薪となった不死   作:洗剤@ハーメルン

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前哨戦

 アストラは受け取ったC4とほどほどの所持金を確認しつつ、記憶した地図を頼りに街を散策していた。

 

 彼が行うのはマスターの殺害と、余裕があればサーヴァントの撃破だ。

 英雄なら一万ソウルほどだが、それ以上か以下なのかが彼の心配の種である。篝火が存在しない以上ソウルの使い道は無いが、新たな使い道が見つからないと言い切れない以上はあって困ることはない。

 もちろん、ストックの少ない人間性は奪えるのなら奪うつもりだ。その時は、ダークハンドを使う事も辞さないだろう。

 

 アストラは自販機で適当な飲み物を買うと、それを片手にとある建物を見上げた。

 

 ランサーとそのマスターの拠点であるホテルだ。夕方のオレンジの陽に照らされたそれは、その大きさもあってアストラにアノールロンドを想起させる。

 もっとも、アノールロンドの建物はこれよりも大きく、神聖さという物も持ち合わせていたが。

 

 ホテルの裏口に回ったアストラは、霧の指輪と静かな竜印の指輪を装着。

 この二つがあればそうそう見つからないと言い切れる彼は、裏口のカギを絵画守りの曲刀で破壊して中に入った。そして、見つからないように影から蔭へと隠れつつ、時に擬態を使用しながら階段を上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見つかることもなく目的のフロアの扉の前まで上ったアストラは指輪を両方とも外し、『鉄の指輪』と『犠牲の指輪』を装着した。

 そして、武器はどうしようかと迷ったアストラは、アドバイスを得るために足元に視線を移す。

 

 足元に浮かび上がる数々のメッセージには特徴があり、大きな字や小さな字、伝わりやすい文章やその逆もある。その中のいくつかに、『面倒なら炎の大嵐』と書かれていた。

 

 それを見たアストラは、少々迷ってしまう。なんせ、始末が目的であって対決が目的ではないのだ。しかし、強い槍使いとは戦ってみたい気持ちも彼にはある。

 しかし、迷った末に彼はホテルごと燃やす事に決め、右手に出した呪術の炎を両手で包み、掌の中で一気に燃え上がらせる。

 

 完全に燃え盛ったそれを開放すれば、一フロアとそれに接する両フロアにいようとも確実に始末できるだろう。なにせ、イザリスのクラーナの手で数度強化された呪術の火に、原初の呪術だ。その破壊力は狭い場所で真価を発揮するので、現在アストラが使える攻撃でも最強の攻略法と言ってもいい。

 もちろん、自分のソウルの火で焼かれるのはありえないので、彼にはなんの影響もない。

 

 そして、炎を地面にたたきつけて開放しようと、両手を上に大きく振りかぶる。

 一息置いた後、アストラは床に炎を叩き付けんと腕を振り下ろした。しかし――

 

 

「まさか、ここまで侵入を許すとはな。その風貌からして、アサシンでもないのに大した隠蔽術だ」

 

 

 アストラは腕から大量の血を流しながら階段の踊り場まで転げ落ちると、膝を着いた体勢のまま左手の『呪術の火』を『サンクトゥス』に切り替える。

 

 それを見下ろすのは、色違いの長槍と短槍を両手に持つ、泣き黒子が特徴的な二枚目の男。ランサーだ。

 右手に持つ呪符の巻かれた紅い長槍からはアストラの血が滴り落ちており、彼の左手首には大きな裂傷があり、その先には白い骨も見える。が、『サンクトゥス』をアストラが手にしたために、徐々にだが傷は塞がりつつあった。

 

 治りつつあるという事が悟られないようにアストラは傷口に右手を押し付けつつ、『絵画守りの曲刀』を握り直す。

 

 炎が床に接する直前、突如としてアストラの左手に槍が振るわれ、それを中断させたのだ。

 アストラはランサーの接近も、その一撃も知覚できず、それが彼に深手を負わせる結果となった。

 

