現させる。

 

 弱めに焼けば大丈夫だろうと考え、極小の『火炎噴流』を準備した。その時。

 

 

「そこのアンタ! 何やってるのよ!!」

 

 

 アストラの背後から大きな声が響いた。

 

 隣の家の住人かと思ったアストラはすぐに呪術の火を消し、なぜ気づくことができなかったのかと考えながら振り返った。

 

 

「外国人……?」

 

 

 顔を見た少女はそう言うと、咳払いをすると英語で話し出す。

 

 

「住居不法侵入よ? 今すぐに立ち去りなさい、そうすれば警察にも言わないから」

 

 

 アストラの目に映ったのは、黄緑のパジャマにコートを羽織り、竹刀を持った高校生らしきポニーテールの少女だ。染めているのか地毛なのか、髪の色は少々茶色い。

 警察というのを行政機関もしくは自警団と解釈できたアストラは、不法侵入者相手に甘いものだと思った。

 

 事情があって夜は下手にうろつけないので一晩だけここにいさせてくれ、とアストラは食い下がる。

 

 これ以上街を歩いて残りのサーヴァントに襲撃されるよりは、恥を忍んで頼み込んだ方がいいと考えたのだ。

 

 

「何? 揉め事? もしかして、あなたマフィアか何か?」

 

 

 それを聞いたアストラは、厄介な連中に意味も分からぬ内に無理矢理この国まで連れてこられた上に、警察には駆けこめない理由があると言う。そして、うまくいけば数日で帰れるはずだとも付け加えた。

 嘘ではない。多少の差はあるだろうが、嘘ではない。

 

 

「あー、巻き込まれちゃったカタギの人か……」

 

 

 そう言うと、少女は竹刀を脇に挟んで顎に手を当てて考え込む。

 

 荒事になれているといった様子のこの少女は何者だろうか、とアストラは心底不思議に思った。

 

 

「よし、分かった! ちょっと待ってなさい!」

 

 

 そう言うと少女は勢いよく走り出し、アストラの前から姿を消した。

 と、思いきや、三十秒も経たない内に再び走って戻ってくる。

 

 何がしたいのかと疑問に思ったアストラだが、その疑問はすぐに晴れる事になった。

 

 

「爺様の許可でたわよー! ほら、そんなところにいずに来る!!」

 

 

 少女は器用にアストラの腕を掴むと、その体重もものともせずに引っ張る。

 抵抗するつもりは無いアストラだが、なぜか雑草が彼と地面との摩擦を異様に減少させて踏ん張ることをさせない。

 

 かなり鍛えているが何かをしているのか、と話すこともないのでアストラは言った。

 

 

「剣道をしてるわよ。一応、全国大会で優勝したりもしてるんだけどね。ケンドーチャンピオンよ?」

 

 

 少女はさらっとそう言った頃には、すでに通りへと辿り着いていた。

 

 それを聞いたアストラは、剣道とは何か、と聞いた。

 

 

「あー、剣道っていうのは剣の稽古から生まれたスポーツよ。やっぱり外国では柔道の方が知られてるかなー、オリンピック参加にも反対してるし……」

 

 

 しみじみと愚痴るように少女は言う。

 

 オリンピックとは何かと思ったアストラだが、会話から知らないと怪しまれるのではないかと推察して、何とかなるだろう、と相槌を入れた。

 

 

「時間の流れに任せるしかないか……。それにしても、この服って革製? もしかして本革?」

 

 

 少女はジロジロとアストラの服を見る。

 一見ボロボロの服装だが、強化によってしっかりとした物に整えられているのでそのようなことはない。むしろ、そこらの鎧よりも防御力はあるだろう。

 

 アストラは革とキルトで作られた物で、たとえ嵐でも暖かいと答える。

 

 

「へー、結構上等な物なんだ。あ、ここねウチは」

 

 

 少女はそう言うと、隣の同様の造りの家の門をくぐる。

 先ほどの家とは違ったよく整備された庭で、立派な植木まである。

 

 それに関心したアストラだが、物陰に何人かが隠れているのに気付いて立ち止まる。

 もしかすればこの少女はマスターか雇われた一般人で、自分を罠にはめるつもりではないのかと。

 

 

「ん? どうかしたの?」

 

 

 しかし、少女はいたって普通の表情で、裏があるようにも操られているようにも見えない。むしろ、不用心すぎて心配になるぐらいだ。

 仮にこれが演技だとするならば、火防女アナスタシアも実際はロートレクのような性格なのだろう。

 

 ありえないという結論に至ったアストラは、何でもないと切り返すと再び歩みを進めた。

 

 

「そう? まあ、入って入って」

 

 

 そう言うと少女は引き戸の玄関を開け中に入った。

 

 それを見て、横に引くのかとアストラは感嘆すると、警戒しつつそれに続いた。

 

 

「ああ、靴はそこで脱いでね。寝床の案内だけするから」

 

 

 靴を脱いですでに上がっている少女がそう言うが、そんなこともお構いなしにアストラは内装に魅せられていた。

 石を敷き詰めた土間を一段上がった所から続く、磨かれた板張り廊下。夕陽のようなオレンジの光。

 言ってしまえば茶色をオレンジの光で照らしているだけなのだが、それがまるで自然の一部を切り取ったような錯覚を思わせる。思えば先ほど通った敷地内も、空虚だがそれをよく思わせる物があった。

 

 アストラは慣れた西洋の建物よりもこちらの方がデザイン的には好きかもしれないと思いつつ、いい家だと一言言った。

 

 

「そう? ありがとう」

 

 

 それを笑顔で受けた少女は着いて来るように一言言うと奥へと進む。

 

 下駄箱の上に置かれた豪華な額に入った文字を気にしつつ、アストラはそれに続いた。

 

 

 

 アストラは読むことができなかったが、書かれていた字は『藤村組』というとても重たい三文字であった。




タイガーが英語を話せている点については…ゴメンナサイ

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