 彼は、その話し方は騎士気取りかと、皮肉めいた口調で言った。

 

 少しでも時間を稼ぎ、傷の完治を狙うつもりだ。

 

 彼の言葉を不快に感じたのか、ランサーはアストラに槍の穂先を向けた。

 

 

「無関係の人々を巻き込もうとした下郎にだけは言われたくないな。それにしても、マスターが直接仕掛けに来るとはな」

 

 

 そう言うと、ランサーはゆっくりと階段を下り始める。

 どうやら彼はアストラをマスターと勘違いしているようで、呆れたような笑みを浮かべた。

 

 彼が勝った気でいると悟ったアストラは、武器を切り替える用意をする。

 

 

「名乗る事もできないとはな世知辛いが、ランサーとだけ名乗っておこう」

 

 

 そう言うと、ランサーは左に持つ紅い長槍を腰だめに構えた。

 槍の長さは約二m。槍が鼻先に届く距離までアストラは待つ。

 

 

「その出血では限界か……。さらばだ、名も知らぬマスター」

 

 

 ランサーはアストラの足元に広がる血だまりを見てそう言うと、突き下ろすように一気に踏み込んだ。

 

 一瞬で加速したその尋常ならざる俊敏性に、アストラは経験から来る直感によって『サンクトゥス』を手離して咄嗟に手を上げ、その刺突を左の掌にわざと受ける。彼の手甲も貫きその状態で無理矢理閉じた。それと同時に、空いた右腕ですでにボルトが装填されている『アヴェリン』で彼の左腕を狙い、その引き金を引いた。

 

 

「何!?」

 

 

 ランサーは驚異的な反射神経と、運動性能で防げないはずの裏側からの攻撃を防御するも、一本のボルトが腕に埋まるほど深々と突き刺さり、思わず彼は紅い槍を取り落した。

 

 肉を切らせて骨を断つ攻撃を一部とはいえ防いだ彼だが、不運にも腱を切断されたのだ。

 しかし、アストラはこの至近距離で二本もボルトを防がれた事は初めてであり、後にまともに戦っていたらと想像して青くなるのだが。

 

 取り落した隙を見逃すはずもない彼は、左手に刺さる槍をそのまましまい、奪った。その勢いで追撃をしようとした彼だが、黄色い短槍を警戒して後ろに飛び退く。

 

 

「貴様! 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を!?」

 

 

 アストラの警戒とは裏腹に、ランサーは槍を奪われたのはよほどショックだったのか、黄色い槍を構えることも忘れて驚愕する。

 彼ほどの武人であれば、武器を奪われた経験など確実に無いだろう。そして、その武器にもかなりの思い入れがあるはずだ。

 

 

 アストラは相手をここで仕留めにかかるべく、『絵画守りの曲刀』と『紋章の盾』を手にランサーに迫る。

 

 だが、ランサーも自らの武器を一本失っただけで戦意を失い、叩き斬られる者でもない。

 ランサーは両手で短い黄槍を持つと、アストラの喉元目がけて自身が退ける勢いで槍を突きだす。

 

 それをアストラは盾で難なく防ぐ。だが、正面に盾を上げたせいで、アストラはランサーの姿を確認できなくなった。

 そのため、アストラは上を呪術で吹き飛ばすこともできる場所である、踊り場までバックステップで跳ぶ。

 

 

「逃すか!」

 

 

 もちろん、それを見過ごすランサーではない。追撃から逃れられるのを避けるためにランサーはより速く、セイバーをも上回る速度で階段を跳び、アストラよりも早く踊り場へと着地したせんとす。

 

 アストラもそれをされれば逆転されるというのは分かりきった事であるため、それを妨害するためにバランスを少し崩しながらもその剣を振う。

 

 だが、アストラの得物は『絵画守りの曲刀』であり、ランサーにはギリギリ届くことはなかった。

 

 

「もらったぞ……!!」

 

 

 そして、先に着地したランサーは槍を構え、剣を振り切ったアストラへと今度は目にも止まらぬ速さでその槍を突きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸の下あたりに風穴を開けたアストラは踊り場の固い床に体を打ちつけられ、鎧の金属音を沈黙が満ちる階段に響かせた。

 

 アストラはそれでもなお立ち上がろうと、手を地面に着けながら殺意のこもった視線をランサーに向ける。

 

 だが、その状態はあまりにも隙だらけであり、その無防備な背中へとランサーはその槍を再び突き刺す。だが、『鉄の加護の指輪』の効果によって硬化したアストラの肌はその穂先を滑らせ、致命傷には至らない。

 それでもアストラをそれ以上は動けなくするには十分であり、そこへとランサーのトドメを刺すための重い一撃が無慈悲に振り下ろされ、アストラの心臓を寸分の狂いもなく破壊した。

 

 

「何という者だ……」

 

 

 ランサーはそう呟きながら、己の手に握る黄槍を見つめた。

 生前、紅槍を置いてこの槍で戦ったことにより、彼は命を落とした。だが、今回は生き残ることができた。その一因として、自分が階段の上部にいた事と、相手がかなり頑丈であったとはいえ特別強力な攻撃を必要としない人間だったことだろう。

 

 

 槍は戻らず、残ったのはアストラの剣と盾。ランサーは剣を使う事もできなくはないが、死人から武器を得るという行為には少々躊躇いを覚える。

 しかし、この戦争に勝利するためには、武器が必要である。槍と剣の組み合わせならば、生前で双槍よりも使ったものだ。そこでランサーは、

 

 

「俺の槍はそのまま持って行くがいい。その代わりに、お前の剣は預からせてもらう。だが約束しよう、必ずこの剣をもって勝利すると」

 

 

 そう言うとランサーは一度祈り、アストラの手元に投げ出された『絵画守りの曲刀』へと手を伸ばす。

 

 その瞬間、アストラの指に嵌められた指輪に、ピシリと無数の亀裂が入った。

 

 

「――――何!?」

 

 

 その瞬間、ランサーが引こうとするよりも早くアストラの腕が伸び、流れるような動作で曲刀を拾い、立ち上がりざまに切りつけた。

 

 ランサーも反応が早く槍を間に挿んだが、それよりも早く切りつけられていた胴体の一部、へその横辺りを十センチほどのやや深く裂傷が刻まれる。

 それでも体勢を立て直すためにランサーは片手で傷を抑えながら大きく跳び、元の扉の前へと舞い戻った。このような動きをすれば、臓物が飛び出してもおかしくは無い。だが、あのピッチリした服のおかげか、そのような事は起こらなかった。

 

 アストラも階段の下から攻めるのは難しいと分かっているため、追撃はせずに視線と剣で威嚇しながら盾を拾い、『呪術の火』を右手に構えた。

 

 その眼前でみるみる内にランサーの傷が発光しながら塞がり、ランサーは手に付いた血を服で拭うと、再び槍を構えた。しかし――

 

 

「…………了解した、我がマスター」

 

 

 アストラがダメ元で攻撃をしかけようかと前に重心をずらした時、ランサーは苦々しい表情で一人言のような言葉を口にすると、身を翻して貸し切られたフロアへと扉を切り裂いて飛び込んだ。

 

 誘われていると分かったアストラはその場に踏み止まると、侵入した時と同じ装備に変えて撤退。

 その際にC4を使ってこの建物を壊そうかと考えた彼だが、相手の武器を奪ったので十分と判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルから出て一息ついたところで、アストラは陽が沈み始めているのに気づく。

 全体的に大きな建物が多いせいでそれに沈むように見える陽を、複雑な面持ちで彼は眺めた。

 

 その陽の眩しさや熱が、これが現実なのだと彼に訴えかけているように思えたのだ。

 

 その考えを夜になれば本格的な戦闘が始まる、という思考をもって振り払った彼はスーツの襟を整えると、強いソウルの集まっている場所を求めて街へと歩き出した。

少なくとも、どこかでは戦闘が行われるだろうと思いながら。


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